活動記録2019
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(2019年2月第2週)
■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」(2019年2月10日)
■3回目の雪(2019年2月11日)
■小畑さんのコミュニティハウス構想(2019年2月14日)
■アートでまちづくり(2019年2月14日)
■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」(2019年2月16日)

■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」(2019年2月10日)
「タネと内臓」(築地書館)の著者、吉田太郎さんのサロンには、有機農業に取り組んでいる霜里農場関係者も含めて、20人を超える参加者がありました。
新潟からわざわざ参加してくれた方もいます。
食の安全性に関する生活者の関心の高さがわかりますが、昨今の日本の状況を見ると、政府やマスコミの関心はどうも真反対の方向を向いているのではないかと、改めて気づかされたサロンでした。

吉田さんのお話は、なんと4億年前のデボン紀からはじまり、人類の未来にまでわたる長い時間の中で、いまの私たちの食の問題を、さまざまな話題を通して、わかりやすく、面白く、解説してくれました。
詳しい内容はとても紹介しきれませんが、たとえばこんな話題が出ました。

いまの食生活だと、あの知的で精悍だったホモ・サピエンスは太った豚のように進化していくのではないか、
遺伝子組み換えのコーンは、「カス」どころか、いまや「毒」といってもいい。
究極のデドックスは腸内細菌だ。
私たちが毎日食べている食べものが、体内の善玉菌を殺し、その腸内細菌の活動を抑えてきている。
土中微生物を消滅させる除草剤グリホサートは、世界的には追放されつつあるが、そうした動きも含めて、日本ではあまり報道されず、今も使われている。
ヨーロッパでは、地域と地球の生態系維持を目指すアグロエコロジーが広がっており、公共調達で取得する食材の6割を有機農産物にしなければならないことがルール化された。デンマークなどでは学校給食は有機野菜と決められている。
国連でも、2014年に「国際家族農業年」宣言をし、小規模な家族農業を重視する呼びかけを行っている。
日本ではメディアは、こうした問題をほとんどとり上げない。
世界各地で、子どもたちにまともなものを食べさせたいという母親たちの動きが社会を変えつつある。
アメリカ人は、食生活も大きな理由になって、短命になり、不妊になってきている。
ちょっと私の拡大解釈や誤解があるかもしれませんが、これはほんの一部です。
そして最後は、マネーでは幸せになれないという話や贈与経済の話にまでいきました。
興味のある方は、ぜひ吉田さんの著書「タネと内臓」をお読みください。

こうした状況にどう対処したらいいか(これに関しても吉田さんは話の中で言及されました)ということも含めて、話し合いが行われました。
食育活動に取り組んでいる参加者の方が、有機野菜とそうでない野菜を比べると栄養価が全く違うという話をしてくれました。
要は、量的には同じでも生命にとっての価値は全く違うというわけです。
栄養価や美味しさ基準で価格を評価したら、有機野菜のほうがずっと割安になるのですが、今の経済システムでは有機野菜は高いと思われてしまうわけです。
有機野菜はなぜ高いのかということに関しては、霜里農場の金子友子さんは流通の問題が大きいと言います。
生産者と消費者とを結ぶ活動をしている方も参加していましたが、有機野菜がもっと広がっていけば、価格問題はむしろ有機野菜のほうにとって有利になることは十分考えられます。
工業型生産野菜を主軸にしていこうという、現在の農政や経済政策を見直すことで、変えられる問題かもしれません。

価格だけではなく、味覚の問題も話題になりました。
有機のおいしい野菜を食べたら、味覚が戻ってくるという人もいますが、最近の子どもたちの味覚はもしかしたら、不可逆的に変わりつつあるのかもしれません。
急いで取り組むべき問題だと思いますが、日本では一部の母親たちを除いて、ほとんど無関心です。
せめて学校給食を変えていかなければいけません。
いずれにしろ、私たちは食やそれを支える農への関心をもっと高め、知識を増やしていくことが大切です。

吉田さんは、種子法廃止に関連して、長野県で「長野県主要農作物等種子条例(仮称)」制定の動きが出てきていることも紹介してくれました。
こうした伝統野菜を守ろうという動きが、これから広がっていくことが期待されます。
長野には「信州の伝統野菜」という制度もあるそうですが、行政に限らず市民活動として、その土地の中で育ってきた「地の野菜」を守ろうという動きも各地で始まってきています。
食を守るのは、やはり住民や市民が主役でなければいけません。
そのためにも、このテーマは引き続き、サロンで話し合えればと思っています。
話題(問題)提起したい方がいたら、ぜひご連絡ください。

霜里農場の友子さんが完全有機のイチゴとケーキを、柏のすぎのファームの杉野さんがなしジュースと食用ひまわり油とそれを塗って食べるためのフランスパンを持ってきてくれました。
いずれもとてもおいしかったです。
私の味覚はまだ、辛うじて大丈夫かもしれません。

最後にいささかの暴言を。
今回のサロンを聞いていて、私は、日本の政府が、少子化を促進していると改めて感じました。
表面的には、「少子化対策」を表明していますが、実際に行っているのは「少子化推進」ではないのか。
これは少子化に限りません。
認知症の問題にもささやかに関わっていますが、政府は認知症を増やしたいと思っているようにしか思えません。
これはかなりいじけた私の暴言ですが。

■3回目の雪(2019年2月11日)
うっすらとですが、また雪が積もりました。
今年で3回目です。
雪景色は気持ちを浄化してくれます。

■小畑さんのコミュニティハウス構想(2019年2月14日)
小畑さんのライフワークは、もしかした地域に開かれた福祉を意識したシャエアハスを実現することです。
かなり具体的なイメージができてきたというので、これからの進め方を考えようと3人が集まりました。
長年、コレクティブハウスに取り組んでいる関さんと小畑さんと私の3人です。
まあ、3人寄れば文殊の知恵も生まれますので。
話しているといろいろと刺激されます。
まあ次のステップに向けての方法は見えてきました。
もう少し時間がかかりそうなのが、気になりますが、急がば回れかもしれません。
展開が楽しみになってきました。

■アートでまちづくり(2019年2月14日)
我孫子で、アートでまちづくりを模索している林さんが来ました。
林さんは、我孫子まちづくり編集会議のメンバーでもありますが、最近「まちづくり」に関心を高めているのです。
「アート」を少し広義にとらえて、今いろいろと模索中です。

小美玉市の「みの〜れ」を視察したいというので、館長に電話してお願いしました。
林さんは実にフットワークがいいのですが、同時に「ゆったり」と動きます。
その生き方に興味があります。

もう一つ、林さんが取り組んでいるのが「我孫子を歩く会」ですが、議論しているだけではだめなので、3月5日にトライアルすることにしました。
林さんの友人の写真家も巻き込む予定です。

ちなみに関連して「柳兼子を語る会」も検討中です。

■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」(2019年2月16日)
留学生支援企業協力推進協会の太田さんにお願いして「留学生は日本をどう感じているだろうか」というサロンを開催しました。
最初に、太田さんがなぜ留学生支援に取り組んだかという話をされた後、韓国の温ビチャンさんとスリランカのJ.ラッセルさんからお話をお聞きしました。
関心のある人が多いようで、12人の参加者がありました。

留学生のふたりはいずれも、日本に来て、日本が以前より好きになったようですし、日本での留学生活にはあまり不満はないようでした。
ただ、来日前と来日後の印象は大きく変わったようです。

温さんは、学校教育の中で、日本のイメージをつくっていましたので、日本にはあまりいい感じを持っていなかったのですが、日本に来てイメージが変わったといいます。
特に感心したのは、日本では世界中の書物が翻訳されていて図書館でそれが読めるということだったようです。
そこに日本の強さの理由とこれからの可能性を感じたといいます。
これは意外と日本人は認識していないことかもしれません。

ラッセルさんが日本に来たいと思った理由は2つあったそうです。
小さなころから父親が日本をほめていたこととテレビの「おしん」の影響でした。
そこで日本への留学を決めたのですが、来日して、「おしん」の日本との違いに驚いたそうです。
「おしん」の世界はなくなっていましたが、今の日本も生活しやすく、別の意味での日本の良さも実感してもらっているようです。

ふたりとも来日して、日本がますます好きになったそうです。
参加者から、不満はないのかと何回か質問がでましたが、2人とも不満はないといいます。
日本の批判をすることへの遠慮があったのかもしれませんが、基本的には日本のファンになったようです。

ただ、ラッセルさんは今年卒業して日本で就職しますが、昨年の就職活動ではちょっと苦労したようで、その過程でちょっと違った日本も感じているようです。
来年日本で就職予定の温さんがどう感ずるかは興味深いです。

おふたりの話を聞いた後、質疑中心に自由に話し合いました。
家族関係の話、学校教育の話、経済的豊かさと生活の豊かさの話、便利さの話、政治の話…。

韓国は儒教の国であり、スリランカは仏教の国です。
いずれも「家族」を大切にしている国です。
そうした視点からは、どうも日本の「家族」のイメージにはちょっと違和感があるそうです。
スリランカでは、親は子どもの生活への関心が高いようですが、日本の場合、親は子どもの生活にあまり関心がないのではないかとラッセルさんは感じているようです。
コミュニケーションの問題もでました。
ラッセルさんは、日本には自動販売機が多いが、あれも人とのコミュニケーションの機会を奪っているという話をしました。
買い物は、お金の世界と人のつながりを育てる世界をつなげていく場ですが、ラッセルさんの指摘はとても大切な視点を気づかせてくれました。
私はもう長いこと、自動販売機は利用していませんが、コミュニケーションの視点で考えたことはありませんでした。

温さんは韓国の現代の話もしました。
日本人はあまりに現代史に無関心ではないかという指摘とも受け取れます。
温さんは、政治学を専攻されていますので、地政学的な話もされました。
この話は、できれば改めて温さんに頼んでサロンをしてもらいたいと思っています。

プレゼンテーションの仕方や内容も、国柄を感じさせました。
参加者の反応も、日本の実相を感じさせて興味深かったです。

お2人の話を聞いて、私は留学生に見える日本の姿と実際の日本の姿のギャップを感じました。
日本の表層だけではなく、便利さや豊かさや安全さの裏にあるさまざまな問題の現場にも触れる機会を留学生には持ってほしいと思いました。
留学生は、基本的には、学校と住まいとアルバイト職場を通して、日本と触れていますが、概して恵まれた環境で日本と接しています。
留学生ではなく、働きに来ている外国の人たちの話も聞きたくなりました。
どなたかそういう人を紹介してくれないでしょうか。

お2人は、サロンの場ではまだ十分に本音が出せなかったかもしれません。
終了後、有志の人たちと居酒屋で話し合ったそうです。
私は参加できなかったのですが、そこでどんな話が出たか、興味があります。
どなたかよかったら、さしさわりのない範囲で、教えてください。

(2019年2月第1週)
■お墓参り(2019年2月3日)
■縁カフェ失念(2019年2月4日)
■みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラム(2019年2月5日)
■みんなの認知症予防ゲームDVD制作(2019年2月6日)
■山浦さんが湯島に来てくれました(2019年2月6日)
■統治行為論(2019年2月7日)
■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年2月7日)
■雪が積もりました(2019年2月9日)

■お墓参り(2019年2月3日)
妻の月命日だったので、孫もつれて、みんなでお墓に行きました。
新潟からのチューリップも供えてきました。
帰宅後、孫がわが家で豆まきをしてくれました。

■縁カフェ失念(2019年2月4日)
うっかりして恒例の縁カフェなのに完全に失念してしまっていました。
今日は、認知症予防フォーラムの準備委員会を湯島でやったのですが、私は参加しませんでした。
その準備会の時に、2人ほどの方が縁カフェだと思って湯島に来てくださったようです。
誰が来てくれたのかわからないのですが、大変申し訳ないことをしました。

■みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラム(2019年2月5日)
霞が関の衆議院議員会館で、みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラムを開催しました。
100人近い方が参加してくださり、80人で一つの輪をつくって、90分のゲーム体験をしました。
今回は実行委員がゲームリーダーの女性が中心だったので、私はあんまり役に立てませんでした。
そのお詫びに、進行役を務めさせてもらいました。



予想もしていなかった方も参加してくださり、とてもいいフォーラムになりました。
これで15年ほど前に約束した東日本でこのゲームを普及させる活動も一段落です。

■みんなの認知症予防ゲームDVD制作(2019年2月6日)
湯島で「みんなの認知症予防ゲーム高林流」のゲーム指導DVDの撮影でした。
私は、様子を見ていればいいと思っていたのですが、厳しい女性ディレクターの指示で、ゲームに参加させられました。
たぶん記録映像には映らないと思いますが、雰囲気づくり要員です。
10時から5時まで酷使されました。
この種のゲームは、私自身は極めて苦手なのです。
こんなはずではなかったのですが、人は突然、不幸に出会うものなのです。
それにしても女性のパワーはすごいです。
今回のゲーム指導をしてくれた高林さんは3日連続です。
しかも私よりも年上です。
DVDは、とてもいいものができそうです。

■山浦さんが湯島に来てくれました(2019年2月6日)
NHKのディレクターの山浦さんが湯島に来ました。
認知症予防ゲームのリーダーメンバーを紹介させてもらいましたが、その後、少し2人で話しました。
今年予定していた憲法問題に番組はどうも難しそうです。

彼が関わった「南米移住50年」の番組について話しました。
番組を見ながら感じていたことが、山浦さんと話して納得できました。

■統治行為論(2019年2月7日)
リンカーンクラブの武田さんが、次の連休、伊豆長岡の温泉宿に一人で行って、「統治行為論」の論考をまとめると聞いたので、その前に少し話したくなり、久しぶりに武田さんと激論しました。
まあこの種の議論を、こんな感じで話し合うようなことは、他の人はまずやらないでしょう。
武田さんの論考がある程度まとまったら、サロンをやることにしました。

■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年2月7日)
あまり活動していないストーリーテリング協会ですが、ある商工会から講演の依頼がありました。
理事の吉本さんが対応することになりましたが、これを機会に、また活動を再開できないかと思っています。
何をどうやるかを、現在の3人の理事で話し合いました。
春以降に動き出す予定です。

■雪が積もりました(2019年2月9日)
朝起きたら雪が積もっていました。
寒気が上空を覆っているようです。
雪景色はいつみてもいいものです。




(2019年1月第5週)
■カフェサロン「ケアプランって知っていますか?」(2019年1月27日)
■長引く風邪(2019年1月30日)
■小作人と孫作人(2019年1月30日)
■高林さんのゲーム体験フォーラム実行委員会(2019年1月31日)
■「これからの葬儀について考える検討会」(2019年2月1日)

■カフェサロン「ケアプランって知っていますか?」(2019年1月27日)



全国マイケアプラン・ネットワークは、介護保険のケアプランは自分で考えようという活動に取り組んでいる人たちのグループです。
介護保険発足当初から、制度的にも認められている「ケアプラン」の「自己作成」を提唱してきましたが、なかなか自己作成は広がりません。
行政やケアマネジャーのいう通りに「ケアプラン」をつくり、それに従ってしまう人が多いからです。
なぜなのか。
18年間活動を続けてきた島村さんのお話から、日本の福祉政策の実情や日本人の福祉に対する意識が見えてきます。
島村さんは、また「措置」の時代に戻ってきているような気さえするといいます。
お話を聞いて私の気分はちょっと重くなってしまいました。
なんとかしなければいけません。

そもそも「ケアプラン」の捉え方に問題があるのかもしれません。
介護の世界では、「ケアプラン」というと介護保険の利用計画のことですが、本来はもっと大きな意味で捉えられなければいけません。
それぞれの人本来のケアプラン(ライフプラン)があって、その一部を介護保険制度の利用で対処すると考えるべきでしょうが、なぜか日本では介護保険中心の「ケアプラン」発想が強いのです。
言い換えれば「制度に合わせたケアプラン」ということになりやすい。

島村さんがこうした活動に取り組む契機になったのは、お義父様の介護です。
まだ介護保険制度がなかった時代です。
島村さんは、活用できる地域資源を探しまくったそうです。
そして、地域にはケアに役立つさまざまな地域資源(たとえば、福祉制度はもちろん、病院や福祉施設からコンビニの配食制度やカラオケなどの施設まで)がたくさんあることに気づきます。
人のつながりも大切な地域資源でしょう。
そうした地域の制度・資源をとことん使って誰も犠牲にならない介護を目指したのです。

その後、介護保険制度ができたのですが、まさにそれは島村さんがお義父さんの時に求めていたものと一緒でした。
お義母さんの時の介護は、自らがケアプランを作成し、介護保険制度もうまく活用しての介護に取り組まれたそうです。
独自の工夫も取り込みました。
たとえば、40年間地域で暮らし、井戸端会議を日課としてきた義母の暮らしに合わせて、島村さんは自宅前にベンチを置き近所の人との井戸端会議の場とし、そこで義母流デイサービスを行っていたそうです。
大切なのは、その人らしい暮らしが続けられること。
介護制度の既存サービスになければ創り出せばいい。

しかし、自己選択・自己決定・自己負担という「利用者主体」の介護保険制度は、その後、その内容を進化させてきているのか。
どこか違うものになってきてしまったような気がします。
「ケアプラン」の主役となるはずの「利用者」が、制度のお客様になってしまっていることが、その一因かもしれません。
しかも、その制度は予算の関係で、内容が次第に制約されてきてしまっているのです。
「制度」の枠の中で「ケアプラン」を考えていれば、制度の規模縮小に伴って、ケアも次第に縮小されてしまうことになりかねない。
暮らしを中心に考えていかないと、そういうおかしなことが起こりうる。

介護保険制度は、ケアを支える仕組みの一部でしかないのです。
制度に依存するのではなく、制度を活かしていける自らのケアプラン意識を持つことが、介護保険制度を活かしていく上では不可欠です。
それがないと、「措置される福祉の受益者」に終わってしまいかねません。
制度をよくしていこうという視点は、そこからは生まれにくい。
福祉の実態もよくなっていかない。

自分で、ケアプランを立てることは、暮らしの棚卸作業だといいます。
そして、それに基づいて、自分らしい暮らし方を考えることこと、制度にあてはめられたケアプランではなく自分らしく生きるケアプランが実現できる。
みんながそうやって、自らのケアプランを真剣に考えていかなければ、日本の福祉は「昔のような「措置制度」に戻ってしまいかねない。

私が今回、一番強く感じたことは、そういう危機感でしたが、それに関して詳しく書きすぎてしまいました。

島村さんは、ケアプランの話はもちろん、「自己作成の方法」「マイケアプランを実践するためのヒント」などに関しても、わかりやすく説明してくれました。
実際にケアプランを自己作成してわかったことも、紹介してくれました。
ケアプランに関して、「目から鱗だった」と感想をくれた人もいます。

知っているようで、知らないケアプランに関しては、ぜひ多くの人に、介護に直面する前からきちんと知っておいてほしいと思います。
そうしたことは、全国マイケアプラン・ネットワークの講演会やワークショップにぜひ参加してほしいですし、もし何人かが集まって話を聞きたいといえば、島村さんたちのことですから、きっと話に来てくれるでしょう。
いやそのまえに、全国マイケアプラン・ネットワークのホームページを見てもらえば、たくさんの情報がありますし、ケアプランづくりを支援するツールも紹介されていますので、それを参照してください。
また、サロンの映像記録も後日公開する予定です。

ケアや福祉についてのとても大切な問題提起がたくさん込められていたサロンでした。
そして私たち一人ひとりの生き方への、重い問いかけもあったような気がします。
ほんのごく一部しか、島村さんのメッセージをお伝えできないのが残念です。

■長引く風邪(2019年1月30日)
風邪のような状況がつづいています。
熱もなく、特にこれといった症状はないのですが、なんとなくけだるく、気力が出てこないのです。
それと風邪薬はもう飲んでいませんが、3日ほど飲んだせいか、食欲がないのです。
困ったものですが、無理をせずに流れに任せるしかありません。

それでも自宅に安静していられるわけではなく、湯島に言ったり、何やら悩ましい問題の相談に乗ったり、電話対応したりしていて、中か気分的にはゆったりできません。
ただこの3日ほどは睡眠時間はたっぷりとっています。
たぶん久しぶりによく寝ています。
熟睡という意味ではなく、就寝時間の長さという意味ですが。

友人は、高齢になると発熱する力がなくなるので、熱が出ないのはむしろ危険信号と言います。
熱が出るほどのエネルギーが体力からなくなってきているというのは、いささか残念な話ですが、確かにそうかもしれません。
こうして、生命はまた「大きな生命」に戻っていくのでしょう。

■小作人と孫作人(2019年1月30日)
孫が来ました。
私は風邪気味なので、あまり接点を持たないようにしていますが、私が畑に行けないので、娘と孫に畑に行って水をやってきてと頼みました。
孫の母親である次女は、スペインタイルの仕事があったので、長女のと孫に行ってもらいました。

私は、お天道さまの小作人を辞任していますので、娘も孫もまあ「孫作人」というわけです。
2人は、水をやるご褒美に、ブロッコリーと菜花を収穫してきました。
お天道さまは、誠実に生きる人には必ずご褒美をくれるものです。
孫が畑好きになってくれるといいのですが。
ちなみに娘たちは、あんまり畑好きではありません。

■高林さんのゲーム体験フォーラム実行委員会(2019年1月31日)
2月5日に開催する高林さんの認知症予防ゲームの体験フォーラムの最後の実行委員会でした。
フォーラムチームとDVD制作チームに若手準備に取り組んでいますが、何しろメンバーのほとんどがこれまでのメンバーとは違うので、なかなか思うようにはいきません。
理念を共有できていたさまざまな立場のメンバーが自発的に集まってという、これまでのコムケア型実行委員会ではないので、担当に任せて自由にというわけにもいきません。
私が口を出せば出すほど、何やらややこしくなりかねないので、あまり口を出さずにいますが、メンバーはみんなとてもがんばっているので、いささか心配になるほどです。
それでもみんなの熱意でほぼ準備は完了したようです。
私は、当日の進行役を仰せつかりました。

■「これからの葬儀について考える検討会」(2019年2月1日)
「これからの葬儀について考える検討会」を昼の部と夜の部に分けて開催しました。
僧侶でもある中下さんと一緒にこの半年話し合ってきて、かなりシェアできた構想と具体的な実践計画を紹介し、それを材料に、葬儀などについての話し合いをしました。
あわせて15人の参加者(昼の部は男性、夜の部は女性が多かったです)があり、中には昼と夜いずれも参加してくださった方もいます。

まず、なぜこうしたことを考えるに至ったかの話を私と中下さんから少し話させてもらい、私たちの構想と計画を説明させてもらいました。
2人にとっては、これまでの活動の一つの到達点なのです。
長年墓石のお仕事をされてきている篠田さんも参加してくださったので、お墓の話も出ましたが、参加者の中には「散骨」を考えているという方も少なくありませんでした。
私はそうしたことにこそ、いまの社会の大きな問題があるような気がしました。
この問題は改めてまたサロンをする予定です。
ここからも、いまの社会のあり様や私たちの生き方が見えてくるような気がします。

私たちの思いは、「幸せな葬儀」こそが、ある意味での「福祉」や「豊かな人生」の象徴点だということです。
死に向き合うことを避けていることは、生の問題からも目をそらすことになりかねません。

少なくとも、経済的な理由や忙しさのゆえに、その人らしい葬儀や供養ができないような状況をできるだけなくしていきたいと思っています。
そして、死や葬儀を、単なる人生の通過点にするのではなく、ましてやそうしたものを経済の対象として「消費」する社会のあり方を認めるのではなく、「死」としっかりと向きあうことで、生き方を問い直し、世代を超えた人とのつながりを深めていけないかと考えています。

私たちの話もその後の話し合いも、簡単には紹介できませんが、こういう場がとても大切なのだと改めて考えさせられました。
今回参加できなかった方もいますので、今回のような内容も含めて、これからも「葬儀」や「死」を考える集まりを開催していく予定です。

昨日、話させてもらった構想の中で、「大きな葬式」という捉え方を紹介させてもらいましたが、その簡単なチャートを紹介させてもらいます。
ここに私たちが考えている「死」の捉え方が要約されています。
誤解を恐れずにいえば、葬儀は、生きているときから始まっていて、死んだ後も続いているというのが、私の捉え方です。

「死」は「別れ」の象徴でもありますが、同時に「人をつなげること」の象徴でもあります。
そうした「結び直し」の価値を見直すことによって、バラバラの存在に解体されてしまいつつある現代人の生き方を変えていけるかもしれません。

孤独死は孤独生の結果だと思いますが、孤独死を避けたければ、生き方を変えていく、孤独性に追い込まれるような社会のあり方を変えていくことが大切です。
これは福祉観にもつながります。

中下さんは「葬儀こそ福祉」「逝き方は生き方」と言っています。
私は「生き方は逝き方」「死は人をつないでいく要」と思っています。
しばらくいろんな人たちとの意見交換を重ね、死や葬儀から社会や生き方を見直しながら、「新しい葬儀」への実践へと取り組んでいく予定です。

こんな葬儀を実現したいという方がいたら、ぜひご連絡ください。
何ができるかを一緒に考えさせてもらえるかもしれません。
もちろん、単なる考えるだけの話ではなく、実際の葬儀を前提にしてですが。

(2019年1月第4週)
■我孫子氏市長選挙(2019年1月20日)
■風邪をひいてしまいました(2019年1月21日)
■1日寝ていました(2019年1月22日)
■武田さんとの民主主義論議(2019年1月23日)
■カフェサロン「人を大切にする経営とは」(2019年1月23日)
■柿内さんの「ビジョンとミッション」(2019年1月24日)
■カフェサロン「沖縄の辺野古県民投票を考える」(2019年1月26日)

■我孫子氏市長選挙(2019年1月20日)
地元我孫子市の市長選でした。
今回はいずれにも加担せずに、個人的な視点で投票しました。
投票率は40%を越えましたが、現職当選でした。
新人は心をひくような提案をしませんでしたし、国政に力を頼ったか(利用されたか)したので選挙に新しさを感じられませんでした。
いずれが勝っても、新しい動きを出せればいいのですが、その可能性がほぼゼロの選挙でした。

■風邪をひいてしまいました(2019年1月21日)
雨がまったくと言っていいほど降らずに、かなりの乾燥状況です。
そのせいか、2度をやられてしまったようであんまり調子がよくwりません。
乾燥が進むと畑の野菜もよくありません。
娘に手伝ってもらって、ビニールハウスを手作りしました。
ついでになやら土に呼び寄せられたような気がして、鍬で土を耕しました。
その重労働が帰宅後どっと出てしまい、風邪の症状がはっきりしてきました。
年寄りの冷や水とはこのことです。
8時に就寝しました。

■1日寝ていました(2019年1月22日)
軽く見ていたのですが、風邪が治らず今日は1日寝ていました。
こんなことは久しぶりです。
それに足がふらつくのです。
今朝も廊下で転んで階段に頭をぶつけてしまいました。
テレビでは、電車のホームから降ら伝手転落した死んでしまった若い女性がインフルエンザだったと報道していました。
注意しないと大変なことになりそうです。
しかし、熱はあまり出ないので、私の場合はインフルエンザではなさそうです。
しかし大事をとってほとんどの予定をキャンセルしました。

■武田さんとの民主主義論議(2019年1月23日)
キャンセルした予定の武田さんが湯島に来ました。
一昨日かなり厳しい言い争いがあったので、今日は来ないだろうと思っていましたが、なぜか
来ました。
電話がかかってきたので、見舞いを持ってくるように頼んだら、イチゴを焼き芋を持ってきました。
イチゴはワンンパック食べてしまいましたが元気は出てきません。
議論はやめようと思っていましたが、やってしまいました。
「統治権」と「統治行為論」です。
砂川判決で可視化されてしまった、統治権の存在は、政治というよりも国家論の話かもしれません。
いま武田さんが執筆中ですが、またきっと読まされるのでしょう。
イチゴを食べてしまったので、読まないわけにはいきません。

■カフェサロン「人を大切にする経営とは」(2019年1月23日)
個人と組織の関係をテーマにしたサロンは、坂本研究室で長年調査活動に関わっていた桝谷さんに「人を大切にする経営」をテーマにお話しいただきました。
桝谷さんの誠実さがあふれるようなサロンでした(この表現は参加者の杉本泰治さんの言葉です)。
桝谷さんは、3つの代表的な企業の話をしてくれた上で、「経営とは〈やり方〉ではなく〈あり方〉だ」といいます。
そして、「会社は、関わる全ての人の永遠の幸せを追求するためにある」というのです。

〈やり方〉ではなく〈あり方〉。
「人と会社」あるいは「人と人」の関わり方のなかにこそ、経営の本質が見えてくる。
小手先の技術ではなく、会社そのものの現実にこそ経営があらわれている、ということでしょう。
私もいくつかの会社の経営に関わらせてもらってきましたが、会社というのは、現場で働いている人たちの表情をしっかりとみていれば、ほぼすべてのことがわかります。
有価証券報告書などの資料や雑誌や新聞などの紹介記事からはなかなか見えてきません。

桝谷さんはまた〈需要〉と〈供給〉に関して興味ある指摘をしました。
ケインズ流にのっとった一般の経営の考え方では「企業の成長は貨幣的な裏付けのある〈有効需要〉」を獲得することを目指すが、いい会社の共通項は「〈供給〉を重視している」というのです。
つまり、顧客が欲しがるいい製品・いいサービスといった〈有効な供給〉を作り出せば顧客は必ず見つかるというのです。
この発想の違いを、改めてしっかりと考えることはとても大切のような気がします。

桝谷さんは、企業とは5つの業からなる生命体だといいます。
「環境適応業」「市場創造業」「幸せ創造業」「人財育成業」「社会貢献業」。
ちょっと未整理な気もしますが、いずれにしろ企業はさまざまな顔を思っています。
経済的機関であるととも、社会的機関・文化的機関であることは間違いない事実です。
少なくとも会社が生み出しているのは経済的な金銭利益だけではないことは大切な視点です。
そしてさらに言えば、多くの人間がそこで多くの時間を過ごす場でもあります。
そうした企業の持つ多義性をもっと重視していくことはますます大切になっていくはずです。

「新しい経営のモノサシ」につなげて、「人を大切にする経営学会」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などの紹介の後、桝谷さんは「人を大切にする経営」を広めることは、人々の幸せを作り出し成熟した日本へ向かっていくための推進力になるはずだと締めくくりました。
いろんな意味で共感します。

ところで、「人を大切にする経営」とが話題になるのは、現在の会社経営においては人があまり大切にされていないことを示唆しているといってもいいでしょう。
さらにいえば、人を大切にしなくても成り立つ経営があるということです。
ほとんどの人はそんなことに疑問を持たないかもしれません。
しかし、組織の主役は常に人です。
人の力を活かしていくための制度が会社であるならば、経営の基本は本来、人を活かすということ、つまり〈大切〉にするということです。
実はこの問題は、「経営」とは何か「会社」とは何かにつながっていくのです。
今回は、そこまでは議論は進みませんでしたが、今回の桝谷さんのお話をベースに、そのパート2として、そのあたりの議論を深めるサロンしてみようかと思います。
話したい方がいたらご連絡ください。

今回のサロンも、桝谷さんと近藤さんの協力を得て、公開させてもらうことにしました。
https://youtu.be/Etau9Pnvz5M

■柿内さんの「ビジョンとミッション」(2019年1月24日)
柿内さんと「ビジョンとミッション」についての意見交換をしました。
柿内さんの取り組んでいる「カイゼン」プロジェクトに関しても、少しだけ意見を話させてもらいました。
柿内さんの生き方にもかなり興味がありますが、現場起点で誠実に取り組んでいると視界が急に開けて世界と未来が見えてくることがとてもよくわかります。
理論だけで考えている人にはまったく見えないものが見えてくるのでしょう。
柿内さんの誠実さにはいつも感心させられます。

■カフェサロン「沖縄の辺野古県民投票を考える」(2019年1月26日)
沖縄県民投票を材料にしたサロンは、5人の集まりになりました。
県民投票にしても、辺野古問題にしても、もっとたくさんの人が集まると期待していましたが、結局はいつもの常連のメンバーでした。
風邪気味で体調がよくなかったのですが、関心を持っている人があまりに少ないことを知って、一挙に風邪が悪化してしまった気がします。
以来、まだ立ち直れていません。
困ったものです。

沖縄住民投票に関しては、添付の新聞記事を読んでもらいそれに関しての意見交換をしたかったのですが、これもあんまり盛り上がりませんでした。
私の気になった点を紹介しておきます。

・投票すること自体への住民の不安が大きいことに問題の本質があるのではないか。
・考えていることで差別される社会の未熟さが相変わらず変わっていない。
・国と都道府県と基礎自治体という3つの政府の関係の複雑さに何かが隠されてしまっている。
・基地問題より「お金を福祉に回した方がよい」という民の福祉観への疑問。
・辺野古以外でもいろいろと基地をめぐる問題が起こっているが、それさえも分断されている。
・県民投票結果が無視されるということへのあきらめ(行政への不信感)。
・県民投票結果は工事に関して全く『影響はない』と言い切る政府官房長官の異常さ。
・生活と政治とは別物という政治観の広がり。
・この問題は沖縄だけではなく全国で国民投票すべきではないか。

それに合わせて、こうしたことから見えてくる「統治権」と「統治行為」の関係も問題提起させてもらいました。
しかしこれも不発に終わったので、これに関しては改めてサロンを開催したいと思います。
国民主権である以上、統治権と国民意思をしっかりとつなぐ仕組みがなければいけませんが、国民意思を代表することになっている「国会」には統治権はありません。
あるのは「立法権」です。
ではだれに統治権はあるのか。
そのあたりが見えなくなっているところに大きな問題がありますが、誰も大きな問題にしません。
最近は米軍こそがかつての天皇に代わっての統治者ではないかという話が出てきていますが、統治者が見えない状況での政治は気持ちがよくありません。
そろそろ「政治のパラダイム」を変えなくてはいけません。
しかし、統治者への関心は今回の参加者にはあまりありませんでした。

というわけで、今回のサロンは「不発」に終わりました。
体調を整えて、リベンジしたいと思っています。

ちなみまた、辺野古では新たな埋め立てが始まりました。
辺野に新基地は多分完成しないでしょうが、残念なことに環境破壊は修復できません。
後悔はいつも先に立ちません。



(2019年1月第3週)
■パソコン回復(2019年1月13日)
■新しい葬儀を考える(2019年1月14日)
■カフェサロン「対話で感得するインド占星術」(2019年1月17日)
■カフェサロン「坊言サロン」(2019年1月19日)

■パソコン回復(2019年1月13日)
坂谷さんがまた来てくれてパソコン修理の仕上げをしてくれました。
機能的には完全に回復しました。
しかしどうもまだ以前のパソコンのような気がしないのです。
困ったものですがやはり精神的にちょっと傷ついてしまった気がします。
まあ少しずつ慣れていくでしょう。

■新しい葬儀を考える(2019年1月14日)
中下さんとまたミーティングをしました。
大きな方針はほぼ固まりましたが、何回も会っているとやはり思考の違いなどが見えてきます。
そろそろ開いた場での話し合いに持っていこうということになりました。
2月1日に開催します。

中下さんから、死、葬式、看取りのなどに関する本を4冊借りました。
4冊ともすぐに読みましたが、やはりまだなじめないところがあります。
でもまあここまで来たら動きだないといけません。
最初の集まりの案内を「お知らせ」に書きました。
関心をお持ちの方はご参加ください。

■カフェサロン「対話で感得するインド占星術」(2019年1月17日)
ヴェーダ占星術師のKishori(千葉和江)さんにお願いした「インド占星術」のサロンを、2回にわたって開催してもらいましたが、合計で25人を超える参加者がありました。
インド占星術への関心の高さに驚きました。
私はいずれにも参加しましたが、全く違った雰囲気のサロンになりました。
もちろん基本となるヴェーダの話は共通していましたが、参加者と一緒に場を創り出すというKishoriさんのおかげで、私にはまったくと言っていいほど違ったサロンでした。

1回目のサロンでは、ヴェーダそのものに関する疑問から始まったために、なかなかヴェーダの中身にはたどりつけませんでしたが、Kishoriさんによれば、それもまた必然的なことだったのかもしれません。
参加者のおひとりも同じような感想を送ってきてくれました。
2回目のサロンでは、ヴェーダの内容を中心に、魂の精神世界と心身の物質世界を分けて、とても具体的に、ヴェーダの世界観や死生観を話してくれました。
2回目のサロンでも終了後、Kishoriさんのセッションに以前から参加されている方が、Kishoriさんと参加者とのやり取りで理解が深まったといってくださいましたが、話し合うことの大切さを改めて感じさせてもらいました。

いずれの回でも、Kishoriさんはヴェーダとは「生きる知恵」「人類の操作マニュアルのようなもの」と最初に話されました。
大きな違いは、2回目は、最初にヴェーダの聖典の一つのサンスクリット版の「バガヴァッド・ギータ」の一節をKishoriさんが朗誦することから始めたことです。
その朗誦で、場の雰囲気が変わりました。
ヴェーダの前提には、魂の存在がありますが、「魂」の話も素直に聞ける状況が生まれたのです。
音(波動)の持つ大きな力を感じました。

Kishoriさんのお話をきわめて簡単にまとめると、私たちは、宇宙に遍満する「大きな魂」から生まれた「小さな魂」が、心と体という衣服を装った存在であり、それが故に、「間違い」や「幻想」から自由になれず、他者をだます傾向を持ち、感覚も不安定になってしまう、そこから解放されるための知恵がヴェーダにはある、というのです。
私の勝手な要約ですので、いささかの不正確さはお許しください。

ヴェーダの世界では、人の根源のことを知りたかったらヴェーダに聞け、という言葉もあるそうです。
どうしたら生きやすくなるか。
そこから、カルマ(因果)や輪廻、集合意識や阿頼耶識、死の意味、人の成長(人間存在の4段階)、徳と愛などの話題も出ました。
もちろん占星術、ホロスコープの話も出ました。

中途半端な報告は誤解を招きそうなので、私からの報告はこれでやめますが、Kishoriさんはご自分でのセッションも開いていますので、ヴェーダやホロスコープに関心のある方はKishoriさんにアクセスしてください。
Kishoriさんのフェイスブックは次にあります。
https://www.facebook.com/kishori.dasijapan

湯島のサロンでは、アーユルヴェーダのお話をしてもらったことがありますが、ヴェーダそのもののサロンは初めてです。
ヴェーダは宗教的な側面と哲学的な側面を持っていますが、哲学というと私たちはついつい古代ギリシアを思い出します。
しかし、インドのヴェーダには、神話的な人間的要素があって、それよりも古層の哲学を感じます。
死や生を考える、いろんな材料があったような気がします。

Kishoriさんは、とてもいいサロンだったので、また話をしたいとおっしゃってくれました。
ヴェーダ占星術師のKishoriさんの使命は、大きな魂(バガヴァン/クリシュナ)の知恵を多くの人に広げていくことなのだそうです。
そして他者にできるだけ喜んでもらう。
Kishoriさんは、毎回、手づくりのお菓子を参加者のために持ってきてくださいました。
そしてどんなぶしつけな質問にも、笑みを絶やさずに、応じてくれました。
毎年、3か月ほど、インドの聖地ヴリンダーヴァンで、魂を浄化しているからでしょうか。
私は、そこにヴェーダの本質を感じました。

■カフェサロン「坊言サロン」(2019年1月19日)
お寺の掲示板に書かれている「言葉」(それを西坂さんは「坊言」と命名しました)を話題にする「坊言サロン」は、意外なことに私を入れて4人のこじんまりしたサロンになりました。
しかし、そのおかげでいつもとは違って、じっくりと話し合えました(かなり脱線はしましたが)。
もう一つ意外だったのは、「坊言」メッセージを掲示しているお寺は多くないということです。
私も、自分の菩提寺も含めて、4つのお寺を回りましたが、メッセージを出していたお寺はありませんでした。

最初に西坂さんから、本で紹介された「坊言」を中心に、「坊言」を出したご住職の想いなどの紹介がありました。
またどうして西坂さんが「坊言」コレクションを始めたのか、そしてそこから何を感じたかなどのお話もしてもらいました。
「坊言」からお寺の実情や世相が見えてくるなどとは言いませんが、そうしたことを考える材料はいくつかあったように思います。

西坂さんによれば、人間関係に関する「坊言」が多いようですが、参加者が共感した「坊言」を2つ紹介します。

「一人でいると孤独感 二人でいると劣等感 三人でいると疎外感」
これは広島県福山市の光林寺の掲示物にあったものですが、実にうなづけます。

もう一つ、
「仲間を作ることは 必ず仲間外れを作ることであります(玉光順正)」
これは、本明寺(東京都墨田区)にあったものだそうですが、玉光順正さんの言葉のようです。

西坂さんのコレクションではありませんが、今回参加できなかった方から寄せられた「坊言」も話題になりました。
「隣のレジは早い」
遠州、森の自得院にあったものだそうです。

ほかにも、西坂さんからいろんな「坊言」のお話がありましたが、考えさせられるも、笑えてしまうものも、誤解しそうなものも、いろいろとありました。
キリスト教の教会にも、箴言が掲示されていることは多いですが、そうしたものに比べると実に人間的で、心にひびいてきます。
最近では、生活とお寺の距離は少し遠くなってしまいましたが、お寺と生活をつなぐとてもいいメディアのような気がしてきました。
昔は、こうしたお寺の「坊言」が、地域社会の住む人たちに大きな影響を与えていたのかもしれません。

最近のお寺は、こういうところに力を入れる余裕がなくなってきているのかもしれません。
でもせっかくの「屋外広告板」を活かしていないのはちょっともったいないなと思いました。

もしお近くで、ちょっと気になる「坊言」に出会ったら、坊言集「きみはそのままでいいんじゃないか」の著者の西坂さんにぜひ連絡してやってください。



(2019年1月第2週)

■新年おまけサロン(2019年1月7日)
■「幸せな死」を目指しての葬儀社構想(2019年1月8日)
■認知症予防ゲームの公開フォーラム実行委員会(2019年1月8日)
■文化やアートの視点で我孫子を考える(2019年1月11日)
■第1回ヴェーダ占星術サロン(2019年1月11日)

■新年おまけサロン(2019年1月7日)
今年初めての湯島のサロンは8人の参加でしたが、発酵ソムリエ、巡礼者、デザイナー、ハープニスト、声楽家,ジャズピアニスト、ネット非汚染者、ネット依存症と多様でした。
ちなみに最後のネット依存症は私のことで、一昨日、自分がそうだと気付いて落ち込んでいます。
ネットはやらないという方も、参加してくださいましたが、見習わなければいけません。
4時間半のサロンでは、いろんな話が出ましたが、「第九」の話と肺の構造の話と発酵の話が記憶に残っています。
珈琲は宮田さんから送ってもらったエチオピアのモカでした。

ちょっとだけ元気が出ました。



■「幸せな死」を目指しての葬儀社構想(2019年1月8日)
今年、一緒に「葬儀事業」を立ち上げようと相談している中下さんと湯島で会いました。
年が明けてから連絡が全くなかったので、過労死しているのではないかといささか心配になっていました。
冬季は死が増えてくるのと、年末年始の炊き出しや路上でのホームレス支援の見回りでたぶん中下さんはあんまり寝ずに働いているはずです。
若いのでどうしても無理をしてしまうので、いささか心配です。
幸いに前日に連絡着いたので、予定通り会うことができました。
私よりもずっと元気そうでしたが、これが危ないのです。

中下さんと考えているのは、「幸せな死」を実現できるような葬送事業です。
中下さんは「逝き方は生き方」と言っています。
私は「生き方は逝き方」だと思っています。
視点は違いますが、同じ考えです。
問題はそれをどう具現化するかです。
中下さんはこれまでボランティア的に、こうした思いを実現するために取り組んできましたが、あまりに思いが強いためか、逆に他者に悪用されてきた経験が多そうです。
ネットワークづくりをしたり、組織に働きかけたりしてきたようですが、たぶん若さもあって、利用されることが多かったのでしょう。
そういう純粋な中下さんを失望させるわけにはいきません。
なんとか彼の思いの一助になれればと思っていますが、中下さんは逆に私の思いを何とか支援したいと思ってくれているのです。
その私の思いは、実のところ15年ほど前に一度潰え去っているのですが。

中下さんと会うと、少し鼓舞されて前に進もうというと気になります。
今回の話し合いで、これまで個人活動的にやってきたコムケアセンターを法人化しようと決意しました。
登記手続きなどは自分でやろうかと思います。
さて昔のように動けるでしょうか。
いささか気が重いですが。

■認知症予防ゲームの公開フォーラム実行委員会(2019年1月8日)
2月5日に開催する「認知症予防ゲーム公開フォーラム」の実行委員会を開きました。
今回は出来るだけ口を出さないで進めてけるように考えているのですが、メンバーのほとんどは女性ですので(男性は私と加納さんだけ)、その進め方がどうしようもなくストレスフルなので、今回はついつい話しあいをリードしてしまいました。
なんとか大枠は決まりましたが、やはり女性中心の組織には私はなじめないようです。

このフォーラムやDVD制作を提案してしまったことを心から後悔しています。
今年は、できるだけ余計なことにコミットせずにいようと改めて思います。

ちなみにこのフォーラムはたくさんの人に参加してほしいです。
案内チラシを添付しておきます。

■文化やアートの視点で我孫子を考える
(2019年1月11日)
我孫子まちづくり編集会議の派生活動として、我孫子を文化やアートの視点で考えていく集まりのゆるやかなキックオフミーティングを開きました。
最初は柳兼子の研究をしている海津さんとアートを活かしたまちづくりに関心を持っている林さんとの小さなミーティングを予定していましたが、海津さんの声掛けで、鈴木さんと浜崎さんが参加してくれました。
話はいろいろと飛んでしまいましたが、2月から「柳兼子の勉強会」と「写真家を巻き込んだ我孫子歩き」を始めることにしました。
さてさてどうなりますか。
どこかでまちづくり編集会議のワークショップにつなげていければと思います。
参加ご希望の方はご連絡ください。
必ずしも行政区としての我孫子にはこだわっていません。

■第1回ヴェーダ占星術サロン(2019年1月12日)
ヴェーダ占星術師のKazue Kishori Chibaさんにお願いしたインド占星術の第1回目のサロンを開催しました。
ヴェーダはインド古来の知恵ですが、Kishoriさんは「生きる知恵」だと話してくれました。
「占星術」というと「占い」のような感じがしますが、「生きる知恵」が身につけば、過去も未来も見えてくるのがヴェーダの知恵なのかもしれません。
今回は、そうした「知恵」と「知識」の混同が参加者の中にあって、本論に入る前の質疑応答が少し多すぎてしまったのが残念でしたが、それでも多くのことを気づかせてもらえました。
このサロンのために、わざわざ富山から出てきた人もいて、その人は終わった後、来てよかったと言ってくれました。
1月17日(14時〜16時)に第2回目を開催します。
ヴェーダ占星術を知りたいという方は是非ご参加ください。
1回目に参加した方も参加されなかった方も、いずれも歓迎です。
単なる知識だけではなく、インドの聖地ブリンダーヴァンで1年の1/4を過ごしているKishoriさんの人柄に触れるだけでも、ヴェーダを感じられるかもしれません。
サロンの内容の報告は、2回目が終わった後、まとめて報告させてもらいます。



(2019年1月第1週)

■例年のような元日(2019年1月1日)
■何もしない1週間(2019年1月6日)

■例年のような元日(2019年1月1日)
屋上から初日の出を見ました。
雲のために日の出が見られたのは10分ほどたってからでしたが、ここに転居してきてから見られなかったことはたぶん一度もありません。
年の始まりはいつも太陽とともにあったということです。
今年はいい年になるはずなのですが、いつものような元気をなぜか初日からもらえませんでした。

■何もしない1週間(2019年1月6日)
初日の出を見た後。近くに住んでいる娘家族と合流して、子の神様に初詣しました。
その後、みんなでお墓にあいさつに行きました。
お墓の掃除は昨日すませていたので、今日はお参りだけです。
みんなでわが家に戻り、娘の用意してくれたおせち料理で祝いました。
今年は娘が節約意識が強く、目玉料理のない、質素なおせちでしたが、私にはどうもこの方が似合います。
あたたかな元日でした。

まあここまでは例年と同じ年始めでしたが、その後1週間、何もしないで過ごしました。
どうも気分が動こうとしなかったからです。
ちょっと出かけたり、5日には坂谷さんがパソコンの修理に来てくださったりしましたが、ほとんどを自分一人で過ごした孤独なお正月でした。
年々、こうなってきていますが、これほど引きこもっていたのはたぶん妻を見送った翌年のお正月くらいかもしれません。

引きこもるとますます気分は孤独になり、気力が出てきません。
畑にも行ってみて、鍬をいれて土を耕したりしましたが、変化なし。
困ったものです。
本当に今年は「いい歳」になるのかどうか、いささか心配です。