活動記録2019
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(2019年7月第2週)
■我孫子まちづくり編集会議の定例会(2019年7月7日)
■突然の来客(2019年7月10日)
■生活哲学学会のプログラムがスタート(2019年7月13日)

■我孫子まちづくり編集会議の定例会(2019年7月7日)
我孫子まちづくり編集会議の定例会でした。
年内に何か外に向けた具体的な活動を企画する方向を再確認しました。
いくつかの個別プロジェクトも少しずつ動き出しました。
私が考えていた相馬霊場歩きは、私自身ちょっとモチベーションが下がっているのですが、今度、声をかけてくださいと言っていた人も、歩く距離を聞いたら誘わないでくださいと意見が変わりました。
霊場歩きコースの開発は見送りです。
時間がたったら、私自身のモチベーションは変わるかもしれませんが。

■突然の来客(2019年7月10日)
湯島でお客様の相談に乗っていたら、突然、ドアが開いて若者が入ってきました。
すぐに思い出せませんでしたが、何度か湯島のサロンにも参加し、一度はサロンで話してくれたRさんです。
昨年、いささかおかしなメールが届いたりしていましたが、精神的にダウンし、病院に入院していたようです。
まだ回復途中なので、病院を抜け出して下宿生活を送っていたようですが、何故か湯島を訪ねてきました。
訊けば時には野宿もしているようですが、経済的にも行き詰まり、下宿も追い出されそうなのだそうです。
今日は名古屋から新幹線で来たようですが、タクシーで湯島に来たが場所がわからず探していたようです。
どうも話がちぐはぐですが、一見したところ元気そうです。

Rさんの母親は東京にいますので、まずは母親のところに行くのがいいと話しましたが、母親は留守にしていることも多いというので、電話してみたらどうかと勧めましたが、電話番号を知らないというのです。
ただし場所は知っているので、まずは尋ねてみるということになりました。

Rさんの母親にも前に会ったことがありますが、心配していることでしょう。
私も電話番号も知らないのですが、なぜ突然、私のところに来たのか。
3回程度しかあったことがなく、誰の紹介で湯島に来たのかも思い出せません。
まあこれまでもこういうことはなかったわけではありませんが、いまは私自身にいささか余裕がなく、気にはなりますが、相談にのっもらえる場所と人を紹介するにとどめました。

また気になることが増えてしまいました。
なかなか復調できません。

■生活哲学学会のプログラムがスタート(2019年7月13日)
生活哲学学会の「生活・地域ファシリテーター育成プログラム」の第2期がスタートしました。
今回は半田さんの「知能環境論」ですが、後半は参加者による話し合いでした。
会場は御茶ノ水女子大学の国際交流プラザ。

半田さんの話は久しぶりに聞きますが、刺激的でした。
ゴーギャンの問いかけ、「あなたはどこからきてどこに行くのか、あなたは何者なのか」から始まりました。
私の場合は、この答えは明確なのですが、それに答えた、石田さんという受講者の答えがとても共感できました。

半田さんは最近、マクルーハンにまた注目しているようで、学生たちともマクルーハンを読んでいるようです。
構想学会のメンバーたちの集まりも今年からまた始まっていて、私も声をかけられていますが、そのテーマがマクルーハンだというので参加していません。
マクルーハンはかつて一世を風靡しましたが、メディアがメッセージとかマッサージとかいう考えは、私は当然過ぎて興味を持てませんでした。
それで半田さんにもそう伝えたのですが、今日話を聞いて、半田さんがなぜ今またマクルーハンなのかが少しわかった気がします。

プログラムの参加者の一人、ゴーギャンの問いに明確の答えた石田さんが、「茶色の朝」の本を持参して、私に話しかけてきてくれました。
講座での発言を聞いていて、私と思いが重なっていることを感じました。
このプログラムでこれからも会うでしょうが、湯島でも一度話してもらおうと思います。

以前、湯島に来てくれた学生の2人にも久しぶりに会いました。
思いをしっかりと持って生きている若者に合うことはうれしいことです。

私は、「学ぶとは自らが変わること」、もし変わらないのであれば、学んだとは言えないという話をさせてもらいました。
半田さんはそれに応じて、佐藤さんは昔と変わっていないのが、といいましたが、変わらないことが変わることなのだと言いたかったのですが、ややこしくなるので、素直に見えないところで変わっていると答えました。

久しぶりに半田さんと話せてよかったです。
半田さんの著書「構想力と想像力」をもらいました。
800頁の大著です。
読むのが大変そうです。

(2019年7月第1週)
■相馬霊場88か所めぐりテストウォーク(2019年7月3日)
■薬膳中華でお引き合わせ(2019年7月4日)
■湯島サロン「限定無税財政論」(2019年7月6日)

■相馬霊場88か所めぐりテストウォーク(2019年7月3日)
相馬霊場88か所めぐりのテストウォークをしました。
朝、6時、近くの興陽寺をスタート、30キロを目標にしましたが、残念ながら28キロで今日は終わりました。
終了は新木の長福寺。ほぼ廃寺です。
午後2時23分着でした。
古い、それも書籍に出ていた地図のコピーでしたので、ほぼ役に立ちませんでした。
いろんな人に道を尋ねながら、何とか辿り着きました。
後半は国道の歩道のない端を歩きました。
サンダルだったのも敗因で、水ぶくれができてしまいました。
一時、スマホが動かなくなり、娘に電話して行先を調べてもらおうと思ったら、スマホが通じなくなりました。
公衆電話を探しましたが、どこにもありません。
それでちょっと弱気になってしまいました。
困ったものです。
しかし、幸いに電話は直りました。
娘に長福寺まで来てもらい、無事生還しました。
家に着いたら、足が痛くて歩けません。
歩いている時は大丈夫だったのですが。
サンダル履きだったので、足が日に焼けました。
まわったお寺は19か寺ですが、半分はほぼ廃寺状況でした。
回る途中は面白かったですが、お寺は退屈でした。
残りを歩こうかどうか迷います。
しかしたくさんのことを学びました。
1日、歩いたら1冊の本ができるというのは本当です。
歩く世界は実に面白いです。
途中で、娘が制作しただろうスペインタイルの表札に偶然出会いました。
妻から名前だけを聞いていたところも何か所か通りました。
残念ながら知り合いの人には出会えませんでした。

■薬膳中華でお引き合わせ(2019年7月4日)
今日は湯島の麺覇王で薬膳スタミナラーメンを食べました。
有機農業をやっている金子友子さんとこれから農業問題に取り組もうとされている平山さんのお引き合わせの場に、選んだのがここです。
ところが、話に夢中になっていたら、突然、店主がやってきて、熱いうちに食べないと効用が出ないと叱られました。
そういえば以前はスープを飲み残して叱られました。
誤解があるといけないのですが、気持ちのいい叱り方です。
そして、友子さんはこのお店と懇意なのです。
薬膳素材は21種類。長年全く変えていないのだそうですが、ご主人はその間、日本は変わってしまったと嘆いていました。
私にはボリュームがありすぎて、いささか大変でしたが、勢いで全部食べてしまいました。
心身がホカホカしてきて、食後は元気になりました。

全員どうにか完食後、湯島のオフィスで話し合いました。

■湯島サロン「限定無税財政論」(2019年7月6日)
「限定無税財政論」サロンには、12人が参加しました。
事前に武田さんの論文を読んできてもらっていましたので、それをふまえて、武田さんから冒頭「限定無税財政論」構想の枠組みを説明してもらいました。
その段階で、議論が始まってしまったので、問題の整理をさせてもらいました。
というのも、「限定」となっていても「無税財政」という言葉で、提案の趣旨が誤解されてしまう恐れがあるからです。
武田さんも論考にも書き、サロンでも話しましたが、「無税」は絶対条件ではなく、むしろこの構想は「増税構想」なのです。

今回は、武田さんの趣意に沿って、「財政赤字の解消策」と「税制の抜本的見直し」に焦点を整理させてもらいました。
なかなかその2点に絞っての話し合いにはなりませんでしたが、録音していますので、関心のある方はそれを聞いてもらうことにして、話し合いの詳しい報告は省略させてもらいます。
なお、武田さんの論文を読みたい方はご連絡ください。武田さんの同意を得て、送らせてもらいます。

国家財政再建策や新しい金融システムへの提案はたくさん出ていますが、そうした議論は広がっていきません。
それは、金融システムは、まさに現在の秩序(近代国家体制)の根本にあるものであり、専門的な議論だと思われているからかもしれません。
しかし、家計に関しては誰もが議論できるように、国家財政の大きな枠踏みはきわめて簡単です。

現在の国家財政は、概算イメージですが、国債による借り入れが30兆円強で、合計100兆円程度ですが、歳出は実際の行政費用が70兆円前後、残りが国債費、うち10兆円が国債の利息です。
このあたりの数字はもちろんネットで見られますが、なかなかわかりにくいです。
私はそこに「意図」を感じます。
金融システムは、まさに現在の秩序(近代国家体制)の根本にあるものだからです。
大切なことは毎年10兆円の利子が支払われているということです。
100兆円の歳出のうちの1割が債権者への利子ということです。
逆に言えば、財政赤字のおかげで、債権者は毎年10兆円の不労所得を得ているということです。
この意味はしっかりと考えなければいけません、

また、実際の行政費用である基礎的財政歳出(「真水」と言われている部分)は、例えば2010年度には71兆円でしたが、2018年度で74兆円とあまり変わっていません。
こうしたことも含めて、私たちは私たちの国である日本の国家財政に関してあまり実体が見えてこないまま、財政赤字の危機感を植え付けられているような気がします。
ちなみに年金の話はまた別の枠組みで考えなければいけません。

財政論や新しい金融システムの基本になる「貨幣」に関してもたくさんの議論が展開されています。
たとえば、現在の貨幣は、利子を生み出す債務として創り出されることから「債務貨幣システム」とも呼ばれています。
債務はいうまでもなく「支配」とか「権力」につながります。
貨幣が果たす機能として、「価値尺度」「交換手段」「価値貯蔵」の3つがあげられますが、最近の貨幣は「権力の支配手段」として機能を強めています。
ここから「陰謀論」が生まれてくるわけですが、しかしそれを無視しては財政改革は語れません。

また、貨幣といってもさまざまなものがあります。
日本の場合は、政府貨幣(硬貨)、日本銀行券(政府から委託された会社が発行し管理しています)、そして預金(銀行の預金口座にある信用のデジタル数字)の3種類があります。
通貨や貨幣として流通しているものは、その一部でしかありません。
多くは「信用」によって生み出されバーチャルな存在です。

20世紀後半に「金本位制」が終わった後、貨幣はそれまでとは全く違うものになりました。
つまり「実体経済」と切り離された「金融経済」が生まれたのです。
サロンでも議論になりましたが、日銀がいくら国債を引き受けても市中には実際の「貨幣」はあまり増えず、インフレターゲットも実現しないでいます。
国債発行の多くの部分が、そのまま金融資産になり、資産家にとっての利子を生み出す役割を果たしているわけです。
大切なのは、「貨幣とは何か」「財政とは何か」「税金とは何か」の議論ではないかと、昨日の話し合いを聞いていて改めて思いました。

また、サロンでも指摘させてもらいましたが、経済成長を前提にするかどうかで、貨幣のあり方も財政のあり方も変わってきます。
そもそも「利子」という発想は、経済成長を前提にしていますから、最近言われ出している定常経済や縮小経済においては、利子のありかたを見直す必要があります。
武田構想は成長路線を前提にしています。

報告というよりも問題の整理になってしまいましたが、財政は国家構造の基本ともいえます。
だから武田さんも「国家論」の一環として財政を取り上げたのです。
このシリーズはもう少し違った視点も含めてサロンを続けたいと思います。



(2019年6月第4週)
■両親の法要(2019年6月23日)
■マイストーリーズからアワーストリーへのパラダイムシフト(2019年6月26日)
■いしど歯科医から雑誌をもらいました(2019年6月27日)
■湯島サロン「お墓の活かし方をみんなで話しあいませんか」(2019年6月29日)
■湯島サロン「災害ボランティアのハードリピーターのできるまで」(2019年6月29日)
■「川筋のおんなたち」との会食(2019年6月29日)

■両親の法要(2019年6月23日)
父親の33回忌、母親の23回忌を行いました。
お寺での読経供養の後、お墓でみんなでお線香をあげ、終了後、ご住職に全員写真を撮ってもらいました。
孫のにこが、終わった後、もう一度お墓に水をやりたいというのでその写真もってフェイスブックに載せたら、宗教嫌いの友人が、こういうお墓ならあった方がいいとコメントしてくれました。
宝蔵院での法要の後、エヴィーバでみんなで会食しました。

   

■マイストーリーズからアワーストリーへのパラダイムシフト(2019年6月26日)
ストーリーテリング協会での企画しているセミナーの内容の議論を福島チームと一緒に開催しました。
内容は「マイストーリーズからアワーストリーへのパラダイムシフト」です。
私が会社時代から取り組んでいたことですが、ここにきてようやくこうした考えへの共感者が表れてきました。
今回の話し合いでかなり考え方はシェアできましたが、それをどうメソッドに展開していくかは面白いテーマです。

■いしど歯科医から雑誌をもらいました(2019年6月27日)
娘のユカがいしど歯科クリニックの石戸先生から、Newsweekを預かってきました。
特集記事の「百田尚樹という社会現象」をまとめたのが石戸さんの息子さんの石戸諭さんなのです。
百田尚樹という名前を見ただけで拒否感がでるほどなのですが、がんばって読んでみました。
感想をフェイスブックに載せたら、すぐに岡和田さんからコメントがありました。
とても納得できるコメントでした。

■湯島サロン「お墓の活かし方をみんなで話しあいませんか」(2019年6月29日)
今回もたくさんの示唆を得られたサロンでした。
最初に、篠田石材工業代表の篠田さんが示唆に富むお墓の事例をたくさん紹介してくれました。



今回私が一番刺激を受けたのは、川島なお美さんのお墓の話でした。
そのお墓は、麻布にある賢崇寺にあるそうですが、同じ一画には、俳優の奥田瑛二さんや作曲家の三枝成彰さんもお墓をつくる予定なのだそうです。
というのは、川島さんは、生前、親交のあった人たち10人ほどで、“墓友”を結成し、「賢崇寺のお墓をそれぞれが買って、そこにお墓をつくり、残った人が花を供えたりしよう」などと話し合っていたのだそうです。
一家族ではなく、複数の家族、あるいは数名の仲間が、ひとつの墓ではなく、それぞれのお墓を隣り合わせに建てるという構想です。
亡くなった後もみんなでのお付き合いができると考えてもいいでしょう。
誰かの命日にはそこに集まり、生きている人同士の付き合いを深められますし、死者とのきずなも消えることはありません。
これは、「お墓」とは何かを考える上でとても大きな示唆を含んでいると思います。

篠田さんは、墓石とは、見える部分より、見えない部分にこそ不思議な力が隠されているといいます。
篠田さんはいろんなお墓の事例を紹介してくれましたが、それを聞いていて、私もそう感じました。

前回と同じく、篠田さんは「自分のご先祖様は何人ですか?」と問いかけました。
そして今回は「ご先祖さまシート」というのを紹介してくれました。
自分の名前が一番上にあって、その下に両親の名前、さらにその下に両親の両親の名前…とどんどん書いていくシートです。
普通の家系図とは上下が逆ですが、このシートを見ていると先祖感覚がはっきりと意識できます。
これに関しては、もしかしたらまた篠田さんに「先祖のことを考える」サロンをやってもらえるかもしれません。

篠田さんの後、中下さんが講の話をしてくれました。
講の多くは、生きるための仕組みなので、お墓とのつながりは見えなくなってきていますが、葬儀やお墓は講のかなめになるかもしれません。
最近正面から取り上げていないので、また取り上げたいと思います。

話し合いでは、墓じまいや仏教のお墓とキリスト教のお墓の仕組みの違いなども話題になりました。
またお墓は複数あってもいいのかというような話もありました。

私自身は、これまでの宗教のルールに呪縛されずに、むしろ個人の信仰や生き方をベースにした葬送の仕組みの要として、お墓というものを考えていければと思っています。
私が目指しているのは、生者も死者も支え合う形でつながるコミュニティですが、そういう視点で「墓」というものを活かしていきたいと思っています。

今回は、しかし、大きなミスをしてしまいました。
篠田さんの墓友の話や中下さんの講の話にいろんな要素が含まれていたこともあって、それぞれの参加者のアイデアを引き出すことを忘れてしまったのです。
進行役の私のミスです。
すみません。
またいつか今度は参加者がそれぞれの墓の活かし方を出し合うサロンを企画したいと思います。

■湯島サロン「災害ボランティアのハードリピーターのできるまで」(2019年6月29日)
1995年の阪神淡路大震災の時、勤めている会社に申し出て被災地ボランティアに行ったのが契機になって、以来、25年間、各地の被災地でも復興ボランティアを続けている徳永さんにお話ししてもらいました。

徳永さんは、私もよく知っている会社の社員です。
そこでもいつも楽しそうに仕事をしていますが、今回のサロンでお話になる徳永さんは、楽しそうというよりも幸せそうに話をされていました。
その顔の表情に、なぜこれほど長くボランティアでの被災地通いをしているのかのすべてが象徴されているような気がしました。

徳永さんは最初に行った阪神淡路大震災の被災地で無力感をもったそうです。
しかし、その無力感こそが、その後の徳永さんの生き方に大きな影響を与えたのだと思います。
被災地でのボランティアはそうした不思議な力を持っているようです。

その後、地元のボランティア活動を始めます。
たとえば、子どもが通っていた小学校を拠点に、オヤジの会を立ち上げて、子どもたちの遊び場をつくったり、時には防災避難訓練活動を展開したりしています。
その取り組み方も、とても自由で、生き生きしています。
心底、ボランティアと感じました。

そして3.11が起きました。
週末には仲間と一緒に被災地通いが始まります。
昨年の西日本豪雨で、さらに出かける先は広がりました。

そうしたことを徳永さんが撮った写真を材料にして、いろいろと話してくれました。
徳永さんの話を聞いていて、なぜ徳永さんがハードリピーターになったのかがよくわかりました。
「幸せ」だからです。たぶん。

徳永さんに質問しました。
会社の仕事と被災地でのボランティア活動はどちらが「きつい」ですか、そしてどちらが楽しいですか。
徳永さんは、ボランティア活動のほうが「きつい」が、「楽しさ」はいずれも楽しいと答えました。
私なりに勝手に解釈すると次のようなことではないかと思います。
会社の仕事もよい成果を上げるために自分で工夫して楽しくしようとしているが、被災地のボランティア活動はそのままで楽しい。
だから、お金も時間もかかるが、ボランティア活動に出かけてしまうのでしょう。

ここに大きな示唆を感じます。
会社の仕事がもっと楽しくなれば、会社の効率や業績は間違いなく上がるはずです。
過労死もなくなるでしょう。
会社の仕事とボランティア活動は決して無縁ではありません。
なにしろいずれも主役は同じ人間なのですから。

被災地でのボランティア活動を体験したことで、人生を変えた友人が何人かいます。
被災地の風景を見ただけで、生き方を変えた人もいる。
見慣れた風景の中で生きていると、考えは固定化されがちですが、ちょっと違った風景を見ると思考の枠は広がります。
これもまた会社での仕事にも深くつながっている話です。
ちなみに、徳永さんを阪神淡路大震災に派遣したのは、会社の経営者の意向です。
会社で出来ることもたくさんあります。

徳永さんが今回一番時間をかけて楽しそうに話したのは、被災地であった人たちの40枚くらいの写真の説明でした。
一人ひとりにそれぞれの人生があるといって、数名の人の話をしてくれましたが、その話は時間の制限がなければ終わることはなかったでしょう。
これもまた「楽しさ」とは何かを考える上で大切な示唆を含んでいます。

被災地の復興や復旧、被災者のボランティア活動を効果的にしていくためには、システムをもっとしっかりとつくっていく必要があるという指摘もありましたが、そうしたシステムアプローチとは別の取り組みが個人のボランティア活動が示唆していることだろうと思います。
システム発想と個人のボランティア発想は、時に邪魔をし合う関係にあります。
いずれも大事ですが、大切なのはどちらを基軸にするかではないかと思います。
また、ボランティアワークは、被災者のみならず、当事者にとっても、金銭とは全く違う大切なことを教えてくれているのかもしれません。

ほかにもいろいろと示唆に富む話はありました。
「働き方改革」のヒントもあったような気がします。
すべてを紹介できないのが残念です。

■「川筋のおんなたち」との会食(2019年6月29日)
2人女性起業家が訪ねてきました。
おひとりは初対面でしたが、大宰府の方です。
大宰府と言えば、私が8世紀頃住んでいたかもしれないところです。
まあそのせいで初対面なのに初対面と思わずに昔から知っているような気がしました。
そういう勘違いを私はよくしてしまうのです。

ところで、話していたら、「私たちは川筋のおんな」ですからと笑いながら言うのです。
常識のない私は、どういう意味か正確には理解できませんでしたが、おふたりと話しているうちに、この潔さとやさしさと強さと、さらに弱さを兼ね備えた女性たちのことを「川筋のおんな」というのだろうと勝手に定義づけました。
おふたりとも福岡のご出身です。

お話しした後、ちかくの「古拙」でご馳走になってしまいました。
土曜日のせいかお客様が少なく、それに冷房が効いていたので、体調が少しおかしくなってしまいました。
しかし、川筋のおんなたちの「熱い語り」についつい寒さを忘れて長い時間話し込んでしまいました。
帰宅してダウンしました。
困ったものです。

おふたりとはこれからお付き合いが始まるようです。

(2019年6月第3週)
■湯島サロン「自殺未遂者からのメッセージ」(2019年6月16日)
■平山さんから徳田昌則さんを紹介してもらいました(2019年6月18日)
■内藤さんの「和文化の楽園」構想(2019年6月19日)
■コムケア葬送支援事業部(2019年6月19日)
■歯医者さんの定期検診が終わりました(2019年6月20日)
■湯島サロン「石牟礼道子から水俣を考える」(2019年6月22日)
■認知症予防ゲームDVD打ち上げ(2019年6月22日)

■湯島サロン「自殺未遂者からのメッセージ」報告(2019年6月16日)
刺激的なタイトルのせいか、参加者は6人だったのですが、逆にしっかりと自殺未遂者の吉田さんの話をお聞きできました。
参加者も、このテーマであればこそと参加してくださった方ばかりだったので、とても意識がそろって、重いテーマであるにもかかわらず、気持ちのいい話し合いができたように思います。
参加者のみなさんにとても感謝しています。
話し手の吉田さんも、とてもいい時間を過ごせたと喜んでくれました。

吉田さんは辻説法スタイルでやってきました。
吉田さんが「ウォーキング・パネル」と名づけている特注のバナーを、首を通して前後にぶら下げるスタイルです。
バナーには目立つデザインで、自殺防止・うつ病予防対策に関する呼びかけなどが書かれています。
これで街中を歩いたら、さぞかし目立つことでしょう。
サロン終了後、吉田さんと一緒に少しだけ歩きましたが、それなりの勇気が必要です。

自殺の問題への関心は高まり、いろいろな活動が広がっていますが、自殺未遂者の集まりはあまりなく、その声もなかなか聴いてもらえないというのが、早くから自殺未遂をカミングアウトして活動している吉田さんの不満です。
本気で自殺問題に取り組むのであれば、なぜもっと自分たちの声を聞いてくれないのか。
政治家やマスコミにいろいろ働きかけていますが、吉田さんの思いはなかなか届かない。
それには理由があるはずですが、その理由を明らかにして、もし解決できるのであれば解決していきたい。
そう思っての、今回のサロンでした。

サロンはまず、なぜ自殺を試みたかと言う、吉田さん自身の話から始まりました。
自らの悩みがなかなか分かってもらえず、狂言自殺を試みたこと。
それで入院することになったが、入院した途端に、鬱状況から躁状況になってしまい、ある日、突発的に窓から身を投げてしまったこと。
奇跡的に一命を取り留めたが、そこから「自殺未遂者」としての大変さに出会っていくこと。
カミングアウトし、自殺防止活動に取り組んでいるが、世間の差別意識に直面して、不快な思いをすることも少なくないこと。
口では立派なことを言っている政治家も有識者も、一人の未遂者の声にはなかなか耳を傾けてくれないこと。
などなどをあっけらかんと話してくれました。
そして、今年81歳を迎えるのを機に、取り組もうとしている「辻説法」の話もしてくれました。

自殺を体験した前後で、どういう意識の変化があったかという問いかけから話し合いが始まりました。
自殺前、吉田さんは企業を経営していましたから、どうしたら会社がうまくいくか、ということばかりに頭がいっていたといいます。
しかし、自殺未遂を通して、人との関係や社会のことが見えるようになってきたそうです。
だから、いまは自分にとって一銭の利益にもならない社会活動を、身銭を切ってするようになったといいます。
いま、「魂の語り部」と自称しているところにも、吉田さんの人生観が変化したのを感じられます。
自分の命も、自分だけのものではないという意識も出てきたそうです。

自死遺族の人たちは集まりをつくって、グリーフケアや社会への働きかけをしていますが、自殺未遂者のそうした活動がないのはなぜかという話題も出ました。
自死遺族は「悲しみ」によってつながれるでしょうが、自殺未遂者はお互いをつなぐものがみつからないからではないかという意見も出ました。
たしかに自殺未遂の体験は人によってさまざまです。
それに吉田さんのようにカミングアウトする人も少ない。
しかし、体験者の声を聞くことから見えてくることもあるはずです。
ですから、吉田さんは自殺未遂者の集まる場所もつくりたいと考えています。

もし自殺者を減らしたいのであれば、未遂者からもっとしっかりと取材し、その体験を活かしてほしいと吉田さんは言います。
しかし自殺未遂者の人たちは、周囲の人も含めて、その事実を語りたがらないばかりか隠そうとする。
だからこそ、そうした当事者の声が大切なのではないか。
自殺問題を外から語ることも大切ですが、当事者の声にもっと耳を傾けてほしい。
吉田さんは、そういう思いから、未遂者や企図者が安心して話せる場が欲しいといいます。

しかし、その一方で、吉田さんは未遂者として何を社会に語ればいいのかがまだうまく言語化できていないようにも感じます。
だからこそ、同じ体験をした人たちと話し合ったり、外部の人たちに自分のことを聞いてもらい話し合ったりすることが必要だろうと改めて思いました。

今回のサロンを契機に、そうした吉田さんの思いが実現するように、私もまた考えようと思います。
吉田さんの話を聞きたい方はぜひ吉田さんに声をかけてください。
そして吉田さんの思いが実現するように、力を貸してもらえればうれしいです

■平山さんから徳田昌則さんを紹介してもらいました(2019年6月18日)
実に刺激的な人に出会いました。
平山さんがお引き合わせしてくれたのですが、会ったとたんに瞬時にして心がつながった気がします。
時々ですが、そういうことが起こります。
私よりもご高齢ですが、昨日も北京から戻ったところでした。
大学の名誉教授ですが、いま話題の免疫細胞の研究者でもあります。
これまでの活動を少しだけお聞きしましたが、枠にとらわれずに自由に生きていることが伝わってきました。
久しぶりに、生き生きと生きている人に出会えた感じで、うれしくなってしまいました。
実に刺激的な2時間でした。

東日本大震災の時には、女川で新しいプロジェクトである設備を完成させて、ご自分だけ所要で仙台に自動車で戻ったそうですが、30分遅れたら、ご自身も波に飲み込まれたそうです。
仲間も借金をして作り上げた機械設備はすべて失いました。
そうしたことを話す語り口に、お人柄を感じました。
こういう人もいるのです。

「私は津波から「逃れた」が、震災で生き残った人たちはみんな「生かされた」という」。
その人の生きる哲学を感じました。
その方のお名前は徳田さんです。
またお会いすることになるはずです。
私も徳田さんに何かお役立ちできるといいのですが。
それを探さなければいけません。

■内藤さんの「和文化の楽園」構想(2019年6月19日)
和文化の楽園をつくりたいと長年取り組んでいる内藤さんが湯島に来ました。
かなりのストレスを抱えているようです。
いろんな計画やビジョンを送ってくるのですが、なかなか消化できずに、時々会って話をお聞きしています。

内藤さんの生き方は、いささかめちゃくちゃですが、どこかで私に通ずるところがあるので、気になっています。
お金の感覚がほとんどないのですが、そのために借金に追いかけられているのです。
私の場合も、まあ似たようなものですが、なんとかこなしていますが、彼女の場合は大変のようです。

何かできることがあればいいのですが、残念ながら今はお金もないので借金の肩代わりもできません。
さてさて悩ましい問題です。

■コムケア葬送支援事業部(2019年6月19日)
コムケア葬送支援事業部をコンセプトワークショップの中に新設することになりました。
財政基盤がほとんどないコンセプトワークショップに、新たな事業起こし基金はないのですが、事業の実体は中下さんが取り組むというので、いわばその受け皿を用意しました。
しかしこれ以上、資金的なダメッジは受けられないので、企業資金負担はミニマイズしたいと思い、私が管理しようと思ったのですが、これがまたかなりの負担です。
金銭的負担という意味ではなく。精神的負担という意味です。
かつての悪夢がどうしても思い出されるからです。

しかしきちんとコミットしておかないと、前回の轍を踏みかねません。
悩ましい問題です。
今日は中下さんとミーティングを持ちました。
割り切ればいいのですが、私自身の迷いが出てしまい、どうもコミュニケーションがうまくいきません。
これもまた、悩ましい問題です。

■歯医者さんの定期検診が終わりました(2019年6月20日)
歯医者さんの定期検診が終わりました。
数年前のデータと比べると、大きく改善されていると石戸さんから言われました。
最近歯磨きもきちんとやるようになった成果でしょうが。生活が安定してきたのも一因かもしれません。
まあいずれにしろ、嫌いな歯磨きを続けなければいけません。
石戸さんには内緒ですが(訊かれていませんので)、マウスピースは最近は完全に忘れていますが。

■湯島サロン「石牟礼道子から水俣を考える」(2019年6月22日)
岡和田晃さんの「石牟礼道子という表現運動」(河出書房新社版ムック『石牟礼道子 さよなら不知火海の言霊』収載)を切り口にしたサロンには、11人の参加がありました。
最初に参加者それぞれのこのテーマへの関心が簡単に表明されました。
みんなそれぞれに「水俣」への思いがあると思いますが、私も含めて、やはり水俣は過去のことになってしまっていることを感じました。

岡和田さんのメッセージは、一言で言えば、石牟礼道子さんは「殿堂入り」したが、水俣病そのものは過去の話として忘れられようとしている。それでいいのか。
そして、水俣病をめぐる「体験」や「闘争」を、「もやい直し」やスピリチュアルなサブカルチャーへと進めるのではなく、いままさに蔓延しだしている差別問題に目を向ける契機にし、改めてその意味を問い直すべきではないか、と。
私にはそう受け取れました。
論文では、石牟礼文学を脱政治化することへの懸念も示されていますが、それは同時に「政治」とは何かという問いかけのようにも感じていました。

サロンは、岡和田さんの問題提起の後、ゼミ形式で進められました。
ところが、最初に問いかけられたのは私でした。
岡和田さんの論文への感想です。
思ってもいなかった問いかけに、私は意表を突かれて、しどろもどろで応じてしまいました。
いつも気楽にみんなの話を聞いていたのですが、今回はどうも成り行きが違いました。

岡和田さんの問いかけに、私は水俣の語り部だったはずの石牟礼さんが主役になってしまい、水俣の生々しい現実がむしろ見えなくなってしまっていることに気づかされた。
しかし、自分が何をすればいいかの答えがなかなか見つからなかったと答えました。
私にとって、理解するということは意識や行動が変わるということですが、どう変わればいいかが見つからなかったのです。
それで、水俣は自分にとっていったいなんなのか、を改めて考えようと思いました。
今回、岡和田さんの話を聞いて、かなり理解できました。

ゼミでは先生への質問は許されるのかどうか知りませんが、窮鼠猫をかむように、「岡和田さんにとっての水俣はなんですか」と逆質問もしてしまいました。
さすがに先生。岡和田さんはその問いを参加者にふりながらゼミを進めましたが、そこでもやはり「水俣」は「過去の話」になっているような気がしました。

もちろんそれぞれのみなさんの今の活動や生き方にもつながっていることは間違いありません。
たとえば、沖縄から参加してくださった方は辺野古の話をし、福島にも関わっている人はスピリチュアルケアの話をしました。

チッソへの反対運動の主役だった被害者の緒方正人さんの「チッソは私であった」という本も話題になりました。
対立ではなく、自らの生き方も含めて、水俣からのメッセージを受け止めることが大切だという緒方さんの生き方に共感していた私は、岡和田さんの論考を読んで、問題を普遍化することの危険性に気づいたのですが、普遍性と個別の問題も話題になりました。

石牟礼さんの「苦海浄土」は、そこでの言葉づかいからして極めて地域に根付いた物語になっていて、日本全体の問題としては書かれていません。
それが生々しさを生み出す一方で、自分の生活とは切り離された「一地方の問題」と位置づけることを容易にしています。
その点が、同時期に話題になった井上光晴の「階級」とは違うと岡和田さんは言います。

万葉集サロンをやってくれている升田さんが、石牟礼さんはコトバの力で「異界」を生み出しており、安易に共感するとその浅さを見透かされてしまうようで怖さがあると話されました。
自分とは隔絶された異界を感ずる。しかし、そこから別の異界も含めて、自分の世界を広げていくことができる、とも言いました。
そして、折口信夫の「うぶすな」と「浄土」の話もしてくれました。

私自身は、異界からのメッセージとして強い問題提起をしていた水俣が、次第にその普遍性が可視化されることによって、問題発信力を弱めてきていることを、岡和田論文から気づかせてもらったのですが、どうもこの問題は一筋縄ではいかないようです。
「苦海」と浄土の話も含めて、もう少し考えたいと思います。
「苦海浄土」という言葉にも議論が行きました。

示唆に富む話はまだいろいろとありますが、どうもうまくまとめられません。
幸いに当日の映像記録がありますので、ご関心のある方はご連絡ください。
参加者は無条件に、参加されなかった方は、岡和田さんの了解が得られたらご本人限定でお見せできるかもしれません。

ところで、水俣とは直接関係ないのですが、岡和田さんの次のような2つの発言がとても印象的でした。
どうして文芸批評を続けているのかというぶしつけな私の問いに、岡和田さんは、もう少しましな社会になってもらわないと自分の居場所もなくなりそうだから、と応えてくれました。
しかし、文芸批評を読んでくれる人は少ないでしょう、とさらにぶしつけな問いをすると、多いか少ないかは考えようで、今日も11人の人が集まってくれたが、私はこれを「多い」と思う、と応えてくれました。
こんなに共感できるコトバを聴けるとは思ってもいませんでした。
指名されてうまく応えられずにしょげていた劣等生としては、すごく元気づけられる言葉でした。

ちなみに、ゼミ形式の魅力を感じました。
湯島のサロンでは、これから時々、ゼミサロンを企画したいと思いました。
岡和田さんにはまたぜひゼミを開いていただきたいと思います。

■認知症予防ゲームDVD打ち上げ(2019年6月22日)
2月5日の国会議員会館で行った「認知症予防ゲーム体験フォーラム」から始まった、高林さんの認知症予防ゲーム解説DVDが完成しました。
3000枚が配布されました。
ほっとスマイルプロジェクトの実行委員会で取り組んだのですが、その打ち上げを行いました。
残念ながら集まったのは私を含めて6人です。
ここにこのプロジェクトの実状が顕れています。

このプロジェクトは、ほっとスマイルプロジェクトを緩やかな組織にして、社会性を持たせたいと思って提案しました。
しかし、ほぼ全員が女性のためか、「組織化」に賛同を得られませんでした。
DVD制作で収益を上げ、それで今まだ行けていない岩手へのゲーム普及活動に取り組みたいとも話していましたが。その思いは途中で撤回しました。
ボランティアグループに社会性を持たせるのは難しいことが分かったからです。

DVD制作も、きちんとした社会活動に発展させる構想を持っていましたが、それも放棄しました。
ボランティアと社会性はつながっていると確信していましたが、どうも必ずしもそうではないことに気づいたからです。

今回のプロジェクトは、私にとってはたくさんの気付きを得たものです。
大きな失望も含めて、ですが。

今月末で、実行委員会も解散することになりました。
無念と安堵の入り混じった、ちょっと複雑な気分です。

(2019年6月第2週)
■我孫子の将来(2019年6月8日)
■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年6月14日)
■限定無税財政論(2019年6月14日)

■我孫子の将来(2019年6月8日)
市会議員の海津さんがまちづくりに関する雑談にやってきました。
先日、お会いした時に出た「ちょっとした問題」をもう少し深めようということもありました。
我孫子市という小さな基礎自治体の実相から見えてくることはたくさんなります。
国政の影響もまた、そこに色濃く出てきます。
私自身は基礎自治体の行政の在り方には大きな違和感を持っていますが、違和感だけでは何も始まりません。
かつてはそれなりにささやかな実験に取り組みましたが、力不足でいずれも挫折です。
あるところでは、住民発議のまちづくり組織条例の策定までこぎつけましたが、市町村合併で見事に半年でなくなってしまいました。
山形市でのまちづくり会議の試みも成果を上げるまでにはいきませんでした。

私とは違って海津さんは市議として活動しています。
私にはできないことですが、たぶん海津さんとは松戸市の中田さんのおかげでつながったのだと思います。
海津さんと話していて、やはり我孫子市の将来を語り合う住民の場があるといいなと思いました。
問題はそれをどう実現するかです。

■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年6月14日)
ストーリーテリング協会の活動を再開することにしました。
その、いわばキックオフセミナーをコアメンバー4人で検討しています。
ひとりでやるのであれば、きわめて簡単なのですが、チームでやるとなると、いろいろと摺合せが大変です。
しかしそういた話し合いで、気づくことも多いです。
当日は私も参加することになったので、いささか気が重いですが、新しい展開に繋がればと思っています。

■限定無税財政論(2019年6月14日)
久しぶりにリンカーンクラブの武田さんと議論をしました。
武田さんがこの1か月、かなり気を入れてまとめた「限定無税財政論」に関してです。
私と話していても、並行線議論ですので、サロンを開催することにしました。

話し合い後、武田さんが焼肉を食べたいというので、一緒に行きました。
御徒町の、武田さんが気に入っているお店です。
美味しかったですが、いささか食べ過ぎてしまいました。
困ったものです。

(2019年6月第1週)

■カマキリとの同居(2019年6月2日)
■我孫子まちづくり編集会議に3人の新メンバー(2019年6月2日)
■家族でアリオに行きました(2019年6月3日)
■湯島サロン「日本書紀と『天下論』」(2019年6月5日)
■空き宅地がほとんど畑らしくなりました(2019年6月6日)

■カマキリとの同居(2019年6月2日)
問題が発生しました。
わが家のリビングの天井に小さな点がたくさんできてしまいました。
よく見ると、なんと孵化したばかりのカマキリの子どもたちです。
それに気づいた娘から、そういえば以前、カマキリの巣をもってきたけれどどうしたのか、と詰問されました。
そういえば、それをリビングに隣接する土間のどこかに置いていたような気がします。
それが孵化して、いまリビング全域に広がっているのです。
なんとかしないと餓死してしまいます。
今さら救出もできませんので、外に出てくれるのを祈るばかりですが、室内にもできるだけ植物を置くことにしました。
いやはや困ったものです。
これでは畑に行く暇もありません。
カマキリの子どもの餌づけ方法があったら教えてください。
自然を取り入れようなどと考えてはいけません。

■我孫子まちづくり編集会議に3人の新メンバー(2019年6月2日)
我孫子まちづくり編集会議の定例会を今回は手賀沼が見える「水の館」で開催しました。今回から2人のメンバーが増え、さらに終わりごろにもう一人参加してくれ、いよいよ動き出すことになりました。
年内には編集会議主催のワークショップも計画していますが、並行していくつかのプロジェクトが動き出しそうです。
そろそろ組織化も考えないといけません。

■家族でアリオに行きました(2019年6月3日)
娘家族と一緒に近くのショッピングモールのアリオに行きました。
時々、私も付き合っているのですが、孫は卵アレルギーなので、食事が大変です。
孫との相性は幸いにとてもいいです。
帰りにリサイクルショップに寄りました。
娘はよく利用しています。
あれほど潔癖症で、他者の使ったものには抵抗を持っていた娘が、まさかリサイクルショップを利用するようになるとは思ってもいませんでした。
私にはうれしいことですが。

■湯島サロン「日本書紀と『天下論』」(2019年6月5日)
「日本書紀と『天下論』」のサロンは、増山さんが詳細なレジメを用意してくれたので、それに沿った講座型サロンになりました。
レジメの目次は次の通りです。
1.国学とプロテスタント思想
2.日本書紀と神皇正統記にみる内外(内偈)の典
3.新井白石の「読史余論」にみる天下論
4.日本書紀にハツセベワカタケルによる美人妻強奪事件記事
5.旧約聖書にみるダビデ王の臣下の美人妻強奪事件記事との比較
6.「天下の主」はなぜ要請されたか?
7.「天下の主」を統制するルールとしての律法

話の広がりと独自の視点がわかってもらえると思います。
これだけの内容を、レジメに沿ってとはいえ、増山さんは1時間ほどで話してくれました。

案内でも紹介しましたが、増山さんは、「天下を取る者は天下の萬民に役立つべきである」と言う思想が日本にはあった、そしてその源流は「日本書紀」にあるのではないかと考えています。
今回のサロンでの増山さんのメッセージの柱はそれが一つ。
もう一つは、「日本思想」は世界の中で孤立した思想ではなく、中国はもとより、インド、ユダヤ、ギリシア、メソポタミア、キリスト教など、さまざまな外典思想とつながっているという指摘です。
そうしたことを、エピソードも交えながら、とても具体的に話してくれました。

最後は、「天下の主」、つまり権力を統制するルールとして、モーセの十戒と十七条憲法に言及。上が下に対して「私」を捨てて和解しないと「公」は形成できないというのが結語でした。
昨今の日本はどうでしょうか。

話し合いに入ってからの話題も興味深いものがたくさんありました。

「日本書紀」は「誰」が「何の目的」でつくったのか、そしてそれは「天下」にどういう影響を与えたのか、明示的には語られませんでしたが、増山さんの話から勝手に解釈すると、「日本書紀」は2度、つくられたような気がします。
一度は、日本という国家制度が完成度を高める時期だった8世紀。
そしてもう一度は、国家が揺らぎだした江戸時代に平田篤胤らの国学者たちによって。
さらに言えば、「令和」騒ぎをしている今は、3度目の日本書紀づくりかもしれないなどという妄想も浮かびました。

私たちが学校で学んできた日本古代史は、いま大きく見直されてきています。
古代における東日本の位置づけも大きく変わってきていますし、人々の生活範囲はかつては極めてグローバルだったという痕跡も明らかになってきています。
「弱い王」と「強い王」という概念も生まれてきていますし、国家概念も近代国家とは本質的に違うことが明らかになってきています。
そうしたことを踏まえて日本書紀を読みなおすといろんな謎が解けてきます。
「日本書紀」が作られた経緯、あるいは「日本書紀」が利用された経緯を考えていくと、天下論というか、国家論につながっていきます。

政治人類学者のピエール・クラストルは、「国家に抗する社会」という本で、「「国家」を形成する社会では言葉は権力のもつ権利であるのに対し、「国家」なき社会では逆に、言葉は権力の義務なのだ」と書いています。
国家の正史としての「日本書紀」が天下に与えた影響力は大きいですが、同時にそこにたくさんの異伝、異説も「一書に曰く」として注記されています。
増山さんはキリスト教の「聖典」化運動のこともかなり詳しく紹介してくれましたが、そのことと重ねて考えると、こうしたことも「天下論」に大きな示唆を与えているように思います。

話し合いでは、「言語」を含む「ミーム」と民族のDNAなど、とても大きな話題もでましたが、現在の問題として、天下をどう捉えるかという点に関しては、現在の政治状況への失望感の呪縛からか、議論は深められませんでした。
しかし、「天下を取る者」の使命を考えることで、昨今の政治状況の本性が見えてきて、私たちがいま心がけなければいけないことにも気づかされます。

増山さんの該博な知識と独自のお考えは、1回だけのサロンでは消化できませんでしたが、たくさんの論点や示唆が出されたサロンでした。
参加者のおひとりが、「体制に絡め取られていない何かの代名詞で表現されることを嫌う“I am!な”男たちの談論風発に心地よい刺激を受けました」とコメント寄せてくれました。
サロンのホストとしては、とてもうれしいコメントです。

■空き宅地がほとんど畑らしくなりました(2019年6月6日)
真夏のような暑さでしたが、夕方から畑に行きました。
畑でもない空き地の開墾作業をしていましたが、だいぶ畑らしくなってきました。
ところが開墾作業が面白くて、肝心の野菜を植えるのには関心が向いていませんでした。

昨日、瓜生さんから畑で育ったじゃがいもをもらいました。
それに刺激されて、今日は何種類かの野菜を購入してきて、植え付けました。
第一陣はトマトとなす以外はだめだったのですが、今度はきちんと水やりにも行こうと思います。
道路沿いにあった自生の葵を移植したのですが、うまく咲き出しました。
花壇はいろんな種を蒔きましたが、なかなか芽が出てきません。

開墾作業は時間がたつのを忘れるほど面白いです。
土や植物との話は、人間との話よりも楽しいからです。
今日は異様に元気なトカゲにも会いました。
鍬で土を耕していたら、出てきたのです。
トカゲも土中にいるので、気を付けないといけません。
最近は蛇がいなくなってしまい、もしかしたら今日のトカゲが新しい畑の守り神かもしれません。

気が付いたら7時を過ぎて、薄暗くなっていました。
かろうじて葵の写真だけは撮れました。

(2019年5月第5週)

■湯島サロン「葬儀や供養に関する自由な話し合い」(2019年5月26日)
■ちょっと早目の30歳のささやかなお祝い(2019年5月28日)
■株式会社コンセプトワークショップ確定申告(2019年5月29日)
■がん治療の友人が元気になりました(2019年5月29日)
■FBの「誕生日騒ぎ」(2019年5月30日)

■湯島サロン「葬儀や供養に関する自由な話し合い」(2019年5月26日)
葬送や供養にまつわることに関するQ&A型サロンを1~2か月に一度くらいの頻度で開催しています。
2回目は「戒名」をメインテーマに取り上げました。
最初に、中下さんから、戒名の意味などに関して、宗教民俗学の資料「人の一生と霊魂の浄化」の図もつかいながら、わかりやすく話してもらいました。
また、現在の日本人が、葬儀の必要性や葬儀の形式をどう考えているのかを、調査データに沿って解説してくれました。
葬儀について本人を交えて事前に話し合いをしていますかという質問に、1/3以上の人が話したことがあるという調査結果は意外でした。

中下さんの話を聞いた後、Q&Aサロンに入りました。

「戒名」に関しても、その意味はあまりきちんとは理解されていないケースが多いように思いますが、こうしてしっかりと話を聞くと、問題は、その仕組みをどう活かすかということが大切だなと気づきます。
参加者の一人も、こうしたことをほとんど知らずにいたが、いろいろと知っていくと、葬儀や供養に関しても、考え方が変わってくるという話をされました。
なかには、自分の葬儀に関する方法は決めていたが、何回か話を聞いているうちに、もう少し考え直そうかという気になってきたという人もいました。
せっかく長い時間をかけて育ててきた、日本古来の「死の捉え方」を、私たちはもっと学ぶことで、生き方もまた変わるような気がします。

Q&A型サロンは、毎回、同じような話も出ますが、Q&Aを通して、毎回新しい気づきがあります。
しばらくは継続していく予定です。
何かテーマをご希望の方がいたらご連絡ください。

次回は、6月29日(日曜日)の午前10〜12時を予定しています。
一度、お墓の話をしてもらった篠田さんにも参加していただき、お墓の話と供養の話を中心に、Q&A型サロンを開催する予定です。
また詳細が決まったら改めてご案内させてもらいます。

■ちょっと早目の30歳のささやかなお祝い(2019年5月28日)
ちょっと早目の誕生日祝いだといって、娘親子がケーキを持ってきてくれました。
誕生日プレゼントは有機インスタントコーヒーでした。
孫からハッピーバースデイと言って渡されました。
実に地味なプレゼントですが、私が誕生日を祝うことが好きでないのと何をもらってもあまり喜ばないのを知っているのです。
しかし、それにしてもちょっと地味だなとつい思ってしまいましたが。
お返しに畑で採れたいちごを数粒孫にあげました。
これもまた実に地味です。
まあこれがわが家の文化なのでうsが。

■株式会社コンセプトワークショップ確定申告(2019年5月29日)
妻と始めた会社も30年を迎えました。
妻が病気になってから仕事はやめていますが、会社は持続しています。
ほとんど収入のない会社ですので、税理士に頼むのもやめて、私が決算書類も作成し、税務申告もしています。
今季は昨年、ちょっとだけ仕事をしたので、10万円ほどの利益になりました。
もっとも私の収入はゼロで、お金がないので地方出張もできていないので、仕事もあまりできていないのです。
普通の会社と違い、仕事をするとお金がかかるので、収入がない年は身を潜めていないといけないのです
それでも30年が経過しました。
会社の借金はまだかなりありますが、いまでは債権者は私だけになっていますので、いつでも解散できるところまで来ています。
もっとも、今度、新しい収益事業に取り組むことになったので、解散はやめて持続することにしました。
もしかしたら、私の債権も回収できるかもしれません。
そうしたらまたしばらく湯島も維持できます。

■がん治療の友人が元気になりました(2019年5月29日)
がん治療をしている友人と会いました。
1か月ほど前に会った時にはちょっと元気がなかったので心配だったのですが、今回は私よりも元気そうで安心しました。
それ以上に、前向きになっていて、仕事をまた始めることにしたそうです。
彼は靴屋さんなのですが、新たに仕入れにも行ったそうです。
といっても、在庫を減らすために、とんでもなく大割引して、年来のお客様に提供しているようです。
お店を手伝っている知人が心配しているほどですが、それで元気が出るならいいことです。

■FBの「誕生日騒ぎ」(2019年5月30日)
朝起きたら「お誕生日おめでとうございます」の書き込みがフェイスブックにありました。
先日のささやかな誕生日お祝いでもう誕生日は終わった感じだったので、次々と書き込みやらメールが届きました。
おかしな時代です。

いささか嫌味も込めて、フェイスブックにこう書き込みました。

今朝、FBを開いたら、メッセージが届いていました。
今日は私の誕生日だと教えてもらいました。
昨年は、「誕生日はなぜおめでたいのか」などとひねくれてしまいましたが、今年からは素直に祝意を受けることにしました。
おかげさまで、ほどほどの元気と健康で78歳になりました。
予定ではもう2〜3年は、現状を維持します。
昨年は、余計なことを書いたため、死ぬ前に会いに行こうと遠くからわざわざ来てくれた人もいますので、念のため。
誕生日もお天道様の小作人としての畑作業から始まります。
ちなみに、なぜ誕生日がおめでたいのかは、まだ私は理解できていないのですが。

こんなコメントも書き込みました。

私は祝うことも祝いを受けることも大好きですが、無礼な祝い方が嫌いななのです。
無礼と言う意味は、内容ではなく、作業的に行っているという意味です。形だけの誕生日祝いが横行しているのが好きではないということです。誰にでも通用するような文章を回し使いしているのが悲しいのです。

さすがにこう書けば、定型文の書き込みやメッセージは来ないだろうと思っていたのですが、その後も相変わらず届きます。
たぶんみんな「作業」としてコメントしているのでしょう。
さびしい時代になりました。

(2019年5月第4週)
■晴耕雨読が続いています(2019年5月21日)
■兄との会食(2019年5月22日)
■歯の定期検診(2019年5月23日)
■東寺展(2019年5月24日)
■野上さんとのミーティング(2019年5月24日)
■久野さんと久しぶりに話しました(2019年5月24日)
■第2回万葉集サロン「万葉に開かれて行く〈見る〉古代」(2019年5月25日)

■晴耕雨読が続いています(2019年5月21日)
この数日、晴耕雨読が続いています。
畑もだいぶ畑らしくなってきました。
読書は、遅い出会いだった中沢新一さんの本です。
今日、7冊目を読了しました。
「緑の資本論」で、これはかなりの難物でした。

■兄との会食(2019年5月22日)
兄との会食が定期的になってきました。
近くに住んでいるのですが、なかなか会う機会はありません。
兄と会うと自分の老いを実感できます。
自分だけでは気づかないものなのです。
最近は平和に会食ができるようになってきました。

■歯の定期検診(2019年5月23日)
歯の定期検診に行きました。
私が通っている歯医者さんは、近くのいしど歯科クリニックですが、とても丁寧で、ここに通いだしてからは歯で悩んだことはありません。
それにいろんなことを教えてくれるのです。
もっとも歯磨きもマウスピースも、あまり指示に従っていないので、歯の汚れ診断書はいつもあまりいい成績ではありません。
何回か通って、歯の掃除や虫歯の検査をしてもらいます。

■東寺展(2019年5月24日)
4回目にしてようやく上野の東京国立博物館の東寺展に入館できました。
しかし今回も混んでいて、チケット購入に15分ほどかかりました。
並んでいる間に隣の人と話していましたが、その方は那須塩原から新幹線で来たそうです。
東寺は近くには何回かは行ったものの、いつも立ち寄れず、今度はいい機会だと思ってやってきたそうです。
入館も20分かかりました。

お目当ては立体曼荼羅会場だったので、すぐにそこに直行しました。
残念ながら新しい仏との心惹かれる出会いはありませんでしたが、降三世明王の頭の背面の夜叉のような面にかなり惹かれました。
前にも、たぶんこの明王は後ろからも見ていると思いますが、気がついていませんでした。

今回、一番よかったのは、4体の如来像が一列に並んでいて、それを横から一望できることです。阿弥陀如来の背筋がひときわ見事なのに気づきました。
これはこれからも2度とみることができない光景でしょう。

もうひとつ面白かったのは、中国の虚空蔵菩薩曼荼羅の5体です。
表情が好きに離れませんが、初めて知りました。
虚空蔵は、私の憧れでもあります。

会場から出たら、とんでもなく長い入館待ちの行列でした。

■野上さんとのミーティング(2019年5月24日)
日本生活学会の野上さんとミーティングを持ちました。
誰かに会うと何かをやらないといけなくなることが多いので、最近はできるだけ人には合わないようにしていますが、なぜか合わないといけないように思ってしまう人が時々現れます。
野上さんも、その一人です。
彼女はきっと現在の企業社会の中で自らを消耗するほどに誠実に活動してきたのでしょう。
そして今、その世界から抜けようとしています。
でも傍目で見ていると、これまでの呪縛から心身が抜け出せずにいるように思えてなりません。
頭と心身のずれがみえてしまう。
そんなわけで、今日もまた、野上さんにとってはあまり実のないミーティングをしました。
そのおかげで、野上さんがやろうとしていることがだいぶわかってきました。
少しはお役にたてるかもしれません。

■久野さんと久しぶりに話しました(2019年5月24日)
我孫子市会議員の久野さんと会いました。
別に案件や陳情があったわけではなく、久しぶりに会っただけの話です。
どこかで、いまわつぃたちが考えている「我孫子まちづくり編集会議」との接点もあるかもしれません。

久野さんとは2期前の市長選の時に接点があったのと、数年前に放射線汚染土壌の除染実験をやった時に参加してくれたので、ささやかな接点があるのです
久野さんの思いが伝わってくるミーティングでした。

■第2回万葉集サロン「万葉に開かれて行く〈見る〉古代」(2019年5月25日)
講座型万葉集サロンの第2回目は、「見る」の呪的意味から、倭大后(天智天皇の皇后)と額田王の歌を中心に、万葉的拡がりを追って、「見る」から「個へ」の誕生を感ずるサロンでした。
10人を超す参加者がありました。

最初に作者不明の2種の歌から入りました。

花細(ぐわ)し葦垣越しにただ一目相(あい)見し児ゆゑ千度嘆きつ

ここでの「見る」は恋につながっています。
古代では、見ることは「愛」や「思い」を伝える行為だったそうです。
そこから、「見る」と言うことのもつ呪詞・寿詞の力と「見るな」の禁忌の話。
黄泉の国に亡き妻を取り戻しに行ったイザナギが、妻を見てしまったために失敗した話。
国土を賛美しての予祝儀礼としての国見歌の「見れば…見ゆ」の話と広がりました、
「見る」ことで、豊かな明日が発現してくるわけです。
それぞれだけでも1回分の内容がある歌ですが、こうしてつなげて読んでいくと、升田さんが意図した「個」の誕生が伝わってきます。

とまあ、こういうように紹介しても、参加されていない人には何が何だかわからないかもしれません。
そもそも講座型サロンの報告に無理があるのかもしれません。

参加者の中に、日本神道の立場から万葉集を読み解いているグループの人が2人参加していましたが、そこでの捉え方と升田さんの捉え方の違いが面白かったという意見もありました。
いつか、神道的立場からの万葉集の話もしてもらえるかもしれません。
多賀城市で、万葉を読みあっている人も参加してくれました。
万葉を読み解く活動は各地で行われているようです。
そこでどんなことが行われているのかにも興味があります。
どうも万葉の心は今なお健在のようです。

升田さんは、文字で読むのではなく、詠んでもらってそれを聞くのがいいといいます。
また理解しようとせずに、直感で受け取るのがいいとも言います。
ということで、いつか、升田さんの万葉集朗誦のサロンもやってみたくなりました。
今回は琵琶奏者が参加していましたので、彼女に琵琶を奏でてもらうのも面白そうです。
ちなみに、升田さんも琵琶を演じますので、升田さんの弾き語りもあり得ます。

「見る」ことと「詠む」こと、そして「言葉」へと、どうしてスタイルが変わってきたのか。
最初の言葉は、歌だったのではないか。
私としては、そんな議論もしてみたかったのですが、急ぎすぎてはいけません。
しかし、次回はますます楽しみになりました。

(2019年5月第3週)
■開墾作業の楽しさ(2019年5月12日)
■平山さんとの4時間(2019年5月13日)
■中沢新一「カイエ・ソバージュ」(2019年5月15日)
■内藤カシュカシュの迷い(2019年5月16日)
■上田さんの洗礼(2019年5月17日)

■開墾作業の楽しさ(2019年5月12日)
畑の開墾作業にはまっています。
実に楽しく、気付きが多いです。

■平山さんとの4時間(2019年5月13日)
徳之島出身の平山さんに西日暮里の「こまつ」でご馳走になりました。
そして4時間、いろいろと話をしました。
いろんなことを話さないと人はわからない、というのが平山さんの考えのようです。
それにしても平山さんは酒豪です。

話は驚くほど広くて、遠くて、深い内容でした。
不思議な人で、まだあまり理解できているとは思いませんが、謎多き人は魅力的です。

0515■中沢新一「カイエ・ソバージュ」(2019年5月15日)
人類学者の中沢新一の「カイエ・ソバージュ」5部作を読みました。
実に面白く視野が広がりました。
それに私の生き方がだいぶ理解できました。

■内藤カシュカシュの迷い(2019年5月16日)
ヒーラーにしてチャネラーのカシュカシュ内藤さんも悩みや迷いがあるのです。
それで相談があると湯島に来てくれましたが、話せば話すほど、浮世慣れした生き方をしています。
そのくせ、実際の生き方は実のリアルなのです。
またあるプロジェクトに取り組むようです。
応援したいですが、私がやれることはなかなか見つけられません。

■上田さんの洗礼(2019年5月17日)
最近、洗礼を受けた上田さんと食事をしました。
先日、行こうと思って行けなかった柏のエヴィーバです。
洗礼につながる話をいろいろと聞かせてもらいました。
最後は「愛」の話でした。

会社時代の上田さんを知らないのですが、私の周辺にはあまりいない人です。
一緒にいるだけで心が和みます。

(2019年5月第2週)

■スキャナーが壊れて直りました(2019年5月5日)
■湯島サロン「過労死問題が問いかけるもの」(2019年5月6日)
■晴耕曇読の1日(2019年5月7日)
■平山プロジェクトキックオフ(2019年5月8日)
■孫の3歳誕生日(2019年5月9日)

■スキャナーが壊れて直りました(2019年5月5日)
スキャナーが壊れました。
私にとってスキャナーはとても重要な存在です。
そこで私にとってのPCレスキュー隊の坂谷さんに連絡したら、さっそく来てくれて、修復してくれました。
今回はメカニックの故障でしたが、まさかそれまではと思っていたのに直してくれたのです。
そのうえ、我孫子のまつわる昔話も教えてもらいました。
我孫子昔話プロジェクトに巻き込まなけれいけません。

■湯島サロン「過労死問題が問いかけるもの」(2019年5月6日)



過労死をテーマにした2回目のサロンには10人を超える人が参加しました。
小林康子さん(東京と神奈川の過労死を考える家族の会世話人)は問題の背景などを話してくれた後、参加者に3つの問いかけをしました。
「業務における過重な負荷」
「業務における強い心理的負荷」
「そのような就労環境」
これに関して話し合おうということになりました。

ところが最初から、過労死問題の捉え方に関する根本的な問いかけが出されました。
昨今の過労死問題や働き方改革は「雇用労働」に焦点を絞りすぎているのではないのか、過労死は個人営業やフリーワーカーの人たちにも発生している、というのです。
そして波乱万丈のサロンになっていきました。
そんなわけで、さまざまな話題にとびましたが、そのおかげで、「労働」を超えた社会のあり方や私たちの生き方へと視野は広がり深まったと思います。
そして、小林さんの問いかけにも深い意味でつながっていったように思います。

少し具体的な話を紹介すれば、時間以外の要素にもっと目を向けるべきではないかという意見が多かったです。
納得できていない仕事と納得して取り組んでいる仕事とでは同じ労働時間でもまったく違うのではないか。
個人で仕事をしている人たちの労働時間は場合によっては雇用労働者の残業時間よりも長い場合もあるが、だからといって過労死が問題にならないのはなぜか。
働かされているのか、働いているのかで違うのではない。
ILOが取り上げているディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)や雇用労働と協同労働の話もでました。

日本には、組織を辞める自由が少ないし、辞めることを恥と思う文化もある。
本人が自分に負荷をかけている面もあるのではないか、といった日本人の考え方や生き方の話も出ました。
組織のため、会社のために働いていることが問題ではないか。
かつては、会社のためと自分のためとがつながっていたが、いまは切り離されてしまった。
もっと自分の生活を起点に考えることが大切ではないか。
お金に縛られすぎているのではないかという話もありました。
そうならないように、いろいろな人のいろいろな生き方を知ることが大切だという指摘もありました。

過労死に向かってしまう人は、自分が見えなくなってしまう。
家族などのまわりの人が忠告してもわかってもらえない。
そういう時に、相談に乗ってくれる人や、気づかせてくれるような場や仕組みがほしい、と遺族の方からの体験談もありました。
企業でもカウンセラーや相談窓口をつくっていますが、当事者目線での仕組みがまだ不十分のようです。
これは過労死に限ったことではありません。

働き方改革の動きが、逆に労働条件が悪化させる危険性もあるという指摘やそもそも「正規」「非正規」という働く人たちを分断しているのが問題ではないかという指摘もありました。

過労死問題の原因は3つ。90年代に外資系コンサルが日本人の働き方を変えたこと、日本人の好きなスポ根文化、そして日本人の帰属意識重視文化だという指摘もありました。
さらには、教育の問題やセイフティネットまで、書き出していったらきりがないほど、いろんな話が出ました。
「過労死問題が問いかけるもの」は労働や企業だけにはとどまらないのです。

私は、経済ではなく生活を基本にした社会に変わっていくことが必要ではないかと思いますが、そのためにはまず私たち一人ひとりが自分の生活を大切にしていくことではないかと思います。
過労死は、社会のあり方を象徴している表現の一つです。
制度的な対策も必要でしょうが、私たちの生き方や社会のあり方に根差している。
そのためにはまず、いろんな生き方があることやいろんな世界があることをもっとみんなに知ってほしいと思います。
それが湯島でサロンを続けている理由の一つなのです。

生き方として何に価値を置くか。自分が価値があると認められることのために働くことは楽しいことです。
働くことは楽しくなくてはいけないと思っている私としては、働くことは生きることなので、過労死という捉え方にはそもそも違和感があります。
私たちはいったい「何のために」働いているのか。
そこから問い直さないと「働き方改革」は、事態をさらに悪化させていきかねない。
改めてそう思わされたサロンでした。

最後に小林さんが、こういう議論を広げていくためにも、秋に公開フォーラムを開催したいという提案をしました。
有志で実行委員会を立ち上げることを検討したいと思います。
一緒に取り組みたい方は、ぜひゆるやかな実行委員会のメンバーになってください。
ご関心を持っていただけたら、私にご連絡ください。

■晴耕曇読の1日(2019年5月7日)
太陽が出ていた午前中は、朝からお昼前まで畑の開墾作業に精出しました。
電動農機具類はまったく使用しないので、かなりの重労働です。
作業が面白くてやめられず、途中で立っていられないほど疲れましたが、そこで作業のやりすぎに気づいて、なんとか無事帰宅できました。
そういえば昨日は過労死のサロンでしたが、まだ報告が書けていません。

ところで、なぜ電動農機具かといえば、個人の農作業の場合、自然に対してフェアでないからです。
それでまた右手を少し痛めた上に、今日はアリか何かに腕と首を噛まれてしまいました。
そういう攻撃は甘んじてある程度受けるのが、これも私のルールです。

午後は曇ってきて雨が降りそうになったので、思い出して中沢新一の「熊から王へ」を読みました。
前にノートで書いた「初原的同一性」につながる話で、ここではフェアにみんながなかよく生きていた「対称性社会」はなぜ非対称になり、人間は動物と話せなくなったかということがわかりやすく書かれています。

そういえば、昨日の過労死のサロンでも、植物の声が聞こえるかという話が出ていましたが、今日は畑でたっぷりと植物や土と話してきました。
以前サロンで石にも意思があるといって笑われてしまいましたが、間違いなく石も土も生きています。
今日はたくさんの魂と触れ合えたので、元気になりましたが、過労死のサロンの報告は明日にすることにしました。
身体も頭もかなり疲れてしまっていますので。

■平山プロジェクトキックオフ(2019年5月8日)
平山プロジェクト、といっても、まだその内容をしっかりと理解しているわけではないのですが、ともかくその「平山プロジェクト」のキックオフミーティングでした。
いろんな分野で活動している3人のホームページとも参加されましたが、それぞれ魅力的な仕事をされているようです。
おひとりはやはり徳之島出身でした。

プロジェクトがどう展開していくのか、今回のミーティングではわかりませんでしたが、何やら面白そうではあります。
問題は私に何ができるかなのですが。

(2019年5月第1週)

■葬儀と供養のQ&Aサロン(2019年4月30日)
■湯島サロン「憲法ってなんなのだろうか」(2019年5月3日)
■畑開墾作業に精出しました(2019年5月4日)

■葬儀と供養のQ&Aサロン(2019年4月30日)
中下さんをガイド役にした「葬儀と供養のQ&Aサロン」の2回目です。
10人ほどの参加がありました。
写真を撮るのを忘れてしまいましたが、とてもいい集まりでした。
次回は「戒名」をテーマにすることになりました。

最後に中下さんと私とで考えている新しい葬送事業の具体的な提案をさせてもらいました。

■湯島サロン「憲法ってなんなのだろうか」
(2019年5月3日)
年に1度の「憲法サロン」は、今年は自由な憲法談義にしました。
12人が参加。湯島サロンの初参加者も2人いました。

日本国憲法の条文が直接語られるというよりも、憲法とは何かを考える、いろいろな話が出ました。

最初に、憲法と法律との違いを話題にさせてもらいました。
日本国憲法には「この憲法は国の最高法規」と書かれているので、憲法は最上位の法律と思っている人は多いでしょう。
しかし、「憲法」と「法律」とは、全く別のものだと私は考えています。
どこが違うかと言えば、「憲法」は国家を統治する権力者に向けてのものであり、「法律」は権力者が統治する国民に向けてのものなのです。
また、憲法は国の形や目的を決めていますが、法律はその形をつくるルールを決めています。
つまり両者は全く別のものなのですが、学校でも社会でもそういうことは教えてくれません。

権力を信託された権力者が「憲法」の理念に従って「法律」をつくるという意味で、憲法は法律を規制しますが、規制しているのは法律というよりも、法律を制定する権力者なのです。
対象が全く違うのですが、ここを理解しておくことが大切です。

しかし、最近の日本の憲法論議は両者を混同していますから、憲法は私たちの生活にはつながらないと思ってしまうのです。
昨今の憲法論議は、すでにして「権力者の政治」の舞台に乗せられてしまっているような気がしてなりません。

これに関しては、湯島サロンの常連の折原さんが、昨年、コスタリカに行ったときの報告で、とても示唆に富む話を紹介しています。
ちょっと長いですが、折原さんの報告(「AMAZON 2019年2月号「今日のコスタリカを築いた方々を訪ねて」」から要旨を引用させてもらいます。

コスタリカの国民にとっては、憲法は極めて身近なところにあって、憲法を使って自分たちの権利を主張して、簡単に裁判に持ち込める。その実例として、町役場が学校のサッカー場の隣に溝を掘り始めて、溝が非常に臭かったため、小学生が憲法裁判所に「これはぼくたちのレクリエーションの権利を侵害している」と訴え、裁判所が町役場に「1週間以内に溝を塞ぐように」との判決を出したことを紹介してくれました。

コスタリカでは憲法の役割と国民主権の意味がしっかり認識されているわけです。

日本国憲法が中心に置いている価値はなんなのか。
平和や人権と考える人が多いと思いますが、「平和」も「人権」も時代によって大きく変わってきています。
それに、アメリカの平和はイスラムにとっては平和でないかもしれませんし、自らの人権を守るために他者の人権を踏みにじることで格差社会の人権が成り立つこともある。
いずれも「相対的」な概念なのですから、価値原理にはなりえません。
「個人の尊厳の尊重」こそが日本国憲法の中心価値ではないかと私は思っていますが、これに関しても少し議論がありました。
しかし、その「個人の尊厳」は、自民党の憲法改正案では否定されています。
個人である前に「国民」でなければならないとされているのです。
そういう発想がかつての戦争を可能にしたわけですが、平和とは反転する概念であることをしっかりと認識しなければいけません。
国家は国民のためにあるのであって、国民が国家のためにあるわけではありません。

「国民」とは何かの議論もありましたが、国民は近代国家を支える3要素の一つとして生まれた国家のための要素です。
しかし、国家の3大要素と言われる「領土(領域)」「国民」「主権」のうち、グローバル化の進展で、領土も国民も意味を弱めている中で、国家の意味は失われてきているのではないかという意見も出ました。
もし領土と国民が意味を失ったとしたら、国家はそれこそ支配権力の「主権」を正当化する概念でしかありません。
そうなれば、法律とは全く違うものとしての憲法の意味は大きくなってきます。

ところで、憲法は統治者を制約するもの、法律は被統治者を制約するものと捉えると、どうしても統治者と被統治者の二元対立構造の問題が生じます。
最近の日本ではまさにそういう状況が顕在化しつつります。
そこで重要になってくるのが、第3の存在としての「象徴天皇」です。
私は、天皇は古来象徴だったと思っているのですが、その象徴性こそが「政治性」そのものなのではないかと感じています。
問題は、権力に利用されることもあれば、被統治者の守護神になることもある、それが第3の存在の意味でしょう。
今回のサロンでも、天皇制や天皇に対する好感度は高かったような気がしますが、世間的にもいささか驚くほどに天皇への期待は大きくなっているように思います。

湯島のサロンでは、日本国憲法の最初に「天皇」の規定があることに違和感を持つ人が多いのですが(私もそうでした)、私は最近、その認識が変わりました。
統治者と被統治者が対立した時、革命でも起こさない限り、勝敗は明確です。
権力者と国民の二元対立構造をバランスさせる存在としての象徴天皇の価値はとても大きいのではないか、それこそが日本国憲法の最大の要ではないかとさえ思えるようになってきています。
天皇制に関するサロンをしたらどうかと提案したら賛成する人が少なからずいました。
一度考えたいと思います。

サロンで話されたいくつかのことを主観的にまとめてしまいました。
まとまりはあまりありませんでしたが、私にはとてもいいサロンだったような気がします。
来年の憲法サロンが待ち遠しいです。

■畑開墾作業に精出しました(2019年5月4日)
今日は畑作業に精出しました。
午前中に開墾作業に出かけましたが、途中で用事ができてしまい、中断。
用事が終わった後、また薄暗くなるまで頑張りました。
農作業というよりも開墾作業に近いのですが、これが実に楽しくて娘から帰ってこいと言われてもなかなかやめられないのです。
何が楽しいか、と言えば、確実に成果が見えるからですが、同時にいろんなことに気づくからです。
自然と関わると実にたくさんのことを教えてくれます。
農民はみんな哲学者になるはずです。
学校では人間から学ぶのではなく、自然から学ぶのがいいですね。
ちなみに私が勉強好きなったのは、小学4年の時の自然観察のおかげです。
今日はミニ温室のスイカとメロンは元気でした。
昨年植えておいたミョウガは10本ほど芽が出てきていました。
先日気づいた死角になっていた花壇の紫蘭は私が植えたチューリップとは比較にならないくらいきれいに咲いています。

(2019年4月第4週)

■青木さん(2019年4月22日)
■野上さん(2019年4月23日)
■「暴力の人類史」(2019年4月24日)
■畑開墾作業(2019年4月25日)
■小学校時代のミニクラス会(2019年4月26日)
■タケノコがまた届きました(2019年4月27日)

■青木さん(2019年4月22日)
我孫子まちづくり編集会議の林さんと一緒に副市長の青木さんのところに行きました。
1年ぶりかもしれません。
秘書室に広報課長だった斎藤さんがいて、これも久しぶりにお会いできました。
たまには市役所にもいかないといけません。

林さんと一緒に、青木さんにいま私たちが取り組もうとしていることをお話ししました。
何かを頼むつもりは私は全くなく、しかし私たちの思いを知っておいてもらおうということと林さんを青木さんにつなげておきたいというのが訪問の目的です。

■野上さん(2019年4月23日)
生活哲学学会に取り組んでいる野上さんと会いました。
3回目でしょうか。
お互いのこれまでの活動やそこから生まれてきている考え方、さらにはこれからしようとしていることの背景などがかなりシェアされてきました。
プロジェクトを起こす時には、組む相手との思いのシェアが大切です。
それがだいぶできたように思います。

■「暴力の人類史」(2019年4月24日)
1200頁にわたる大部の書籍である上に、内容が重すぎてなかなか読み進めなかったのですが、何とか上下2冊を読み終えました。
この本の名前は以前ある本で知っていつか読もうと思っていたのですが、なぜか先週読みたくなって読んだのですが、実にタイミングがよく、読むべき時に読んだ気がします。
とても面白く心に入り込んできました。
人間の本性への理解が深まった気がします。

■畑開墾作業(2019年4月25日)
先週耕した畑に野菜を植えました。
ナスとキュウリとトマトとエンドウマメとオクラとピーマンとレタスと、いろいろと植えました。
ちょっと無計画すぎて、いささか心配ですが。

また野草や竹がはびこりだす季節になりましたので、これからは気を許せません。
もっと頻繁に畑に来ないと負けそうです。

■小学校時代のミニクラス会(2019年4月26日)
学校時代のミニクラス会を湯島でやりました。
男性3人、女性6人が参加。
昨年から隔月の決まった日に開催していて、少しずつ仲間を増やしていこうというスタイルで始めましたが、これがなかなか難しいことが最近わかってきました。

定期的に集まる場があれば、人のつながりは維持され深まるというのが私の仮説なのですが、そしてその仮説に従って30年ほど、湯島を維持してきたのですが、どうも必ずしもそうではないようです。
案内などせずに、その日になったら、そこに行くと仲間がいる。
そんなスタイルを昔から志向していましたが、なかなかうまくいきません。
まだあきらめてはいませんが。
そもそも「家族」とはそういう存在ではないかと私は思っています。
生物学的には血のつながりが軸になっているようにも見えますが、そもそも家族の基本の夫婦には血のつながりはありません。

昨日は最初から参加している男性2人は大病治療のため欠席。
女性は相変わらずみんな元気で、4時間の集まりは圧倒的に女性の世界でした。
さらにクラス会をやろうという話も出てきましたが、乗り気なのは女性たち。
お菓子や食べ物を山のように持ってきたのも、女性たち。
生命力の強さを感じます。
やはり人間の男性と女性は別の生物種ではないかと思えてなりません。

写真係の鎌田さんが今回は欠席だったので、写真がないのが残念です。

■タケノコがまた届きました(2019年4月27日)
敦賀から私の好物のタケノコが届きました。
今年は姉夫婦は足腰を痛めているので、無理だろうとあきらめていたのですが、私のタケノコ好きを知っているので無理をしてくれたのでしょう。
今年はタケノコの裏作の年だそうですが、私はむしろ例年よりもたくさん食べた気がします。
近くにタケノコが安いお店を見つけたからです。
それに娘が今年はタケノコ料理を嫌がらずに毎日作ってくれました。

(2019年4月第3週)

■受けるお見舞い(2019年4月15日)
■徳之島の平山さん(2019年4月16日)
■我孫子のまちづくり(2019年4月16日)
■生活哲学学会プロジェクト(2019年4月16日)
■いとこ旅行(2019年4月17〜18日)
■湯河原ガス確認(2019年4月18日)
■畑作業(2019年4月19日)
■湯島サロン「贈与と共生の経済倫理学」(2019年4月20日)

■受けるお見舞い(2019年4月15日)
闘病中の友人の「お見舞い」を受けて、お昼をご馳走になりました。
お見舞いに行ったのではなく、相手が「お昼」をご馳走しに来てくれたのです。

「お見舞い」には行くものだと思っている人も多いと思いますが、「受けるお見舞い」もあるのです。
誤解されそうですが、お見舞いの対象は私ではなく、私のところにわざわざやってきて私にご馳走してくれた人を私が「お見舞い」したのです。
つまり「受けるお見舞い」です。
「を」と「が」を読み違いませんように。

私にご馳走することで相手が元気になるとすれば、それも十分にお見舞い行為です。
それに私のところに来ることで、運動不足を解消できます。
今日の「お見舞い」人は足が悪いので歩くのが大変で、普通はこちらから「お見舞い」に行くのですが、当人に確かめたら、来るというので素直にその意思を受けました。
「お見舞い」には相手の意思を尊重しなければいけません。

繰り返しますが、お見舞いされるのはお見舞いに来た人であって、私ではありません。
うまく伝わるといいのですが。
お昼をご馳走されただけではなく、「お見舞い品」として、クラークスの靴までもらってしまいました。
私の靴があまりにもひどかったからです。
困ったものです。

■徳之島の平山さん(2019年4月16日)
徳之島出身の人が、徳之島プロジェクトをメールで送ってきて、話をしたいというので会いました。
ちょっとわくわくするプロジェクトだったからです。
しかし、お会いしてみると、どうもそれは私を惹き付けるプロジェクトだったようで、相談というのは土づくりをベースにしたまちづくりのプロジェクトでした。
まあそれもそれなりに興味があるので、まずは関係者のフリーミーティングをすることを提案しました。
さてさてどうなりますか。
たぶん私を勘違いして声をかけてくれたのだろうと思いますが、最初のミーティングには着き合わせてもらうことにしました。
がっかりさせるかもしれませんが。

■我孫子のまちづくり(2019年4月16日)
アートや文化を切り口に我孫子の地域活動に取り組みたいという林さんの想いを伝えたくて、我孫子市の生涯学習部長の木下さんのところに2人で行きました。
木下さんは、湯島で開催したまちづくり編集会議のワークショップにも参加してくださいました。
我孫子の市役所の職員で自発的に参加してくださった人は2人目です。

林さんの話にも関心を持ってくれました。
林さんもいろんな人にお引き合わせしているので、動き出すでしょう。
づ展開するか楽しみです。

■生活哲学学会プロジェクト(2019年4月16日)
生活哲学学会のプログラムが7月から動き出しそうです。
その最初と最後と真ん中の実践講座を少しだけ手伝わせてもらうことにしました。
単なるお手伝いは、私の趣味には合いませんので、その目的やら理念や価値観について話し合いを菜何回かさせてもらっていますが、今回はさらに一歩踏み込んでお互いの生き方に関しても開陳しあいました。
これで私も気持ちよく参加させてもらいます。
面白くなるようにしっかりとコミットしていこうと思います。

■いとこ旅行(2019年4月17〜18日)
従兄弟旅行に箱根湯本に行きました。
70代から80代の男性たちです。
その様子はブログのほうに書きましたので、ここでは省略。
2日間ののんびり旅でした。

■湯河原ガス確認(2019年4月18日)
箱根の帰りに、湯河原のマンションに寄りました。
予定ではいまごろもう妻と一緒に転居しているところですが、妻が亡くなったので、放置していました。
先月久しぶりに立ち寄ったら給湯器がおかしくなっていて、ガス爆発したらいけないので、ガス会社の人に点検してもらうために寄ったのです。
幸いに爆発の危険性はないとのことで安堵しました。

早く売却したと思っていますが、その元気もないのです。
今年はどうにかしなければいけません。

■畑作業(2019年4月19日)
久しぶりに畑に行って開墾作業をしました。
開墾作業は実に楽しい。
しかし少し頑張りすぎて、手首を痛めてしまったようです。

苗や種をまく畑用地がだいぶできました。
今年は収穫できそうです。

■湯島サロン「贈与と共生の経済倫理学」(2019年4月20日)
難しいテーマのサロンにもかかわらず、20人を超える参加者があり、異例の申込締め切りをしたほどでした。
また、本書で題材に取り上げられている霜里農場の金子夫妻が参加されたほか、著者の関係者も数名参加されたのも異例でした。
そのため著者に関して語られることが多かったので、著者の人柄や生活歴がわかり、本の著述からだけではわからない行間が伝わってきて、とても興味深いサロンになりました。
しかし、本を読んでいない方にはちょっと戸惑いの多いサロンだったかもしれません。

ナビゲーターは、亡くなった著者の活動に伴走してきた伴侶の折戸広志さんです。
著者の思いも重ねながら、本書の背景と著者のメッセージをていねいに読み解いてくれました。

著者の基本的な問いは、「生きにくい社会をどうやったら私たちは生き抜いていけるのか」ということです。
その問いは、「自由とは何か」、さらには「他者とはだれか」という問いにつながっていきます。
そして、「視座の転換」によって、「資本主義の限界」を超えていく実践策が示唆されます。
こう書くと難しそうですが、要は、自分を自由に生きていくためのヒントが本書にはたくさんちりばめられているのです。

本書を読み解く2つのキーワードは「お礼制」と「もろともの関係」です。
折戸さんは、ポランニーの贈与経済やスピノザの自由論、さらには最近話題になった「ホモ・デウス」まで紹介しながら、究極の倫理としての「自由」に言及していきます。
そして、対等な関係において成り立つ「契約」を結ぶことができない「対等ではない関係」においてこそ「倫理」が要請されるというのです。
では、「対等ではない関係」とはだれのことか。
そこで折戸さんは「他者」とはだれかと問いかけます。
私たちが共に生きている「他者」は、同時代人だけでないばかりか、人間だけではない。
そのことを霜里農場の金子さんが卒論で描いていた「生態系の図」も紹介しながら、気づかせてくれました。
そして、「アグロエコロジー」(「タネと内臓」サロンでも話がでました)にも言及されました。

金銭契約を超えた「贈与(お礼制)」と功利的な関係を超えた「もろともの関係」は、著者えとなさんの経済倫理学の2つの柱ですが、別々のものではなく、相互に支え合って成り立つものといえるでしょう。
えとなさんが研究を深めていったら、このふたつは止揚されて、そこに新しい概念、つまり「新しい倫理」(生活哲学)の概念が生まれたかもしれないと、改めて思いました。

真の自由のためには「赦し」から「共生(共に生きる)」へと生き方を変えていくことだというのが、折戸さんのまとめのメッセージです。
その一つの実践例として、「被害者意識」から「加害者としての責任感」へとまなざしを変えた水俣の漁師、緒方正人さんの話を紹介してくれました。
折戸さんたちは、水俣でのワークショップで緒方正人さんとも語り合ったようで、その際のえとなさんのエピソードも紹介されました。
ちなみに、緒方さんの著書「チッソは私であった」は、本書のメッセージと通ずる本です。
http://cws.c.ooco.jp/book2.htm#002

話し合いは、著者折戸えとなさんの関係者が多かったこともあって、著者の話が中心になりがちでしたが、そこで語られたさまざまなエピソードには、本書の理解を深めるヒントがたくさん含まれていました。
著書を読んでいない方もいましたが、なんとなく「折戸えとなの世界」を感じてもらえたような気がします。
くわえて実践のど真ん中にいる霜里農場の金子美登さんの発言も直接聞けた、ぜいたくなサロンでした。

本書を読まれていない方には、ぜひ読んでほしい本です。
この生きにくい社会を生き抜くヒント、さらには袋小路を感じさせる今の社会の壁を越えていくヒントが、たくさんあります。
私の勝手な本の紹介は下記にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2019/02/post-6da3.html

今回は読んでいなかった方も多かったので、内容の議論は十分にはできませんでしたが、また機会があれば、今度は経済倫理学のサロンとその実践としての霜里農場(アグロエコロジーが実現していると言われているそうです)のサロンを企画したいと思います。

(2019年4月第2週)
■みんなの認知症ゲームDVD制作ミーティングほぼ最終回(2019年4月7日)
■湯島サロン「一緒に暮らす生き方」(2019年4月7日)
■統治地方選挙は残念な結果でした(2019年4月7日)
■中村さんとの「無駄」な雑談(2019年4月8日)
■我孫子市生涯学習部訪問(2019年4月10日)
■湯島サロン「スマート・テロワールを考える:非市場経済は可能か」(2019年4月11日)
■生活哲学学会(2019年4月11日)
■孫とのお花見(2019年4月13日)

■みんなの認知症ゲームDVD制作ミーティングほぼ最終回(2019年4月7日)
みんなの認知症ゲームDVDがなかなか完成しません。
調整会議をしたいというので参加しましたが、いずれも人間関係に起因しているように思います。
女性の組織活動のむずかしさを改めて体験しました。
女性の論理と男性の論理は、やはり違うようです。

しかし今回でもう大丈夫でしょう。
残念ながら赤字になり、これで基金を作って東北への認知症予防の活動に取り組みたいという私の当初の目的は実現できなくなりました。
残念ですが、今度こそ認知症予防ゲームの普及支援活動は一段落させることにしました。

■湯島サロン「一緒に暮らす生き方」(2019年4月7日)



今回の生き方を考えるサロンは、「一緒に暮らす生き方」をとりあげ、NPO都市住宅とまちづくり研究会の関真弓さんに、コーポラティブハウスに取り組んできた経験から、実例を踏まえてお話をしてもらいました。
このテーマに関心のある女性たちが多く参加してくれ、女性が多いサロンになりました。
それと男性と女性とでは関心のあり方や受け止め方が大きく違っているようで面白かったです。
いつも思うのですが、やはり「男性」と「女性」は別の生物のような気がします。
また叱られそうですが。

関さんは在学中からこのNPOにかかわり、ずっとこのテーマに取り組んできたそうです。
いまはご自分も参加したコーポラティブハウスにお住まいです。
ちなみに、NPO都市住宅とまちづくり研究会の姿勢は、「人と人、地域とのつながりをつくるコーポラティブ方式による住まいづくり」です。
コーポラティブハウスとは、入居希望者が集まり、土地取得から設計者や建設業者の手配まで、建設行為の全てをみんなで行う集合住宅のことです。
その基本にあるのは「シェア」という理念です。

さまざまな事例や関さんの体験の話から印象に残ったことをいくつか紹介します。
関さんたちが取り組んでいるコーポラティブハウスは、一緒に住もうと考えた人たちが時間をかけて何回も会い、お互いの利益を深めていくことを大事にしています。
ですから一緒に住む前に、繰り返し「住まいづくり」を軸に話しながらお互いの信頼関係を深めていきます。
それがともかく楽しくて、なかには、一緒に住み出してからも、つくる前の話し合いの楽しさが忘れられずに、もう一度、コーポラティブハウスづくりに取り組みたいという人もいるそうです。
そこに、私は「人の生き方」の本質を感じます。

みんなが顔見知りのなかで暮らすことは安心ですが、ある意味で自己充足し“たこつぼ”コミュニティになるおそれもあります。
そこで関さんたちは、地域とのつながりを大切にしているそうです。
その際に効果的なのが、地域社会に開かれたイベントです。
イベントは地域とのつながりだけではなく、コーポラティブハウス住民の信頼関係を強める効果も大きいようです。
しかも、生活につながるイベントは世代を超えたつながりを育てていきます。

コーポラティブハウスの住民も、時間の経過(ライフステージ)によって、住まい方が変わったり転入居したりすることもあります。
そのために、住宅は、基本的にスケルトン独立構造になっていてリフォームしやすい自由設計になっています。
人が住まいに合わせるのではなく、人に住まいを合わせる仕組みになっているわけです。

関さんたちの体験から、コーポラティブハウスではないマンションなどの運用に関しても、とても有用なノウハウがたくさんあるように思います。
実際に、関さんは分譲マンションでの取り組みやシェアハウスの取り組みも紹介してくれました。
コーポラティブハウスの場合、所有、区分所有、賃貸などいろいろと考えられますが、最近では会社制度を利用した、コミュニティハウス法隆寺のようなコーポラティブハウスも生まれてきているそうです。

話し合いでもいろんな意見が出ました。
マンション住まいの人が隣人との付き合いがないので不安だという方もいましたが、コーポラティブハウスの場合は、そういう不安はほとんど解消されるでしょう。
ということは、もし現在のマンション生活の隣人関係に不安があるとすれば、それを解消するヒントがコーポラティブハウスにはありそうです。
そもそも、住んでいる隣人との関係が不安であるということのおかしさを私たちはもっと真剣に考えるべきだと思います。
そうしたことが起こるのは、私たちが住まいや生活を基準にして生きていないからかもしれません。
そういうことも今回のサロンでは気づかせてくれました。

コーポラティブハウスとまちづくりの関係も話題になりました。
私はここにも社会の大きな構造変化を感じます。
これまでのような「大きなまちづくり」とは発想を変えて、空き家や小さなコミュニティを生き生きとさせていく生活起点の「小さなまちづくり」が話題になりだしていますが、そうした視点でコーポラティブハウスをとらえるといろんな視野が開けてくるはずです。

実際にコーポラティブハウスでの住まいを実現するにはどうしたらいいかという質問も出ました。
状況によって違いますので、関さんに相談するのがいいと思いますが、私は、まずは自らの生き方を見直して、一緒に生きる人たちを増やしていくことが大切ではないかと思います。
生き方が住まいを決めていくからです。

コーポラティブハウスとかシェアハウスとかいうと、どうしても「一緒に住む住宅」を考えますが、大切なのは「一緒に生きること」なのだと思います。
住まいは生きるための一つの道具でしかありません。
しかしその一方で、住んでいる住宅が、生き方や人の関係性を大きく影響してしまうことは否定できません。
だからこそ「住まい」を考えることは「生き方」を考えることなのです。

コーポラティブハウスを考えていくと、家族の問題にも行きつきます。
血縁家族の固定観念から解放されれば、家族そのものの意味も変わってきます。
そして、そのことは社会のあり方を変えていくことになるでしょう。

ほかにもさまざまなことを考えさせられるサロンでした。
かなり具体的に取り組みを考えている人たちも数名いましたので、1年後には、その人たちからの実践報告サロンをやってもらえるかもしれません。
楽しみにしています。

■統治地方選挙は残念な結果でした(2019年4月7日)
地方統一戦は現状承認の方向に終わったような気がします。
やはり多くの日本人は、安倍政権を支持しているようです。
この75年間は一体なんだったのか、と思わざるを得ないような選挙結果でした。

投票率も低く、ますます地方政治は、中央政府に組み込まれていくような気がします。
政治の対立軸を、権力 vs生活者と捉える私にとっては、21世紀に入ってから生じた政治の逆行はますます進みそうです。
テレビ報道などでの印象ですので、まちがっているかもしれませんが。

北海道の石川さんが敗れたのが、私には一番の衝撃でした。
あれだけ野党が共闘したにもかかわらず、です。
北海道知事選には、日本の状況が象徴されているようです。
沖縄と北海道から新しい風は起こると期待していましたが、実現しませんでした。

大阪での維新の勝利はいささか複雑ですが、松井さんが「万歳しなかった」(らしい)のはほっとします。
選挙で当選した人たちが万歳する風景をテレビはいつもしつこく流しますが、あれほど私の癇に障る映像はありません。
お上に仕える政治家やその取り巻き(あるいは寄生者)の本心が見えてくるようで、私にはやりきれない風景です。
神奈川県の黒岩さんが喜びを「笑い」で表現していましたが、それにもやはり不快感を持ちました。

いささかストイックすぎるかもしれませんが、政治への真剣なまなざしがどうも感じられない。
政治家がやるべきことは、投票率を高めることでなければいけません。
生活者が心がけるべきことは政治批判ではなく投票に行くことでなければいけません。

そんなことを考えさせられる選挙結果でした。

■中村さんとの「無駄」な雑談(2019年4月8日)
1年ほどお会いしていない中村さんと高橋さんが気になって、コーヒーを飲みに来ませんかとお誘いしました。
お2人は湯島の私のオフィスのすぐ近くで出版社をやっているのです。
ちょっとしたことで相談に来て、それが縁で、近くに転居してきたのですが、なかなかお会いする機会はありません。
今日は、中村さんが一人で、コーヒーに合うケーキを持ってやってきました。

中村さんは、実に不思議な人柄です。
最近出版したといって、介護離職の本を持ってきてくれました。
本をもらうのはうれしいのですが、読まないといけないので、それなりに大変なのです。
関心があろうとなかろうと、もらった本は読むようにしています。
まあそのおかげで、私の世界は広がってきたのですから、感謝しなければいけません。

私が声をかけたので、中村さんたちは何か「用事」があると思ったようです。
しかし、私が「コーヒーでも飲みに来ませんか」というのは、ただ単にコーヒーでも飲みましょうというだけの意味なのです。
いまの時代は、こういう「無駄」な誘いは友人同士でないとないのでしょう。
何事かと少し中村さんたちを心配しさせたようです。

私はただ久しぶりに雑談しましょうという軽い気持ちだったのですが、
ケーキまで持ってこさせて悪かったです。
久しぶりの雑談は、中村さんにも楽しかったようでよかったです。

■我孫子市生涯学習部訪問(2019年4月10日)
我孫子まちづくり編集会議の林さんと一緒に、我孫子の生涯学習部長の木下さんのところに行きました。
林さんが中心になって進めようとしていることの紹介とこれからの関係づくりです。
私は、行政には支援してもらうよりも、行政の役に立ちたいというのが基本姿勢ですが、これがなかなか理解されません。
そのためこれまでいい関係が作れませんでしたが、そういう原理主義は少し改めようかと思っています。
しかし、行政と話していていつも感ずるのは、行政にはたくさんの陳情や要望がいっているのだろうなという感じです。
そうした状況を変えていかないと、市民自治などは始まりようもありません。
改めて今日もそう思いました。

■湯島サロン「スマート・テロワールを考える:非市場経済は可能か」(2019年4月11日)
山口県で循環する地域づくり研究所を主宰している東孝次さんの「スマート・テロワールを考える」サロンは、15人の参加がありました。
副題の「非市場経済は可能か」に関心を持った人も少なくありませんでした。
時代の変化を感じます。

「スマート・テロワール」とは、一言で言えば、「自立した地域共同体」のことです。
経済的には畑作農業と食品加工業を中心に農村を元気にし、日本全体を元気にしていこうという構想です。
ベースにあるのは重商主義から重農主義への発想転換です。
提唱者は、カルビーの社長だった松尾雅彦さん。
市場経済の真っただ中にいた企業家が、農村問題に対する解決策を提案し、その具体化に向けての取り組みを先頭に立って進めている。しかも非市場経済の必要性を主張している。
東さんはそこに興味を持ったそうですが、私もそこに大きな意味を感じていました。
しかし残念ながら、日本の経済界の人たちの反応はあまりありませんでした。
農業政策や地方自治政策にも大きな影響を与えているとは思えません。
時代の流れを変えることのむずかしさを改めて感じます。

東さんは最初に、スマート・テロワール構想について紹介してくれました。
簡単にいえば、「耕畜連携」、「農工一体」、「地消地産」という3つの連携体制で農産業を再構築し、圏内で消費者と生産者(農家と加工業者)が循環システムを構築するという発想です。

「耕畜連携」とは、耕種農家と畜産農家との手間の交換(互酬)で、これによって安全な飼料の提供と土壌の改善を進めることができます。
「農工一体」とは、耕種農家と加工業者とが契約栽培を行うことで、お互いに支え合う安定した関係を育てていこうということです。
「地消地産」とは、地域で消費するものはできる限り地域で生産しようということですが、地元の人たちが消費者として生産者を支えていこうということでもあります。

こう説明すると、単に農業政策や産業政策の話に思われるかもしれませんが、その根底にあるのは、産業や経済の捉え方、さらには社会の構造を根本から変えていこうということです。
たとえば、相互に支え合う互酬の考えを取り入れることで、金銭に呪縛された経済から解放され、人と人の生き生きしたつながりが育ちます。
また、「地産地消」ではなく「地消地産」としているのは、産業(経済)起点で経済を考えるのではなく、生活起点で経済を考えようということです。
生活視点で考えると、「自給」ということの視野は食にとどまることなく、エネルギーや福祉の問題にまで広がっていきます。
つまり、私たちの生き方や社会のあり方を見直すことになっていきます。
最近広がりだしているFEC共同体(フードのF、エネルギーのE、ケアのC)構想にもつながります。
松尾さんは、それによって、なかなか改善されない「少子化問題」も解決すると考えています。

契約栽培も農家と加工業者の関係にとどまりません。
「地消地産」という言葉に示されるように、生活者と生産者の契約も重要になっていきます。
そこでの契約は「市場契約」とは違った、個人が見える人と人のつながりを生み出します。
強い者が勝ち続ける経済(市場経済)ではなく、住民みんなが居心地のいい社会なっていくというわけです。

すでに「スマート・テロワール」への実際の取り組みは各地で広がりだしています。
山形や長野、山口などでの展開事例も紹介してくれました。

話し合いでは、いつものように話題はさらに広がりました。
「自立した地域共同体」の規模の話や「自給」と「自閉」との関係。
都会部と農村部での出生率の違いの話や生活のための「仕事」の話。
地域通貨の話や食への不安から微生物の話。
定額で利用し放題の一括契約のマーケティング手法と契約栽培の違い。
いろいろありすぎて、思い出せません。

東さんは「循環する地域づくり研究所」を主宰しています。
最近、持続可能性ということが盛んに言われていますが、直線モデルの工業経済は、どこかに限界があり、そもそも持続可能ではありません。
持続可能なためには、循環型でなければいけませんから、東さんが提唱している「循環する地域づくり」と「スマート・テロワール」構想は親和性が高いと思います。

私自身は、「スマート・テロワール構想」は、まだ金銭経済や市場経済の呪縛から十分には解放されていないような気がしますが、だからこそ、理念としても、実践活動としても、たくさんの示唆があるように思います。
余っている水田を畑に変えていこうという具体策の提案など、共感できるものもたくさんあります。

ちなみに、サロンの翌日、一般社団法人スマート・テロワール協会の総会が開催されました。
これまで以上に、実践に向かっての活動が広がっていきそうです。
ぜひこれからの展開に注目しておきたいと思います。

■生活哲学学会(2019年4月11日)
生活哲学学会を構想している野上さんと話しました。
根上さんの説得に負けてしまい、私もコミット度を高めることにしました。
さて第4期への移行は、ちょっと遅れそうです。
困ったものです。

■孫とのお花見(2019年4月13日)
ジュン母娘からお花見のお誘いがありました。
近くの親水公園にお花見に行くけれど、一緒に行かないかというのです。
本当は予定があったのですが、お花見を選びました。

手賀沼に面した親水公園はまだ桜が咲いていました。
ちょうどいい天気だったので、ユカも一緒にお花見です。
午前中だったので、まださほど人でも多くなく、ゆっくりとお花見ができました。
孫のにこは5月で3歳になりますが、自我が出てきて、人間らしくなってきました。
よく動きます。

にこは私のことを「おさむさん」と呼びます。
わが家にはよく来ていますが、私が不在だと必ずユカに「おさむさんは?」と質問します。
会うと、実にいい笑顔をしてくれます。
子どものこの笑顔は、誰にでも共通しているように思いますが、これが生命の本質なのだろうと思います。

花の下で食事をしたのは久しぶりです。
それから遊歩道を少し歩きました。
にこが写真を撮ってくれました。
うまく撮れていました。
ちょっと疲れました。

午後は畑に行こうと思っていたのですが、さぼってしまいました。
「やらなくてはいけない」仕事も、やはりさぼってしまいました。
まあ、1日くらい先に延ばしても大丈夫でしょう。
といいながら、1週間以上、延ばしてしまっています。
困ったものです。

(2019年4月1日)
■月下美紀さんの特別寄稿を読みました(2019年3月31日)
■水野ゆうきさんに2回も出合いました(2019年3月31日)
■中下大樹さんと湯島で会いました(2019年3月31日)
■hirashima naokoさんと我孫子まちづくり編集会議(2019年3月31日)
■半田智久さんと野上秀子さんの新しいプロジェクト(2019年4月1日)
■新元号「令和」の余波(2019年4月1日)
■佐藤裕さんからのうれしい申し出(2019年4月2日)
■畑での小動物たちとの出会い(2019年4月3日)
■過料の支払いをしたら追加の請求が届きました(2019年4月3日)

■月下美紀さんの特別寄稿を読みました(2019年3月31日)
行田市の中村博行さんが、市民科学研究所の機関誌「市民の科学」第10号を持ってきてくれました。
そこに掲載されている月下美紀さんの「ヒロシマからフクシマへ そしてそれから」を読んでほしいというのです。
京都自由大学で2016年に月下美紀さんが講演した時の記録です。
https://kyotofreeuniversity.wordpress.com/
こういう人がいるのだと感動しました。
多くの人に読んでほしいのですが、この本はほとんど出回っていないでしょう。
ネットで公開してほしいですが、残念ながら公開されていません。
月下さんはアーティストで各地で展示会もやっているそうです。
この名前に出会ったら、ぜひのぞいてみてください。

■水野ゆうきさんに2回も出合いました(2019年3月31日)
千葉県県会議員選挙が昨日から始まりました。
今朝、我孫子市駅前で水野ゆうきさんが車の上で、通りがかる人たちに呼びかけていました。

今回、私が住んでいる我孫子市からは3人が立候補しています。
定員は2人、水野さんは現職ですが、今回はもう一人立候補しました。
一人は現職の自民党推薦の人、もう一人は新人で立憲民主党推薦です。

私は地方政治には、政党視点よりも生活視点が大切だと思っているので、政党推薦者はこれまで一度も支援したことはありません。
無所属で立候補したので応援したら、結局、政党に取り込まれた若者もいます。
彼との付き合いはもうありません。

今回は、私は水野さんを支持していますが、もう一つ理由があります。
千葉県では女性議員が少ないからです。
25年ほど前に、松戸市の市議だった中田京さんから声をかけられて「女性議員を増やす会」をささやかに応援していた時期があります。
中田さんは昨年急逝されましたが、私が信頼できた数少ない地方議員でした。
急逝する直前に中田さんに会って、最近の彼女の活動報告のファイルをもらいました。
何か託された気がしました。

今朝は湯島に行って、午後は我孫子で用事があったのですが、朝の我孫子駅と午後の集まりの場所の道の駅近くで、2回も水野さんの選挙カーに出会いました。
何やら意味がありそうです。

■中下大樹さんと湯島で会いました(2019年3月31日)
中下さんとの新たな葬送事業の主体づくりと実際のワークをどうするかに関して、少しずつ準備を進めています。
中下さんからの要請もあって、娘も巻き込めないかということになりました。
娘は今働いていないので、本格展開が始まる前の応援をしてもらえないかということで、今日は湯島で3人で会いました。
少しずつですが、前に進んでいます。

■hirashima naokoさんと我孫子まちづくり編集会議(2019年3月31日)
我孫子まちづくり編集会議の久しぶりの交流会を柏の道の駅近くの「野菜レストラン」で開催しました。
新たに我孫子市民のhirashima naokoさんが参加しました。
今年は具体的な活動を少しずつ広げていくことになりそうです。

■半田智久さんと野上秀子さんの新しいプロジェクト(2019年4月1日)
久しぶりに半田智久さんが、紹介したい人がいるといって、湯島に来ました。
半田さんは今は、お茶の水大学の教授なのですぐ近くなのですが、なかなか会う機会はありません。
一緒に来たのは、生活哲学学会や家事塾などに取り組んでいる野上さんです。
雑談かと思いきやお2人がこれから始めようというあるプロジェクトへのお誘いでした。
お誘いといっても、まあ私はその一部を担うだけの話ですが、野上さんの思いの強さについつい受けてしまいました。
困ったものですが。

■新元号「令和」の余波(2019年4月1日)
新元号が「令和」と発表されました。
予想していたとはいえ、あまりのことに唖然としました。
テレビでは「令和」賛美が喧伝され、ネットでは「令和」呪いが広がっています。
私見では「あり得ない」名前ですが、しかしみんな無意識の中で洗脳されていくのでしょう。
これまで以上に私は元号とは縁を持たないようにしようと思います

ただもう一つ、この「令和」は万葉集由来だと報道されています。
少しでも古代史に知識があれば、もともとは中国由来であると思うでしょう(実際に「文選」由来と指摘されています)。
しかし、なぜかもう「万葉集」ブームが起きているようです。
折角、3月から始めた湯島の講座型連続サロンが時流に乗ったような感じになってしまい、モチベーションが激減です。
講師役の升田さんも同じくうんざりしていますが、そんなことに影響されずに、万葉集サロンは実施しようと思います。
湯島のサロンをやめようと思いだしていましたが、やめるわけにはいきません。
困ったものですが。

■佐藤裕さんからのうれしい申し出(2019年4月2日)
新潟の佐藤裕さんが湯島に来てくれました。
裕さんとの付き合いは長いのですが、新潟在住なのでそう簡単には会えません。
前に私が呼び掛けて始めた「インキュベーションハウス」にも参加してくださったのですが、そのプロジェクトは頓挫しています。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、宮部さんと解散しようかと話していたところですが、裕さんから残せないかという申し出があったのです。
その理由に感激しました。
10人ほどの友人に声をかけてスタートしたこのプロジェクトは私のマネジメント能力不足から失敗し、半数以上が離脱したのですが、その趣旨を理解してくれていたのは3人だけでした。
その一人の裕さんからの申し出に、私も何かまたしようかという気になりました。
うれしい話しあいでした。

■畑での小動物たちとの出会い(2019年4月3日)
久しぶりに畑に行って、また篠笹たちと格闘して、キュウリとナスを植える畑をつくってきました。
これまでの畑は、花が満開で、野菜畑というよりも花畑になっています。
ニンジンはもしかしたら収穫できそうですが、食べられるかどうかは不安です。
道沿いの花畑のチューリップやフリージャは大きくなってきました。
節約してチューリップを少ししか植えなかったのは失敗です。
芝桜は一部ががんばって花を咲かせています。

動物も動き出してきました。
今日は小さな蛇に会いました。
周りじゅうに家が建ったので、蛇はいなくなったと思っていましたが、顕在のようです。
蛇の棲家は残しておかなければいけません。
シジミチョウ科の蝶に2種類会いました。
モンシロチョウと菜の花を見ていると、春を感じます。

■過料の支払いをしたら追加の請求が届きました(2019年4月3日)
株式会社は登記内容に変更がなくても、定期的に法務局に届けなくては以下ネットワーク位相で、それを知らずに放っておいたら、過料請求がありました。
当初は、昨年受け取ったのと同じ「詐欺」ではないかと放置していましたが、詐欺ではありませんでした。
その事情を話したら「異議申し立て」を出したら再考されるかもしれないと裁判所の事務職員がアドバイスしてくれました。
それで異議申し立てを出したら、即却下され、その上お鉄月費用の追加請求を受けました。
詐欺ではないですが、なんだかだまされたような気がします。
しかも期間内に納めないと財産差し押さえを行うと書いてありました。
お上に逆らうのは恐ろしいです。
それで今日は、まずは「過料」の9万円を郵便局の納めに行ってきました。
帰宅したら、自宅に異議申し立て費用の請求書が届いていました。
1000円程度でしたが、そこにもまた「期限内に納めないと財産差し押さえを行う」と書かれていました。
国家権力は恐ろしいです。

(2019年3月第4週)
■みんなの認知症ゲームDVDがほぼできました(2019年3月24日)
■湯島サロン「腎臓透析中止の報道に接して考えたこと」(2019年3月24日)
■不忍池の骨董市と長浜観音ハウス(2019年3月24日)
■寒さの戻り(2019年3月25日)
■湯島のオフィスをどうしようか迷いだしました(2019年3月27日)
■大畑さんと久しぶりにお会いしました(2019年3月28日)
■湯島サロン:人生も仕事も「もっと面白く♪」(2019年3月30日)

■みんなの認知症ゲームDVDがほぼできました(2019年3月24日)
ほっとスマイルプロジェクトで取り組んできた「みんなの認知症ゲームガイドDVD」がほぼできてきました。
その最終的なミーティングを行いました。
実際に汗をかいている4人のみなさんと汗をかかないでいる私とのミーティングです。
たぶんもうこれで大丈夫でしょう。
私の役割も終わったような気がします。
4月中には配布できそうです。

■湯島サロン「腎臓透析中止の報道に接して考えたこと」(2019年3月24日)
「腎臓透析中止の報道に接して考えたこと」サロンには6人が集まりました。
「死生観と医療のあり方」というテーマを設定していましたが、正面から大上段に取り組むのではなく、この事件の感想からそれぞれが話しはじめて自由に話し合いました。

生命はだれのものか、というのが一つの論点でした。
「生命は自分のもの」と考えるか、「大きな生命の一部を預かっているだけ」と考えるかで、死生観は全く違ってきます。
また、生前や死後の世界をつなぐ「魂」を仮定するかどうかでも、死の意味は変わってきます。
こうしたことは、湯島のサロンでは時々話題になるテーマです。

生死に関することは状況によって変わってくるため、どの時点での考えを基準にするかは難しいという話も出ました。
話題になっている今回の事件に関しても、当人の意思は二転三転していると報道されています。
生命に関する「意志表示」は、どの時点を優先するかで変わってきますが、少なくとも一度決めたことに縛られるという考えは、それこそ生命的ではありません。

生命という、まさに「生きつづけていること」を、特定の瞬間の判断に、無限定にしばりつけていいかは、そう簡単には決められません。

医療行為に関して患者や家族にしっかりと説明して合意を得るという「インフォームド・コンセント」も、実際にはそう簡単ではありません。
医療に関する情報が圧倒的に違う医師と患者が、患者主役の話し合いで合意するということが、実際にはいかに難しいかは、体験者であればわかると思います。

それと同じように、過剰な医療行為という言葉はあっても、何が「過剰」かは、現実の場では判断がとても難しい。
延命行為と苦痛の除去の話も出ました。
両者は重なったり、相反したりすることもありますが、医療にとって何が一番優先されるかは明らかではないかという話もありました。

さらに医療の進歩ということを考えると、問題はますます複雑になる。
透析の辛さや効果も将来変化しうるとすれば、今は希望がなくとも、希望が出てくることもある。
医療技術は常に動いているからです。
それは腎臓透析に限った話ではありません。
それに生命現象は、今の知見の範囲での論理を超える可能性もある。

ほかにも関連して、いろんな話がでましたが、たとえ生命が自らのものであるとしても、周りの人や社会とつながっての生命である以上、死の選択はそう簡単な問題ではないと思います。
こうした問題は、また機会をつくって、話し合っていきたいと思います。

■不忍池の骨董市と長浜観音ハウス(2019年3月24日)
久しぶりに上野の不忍池を通ったので、たまたま出店していた骨董市を除き、長浜観音ハウスにもよりました。
ブログの方に書きましたが、人が大混雑でした。
桜がだいぶ咲き出していました。

■寒さの戻り(2019年3月25日)
寒さが戻ってしまいました。
最近は温暖の差が激しく、体調維持が難しいです。
畑にもなかなかいけません。

■湯島のオフィスをどうしようか迷いだしました(2019年3月27日)
潟Rンセプトワークショップに関して、登記届をしっかりしていなかったので、過料請求を受けましたが、それはそれとして、これを気かに登記変更をすることにしました。
完全な個人会社に変える方向で考えていましたが、それに関してアドバイスをしてくれる人がいたので少し話をさせてもらいました。
当初は司法書士に頼もうかと思ったのですが、やはり自分でできそうなので、面倒ではありますが、自分でやることにしました。

しかし、その一方で、いつまでやっているのかという気もしてきました。
会社は今年、遅くも来年には閉めてしまおうと思いだしていますが、併せて湯島をどうするかも考えることにしました。
湯島を閉めれば、経済的にも時間的にも体力的にも楽になります。
人間不信もなくなるでしょう。
完全な公開型なのですが、湯島の使用ルールを守ってくれる人はむしろ少ないのです。
今日も久しぶりに出てみてがっかりしました。

それに経済的にもそろそろ維持が限界を超えだしています。
今が潮時かもしれません。
いろんなサロンが展開され出しているので、ちょっと残念ですが、潮時というのはあるでしょう。
少し真剣に人生の第4期への移行を考えようと思います。

■大畑さんと久しぶりにお会いしました(2019年3月28日)
我孫子市役所の企画部長だった大畑さんに久しぶりにあいました。
昨年定年を迎えられ、いまは手賀沼課にいますが、今3月で市役所を退職されます。
これまでいろいろとお世話になったこともあり、退職前にお会いしたいと思っていましたが、なかなか機会が来ませんでした。
それで、今、我孫子でまちづくりに関心を持ってきている林さんと一緒にお会いし、これからの私たちの取り組もうとしている話をし、アドバイスをもらいました。
考えてみると、昨年、1年、私は多分市役所を一度も訪問していません。
新年度になったら、何人かを訪ねてみようと思いらしています。

■湯島サロン:人生も仕事も「もっと面白く♪」(2019年3月30日)
自遊人&面白まじめ求道者の渕野康一さんのサロンは、さまざまな立場の方が参加してくださり、湯島のサロンが目指している一つのスタイルを実現してくれました。
話題提供者の渕野さんは、持参したCD(小田和正)をバックに流しながら、そして演習も含ませながら、「面白まじめ道」言論をたっぷりと話してくれました。

始まると早速に、課題が与えられました。
実際の名前ではなく、自らが他者から呼んでほしいというセカンドネームを3つ以上考え、その中から、ひとつをみんなに発表するようにというのです。
何でもないようですが、これが意外と難しい。
と同時に、これを通して、自分の頭がいかに「かたい」かを思い知らされました。
それですっかり渕野ペースに乗せられてしまいました。

次に出された課題が、「面白リーダー」チェックリストでの自己診断です。
このチェックリストは、渕野さんが実際に企業のリーダーを対象にした調査結果を踏まえて創りあげたものです。
リーダーとありますが、面白人生をおくるためのチェックリストにもなっています。

そのように最初から参加者を巻き込む形で始まったサロンは、渕野さんのこれまでの「面白まじめ」人生の話に入り、そこからまた「面白演習」を行いながら、渕野さんが積み上げてきた実践的な「面白工学」や「面白まじめ学習法」の話になりました。
話の内容は、渕野さんのブログに紹介されていますので、ご覧ください。
サロンでも紹介されましたが、渕野さんのブログには、「面白まじめ学習法」が全18回にわたり連載されています。

最後に、より良い人間関係を築くための「“ストローク”のすすめ」が配布されました。
相手をディスカウントするのではなくストロークを与えていく。
面白人生をおくるためのチェックポイントが整理されていて、これを実践すれば「面白まじめ」人生が実現し、家庭も組織も社会も豊かになるというわけです。

そのペーパーには、交流分析を提唱した精神科医エリック・バーンの言葉が書かれていました。
「人は何のために生きるのか、それはストロークを得るため」。
ストロークとはいろんな意味がありますが、交流分析の分野では「存在を認めること」といったニュアンスで使われます。
簡単にいえば、人の心に元気を与える「心の栄養」のことです。
渕野流「ストローク」は6つのポイントがありますが、要約すれば、「ありがとう」ということ、それも10回言うことだと、実に面白くないダジャレで終わりました。
しかし、この締めにこそ、渕野面白まじめ道の真髄があるのかもしれません。

演習課題は例えば、こんなものでした。
「バックに流れている音楽を聴いて、思いつくことを1分間で10個以上書き出せ」
「『面白い』という言葉で思い出すことを1分間で10個以上書き出せ」
そうした問いかけをしたうえで、みんなに発表させるのです。
これもそう簡単ではありません。日頃の生き方がたぶん反映されているのでしょう。
正解があるわけではなく、さまざまな意見があるだけですが、他の人の発表を聞いていて気づくことは少なくありません。

演習だけではなく、「面白い」(どうして面が白くておもしろい?)の語源や意味、面白さの7要素などの「講義」もありました。
渕野版面白さの7要素を参考に、参加者それぞれが感じている「面白さの3要素」も発言しあいました。
その選び方が人さまざまだったのも面白かったです。

そんなわけでちょっとした面白ゼミ気分を体験させてもらいました。
渕野さんの大学での講義の雰囲気が目に浮かびました。

面白さの効用の話もありましたが、実は渕野さんは肺がんを患い、いまは根治しているとはいえ、湯島のサロンに来るのも急坂は無理なのです。
今日も最初湯島に着いた時にはしんどそうでしたが、話しているうちに元気が高まってきたように思います。
渕野さん自身が、「面白まじめ道」の効用のエビデンスなのです。

渕野さんは多趣味であり、生活もまた多彩です。
渕野さんは、そうした多様な世界を生きることで、毎日、エキサイティングなシーンに出会っているのでしょう。
そして、面白さを自分だけで楽しむというよりも、周りを楽しくさせるという生き方を実践しています。
また単に「面白」だけではなく「まじめ」をくっつけているところもポイントです。

渕野面白まじめ講義は、今回は原論編でしたが、また機会を見て、応用編をやってもらうのもいいかなと思いました。
昨今は「面白さ」も「まじめさ」もちょっとおかしくなってきていますから。

(2019年3月第3週)

■「和文化の楽園」構想(2019年3月18日)
■過労死家族会の世話人のみなさんとお会いしました(2019年3月18日)
■久しぶりの小宮山さん(2019年3月18日)
■お彼岸のお墓参り(2019年3月20日)
■インキュベーションハウスの宮部さん(2019年3月22日)
■湯島サロン「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」(2019年3月23日)

■「和文化の楽園」構想(2019年3月18日)
エルモットの内藤さんの「和文化の楽園」構想がだいぶまとまってきました。
問題はそれをどう実現するかです。
資金は3000万円ほど最低でもかかります。
それを投入してもそこからの金銭的収入は期待できません。
まあ「やりたい仕事」をするにはお金はかかるものです。
仕事から「お金」を得ていくのが「ビジネス」だとすれば、やはり「仕事」と「ビジネス」は違うものです。
そこが実に悩ましい。

今日は、構想者の内藤さんとのミーティングです。
少しお金を貯めておけばよかったと思います。

■過労死家族会の世話人のみなさんとお会いしました(2019年3月18日)
湯島では過労死家族会のみなさんに時々場所を提供しています。
今日もそのミーティングでしたが、たまたまその前に私が湯島を使っていたので、お会いできることができました。
ミーティングには私は参加しませんでしたが、ちょっとだけお話をさせてもらいました。

私に何かできることはないか考えさせてもらいました。
まずは湯島でサロンを開く音にしました。

■久しぶりの小宮山さん(2019年3月18日)
コミーとは昨年末以来、ちょっとご無沙汰です。
久しぶりに小宮山さんと西日暮里のルノアールで会いました。
小宮山さんはますます元気です。
元気すぎるとコミュニケーションはむずかしい。
お互いなかなか変わりません。
困ったものです。

■お彼岸のお墓参り(2019年3月20日)
お彼岸なので、孫をお墓参りに連れて行きました。
これまでも何回か行っていますが、今回は母親は用事があったので、孫だけです。
線香を供えたり、供花に水をやったり手伝ってくれました。
先日のサロンでも話が出ましたが、お墓の効用は小さくないです。

■インキュベーションハウスの宮部さん(2019年3月22日)
インキュベーションハウスはまだ社長が私のままになっていることに先日気づいたのですが、新しい葬儀事業の主体にその会社を活用できないかと考えていましたが、どうも難しそうです。
それもあって宮部さんに湯島に来てもらい、これからのことを少し話し合いました。
そこで、宮部さんが僧侶か神職か、そうした宗教的な存在になって社会に役立てることはないかを考えていることがわかりました。
意外でしたが、考えてみると納得できます。

インキュベーションハウスは解散の方向で考えようということになりました。
どなたか継承したい方があれば、ご連絡ください。

■湯島サロン「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」(2019年3月25日)



新たにスタートした「万葉集サロン」(連続サロン)は15人で始まりました。
升田さん(昭和女子大学名誉教授)をガイド役にして、継続的に開催していく講座的なサロンです。

今回は最初なので、総論的に、いろいろと面白い話が予告的に提出されました。
まず、万葉集の成り立ちや構成、時代背景の解説、そして、実際の万葉集の表記(万葉仮名)の説明がありました。
万葉集の成り立ちに関しても、文字を知らない人たちの歌を編纂チームのメンバーがどうやって集めたのか、どうやって選択したのかなど、いろいろと質問したくなるような話もたくさん出ました。
まだまだ読み解けていないところもあるという話も面白かったです。
古写本の表記スタイルもからコピーで見せてもらいました。

後半では、額田王の歌とされている「熟田津に 舟乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」の歌を事例に、歴史とのつながりを紹介してくれ、万葉集の世界を少し垣間見せてくれました。

話の骨子だけでもきちんと記録を取っておけばよかったと反省しましたが、記録をとる習慣がない私には話の概要を紹介するのは無理なので、いつものように私が刺激を受けたところを報告をさせてもらいます。

万葉集の魅力は多様性にある、と升田さんは(たぶん)話されました。
今回お話を聞いて、その多様性を私はやっと理解できました。
そしてその多様性こそが、時代の大きな変わり目の象徴だと気づかされました。
その多様性が次第に整理されていく過程も万葉集から見えてくるのかもしれません。
いうまでもありませんが、「文字」こそは「多様性」を統合していく最大の手段です。

文字にする前には、声にだし、みんなで歌いあって、歌が生まれてきた。
それぞれの声が生命のリズムにのって、それぞれの心の揺れが重なっていく。
そうしたなかで、個人の覚醒が起こるとともに、心のつながり(集団)が生まれてくる。

「ホロン」という概念(個でもあり全体でもある)がありますが、歌によって個人の覚醒が起こり、歌によってその個人がつながっていった。
さらに、それが「文字」にされることで、個人の多様性が編集され、国家体制を生み出していく。
いささか飛躍的ですが、文字や歌の効用に関して、気づかされることが多かったです。

文字や言葉は、「つなぐ」ためのメディアですが、人と人だけではなく、自然や「天意」と「人」をつなぐものでもあります。
アメリカの心理学者ジュリアン・ジェインズは、人間の意識は今から約3000年前に生成し、それ以前の人間は、意識の代わりに二分心(右脳と左脳)を持つことにより、社会生活を成り立たせていたと提唱しています。
古代人の心は、神々の声を出していた部分と、現代で言う意識している心とに分かれていた。
古代ギリシアの『イーリアス』(有名なトロイ戦争が書かれています)は、そうした二分心時代の人間を描写した代表的な文献だというのです。
そう思って、『イーリアス』を読むととても納得できますが、もしかしたら万葉集にもそうした名残があるのかもしれません。
万葉集の歌には、「天の声」が含まれているかもしれません。
そして同時に、ジェインズが言うように、「言葉」の誕生の形跡がみられるのかもしれません。
サロンの報告を超えた話になってきてしまいましたが、こういう壮大な話をついつい思い出してしまうほどの、たくさんの示唆をもらったサロンでした。

もう一つ付け加えれば、例に取り上げられた、額田王の「熟田津に…」の歌ですが、それに関して、升田さんは(たしか)「女性は言葉の力が強い」といったような気がします。
そして、現代の社会は左脳重視の論理社会なのでどんどん窮屈になってしまっている、精神の自由を広げていくためにも、歌の効用に注目しようというメッセージをくれたような気がします。
「女性は言葉の力が強い」という点に関しては、私は異論がありますが、AI(人工知能)が社会を覆いだしている現在、改めて万葉集を読み直す意味に、私は初めて気づきました。

参加者の発言にもいろいろな気付きをもらえましたが、ひとつだけ紹介します。
平田さんは、「万葉集は新しい日本語(やまとことば)の練習帳ではないか」という仮説を提出されましたが、なるほどと思いました。

なんだか「万葉集」とも、またサロン当日の話とも、違う内容の報告になったような気もしますが、お許しください。
ちなみに、連続サロンとしての万葉集サロンの第1回目は、5月18日(土曜日)の午後を予定しています。
内容が決まり次第、ご案内します。
以後、隔月、原則として第3土曜日の午後に開催していきます。
継続参加されたい方はご連絡ください。

ゲストの名前も今回すでに出ていましたが、参加者(希望者)が自主発表することもできればやっていきたいです。
ちょっと大学のゼミ気分を味わうのもいいかもしれません。

肝心のサロンの報告がないではないかと言われそうですが、参加された方、気づいたことを報告していただけると嬉しいです。

(2019年3月第2週)

■湯河原を歩きました(2019年3月10日)
■春の知らせのアサリ(2019年3月11日)
■湯島サロン「お墓のことを考えたことはありますか」(2019年3月13日)
■孫のお見舞い(2019年3月14日)
■いも観音(2019年3月15日)
■社会福祉法人の合併問題(2019年3月15日)
■万葉集談義(2019年3月15日)

■湯河原を歩きました(2019年3月10日)
湯河原の幕山の梅林や温泉街を娘と一緒に歩きました。
ブログに書きましたが、温泉街は寂れてゴーストタウンのようでした。

■春の知らせのアサリ(2019年3月11日)
わが家にとっての春の始まりの、福岡の蔵田さんからのアサリが届きました。
蔵田さんが近くの海で自らとってきて、送ってくれるのです。
年々、アサリが減っているそうです。

■湯島サロン「お墓のことを考えたことはありますか」報告(2019年3月14日)
「死の視点から生き方を考えよう」シリーズのサロンは、今回は篠田石材工業の篠田雅央さんに「お墓」のお話をしていただきました。
私自身、お墓に関して、あまりにも無知であったことを痛感させられました。
私にとって、とても示唆に富んだサロンでした。

篠田さんの会社は明治22年創業の老舗で、「石を通じてお客様に喜びと感動をもたらす仕事をします」と、潔く言い切っている理念を掲げ、実践している会社です。
まず、ご自身の会社の歴史を写真で見せてくれながら、墓石やお墓の変化を、とてもわかりやすく紹介してくれました。
紹介できないのが残念ですが、篠田さんが手がけたデザイン墓石にまつわる感動的なお話もありました。
そうした具体的なお話を通して、死とは何か、供養とは何か、生きるとは何か、ということに関する深い問題提起をしてくださいました。
私は目からうろこでした。

つづいて、お墓づくりに関して、「墓地あり・墓石建立なし」「墓地・墓石あり」「墓地・墓石なし」という状況それぞれに対応した、とても具体的な取り組み方の話をしてくださいました。
「墓地・墓石あり」の場合は、お墓に悩むこともないはずですが、実際にはその場合もさまざまな事情があって、むしろ「墓地・墓石あり」のほうが悩ましい状況になることも多いそうです。
参加者の中にも似たような「事情」をお持ちの方もいましたが、そうしたことに関しては、篠田さんのアドバイスももらえました。
墓じまいや墓の引っ越し、改葬や合葬の話も出ました。

話し合いを聞いていて、お墓の問題にはやはりその人の「生き方」が深くつながっていることを思い知らされました。
私が一番感動したのは、墓石の字彫りにも遺族の参加を勧めているという篠田さんの姿勢です。
私事ながら、わが家の仏壇の大日如来は家族の手作りで、魂をご住職に入れてもらったのですが、墓石に関しては、全く思いもつきませんでした。

最後に、長年、墓石に関わってきた篠田さんご自身の「思い」を、参加者への問いかけを含ませながら、話してくれました。
墓石には見えない不思議な力が隠されている。
石は時代を超えて残っていくもの。世界の大半で石を墓としているのは、永遠に生きる石と魂が融合すると本能で感じているからではないか。
自分の先祖の数は何人だと思いますか。
この世に残る遺族の幸せってなんでしょうか。
自分の思いと家族の思いは同じでしょうか。
お墓は人生の道標。
などなど。
いずれも長年の篠田さんの体験からのお話なので、とても心に響きました。

こんな話もしてくれました。
篠田さんが子供のころは、テレビや自動車などが広がりだしていた時代だったが、当時の人たちは、そういう夢の代物を買う前に、お葬式や仏壇やお墓にお金をかけていた。
先祖や子孫にお金をかけて自分は質素に生きている人が多かった。
しかし、今は全く逆になっている。
お墓の簡素化や墓石離れは、先祖崇拝という大切な日本人の心の喪失につながるのではないか。
そして、いくら経済力がついても日本人の大事な心を見失ったら、日本は消滅していくのではないかとしめくくりました。

話し合いではいろんな意見が出ました。
世界中の大半の人々はお墓を持っていないが、だからといって信仰心がないわけではないという指摘もありました。
そもそも今のような墓石が人々に広まったのも、日本でも最近のこと。
また、それでもやはり自分は散骨だという人もいました。
思いを込めた散骨は、惰性で選ぶお墓よりも、私も価値があると思います。
大切なのは、自らにとって「墓」とは何なのだろうかを考えることであり、それを通して、今の生き方を考えることではないかと思います。

それにしても私たちは「お墓」に関して、あまりにも無関心だったような気がします。
お墓の持つさまざまな意味や機能、あるいはお墓を通して実現できることがたくさんあることに、もっと気づいてもいいのではないかと私は思いました。
篠田さんが言うように、人生の墓標としての自分のお墓(私は広義に捉え散骨も含めたいですが)は、やはり自分でしっかりと考えていくのがいいのではないかと思いました。

言葉では明確には語られませんでしたが、死生観や生き方、あるいは家族や社会のあり方を考えさせられるサロンだったともいます。
お墓にはそれだけのパワーがあります。
私が今回一番認識を変えさせられたのは、お墓はそこに在るモノではなく、自らの生を込められる「生きた」存在だということです。

篠田さんのお話はとても示唆に富むお話でしたので、もっとたくさんの人たちに聞いてほしいと思いました。
篠田さんに無理をお願いして、土日にもう一度、同じような「お墓」サロンをしていただこうと思っています。
決まったらまたご案内いたします。

来週はお彼岸なのでお墓まいりに行こうと思います。

■孫のお見舞い(2019年3月14日)
孫がインフルエンザにかかってしまい、そのお見舞いに行きました。
2日ほど、熱が出たようですが、その後はもう何もなかったように元気です。
子どもは急変するので注意しなければいけませんが、その生命力の強さにも驚きます。

■いも観音(2019年3月15日)
不忍池のほとりにある、びわ湖長浜KANNON HOUSEの今年初の展示は木本町の安念寺の、通称「いも観音」です。
これまで全く知らなかったのですが、たぶん村民たちが戦の時には土中に埋めて守ったためでしょうか、かなりの朽損仏です。
長浜北部にはこうした朽損仏は少なくありませんが、これほどのものは初めてです。
見に行きたかったのですが、なかなか機会がなく、危うく展示が終わりそうなぎりぎりになって、なんとか会いに行けました。
毘沙門天と大日如来だそうですが、そういわれなければまったくわかりません。
なぜ観音と通称されているのか、聞き落としましたが、いつか安念寺に行きたいと思わせるような、いい仏でした。

■社会福祉法人の合併問題(2019年3月15日)
社会福祉法人の合併問題をテーマに研究している大川さんが相談があるというので、湯島に出ました。
はかせろ
博士論文は目途が立ったようですが、今回の相談は社会福祉法人の合併問題のコンサルティングの話です。
オファーが来ているそうですが、どう進めたらいいかの相談です。
いろいろとアドバイスさせてもらいました。

■万葉集談義(2019年3月15日)
今月から湯島サロンでは「万葉集」を取り上げた継続サロンをはじめます。
サロンというよりも、講座型サロンですが、講師は昭和女子大学の名誉教授の升田淑子さんです。
名誉教授などというと偉そうな気もしますが、要するに私の小学校時代の同窓生です。
どういう進め方をするかを話し合う予定でしたが、結局、万葉集談義になってしまいました。
専門家と全くの素人の談義は面白いです。
私は、万葉仮名や当時の政治や生活に興味がありますが、歌そのものには興味はありません。

しかし、面白いサロンになりそうです。

(2019年3月第1週)

■オープンサロン再開(2019年3月3日)
■縁カフェはやめたのですが(2019年3月4日)
■我孫子歩き(2019年3月5日)
■不審な電話(2019年3月6日)
■金田さんの来訪(2019年3月7日)
■マンション価値を高めるための提案(2019年3月7日)
■湯島サロン「東京で感じたこと、米子で見えたこと」報告(2019年3月8日)
■久しぶりの湯河原(2019年3月9〜10日)

■オープンサロン再開(2019年3月3日)
3月からオープンサロンを再開しました。
しかしあいにくの雨の寒い日になりました。
私も行きたくなかったほどですので、参加者はいないかもしれないと思っていましたが、4人の参加者がありました。
ただし、2人は私の小学校時代の同級生です。
お互いに人生が終わりに近づいたので、たぶん私に会いに来てくれたのです。
来世を信ずる私は人生は終わらないと思っていますので、別に急いで会うこともないと思っていますが、何やら2人ともかなり危ういようです。
まあそれぞれ健全に老化しているということでもあり、嘆くことでもありません。

話の流れで、私の小学校時代の話が出ました。
私の知らない話が多いのですが、どうも小学校時代から私は「宇宙人のような存在」だったそうです。
以前も一度、女性の同級生が私の子ども時代のことを話してくれましたが、それもまた私ではないような話でした。
子ども時代の友人に会うと、私の知らない自分に合うことができるようです。
まあ私はあんまり信じていませんが。

それはともかく、今回は女性がいなかったこともあり、女性のすごさについての話が出ました。
男性どもは、所詮は、消耗品ではないかという話ですが、まあ、男性もそれなりに頑張っているという話もありました。
男女共同参画や女性の社会進出議論によって、女性は飼育されてきていますが、しかし、専業主婦(家内)志向の女性も増えてきているという話もあり、女性の覚醒も始まっているような気配もあります。
狩猟社会においても農耕社会においても、社会を支配していたのは「女性」だったでしょうし(ただし、そもそもこういう社会区分が全く間違っていると私は思っていますが)、子供を産めず育てられない男性という「種」は、間もなく消えていくのではないかと私は思っています。

江戸町民の銀製のキセルに象徴される消費文化や女子高生の恐ろしさや、売上高思考の企業の可笑しさや小学校の生徒と先生の人数比率などの話題も出ました。
京都と江戸の刑場の話も出ていました。
何やら面白そうでしょう。
これはほんの話題の一部ですが。
オープンサロンは、やはり話題が広がって、面白いです。

■縁カフェはやめたのですが(2019年3月4日)
今日の縁カフェは、待ち人は来なかったのですが、私が湯島にいることを知って、3人の方が来てくれました。3人はそれぞれ面識のない人たちでしたが、昨日以上に密度の濃い話しあいでした。

■我孫子歩き(2019年3月5日)
今日は、我孫子まちづくり編集会議のメンバーの林さんの企画で進めているプロジェクトのトライアル版を行いました。写真家やまちづくりに取り組んでいる人やデザイナーなどが集まって、写真を撮りながら少しだけ我孫子を歩いてみました。1歳の子どもも2人参加してくれました。
子どもたちのおかげで、とてもゆっくりしたペースで、しかも、案内役の私が道に迷ったりしたおかげで、とてもいい「我孫子ウォーク」ができました。
これを踏まえて、林さんがいろいろと企画することになっていますので、またご案内します。
しばらく忘れていた「まちづくり」を少し思い出しました。

■不審な電話(2019年3月6日)
昨日の夜から今朝にかけて不審の電話がわが家にありました。
ついにわが家もターゲットになったのかもしれません。
1回目は間違い電話を装った不審な電話、2回目は「個人のお宅ですか」と言いながら、私の反応を見ている電話、今朝は私の話しぶりをうかがっている電話です。
最近、我孫子ではこの種の詐欺につながる電話が多いようで、市や警察から注意が回っていますが、何となく嫌な感じです。
もう15年ほど前に、わが家にも、実際に「おれおれ詐欺電話」もかかってきていますが、幸か不幸か、わが家には現金ももちろん、預金残高もほとんどありませんので、心配はないのですが、外出時には必ず鍵をすることにしました。
それにしても「アポ電」強盗事件のようなものまで発生しているようで、日本の社会も変質してしまったものです。
たぶん始まりは小泉政権のころからだと思いますが、当時、懸念していた通りになってきました。
それにしても、詐欺ではなく、強盗殺傷にまでおこるようになったとは、お金がなくても安心してはいられません。
困ったものです。
固定電話はやめようかとも思いだしています。
なにしろ自宅にいるといろんな電話がかかってきますが、その多さには驚きます。
こんな社会は好みではないので、はやく彼岸に行きたい気もしますが、殺傷されていくのだけは避けたいものです。

■金田さんの来訪(2019年3月7日)
新潟の金田さんが久しぶりに湯島に来ました。
昨年来、いろいろと大変な状況で、足も痛められているので、無理は厳禁なのです。
しかし行動派の金田さんは、引きこもってはいられないのでしょう。
今回は、社会教育関係の集まりに参加されたのですが、湯島にも足を延ばしてくれました。

いつもながらの話を3時間。
金田さんが元気を出してくれるといいのですが。

■マンション価値を高めるための提案(2019年3月7日)
マンション価値を高めるための、付属サービス事業のコンサルティングを手掛けている鈴木さんが、何かアドバイスはないかとやってきました。
具体的な場所が決まっていたら、山のように提案はできるのですが、これから取り組む高齢者向けの集合住宅への提案のようです。
大きな考えや取り組み方に関して、私見を述べさせてもらいました。

■湯島サロン「東京で感じたこと、米子で見えたこと」(2019年3月8日)
久しぶりに、まだ日本には救いがあるなと実感できたサロンでした。
これはきわめて主観的な感想ですが。

今回の話題提供者の矢辺さんは、鳥取の米子で育ちました。
東京で大学卒業後、障害者に特化した人材系会社に入社。
活動を通して、「障害者」の捉え方が変わり、本人が不自由を感じていたらそれはすべて障害なのではないか(その逆もある)、そうした生きにくさを抱えている人の問題を解決したいと思うようになったそうです。
その後、生活困窮者支援を行う国のモデル事業(パーソナルサポーター制度)の就職担当相談員に転身。
その制度がなくなったため、そうした活動のための会社を自ら起業しました。
しかし、2014年に父親から事業を引き継いでほしいといわれ、両親に「ものすごく感謝」をしていたこともあり、実家のある鳥取県の米子に帰郷しました。
たまたまその会社は、電力提供に関わる会社なので、そこで将来は、エネルギーの大量生産大量消費から地産地消ができないかという活動にも取り組みたいと考えています。
会社経営のあり方に関しても、ティール組織も参考にしながら、変革に取り組んでいるようです。

これが矢辺さんのこれまでの人生ですが、お話を聞いていて、さまざまなことを考えさせられました。
10年以上前に、大学時代の矢辺さんとはいろいろと話し合ったこともあるのですが、自らの志を軸にして、時流に流されることなく、しっかりと実践しているのに感心しました。

矢辺さんは、会社に就職しないと生活できない現在の社会に問題を感じています。
企業で働かなくても生きていける手段があれば良い。
企業だけに頼らずに、他者と支え合いながら、自然と調和した生き方を広げていきたいといいます。
そのためのいくつかの具体的な手だても矢辺さんは考えています。

個人の生き方に関しては、「おりる生き方」を提案しました。
それは、「企業で働いていなくても、福祉のお世話にならず、生きること」を目指す生き方です。
経済状況によって変化する企業業績に左右されず、財政事情によって変化する福祉制度に左右されず、「今日が来たように明日を迎える暮らし」、そして「つながりで生きづらさを解決する暮らし」というのが、矢辺さんが目指す生き方の基本です。
具体的な提案もありましたが、一言で言えば、「問題をお金で解決しない」生き方です。
お金を「稼ぐ」仕事は、週3日程度にし、後は「働く」仕事をし、顔が見える範囲の150人までの地域コミュニティとその核になる生活基盤となる家族をしっかりとつくっていきたい。
お金は家賃やライフライン代が払える程度あればいい。
できないことはみんなでフォローし合えるコミュニティがあればいい。
それが、矢辺さんが提唱する「おりる生き方」です。

最後に矢辺さんはみんなに問いかけました。

正しさとは?
生命力とは?

その問いかけから話し合いが始まりました。
話し合いは省略して、矢辺さんの考えだけ紹介しておきます。
「正しさは生命力を高めること」
「生命力とは自らの持つ良い部分を出し続けられること」

ちなみに、米子と東京に違いは何か、という話も出ました。
矢辺さんは、今回も羽田を降りた途端に、なぜか自分もせかせかと「速足」で歩いていたと話しました。
米子と東京とでは、時間の進み方が違うのかもしれません。

矢辺さんは、家族に頼れることのすごさについても語り、そうした「安心できる生活基盤」の大切さも語ってくれました。

「せかせかした生活環境」そして「安心できる生活基盤」。
この2つについて、私たちはもう少ししっかりと考え直す必要があるのではないかと、改めて考えさせられたサロンでした。
参加者は矢辺さんを含めて7人。ちょっと少なかったのが残念でした。

いま、時代の大きな分かれ目に来ているように思いますが、若者のメッセージの眼差しから、そして参加者の発言から、私としてはちょっと元気をもらいました。

矢辺さんのメッセージにつながるようなサロンを、4月5月と予定しています。
またご案内させてもらいます。

■久しぶりの湯河原(2019年3月9〜10日)
湯河原に用事があっため、ついでに久しぶりに湯河原を歩いてみました。
奥湯河原と湯河原町の中間の観光地ゾーンを歩くのは10数年ぶりなのですが、ゴーストタウンのような感じになっているのに驚きました。
今日は時間があったので、ついでに、幕山の梅林にも行ってみました。
ここは梅祭りの最終日だったのですが、観光客でにぎわっていました。
10数年前に来た時とほとんど変わっていませんでしたが、入園料が必要になっていました。山頂を目指しましたが、準備もしていなかったので、かなりきついので、あと30分というところであきらめました。

実は、今頃私は湯河原に転居していた可能性が高かったのですが、事情があって転居はやめました。
しかしまだ以前の仕事場がそのまま残っています。
今回はそこで宿泊ですが、5年も一度も来なかったため、お風呂のお湯が出ないうえに、惨憺たる状況になっています。
仕方がないので、近くのホテルの日帰り入浴のお世話になりました。
エアコンもリモコン電池がないため動かせませんが、幸いに寒くはありません。
テレビも10年前のもので、今はもう使えません。
仕事用のパソコンも置いてあるのですが、昨年の異常の暑さのせいか、CRTディスプレがこれまで見たことのないような変形をしていて使用不能です。

孤立した状況ですが、それもまたよしです。

(2019年2月第4週)
■わが家の河津桜が咲きました(2019年2月26日)
■「日本民俗生業論」を読みました(2019年2月27日)
■畑を耕したせいで腰が痛くなりました(2019年2月28日)
■上田さんの来訪(2019年3月1日)

■わが家の河津桜が咲きました(2019年2月26日)
昨年は咲かなかった河津桜が咲きだしました。
2年ぶりです。
今年は暖かなので桜が早そうです。

■「日本民俗生業論」を読みました(2019年2月27日)
「遊び仕事」という言葉を知りました。
早速に提唱している安室知さんの「日本民俗生業論」を図書館から借りてきました。
500ページの厚い本でしたが、面白くて、一気に読めました。
私が会社を辞めた時に、以後は「遊ぶでもなく働くでもなく」とあいさつ文に書きましたが、まさにわが意を得たりの言葉です。
もっとも、安室さんが使っている意味は、ちょっと違いますが。

この本は、私の世界をまた広げてくれました。
とても納得できる内容で、私の思いを言語化してくれました。

■畑を耕したせいで腰が痛くなりました(2019年2月28日)
畑には時々言っていますが、軽作業ですませています。
今日はちょっと元気があったので、久しぶりに鍬で新しい荒れ地を耕しました。
そのせいか、夜になってから腰が痛くなってきました。
困ったものです。

■上田さんの来訪(2019年3月1日)
上田英二さんがわが家に来てくれました。
別に何か目的があったわけではありません。
我孫子の方に来ることがあるとお聞きしたので、気が向いたら声をかけてくださいと言っていたことが実現したのです。

藩士をした後、柏のエヴィーバで食事をする予定でしたが、なんとこれまで風邪で休店したことがなかった峰行が風邪でダウンしてしまいました。
今回は手賀沼沿いの野菜レストランに行きました。

上田さんとの話は、とても心に響くものばかりでした。
湯島のサロンでも、こういう話し合いをしたいのですが、どうもうまくいきません。
どこがわるいのか。

上田さんのビジョンを今回はかなりお聞きできました。
上田さんが模索しているのは、「コミューン」です。
時期が来たら、上田さんにサロンをしてもらいたいと思います。

(2019年2月第3週)
■「贈与と共生の経済倫理学」を読みました(2019年2月18日)
■久しぶりの畑(2019年2月18日)
■幼馴染の来訪(2019年2月21日)
■みんなの認知症予防ゲームの紹介DVD制作(2019年2月23日)
■湯島サロン「国民主権と統治行為論」(2019年2月23日)

■「贈与と共生の経済倫理学」を読みました(2019年2月18日)
霜里農場を中心に育ちつつある人のつながりをベースにした本を読みました。
著者は折戸えとなさん。
彼女の話は、霜里農場の金子友子さんから聞いていましたが、昨年、急逝されました。
彼女の論考を本にする話も聞いていましたが、それがなんと湯島サロンのメンバーでもある大野祐子さんが昨年起業した図書出版ヘウレーカで出版することになったのです。
話は聞いていましたが、書名が「贈与と共生の経済倫理学」だと聞いて、正直、ちょっと腰が引けていました。
またよくある退屈な本かなと思ってしまったのです。
それで読む気があまりなかったのですが、友子さんからともかく読むようにと言われて読み出しました。
読み出したら、あまりの面白さに一気に読んでしまいました。
といっても2日間もかかりました。
読みやすいのですが、軽く読み流すわけにはいかない内容が詰まっていました。

驚いたのは、私が意識していた生き方とほぼ重なることです。
本の紹介を「ブック」のコーナーに書きました。
ぜひ多くの人に読んでいただきたい本です。
我孫子の図書館にも購入をお願いしようと思います。

■久しぶりの畑(2019年2月18日)
暖かな日になりました。
予定していたことが延期になりましたので、孫と一緒に畑に行ってきました。
チューリップが芽を出し始めていました。
水仙は満開でした。
孫はブロッコリーが好きなので、収穫しました。
放っておいたニンジンを掘ったら、食べられそうなものがいくつかありました。
失敗したのは蕗です。
前回育てていたところをうっかり掘り返してしまいましたので、根こそぎダメにしてしまったようです。
ミョウガもいささか心配ですが、芽が出てくるといいのですが。
そろそろ畑作業も再開しようと思います。
今年は、「畑づくり」から「野菜づくり」に一歩前進します。

■幼馴染の来訪(2019年2月21日)
小学高時代の同級生が湯島に来てくれました。
彼は、いま、がんの闘病中です。
本来であれば、私が見舞いに行くべきなのですが、たまには外出もいいだろうということで、湯島にまで来てくれたのです。
電話では毎週のように連絡を取り合っていますが、ここしばらくは、私もあまり体調がよくなく、しばらく会っていなかったのです。

抗がん剤の副作用が出てきているというので心配していましたが、元気そうでほっとしました。
顔入りも前よりもよくなっていますし、何よりも食欲がある。
しかし、長く話したり食事をしていたりしたせいか、疲れが出てきたようで、やはりちょっと無理をさせてしまったかなと反省しました。
小学校時代の仲間の集まりは、もう少し先がいいかもしれません。

■みんなの認知症予防ゲームの紹介DVD制作(2019年2月23日)
今月5日と6日に収録した「みんなの認知症予防ゲームの紹介」はなんと6時間ほどの記録になりました。
これをどう編集し、どうまとめるかです。
関係者が集まって、方針の確認をしました。
気が遠くなるような仕事ですが、大枠は確認できました。

そうした確認作業が、私にはとても価値があると思っています。
そういう考え方は、なかなか伝わりません。
でも今回の参加者は、みんな意味を認めてくれているようでうれしいです。
そうでなければ、時間を割いて、こういう集まりには参加してくれないでしょう。

ちょっとだけ報われた気分でした。

■湯島サロン「国民主権と統治行為論」(2019年2月23日)
沖縄で辺野古新設に関する県民投票が実施される前日に、「国民主権と統治行為論」のサロンを開催しまました。
奥にあるテーマは、「国民投票制度」です。
10人を超える方が集まったばかりでなく、初めて参加してくださった方も何人かいました。

最初に私から、統治行為や砂川事件の資料などを紹介させてもらった後、リンカーンクラブ代表の武田さんが、テーマに沿った話をしてくれました。
現在の日本の政治が主権者たる国民から大きく乖離していること、しかも砂川判決以来、「国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為」に関しては司法の対象にしなくなったこと、国会で議論している政治の外にそうした「統治」分野があるとされていること、それに、そもそも議会制民主主義は国民の意思を反映させられる民主主義なのか、といった話をチャートに合わせて、説明してくれました。
そして、そこから、「高度な政治性を有する国家の行為」というのがあるのであれば、それこそそうした問題を国民投票の対象にして、高度な政治性のある統治行為を国民主権で決定することが考えられると提唱したのです。
これまで、三権分立の世界から「特別扱い」されていた「高度な政治性を有する国家の行為」を、逆に国民に取り戻すという提案です。

ここから「国民主権」と「統治権」の「ずれ」を解消するための話し合いが行われる予定だったのですが、論点を整理しようとしだした途端に、話が混乱しだしてしまい、残念ながら、内容の話ではなく、言葉遣いや「統治権」そのものへの異論などで、内容的な議論にはたどり着けませんでした。
それでも最後のほうでは、「高度な政治性を持つ国家行為」に関する国民発議権や、主権を現実化するためには立法と同時にその法を実行するということの2つを伴わなければ完成しないという話にまではたどり着けたと思います。

途中で、参加者から「沖縄の県民投票の話」が出ましたが、残念ながら、国民主権と統治権という話にまで深める時間がありませんでした。
今回の県民投票には、「統治権」がわかりやすく可視化されているので、まさに統治の実態を考える事例でしたが、それだけではなく、「自治権」と「主権」との対比で考えるとさまざまな論点が出てきたと思います。
今回は参加者の一人の方が問題提起してくれましたが、逆に話が混乱するという人もあり、議論は深められませんでした。
そうならないために、事前にチャートまで書いて説明したのですが、私の説明不足と進行のまずさで、内容の議論をする時間がなくなってしまい、申し訳ないことをしました。
今回は、私も意見を言いたかったのですが、進行役として、言葉や論点の整理で終わってしまい、かなりの欲求不満が残りました。

しかし、武田さんの問題提起には、いろんな示唆が含意されています。
私が大学で学んだころから、砂川判決に端を発する「日本版統治行為論」は議論されていましたが、むしろ、そのことで「統治権」あるいは「主権」があいまいにされていたように思います。
私が日本の憲法学者を全く信頼しないのは、そのためです。
最近になって、ようやくそうしたことが議論されるようになってきていますが、多くの人は「統治行為」はともかく「統治権」というとらえ方にさえ視野が行っていない気がします。

「人の支配」から「法の支配」の確立への移行が近代国家だという人もいますが、理論的にはともかく、実際に複数の人々を統治していくためには、最終的には「人の意思」が不可欠です。
学者はともかく、数名の組織に関わったことがある人であれば、すぐわかることです。
法は基準であって、行為主体にはなりえないからです。
法治国家においても、当然のことながら卓越した権力を持った「統治者」が必要です。

世界初の成文憲法典は、17世紀の「統治章典」だといわれますが、これは統治者に対する「統治行為への制約」と言えるでしょう。
しかし悩ましいのは、国民主権国家となると、憲法が制約する対象は複雑になります。
素直に考えれば、憲法は主権者たる国民を制約するのではなく、「統治者」を制約することになりますが、もしそうならば、主権者である「国民」を(制約がなければ)自由に統治できる存在があるということです。

とまあ、こういう話に広げたかったのですが、今回はその入り口で時間切れでした。
ちなみに、日本は「主権国家」というようないささか過激な話が出ましたが、「国家主権」と「国民主権」の関係も刺激的なテーマです。

沖縄の県民投票の結果もそろそろ明らかになりだしていますが、その結果の動きなどももう少し見えてきたら、またこのテーマでのサロンを開催したいと思っています。

(2019年2月第2週)
■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」(2019年2月10日)
■3回目の雪(2019年2月11日)
■小畑さんのコミュニティハウス構想(2019年2月14日)
■アートでまちづくり(2019年2月14日)
■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」(2019年2月16日)

■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」(2019年2月10日)
「タネと内臓」(築地書館)の著者、吉田太郎さんのサロンには、有機農業に取り組んでいる霜里農場関係者も含めて、20人を超える参加者がありました。
新潟からわざわざ参加してくれた方もいます。
食の安全性に関する生活者の関心の高さがわかりますが、昨今の日本の状況を見ると、政府やマスコミの関心はどうも真反対の方向を向いているのではないかと、改めて気づかされたサロンでした。

吉田さんのお話は、なんと4億年前のデボン紀からはじまり、人類の未来にまでわたる長い時間の中で、いまの私たちの食の問題を、さまざまな話題を通して、わかりやすく、面白く、解説してくれました。
詳しい内容はとても紹介しきれませんが、たとえばこんな話題が出ました。

いまの食生活だと、あの知的で精悍だったホモ・サピエンスは太った豚のように進化していくのではないか、
遺伝子組み換えのコーンは、「カス」どころか、いまや「毒」といってもいい。
究極のデドックスは腸内細菌だ。
私たちが毎日食べている食べものが、体内の善玉菌を殺し、その腸内細菌の活動を抑えてきている。
土中微生物を消滅させる除草剤グリホサートは、世界的には追放されつつあるが、そうした動きも含めて、日本ではあまり報道されず、今も使われている。
ヨーロッパでは、地域と地球の生態系維持を目指すアグロエコロジーが広がっており、公共調達で取得する食材の6割を有機農産物にしなければならないことがルール化された。デンマークなどでは学校給食は有機野菜と決められている。
国連でも、2014年に「国際家族農業年」宣言をし、小規模な家族農業を重視する呼びかけを行っている。
日本ではメディアは、こうした問題をほとんどとり上げない。
世界各地で、子どもたちにまともなものを食べさせたいという母親たちの動きが社会を変えつつある。
アメリカ人は、食生活も大きな理由になって、短命になり、不妊になってきている。
ちょっと私の拡大解釈や誤解があるかもしれませんが、これはほんの一部です。
そして最後は、マネーでは幸せになれないという話や贈与経済の話にまでいきました。
興味のある方は、ぜひ吉田さんの著書「タネと内臓」をお読みください。

こうした状況にどう対処したらいいか(これに関しても吉田さんは話の中で言及されました)ということも含めて、話し合いが行われました。
食育活動に取り組んでいる参加者の方が、有機野菜とそうでない野菜を比べると栄養価が全く違うという話をしてくれました。
要は、量的には同じでも生命にとっての価値は全く違うというわけです。
栄養価や美味しさ基準で価格を評価したら、有機野菜のほうがずっと割安になるのですが、今の経済システムでは有機野菜は高いと思われてしまうわけです。
有機野菜はなぜ高いのかということに関しては、霜里農場の金子友子さんは流通の問題が大きいと言います。
生産者と消費者とを結ぶ活動をしている方も参加していましたが、有機野菜がもっと広がっていけば、価格問題はむしろ有機野菜のほうにとって有利になることは十分考えられます。
工業型生産野菜を主軸にしていこうという、現在の農政や経済政策を見直すことで、変えられる問題かもしれません。

価格だけではなく、味覚の問題も話題になりました。
有機のおいしい野菜を食べたら、味覚が戻ってくるという人もいますが、最近の子どもたちの味覚はもしかしたら、不可逆的に変わりつつあるのかもしれません。
急いで取り組むべき問題だと思いますが、日本では一部の母親たちを除いて、ほとんど無関心です。
せめて学校給食を変えていかなければいけません。
いずれにしろ、私たちは食やそれを支える農への関心をもっと高め、知識を増やしていくことが大切です。

吉田さんは、種子法廃止に関連して、長野県で「長野県主要農作物等種子条例(仮称)」制定の動きが出てきていることも紹介してくれました。
こうした伝統野菜を守ろうという動きが、これから広がっていくことが期待されます。
長野には「信州の伝統野菜」という制度もあるそうですが、行政に限らず市民活動として、その土地の中で育ってきた「地の野菜」を守ろうという動きも各地で始まってきています。
食を守るのは、やはり住民や市民が主役でなければいけません。
そのためにも、このテーマは引き続き、サロンで話し合えればと思っています。
話題(問題)提起したい方がいたら、ぜひご連絡ください。

霜里農場の友子さんが完全有機のイチゴとケーキを、柏のすぎのファームの杉野さんがなしジュースと食用ひまわり油とそれを塗って食べるためのフランスパンを持ってきてくれました。
いずれもとてもおいしかったです。
私の味覚はまだ、辛うじて大丈夫かもしれません。

最後にいささかの暴言を。
今回のサロンを聞いていて、私は、日本の政府が、少子化を促進していると改めて感じました。
表面的には、「少子化対策」を表明していますが、実際に行っているのは「少子化推進」ではないのか。
これは少子化に限りません。
認知症の問題にもささやかに関わっていますが、政府は認知症を増やしたいと思っているようにしか思えません。
これはかなりいじけた私の暴言ですが。

■3回目の雪(2019年2月11日)
うっすらとですが、また雪が積もりました。
今年で3回目です。
雪景色は気持ちを浄化してくれます。

■小畑さんのコミュニティハウス構想(2019年2月14日)
小畑さんのライフワークは、もしかした地域に開かれた福祉を意識したシャエアハスを実現することです。
かなり具体的なイメージができてきたというので、これからの進め方を考えようと3人が集まりました。
長年、コレクティブハウスに取り組んでいる関さんと小畑さんと私の3人です。
まあ、3人寄れば文殊の知恵も生まれますので。
話しているといろいろと刺激されます。
まあ次のステップに向けての方法は見えてきました。
もう少し時間がかかりそうなのが、気になりますが、急がば回れかもしれません。
展開が楽しみになってきました。

■アートでまちづくり(2019年2月14日)
我孫子で、アートでまちづくりを模索している林さんが来ました。
林さんは、我孫子まちづくり編集会議のメンバーでもありますが、最近「まちづくり」に関心を高めているのです。
「アート」を少し広義にとらえて、今いろいろと模索中です。

小美玉市の「みの〜れ」を視察したいというので、館長に電話してお願いしました。
林さんは実にフットワークがいいのですが、同時に「ゆったり」と動きます。
その生き方に興味があります。

もう一つ、林さんが取り組んでいるのが「我孫子を歩く会」ですが、議論しているだけではだめなので、3月5日にトライアルすることにしました。
林さんの友人の写真家も巻き込む予定です。

ちなみに関連して「柳兼子を語る会」も検討中です。

■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」(2019年2月16日)
留学生支援企業協力推進協会の太田さんにお願いして「留学生は日本をどう感じているだろうか」というサロンを開催しました。
最初に、太田さんがなぜ留学生支援に取り組んだかという話をされた後、韓国の温ビチャンさんとスリランカのJ.ラッセルさんからお話をお聞きしました。
関心のある人が多いようで、12人の参加者がありました。

留学生のふたりはいずれも、日本に来て、日本が以前より好きになったようですし、日本での留学生活にはあまり不満はないようでした。
ただ、来日前と来日後の印象は大きく変わったようです。

温さんは、学校教育の中で、日本のイメージをつくっていましたので、日本にはあまりいい感じを持っていなかったのですが、日本に来てイメージが変わったといいます。
特に感心したのは、日本では世界中の書物が翻訳されていて図書館でそれが読めるということだったようです。
そこに日本の強さの理由とこれからの可能性を感じたといいます。
これは意外と日本人は認識していないことかもしれません。

ラッセルさんが日本に来たいと思った理由は2つあったそうです。
小さなころから父親が日本をほめていたこととテレビの「おしん」の影響でした。
そこで日本への留学を決めたのですが、来日して、「おしん」の日本との違いに驚いたそうです。
「おしん」の世界はなくなっていましたが、今の日本も生活しやすく、別の意味での日本の良さも実感してもらっているようです。

ふたりとも来日して、日本がますます好きになったそうです。
参加者から、不満はないのかと何回か質問がでましたが、2人とも不満はないといいます。
日本の批判をすることへの遠慮があったのかもしれませんが、基本的には日本のファンになったようです。

ただ、ラッセルさんは今年卒業して日本で就職しますが、昨年の就職活動ではちょっと苦労したようで、その過程でちょっと違った日本も感じているようです。
来年日本で就職予定の温さんがどう感ずるかは興味深いです。

おふたりの話を聞いた後、質疑中心に自由に話し合いました。
家族関係の話、学校教育の話、経済的豊かさと生活の豊かさの話、便利さの話、政治の話…。

韓国は儒教の国であり、スリランカは仏教の国です。
いずれも「家族」を大切にしている国です。
そうした視点からは、どうも日本の「家族」のイメージにはちょっと違和感があるそうです。
スリランカでは、親は子どもの生活への関心が高いようですが、日本の場合、親は子どもの生活にあまり関心がないのではないかとラッセルさんは感じているようです。
コミュニケーションの問題もでました。
ラッセルさんは、日本には自動販売機が多いが、あれも人とのコミュニケーションの機会を奪っているという話をしました。
買い物は、お金の世界と人のつながりを育てる世界をつなげていく場ですが、ラッセルさんの指摘はとても大切な視点を気づかせてくれました。
私はもう長いこと、自動販売機は利用していませんが、コミュニケーションの視点で考えたことはありませんでした。

温さんは韓国の現代の話もしました。
日本人はあまりに現代史に無関心ではないかという指摘とも受け取れます。
温さんは、政治学を専攻されていますので、地政学的な話もされました。
この話は、できれば改めて温さんに頼んでサロンをしてもらいたいと思っています。

プレゼンテーションの仕方や内容も、国柄を感じさせました。
参加者の反応も、日本の実相を感じさせて興味深かったです。

お2人の話を聞いて、私は留学生に見える日本の姿と実際の日本の姿のギャップを感じました。
日本の表層だけではなく、便利さや豊かさや安全さの裏にあるさまざまな問題の現場にも触れる機会を留学生には持ってほしいと思いました。
留学生は、基本的には、学校と住まいとアルバイト職場を通して、日本と触れていますが、概して恵まれた環境で日本と接しています。
留学生ではなく、働きに来ている外国の人たちの話も聞きたくなりました。
どなたかそういう人を紹介してくれないでしょうか。

お2人は、サロンの場ではまだ十分に本音が出せなかったかもしれません。
終了後、有志の人たちと居酒屋で話し合ったそうです。
私は参加できなかったのですが、そこでどんな話が出たか、興味があります。
どなたかよかったら、さしさわりのない範囲で、教えてください。

(2019年2月第1週)
■お墓参り(2019年2月3日)
■縁カフェ失念(2019年2月4日)
■みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラム(2019年2月5日)
■みんなの認知症予防ゲームDVD制作(2019年2月6日)
■山浦さんが湯島に来てくれました(2019年2月6日)
■統治行為論(2019年2月7日)
■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年2月7日)
■雪が積もりました(2019年2月9日)

■お墓参り(2019年2月3日)
妻の月命日だったので、孫もつれて、みんなでお墓に行きました。
新潟からのチューリップも供えてきました。
帰宅後、孫がわが家で豆まきをしてくれました。

■縁カフェ失念(2019年2月4日)
うっかりして恒例の縁カフェなのに完全に失念してしまっていました。
今日は、認知症予防フォーラムの準備委員会を湯島でやったのですが、私は参加しませんでした。
その準備会の時に、2人ほどの方が縁カフェだと思って湯島に来てくださったようです。
誰が来てくれたのかわからないのですが、大変申し訳ないことをしました。

■みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラム(2019年2月5日)
霞が関の衆議院議員会館で、みんなの認知症予防ゲーム体験フォーラムを開催しました。
100人近い方が参加してくださり、80人で一つの輪をつくって、90分のゲーム体験をしました。
今回は実行委員がゲームリーダーの女性が中心だったので、私はあんまり役に立てませんでした。
そのお詫びに、進行役を務めさせてもらいました。



予想もしていなかった方も参加してくださり、とてもいいフォーラムになりました。
これで15年ほど前に約束した東日本でこのゲームを普及させる活動も一段落です。

■みんなの認知症予防ゲームDVD制作(2019年2月6日)
湯島で「みんなの認知症予防ゲーム高林流」のゲーム指導DVDの撮影でした。
私は、様子を見ていればいいと思っていたのですが、厳しい女性ディレクターの指示で、ゲームに参加させられました。
たぶん記録映像には映らないと思いますが、雰囲気づくり要員です。
10時から5時まで酷使されました。
この種のゲームは、私自身は極めて苦手なのです。
こんなはずではなかったのですが、人は突然、不幸に出会うものなのです。
それにしても女性のパワーはすごいです。
今回のゲーム指導をしてくれた高林さんは3日連続です。
しかも私よりも年上です。
DVDは、とてもいいものができそうです。

■山浦さんが湯島に来てくれました(2019年2月6日)
NHKのディレクターの山浦さんが湯島に来ました。
認知症予防ゲームのリーダーメンバーを紹介させてもらいましたが、その後、少し2人で話しました。
今年予定していた憲法問題に番組はどうも難しそうです。

彼が関わった「南米移住50年」の番組について話しました。
番組を見ながら感じていたことが、山浦さんと話して納得できました。

■統治行為論(2019年2月7日)
リンカーンクラブの武田さんが、次の連休、伊豆長岡の温泉宿に一人で行って、「統治行為論」の論考をまとめると聞いたので、その前に少し話したくなり、久しぶりに武田さんと激論しました。
まあこの種の議論を、こんな感じで話し合うようなことは、他の人はまずやらないでしょう。
武田さんの論考がある程度まとまったら、サロンをやることにしました。

■ストーリーテリング協会ミーティング(2019年2月7日)
あまり活動していないストーリーテリング協会ですが、ある商工会から講演の依頼がありました。
理事の吉本さんが対応することになりましたが、これを機会に、また活動を再開できないかと思っています。
何をどうやるかを、現在の3人の理事で話し合いました。
春以降に動き出す予定です。

■雪が積もりました(2019年2月9日)
朝起きたら雪が積もっていました。
寒気が上空を覆っているようです。
雪景色はいつみてもいいものです。




(2019年1月第5週)
■カフェサロン「ケアプランって知っていますか?」(2019年1月27日)
■長引く風邪(2019年1月30日)
■小作人と孫作人(2019年1月30日)
■高林さんのゲーム体験フォーラム実行委員会(2019年1月31日)
■「これからの葬儀について考える検討会」(2019年2月1日)

■カフェサロン「ケアプランって知っていますか?」(2019年1月27日)



全国マイケアプラン・ネットワークは、介護保険のケアプランは自分で考えようという活動に取り組んでいる人たちのグループです。
介護保険発足当初から、制度的にも認められている「ケアプラン」の「自己作成」を提唱してきましたが、なかなか自己作成は広がりません。
行政やケアマネジャーのいう通りに「ケアプラン」をつくり、それに従ってしまう人が多いからです。
なぜなのか。
18年間活動を続けてきた島村さんのお話から、日本の福祉政策の実情や日本人の福祉に対する意識が見えてきます。
島村さんは、また「措置」の時代に戻ってきているような気さえするといいます。
お話を聞いて私の気分はちょっと重くなってしまいました。
なんとかしなければいけません。

そもそも「ケアプラン」の捉え方に問題があるのかもしれません。
介護の世界では、「ケアプラン」というと介護保険の利用計画のことですが、本来はもっと大きな意味で捉えられなければいけません。
それぞれの人本来のケアプラン(ライフプラン)があって、その一部を介護保険制度の利用で対処すると考えるべきでしょうが、なぜか日本では介護保険中心の「ケアプラン」発想が強いのです。
言い換えれば「制度に合わせたケアプラン」ということになりやすい。

島村さんがこうした活動に取り組む契機になったのは、お義父様の介護です。
まだ介護保険制度がなかった時代です。
島村さんは、活用できる地域資源を探しまくったそうです。
そして、地域にはケアに役立つさまざまな地域資源(たとえば、福祉制度はもちろん、病院や福祉施設からコンビニの配食制度やカラオケなどの施設まで)がたくさんあることに気づきます。
人のつながりも大切な地域資源でしょう。
そうした地域の制度・資源をとことん使って誰も犠牲にならない介護を目指したのです。

その後、介護保険制度ができたのですが、まさにそれは島村さんがお義父さんの時に求めていたものと一緒でした。
お義母さんの時の介護は、自らがケアプランを作成し、介護保険制度もうまく活用しての介護に取り組まれたそうです。
独自の工夫も取り込みました。
たとえば、40年間地域で暮らし、井戸端会議を日課としてきた義母の暮らしに合わせて、島村さんは自宅前にベンチを置き近所の人との井戸端会議の場とし、そこで義母流デイサービスを行っていたそうです。
大切なのは、その人らしい暮らしが続けられること。
介護制度の既存サービスになければ創り出せばいい。

しかし、自己選択・自己決定・自己負担という「利用者主体」の介護保険制度は、その後、その内容を進化させてきているのか。
どこか違うものになってきてしまったような気がします。
「ケアプラン」の主役となるはずの「利用者」が、制度のお客様になってしまっていることが、その一因かもしれません。
しかも、その制度は予算の関係で、内容が次第に制約されてきてしまっているのです。
「制度」の枠の中で「ケアプラン」を考えていれば、制度の規模縮小に伴って、ケアも次第に縮小されてしまうことになりかねない。
暮らしを中心に考えていかないと、そういうおかしなことが起こりうる。

介護保険制度は、ケアを支える仕組みの一部でしかないのです。
制度に依存するのではなく、制度を活かしていける自らのケアプラン意識を持つことが、介護保険制度を活かしていく上では不可欠です。
それがないと、「措置される福祉の受益者」に終わってしまいかねません。
制度をよくしていこうという視点は、そこからは生まれにくい。
福祉の実態もよくなっていかない。

自分で、ケアプランを立てることは、暮らしの棚卸作業だといいます。
そして、それに基づいて、自分らしい暮らし方を考えることこと、制度にあてはめられたケアプランではなく自分らしく生きるケアプランが実現できる。
みんながそうやって、自らのケアプランを真剣に考えていかなければ、日本の福祉は「昔のような「措置制度」に戻ってしまいかねない。

私が今回、一番強く感じたことは、そういう危機感でしたが、それに関して詳しく書きすぎてしまいました。

島村さんは、ケアプランの話はもちろん、「自己作成の方法」「マイケアプランを実践するためのヒント」などに関しても、わかりやすく説明してくれました。
実際にケアプランを自己作成してわかったことも、紹介してくれました。
ケアプランに関して、「目から鱗だった」と感想をくれた人もいます。

知っているようで、知らないケアプランに関しては、ぜひ多くの人に、介護に直面する前からきちんと知っておいてほしいと思います。
そうしたことは、全国マイケアプラン・ネットワークの講演会やワークショップにぜひ参加してほしいですし、もし何人かが集まって話を聞きたいといえば、島村さんたちのことですから、きっと話に来てくれるでしょう。
いやそのまえに、全国マイケアプラン・ネットワークのホームページを見てもらえば、たくさんの情報がありますし、ケアプランづくりを支援するツールも紹介されていますので、それを参照してください。
また、サロンの映像記録も後日公開する予定です。

ケアや福祉についてのとても大切な問題提起がたくさん込められていたサロンでした。
そして私たち一人ひとりの生き方への、重い問いかけもあったような気がします。
ほんのごく一部しか、島村さんのメッセージをお伝えできないのが残念です。

■長引く風邪(2019年1月30日)
風邪のような状況がつづいています。
熱もなく、特にこれといった症状はないのですが、なんとなくけだるく、気力が出てこないのです。
それと風邪薬はもう飲んでいませんが、3日ほど飲んだせいか、食欲がないのです。
困ったものですが、無理をせずに流れに任せるしかありません。

それでも自宅に安静していられるわけではなく、湯島に言ったり、何やら悩ましい問題の相談に乗ったり、電話対応したりしていて、中か気分的にはゆったりできません。
ただこの3日ほどは睡眠時間はたっぷりとっています。
たぶん久しぶりによく寝ています。
熟睡という意味ではなく、就寝時間の長さという意味ですが。

友人は、高齢になると発熱する力がなくなるので、熱が出ないのはむしろ危険信号と言います。
熱が出るほどのエネルギーが体力からなくなってきているというのは、いささか残念な話ですが、確かにそうかもしれません。
こうして、生命はまた「大きな生命」に戻っていくのでしょう。

■小作人と孫作人(2019年1月30日)
孫が来ました。
私は風邪気味なので、あまり接点を持たないようにしていますが、私が畑に行けないので、娘と孫に畑に行って水をやってきてと頼みました。
孫の母親である次女は、スペインタイルの仕事があったので、長女のと孫に行ってもらいました。

私は、お天道さまの小作人を辞任していますので、娘も孫もまあ「孫作人」というわけです。
2人は、水をやるご褒美に、ブロッコリーと菜花を収穫してきました。
お天道さまは、誠実に生きる人には必ずご褒美をくれるものです。
孫が畑好きになってくれるといいのですが。
ちなみに娘たちは、あんまり畑好きではありません。

■高林さんのゲーム体験フォーラム実行委員会(2019年1月31日)
2月5日に開催する高林さんの認知症予防ゲームの体験フォーラムの最後の実行委員会でした。
フォーラムチームとDVD制作チームに若手準備に取り組んでいますが、何しろメンバーのほとんどがこれまでのメンバーとは違うので、なかなか思うようにはいきません。
理念を共有できていたさまざまな立場のメンバーが自発的に集まってという、これまでのコムケア型実行委員会ではないので、担当に任せて自由にというわけにもいきません。
私が口を出せば出すほど、何やらややこしくなりかねないので、あまり口を出さずにいますが、メンバーはみんなとてもがんばっているので、いささか心配になるほどです。
それでもみんなの熱意でほぼ準備は完了したようです。
私は、当日の進行役を仰せつかりました。

■「これからの葬儀について考える検討会」(2019年2月1日)
「これからの葬儀について考える検討会」を昼の部と夜の部に分けて開催しました。
僧侶でもある中下さんと一緒にこの半年話し合ってきて、かなりシェアできた構想と具体的な実践計画を紹介し、それを材料に、葬儀などについての話し合いをしました。
あわせて15人の参加者(昼の部は男性、夜の部は女性が多かったです)があり、中には昼と夜いずれも参加してくださった方もいます。

まず、なぜこうしたことを考えるに至ったかの話を私と中下さんから少し話させてもらい、私たちの構想と計画を説明させてもらいました。
2人にとっては、これまでの活動の一つの到達点なのです。
長年墓石のお仕事をされてきている篠田さんも参加してくださったので、お墓の話も出ましたが、参加者の中には「散骨」を考えているという方も少なくありませんでした。
私はそうしたことにこそ、いまの社会の大きな問題があるような気がしました。
この問題は改めてまたサロンをする予定です。
ここからも、いまの社会のあり様や私たちの生き方が見えてくるような気がします。

私たちの思いは、「幸せな葬儀」こそが、ある意味での「福祉」や「豊かな人生」の象徴点だということです。
死に向き合うことを避けていることは、生の問題からも目をそらすことになりかねません。

少なくとも、経済的な理由や忙しさのゆえに、その人らしい葬儀や供養ができないような状況をできるだけなくしていきたいと思っています。
そして、死や葬儀を、単なる人生の通過点にするのではなく、ましてやそうしたものを経済の対象として「消費」する社会のあり方を認めるのではなく、「死」としっかりと向きあうことで、生き方を問い直し、世代を超えた人とのつながりを深めていけないかと考えています。

私たちの話もその後の話し合いも、簡単には紹介できませんが、こういう場がとても大切なのだと改めて考えさせられました。
今回参加できなかった方もいますので、今回のような内容も含めて、これからも「葬儀」や「死」を考える集まりを開催していく予定です。

昨日、話させてもらった構想の中で、「大きな葬式」という捉え方を紹介させてもらいましたが、その簡単なチャートを紹介させてもらいます。
ここに私たちが考えている「死」の捉え方が要約されています。
誤解を恐れずにいえば、葬儀は、生きているときから始まっていて、死んだ後も続いているというのが、私の捉え方です。

「死」は「別れ」の象徴でもありますが、同時に「人をつなげること」の象徴でもあります。
そうした「結び直し」の価値を見直すことによって、バラバラの存在に解体されてしまいつつある現代人の生き方を変えていけるかもしれません。

孤独死は孤独生の結果だと思いますが、孤独死を避けたければ、生き方を変えていく、孤独性に追い込まれるような社会のあり方を変えていくことが大切です。
これは福祉観にもつながります。

中下さんは「葬儀こそ福祉」「逝き方は生き方」と言っています。
私は「生き方は逝き方」「死は人をつないでいく要」と思っています。
しばらくいろんな人たちとの意見交換を重ね、死や葬儀から社会や生き方を見直しながら、「新しい葬儀」への実践へと取り組んでいく予定です。

こんな葬儀を実現したいという方がいたら、ぜひご連絡ください。
何ができるかを一緒に考えさせてもらえるかもしれません。
もちろん、単なる考えるだけの話ではなく、実際の葬儀を前提にしてですが。

(2019年1月第4週)
■我孫子氏市長選挙(2019年1月20日)
■風邪をひいてしまいました(2019年1月21日)
■1日寝ていました(2019年1月22日)
■武田さんとの民主主義論議(2019年1月23日)
■カフェサロン「人を大切にする経営とは」(2019年1月23日)
■柿内さんの「ビジョンとミッション」(2019年1月24日)
■カフェサロン「沖縄の辺野古県民投票を考える」(2019年1月26日)

■我孫子氏市長選挙(2019年1月20日)
地元我孫子市の市長選でした。
今回はいずれにも加担せずに、個人的な視点で投票しました。
投票率は40%を越えましたが、現職当選でした。
新人は心をひくような提案をしませんでしたし、国政に力を頼ったか(利用されたか)したので選挙に新しさを感じられませんでした。
いずれが勝っても、新しい動きを出せればいいのですが、その可能性がほぼゼロの選挙でした。

■風邪をひいてしまいました(2019年1月21日)
雨がまったくと言っていいほど降らずに、かなりの乾燥状況です。
そのせいか、2度をやられてしまったようであんまり調子がよくwりません。
乾燥が進むと畑の野菜もよくありません。
娘に手伝ってもらって、ビニールハウスを手作りしました。
ついでになやら土に呼び寄せられたような気がして、鍬で土を耕しました。
その重労働が帰宅後どっと出てしまい、風邪の症状がはっきりしてきました。
年寄りの冷や水とはこのことです。
8時に就寝しました。

■1日寝ていました(2019年1月22日)
軽く見ていたのですが、風邪が治らず今日は1日寝ていました。
こんなことは久しぶりです。
それに足がふらつくのです。
今朝も廊下で転んで階段に頭をぶつけてしまいました。
テレビでは、電車のホームから降ら伝手転落した死んでしまった若い女性がインフルエンザだったと報道していました。
注意しないと大変なことになりそうです。
しかし、熱はあまり出ないので、私の場合はインフルエンザではなさそうです。
しかし大事をとってほとんどの予定をキャンセルしました。

■武田さんとの民主主義論議(2019年1月23日)
キャンセルした予定の武田さんが湯島に来ました。
一昨日かなり厳しい言い争いがあったので、今日は来ないだろうと思っていましたが、なぜか
来ました。
電話がかかってきたので、見舞いを持ってくるように頼んだら、イチゴを焼き芋を持ってきました。
イチゴはワンンパック食べてしまいましたが元気は出てきません。
議論はやめようと思っていましたが、やってしまいました。
「統治権」と「統治行為論」です。
砂川判決で可視化されてしまった、統治権の存在は、政治というよりも国家論の話かもしれません。
いま武田さんが執筆中ですが、またきっと読まされるのでしょう。
イチゴを食べてしまったので、読まないわけにはいきません。

■カフェサロン「人を大切にする経営とは」(2019年1月23日)
個人と組織の関係をテーマにしたサロンは、坂本研究室で長年調査活動に関わっていた桝谷さんに「人を大切にする経営」をテーマにお話しいただきました。
桝谷さんの誠実さがあふれるようなサロンでした(この表現は参加者の杉本泰治さんの言葉です)。
桝谷さんは、3つの代表的な企業の話をしてくれた上で、「経営とは〈やり方〉ではなく〈あり方〉だ」といいます。
そして、「会社は、関わる全ての人の永遠の幸せを追求するためにある」というのです。

〈やり方〉ではなく〈あり方〉。
「人と会社」あるいは「人と人」の関わり方のなかにこそ、経営の本質が見えてくる。
小手先の技術ではなく、会社そのものの現実にこそ経営があらわれている、ということでしょう。
私もいくつかの会社の経営に関わらせてもらってきましたが、会社というのは、現場で働いている人たちの表情をしっかりとみていれば、ほぼすべてのことがわかります。
有価証券報告書などの資料や雑誌や新聞などの紹介記事からはなかなか見えてきません。

桝谷さんはまた〈需要〉と〈供給〉に関して興味ある指摘をしました。
ケインズ流にのっとった一般の経営の考え方では「企業の成長は貨幣的な裏付けのある〈有効需要〉」を獲得することを目指すが、いい会社の共通項は「〈供給〉を重視している」というのです。
つまり、顧客が欲しがるいい製品・いいサービスといった〈有効な供給〉を作り出せば顧客は必ず見つかるというのです。
この発想の違いを、改めてしっかりと考えることはとても大切のような気がします。

桝谷さんは、企業とは5つの業からなる生命体だといいます。
「環境適応業」「市場創造業」「幸せ創造業」「人財育成業」「社会貢献業」。
ちょっと未整理な気もしますが、いずれにしろ企業はさまざまな顔を思っています。
経済的機関であるととも、社会的機関・文化的機関であることは間違いない事実です。
少なくとも会社が生み出しているのは経済的な金銭利益だけではないことは大切な視点です。
そしてさらに言えば、多くの人間がそこで多くの時間を過ごす場でもあります。
そうした企業の持つ多義性をもっと重視していくことはますます大切になっていくはずです。

「新しい経営のモノサシ」につなげて、「人を大切にする経営学会」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などの紹介の後、桝谷さんは「人を大切にする経営」を広めることは、人々の幸せを作り出し成熟した日本へ向かっていくための推進力になるはずだと締めくくりました。
いろんな意味で共感します。

ところで、「人を大切にする経営」とが話題になるのは、現在の会社経営においては人があまり大切にされていないことを示唆しているといってもいいでしょう。
さらにいえば、人を大切にしなくても成り立つ経営があるということです。
ほとんどの人はそんなことに疑問を持たないかもしれません。
しかし、組織の主役は常に人です。
人の力を活かしていくための制度が会社であるならば、経営の基本は本来、人を活かすということ、つまり〈大切〉にするということです。
実はこの問題は、「経営」とは何か「会社」とは何かにつながっていくのです。
今回は、そこまでは議論は進みませんでしたが、今回の桝谷さんのお話をベースに、そのパート2として、そのあたりの議論を深めるサロンしてみようかと思います。
話したい方がいたらご連絡ください。

今回のサロンも、桝谷さんと近藤さんの協力を得て、公開させてもらうことにしました。
https://youtu.be/Etau9Pnvz5M

■柿内さんの「ビジョンとミッション」(2019年1月24日)
柿内さんと「ビジョンとミッション」についての意見交換をしました。
柿内さんの取り組んでいる「カイゼン」プロジェクトに関しても、少しだけ意見を話させてもらいました。
柿内さんの生き方にもかなり興味がありますが、現場起点で誠実に取り組んでいると視界が急に開けて世界と未来が見えてくることがとてもよくわかります。
理論だけで考えている人にはまったく見えないものが見えてくるのでしょう。
柿内さんの誠実さにはいつも感心させられます。

■カフェサロン「沖縄の辺野古県民投票を考える」(2019年1月26日)
沖縄県民投票を材料にしたサロンは、5人の集まりになりました。
県民投票にしても、辺野古問題にしても、もっとたくさんの人が集まると期待していましたが、結局はいつもの常連のメンバーでした。
風邪気味で体調がよくなかったのですが、関心を持っている人があまりに少ないことを知って、一挙に風邪が悪化してしまった気がします。
以来、まだ立ち直れていません。
困ったものです。

沖縄住民投票に関しては、添付の新聞記事を読んでもらいそれに関しての意見交換をしたかったのですが、これもあんまり盛り上がりませんでした。
私の気になった点を紹介しておきます。

・投票すること自体への住民の不安が大きいことに問題の本質があるのではないか。
・考えていることで差別される社会の未熟さが相変わらず変わっていない。
・国と都道府県と基礎自治体という3つの政府の関係の複雑さに何かが隠されてしまっている。
・基地問題より「お金を福祉に回した方がよい」という民の福祉観への疑問。
・辺野古以外でもいろいろと基地をめぐる問題が起こっているが、それさえも分断されている。
・県民投票結果が無視されるということへのあきらめ(行政への不信感)。
・県民投票結果は工事に関して全く『影響はない』と言い切る政府官房長官の異常さ。
・生活と政治とは別物という政治観の広がり。
・この問題は沖縄だけではなく全国で国民投票すべきではないか。

それに合わせて、こうしたことから見えてくる「統治権」と「統治行為」の関係も問題提起させてもらいました。
しかしこれも不発に終わったので、これに関しては改めてサロンを開催したいと思います。
国民主権である以上、統治権と国民意思をしっかりとつなぐ仕組みがなければいけませんが、国民意思を代表することになっている「国会」には統治権はありません。
あるのは「立法権」です。
ではだれに統治権はあるのか。
そのあたりが見えなくなっているところに大きな問題がありますが、誰も大きな問題にしません。
最近は米軍こそがかつての天皇に代わっての統治者ではないかという話が出てきていますが、統治者が見えない状況での政治は気持ちがよくありません。
そろそろ「政治のパラダイム」を変えなくてはいけません。
しかし、統治者への関心は今回の参加者にはあまりありませんでした。

というわけで、今回のサロンは「不発」に終わりました。
体調を整えて、リベンジしたいと思っています。

ちなみまた、辺野古では新たな埋め立てが始まりました。
辺野に新基地は多分完成しないでしょうが、残念なことに環境破壊は修復できません。
後悔はいつも先に立ちません。



(2019年1月第3週)
■パソコン回復(2019年1月13日)
■新しい葬儀を考える(2019年1月14日)
■カフェサロン「対話で感得するインド占星術」(2019年1月17日)
■カフェサロン「坊言サロン」(2019年1月19日)

■パソコン回復(2019年1月13日)
坂谷さんがまた来てくれてパソコン修理の仕上げをしてくれました。
機能的には完全に回復しました。
しかしどうもまだ以前のパソコンのような気がしないのです。
困ったものですがやはり精神的にちょっと傷ついてしまった気がします。
まあ少しずつ慣れていくでしょう。

■新しい葬儀を考える(2019年1月14日)
中下さんとまたミーティングをしました。
大きな方針はほぼ固まりましたが、何回も会っているとやはり思考の違いなどが見えてきます。
そろそろ開いた場での話し合いに持っていこうということになりました。
2月1日に開催します。

中下さんから、死、葬式、看取りのなどに関する本を4冊借りました。
4冊ともすぐに読みましたが、やはりまだなじめないところがあります。
でもまあここまで来たら動きだないといけません。
最初の集まりの案内を「お知らせ」に書きました。
関心をお持ちの方はご参加ください。

■カフェサロン「対話で感得するインド占星術」(2019年1月17日)
ヴェーダ占星術師のKishori(千葉和江)さんにお願いした「インド占星術」のサロンを、2回にわたって開催してもらいましたが、合計で25人を超える参加者がありました。
インド占星術への関心の高さに驚きました。
私はいずれにも参加しましたが、全く違った雰囲気のサロンになりました。
もちろん基本となるヴェーダの話は共通していましたが、参加者と一緒に場を創り出すというKishoriさんのおかげで、私にはまったくと言っていいほど違ったサロンでした。

1回目のサロンでは、ヴェーダそのものに関する疑問から始まったために、なかなかヴェーダの中身にはたどりつけませんでしたが、Kishoriさんによれば、それもまた必然的なことだったのかもしれません。
参加者のおひとりも同じような感想を送ってきてくれました。
2回目のサロンでは、ヴェーダの内容を中心に、魂の精神世界と心身の物質世界を分けて、とても具体的に、ヴェーダの世界観や死生観を話してくれました。
2回目のサロンでも終了後、Kishoriさんのセッションに以前から参加されている方が、Kishoriさんと参加者とのやり取りで理解が深まったといってくださいましたが、話し合うことの大切さを改めて感じさせてもらいました。

いずれの回でも、Kishoriさんはヴェーダとは「生きる知恵」「人類の操作マニュアルのようなもの」と最初に話されました。
大きな違いは、2回目は、最初にヴェーダの聖典の一つのサンスクリット版の「バガヴァッド・ギータ」の一節をKishoriさんが朗誦することから始めたことです。
その朗誦で、場の雰囲気が変わりました。
ヴェーダの前提には、魂の存在がありますが、「魂」の話も素直に聞ける状況が生まれたのです。
音(波動)の持つ大きな力を感じました。

Kishoriさんのお話をきわめて簡単にまとめると、私たちは、宇宙に遍満する「大きな魂」から生まれた「小さな魂」が、心と体という衣服を装った存在であり、それが故に、「間違い」や「幻想」から自由になれず、他者をだます傾向を持ち、感覚も不安定になってしまう、そこから解放されるための知恵がヴェーダにはある、というのです。
私の勝手な要約ですので、いささかの不正確さはお許しください。

ヴェーダの世界では、人の根源のことを知りたかったらヴェーダに聞け、という言葉もあるそうです。
どうしたら生きやすくなるか。
そこから、カルマ(因果)や輪廻、集合意識や阿頼耶識、死の意味、人の成長(人間存在の4段階)、徳と愛などの話題も出ました。
もちろん占星術、ホロスコープの話も出ました。

中途半端な報告は誤解を招きそうなので、私からの報告はこれでやめますが、Kishoriさんはご自分でのセッションも開いていますので、ヴェーダやホロスコープに関心のある方はKishoriさんにアクセスしてください。
Kishoriさんのフェイスブックは次にあります。
https://www.facebook.com/kishori.dasijapan

湯島のサロンでは、アーユルヴェーダのお話をしてもらったことがありますが、ヴェーダそのもののサロンは初めてです。
ヴェーダは宗教的な側面と哲学的な側面を持っていますが、哲学というと私たちはついつい古代ギリシアを思い出します。
しかし、インドのヴェーダには、神話的な人間的要素があって、それよりも古層の哲学を感じます。
死や生を考える、いろんな材料があったような気がします。

Kishoriさんは、とてもいいサロンだったので、また話をしたいとおっしゃってくれました。
ヴェーダ占星術師のKishoriさんの使命は、大きな魂(バガヴァン/クリシュナ)の知恵を多くの人に広げていくことなのだそうです。
そして他者にできるだけ喜んでもらう。
Kishoriさんは、毎回、手づくりのお菓子を参加者のために持ってきてくださいました。
そしてどんなぶしつけな質問にも、笑みを絶やさずに、応じてくれました。
毎年、3か月ほど、インドの聖地ヴリンダーヴァンで、魂を浄化しているからでしょうか。
私は、そこにヴェーダの本質を感じました。

■カフェサロン「坊言サロン」(2019年1月19日)
お寺の掲示板に書かれている「言葉」(それを西坂さんは「坊言」と命名しました)を話題にする「坊言サロン」は、意外なことに私を入れて4人のこじんまりしたサロンになりました。
しかし、そのおかげでいつもとは違って、じっくりと話し合えました(かなり脱線はしましたが)。
もう一つ意外だったのは、「坊言」メッセージを掲示しているお寺は多くないということです。
私も、自分の菩提寺も含めて、4つのお寺を回りましたが、メッセージを出していたお寺はありませんでした。

最初に西坂さんから、本で紹介された「坊言」を中心に、「坊言」を出したご住職の想いなどの紹介がありました。
またどうして西坂さんが「坊言」コレクションを始めたのか、そしてそこから何を感じたかなどのお話もしてもらいました。
「坊言」からお寺の実情や世相が見えてくるなどとは言いませんが、そうしたことを考える材料はいくつかあったように思います。

西坂さんによれば、人間関係に関する「坊言」が多いようですが、参加者が共感した「坊言」を2つ紹介します。

「一人でいると孤独感 二人でいると劣等感 三人でいると疎外感」
これは広島県福山市の光林寺の掲示物にあったものですが、実にうなづけます。

もう一つ、
「仲間を作ることは 必ず仲間外れを作ることであります(玉光順正)」
これは、本明寺(東京都墨田区)にあったものだそうですが、玉光順正さんの言葉のようです。

西坂さんのコレクションではありませんが、今回参加できなかった方から寄せられた「坊言」も話題になりました。
「隣のレジは早い」
遠州、森の自得院にあったものだそうです。

ほかにも、西坂さんからいろんな「坊言」のお話がありましたが、考えさせられるも、笑えてしまうものも、誤解しそうなものも、いろいろとありました。
キリスト教の教会にも、箴言が掲示されていることは多いですが、そうしたものに比べると実に人間的で、心にひびいてきます。
最近では、生活とお寺の距離は少し遠くなってしまいましたが、お寺と生活をつなぐとてもいいメディアのような気がしてきました。
昔は、こうしたお寺の「坊言」が、地域社会の住む人たちに大きな影響を与えていたのかもしれません。

最近のお寺は、こういうところに力を入れる余裕がなくなってきているのかもしれません。
でもせっかくの「屋外広告板」を活かしていないのはちょっともったいないなと思いました。

もしお近くで、ちょっと気になる「坊言」に出会ったら、坊言集「きみはそのままでいいんじゃないか」の著者の西坂さんにぜひ連絡してやってください。



(2019年1月第2週)

■新年おまけサロン(2019年1月7日)
■「幸せな死」を目指しての葬儀社構想(2019年1月8日)
■認知症予防ゲームの公開フォーラム実行委員会(2019年1月8日)
■文化やアートの視点で我孫子を考える(2019年1月11日)
■第1回ヴェーダ占星術サロン(2019年1月11日)

■新年おまけサロン(2019年1月7日)
今年初めての湯島のサロンは8人の参加でしたが、発酵ソムリエ、巡礼者、デザイナー、ハープニスト、声楽家,ジャズピアニスト、ネット非汚染者、ネット依存症と多様でした。
ちなみに最後のネット依存症は私のことで、一昨日、自分がそうだと気付いて落ち込んでいます。
ネットはやらないという方も、参加してくださいましたが、見習わなければいけません。
4時間半のサロンでは、いろんな話が出ましたが、「第九」の話と肺の構造の話と発酵の話が記憶に残っています。
珈琲は宮田さんから送ってもらったエチオピアのモカでした。

ちょっとだけ元気が出ました。



■「幸せな死」を目指しての葬儀社構想(2019年1月8日)
今年、一緒に「葬儀事業」を立ち上げようと相談している中下さんと湯島で会いました。
年が明けてから連絡が全くなかったので、過労死しているのではないかといささか心配になっていました。
冬季は死が増えてくるのと、年末年始の炊き出しや路上でのホームレス支援の見回りでたぶん中下さんはあんまり寝ずに働いているはずです。
若いのでどうしても無理をしてしまうので、いささか心配です。
幸いに前日に連絡着いたので、予定通り会うことができました。
私よりもずっと元気そうでしたが、これが危ないのです。

中下さんと考えているのは、「幸せな死」を実現できるような葬送事業です。
中下さんは「逝き方は生き方」と言っています。
私は「生き方は逝き方」だと思っています。
視点は違いますが、同じ考えです。
問題はそれをどう具現化するかです。
中下さんはこれまでボランティア的に、こうした思いを実現するために取り組んできましたが、あまりに思いが強いためか、逆に他者に悪用されてきた経験が多そうです。
ネットワークづくりをしたり、組織に働きかけたりしてきたようですが、たぶん若さもあって、利用されることが多かったのでしょう。
そういう純粋な中下さんを失望させるわけにはいきません。
なんとか彼の思いの一助になれればと思っていますが、中下さんは逆に私の思いを何とか支援したいと思ってくれているのです。
その私の思いは、実のところ15年ほど前に一度潰え去っているのですが。

中下さんと会うと、少し鼓舞されて前に進もうというと気になります。
今回の話し合いで、これまで個人活動的にやってきたコムケアセンターを法人化しようと決意しました。
登記手続きなどは自分でやろうかと思います。
さて昔のように動けるでしょうか。
いささか気が重いですが。

■認知症予防ゲームの公開フォーラム実行委員会(2019年1月8日)
2月5日に開催する「認知症予防ゲーム公開フォーラム」の実行委員会を開きました。
今回は出来るだけ口を出さないで進めてけるように考えているのですが、メンバーのほとんどは女性ですので(男性は私と加納さんだけ)、その進め方がどうしようもなくストレスフルなので、今回はついつい話しあいをリードしてしまいました。
なんとか大枠は決まりましたが、やはり女性中心の組織には私はなじめないようです。

このフォーラムやDVD制作を提案してしまったことを心から後悔しています。
今年は、できるだけ余計なことにコミットせずにいようと改めて思います。

ちなみにこのフォーラムはたくさんの人に参加してほしいです。
案内チラシを添付しておきます。

■文化やアートの視点で我孫子を考える
(2019年1月11日)
我孫子まちづくり編集会議の派生活動として、我孫子を文化やアートの視点で考えていく集まりのゆるやかなキックオフミーティングを開きました。
最初は柳兼子の研究をしている海津さんとアートを活かしたまちづくりに関心を持っている林さんとの小さなミーティングを予定していましたが、海津さんの声掛けで、鈴木さんと浜崎さんが参加してくれました。
話はいろいろと飛んでしまいましたが、2月から「柳兼子の勉強会」と「写真家を巻き込んだ我孫子歩き」を始めることにしました。
さてさてどうなりますか。
どこかでまちづくり編集会議のワークショップにつなげていければと思います。
参加ご希望の方はご連絡ください。
必ずしも行政区としての我孫子にはこだわっていません。

■第1回ヴェーダ占星術サロン(2019年1月12日)
ヴェーダ占星術師のKazue Kishori Chibaさんにお願いしたインド占星術の第1回目のサロンを開催しました。
ヴェーダはインド古来の知恵ですが、Kishoriさんは「生きる知恵」だと話してくれました。
「占星術」というと「占い」のような感じがしますが、「生きる知恵」が身につけば、過去も未来も見えてくるのがヴェーダの知恵なのかもしれません。
今回は、そうした「知恵」と「知識」の混同が参加者の中にあって、本論に入る前の質疑応答が少し多すぎてしまったのが残念でしたが、それでも多くのことを気づかせてもらえました。
このサロンのために、わざわざ富山から出てきた人もいて、その人は終わった後、来てよかったと言ってくれました。
1月17日(14時〜16時)に第2回目を開催します。
ヴェーダ占星術を知りたいという方は是非ご参加ください。
1回目に参加した方も参加されなかった方も、いずれも歓迎です。
単なる知識だけではなく、インドの聖地ブリンダーヴァンで1年の1/4を過ごしているKishoriさんの人柄に触れるだけでも、ヴェーダを感じられるかもしれません。
サロンの内容の報告は、2回目が終わった後、まとめて報告させてもらいます。



(2019年1月第1週)

■例年のような元日(2019年1月1日)
■何もしない1週間(2019年1月6日)

■例年のような元日(2019年1月1日)
屋上から初日の出を見ました。
雲のために日の出が見られたのは10分ほどたってからでしたが、ここに転居してきてから見られなかったことはたぶん一度もありません。
年の始まりはいつも太陽とともにあったということです。
今年はいい年になるはずなのですが、いつものような元気をなぜか初日からもらえませんでした。

■何もしない1週間(2019年1月6日)
初日の出を見た後。近くに住んでいる娘家族と合流して、子の神様に初詣しました。
その後、みんなでお墓にあいさつに行きました。
お墓の掃除は昨日すませていたので、今日はお参りだけです。
みんなでわが家に戻り、娘の用意してくれたおせち料理で祝いました。
今年は娘が節約意識が強く、目玉料理のない、質素なおせちでしたが、私にはどうもこの方が似合います。
あたたかな元日でした。

まあここまでは例年と同じ年始めでしたが、その後1週間、何もしないで過ごしました。
どうも気分が動こうとしなかったからです。
ちょっと出かけたり、5日には坂谷さんがパソコンの修理に来てくださったりしましたが、ほとんどを自分一人で過ごした孤独なお正月でした。
年々、こうなってきていますが、これほど引きこもっていたのはたぶん妻を見送った翌年のお正月くらいかもしれません。

引きこもるとますます気分は孤独になり、気力が出てきません。
畑にも行ってみて、鍬をいれて土を耕したりしましたが、変化なし。
困ったものです。
本当に今年は「いい歳」になるのかどうか、いささか心配です。