活動記録2012

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(2012年12月第4週)
■整体院に通うことにしました(2012年12月25日)
■久しぶりの棚沢さん(2012年12月26日)
■山城経営研究所の西田さん(2012年12月26日)
■一日一食主義の鈴木章弘さん(2012年12月26日)
■ネットワークささえあいのこれから(2012年12月28日)
■かんき出版の藤原さん(2012年12月28日)
■思いつきサロン(2012年12月28日)
■大掃除(2012年12月29日)
■「まちづくり編集会議」が我孫子で2冊売れました(2012年12月30日)
■東尋坊から「わたしの気もち」という餅が届きました(2012年12月30日)
■大晦日の天気はあまりよくありませんでした(2012年12月31日)

■整体院に通うことにしました(2012年12月25日)
我孫子駅前に整体院ができました。
娘たちから勧められて行って来ました。
3人の若者たちがやっています。
特にどこが悪いということはないのですが、みんながんばっているのでしばらく通うことにしました。

■久しぶりの棚沢さん(2012年12月26日)
久しぶりにエレガンスの棚沢さんを訪問しました。
会社を息子さんに譲り、今年から会長職です。
以前訪問したのは、もうかなり前ですが、棚沢さんの部屋は全く変わっていませんでした。
どうみても女性の部屋です。

実はある相談に行ったのですが、その話は10分くらいで終了し、後はいろいろと四方山話(でもないのですが、一応)でした。
私たち2人の共通の世界は、経営道フォーラムと日本経営道協会です。
自然とそれに関連した話になってしまいました。
こうしてゆっくりと2人だけで経営道の話をするのは、初めてかもしれません。
棚沢さんの経営観も初めてお聞きしました。
とても納得できます。
それに、思っていた以上に、考えが似ていました。
いろんな誤解もあったかもしれませんが、すっきりしました。

気がついたら、すっかり長居してしまいました。
お互い、10年以上、話をしていなかったかもしれませんが、まあそのせいで話がいろいろと際限なく続いてしまったわけです。
しかし、棚沢さんと話していると元気が出てきます。

■山城経営研究所の西田さん(2012年12月26日)
先週書いた堀越さんとの話がきっかけになって、西田さんが湯島に来ました。
経営道フォーラムについて、いろいろと意見交換させてもらいました。
西田さんのご意向をいろいろとお聞きしましたが、
共感できるとともに、実際の経営責任者の大変さを少し感じました。

さて私としては、これからどうしようか、迷うところです。
波長が必ずしも合わないので、身を引いたほうがいいように思ったりしています。

■一日一食主義の鈴木章弘さん(2012年12月26日)
鈴木章弘さんは不思議な人です。
ほぼ定期的に、はがきが届きます。
とても丁寧に書いてあって、人柄が伝わってきます。
私は手紙を書くのを止めてから、もう久しいのですが、鈴木さんは万年筆で手紙を書くのが好きなのです。
手紙だけでは物足りないので、湯島に来るように言うのですが、なかなか来てくれません。
まあ今年も年末に来てくれて、うれしいことです。
草大福を持ってきてくれました。

鈴木さんはしばらく前から一日一食主義なのです。
それがとても良いと言っていましたが、元気そうでした。
それに朝は毎日、出社前にスタバで読書をしているのです。
鈴木さんは「栄養と料理」の副編集長です。
時々その雑誌に鈴木さん好みの記事が載りますが、それは大体において鈴木さんが関わっています。

今回は「食とスピリチュアリティ」の話題が一番面白かったです。
鈴木さんは、なぜか私がむかし、宇宙人に誘拐されたことがあることを知っているのです。
ちなみに私にはその記憶はありませんが、まあ宇宙人ですから、記憶を消すのは簡単でしょう。
困ったものです。

■ネットワークささえあいのこれから(2012年12月28日)
自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあいをこれからどう展開していくかについて、事務局長の福山さんと話しました。
お互いに時間が合わずに、なかなか話す時間がないのです。
それに加えて、私のモチベーションが大きく低下しているのと福山さんの大学の仕事が超多忙になっているため、なかなか動きをつくれずにいるのです。
しかし、その一方で、2人ともこのままではいけないという思いがあります。
私自身は、これまでも書いていますが、そもそも「自殺防止」という言葉やそうした取り組みに大きな違和感があります。
ましてや、最近、年間自殺者が3万人をきるところまできた、などと政府まで言うようになると、そんな数字の問題として捉えているのかと蹴飛ばしたくなります。
無駄な税金を使って、有名人の講演会をやって、自殺防止活動だと思っている行政の人も腹立たしいです。

自死遺族の方がチラッとつぶやいていた言葉が耳を離れません。
自殺をテーマにした集まりで講演してお金をもらうことが、どうも心に引っかかると。
そんなこともあって、最近どうも気があがらないのです。

そうは言いながらもいくつかの取り組みを年明け後、始めることにしました。
また毎月のフォワードカフェも継続します。
できれば春に各地で地道な取り組みをしている人たちのラウンドテーブルももてないかと思っています。

■かんき出版の藤原さん(2012年12月28日)
先月、突然の胃腸炎で約束をキャンセルさせてもらった藤原さんのことを思い出しました。
それで声をかけたら湯島に来てくれました。
前回は藤原さんが構想した東北被災地支援プロジェクトの相談だったのですが、そちらのほうはすでに決着していました。
代わりに、最近藤原さんが関わった「リスク・マネジメント」の本の紹介とその著者の武井勲さんのメッセージを広く社会に伝えるための協力を頼まれました。

リスク・マネジメントに関しては、私も少しだけ意見があります。
日本の企業のリスク・マネジメント活動はみんな間違っていると思っています。
それが証拠に、福島原発事故にしても、笹子トンネル事故にしても、基本ができていません。
その延長でいくら議論しても無駄だと思うのですが、藤原さんによれば、武井さんやその著書は違うというのです。
読んでみなければわかりませんが、厚い本なので読むのは躊躇します。
ただその本を佐々淳行さんが推薦しているので、まあ少し信頼する価値はあります。
佐々さんの危機管理論は、私が読む限りでは信頼できたからです。
しかし、リスク社会を必ずしも展望していませんから、まあ従来の議論です。
しかし日本の企業は、その従来理論さえ学ぼうとしていませんでした。
ですから本書は読む価値はあるでしょう。
そんなわけで、少し迷いはありますが、紹介していこうと思います。
ご関心があれば、藤原さんを紹介しますので、ご連絡ください。

■思いつきサロン(2012年12月28日)
毎月最後の金曜日はオープンサロンですが、12月はやったり休んだりでした。
今年は中止するつもりでしたが、湯島に出ていたので、思いついて3時から5時のデイタイムサロンをすることにしました。
それで午前中にフェイスブックでその旨書き込み、よほど暇な人はどうぞと呼びかけました。
誰もこなくてもおかしくないと思っていましたが、数名に人が来てくれました。
最初に来たのは、小林貴博さんです。そういえば最近お会いしていませんでした。以前はサロンの常連の一人で、いつもライブな情報を提供してくれていました。
そして立柳さん。先日、福島の放射線汚染の実情の話をしてくださった福島医大の先生です。
今回もまたそうした話題が出ましたが、もっともっと立柳さんの話はみんなに聞いてほしいです。
つづいて鷹取さんがやってきました。鷹取さんは、いつも飄々とやってきますが、実に不思議な人です。明日は第九を歌いに三越に行くといっていました。
一部をご披露してくれましたが、魅惑的な声です。
フェイスブックにいち早く反応してくれた吉本さんも来ました。
最近、杉並で1年2組というプロジェクトを起こしているのですが、その話をしてもらおうと思いながら、原発や政治の話題のほうへとどうしても引き寄せられてしまい、聞きそこないました。
そして大島要さん。いやうれしい参加者です。大島さんとはどういう縁でお会いしたのか、あんまり記憶にないのですが、なぜか心に引っかかっている人です。
黒岩比沙子さんの最後の講演会に確か和服で来ていた記憶がありますが、それがなぜか印象に強く残っています。
ところが、私のその記憶は間違っていたことを指摘されて、愕然としました。
その話はまたいつか。
福山さんと藤原さんも参加したので、それなりににぎやかなサロンになりました。
思いつきで呼びかけたのはよかったです。
昔のオープンサロンの雰囲気を思い出すようなサロンになりました。

■大掃除(2012年12月29日)
わが家の大掃除を始めました。
娘の指示に従っての下働きですが、私も娘も持続力が欠落しているので、途中でやめてしまいがちです。
今日から大晦日まで少しずつ取り掛かります。
もっとも私自身の仕事場はこの数年、掃除を最後までしたことがありません。
今年もどうもそこまではいきそうもありません。
困ったものです。

■「まちづくり編集会議」が我孫子で2冊売れました(2012年12月30日)
小美玉市の文化センターに関わる人たちと一緒につくった「まちづくり編集会議」(日本地域社会研究所出版)の本の紹介をしたところ、地元の我孫子市の人から2冊、注文がありました。
驚いたことに、すでに購入して読んでいた人までいました。
副市長からも購入したいと連絡がありましたが、贈呈する予定だったのですが、選挙などで届けるのを差し控えていました。
年明けに届けようと思います。
今日は、大掃除の合間に購入者のお一人とお会いしました。
長年、我孫子市の市議会を傍聴している横手さんです。
議会傍聴からはさまざまな事が見えてくると思いますが、その一端を聞かせてもらいました。
こういう話をもっと広く住民に知らせる仕組みがあるといいと、いつも思います。

ちなみに、我孫子市でも文化センター建設運動の動きがあるようです。
文化のないところでは、まずは建物づくりを目指すのは、どこも一緒です。

■東尋坊から「わたしの気もち」という餅が届きました(2012年12月30日)
東尋坊で自殺防止活動に長年取り組んでいる茂さんと川越さんから、美味しいお持ちが届きました。
毎年、この時期に、みんなでたくさんのお餅をついて、私にまで送ってきてくれるのです。
その餅のなまえが、『わたしの「気」もち』です。
たぶん茂さんの命名でしょう。
茂さんは、こういう言葉づかいが大好きなのです。
しかし、今年は後半、私自身は活動を少しさぼりがちでした。
お餅を食べながら反省しました。

お餅と言えば、高須さんのお母さんからも送られてきました。
敦賀からも、鏡餅を送ろうかと電話がありました。
わが家は、こうして今年もみんなの善意に支えられて無事、年を越せそうです。
しかし来年は少しお金をもらう仕事をしようと思っています。
いつもいつもみんなの善意に依存していてはいけません。
しかし、私は善意を施すよりも、善意を施されるほうが、最近は好きになってきました。
実に困ったものです。

■大晦日の天気はあまりよくありませんでした(2012年12月31日)
大晦日は曇天でした。
午前中は、ある事件のおかげで、急に映画「マトリックス」を観たくなってしまい、大掃除をさぼってDVDを見てしまいました。
幸か不幸か娘は、年賀状の印刷がうまくいかずに、パソコンとにらめっこをしていたので、私はこっそりDVDが観られたわけです。
昼過ぎに次女夫婦が来たので、一緒にお墓の掃除に行きました。
午後は、大掃除の続きでしたが、なにか気が抜けてのんびりしてしまいました。
緊張感のない大晦日です。
ホームページの更新をしないといけないのですが、最近どうも面倒くさくなってしまっています。
それに、このホームページは行き当たりばったりで継ぎ足ししているので、わけがわからない構造になってしまっています。
困ったものです。
しかも、私のパソコンは10年以上使っているので、調子もあまりよくありません。
来年こそは買い換えようと思います。

夜、また次女夫婦が来ました。
エヴィーバ(イタリアン・レストラン)をやっている峰行が、毎年、美味しい年越し蕎麦をつくってくれて、それをみんなで食べることになっているのです。

今年は、いろいろあって、散々な年でしたが、まあおかげさまで元気に年越しです。
来年は、間違いなく今年よりは良い年になるでしょう。
みなさんにも、たくさんの良いことがまわってきますように。
除夜の鐘がなりだしました。

(2012年12月第3週)
ようやく生活が正常化に向かいだしました。
■金田さんの挑戦(2012年12月17日)
■深作さんの活躍(2012年12月17日)
■金ヌリさんの義理堅さ(2012年12月17日)
■チビ太のがんばり(2012年12月18日)
■企業経営者の夢―わくわくエンジン(2012年12月19日)
■堀越さんの悩み(2012年12月19日)
■悪がきたちの能天気さ(2012年12月19日)
■娘の退院(2012年12月20日)
■パーソナルパーソンズ始動(2012年12月21日)

■金田さんの挑戦(2012年12月17日)
新潟の金田さんが湯島に寄ってくれました。
新潟水辺の会の活動とネットワークささえあい・新潟の活動の話を聞かせてもらいました。
水辺の会の活動では、私は信濃川に鮭を遡上させるプロジェクトにささやかに関わらせてもらっています。
今年は鮭の遡上も増えているようです。
ネットワークささえあい・新潟は今年から始動した活動です。
自殺のない社会づくりネットワークの地域活動のひとつですが、行政などとのネットワークも育ってきています。
来年からはいよいよ具体的な活動に入れそうです。
来年は金田さんの挑戦の年になりそうですが、私も応援していきたいと思います。

■深作さんの活躍(2012年12月17日)
青森の弘前大学の深作拓郎さんが久しぶりにやってきました。
深作さんとの付き合いは美野里町の文化センタープロジェクト以来ですが、その後、子育ち学リサーチネットの活動などを通して細々と続いています。
2年前に弘前大学に移ったのでなかなか会う機会はなくなりましたが、相変わらず多彩な活動をしているようです。
いろいろと報告を聞かせてもらいました。
なかなか魅力的な活動をしています。

子育ち支援活動も順調に育っているようです。
今回は10月に出版した「地域で遊ぶ、地域で育つ子どもたち」を持ってきてくれました。
前作「なぜ、今「子育ち支援」なのか」に続く3部作の第2弾ですが、順調に進化しています。
私も読ませてもらいましたが、進化ぶりが伺えます。
特に、子どもたちの参画が実際に行われだしているところに共感しました。
この本の紹介はブックのコーナーに書きました。

これからの展開構想も聞きましたが、なかなか楽しみです。
青森を中心に、地に足ついた子育ちグループが生まれることを期待したいと思います。
久しぶりの深作さんは、元気そうでした、

■金ヌリさんの義理堅さ(2012年12月17日)
先日、佐々木さんと一緒にやってきた金ヌリさんが湯島にまたやってきました。
何事かと思ったら、なんとクリスマスプレゼントをもってきてくれました。
私の好きなモカコーヒーに。おまけのクレープでした。
なんとまあ義理堅いことでしょう。
彼女は湯島ではさほどコーヒーを飲まないのですが、そういえば、私のコーヒーの好みを前回訊いていました。

プレゼントと一緒にクリスマスカードで、私への元気付けメッセージが入っていました。
前回会ったときに少し佐々木さんに弱音を吐いていたのを聞かれてしまったようです。
注意しなければいけません。

今年もいろんな方たちから、いろんなコーヒーをもらいました。
ありがとうございました。
おかげで飲みすぎて、時々胃がおかしくなりそうです。

■チビ太のがんばり(2012年12月18日)
最近、わが家のチビ太がおとなしくなりました。
目も見えなくなり、歩くこともできなくなっています。
もう1年ほど前からほぼ寝たきりなのですが、吠えることも少なくなってきました。
おとなしくなったというよりも、老衰してきたというべきでしょうか。
ともかく寝てばかりいます。
その分、私たちは楽になったのですが、今度は食事や水を飲ませるのが大変です。
最近はよほどでないと自ら要求しませんので、時間を決めて食事や水をやらなければいけません。
食事も決められた餌以外のものを与えるとおなかの具合が悪くなったり消化不良で苦しがることもありますので、注意しなければいけません。
一番大変なのが、排泄支援です。
庭でないとしないので、真夜中でも、雨が降っていても、庭に抱いて出しながら、排泄するまで何回も試みます。
小型犬なので、重さは苦にはなりませんが、安定した体制をとらせるのが一苦労です。

いまは床暖房のきいたリビングで毎日寝ていますが、怠惰そうに見えて、がんばっているのかもしれません。
前よりも、粗相の回数が減りましたし、夜に起こされる回数も減りました。
できるだけ迷惑をかけないようにとがんばっているような気もします。
しかしおとなしすぎると、つい心配になってきますが、声をかけると反応してくれるので、意識はまだしっかりしているようです。
チビ太のがんばりをみんなで応援しています。

■企業経営者の夢:ワクワクエンジン(2012年12月19日)
経営道フォーラム52期のCチームのメンバーがやってきました。
従業員のワクワクが会社を元気にしていく、という視点から、会社のあり方を考えていく方向になりました。
会社のワクワクエンジン探しというわけです。
そうした問題意識の背景には、当然ながら現在の会社の状況が色濃く影響しているのです。
つまり、みんな会社でワクワクしたいのです。
出発点を、まずは自分がワクワクした体験を出し合って、そこから一人称自動詞で考えることを勧めました。
すべての問題は、自らの問題として考えるのが一番効果的です。

今期の受講生たちもどうやら毎月、湯島にやってくる気配です。
定例化すると面白くないのでどこかでそれを壊さないといけません。
しかし、大企業の経営幹部の人たちと話していると、会社の実相が伝わってきます。
会社はまだまだ元気に向かっての舵をきっていないようです。
会社を元気にするのは、そんなに難しいことではないはずですが、それに向かって動き出す余裕と遊びが、もしかしたら、今の会社内はなくなってきているのかもしれません。

私のコンサルティングを頼んでくれたらいいのですが、私に仕事を頼む会社は最近はなくなってしまいました。
あまりに私が時代から外れてしまっているのかもしれません。

■堀越さんの悩み(2012年12月19日)
経営道52期とのミーティングに同席した山城経営研究所の堀越さんがなんとなく話したそうだったので、ミーティング終了後、話をしました。
堀越さんは、なにやら少し悩んでいるようです。
予定していなかった「悩み相談」でしたが、幸いに次の時間に来る予定の相談者がやめになったので、いろいろと話をしました。
しかし、おかげで昼食を食べ損ないました。
それに加えて、少しだけ私の口が滑ったところもあって、これがまた次の相談につながっていくのですが、それは来週の話です。

山城経営研究所の経営道フォーラムには、第1期から関わらせてもらっていますが、始まったのは25年前です。
その後、日本の企業経営者に「経営道」が広がったかどうかはあまり確信が持てません。
しかし、いまこそ「経営道」が求められている中で、山城経営研究所の使命はますます大きくなっているように思います。
そんな話を、ついついしてしまいました。
堀越さんの悩みはさらに大きくなってしまったかもしれません。

■悪がきたちの能天気さ(2012年12月19日)
小学校時代の同窓生たちとの忘年会でした。
同窓生といっても、仲でも出来の悪い(私も入っています)4人の恒例の忘年会なのです。
その一人が、なぜか年末に必ず声をかけてくるため、続いています。
毎年ほとんど同じ会話で盛り上がりますが、なぜか毎年続いています。
それにしても、みんな小額時代から全く成長していないような気がします。
困ったものです。

■娘の退院(2012年12月20日)
娘が肺炎をこじらせて入院していましたが、今日、退院できました。
抗生物質がなかなか効果を発揮してくれなかったようです。
これでまた私の生活も正常化しそうです。
しかし、これからは少しずつ家事分担をしようと思っています。
久しぶりに、近くに住んでいる次女も一緒に、鍋をつつきました。

■パーソナルパーソンズ始動(2012年12月21日)
これまであまり書き込んでいませんでしたが、パーソナルパーソンズ株式会社を本格的に始動させることにしました。
湯島に所在する新しい会社ですが、コンセプトワークショップとは違って、収益目的の事業会社です。
一応2年間は私が社長を担当しますが、その間に事業を軌道に乗せなければいけません。
これまでかなり大きな負の遺産を背負い込んでいる事業なので、油断はできませんが、来年からは私もいま以上にコミットしていくつもりです。
まあ社長なので、当然なのですが。
うまくいかなければ、私も破綻しかねません。
いやはや困ったものです。
ジャンルはエッセンシャルオイルベースの化粧品です。
大量に購入してくれる人がいると助かるのですが、まわりにいませんか。
あるいはサロンなどにネットをお持ちの方がいたらご支援ください。

まったく私にはふさわしくない分野ですが、成り行き上、引くに引けなくなってしまったのです。
実に困ったものです。

(2012年12月第2週)
体調は少しずつ戻りだしていますが、今度は娘が入院になってしまいました。
■佐々木さんとヌリさん(2012年12月12日)
■奥山さんと藤本さん(2012年12月12日)
■突然のメール(2012年12月13日)
■埼玉福興の新井さんの胆力(2012年12月14日)
■娘の入院(2012年12月15日)
■衆議院選挙の事前投票に行きました(2012年12月15日)

■佐々木さんとヌリさん(2012年12月12日)
岐阜にいる佐々木さんが、東大留学中の金ヌリさんと湯島に来てくれました。
ヌリさんは、佐々木さんご夫妻を日本のお父さん、お母さんと呼んでいます。
とても仲の良い親子なのです。
佐々木さんも今年は少し悲しいことがあり、岐阜に引きこもりがちなのですが、佐々木さんと一緒に取り組みたいことはいろいろとあります。
そんなことをいろいろと話しました。
韓国視察プロジェクトも含まれています。
たぶんヌリさんが協力してくれるでしょう。

ちなみにヌリさんはベジタリアンですので、いつも食事に苦労します。
今回は近くの古式そばを食べました。
おいしかったです。

■奥山さんと藤本さん(2012年12月12日)
これまで何回か登場したヘレンの奥山さんと藤本さんが久しぶりに湯島に来ました。
残念ながらヘレンは来年、一度閉じることになったそうです。
これからの発展を期待していただけに残念です。
この関係のプロジェクトは終了になりました。
ちょっとだけ夢を見ましたが、夢はなかなか形にはならないものです。

■突然のメール(2012年12月13日)
突然、覚えのない田口さんという方からメールが届きました。
怪訝に思って開いてみると、思いもしていなかったメールでした。
田口さんは私が毎週観ているテレビ番組「イタリアの小さな村の物語」のプロデューサーでした。
その番組は、心に響くものが多く、私は毎週録画もしています。
その番組のプロデューサーからのメールとは、うれしいメールです。

メールによれば、私のブログ(挽歌)が数年前に目に止まったようです。
そこで、2年ほど前に「イタリアの小さな村の物語」に少しだけ言及したことがあるのです。
メールは、その記事をある小冊子への寄稿文に引用してもいいかという内容でした。
寄稿する文章の原稿も添付してくださいました。
そこにこんな内容のことが書かれていました。
制作スタッフのみなさんに私の挽歌の記事を送ってくれ、「このひとのために番組を作ろう!」と言ってくださったそうです。
そんなこととは、夢にも知らず、私は毎回、その番組を見ていたわけです、
田口さんは、こうつづけて書いてくれています。

その編集方針はいまだに変わらない。
見えない相手だが、心は見える。
そこにそっと明かりをともすことができれば、それが私たちの仕事だ。

その明かりは間違いなく私に灯っています。
最近どうも挽歌が書けなくなってきていたのですが、ちょっとまた元気が出てきました。

■埼玉福興の新井さんの胆力(2012年12月14日)
アグリケア フェラインのメンバーと熊谷市の埼玉福興を訪問しました、
せっかくの機会なので、ソーシャルビジネス研究会のメンバーも誘いました。
代表の新井さんが、農園や工場などすべてを案内してくれ、いろいろとお話してくれました。
新井さんの考えと実践に、感動しました。
荒井さんはすべての人を全く同じ目線で捉えています。
そしてそれを具現化しています。

ソーシャル・ファームは、イタリアで社会的協同組合のひとつとして始まった活動ですが、
新井さんはそれを日本でも広げていくための最前線で活動している一人です。
荒井さんは現在、農業を通じて、障がいを持つ人のみならず、
高齢者や若者など社会的不利な立場の人々のために仕事を生み出し、
福祉とビジネスを合体した、支援付き雇用機会を提供する新たなビジネススキームとシステムの開発に挑戦しています。

お話を聞いていて、その姿勢が中途半端でなく思い切っていることに感動しました。
しかも、狭い意味での福祉にとらわれることなく、柔軟に社会を捉えています。
そして企業や行政との積極的なつながりを構想しています。
まさに私が考えるソーシャルアントレプレナーです。
もちろん自らの生活もしっかりと重ねています。

荒井さんはまた、生活寮活動にも取り組んでいます。
現在35人の方がそこで生活し、ソーシャル・ファームでも仕事をしています。
35人は、20代から70代まで世代も広く、しかも自分たちでの自発的な共同生活です。
新井さんの方針は、誰も拒まないということだそうです。
よほどの覚悟がなければできることではありません。
こういう若者が、増えているのだと思うと、つくづくもう私たち世代の出番はないなと通関します。
彼らのために何ができるかを考えないといけません。

今日は実に感動的な体験でした。

■娘の入院(2012年12月15日)
昨日、熊谷で埼玉福興視察のあと、娘から入院することになったと電話がありました。
熊谷で知人と会う予定でしたが、急いで帰宅しました。
人生はいろいろあります。
肺炎で通院していたのですが、なかなか回復せず、医師が変わった途端に入院になったようです。
抗生物質も効いていなかったようですが、病気はなかなか難しいものです。
今日は私も手続きなどで病院にいったのですが、まだ開院間際の病院のせいか 、
内部のコミュニケーションが見事なほど取れておらず、やけに時間がかかってしまいました。
前回の印象とまったく変わってしまいました。
病院のコミュニケーション問題は、以前からいろいろと聞いていますが、
やはりしっかりした取り組みが必要だと改めて実感しました。
仕事として取り組みたい気持ちになりましたが、まあ最近はそれほどの体力もないのでやめましょう。

下の娘が食事作りなどに来てくれていますので、生活面は不便なしですが。

■衆議院選挙の事前投票に行きました(2012年12月15日)
明日の16日が、衆議院選挙の投票日ですが、万一いけなくなるといけないので、
病院の待ち時間の合間に近くの市役所に事前投票に行きました。
多くの事前投票者がいたのに驚きました。
もしかしたら、みんな1日でも早く、政治を変えたいと思っているのかな、などと一瞬考えてしまいましたが、
全国的には事前投票数は増えていないようです。

明日の結果を念じないわけには行きませんが、どうも私が思う方向には行かないような気がします。
田中弥生さんも危惧しているように、どうもナチスの足音が聞えてきます。
田中さんの書いた「ドラッカー2020年の日本人への「預言」」の紹介をブックのコーナーに載せました
お読みいただければと思います。

(2012年12月第1週)
今週もあまり体調は良くなく、ほとんどの約束をキャンセルさせてもらいました。
おかげさまで、週末にはほぼ回復しました。
■今年最後のフォワードカフェ(2012年12月2日)
■胃腸炎回復のための休養(2012年12月3日)
■名戸ヶ谷あびこ病院(2012年12月4日)
■「まちづくり編集会議」が届きました(2012年12月5日)
■経営道フォーラム52期スタート(2012年12月6日〜7日)
■また胃腸炎??(2012年12月7日)
■たまりにたまった本を読み出しました(2012年12月8日)

■今年最後のフォワードカフェ(2012年12月2日)
今年最後のフォワードカフェでしたので、少しだけ無理をして参加しました。
参加できるかどうか少し不安だったので、あまり案内をしなかったのですが、
福山さん、吉田さん、片山さん、伊藤さんと4人の参加がありました。
片山さんと伊藤さんという若い世代が参加してくれたので、いつもとはちょっと違った話題がたくさん出ました。
来年は、もう少し広がりを持たせていく工夫をしたいと思っています。

■胃腸炎回復のための休養(2012年12月3日)
胃腸炎はほぼ回復しましたが、食欲が戻りません。
それでしばらくはゆっくりとすることにしました。
久しぶりに世間から隔離された日を暮らしましたが、いろいろと考える事が多かったです。
人は何もしないと、哲学者になるものです。

■名戸ヶ谷あびこ病院(2012年12月4日)
私が直るとともに、娘の状況が悪化し、近くに開院した名戸ヶ谷我孫子病院に行く羽目になりました。
近くの通いつけのクリニックで診てもらっていたのですが、改善されなかったためです。
新しい病院なのでとても対応がよかったですが、ほぼ1日、かかりました。
肺炎だったのですが、幸いにさほど重症ではなかったそうです。
私もその関係で半日を病院で過ごしました。
私は病院の雰囲気が好きなのです。
いろいろな体験ができるからです。
久しぶりに半日、病院にいるといろんな気づきがあります。 
この病院はとても気に入りました。

■「まちづくり編集会議」が届きました(2012年12月5日)
11月3日に出版された「まちづくり編集会議」が届きました。
小美玉市の住民たちと一緒に作った本です。
これからみんなで販売して経費を回収しなければいけません。
私もささやかながらそれに協力しようと思います。
湯島に在庫を少し持つようにしますので、ご関心のある方はもちろん、ない方も買ってください。
よろしくお願いいたします。

■経営道フォーラム52期スタート(2012年12月6日〜7日)
経営道フォーラムの52期がスタートしました。
その最初の合宿を軽井沢で行いました。
今回も受講生が少なく、わたしの担当チームはまたひとつです。
参加者の関心事は、なぜ企業は従業員をわくわくさせられないのかと言うことです。
今までは業績一本で考えてきたけれど、最近どうも少し違うような気がしだしたと参加者の一人が話しましたが、みんないまの企業にある違和感を持っているようです。
会社を変えるのは、それなりの覚悟とエネルギーが必要です。
そうしたことを引き受けることに魅力を感ずる人がいたら、ぜひとも一緒にプロジェクトを起こしたいですが、なかなかそういう人にめぐり合えません。
実に面白い時代なのですが。

■また胃腸炎??(2012年12月7日)
軽井沢から戻ってきて、久しぶりにメールを開きました。
いろんなメッセージが届いていましたが、あるメッセージを読んだ途端に、お腹がまた痛くなりました。
もしかしたら先週の胃腸炎も神経性胃腸炎だったかもしれません。
あの時の辛さを再体験したくないので、パソコンはやめて、早々と寝ることにしました。
幸いに夜中の腹痛はありませんでした。

■たまりにたまった本を読み出しました(2012年12月8日)
いろんな人から本が送られてくるのですが、著者や編集者から送ってもらった本は、きちんと読んでホームページのブックのコーナーで紹介させてもらっています。
基本的には受け取った修活後の週には紹介するようにしていますが、最近どうも本を読む気力がありません。
それで数冊たまってしまっています。
あまり遅くなると申し訳ないので、まだ頭が必ずしもすっきりはしていないのですが、読み出しました。
来週からブックのコーナーで紹介していこうと思います。
送ってくださった方、少しお待ちください。

(2012年11月第4週)
忙しい1週間になるはずでしたが、胃腸炎になってしまい、何もせずの1週間でした。
■久しぶりのチョンさん(2012年11月25日)
■立柳さんから聴く福島の現実(2012年11月25日)
■突然の胃腸炎(2012年11月26日)
■「まちづくり編集会議」関係者の打ち上げ会(2012年11月28日)
■その後のこと(2012年11月29日〜12月1日)

■久しぶりのチョンさん(2012年11月25日)
インドネシアにいるチョンさんが久しぶりに日本に来ました。
元気そうでした。
チョンさんは湯島でやっていた留学生サロンの常連の一人でした。
マレイシア出身ですが、今はインドネシアで仕事をしています。
日本とインドネシアをつなぐような仕事をしたいと、新たに会社を起こすようです。
応援したいと思います。
彼は人柄のいい人物です。
なにか関連しそうな仕事があれば、ぜひご連絡ください。

■立柳さんから聴く福島の現実(2012年11月25日)
放射線量計を1年間、身につけて生活してきた立柳さんをゲストにしたサロンを開きました。
実は一度延期になっているのですが、前回は会場に入らないほどの人数が集まったので、今回は控え目に案内を出してしまったのが裏目に出てしまい、参加者が少なくなってしまいました。
大学教授の清水さんと本間さん、大学院学生の金さん、ライターの乾さん、NPOの半田さんと私という少人数でした。
その分、私はじっくりと話ができてよかったですが、内容の濃い話だったので、もっと多くの人に聞いてほしかったです。

ブログに少しだけ内容を書きました
マスコミだけの情報で満足していると真実は見えてきません。

■突然の胃腸炎(2012年11月26日)
26日の未明から突然の腹痛に見舞われました。
初めての体験です。
ひどい下痢と嘔吐。
ブログに書きましたが、ウィルス性の胃腸炎でした。
まあすぐに治るだろうと思いましたが、そう甘くはありませんでした。
結局、1件だけを除き、すべての予定をキャンセルし、週末まで自宅で安静生活でした。

「まちづくり編集会議」関係者の打ち上げ会(2012年11月28日)
「まちづくり編集会議」に関わった制作委員会のメンバーや本に登場した人たちが6人、柏のエヴィーバに来てくれて、私も交えての打ち上げ会をやってくれました。
その心遣いがうれしくて、体調の関係で迷ったのですが、参加しました。
いつでも迎えに来てもらうように娘に頼んでの参加です。
食欲はなく、乾杯も私だけホットミルクという感じでしたが、話しているうちにだんだん元気が出てきました。
来てくださったのは貝塚さん、福田さん、酒井さん、野手さん親子、それに高木さんです。
高木さんはマレイシアに出かける直前にわざわざ参加してくれました。
野手さんがいろいろと手配してくれたのでしょう。
編集会議ではかなりきついことも言ったのですが、追い込みの野手さんのがんばりは驚異的でした。
いろいろと苦労もあったことでしょうが、野手さんはいい仲間に恵まれているようです。

野手さんは私に会うまでに読了しようと、がんばって「光圀伝」を読んできたそうです。
750ページの本を読むのは大変です。
私は1日で読みましたが、それはかなり速読したからです。
しかし野手さんはじっくりと読んだそうです。
それには理由があるのですが、プライバシーに関わるので書くのはやめましょう。
いずれにしろ野手さんのバイタリティはすごいです。

私の体調を心配して娘が迎えに来ていたのに、私がそれに気づかず、結局9時半近くまでいてしまいました。
話しているときは元気でしたが、帰宅した途端にまたおかしくなりました。
いやはや困ったものです。

■その後のこと(2012年11月29日〜12月1日)
下痢はなかなか治らず、食欲も戻らず、つらい日々でした。
下痢は土曜日になって少し安定しましたが、下痢の大変さを始めて体験しました。
最初は熱も少し出ましたが、3日目には平熱に戻りました。
しかし心身の違和感は抜けず、だるさが残っていますし、少し動くとしんどいです。
たぶんあまり食べていないからでしょう。

おかげアグリケアサロンは欠席、オープンサロンは中止でした。
個人的に会う約束は全てキャンセル、約束した仕事も延期させてもらいました。
つまりまったく無為に過ごしたわけです
本を読む気も起きませんでした。
金曜日に少しだけテレビを見る気が起きて、昔の西部劇「騎兵隊」を観ました。
1960年代の西部劇は平和でよかったです。
心身が弱っているせいか、西部劇を見ても涙が出そうになりました。

電話はこの間、全てシャットダウンしました。
うっかり出てしまったら、長い相談電話で、疲弊してしまったからです。
その点、フェイスブックは気楽でいいです。
電話は土曜日までシャットダウンし続けました。
かけた人はお許しください。

テレビの選挙関係の報道番組はなんとなく見ていました。
しかしこれもいつもとは違って、実にむなしく感じました。
暇だったので、支持政党と具体的な投票者も決めました。
世間でいわれているのとはまったく逆で、今回ほど投票しやすい選挙は私にはありません。
論点はひとつしかありませんから。

(2012年11月第3週)
■あれ、風邪かもしれない(2012年11月18日)
■LLPリゾーミック総会(2012年11月19日)
■贈与経済をテーマにしたソーシャルビジネス研究会(2012年11月20日)
■経営道フォーラム発表会(2012年11月22日)
■STRAMDメンバーとのディスカッション(2012年11月23日)
■若者自立に取り組む阿部さん(2012年11月23日)

■あれ、風邪かもしれない(2012年11月18日)
久しぶりに風邪の前兆です。
いつも予兆を意識しながら、対応が悪くこじらせてしまうのが私のスタイルなのですが、
今回はそうならないように自重して、休日を過ごしました。

■LLPリゾーミック総会(2012年11月19日)
LLPリゾーミックの総会でした。
LLPの運営はメンバー次第ですが、このLLPのメンバーはそれぞれに忙しそうで組織的活動が最近止まっています。
今回は7人中5人が集まりましたが、みんなそれぞれに活動をしていますので、あえて組織としての事業をつくる必要もありません。
今回はそれぞれの活動報告でほぼ終わりました。
総会にはなりませんでした。
困ったものです。

最初はスリーA方式認知症予防ゲームの普及活動が核だったのですが、それは個別にはもう動き出しました。
さらに一歩進めたいと思ってはいますが、別途考えることにしました。

■贈与経済をテーマにしたソーシャルビジネス研究会(2012年11月20日)
今回のソーシャルビジネス研究会のテーマは「贈与経済」。
ダイヤモンドハーバードビジネスレビューの前編集長の岩崎さんと現在就活中の小島さん、そして事務局の片野さんと私と4人しか集まりませんでした。
片野さんが、やはり「贈与経済」は魅力がなかったかなとつぶやいていましたが、ソーシャルビジネスを考える場合、重要なテーマです。

私は2つの贈与があると考えています。
ソリューション型贈与とクリエーション型贈与です。
現在行われている多くの「贈与行為」は、体制維持のためのソリューション型贈与です。
そういっても伝わりにくいので少し説明します。
現在の工業型の資本主義の原理は大きな意味ではゼロサム的な競争です。
誰かが得をすれば誰かが損をすると言ってもいいでしょう。
大きな「ねずみ講」と言ってもいいかもしれません。

「お金がお金を生み出す」というのは、原理的にありえませんから、誰かのお金を収奪しているに過ぎません。
工業活動によって価値が創出されていますが、これは自然を消費しているだけに過ぎません。
その結果、格差が高進します。
一方に過剰な財産を持った金銭的に豊かな人たちと私財を持てない金銭的にも貧困な人たちが発生します。
そこで2種類の贈与が発生します。
不足を解消するための贈与と過剰を放出するための贈与です。
たとえば、社会福祉施策や環境保護活動は前者の例であり、祭礼などの大盤振る舞いや有名なトポラッチは後者の例です。
企業のいわゆる「社会貢献活動」も後者と言っていいでしょう。
それらはいずれも社会体制を維持していくための問題発生を回避するための活動です。

不足の状況を克服するために、近代は「ソリューション」を理念においています。
しかし、ソリューションには2つのジレンマが内在しています。
まず、ひとつの問題を解決すれば、別の問題が発生するというジレンマです。
もうひとつは、解決すべき問題を自らが作り出していこうとするモチベーションが生まれるというジレンマ(近代産業のジレンマ)です。
不足の時代から過剰の時代へと地平が開けてきたいま、大切なのは、ソリューションの先にあるクリエーションです。

そのクリエーションをベースにした仕組みが、経済にも求められているように思います。
そうした経済が模索されだしています。
ケアリングエコノミーや分かち合いの経済です。
あるいは「産業を基軸にした経済」ではなく「生活を基軸にした経済」です。
そうした視点に立って、贈与を考えると、クリエーション型贈与が構想されます。
価値を創造する贈与と言ってもいいですが、問題はそれが「どんな価値」を創りだすのか、です。
生み出す価値は「ささえあうつながり」「分かち合いの関係」など、新しい経済や社会の仕組みの核となるものだろうと思います。

とまあ、私はこんな話をしました。

■経営道フォーラム発表会(2012年11月22日)
椿山荘で経営道フォーラム51期の発表会でした。
今回は私が担当したチームは一つでした。
テーマは「究極の企業理念」です。
しかし、冒頭で、「そんなものはない」という発表でした。

もちろんそれで終わりではなく、私の言い方を使えば、企業理念は「ある」のではなく「生きている」ということです。
常に深化していればこそ、存在しないわけです。

今回はほかに「顧客価値創造経営」と「創発戦略」に関する発表もありました。
前者ではマルコム・ボルドリッジ賞の話も出ましたが、これを最初に「ダイヤモンドハーバードレビュー」で紹介したのは私でした。
また「創発経営」もたぶん保育園の経営に関して大昔に書いたのも思い出しました。
「複雑系の経営学」(ダイヤモンド社)の論文でも取り上げました。
昔はそれなりに新しい視点が好きだったのです。

発表後、参加者の話し合いがあり、最後に久しぶりに「アメリカの心」から2つのメッセージを読み上げさせてもらいました。
長かったので、少し疲れました。
風邪がじわじわと悪化しています。

■STRAMDメンバーとのディスカッション(2012年11月23日)
寒い日でしたが、先日、話をしたSTRAMDの受講生が湯島に話にきたいと言うので、湯島に出かけました。
なんと8人もやってきました。
窓口役だった浅草っ子の高島さんが、東京で一番美味しいドラ焼きだといって、浅草亀十のドラ焼きを持ってきました。
みんなでご馳走になりましたが、たしかに美味しかったです。
また買いに行かなければいけません。

みんなが湯島に来たのは、私が話した「お金とビジネス」をもう少し掘り下げようと言うことだったようですが、話はいろいろと拡散しました。
最初にある人から、STRAMDの他の講義は佐藤さんの話の対極にあると指摘されました。
昨日も「顧客創造」の話題が出たそうですが、私の講義では、顧客創造は嫌いだとばっさりと切り捨てました。
もう少していねいに話せば、多分理解者は増えるでしょうが、幸いにこの指摘をしてくれた人は、私の思いを理解してくれていたようなので敢えて説明はやめました。
そろそろ貨幣的成長のための顧客創造は見直されなければいけません。

ちなみに、この1週間、3つのビジネスマンの集まりを体験しました。
経営道フォーラムは大企業の経営幹部。リード力開発道場は中堅・中小企業の経営者。STRAMDは起業家と、まあ大きく分ければその3つのグループです。
いずれもそれぞれ向きの自己研修プログラムに参加しているアクティブな人たちです。
それぞれが生きている世界の違いを感じますが、同時にグループを超えて流れているものも感じます。それは人生観や自らの生き方です。
さらに「贈与経済」をテーマにした話し合いもしましたし、NPO関係者とも何回か話しました。
その世界はまたビジネスマンの人たちとはさらに違います。
私は、そうしたさまざまなグループを超えた世界に、この25年間、生きてきましたが、いずれにも共通して欠けているものを感じています。
それは「政治」と「宗教」です。
人生観や自らの生き方が、私の考える「政治」と「宗教」につながっているかどうかは、まだ確信は持てませんが、少しずつ「会話」が成り立ちだしたのは、少しだけうれしい気がします。
これに関しては、ブログにまた書こうと思います。

■若者自立に取り組む阿部さん(2012年11月23日)
成田で若者自立活動に取り組んでいる阿部さんが湯島に来ました。
久しく会っていないので、来てもらったのです。
阿部さんは平日は時間が全くないようです。
元気そうで何よりでした。
先の生活設計ももう大丈夫のようです。
今度は私が面倒を見てもらう番だね、と頼んでおきました。

最近はどうも、生活が一番不安定なのは私のような気がしてきました。
困ったものです。

(2012年11月第2週)
政治が漸く動き出しそうです。
■シェアマインド(2012年11月13日)
■党首討論(2012年11月14日)
■事業再生プロジェクト(2012年11月15日)
■技術が生み出す「金銭的価値以外の価値」(2012年11月15日)
■国会解散(2012年11月16日)
■幸せ創造企業への道(2012年11月17日)

■シェアマインド(2012年11月13日)
経営道フォーラム51期のEチームのメンバーは湯島によく来ます。
今日も安藤さんと三浦さんと大坪さんがやってきました。
いろいろと話しているうちに、今回のこのチームの目指してきたのは「シェアマインド」ではないかとふと思いました。
そう思ったのは、メンバーの一人の安藤さんが取り組んでいるビジネスモデルが「シェアハウス」だと話していてのことです。
「シェア」というのが最近広がっていますが、絆よりも自動詞的で、緩やかなデモクラシー何となく楽しそうな言葉であることに気づきました。

■党首討論(2012年11月14日)
党首討論を見ていました。
私は基本的に、国会の大事な議論のテレビ中継は見るようにしています。
それが政治を語る必須要件だと思っているからです。
いまはモバイルでも見られますので、楽になりましたが、以前はそのために仕事をキャンセルすることもありました。

今回の野田・安倍討論はかなり白熱していましたが、なんとなく裏で出来ているのではないかと感じていましたが、突然に野田首相が16日解散を言い出したのには驚きました。
なんとなく議論の勢いで言ってしまったというイメージもありますが、こんな大事な事が、こんな流れの中で発言されることに不快感を持ちました。
その後、マスコミも世間も、これを好意的に受け止めていることをしり、さらに失望しました。

小沢さんはやはり話し方がうまくないので損をしていましたが、とても大事な指摘をしていたと思います。
山口さんは私にはとても共感できました。

さて選挙です。

■事業再生プロジェクト(2012年11月15日)
最近、気が重いプロジェクトのひとつが、事業再生プロジェクトです。
知人の会社を支援しようと、中途半端に関わりだしたのですが、どうも気が乗らずに、相変わらず中途半端に関わっているうちに、事態がどんどん悪化してきているのです。
それではいけないので、もう一歩、深入りして、再建に取り組むことにしました。
再建の目先の課題は資金調達です。
再建できなければ、その資金は戻ってきませんから、あんまり第三者には応援を頼めません。
いまは娘や友人から融資してもらっていますが、限度になっています。
こういう事が起こると知っていたら、少しお金をためる生き方をしていたのですが、いまとなっては宝くじしか当てはありません。
さてさてどうするか。
困ったものです。

■技術が生み出す「金銭的価値以外の価値」(2012年11月15日)
技術カフェでした。
今回のテーマは、「技術が生み出す金銭的価値以外の価値」。
石井さん、小宮山さん、藤永さん、竹田さん、井坂さん、寺田さん、そして私と7人でした。
石井さんの問題提起で始まった議論は1時間の予定が2時間を超えてしまいました。
とてもおもしろい議論になったと思います。
話があまりにも面白かったので、私はメモも取らずにいましたが、石井さんと藤永さんが多分まとめてくれるでしょう。
それが楽しみです。

ワインの解禁日だったので寺田さんがワインを持ってきました。
それもあってなかなか終わらず、話も拡散しましたが、そのため、小宮山さんから頼まれていた箸ピーゲームの進化の話題があまりできませんでした。
これはまた改めて取り上げようと思います。

次回は1月17日です。
よかったら遊びに来てください。

■国会解散(2012年11月16日)
衆議院が解散されました。
議長の解散宣言に、議員が万歳三唱をしていました。
これは昔からの仕来りだそうで、一説には解散宣言をする天皇に対する「天皇陛下万歳」から始まったとも言われますが、大きな声で万歳を唱えるとまた当選して戻ってこられるともいわれているのだそうです。
いずれにしろ馬鹿げているどころか、見識を問いたい愚挙だと思います。
よく見ていたら、万歳をしていない議員も少なからずいて、ホッとしました。

解散した途端に、なんでこの時期に解散するのか。
解散して政治空白を起こすべきではなく、やるべきことがあるだろうと言い出す人がたくさんいるのに驚きました。
今の政治を批判している友人知人さえもがそう言い出すので、驚きました。
私の政治観と世間の政治観は、どうも大きく違うようです。
なにやらとても虚しくなりました。

■幸せ創造企業への道(2012年11月17日)
日本経営道協会のリード力開発道場の成果発表会でした。
今年もそのセッションのひとつのパネルディスカッションの進行役を引き受けました。
若手の企業経営者が1年間、研究をし、その成果を発表するのです。
今年のテーマは「幸せ創造企業への道」です。
実に時宜を得たテーマです。
基調講演は「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者の坂本光司さんと日本経営道協会代表の市川覚峯さん。
その基調講演とチーム研究発表をつなぐのが、パネルディスカッションです。
パネリストに、「幸せ創造経営」を実践されている3人の経営者をお迎えしました。
スワンベーカリーの海津社長、メーカーズシャツ鎌倉の貞末会長、中央タクシーの宇都宮会長です。
3人ともしっかりした経営哲学や人生観を持った経営者です。
本当はそれぞれにしっかりと語ってもらいたいのですが、その3人から1時間ちょっとで、「幸せ創造企業への道」のエッセンスを引き出さなければいけません。
いささかスリリングな役割ですが、残念なのは私の意見を直接語れないことです。

私自身は3人とは全く面識がないのですが、とても不思議なことに、3人のそれぞれの師匠とは以前1度ずつお会いしたことがあるのです。
これもなにかの巡り合わせかもしれません。
パネルディスカッションの映像記録は日本経営道協会のホームページからしばらくの間は見ることができるそうです。

発表会終了後、懇親パーティーにも参加しました。
エレガンスの棚沢さんなど、懐かしい面々にもお会いしました。
このパーティへの参加は4年ぶりかもしれません。

(2012年11月第1週)
今週はかなり世間から遮断された生活をしていました。
■更新が1日遅れてしまいました(2012年11月5日)
■「光圀伝」を読みました(2012年11月6日)
■幸せ創造企業(2012年11月7日)
■電子情報からの離脱(2012年11月8〜10日)
■さがみ信用金庫にあった妻の口座の解約(2012年11月8日)
■TPP参加への怒り(2012年11月10日)

■更新が1日遅れてしまいました(2012年11月5日)
今週は日曜日がちょっとばたばたしてしまい、ホームページの更新をさぼってしまいました。
そうしたらお2人の方から、なにかあったのか、と心配してくださるメールは届きました。
恐縮してしまいました。
以前にも同じことがありましたが、やはり約束は守らなければいけません。
申し訳ありませんでした。
10年以上、ホームページを書いていて、日曜日に更新しなかったのは、2度目なのです。
3度目はないように頑張ります。

そういえば、最近、疲れだしている様子もフェイスブックなどからわかるようで、あんまりがんばらないようにと言うメールももらいました。
みなさんのお心遣いに感謝します。

■「光圀伝」を読みました(2012年11月6日)
今日もなんとなく気分が乗らずに、ネットも携帯電話もやめて、読書三昧をしてしまいました。
選んだ本は冲方丁の「光圀伝」です。
前作の「天地明察」が面白かったので、読もうと思っていたのですが、700ページを超える分厚さに躊躇していました。
しかし、読み出したら面白く、途中ちょっとへこたれそうになりましたが、読み終えました。
深夜にかかってしまいましたが。

最初は衝撃的です。
それも続けて衝撃的な話が、極めてビジュアルに描かれています。
この本の大きなスジを示唆する冒頭の序章と、本編に入ってからの光圀の子ども時代の凄絶なエピソードです。
いずれも「死」につながっているものですが、読んでいてはっきりと映像が浮かんでくるのです。
読み終えても、頭からはなれないほど、心凍えるような明確な映像です。
その2つのエピソードで、冲方丁の世界に引きずり込まれてしまったわけです。
しかし、あまりに分厚いので途中で少し疲れが出て、読むのをやめようかとさえ思ったほどでしたが、そのあたりから今度は「推理小説」のような謎時の魅力で最後までまた引っ張られてしまいました。

久しぶりにこれほど読み込んでしまいました。
面白かったですが、疲れました。
疲れをとる休息日にしたかったのですが、いささか夢中に読みすぎてしまいました。
困ったものです。

ちなみに、私の光圀像は一変しました。

■幸せ創造企業(2012年11月7日)
今週、唯一の世間との接点は日本経営道協会のリード力開発道場の受講生の関係者とのミーティングでした。
だいぶ前から予定されていたので、キャンセルできずに、お会いしました。
リード力開発道場は、企業の若手経営者たちが1年間、テーマを決めて、チームに分かれて経営の本質を学びあう場です。
その発表会を毎年開催するのです。
今年のテーマは「幸せ創造企業への道」になったそうですが、その発表会の時のパネルディスカッションの進行役をまた頼まれたのです。
今年も道場そのものには関わっていないのですが、昨年させてもらったこともあって、引き続き引き受けてしまいました。
その打ち合わせに、3つのチームリーダーの人がやってきました。
若いアントレプレナーですが、みんな実に純粋です。
若い経営者と話し合っていると元気が出てきます。

成果発表会は11月17日です。
案内は日本経営道協会のホームページにあります。
よかったらご参加ください。

■電子情報からの離脱(2012年11月8〜9日)
8日からはほぼ完全に電子情報から離れて過ごしました。
妻との終の住処になったかもしれない湯河原に行ってました。
海と山をサイクリングしたり、宮ノ下の早川渓谷などを歩いたりしていました。
携帯は一応つないでおきましたが、出ませんでした。
こういう時に限って、かかってくる電話が多く、気になりましたが、見ないようにしていました。
電話を下さったには申し訳なかったのですが。
アイパッドを持参していたので、メールもフェイスブックも見られたのですが、止めました。
まる2日間は、こうして電子情報から遮断されていたわけです。
もちろんテレビもなしです。
たかが2日間でしたが、新鮮でした。
土曜日の午後、ネットに戻りましたが、これまでいささかネット依存になっていたのではないかと少し生き方が相対化された気がします。

次は5日ほどの離脱を試みようと思います。

■さがみ信用金庫にあった妻の口座の解約(2012年11月8日)
湯河原は、私たち夫婦の終の住処になる可能性がありました。
そこにマンションを購入していたのですが、妻が亡くなった後、ほとんど空き家状況です。
値段が大幅に下落しており、いまさら売るに売れません。
今回はそこに滞在していたのですが、妻がそこでの生活のために、さがみ信用金庫に預金口座を持っていました。
残金はわずか2万円ほどなのですが、「相続」することにしました。
最近いささかお金がなくなってしまい、2万円でもわが家には大切なのです。
先週の20万円は、わが家のためのものではなかったのですが、今回は私がもらうことにしました。
2万円あれば、オフィスへの交通費が1か月賄えます。
それで湯河原に行ったついでにさがみ信用金庫に寄りました。
ほとんど使ったことのないところですが、対応が実に人間的で好感が持てました。
2万円でこんなにていねいに対応してもらって申し訳ない気がしましたが、窓口の児島さんは実に親切でした。
それにあったかいのんびりさが、銀行全体を覆っていました。
昔の会社はみんなこんな感じだったなと、思い出してしまいました。
それに感激して2万円を寄付したくなりましたが、強欲にも私の会社の口座に振り込んでもらうように頼みました。
いまちょっと苦戦しているものですから。
しかしなんだかとてもあったかな気分になりました。
昔はよかった、と思う年代になっているのかもしれません。

■TPP参加への怒り(2012年11月10日)
電子情報から遮断されていた2日を過ごして自宅に戻ってきて新聞を開いて最初に入ってきた文字が曽田首相TPP参加意向の記事でした。
今でも犯罪者と思っている野田首相の陰険さには心底怒りを感じますが、この文字を見て2日間の精神の癒しが一挙に崩れてしまいました。
なんという陰湿なやり方かと怒りを感じます。
山田元農相もいいかげん離党を決断しろといいたいです。

ちなみに私の周辺にも、TPP賛成者は少なくありません。
しかしそう考えている人は、TPPを経済のスキームで考えているような気がします。
TPPがもっている文化的側面には無関心です。
経済学のパラダイムが変わろうとしていることに無知すぎるように思います。
いわゆる金銭の呪縛にとらわれたホモ・エコノミクスなのでしょう。

ちなみに、この2日間、往復の電車で、松本三和夫さんの「構造災」(岩波新書)を読みました。
実に示唆に富んでいます。
現代社会の特質として、「逸脱の常態化」「対症療法の増幅」「秘密主義の連鎖」があげられていました。
原発事故への対応は、まさにその典型例ですが、TPP問題ももしかしたら同じかもしれません。
私にとっては、軽薄な知識人としか思えない輩が多すぎます。
原子力規制委員会の田中委員長の人事に象徴されているように、専門家たちの見識はもはや地に堕ちました。
田中さんに本書を読んでもらいたいものです。

いずれにしろ、もっと山にこもっているべきでした。

(2012年10月第5週)
前半、大阪と京都に行っていました。
後半はいささか大変な週でした。
■孤立死防止のためのおたっしゃコール(2012年10月30日)
■元気な高林さんと松本さん(2012年10月30日)
■あゆみあいネットの岡崎さん(2012年10月30日)
■住友生命社会福祉事業団(2012年10月31日)
■有斐斎弘道館(2012年10月31日)
■またお金が下ろせませんでした(2012年11月2日)
■「まちづくり編集会議」出版(2012年11月3日)

■孤立死防止のためのおたっしゃコール(2012年10月30日)
長年宿題になっていて、どうも前に進み出せないプロジェクトに「孤立死対策のおたっしゃコール」の事業化支援があります。
これは大阪のデイコールサービス協会理事長の松本さんのライフワークなのですが、それを支援すると決めているのですが、うまくいきません。
それで今回は、少し収益事業視点を入れての検討をしようと思い、知財務株式会社の振る賞賛にもミーティングに参加してもらいました。
幸いに、このシステムに理解をもってくださっている富士テレコムの椿さんも参加してくれ、オフィスを提供してくれました。
どうやら椿さんご自身も、福祉の分野にご関心をお持ちのようです。

2つの方向で進めることになりました。
ビジネス路線は焦点を絞りました。
もうひとつは、まさに「まちづくりプロジェクト」に位置づけることにしました。
松本さんは、それらを一緒に考えていますので、なかなか整理できないでいるのです。
松本さんも今回は。かなり納得してくれました。
さて、しかし、これからが難しいのです。
頭がいたいです。

■元気な高林さんと松本さん(2012年10月30日)
スリーA方式の認知症予防ゲームに取り組んでいる高林さんは、今日は、なんと松本さんの住んでいる枚方市で講演でした。
折角の機会なので、大阪で松本さんと高林さんとでお会いしました。
お2人は同じコムケア仲間ですので、面識はあります。
お2人とも、ともかく元気なシニアです。

高林さんからも宿題をもらっています。
スリーA方式の認知症予防ゲームのリーダー研修会を東北の被災地で開催したいと言うのです。
資金的な問題もありますが、一番の問題は、2日間のプロジェクトを主体的に引き受けてくれる「現地の事業主体」です。
仙台と福島で開催したいと高林さんは考えています。
それを実現するためには、現地のパートナーが不可欠です。
どなたか心当たりはないでしょうか。
もし合ったらご連絡ください。
研修会の内容は、こちらでセットします。
資金面も基本的にはこちらで調達しようと思っています。
よろしくお願いします。

■あゆみあいネットの岡崎さん(2012年10月30日)
大阪に来たので、いつも気になっている「あゆみあいネット」の最近の状況を知りたくて、代表の岡崎さんと会いました。
あゆみあいネットは順調に進んでいるようで安心しました。
なによりも、岡崎さん自身が「たくましく」なってきているように思いました。
もう大丈夫でしょう。

友人から私に会ったら訊いてほしいといわれたといって、岡崎さんから質問がありました。
私は自殺企図者や自殺未遂者を「フォワード」と命名したのですが、なんで「フォワード」なのかというのです。
そんなに簡単に前に進めといって欲しくないという思いをわかっているのかと言うことです。
その質問は、とてもよくわかります。
これに関してはブログに少し書きました。
岡崎さんと会うと、いつも意外な質問がもらえます。
それで気づかされることも多いのです。

岡崎さんは最近少し昇給したそうです。
それで珈琲をご馳走になってしまいました。
実にうれしいことです。

■住友生命社会福祉事業団(2012年10月31日)
久しぶりに住友生命社会福祉事業団に立ち寄らせてもらいました。
私が、福祉の世界にこれほどのめりこみ、新しい生き方に気づかされた大きな契機は、住友生命社会福祉事業団とのつながりです。
その支援を受けて、コムケア活動というNPOへの資金助成プロジェクトを始めたのです。
6年ほど住友生命社会福祉事業団の支援で、そのプロジェクトの事務局をさせてもらいましたが、どうも「資金助成」や「支援」ということに違和感を感じ出して、止めさせてもらいました。
しかし今もそのおかげで、コムケアネットワークは続いています。
そこの理念は「金の切れ目が縁の始まり」です。
いまも何かあると、住友生命社会福祉事業団は応援してくれますし、コムケアの集まりにも時々参加してくれるのです。

私が住友生命社会福祉事業団にきていることを知って、
今は退職されている井上小太郎さんが伊丹からわざわざかけつけてくれました。
それで久しぶりに一緒に食事をしました。
井上さんもまったく変わっていませんでした。

■有斐斎弘道館(2012年10月31日)
以前、ここでも書きましたが、京都の伝統文化プロデュース連の濱崎さんが、いまは京都の弘道館の保全と活用に取り組んでいます。
とんでもなく無謀な取り組みですが、誰かがやらなければいけない大切な活動です。
話に聞くだけではわからないので、寄せてもらうことにしました。
京都御所のまん前の住宅地の真ん中にありました。

門をくぐるときれいに水打ちされていて、とてもすがすがしく、違った世界に入ったようでした。
今日は休館日だったのですが、濱崎さんが迎えに出てきてくれました。
敷地は600坪、庭もかなり広いので、管理は大変そうです。
濱崎さんはここで時間があれば、草引きをしているようです。
茶室や建物の中を案内してもらっていたら、驚くことに老松の太田さんが和菓子を持ってきてくれました。
太田さんは有識菓子御調進所「老松」のご主人です。
まさか太田さんとお会いできるとは思っていませんでしたが、この弘道館が売却されてマンションにならなかったのは、太田さんの英断の結果なのです。

太田さんとはゆっくりお話したことがなかったのですが、今日はお茶までたてていただき、いろいろとお話しました。
その茶室は「卒啄斎写」という、表千家にとっては由緒ある茶室なのだそうです。
濱崎さんの説明では、客人は庭から直接入り、付き人はよこのくぐり戸から入るという構造で、貴人用の茶室だったそうです。
私は「風流な世界」にはまったく不案内で、以前、濱崎さんにお茶をいただいた時もめちゃくちゃな作法で隣にいた妻から後で呆れられてしまいました。
しかし、京の風流人の太田さんや濱崎さんの前では、中途半端な作法など無意味でしょうから、すなおにいただきました。
お茶もお菓子も美味しかったです。

太田さんとはさまざまな話をしました。
気がついたら4時をかなりすぎていました。
まだまだお互いに話し合いたかった気がします。
ブログにも少し書きました。

■またお金が下ろせませんでした(2012年11月2日)
銀行の資金が下ろせなくて困っています。
カードのパスワードを間違って押してしまい、ロックされて引き出せなくなり、銀行に行ったら印鑑が違ってだめで、次にまた行ったら、待ち時間が長くて途中で諦めたのですが(2回)、どうしても20万円ほどが必要になり、今日、家中の印鑑をすべて持参しました。
ところがなんと、すべての印鑑が違うというのです。
いったいどの印鑑なのでしょうか。
また無駄足になってしまいました。
日本の銀行はしっかりしています。
にもかかわらず、なんで振り込み詐欺のような事が起こるのでしょうか。
ところで、あんまりにも時間がたったので、必要だった20万円がいらなくなりました。
必要だった人がなんとかしたそうです。
よかったです。

■「まちづくり編集会議」出版(2012年11月3日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」の本が出来ました。
11月3日発売です。
この本に関しては、これまでも何回か書いてきましたが、住民のみなさんの頑張りで良い本になりました。
私も拡売に協力しなければいけません。
本の紹介はブックのコーナーに載せましたので、お読みください。

今日は「みのれ」10歳の誕生日で、さまざまなイベントが行われています。
編集委員のみなさんからお誘いを受けましたが、残念ながら行けませんでした。
しかしきっと盛り上がっていることでしょう。
市民ミュージカルも満席のようです。
文化センターは、まちづくりのセンターになることを、「みの〜れ」は証明してくれています。

(2012年10月22日)
■信濃川への鮭の遡上(2012年10月22日)
■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年10月22日)
■パソコン修理(2012年10月23日)
■ベジタリアンの金ヌリさん(2012年10月24日)
■究極の企業理念(2012年10月24日)
■いま技術ができる事は何か(2012年10月25日)
■オープンサロン(2012年10月26日)

■信濃川への鮭の遡上(2012年10月22日)
私も関わらせてもらっている新潟水辺の会の事務局の加藤さんから、信濃川への鮭の遡上が今年は増えているとメールが来ました。
JR東日本が改善してくれた宮中取水ダム魚道では昨日現在でもう123尾の遡上が確認されています。加藤さんは戦後最多の鮭の遡上も夢ではないと言っています。
信濃川に鮭を遡上させるプロジェクトは、長年、新潟水辺の会が取り組んできていますが、数年前からJR東日本が協力してくれています。
企業とNPOがしっかりと信頼関係を育てていけば、いろんな事ができるひとつの事例です。
ただせっかく個々まで遡上した鮭が次のところまでなかなかいけずにいます。
その上に東京電力のダムがあることが影響しています。
ここをどう変えていくのかが次の課題です。
実は東京電力も、このプロジェクトには協力してくれていましたが、昨年の福島事故以来、動きにくくなってしまいました。
信濃川に鮭を遡上させるプロジェクトは、実に象徴的なプロジェクトなので、多くの人たちに知ってもらい、応援してほしいと思います。
関心のある人はぜひご連絡下さい。

■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年10月22日)
日本子どもNPOセンターの事務局に湯島のオフィスを使ってもらうことにしました。
NPOにとっては場所の確保は必要ですが、都心は場所代が高くて大変なのです。
このNPOが余力が出来るまで湯島を使ってもらうことにしました。
できればそれを契機に、コムケア活動においてもまた子ども寛計のプロジェクトにも関われればと思っています。

立柳さんは福島でお仕事をされていますが、昨年の6月からずっと放射線量計を身につけて生活されています。
また現地での情報もいろいろと集めています。
であればこそ、福島の子どもたちへの心配は大きいのです。
その問題にも関われればと思います。

立柳さんとは子育ち学リサーチネットの時からのお付き合いです。
しばらく私は子どもの分野から外れていましたが、最初にNPO活動に関わりだした契機は子ども問題でした。

ところで、9月に企画した立柳さんに問題提起して、原発被曝の問題を考えるカフェサロンを11月25日(予定)に開催することにしました。
日程などが決まりましたら、お知らせのコーナーでお知らせします。
立柳さんの話を実に生々しいです。

■パソコン修理(2012年10月23日)
自宅のノートパソコンの具合が悪いので、買い替え八日と思ったのですが、ふと前に直したことを思い出して、パソコンに詳しい坂谷さんにアドバイスしてもらいました。
坂谷さんはわざわざ自宅まで来てくれて教えてくれましたが、前回坂谷さんから教えてもらったことをすっかり忘れてしまっていたことに気づきました。
今度こそ忘れないように教えてもらい、修理に必要なキーボードなども坂谷さんの指導でネットで購入しました。
ところが、届いたキーボードにはコネクターがついていなかったのです。
私の手違いだったのですが、念のためにまた坂谷さんにメールしたら、コネクターの付け方を教えてくれました。
ちょっと苦労しましたが、見事に直ってしまいました。
これは実にうれしい話です。
先月2台ほど古いパソコンを廃棄したのですが、再活用できる部品をとっておけばよかったと思いました。
今もデスクトップのパソコンが3台ほどあるのですが、これも廃棄する前に分解してみたくなりました。
私は昔から「分解」が好きなのです。
ただしなかなか直せたことはありませんから、パソコンが直ったのは実にうれしいわけです。

しかし、直ったおかげで、また新しいパソコンは買い損なってしまいました。
ウィンドウズ8が落ち着いたら、今度こそ新しいパソコンを買おうと思いますが、もうしばらく現在のパソコンを使おうと思います。
いま3台のパソコンを使っていますが、いずれも10年ほど使っているものばかりです。
新しいパソコンを使っている人を見ると羨ましいです。

■ベジタリアンの金ヌリさん(2012年10月24日)
韓国から東大の大学院に留学に来ている金ヌリさんが湯島に来てくれました。
先月、韓国に戻っていたので、そのお土産も渡したいからと言うことでした。
お土産は韓国のカエルの置物と竹の繊維でつくったハンカチでした。

金さんの修士論文のテーマがほぼ決まったようです。
「熟議民主主義とコモンズ」です。
なかなか意欲的なテーマです。
それも事例をきちんと調査して、それを踏まえての議論を考えているようです。
できれば、そんなテーマでのカフェサロンを湯島でやってもいいなと思いました。

ところでちょうどお昼時だったので、食事に出かけました。
ところがヌリさんはベジタリアンであることを初めて知りました。
それもかなり厳格なのです。
魚も肉もだめなのです。
結局、近くのいたリンのお店で、パスタと野菜サラダだけのものを用意してもらいました。
スープも野菜以外はだめなのだそうです。
これほど厳格なベジタリアンは初めてでした。

■究極の企業理念(2012年10月24日)
経営道フォーラム51期のEチームのメンバーが湯島に来てくれました。
今回のテーマは「究極の企業理念」。
なかなか面白い議論をしてきているようです。
辿りついたのは、社会構成主義的な気づきで、企業理念はそれに関わる経営者や従業員との関係性なのかで顕在化し育っていくということです。
まったく共感できます。
問題は、みんなが行き着いた気づきをどうみんなに伝えていくかです。
それはなかなか難しい。
しかし、少なくともそれにメンバーの7人が気づいたのはうれしい話です。
必ず生き方が変わるでしょうから。
理念や概念は、存在するものではなく、生成するものだと気づけば、人の生き方は変わります。

今回はとても良いメンバーに恵まれました。感謝しなければいけません。
研究成果の発表は11月22日。椿山荘です。

■いま技術ができる事は何か(2012年10月25日)
2か月休んでしまった技術カフェを開催しました。
テーマは「いま技術ができる事は何か」。
ところが、篠崎さんがいま怒っていることを話したいと切り出し、そこからいまの日本社会のおかしさへと話題が広がりました。
技術とあんまり関係ないのではないかと私が棹さしたら、それこそがまさに技術につながっていることなのだと櫻井さんから指摘されました。
たしかに話しているうちに、なるほどと私も思えるようになりました。まさにサロンの面白さです。
と言うわけで、話題はかなり広がりました。
そして、とんでもなく面白かったです。

櫻井さんが3つの具体的に問題を提起してくれました。
それはなんと「お金を基準にしない仕事のありかた」「原発の廃炉の可能性」「領土問題にこそ技術が必要」という(私の勝手な表現ですが)3つです。
え? 領土問題まで入るのという気がしましたが、話しているうちにつながってしまったのです。いやはや。
その話し合いの内容をどう報告したら伝わるか難しいのですが、まあ簡単に言えば、こうした問題に関しても、現実性を担保するためには「技術の役割」がもっとあるのではないかというようなことだったような気がします。

しかし技術関連の話もいろいろと出ました。
そういう話から、最後に岩田さんと石井さんから、次回のテーマが提案されました。
技術が生み出す「金銭的価値」以外の価値はなんだろうというようなテーマです。
開催日は11月15日です。関心のある人はご連絡ください。

■オープンサロン(2012年10月26日)
最近オープンサロンは参加者が少なくさびしくなってきました。
いろんなサロンをやりすぎているせいかもしれません。

今回は4人の個性的な人が集まりました。
憲法学者、革命家、ミュージシャン、遊び人です。
そしてテーマは「民主主義」。
それも極めて真剣なのです。
なにしろロバート・ダールのポリアーキの話題が出るほどですから。
憲法や政治のおかしさも盛んに話題になりました。

参加者の立場がそれぞれまったく違うのも面白い。
役得で、私は4人の背景や立場が良くわかるので、特に面白かったのです。

かなり真剣な議論のサロンが2日つづくと、結構疲れます。
カフェサロンでホストが疲れるってのは、どこかに問題があります。
まだまだホストに徹し切れていない未熟さを感じます。

(2012年10月第3週)
■チビ太の苦労(2012年10月15日)
■久しぶりの畑仕事(2012年10月16日)
■STRAMDでの講義(2012年10月18日)
■第2回アグリケアサロン(2012年10月19日)
■自殺のない社会づくりネットワークの最近の動き(2012年10月20日)

■チビ太の苦労(2012年10月15日)
わが家の一人息子のチビ太は、私の息子でありながら、私よりも老化が進んでいます。
もう17歳なのですが、小型犬なので、人間的にはもう100歳を超えているそうです。
目がほとんど見えず、ほぼ寝たきりです。
しかし、まだ呆けてはおらず、食欲もあります。
しかし、その分、私たちには大変で、夜中に数回は起こされます。

寒くなってきたので、チビ太の居場所を少し改善することにしました。
いまはリビングルームの一角がチビ太コーナーです。
いまも夜はタオルをかけて寝ていますが、時々転がってしまい、呼び出されます。
いろいろと工夫していますが、今度はキャスターつきの箱を用意しました。
これだと暖かいところに移動できます。
さてうまくいくでしょうか。

■久しぶりの畑仕事(2012年10月16日)
家庭農園は一度は草取りを終えたのですが、その後、1か月ほど、雨だったり忙しかったりでさぼってしまいました。
その結果、以前ほどではありませんが、また草に覆われてしまいました。
あの大変な1か月の作業は何だったのでしょうか。
それにしても草の成長力は驚異的です。

今日は久しぶりにまた畑の草刈りをしました。
前回はほぼ笹薮だったので、大変でしたが、今回はかなり楽です。
植生もかなり変わっています。
ハーブ類がかなり茂りだしました。
また少しずつ草狩りをしようと思いますが、年内に花の種を蒔くのは難しそうです。

■STRAMDでの講義(2012年10月18日)
桑沢デザイン研究所がやっているSTRAMD講座に、今年も話に行きました。
テーマはこれまでと同じく「社会性企業」です。
私の年来の関心事の経済と企業のパラダイムシフトのメッセージです。

時代を反映して、今年の受講生はIT関係の若い人が多いようです。
アントレプレナー志向の人向きの内容を用意していたのですが、名簿を見て、ちょっと迷いが生じてしまいました。
そのせいか、どうも参加者とのシンクロがなかなかできずに、なんとなく話しおわった後、何か充実感をもてませんでした。
しかし、参加者の一人から「本日のお話で最も衝撃的だったのは、マネタイズのないところにビジネスの価値がある、働くこと=生きること、という考え方です」というメールが届きました。
とてもうれしいメッセージでした。
それにしも、ビジネス真っ只中の人たちに、ソリューションビジネス批判やお金から離れようなどというメッセージを無防備にしすぎたかもしれません。
それに悪い癖で、ドラッカー批判までしてしまうので、人によってはムッとするでしょう。
まあそれが狙いではあるのですが。
権威に盲従する生き方を壊さないと社会は変わりません。

しかし、私の「ソーシャルビジネス」論はいささか常識から離れているので、なかなか理解してもらえませんが、まあ50年も経てば、きっと一般化しているでしょう。

■第2回アグリケアサロン(2012年10月19日)
第2回目のアグリケアサロンです。
前回同様、実に多くの刺激をもらいました。
新たに遠藤さんの知り合いの小早川さんが参加しました。
意識を持てば、情報はどんどん集まってくるものです。
参加者のお土産の情報だけでも毎回実に面白いです。

メーリングリストの参加者も17人になりました。
しかし話し合ってばかりでも退屈なので、そろそろどこが「福祉と農業がクロスしている現場」を訪問することになりました。
候補がいくつか出てきましたが、いずれも魅力的です。
このネットワークは、これまでのなかで一番早く自立していきそうです。

■自殺のない社会づくりネットワークの最近の動き(2012年10月20日)
アグリケアのネットワークを書いたついで、自殺のない社会づくりネットワークの最近の動きを少しだけ書いておきます。
このネットワークもここにきて急速に内発的な動きが出始めました。
まずネットワークでつながった人たちが主役になっての講演会やシンポジウムが各地で行われだしました。
また新潟市では金田さんや石津谷さんがささえあいネットワーク・新潟を立ち上げ、精力的にネットワーキングしだしています。
大阪のあゆみあいネットワークも着実に活動が広がっているようです。

そろそろこのネットワークの事務局業務からも足が抜けるかもしれません、
ソーシャルビジネス研究会ももう少しです。
問題は、そうしたネットワークを生み出していった基盤のコムケアのネットワークが最近ちょっと弱くなっていることです。
少してこ入れしようかと思います。

(2012年10月第2週)
■遅まきながら「危険社会」を読みました(2012年10月8日)
■「ボーン・レガシー」を観ました(2012年10月10日)
■株式会社コレントの安藤さんが来ました(2012年10月10日)
■お金をテーマにしたソーシャルビジネス研究会(2012年10月11日)
■手づくり散歩市で自宅にカフェを開きました(2012年10月13〜14日)

■遅まきながら「危険社会」を読みました(2012年10月8日)
昨年の大震災後、話題になったウルリヒ・ベックの「危険社会―新しい近代への道」を改めてきちんと読みました。
本書はチェルノブイリ事故の直前に書かれたものですが、実に時代の流れをしっかりと見ています。
いま読んでも教えられることが山のようにありますし、古さを感じさせません。
そこに大きな問題があるのですが。
むしろ今こそ原発関係者にしっかりと読んでほしい本です。
久しぶりにじっくりとノートしながら、読みました。

■「ボーン・レガシー」を観ました(2012年10月10日)
映画「ボーン3部作」に続く第4作目の「ボーン・レガシー」を観ました。
羊頭狗肉の作品ですが、次の展開への予告編だと思えばまあ許せます。
小さな映画館で観ましたが、観客は10人足らずでした。
ブログにも酷評を書きました。

■株式会社コレントの安藤さんが来ました(2012年10月10日)
経営道フォーラムの51期生の安藤さんが湯島に来てくれました。
安藤さんは、単身女性を対象として、個々のライフスタイルに合わせた住環境の 提供、管理・運営を行う、コレントという会社を数年前に立ち上げた、ソーシャル・アントレプレナーです。
会社のホームページのトップに、「未来への第一歩を応援したい」と掲げられています。
それが安藤さんの創業の理念です。
よかったら、コレントのホームページをご覧ください。

ちなみに、「コレント」とはフィンランド語で「とんぼ」の意味だそうです。
とんぼは広い視野を持ち、後には進まないから、安藤さんはとんぼが好きなのだそうです。
一番好きなのは「おにやんま」。
そういえば、最近、おにやんまを見かけません。

安藤さんと話していて、こうした「思い」をもった若手のソーシャルアントレプレナーのサロンがあるといいなと思いました。
昔だったら、私もその一角に座れたかもしれません。
面白い時代になりました。

■お金をテーマにしたソーシャルビジネス研究会(2012年10月11日)
第2回ソーシャルビジネス研究会のテーマは「お金」でした。
まさか2回目にお金がテーマになるとは思っていなかったのですが、
ソーシャルビジネスにとってもやはり起業資金が最大の課題なのかもしれません。
私自身は、そういう発想から抜け出ないとソーシャルビジネスは起こせないと思っていますが、
現実に取り組んでいる人たちには、それが関心事なのです。
その発想をどう現実的に変えていくかが課題です。

今回の議論で、資金調達を資金面だけで考えていると限界があるということにみんな気づいたようで、その意味では少し前進したような気がします。

■手づくり散歩市で自宅にカフェを開きました(2012年10月13〜14日)
13日と14日は地元の我孫子市で「手づくり散歩市」が開催されました。
私自身は最近全く関わってはいないのですが、わが家の庭にスペインタイル工房を開いている娘が参加しているため、わが家も「飛び地の会場」になっています。
それでこのイベントの時には、わが家の庭で来客者に珈琲を飲んでもらえるようにしています。
手づくり散歩市の会場としては、位置的には少し離れていますので、お客様はそう多くはありません。
庭のテーブルで珈琲を出すだけですが、天気がよければとても居心地のいい空間なので長居する人も多いのです。

今回、私の知り合いでは最初に花かご会の山田さんが来てくれました。
午後には久しぶりに足代さんが立ち寄ってくれました。
足代さんは、娘のスペインタイル工房の「生徒」さんですが、私よりも年長で、実は某大企業の副社長だった人です。
日本の良き企業文化を残すべき全力を挙げてバブルおよびその後の企業経営に取り組まれ、それですべてのものを使い切ったので、「余生」は企業とは無縁なところで活動したいと鮮やかな転身をされた方です。
良い意味での武士の魂をお持ちの方です。
実は私とも共通の友人知人がいることがわかり、娘の教室に来た時に時々お話をさせてもらっていました。
1日目の最後は坂谷さんでした。
坂谷さんが来たのを幸いにパソコンの修理をしてもらいました。
前にもパソコンが壊れて買い換えようと思っていたら、坂谷さんがやってきて直してくれました。
今回もまた直ってしまいましたので、また新しいパソコンを買わないですんでしまいました。
パソコンは自分でいくらでも増能力でき、ソフトも買い換えればいいのですね。
しかし多分多くの人はそれを知らずに買い換えてしまうのでしょう。
ここでも消費社会の無駄がよくわかります。

2日目はあいにく天気が優れませんでした、私の知り合いも何人か来てくれました。
最初に来たのは、会社時代の同期生の安藤さん。
つづいて柏にお住まいの建築関係のお仕事をされている芦川さん。
そして農協で長らく仕事をされていた山内さんが、奥様と一緒に立ち寄ってくれました。
山内さんと話していたら、共通の友人が見つかりました。
午後は小雨まで振り出し、わが友人知人は来ませんでしたが、最後に市会議員だった海津さんが来てくれました。
海津さんとはかなり激しい論争もしていますが、こうしてきてくれることはうれしいことです。
海津さんはいま我孫子になぜ白樺派の人たちが別荘をもったのかをテーマに大学院で研究をやっていますが、その関係でイギリスのセント・アイヴスにまで行ってきたそうです。
セント・アイヴスは我孫子で窯を持っていたバーナード・リーチが移ったところです。
久しぶりなのでいろいろと話しているうちに5時を回ってしまい、寒さで身体が冷え切ってしまいました。

まあそんなわけで、久しぶりにいろんな人たちと話しました。

(2012年10月第1週)
■フィールド博物館・土浦(2012年10月2日)
■軽井沢合宿(2012年10月3〜4日)
■山城経営研究所の風早さん(2012年10月4日)
■1年ぶりの古庄さん(2012年10月5日)

■フィールド博物館・土浦(2012年10月2日)
土浦の亀城城址のまわりには蔵や旧家が残っています。
たまたま機会があったので、そこを回ってみました。
いまも2つほどの蔵が公開されています。
江戸時代に建てられた総煉瓦葺きの2階建て住宅の矢口家も残っていると聴いていましたが、残念ながら昨年の東日本大地震でかなり大きな傷を受けて、いま修理中でした。
近くの瀬戸物屋さんに聴いた話では、修理に2億円もかかるそうです。

ところで、その瀬戸物屋さんですが、これもなかなか面白お店でした。
実はこの界隈は、フィールド博物館・土浦として観光の目玉の一つになっていますが、閑散としていました。
この瀬戸物屋さんも雰囲気のある大きなお店ですが、誰もいませんでした。
道に面したショーケースにフクロウの置物がありました。
そのひとつに偶然に目が合ってしまったのです。
最近はフクロウのコレクションは止めていたのですが、目が合ったので仕方なく購入することにしました。
しかしいくら大きな声で声をかけても、お店には誰も出てきません。
土浦にはまだこういう店があるのだと思ったらうれしくなりました。
奥まで入っていくと、お店の先の庭では名に水をやっている人がいました。
それでやっと気づいてくれました。
ところがそれからまたしばらくは出てこないのです。
まあ無用心と言うか、これが人間的なリズムなのかもしれません。

フクロウは土浦で陶芸をしている和田和夫さんと言う人で、その人の奥さんのことも含めていろいろと教えてくれました。
土浦が好きになりました。

■軽井沢合宿(2012年10月3〜4日)
経営道フォーラムの合宿です。
今期は1つのチームだけですし、何回かすでに話し合っていますから、まあ雑談気分で参加させてもらいました。
研究テーマは「究極の企業理念」です。
前にも書きましたが、そこにこめたみんなの思いが私は気に言っています。
究極の企業理念は「無」という感じなのです。

今回のチームは実に楽しいチームです。
あんまり大きな声で笑ってばかりいたので、ほかのチームからは顰蹙を買ったかもしれませんが、まあ良い議論ができたと思います。

発表は11月19日です。

■山城経営研究所の風早さん(2012年10月4日)
合宿を途中で切り上げて帰りましたが、たまたま研究所の風早さんも東京で用事があると言うので、ご一緒しました。
風早さんご自身が、経営道フォーラムの11期生で、その時からのお付き合いです。
気楽な中なので、経営道フォーラムや研究所の進め方について、いろいろと思うことを話させてもらいました。
山城経営研究所は、最初の頃からかなり深く関わっていますので、どうも研究所のスタッフ以上に思いが深いのです。

そろそろ私も経営道フォーラムから引退しようと思っていますが、どうも現状のままでは去りがたい気もしています。
まあ余計なお世話なのですが。

■1年ぶりの古庄さん(2012年10月5日)
経営道フォーラムの卒業生の古庄さんが、漸く山を越したと湯島に来てくれました。
個人起業した会社がいろいろと大変だったようです。
元気そうでした。
お話をお聞きすると、大変な1年だったようですが、そのおかげで、古庄さんが本当にやりたいことのほうに一挙に近づいたようにも思いました。

会社で仕事をするのと個人起業とはまったく違います。
これだけは自分でやってみないとわからないでしょう。
しかしまあ、山を越して前に進みだしたようで、とてもうれしいです。

(2012年9月第4週)
■「現場からの教育再生」(2012年9月25日)
■良い人のラーメン屋さん(2012年9月25日)
■パオスの中西さんと久しぶりに会いました(2012年9月26日)
■アグリケア第1回サロン(2012年9月27日)
■久しぶりの古田武彦史観(2012年9月27日)
■坪倉さんが湯島に立ち寄りました(2012年9月28日)
■政治談議のオープンサロン(2012年9月28日)

■「現場からの教育再生」(2012年9月25日)
先週も書きましたが、5年前に書いた私のブログを読んで、著書を送ってくださった方がいます。
高校の先生だった折原利男さんです。
その本が、「現場からの教育再生」です。
本の帯に、「危機的な状況にある教育の場で、教え子たちとともに、たゆまず真理の探究を続けてきたベテラン国語教師の実践記録と明日への提言」とあります。
まさに、その通りの本です。
紹介をブックのコーナーに書きました。
私も読ませてもらいましたが、学校の現場の状況がよくわかります。
子の分野に関心を持っている友人知人にも紹介させてもらいました。

■良い人のラーメン屋さん(2012年9月25日)
娘夫婦が近くにとても良い人がやっているラーメン屋さんがあるので、食べに行かないかと誘われました。
なんでも野菜であろうとなんであろうと、客の望むとおりに、増やしてくれるのだそうです。
時にはカウンターに果物などがあって、それも食べ放題なのだそうです。

良い家族がやっているラーメン屋さんは、わが家のすぐ近くにも昔ありました。
家族で楽しそうにやっているのですが、残念ながら味はあまり好みではありませんでした。
しかし、なにしろ良い家族がやっているので、お店の雰囲気はとても明るいのです。
それで何回か通いましたが、あまり流行らずに結局、チェーン店のラーメン屋さんになってしまいました。
その記憶がありますので、良い夫婦がやっているラーメン屋さんならば、行かなければいけません。

老夫婦がやっていました。
私は塩ラーメンを頼み、トッピングにメンマを頼みました。
野菜が山のようでした。
わざわざ料理していたご主人がやってきて、味はどうですか、もし合わなければつくりかえますよというのです。
正直、私には少し味が濃かったのですが、作り変えてもらうほどのこともありませんでした。
そうしたら今度は野菜はどうですか、いくらでも追加しますよ、というのです。
恐縮してしまいました。

帰り際に、老夫婦が丁寧にお辞儀をしてくれました。
そのためにまた行かなくてはならない気分になりました。
今度は昼間に行こうと思います。
昼と夜は麺の種類もつくり方も違うのだそうです。
どうしてですかと質問したら、いろんなラーメンを食べてもらいたいですから、ということでした。
なんだか昭和のラーメン屋さんのようで、気持ちがあったかくなりました。

■パオスの中西さんと久しぶりに会いました(2012年9月26日)
久しぶりにパオスの中西さんのオフィスに行きました。
パオスといえば、日本のCI事業の草分けです。
私が人生を変えてしまった一因は、中西さんとの出会いにあったかもしれません。
中西さんから、面白い企業があるので、一度、意見を聞きたいといわれたのです。
それに関連して、最近、取り組んだ企業のプロジェクトのビデオを見せてもらいました。
昔の会社時代を思い出しました。
あの時と今とでは、生き方が全く違っています。
どちらがいいとか悪いとかではありませんが、ビデオを見ながら、企業の仕事の面白さを思い出しました。

その後、中西さんがアークヒルズクラブに席を取っておいてくれたので、お寿司をご馳走になりました。
最初に出てきた「のどぐろ」でした。
先週は「はま寿司」で、3人で2000円にも届かないお寿司を食べましたが、今日はもしかしたらその一貫でそのくらいかもしれません。
実に美味しい「のどぐろ」でした。

中西さんと会うと、いろいろなことを思い出してしまいます。

■アグリケア第1回サロン(2012年9月27日)
アグリケア フェラインの第1回の集まりです。
今回は全中の比嘉さんも参加してくれました。
比嘉さんとは20年ぶりでしょうか。
比嘉さんが農協の変革に関心をお持ちだった頃、お付き合いが始まったことを比嘉さんから思い出させてもらいました。

今回は流山で米作りをしている遠藤さんが、新米を炊いてもってきてくれました。
それをおにぎりにしていただきました。
とても美味しかったです。

今回も、自らが取り組んでいる活動や問題意識などを順番に話しているうちに、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。
それぞれの話が実に面白く、もっと掘り下げたい話ばかりでした。

■久しぶりの古田武彦史観(2012年9月27日)
久しぶりに古田武彦さんの本を読みました。
10年ほど前に出た「壬申大乱」です。
やはり実に面白く、説得力があります。
これまであまり理解できなかった壬申の乱の事がとてもすっきりしました。
天智天皇崩御の直前に、大海人皇子が退去した「吉野」は、佐賀の吉野で、柿本人麻呂は近江王朝ではなく、九州王朝の歌人だったと言う話です。
やはり古田史観は説得力があります。

国語学の大学教授の友人に面白いよと書いたら、彼女もちょうど読んでいるところでした。
不思議な偶然でした。

■坪倉さんが湯島に立ち寄りました(2012年9月28日)
坪倉さんが湯島に立ち寄りました。
相変わらず相変わらずです。
人によって話す話題は本当にそれぞれなのですが、坪倉さんとの話はまた極めて非日常です。
実はもう少し疲れているだろうなと思っていましたが、以前と変わらなく、元気そうでした。
話していて、京都の濱崎さんを引き合わせたくなりました。
もしかしたら、面白い動きが生まれるかもしれません。

■政治談議のオープンサロン(2012年9月28日)
昨日と違い、今日のオープンサロンは参加者は3人でした。
それもいささか個性的過ぎる人ばかりだったのと政治への関心の強い人だったので、最近の政治状況の話に終始しました。
こういう政治談義がもっと広がるといいのですが。

(2012年9月第3週)
今週もまたばたばたしていたような気がしますが、書けることがありません。
ある人が、メーリングリストである集まりの報告をしてくれました。
ところが、参加者の発言などが記号になっていました。
発言者に迷惑をかけたくないという配慮からです。
それに大きな違和感を持ちました。
人を記号や匿名で呼ぶのは、やはり失礼です。
しかし、考えてみると、最近このコーナーで私も時々記号を使うようになっています。
昔はすべてが実名でしたが、ある人から実名は困ると言われたことがあるからです。
反省しました。
自分で信念を崩していることに気づいたのです。
実名で書けないようなことは、そもそも書くべきではない。
そんなわけで、このコーナーも、これからは実名で書けないことは書くのをやめました。
そう思ったら、あんまりあっけらかんと書いてはいけない気がしてきました。
ですから、今週は私自身のことだけを書くことにしました。
しかし、こうやって書いてみると自分だけでの生活はいかにも内容がなく、貧しいですね。
でもまあ、たまには私の日常生活も書いておく意味があるかもしれません。
■岡山のぶどうが届きました(2012年9月16日)
■畑仕事の後、日本テレビの「笑点」を見ました(2012年9月16日)
■「まちづくり編集会議」の原稿を仕上げました(2012年9月17日)
■敬老の日にはなにもありませんでした(2012年9月17日)
■久しぶりにコナン・ドイルを読みました(2012年9月18日)
■忙しい宮部さんの邪魔をしてしまいました(2012年9月18日)
■歯医者さんに行きました(2012年9月19日)
■二重の虹に見とれました(2012年9月19日)
■東京新聞の試読を始めました(2012年9月19日)
■「ある心臓外科医の裁判」を一気に読んでしまいました(2012年9月20日)
■木の屋石巻水産の缶詰をもらいました(2012年9月20日)
■折原さんからのメール(2012年9月21日)
■民主党代表選挙をずっと見てました(2012年9月21日)
■山のような書類を片付けようと思いました(2012年9月21日)
■チビ太が風邪をひきました(2012年9月21日)
■近くにはま寿司が開店したので行ってしまいました(2012年9月21日)
■お墓参りしました(2012年9月22日)

■岡山のぶどうが届きました(2012年9月16日)
岡山にいる亡妻の友人から、今年もぶどうが届きました。
毎年送ってくれます。
妻に供えました。
例年になく大きな粒でした。

■畑仕事の後、日本テレビの「笑点」を見ました(2012年9月16日)
わが家の荒れ果てた畑の草取りをしていますが、草取りをするそばからはえてきて、何時になっても終わりません。
終わってから、日本テレビの「笑点」を見ました。
この番組を見ていると心が和みます。

■「まちづくり編集会議」の原稿を仕上げました(2012年9月17日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」の10周年記念に、住民たちが本をつくりたいというのでその応援をしています。
ようやく原稿が完成しましたので、最後の修正をしました。
何回も読んだので、目がしょぼしょぼです。
しかし良い本になりそうです。
みんなのうれしそうな顔が私のモチベーションです。

■敬老の日にはなにもありませんでした(2012年9月17日)
今日は敬老の日でしたが、私も71歳、もう老人です。
中国の礼記によれば、70歳が老人です。
老人という言葉を嫌う人もいますが、私は好きです。
しかし、自分が老人であるかといえば、残念ながらまだ気恥ずかしさがあります。
老人はもっと敬われ熟した知恵者でなければいけません。
私にはまだ小賢しさがかなりあります。
まだまだ熟していない、つまり未熟なのです。
フェイスブックに「敬老の日」は嫌いだと書いたら、みんな勘違いして、佐藤さんはまだ老人ではないといろんな人が書き込んでくれました。
どうも私は誰にも理解されていません。
やはりまだまだ私は未熟だと反省しました。

■久しぶりにコナン・ドイルを読みました(2012年9月18日)
テレビの「シャーロック」を観てから、もう一度、ドイルの作品を読みたくなっていました。
図書館からドイルの傑作集を借りてきて、ミステリー編を読みました。
ホームズが出てこない作品です。
2作品読みましたが、やはりホームズものが私には向いているようです。
謎解きは面白かったですが、どこかものたりません。

■忙しい宮部さんの邪魔をしてしまいました(2012年9月18日)
仕事の関係で、デザイナーの宮部さんを煩わせています。
今日もまた、忙しい彼に来てもらい、無理を押し付けてしまいました。
私の仕事は多くの場合、お金をもらえずにお金を出す羽目になるので、なかなか宮部さんにお礼が出来ません.
困ったものです。
お金をもらう仕事もやはりしないといけませんね。
何かありませんかね。

■歯ブラシを変えました(2012年9月19日)
歯医者さんで4回かけて歯の掃除です。
今日はその3回目ですが、もっときちんと歯磨きをしないといけません。
しかし、どうも私は歯ブラシが嫌いなのです。
そう思っていたら、ドラッグストアで「たんぽぽの種」という新しい形の歯ブラシを見つけました。
これを使うことにしました。
これでしばらくは退屈せずに歯磨きできそうです。

■二重の虹に見とれました(2012年9月19日)
手賀沼に二重の虹が出ました。
しかもそのひとつは見事な半円を完成させていました。
久しぶりに屋上から娘たちと虹を見ました。
久しぶりです。

■東京新聞の試読を始めました(2012年9月19日)
東京新聞がいいという話を多くの人に聞きます、
それで1週間の無料お試しを申し込みました。
たしかに朝日新聞とは違います。
ただレイアウトや雰囲気がいかにも旧態然としています。
朝日新聞と見比べて1週間読むことにします。

■「ある心臓外科医の裁判」を一気に読んでしまいました(2012年9月20日)
大学時代の同級生の大川さんが医療訴訟問題の本を出版しました。
読み始めたら、引き込まれてしまい、一気に読んでしまいました。
ブックのコーナーに紹介しましたが、著者の大川さんにはそれとは別のかなり辛らつな感想を送りました。
どんな返事が返ってくるでしょうか。

■木の屋石巻水産の缶詰をもらいました(2012年9月20日)
経営道フォーラム51期の私の担当チームが東北被災地に視察に行ってきました。
そのお土産に、木の屋石巻水産の缶詰を持ってきてくれました。
最高のお土産です。
今回はチームメンバーの7人全員が湯島に来てくれて、いろいろと話し合いました。
大企業の役員や部長のみなさんですが、みんな実に明るくて、本音で語り合ってくれます。
その成果は11月に発表されます。

■折原さんからのメール(2012年9月21日)
以前、私のブログでその論文を紹介させてもらった折原さんという高校の先生から突然メールが来ました。
私が勝手に紹介してしまったのですが、折原さんが最近その記事を見つけて、後自分の書いた本を贈りたいといってきてくれたのです。
時にこういううれしいこともあります。
折原さんと私を結び付けてくれたのは、「ユンゲの懺悔」と言う記事です。
よかったら読んでください。

■民主党代表選挙をずっと見てました(2012年9月21日)
政治の世界での大きな決定の時には、でいるだけ自宅でテレビを見るようにしています。
今日は民主党の臨時党大会で代表選挙が行われました。
結果はほぼ決まっていると言われていましたが、そうならないことを祈りながら、見ていました。
原口候補のスピーチは、まともでした。
しかし、残念ながら野田首相の圧勝でした。
民主党はついに自民党になってしまいました。
野田首相は政権交代を白紙に戻すために雇われたトロイの木馬に思えました。
その罪は重いです。
ドジョウの脳みそしかない人だとやっとわかりました。

■山のような書類を片付けようと思いました(2012年9月21日)
少しやる気を出して、机の周辺に山積みされている書類を片付けだしました。
しかし、あまりの多さにすぐにやめたくなりました。
ゴミ屋敷にしてしまう人の気持ちが少しだけわかるような気がします。

■チビ太が風邪をひきました(2012年9月21日)
わが家のチビ太がくしゃみをしています。
娘が心配してお医者さんに連れて行きました。
単なる体調不良で、心配ないそうですが、くしゃみではなく、咳をしだしたら危険なので注意してくださいと言われたそうです。
犬のくしゃみと咳。
いずれもこれまで聞いたことがありませんでした。
薬を飲んだら、くしゃみも止まり、一安心です。

■はま寿司が近くに開店したので行ってしまいました(2012年9月21日)
近くに回転寿司の「はま寿司」が開店しました。
平日は90円なのだそうです。
どんなものかと娘たちと行ってみました。
賑わっていました。
種類は少なかったですが、鮮度はよかったです。
しかし3人で行ったのに、2000円に達しませんでした。

■お墓参りしました(2012年9月22日)
お彼岸なので父母と妻のお墓参りに行きました。
気のせいか、お彼岸のお墓参りは年々賑わっています。
花を供えて、般若心経をあげてきました。

(2012年9月第2週)
■岳史さんの仕事観(2012年9月9日)
■みの〜れ物語編集会議(2012年9月10日)
■玉里の小松さん(2012年9月10日)
■ネットワークささえあい・新潟(2012年9月11日)
■富士山プロジェクト(2012年9月13日)
■フォワードカフェ(2012年9月15日)

■岳史さんの仕事観(2012年9月9日)
佐藤岳史さんが湯島に来てくれました。
暑い中を自転車で、1時間20分かかってやってきたそうです。
もしかしたら、岳史さんは昨年、東北被災地にボランティア活動に行ったことが契機で人生を変えようとしているのかもしれません。
先月、会社を辞めてしまいました。
仕事はこれまでの会社とのつながりの中で、いまも継続はしていますが、労働観や仕事観も変わりつつあるようです。
生活者視点での自然エネルギー事業が企画できないかと構想しだしています。
私が考えているソーシャルビジネスにぴったり合いそうな構想です。
私に何ができるかを考えようと思います。

■みの〜れ物語編集会議(2012年9月10日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」に関わる人たちの本づくりも、いよいよ最終段階に入りました。
今日が最後の編集会議。
住民委員は見事に頑張ってくれました。
一昨日、12時間の会議を行い、昨日も会議を持って、今日に備えてくれていました。
ここまで熱心に入れ込んでくれると、もう私の出番はありません。
そんなわけで、いろいろと紆余曲折はありましたが、とても良い原稿が出来上がりました。
今日は、ブックデザインをお願いしている宮部さんにも同行してもらいました。
宮部さんは前回の本づくりにも参加してくれています。

今回もまた住民のみなさんが手づくりの食事を用意してくれました。
今回はレンコンづくしでした。
小美玉市の自慢のプリンもおまけについていました。

ちなみに編集作業はみんな住民たちの手弁当作業です。
しかも並行して、出版のための費用集めも住民の仕事です。
さらに今日の食事も、それぞれの持ち出しです。
これが、実はみの〜れの精神です。
自分たちのまちを良くしていくためには、自分たちが汗もお金も出そうというのが、17年前のみの〜れ建設の時に、私も強調させてもらったことです。
もうみなさんは忘れているかもしれませんが。
しかし、それがいまも脈々と続いているのが、とてもうれしいです。

■玉里の小松さん(2012年9月10日)
私がみの〜れに来ているのを知って、玉里の小松さんが訪ねてきてくれました。
玉里はいまは町村合併で小美玉市になっていますが、その前は玉里村でした。
小松さんはそこの職員ですが、私は当時の美野里町の沼田さんからお名前をお聞きしていました。
もう10年近く前のことでしょうか。
私がみの〜れに関わりだしたのは、沼田さんのおかげなのです。
沼田さんは住民視点の仕事をしっかりとしてきた方です。
その沼田さんから、小松さんのお名前をお聞きし、一時、メールでやり取りしたことがありますが、残念ながらその後、市町村合併の話が出てきて、私は美野里町との付き合いをやめました。
市町村合併は私の考えに反するので、それを目指す自治体とは付き合わないのが当時の私の方針でした。
そんなわけで、小松さんと会う機会は失われていました。
ところが、今回、思ってもいなかったのですが、お会いすることができたのです。

初めてお会いしたにもかかわらず、ついつい長話になってしまいました。
思った通りの人でした。
いつか小松さんと一緒に何かができればいいなと思いました。

■ネットワークささえあい・新潟(2012年9月11日)
新潟の金田さんが湯島に来てくれました。
金田さんは、自殺のない社会づくりネットワークで主催した3月のフォワードフォーラムに参加してくれたのですが、それがきっかけになって、新潟でもそうした活動を起こしたいと動き出してくれています。
新潟には、東尋坊での自殺防止活動に参加していた石津谷さんもいるので、いま2人でネットワークづくりに取り組みだしています。
そして、「ネットワークささえあい・新潟」を立ちあげました。
まだ、いわば準備段階ですが、精力的に動き回っています。
今日は、それに関連して意見交換させてもらいました。

今週は自殺予防週間でもあり。さまざまなイベントや集まりが行われていますが、私自身はそうした活動に全く興味がありません。
私の関心は、自殺予防週間とか自殺予防デーなどといったものがなくなることです。
自殺をテーマにした仕事がなくなることです。
金田さんたちには、地道な実体を育てていく活動に取り組んでいただきたいと思っています。

■富士山プロジェクト(2012年9月13日)
みの〜れの本は、日本地域社会研究所のコミュニティブックシリーズの1冊として、出版することにしました。
書名も決まりました。
「まちづくり編集会議」。
まちづくりを編集する住民たちの物語というわけです。
その打ち合わせで、日本地域社会研究所の落合さんのところに行きました。

出版の話はすぐに終わりましたが、その後、落合さんから30年来のライフワークのひとつだといって、富士山里山ミュージアムの相談がありました。
みんなの富士山学会というのもあって、すでに本も1冊出していますが、実体はまだあまりないようです。
そうしたことを実体化してほしいという相談です。
これはかなり難問です。
コアメンバーもいないようですし、資金はゼロです。
さてどうするか。
30年も考えてきたので、落合さんのアイデアは山ほどあります。
しかしアイデアが山ほどあるということは、ないというのと等しいのです。
落合さんは本の編集は得意ですが、実体の編集は苦手だと言います。
これまでさまざまなイベントやプロジェクトを起こしてきたでしょうと言うと、そういう仲間はもうみんな歳をとっていなくなったと言います。
さてさて困ったものです。
私も間もなくいなくなる年齢ですし。

でもまあ、みの〜れの本づくりに協力してくれたのだから、そのお返しをしなければいけません。
まずは仲間探しから始めましょう。
どなたか関心のある方はご連絡ください。

■フォワードカフェ(2012年9月15日)
第5回フォワードカフェです。
今回は7人が集まりました。
常連の高齢者が多かったのですが、若い女性の伊藤さんが初参加してくれました。
1か月ほど前に、東尋坊の茂さんの紹介で、私と交流が始まった人です。
彼女のおかげで、いつもとは違ったサロンになりました。
このサロンは、誰もが気楽に本音を出し合える場ですので、話の内容は基本的にオフレコですが、いろいろと考えさせられるサロンでした。

コミーの小宮山さんも参加しました。
おかげでまた箸ぴーゲームをしました。
私の成績はだんだん悪くなっています。
困ったものです。

10月のフォワードカフェは10月13日です。

(2012年9月第1週)
今週はしずかな週明けでしたが、週末はてんやわんやでし。
なにやら厭世観の高まりか、悲観的なことが多い週でした。
■妻の命日(2012年9月3日)
■CF事業3社会議(2012年9月4日)
■日本経営道協会市川さん(2012年9月5日)
■木の屋石巻水産松友さん(2012年9月7日)
■第1回ソーシャルビジネス研究会(2012年9月7日)
■てんやわんや(2012年9月8日)


■妻の命日(2012年9月3日)
妻の5回目の命日でした。
5年経っても、状況は変わりません。

■CF事業3社会議(2012年9月4日)
CFに関連した3社のミーティングを持ちました。
なかなかまだ先が見えてきません。

■日本経営道協会市川さん(2012年9月5日)
日本経営道協会の市川さんと久しぶりにゆっくりと話しました。
今のままだと、市川さんが切り開いてきた「経営道」活動も運動的な要素が消えていきそうです。
日本の企業の経営も、相変わらず劣化の一方のように思います。

■木の屋石巻水産松友さん(2012年9月7日)
石巻で健闘されている「きぼうのかんづめ」の木の屋石巻水産の松友さんが湯島に立ち寄ってくれました。
昨年、あるシンポジウムで同社の木村さんにお会いしたのですが、久しぶりに尊敬できる社長にお会いできた気がしていました。
それを機に、松友さんとも知り合えました。
実にうれしい来客でした。
松友さんから、同社に入社した時の話を聞きました。
そのエピソードから、改めて企業というものを考えさせられました。
重かったり、辛かったりする話題が、今週は多かったのですが、心が洗われました。

■第1回ソーシャルビジネス研究会(2012年9月7日)
第1回ソーシャルビジネス研究会は、現役の小学校の先生の問題提起で、
「教育におけるソーシャルビジネスの可能性」を話し合いました。
参加者は8人、実践の場を持っている人が多かったです。
最後に、「ソーシャルビジネスとは何か」を話し合うミニセッションを行いました。
曖昧な意味で「ソーシャルビジネス」が語られているのが、私にはとても気持ちが悪いのです。
今回は、アメリカのシビックアントレプレナーの話を題材に、
ソーシャルビジネスの特徴は、
「金銭基準ではない」
「顧客がいない」
「事業主体は社会」
「常に成長していく」
などを話させてもらいました。
次回は10月11日です。

■てんやわんや(2012年9月8日)
お知らせのコーナーでご案内もしていましたが、9月9日に放射線量計を1年以上、ずっと身につけて生活していた、福島医大の立柳さんを話題提供者にして、福島の現状や課題などを話し合うサロンを予定していました。
ところが、前日の今日、その立柳さんから突然に行けなくなったという電話が入りました。
立柳さん自身、明日の集まりを楽しみにして資料も準備されていたのですが、その理由をお聞きしたら、それどころではありません。
直前ですが、中止させてもらうことにしました。
すでに定員を超える申込者があったのですが、その全員にお詫びのメールを出しました。
しかし、メーリングリストやホームページ、フェイスブックなどでも案内を出しています。
いそいで可能な限り、中止のお知らせを連絡しました。
それでも明日は、誰か来るかもしれません。
念のために湯島には行こうと思いますが、まさに汗をかきながらてんやわんやしてしまいました。

(2012年8月第4〜5週)
■社会福祉法人の紹介の依頼(2012年8月20日)
■アグリケア フェライン(2012年8月24日)
■佐々木さんが献花に来てくれました(2012年8月27日)
■CF事業は少しずつ前進です(2012年8月28日)
■弘道館にはまってしまった濱崎加奈子さん(2012年8月28日)
■経営道フォーラム51期とのディスカッション(2012年8月29日)
■日本いちじくが届きました(2012年8月29日

■みの〜れ物語の原稿のリライト作業(2012年8月30日)

■井上大地さんと和知さん(2012年8月31日)
■オープンサロン(2012年8月31日)
■白いデンファレが届きました(2012年9月1日)

■社会福祉法人の紹介の依頼(2012年8月20日)
ある設計事務所が都内の空地の有効活用を頼まれました。
そこで高齢者福祉施設の検討に取り組むことを考えています。
そのグループの人が、一緒に取り組んでくれる社会福祉法人はいないだろうかと相談に来ました。
この種の話は、時に危うい話も多いのですが、いろいろとはなしてみて、まあきちんと考えている気がしました。
都内で高齢者福祉の建設を考えている社会福祉法人があったら教えてくれませんか。

■アグリケア フェライン(2012年8月24日)
アグリケア・フェラインという、やわらかなネットワークの立ち上げが決まりました。
今日はその準備会でした。
アグリケア・フェラインではわかりにくいですが、「農業と福祉を重ねて考えるネットワーク準備会」で決まった新しい名前です。
今回新たに参加してくれた田中文章さんがドイツのフェラインの話をしてくださったのに、中田さんが反応してくれたのです。
準備会には、従来のメンバーに加えて、田中さんのほかにも、社会福祉士の野田さんやグリーンアドバイザーの杉浦さん、それにデザイナーの宮部さんも参加してくれました。

主旨は次の通りです。
農業者と福祉事業者の連携という「農福連携」の動きが広がっています。現在のところ、福祉作業所が農業に取り組んだり、自立支援のための就労の場づくりだったりという例が多いですが、農業の持つ「福祉力」や「教育力」を考えると、農業と福祉をつなげて考えていくことの意味はもっと大きいと思います。「持続可能な社会」という視点からも、農業や福祉から学ぶことはたくさんあります。
そうした認識に基づき、「農業のための福祉」でも、「福祉のための農業」でもなく、農業や福祉そのものに内在している価値を考えながら、私たちの生き方や社会のあり方を見直し、実践活動へとつなげていくことを目指した、やわらかなネットワークを目指したいと思います。

こう書くとなにやら難しそうですが、まあ気楽に農業や福祉を考えようと言うことです。ただし、新しい視点で、です。
最近の「農福連携〕を超えた展開になりそうです。

9月からスタートします。関心のある方は私のメールをください。
お知らせに第1回の案内を載せました。

■佐々木さんが献花に来てくれました(2012年8月27日)
佐々木憲文さんがどっさりとカサブランカや白ユリを持って、来てくれました。
まもなく妻の命日なのです。

佐々木さんも最近、2人の大事な人を見送りました。
お義母さんと愛犬のパルです。
その関係で、転居していた韓国を引き上げて、今年の始めに郷里の岐阜に、愛犬と一緒にご夫妻で帰国されていたのです。
まだお義母さんの四十九日に向けての毎週の法事の中を訪ねてきてくれました。

佐々木さんは、私が妻を亡くしてダウンしていたところを、いろいろと元気を下さっていました。
一昨年は、佐々木さんが来いと言うので韓国まで出かけました。
ところがいま考えると、当時はまだ私は精神的に不安定で、韓国でもほとんど何をしていたか記憶があるようでないのです。
佐々木夫妻にはきっと多大な迷惑をかけたことでしょう。

今回はもしかしたら、私のほうが元気だったでしょうか。
久しぶりにいろいろと話が出来ました。
一緒に取り組む課題も見えてきました。
何か始められるとうれしいのですが。

話の後、2人で柏のエヴィーバで食事をしました。

■CF事業は少しずつ前進です(2012年8月28日)
新たにかかわることになったCF事業は悪戦苦闘していますが、ゆっくりと取り組んでいくことにしました。
経済発想で取り組めばやりようはいろいろとありますが、それをやめました。
資金面で応援してくれた人には迷惑をかけかねないですが、だからと言って、私の主義に反する事はやはりやるべきではないと考えたのです。
人を信じて、ゆっくり進む。
それしかありません。
しばらくはまた報告を最小限にすることにしました。関係者に迷惑をかけてはいけませんので。

■弘道館にはまってしまった濱崎加奈子さん(2012年8月28日)
京都で伝統文化プロデュース連を拠点に素晴らしい活動をしている濱崎加奈子さんがやってきました。
東京に行くので時間がないかと言うのです。
彼女は、妻が闘病中に、美味しい和菓子を送ってくれたのです。
だから彼女から頼まれたら断るわけには行きません。

前に来た時に、熱く熱く語っていた弘道館の再興にますますのめりこんでいるようですが、まさかここまでのめりこむとは思っていませんでした。
しかしまあそれが濱崎さんらしいのですが。
弘道館のホームページがあります。ぜひ読んでください。
そして応援してやろうと言う人がいたら応援してください。
私も今度は少し何ができるかを考えたいと思います。

■経営道フォーラム51期とのディスカッション(2012年8月29日)
経営道フォーラム51期のメンバーが湯島に来ました。
9月に東北の被災地の会社の訪問の準備です。
いろいろと話しましたが、今回のチームも話し合いを楽しんでいるようです。
きっと良い結果が出るでしょう。
今回のテーマは「究極の企業理念とは」です。
私好みではありませんが、究極の企業理念は「無」であるということもありうるという発想で取り組むと言うので賛成しました。
どんな結論が出るか楽しみです。

■日本いちじくが届きました(2012年8月29日)
福岡の蔵田さんが、日本いちじくをどっさり送ってきました。
なかなか手に入らないですが、私の大好物です。
蔵田さんはまさに今、旦那業をされていて、いろんなものを送ってきてくれます。
電話をしたら、ちょうど畑でねぎを植える作業中でした。
実にさわやかな生き方をされています。

■みの〜れ物語の原稿のリライト作業(2012年8月30日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」の10周年記念のプロジェクトとして、また住民の本づくりが進んでいますが、その原稿がほぼ集まりました。
中心になる8人の物語を読み直して、少しだけ編集させてもらいました。
みの〜れは、実に素晴らしく育っていることがわかりました。
改めてあの数年は無駄ではなかったと思いました。
実は、久しぶりに何回か出かけていって、住民の民主主義さんとの話し合いもしましたが、正直失望していました。
それで話し合いの席上、みの〜れ精神はもう残っていませんね、とさえ発言してしまいました。
どうやら私が間違っていたようです。
次回謝らなければいけません。
やはり住民のパワーは素晴らしいです。
11月に本は出版されます。

■井上大地さんと和知さん(2012年8月31日)
城西大学の井上大地さんが事業企画に関する相談にやってきました。
今回も後輩を一人連れてきました。
和知さんです。
井上さんは、いつも誰かを連れてきます。
その発想が私には共感が持てます。

井上さんは来週入社する会社も決まったようです。
和知さんは、これから就職活動だそうです。
大学生も大変ですが、2人とも充実した学生生活を送っているようです。

■オープンサロン(2012年8月31日)
しばらくオープンサロンは、原発をテーマにした特別編でしたが、今日はまた通常編に戻しました。
久しぶりに八ヶ岳に隠棲している中村さんが参加したほか、突然にフィジーから帰国した鷹取さんがいつものように飄々と現れました。
それと平田さん、武田文彦さん、吉本さんです。
実にまあ個性的なメンバーです。
そのおかげで話題は広がりましたが、実に面白かったです。
フェイスブックに書いた報告を転載します。

昨夜のオープンサロンは、政治や農業の話から始まり、フィジーの話、インド人論とひろがり、情報遮断の生活から最後は生々しい臨死体験と、実に幅広い話になりました。しかもそのすべてが参加者の実践体験を踏まえた一人称の物語でした。
八ヶ岳山麓で家族で暮らすようになったから1年以上経つ中村さんは、金銭経済や情報社会から生き方を180度転換しました。年に2回ほどしかお会いしませんが、合うたびに雰囲気が変わり、若々しくなり、さらに笑いがたえなくなってきています。私の極めて失礼な発言も、実に自然に受け止めます。生き方はまさに表情や言葉遣いを変えるものです。
これまた時々突然来る鷹取さんは、最近はフィジーに仕事をしていたそうですが、帰国の合間だと参加してくれました。鷹取さんの参加後は、鷹取さんにみんな引っ張られるほど、面白い話がたくさん出ました。
最後は、臨死体験を2回もしている平田さんの、生々しい、しかも実にクールな話でした。高取さんも死の予知による以上体験の話を語ってくれました。2人とも死のすぐ近くを体験しています。
さらに、熊本の吉本さん、リンカーンクラブの武田さん。今回はみんな、いわゆる経済の主流からかなり外れて、自らで自分の生き方を貫いている人ばかりでした。500万円稼いだ話も出ましたが、5万円で暮らせる話も出ました。トマトを作る難しさも、沖縄独立論も、思い出すと次々に面白い話題が出たサロンでした。
写真を撮りそこなって残念です。

■白いデンファレが届きました(2012年9月1日)
妻の友人たちから、白いデンファレが届きました。
間もなく妻の5回目の命日です。

(2012年8月第3週)
なにかとばたばたしたお盆休みでした。
■迎え火(2012年8月13日)
■盆休み中のビジネスミーティングは欠席しました(2012年8月13日)
■桐山さんのぶつかっている問題(2012年8月14日)
■父母へのお参り(2012年8月15日)
■また打ち合わせ(2012年8月16日)
■家族昼食会(2012年8月16日)
■送り火(2012年8月16日)
■畑の周りの木を切り出しました(2012年8月16日)
■みの〜れ物語編集委員会(2012年8月17日)

■迎え火(2012年8月13日)
迎え火でした。今年は娘と2人で行きました。
精霊棚を整えました。
今年も宮川さんが立派なお花を供えてくれました。

■盆休み中のビジネスミーティングは欠席しました(2012年8月13日)
今日はいま事業再生に関わっている化粧品事業の関係のミーティングが行われていました。
この化粧品はフランスからの輸入ですが、フランスの本社のトップが来日したのです。
しかし、今回は日本国内での販売戦略の実態把握と販売会社との話し合いという目的だったので、お盆でもあったので、私は参加しませんでした。
ところがどうも話がいろいろとあったようで、私の代わりに同席してもらっていた人から電話があり、どうやら私も参加を期待されていたようです。
私が参加しなかったために、いろいろと流れが変わりそうです。
しかしまあ、ビジネスよりもお盆の行事が大切です。
生活をまげてまでビジネスをやってはいけません。
しかし、おかげで、状況はますますややこしくなりそうです。

■桐山さんのぶつかっている問題(2012年8月14日)
プロセスワークに取り組んでいる桐山さんから、相談に乗ってほしいというメールをもらいました。
これはビジネスではないので、断る理由がありません。
それに彼は、福島の原発事故以来、実にさまざまな活動に取り組んでいます。
その関係で、何か問題が生じたのであれば、一緒に考えなければいけません。

意外なことに、相談のきっかけは、私のソーシャルビジネス論でした。
今世上で盛んなソーシャルビジネスは、私にはこれまでのビジネスの延長でしかなく、興味はありません。
もし、ビジネスにわざわざ「ソーシャル」という言葉を冠するのであれば、そこにパラダイム転換がなければいけません。
少なくとも、お金で考えるビジネスの呪縛から解放されなければいけません。
極めて大雑把に言えば、ビジネスと生活を切り離すのではなく、それを重ねて考える事が大切だと思います。
しかしそういう意識を持っている人は、ほとんど見つかりません。
そんな話を桐山さんとさせてもらいました。
福島の子どもたちの話も出ました。
桐山さんとなにか一緒に活動できればと思います。

■父母へのお参り(2012年8月15日)
お盆で父母は、彼岸から兄の家に帰っています。
それで娘のユカと2人で、兄の家に会いに行きました。
兄と私は生き方も考えもかなり違うこともあって、そんなに交流はありません。
それでも年に数回は、それぞれを訪問したりしています。
しかしお互いに歳なので、いつどちらが生を終えるかわかりません。
この歳になると、そういうことまで考えて付き合っていく必要があります。
今年もまたお盆に会えてよかったです。

■また打ち合わせ(2012年8月16日)
13日のフランスとのミーティングを欠席したため、思わぬとばっちりを受けてしまいましたが、私の信条は常に「禍転じて福と成す」です。
それに、問題は難しくなればなるほど、取り組み甲斐も出てきます。
というのは、半分は負け惜しみですが、半分は正直な気持ちでもあります。
ミーティングに同席してくれた渡辺さんと成瀬さんに来てもらって、当日の話を聞かせてもらいました。
もう一人の参加者からは別途メールで内容の連絡を受けています。
先週、せっかく2つの会社の社長とそれぞれ打ち合わせを持って築き上げてきた新しいスキーム構想がいとも簡単に壊れてしまったのは残念ですが、さらに新しい構想を考えるという課題が生じたことは、コンセプトデザイナーを自称する私にはワクワクすることです。
残念ながら時間不足で、土曜日まで考えるのはお預けですが。

■家族昼食会(2012年8月16日)
前から約束していたお盆の家族昼食会でした。
今年のお盆は何かとお寿司を食べる機会が多かったので、うなぎを食べに行きました。
近くの天王台の、評判のお店「小暮や」さんです。
評判のお店だけあって混んでいました。
このお店では注文を受けてからうなぎを絞めるので時間はかかりますが、とても美味しいと評判なのです。
今年はうなぎが品不足ですので例年になく高く、このお店も「臨時価格」になっていました。
妻がいないので、どうも食事会は盛り上がりにくいのですが、まあ今年はうなぎでごまかしてしまった感じです。

■送り火(2012年8月16日)
夕方、ジュン夫妻も一緒にお墓に行きました。
お墓はごった返していました。
今年のお盆も終わってしまいました。

■畑の周りの木を切り出しました(2012年8月16日)
娘の伴侶に手伝ってもらって、家庭農園の道路沿いに育ってしまったヒバの木を切ることにしました。
まあ簡単だろうと思っていたのですが、とんでもなく大変でした。
5本が大きくなってしまったのですが、2本の伐採でダウンしてしまいました。
自然との闘いは、あまく見てはいけません。

■みの〜れ物語編集委員会(2012年8月17日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」の10周年記念事業としての住民委員会による本づくりは難航しています。
予定では10日に原稿が上がってくる予定だったのですが、でてこないので、原稿仕上げのための編集委員会を開いてもらい、参加させてもらいました。
今回は住民たちも複数の記念事業に関わっているために大変なのです。
同じように事務局を担当している行政職員も大変そうです。
私は物事を簡単に考えすぎると家族からいつも言われていますが、今回はあまりに楽観的過ぎたかもしれません。
しかし今日はかなり原稿は出来上がっていました。
まだ読み出していませんが、まあこれで次のステップに進めそうです。
しかしそろそろ私も本気で取り組みださないといけません。

今日は委員の一人である福島さんから手づくりのお味噌をもらいました。
こういう文化は実にうれしいです。
まあ時にはお金も欲しいと思わないわけではありませんが。

(2012年8月第2週)
今週は1つだけの報告です。
後はいささか微妙な問題なので、項目のみ。
■ソーシャルビジネス研究会立ち上げのための準備会(2012年8月7日)
■カレイドジャパンとのミーティング(2012年8月9日)
■トランシスとのミーティング(2012年8月11日)
■過酷な畑仕事(2012年8月11日)

■ソーシャルビジネス研究会立ち上げのための準備会(2012年8月7日)
久しぶりに、ソーシャルビジネス研究会を立ち上げることにしました。
今日はその準備会。私を入れて9人の参加がありました。
長野から、高速バスで江村さんが参加してくれましたし、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの前編集長の岩崎さんまでなぜか参加してくれました。
最初に参加者の自己紹介とそれぞれの「ソーシャルビジネス観」を語ってもらい、その後、私からソーシャルビジネスに関する簡単な問題提起をさせてもらいました。

私自身は最近流行気味のソーシャルビジネスやソーシャルアントレプレナーには大きな違和感を持っています。
いまの事業パラダイムや私たちの働き方、さらには経済のあり方を根本から変えるきっかけになってこそ、ソーシャルビジネス議論やそれへの取り組みは意味を持ってくると思っていますが、多くの場合、あいも変わらずのマネタリービジネスの呪縛から抜けられていません。
事業に対するパラダイムシフトがなければ、単なる言葉の遊びやごまかしでしかありません。
私のソーシャルビジネス観のポイントは、金銭だけで考えるのをやめると共に、金銭の存在を極力少なくしていこうと言うことです。これは私のこの20年間の生き方と重なっています。お金を主軸にしている限り、ソーシャルビジネスとはいえないというのが私の発想です。それでは所詮、マネタリービジネスで、人を幸せにはしないでしょう。

議論はいろいろと広がりました。
無尽講や結いの話も出ました。新しい事業主体制度(ワーカーズコープ、LLP.ベネフィットコーポレーションなど)も話題になりました。

私の発想はいささか常識から外れているので、なかなか伝わらなかったかと思いますが、これからの研究会で少しずつ具体的に話していこうと思います。
毎月1回の研究会とメーリングリストなどをスタートさせることになりました。参加ご希望の方はご連絡ください。

■カレイドジャパンとのミーティング
(2012年8月9日)
キャロルフランク化粧品事業にかかわりだしましたが、その関係で、これまでフランスの窓口だったカレイドジャパンとのミーティングをもちました。
過去の経緯はいろいろとありそうですが、新しいスキームでの事業再生に取り組みたいと考えています。

■トランシスとのミーティング(2012年8月11日)
同じく、キャロルフランク化粧品事業を日本に持ち込んだトランシツとも個別にミーティングを持ちました。

■過酷な畑仕事(2012年8月11日)
今週は朝晩の畑仕事をかなり行いました。おかげで花畑が間もなく実現できそうです。
しかし畑の草取りの作業はかなり大変です。
笹が多いからですが、雑草の成長も早いのです。
実は今週は一度、あわや熱中症?と思われる状況になってしまいました。
草刈りは成果が目に見えるため、ついつい熱中しすぎて、無理をしてしまうのです。
注意しなければいけません。

(2012年8月第1週)
■箸ぴーゲームとフォワードカフェ(2012年7月29日)
■畑仕事再開(2012年7月30日)
■武田兄弟(2012年7月31日)
■印西市の2人の若者(2012年8月3日)
■国会議事堂前のデモ(2012年8月3日)
■家庭農園がだいぶ形になってきました(2012年8月4日)
■新潟の黒崎茶豆(2012年8月4日)
■セミの羽化(2012年8月4日)

■箸ぴーゲームとフォワードカフェ(2012年7月29日)
今日はフォワードカフェでしたが、参加者が少なかったのと、そのメンバーの顔ぶれを見て、急遽、箸ぴー大会に変更しました。
まあ箸ぴーゲームも、コミュニケーションアップのためのツールでもあり、フォワードカフェの主旨と無縁ではないのです。
箸ぴーゲームの創始者でもある国際箸学会理事長の小宮山さんのじきじきの指導の下に全員。左右3回ずつのハードな大会でした。
優勝はもちろん小宮山さんですが、まあこれは対象外として、優勝は小田島さんでした。
小田島さんは、東尋坊の自殺防止活動を長年ずっと応援している人で、自殺のない社会づくりネットワークの公開フォーラムの際には、いつも応援してくださってきた方です。
前回からフォワードカフェに参加してくれています。
2位は吉本さん。今日は実に好調でした。
続いて、久しぶりに参加した杉原さん。
最下位は私です。困ったものです。

箸ぴーゲームはいろいろと効用があると思うのですが、なかなか広がりません。
改めて小宮山さんにお聞きしたら、あまり組織的な広報活動は展開されていないようです。
わたしはてっきりいろいろと展開されているとばかり思っていました。
それを知ったからには少しきちんと広げていく活動にも協力しようと思い出しました。

箸ぴーゲームに関しては、国際箸学会のホームページをご覧ください。
関心のある方は私にご連絡ください。
いろいろと活用できるはずです。

■畑仕事再開(2012年7月30日)
わが家の家庭農園の再開拓作業を再開しました。
今度こそはと計画的に進めていく予定です。
しかしかなりの重労働で、30分もやっているとつかれきります。
熱中症にならないように、進めていますが、大変です。

■武田兄弟(2012年7月31日)
武田文彦さんのオフィスは五反田にあります。
以前はそこにリンカーンクラブの本部もあって、よく通ったものです。
今日は久しぶりに再訪しました。

というのは、武田さんの弟の和哉さんが、最近、奥様を亡くされたと聴いたからです。
どうされているか、とても気になっていました。
和哉さんは、文彦さんと一緒に仕事をされているのです。
夕方、仕事が終わりそうな頃を見計らって、懐かしいオフィスに伺いました。
以前とは雰囲気はかなり違っていましたが、当時を思い出しました。
文彦さんとは毎月のようにお会いしていますが、和哉さんには久びりです。
お元気そうでしたが、やはりちょっと変わっていました。
自分のことを思い出せば、それは良くわかります。
心身の奥のほうに大きな穴が空いていしまっているのです。

久しぶりの談笑の後、文彦さんがおすしをご馳走してくれました。
佐藤さんは貧乏なのでちゃんとしたおすしなど食べていないだろうからと、無制限に握ってもらっていいといわれましたが、つつましやかに生きている者としては、すぐにお腹一杯になってしまいました。
お寿司屋さんに悪いことをしてしまいました。

■印西市の2人の若者(2012年8月3日)
ワーカーズコープの成田福祉事務所の阿部さんが、若者を2人連れて湯島に来ました。
同所の若者自立支援のサポートステーションに相談に来た若者です。
2人とも印西市在住で、一人は作家を目指し、一人は音楽をやっていた若者です。
でもちょっとつまずいてしまったようです。
感性の豊かな若者には、生き難い時代なのかもしれません。
いろいろと話しましたが、こうした若者の思いや才能を活かせない社会は不幸です。
最近、さまざま相談窓口は増えていますが、本気で一緒に考える人はそう増えてはいないでしょう。
そこが最大の問題かもしれません。
こういう若者が、雇用労働に身を任せることなく、またお金に呪縛された仕事だけを目指すのではなく、それぞれの関心と才能をつなげあって活動できるような仕組みを広げていければと思います。

■国会議事堂前のデモ(2012年8月3日)
国会議事堂に行ってみました。
毎週金曜日の首相官邸前の反原発デモは、最近はどんどんと広がり、ターゲットは国会議事堂になってきています。
直近の駅は、混雑していますので、一つ手前の霞が関で降りて歩きました。
霞が関は官庁街ですが、ちょうど退庁時間でもあり、仕事姿の人たちとの流れに抗して会場に向かいました。
途中、文科省の前で、福島の子どもを守るというグループが文科省に向かって、子どもを実験台にする国は日本だけだとスピーチしていました。
私もですが、それを聴くこともなく、みんな涼しげな顔で駅に向かっています。

その少し先から、だんだんと賑わってきて、警備の警官が、こちらからはもう国会議事堂の正門にはいけないとロープを張っていました。
しかたなく遠回りして、第2会場と言われるほうに行きました。
道路は混雑していて、動けないほどでしたが、みんな道を明けながら、静かに「再稼動反対、原発反対」などとコールしていました。
その場にいると、そうしたコールが自然と口から出てきます。

妻がまだ元気だった頃、このあたりはイラク派兵反対何かのデモに来たことがありますが、ありがとうございました。の頃のデモとは違い、実にみんな平和ですが、逆に生活観が出ていました。
ファミリーエリアには子供連れも多く、またスピーチエリアのスピーチはとても素直な話が多かったです。
ところどころ、昔風な大声でよくわからない話をしている人もいないわけではありませんでしたが、全体的にはとても生活的でした。

こうした人たちの思いがいつ、大きなエネルギーに転化し、社会を変えていくのか。
いろんなことを考えさせられました。

■家庭農園がだいぶ形になってきました(2012年8月4日)
今日は頑張って朝と夕方、2回も畑仕事をしました。
だいぶ畑らしくなってきました。
しかししばらく放置していたために、笹が全面的に広がっているのです。
笹の勢いの凄さには驚かされます。
しかし、少しずつ継続することで何とか今のところは槌の見える部分が広がってきています。
もうじき花の種子を蒔けそうです。
しかいかなりの重労働です。

■新潟の黒崎茶豆(2012年8月4日)
新潟の金田さんが、黒崎茶豆を送ってくれました。
黒先の茶豆は美味しいです。
早速、娘に茹でてもらいましたが、普通はここでビールなのでしょうが、私はビールも好きではないので、茶豆の味をしっかりと楽しませてもらいました。
しかし、農作物に産地の名前がしっかりとついて語られる文化はとてもいいです。
ちなみに金田さんが毎年送ってくれる茶豆の作り手は、藤吉さんだそうです。

■セミの羽化(2012年8月4日)
なぜか今日の午後、まだかなり明るい時間に、庭をセミの幼虫が3匹も歩いていました。
しかも1匹は蟻に襲われて転がっていました。
蟻を払い除けましたが、すでに足が一部変形していました。
残りの2匹は樹に登らせました。
久しぶりにセミの羽化をみることができました、
蟻に襲われた幼虫は残念ながら羽化できませんでした。

(2012年7月第4週)
なかなか暇で忙しい状況から抜け出せませんが。
■うなぎ(2012年7月22日)
■定点観測(2012年7月22日)
■花畑づくり(2012年7月23日)
■採用コンサルタントの長谷さん(2012年7月24日)
■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年7月26日)
■3人賢者のオープンサロン(2012年7月27日)

■うなぎ(2012年7月22日)
うなぎの稚魚不足で、今年はうなぎが品薄です。
そのため、うなぎが高騰しており、先日、季節だからと近くのうなぎ屋さんに出前をお願いしたら、昨年よりもかなり高くなっていたので驚きました。
以来、わが家ではうなぎが食卓に上がることがなくなりました。

そんな時、福岡の蔵田さんからうなぎが届きました。
もちろん地のうなぎです。
毎年送ってくれるのですが、さすがに今年は少なかったようで、かなり無理をして集めてくれたようです。
電話でお礼を言ったら、今年は1年物は特に品薄で、2年物なので、大きくて少し硬いかもしれないということでした。
早速、娘に焼いてもらいました。
美味しかったです。
そんなわけで、金銭的には貧しいわが家も、うなぎを堪能できました。

■定点観測(2012年7月22日)
うなぎもそうですが、定期的にスーパーに行っているといろんなことがわかります。
昔、企業関係の仕事をしている時には、定点観測的に大型小売店の店頭を妻に同行して見て回っていました。
妻がいなくなった後も、娘の買い物にできるだけ週1回は同行しています。
私が同行すると不要なものを買ってしまうのであまり評判はよくないのですが(これも調査的な意味を一応与えています)、店頭に定期的に行っているとたしかに社会の実相が感じられます。
今日は、近くのカスミという大型スーパーとヤマダ電機に行きました。
ついでに周辺のいくつかの大型店も見てまわりました。
いずれも賑わっていました。
特にカスミは尋常でないほど賑わっていました。
娘に聞いたら、今日は午前中が1割引きなのだそうです。
価格にはみんなますます敏感になってきているのでしょう。

ヤマダ電機は、テレビ売り場は閑散としていましたが、それ以外は混んでいました。
テレビの画面サイズはさらに大きくなっていますが、価格は安すぎますね。
安ければ良いと言う発想はそろそろ捨てなければいけません。

昨年に比べて顧客の年齢層は若返っています。
しかし家電販売店の店舗設計の仕方はこの10年変わっていません。
これはかなり問題だろうと思います。

とまあ、そんなことを考えながら、娘の買い物の間、店内をぶらぶらしていました。

■花畑づくり(2012年7月23日)
雨のため中断していた家庭農園の畑作りです。
これまでのやり方を変えて、小さな区画単位で整地を完成させていく方法にしました。
宅地空地なのですが、数年前まで竹やぶだったため、放置していたら笹が一面に茂りだしてしまったのです。
笹は草刈り機では刈れないので、桑で根っこから刈り取るようにしました。
30分やって、やっと2坪くらいが土になりました。
30分といいますが、これがかなりの重労働です。
私の場合の限度です。
しかし、これを毎日続ければ荒れ地も一面の花畑になるでしょう。
いや、なるといいのですが。

■採用コンサルタントの長谷さん(2012年7月24日)
採用コンサルティングや社員研修などの仕事に取り組んでいる株式会社デュリゴの長谷さんが湯島に来てくれました。
長谷さんとは、某大学変革のプロジェクトに関係して何回かお会いしたのですが、その誠実な仕事ぶりに興味を感じていました。
いつか何かを一緒にやってみたいと思ったのです。
残念ながら、その時のプロジェクトは結実しませんでした。

長谷さんは、最近、出版した本を持ってきてくれました。
ブックのコーナーに紹介させてもらった『「合う・合わない」で会社をきめなさい』です。
学生と企業のミスマッチを少なくしたいという、長谷さんの思いから書き上げた本です。
長年の実践から得たことを踏まえていますので、とても分かりやすく、説得力もあります。
もし周辺の就職活動をしている若者がいたらお勧め下さい。

長谷さんはリクルートの出身ですが、同社に入社したのが、例のリクルート事件の頃だったようです。
当時は、私も同社に友人が何人かいて、その関係で、リクルートの社内LANに参加させてもらっていました。
有名な「あいしてる」ネットです。
ですからリクルート事件の後の社内の動きも少しだけ共有させてもらいました。
リクルート事件で同社は社会から糾弾されていましたが、私は改めてすごい会社、新しい働き場のシステムだと感じたのを覚えています。
その大変な時期に、長谷さんはそこで採用関係の仕事を始めたのです。
少し腑に落ちるものがありました。
いつかきっとご一緒できる時があるでしょう。

■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年7月26日)
以前、子育ち学ネットワークでご一緒していた立柳さんがやってきました。
最近時々お会いしていますが、立柳さんが関わっている日本子どもNPOセンターの事務局を、湯島に置くことになったのです。
といってもとりあえずは、住所だけですが。
日本子どもNPOセンターは、一時は活動も広がっていました。
代表理事には堀田力さんと新澤誠治さんがなっていた時もあります。
私には少し違和感がありましたが、いまはお2人とも身を引かれています。
体制を整えて、再スタートすることになったようです。
新澤さんには、一度、お会いしておきたいと思います。

立柳さんの本業は、福島医大の先生です。
今回の原発事故は、その立柳さんの生活を一変させたようです。
どう一変させたかは、簡単には書けませんが、お会いするたびにその変化を実感できます。

ちなみに、立柳さんは、この1年、放射線量の測定器をずっと身に付けています。
福島と東京の生活が半々くらいではないかと思いますが、放射線被曝の状況を克明に記録しているようです。
これは実に貴重な体験ではないかと思います。
それで、9月に一度、立柳さんに、福島原発事故から1年半の暮らしからの報告をしてもらうことにしました。
9月上旬に予定しています。
ご関心のある方は、予約の連絡を下さい。
できるだけ日程調整をさせてもらいます。

■3人賢者のオープンサロン(2012年7月27日)
今月もオープンサロンは。原発事故関係の特別編でした。
私の福島視察報告を材料に話をすることにしたのですが、3回目のためか参加者は少なかったです。
ところが、最初に思わぬ人が来てくれました。
青山学院大学の社会保障の本間教授です。
共済研究会でご一緒していましたが、本間さんも原発事故に深く思いをいれていますので、声をかけさせてもらったのです。
ほかは小山石さんと平田さんです。
私を入れて4人。
少なかったので、とても刺激的な議論が出来ました。
あげくのはてに農業の問題にまで広がり、最後は水田と畑とは同じ農業と言っても全く別のものだという点で、平田さんと私は意見が一致します。
こういうところではきちんと一致するのに、なぜか彼と私とは良く論争をしてしまいます。
困ったものです。

本間さんは、帰り際に久しぶりに脳が活性化できたと喜んでくれました。
たしかにこのメンバーだと、脳は活性化します。
自己主張が強いからです。

こうしたサロン三昧が出来ればよいのですが、最近はいささか俗世間的な金銭問題に深く引き込まれてしまい、晩節を汚す怖れがあり、いささか気の重い週末です。

(2012年7月第3週)
1週間がいつもあっという間です。
なかなか生活の態勢を立ち直せません。
時間に追われて、最近はブログもなかなか書けずにいますが、ホームページも最小限の更新だけです。
今週は「訪問」と「サロン」の週でした。さらに疲れました。
■へレン訪問(2012年7月18日)
■篠崎さんの個展(2012年7月18日)
■農業と福祉のつながりを考えるサロン(2012年7月18日)
■日本地域社会研究所訪問(2012年7月19日)
■山城経営研究所訪問(2012年7月19日)
■技術カフェ(2012年7月19日)
■熱中症?(2012年7月20日)
■パソコンダウン(2012年7月20日)
■原発をもっと知ろうサロン(2012年7月21日)

■へレン訪問(2012年7月18日)
久しぶりに株式会社へレンの藤本さんを訪問しました。
前回と同じく、オフィスの蛍光灯がチカチカしていました。
会社の人たちはもうなれているのでしょう。
直さないのと訊いたら、そのうち慣れますよと言われました。
確かにそういわれればそうです。
まあ人間はそんなものなのでしょうか。

石臼で挽いた美味しいそばを使った野菜サラダそばをご馳走になりました。
その後、藤本さんからは最近の私の活動を手厳しく批判されました。
そばをご馳走になったので、まあ仕方なく傾聴しました。

■篠崎さんの個展(2012年7月18日)
藤本さんと一緒に、銀座のギャラリー・オカベで開催している篠崎正喜さんの個展を見にいきました。
一人で行くつもりだったのですが、藤本さんも行きたいと言うので同行しました。
ダンディな篠崎さんが、お客様を相手に熱弁をふるっていました。
その間に作品を見せてもらいました。
案内のハガキに使われていた作品が入口に展示されていましたが、どうも雰囲気が違うのでした。
やはり現物は写真とは全く違って、肌触りや温もりを感じると思っていたら、最後に篠崎さんが、これは書き直したのですよと言いました。
危うく騙されるところでした。

一番面白かったのは、4枚のシリーズ作品でした。
後でお聞きしたら、アメリカから頼まれた文字のない絵本の作成途中の作品だそうです。
「グーグーの物語」(私の勝手な命名です)です。
まだ数枚これから書くそうですが、実に魅力的な作品です。
本が完成されるのはいつでしょうか。
私もちょっとだけアイデアを出したのですが、採用してもらえるかもしれません。

1点だけ彫金の作品がありました。
篠崎さんはもともと彫金作家だったとお聞きしていました。
若い頃の作品だそうですが、実にすばらしく、最近の絵の雰囲気とは全く違います。
実に繊細で技巧的です。

篠崎さんからは、出不精の佐藤さんのことだから絶対来ないと思っていたと言われてしまいました。
たしかに最近は出不精になってしまっています。
今回も藤本さんが一緒でなければ、途中で帰ったかもしれません。
それほど銀座は暑かったですし、最近の銀座の雰囲気がどうも好きになれません。

■農業と福祉のつながりを考えるサロン(2012年7月18日)
熊本の宮田さんからの提案を受けて、「農業と福祉のつながりを考えるサロン」を開催しました。
最近ようやく広がりだしている「農福連携」をきちんと考えようと言う思いがありますので、宮田さんの提案に飛びつきました。
それに「農福連携」は、私の年来の関心事であり、「大きな福祉」と「大きな農業」は私の思いの中では同じものなのです。
もっとも最近の農福連携は、福祉の手段として農業が効果的だという発想ですが、私は、農業の中にこそ、福祉の本質があると考えています。

宮田さんとのつながりもあって、農水省の方も2人参加してくれました。
研究職の香月さんと行政職の中田さんです。
他には農福連携的な実践をしている中村さん、徳田さん、遠藤さんです。

最初に宮田さんが問題提起をしてくれました。
市民農業活動、福祉農業、作業所農業など、示唆に富む概念をいろいろと出してくれました。
そして、農業の福祉力や教育力が議論の中心になりました。
宮田さんは、作業所こそが、農業を社会の根源的基盤として捉え直す大きな運動の重要な担い手だと考えています。
基本的には私も同感ですが、注意しないと、作業所福祉が矮小化されかねません。
ここは「農業のパラダイム癲癇」が必要です。

農水省のお2人の発言はとても示唆に富んでいましたし、柔軟でした。
以前会ったことのある人とはだいぶイメージが違いました。

これを機会に、広義の農福連携をテーマにしたゆるやかなネットワークを立ち上げたいと思います。
事務局は遠藤さんがやってくれそうです。
参加者はみんな賛成してくれそうです。
構想づくりに入りますので、関心のある方はご連絡ください。

■日本地域社会研究所訪問(2012年7月19日)
小美玉市の文化センター関係で、住民たちの本づくりに関わっていますが、先日の制作委員会での合意を受けて、出版を日本地域社会研究所に頼むことにしました。
私が相談に行くことになったのですが、電話したところ、なんと30年ぶりにも関わらず、社長の落合さんが私のことを覚えていました。
もちろん私は覚えています。
私は基本的には一度、縁を作った人は忘れません。
それで、今日も暑い中を荻窪の出版社を訪問しました。

お会いした途端にお互いがわかり、心がつながりました。
2人とも歳を取ってかなり記憶はいい加減ですが、農が勝手に空白を補い、無かったことまで思い出させてくれるのです。
人間のつながりは決して付き合う時間量でも頻度でもなく、相性ですね。
すっかり気が合ってしまい、ともかく引き受けるからと言ってくれました。
で、本題はそこそこにして、雑談に終始しました。
最近出版した本を持っていけと言うので、断るわけにもいかずに15冊ほど袋に入れて持ち帰りました。
暑い中を大変でした。

しかし、今回の出版以外でも、いろいろと接点を持ちたくなりました。
テーマはいろいろあります。
さてなにからやりましょうか。

■山城経営研究所訪問(2012年7月19日)
リゾーミックの吉本さんが山城経営研究所とコラボレーションをしたいというので、同研究所の堀越さんとの3者ミーティングを飯田橋で行いました。
飯田橋の研究所も久しぶりですが、以前はちょいちょい来ていた時期もあります。
たしかに出不精になってきています。
これを皮切りにコラボレーションの可能性を探ることになりました。

■技術カフェ(2012年7月19日)
技術カフェは、暑さのためか参加者が少なく、5人ほどの集まりになりました。
富士フィルムにいた井坂さんが初参加でした。
今回は櫻井さんからの要望もあり、先日、福島を回ってきた報告を写真を使いながら私からさせてもらいました。
その後、石井さんが最近取り組んでいる「新しい学びの場」構想に向けての若者ワークショップの話をしました。
月末に開催する予定だそうです。
面白い物語が始まるといいのですが。
小宮山さんが参加したので、箸ピーゲームもきちんとやりました。

■熱中症?(2012年7月20日)
朝起きたら足がつっていました。
それもしばらく直らずに、尚っても痛みが残ってしまいました。
娘が熱中症だよと言いました。
フェイスブックに書き込んだら、いろんな人が書き込んできました。
電解質不足だから珈琲をやめて、スポーツ飲料を飲めと言われました。
フェイスブックは、公いう時には実に効果的です。

■パソコンダウン(2012年7月20日)
身体だけではなく、パソコンもダウンしてしまいました。
一時、次々とパソコンがダウンしていきましたが、友人の坂谷さんがわざわざ自宅まで来てなおしてくれたのですが、またダウンしだしています。
OSもXPなので、今度は買いなおそうと思いますが、具合が悪くなり出すとこれまた一斉です。
オフィスにも入れて、3台がいっせいに具合が悪くなってきました。
さてどうしましょうか。
最近私の周辺のさまざまなものがダウンしてきていますが、こういう時期ってありますね。

■原発をもっと知ろうサロン(2012年7月21日)
原発をテーマにしたサロンが好評だったので、原子力安全基盤機構の技術者の畑さんにご無理を言って、今度は「原発をもっと知ろうという人のためのサロン」を開催しました。
10人集まりました。
まずは原発の概論を話してもらい、続いて、参加者が個別に質問すると言うスタイルを取りました。
実は、原発に関してあまりにも情報が共有されていないことを前回感じての企画だったのですが、今回感じたのは、質問もなかなかできないほど、原発の実体に関わる情報は共有されていないことを改めて感じました。
結局、原発の実体の話よりも、原発をどう思うかとか、水道は安全かとか、データはなぜ公開されないか、使用済み燃料はどうするのか、などと言った情緒的な質問に陥りがちでした。
しかし、原子力ムラにも、こうして誠実に話し合いに参加してくれる人がいるのだと言うことを知っただけでも安心できたという人もいました。
場合によって、学びあいの会をまたやろうかとも思いましたが、私が原発の話をしてもたぶんだめで、原子力ムラの人の話を聞くところに意味があるのだと気づきました。
原発に関しては、私も1970年代から、少しは勉強をし続けていますので、それなりの知識はあるつもりですが、知識などには誰も興味がなさそうです。
それに私が話をするとどうしても原爆と原発をつなげて概説することになるでしょうし。

それにしても、畑さんは貴重な人です。
私とは原発観はたぶん大きく違いますが、安心して話し合える人です。

ちょっと残念だったのは、今回はコムケアを中心に呼びかけたのですが、コムケア関係者の参加が少なかったことです。
やはり福祉と原発は別物と考えている人が多いのでしょうか。
そこにこそ大きな問題があると思っていますが、その枠をなかなか超えられずにいます。
いま必要なのは「越境」だろうと思いますが、それを良い続けて20年以上がたってしまいました。

(2012年7月第2週)
今週も夜眠れない日があるほど大変な週でした。
相変わらず宿題の山に埋もれています。
報告は3つだけにします。
■わが家の放射線量(2012年7月8日)
■経営道フォーラム51期のチームとの話し合い(2012年7月11日)
■「みの〜れ物語2」制作委員会(2012年7月13日)

■わが家の放射線量(2012年7月8日)
私が住んでいる千葉県の我孫子市周辺は、放射線汚染のホットスポットとされています。
いまたぶん市内全域の自治会単位に放射線量調査が行われています。
私の家は、手賀沼公園沿いの高台になりますが、測定結果は次の通りです。
それぞれ、地表面、50cm、1mでの測定値です。

玄関先  0.138  0.157  0.150
雨水桝上 0.507  0.239  0.178
庭の芝生 0.308  0.224  0.170

玄関先は、石張りのため放射線は地面では流されていますが、逆に1m近い背丈の植物が植えられているのが影響しているかと思われます。
雨水桝の周辺は高いですが、庭の芝生も高いのに驚きました。
もちろん表土ははがしてはいませんが、芝生を刈り取ったりはしているにもかかわらず、かなり高いです。
しかし、まあこんな感じで、どんどんと放射線は拡散していくのでしょう。
わが家の家庭農園はおそらくもっと高いかもしれません。

■経営道フォーラム51期のチームとの話し合い(2012年7月11日)
企業のKAE家幹部を対象にした「経営道フォーラム」は、
今回は〔理念〕をテーマに選ぶ参加者が少なかったようで、1チームになりました。
そのメンバー7人と事務局の人が、湯島に来ました。
私が、このフォーラムで心がけているのは、参加者の発想を広げることです。
企業、とりわけ大企業の人たちの世界はとても狭い上に、ともかく早く問題を解こうとしがちですので、
その思考回路を壊すのが私の役割だと考えています。
できれいに報告書をまとめたいと思っている人にとっては、迷惑なことかもしれません。
事実、私のアドバイスを嫌って、チームとしては一度もこなかったチームもあります。
まあそういうチームは勝手にやってもらえばいいのですが、チームによっては実に面白い議論が起こります。
そういうやりとりを通じて、いろんなことが見えてきます。

今回は最初のミーティングでしたので、拡散的なノイズを入れさせてもらいました。
テーマ(問題)も決まりつつありますが、面白く展開しそうです。
8月には東北被災地に行く計画だそうです。
どう発展していくか、楽しみです。

■「みの〜れ物語2」制作委員会(2012年7月13日)
小美玉市の文化センターみの〜れに関わっている住民が中心になって本づくりのプロジェクトに取り組んでいますが、なかなか進みません。
いささか心配になって、予定を先倒しして、編集会議を開いてもらうことにしました。
私の立場は、いささか微妙で、別に仕事として契約を受けているわけではなく、アドバイザーや管と認識していたのですが、どうも心配になってきました。
その上、出版社もまだ確定ではなく、資金集めも苦戦しているようです。
プロデューサーを買って出るのも辛いですが、このままだと10年前の悪夢の再来になりそうなので、日程を調整して出かけました。
かなりきついことも言ってしまいましたが、なんとか良い方向にむき出した気がします。
しかし、私はまた嫌われてしまったかもしれません。

どうも私自身の詰めがいつも甘いのかもしれません。
みんな私と同じように、本音で意見をぶつけ合って、プロジェクトを楽しんで欲しいのですが、遠慮と我慢を、ついついしてしまうようです。
それでは「共創」はできません。

帰りに野菜のお土産を貰いました。

(2012年7月第1週)
■福島原発事故被曝地域に行ってきました(2012年7月1日)
■大内さんのきゅうりは甘いです(2012年7月1日)
■「労働協同」ということ(2012年7月1日)
■福島原発事故に関する国会調査委員会の報告書(2012年7月4日)
■久しぶりの奥山さん(2012年7月4日)
■小島さんの再出発(2012年7月5日)
■被災地復興における中間法人の役割(2012年7月5日)
■アップルマンゴー(2012年7月6日)
■原発をもっと知るためのサロンを開催します(2012年7月6日)
■縮小社会への道(2012年7月7日)
■また疲労感がどっと覆いかぶさってきました(2012年7月7日)

■福島原発事故被曝地域に行ってきました(2012年7月1日)
協同総合研究所の企画の福島現地視察に参加させてもらいました。
先ず、相馬市の相馬はらがま朝市を見学した後、理事長の高橋さんの案内で、
相馬はらがま港やそこで開業した水産加工場などを見せてもらいました。




港の近くの集落は完全に流されていて、跡形も無かったのですが、その一画に墓地がきちんと復旧されていたのが印象的でした。
お昼は仮説市場に開店されていた報徳庵で食事。
二宮尊徳所縁の報徳会のネットワークでつながっている静岡県の小田原の大工さんたちがこのレストランを作ってくれてのだそうです。

午後は南相馬に移動し、JAそうまの半谷さんの案内で、最近ようやく立ち入れるようになった小高地区を見せてもらいました。
小高地区は、まだ水田などには自動車が転がっていました。
テレビで何回も見ていた、津波が押し寄せていた国道6号線を通りましたが、その先の水田は地盤沈下で、今も水の中でした。



原発から10キロ近くまでいけましたが、そこから先はまだ立ち入り禁止でした、

そこから、「までい」で有名だった飯舘村に入りました。
途中、放射線量はバス車内でも3マイクロシーベルトを超えましたので、社外は年間50ミリ近いところもありました。
飯舘村では、これも有名になった「カーちゃんの力・プロジェクト」代表の渡邊さんが説明してくれました。
飯舘村は以前から一度は訪ねたいところでしたが、こんな形で訪問することになるとは思ってもいませんでした。

次に有機農業で有名だった二本松の東和地区に行きました。
そこでは有機農業研究会の菅野さんからお話を聞きました。
先祖が時間をかけて育ててきた土壌を、除染で簡単に捨てられない、という菅野さんの話に涙が出そうになりました。
昨日、話を聞いた大内さんも来てくれて、ご自分の畑を案内してくれました。

とてもこんな簡単な報告では表現できませんが、昨日、福島大学の塩谷さんが話されたように、「罪深いことをしてしまった」と改めて思い知らされる1日になりました。

■大内さんのきゅうりは甘いです(2012年7月1日)
別れ際に、大内さんがみんなにきゅうりと大根をくれました。
私は重いので、きゅうりだけもらってきましたが、帰宅して食べたら実に美味しいきゅうりでした。
大根ももらってくればよかったです。

大内さんは、大変な目にあっているはずですが、とてもいい話をしてくれたばかりか、時間があったら畑のきゅうりをもいでいかないかとみんなに言ってくれました。
その笑顔が素晴らしく、元気をもらった気がします。

■「労働協同」ということ(2012年7月1日)
今回は急に思い立っての参加でしたが、協同総合研究所の活動に参加するのは10数年ぶりでした。
研究所が出来た頃、お会いしていた坂林さん初め、菊地さんやさまざま人にお会いできました。
最近、日本労協新聞の記者になった青木さんも参加しており、思わぬところでお会いできました。
今回の視察の企画の中心になったのは研究所の管専務理事のようですが、管さんはなんと私と同じ我孫子市の人でした。
もう一人、我孫子在住の職員の渡辺さんもいて、バス移動中、ずっと隣り合わせでした。

帰りのバスでは、久しぶりに坂林さんとはなしました。
もう「労働協同」などという古めかしい名前を変えたらどうですかと無責任なことを話したりしていましたが、改めて協同労働のテーマを考えたくなりました。
ちなみに、「労働協同」は「ワーカーズコープ」の訳語ですが、私にはその認識があまりなく、どうも同じものには思えずにいます。

これを機会に、また少し協同総合研究所やワーカーズコープの活動にも関わろうかと思い出しています。

■福島原発事故に関する国会調査委員会の報告書(2012年7月4日)
福島原発事故の国会がつくった調査委員会の報告書が公表されました。
期待していたのですが、内容はやはり表層的な気がします。
ブログに少し私見を書きました
きっちりした原因究明がなされたようには思えません。

■久しぶりの奥山さん(2012年7月4日)
株式会社ヘレンの奥山さんに会いました。
最近私が関わりだしている化粧品ビジネスの事業再建の応援をしてもらうためです。
まあしかし、それはそれとして、奥山さん自身のビジネスもいま岐路を迎えているようです。
いろいろとお話しましたが。まあみんなそれぞれに大変さを抱えているようです。
だから人生は面白いのでしょうが。

■小島さんの再出発(2012年7月5日)
会社の状況があまりよくないために6月で会社を辞めてしまった小島さんがやってきました。
STRAMDでお会いして以来、小島さんは湯島のいろいろなサロンに顔を出してくれています。
真空技術のエンジニアですが、デザインにも関心が深く、さまざまなところに顔を出しているようです。
こうした若者たちが、しっかりと働く場が少なくなってきているとしたら、やはり社会はおかしくなってきているとしか言えません。
いろいろと話をさせてもらいましたが、何か一緒にできることがあればいいのですが。

■被災地復興における中間法人の役割(2012年7月5日)
淑徳大学の清水さんが湯島に来てくれました。
石巻や陸前高田に続いて、気仙沼に行ってきた報告をしてくれました。
清水さんとは長い付き合いですが、ありきたりの広報ではなく、新しいコミュニケーションの領域を開こうと、清水さんはいろいろと挑戦しています。

今回、清水さんが主に話してくれたのは、被災地復興における中間法人の役割の大きさです。
企業と行政と住民組織とNPO、そうしたものをうまく効果的につなぎ、役割分担を編集しながら協治していく存在が、大切だと言うことを、清水さんは何回かの現地調査で実感されてきているようです。
全く同感です。
奇しくも同じ福島で、10年近く前に、そうした話をさせてもらったことを思い出して、清水さんに少しだけ話させてもらいました。
いままさに、被災地では社会のリフレーミングが創発されているように思います。
根づくかどうかは、いささか危ういですが。

■アップルマンゴー(2012年7月6日)
台湾から輸入の大きなアップルマンゴーが送られてきました。
不思議なもので、去年数回しか会ったことのない長谷さんが、とても美味しいのでと送ってくれたのです。
果物好きの私にとっては、とてもうれしいものです。

今年は、さくらんぼがとても安いですが、多分これは放射線汚染と無縁ではないでしょう。
安いのは購入者にとっては、うれしいことではありますが、どこか複雑な気持ちです。
梨や桃は、今年はどうでしょうか。
野菜もそうですが、放射線量を気にしなければいけないとは、実に情けない話です。

■原発をもっと知るためのサロンを開催します(2012年7月6日)
先週開催した「原発のことを考えるサロン」は、とても好評でした。
それで、畑さんに頼んで、「原発をもっと知るためのサロン」を開催することにしました。

昨年の原発事故の後、感じた事の一つは、原発に関してあまりにも知らない人が多いことです。
技術者でも、原発のことをあまり知らないことを知りました。
そこに大きな問題があるのかもしれません。
しかし、原発事故が起こった以上、もはや綿智たちは放射線汚染からは自由ではありません。
にもかかわらず、再稼動などと言っている人たちが多いのです。
原発に依存しようという人がいても、それは仕方がありません。
しかし、少なくとも原発のことをもう少しよく知ってほしいと思うのです。

今回は、原子力ムラの中にいる技術者の方に来てもらって、原発に関するQ&Aを中心にしたサロンを企画しました。
7月21日です。
お知らせにご案内を載せました。
よかったら参加してください。

■縮小社会への道(2012年7月7日)
原発の安全性を基調にした、連続技術講演会の3回目は「縮小社会への道」がテーマでした。
ブックのコーナーで紹介した「縮小社会への道」の著者でもある京大名誉教授の松久さんが1時間ほどお話になり、その後、参加者の話し合いと言うスタイルでした。
私は、急に用事ができてしまい、途中で退席しなければいけなくなったのですが、退席する前に「縮小社会の魅力は何ですか」という主旨の質問をさせてもらいました。

好むと子の混ざる徒にかかわらず、もうこれからは「成長社会」は望めずに、「縮小社会」に向かうことは間違いありません。
問題は、どうソフトランディングするかが、松久さんたちの縮小社会研究会の関心事ですが、より大切なのは、縮小社会の価値を見出すことだろうと思います。
それが見つかれば、ソフトランディングのシナリオもきっと見えてくるでしょう。
そうした議論をできずに、退席せざるを得なかったのは、残念でした。

会には、技術倫理研究会の橋本さんや日本労協新聞記者の青木さんも参加していました。
韓国から東大に留学中の金ヌリさんも参加しました。
ゆっくりお話できなかったのも、ちょっと残念でした。

■また疲労感がどっと覆いかぶさってきました(2012年7月7日)
先週は、脳疲労や精神不安定症状から抜け出るために、箱根に行ったり福島に行ったりして、日常生活から少し離脱しました。
そのおかげで、かなり気分は一新され、萎えていた気力も回復した気がしていたのですが、今日また、ちょっとした問題で奈落の底に落とされた感じです。
元の木阿弥と言う感じで、気のせいか、身体の調子まで一変しました。

悪い時には悪いことが重なります。
というよりも、外部から入ってくる情報がみんなマイナスに私の心身に働きかけてくるのです。
考え出すと、どんどん気が重くなります。
なにやら疲れきってしまいました。
来週はかなりハードな週になりそうです。
たぶん記録はできないでしょうが。

(2012年6月第4週)
■箱根旅行(2012年6月26〜27日)
■またまた歯抜け騒動(2012年6月26日)
■久しぶりの来客(2012年6月29日)
■原発カフェ(2012年6月29日)
■協同総合研究所総会(2012年6月30日)
■東北協同集会 in ふくしま(2012年6月30日)
■交流会(2012年6月30日)
■福島被災地視察(2012年7月1日)

■箱根旅行(2012年6月26〜27日)
気分転換も兼ねて、2日間、日常から離れた生活をすることにしました。
兄に声をかけて、箱根に行きました。
兄との旅行は学生時代以来かもしれません。
兄とは考え方や生き方がかなり違うので、会うといつも論争になります。
母の遺言は兄弟仲良くと言うことでした。
娘たちは、また喧嘩にならないようにと笑っていましたが、まあなんとか楽しく2日間を過ごしました。
論争もなかったわけではありませんし、長年のそれぞれの鬱積もかなり吐き出せました。
私の周辺でも、兄弟の仲たがいは少なくありませんが、お互いに奇妙な気遣いが逆に関係をこじらせることもあります。
それこそ不幸なことです。

兄は私よりも7つも年上ですが、いまも週2回ほど、学校で理科教育の応援に出かけています。
教えている子供たちからの色紙を見せてもらいましたが、良い仕事をしているようです。
そういえば、私は久しく色紙をもらったことがありません。
色紙をもらえるような仕事をしなくてはいけませんね。

梅雨の季節でしたが、幸いにこの2日間はとても良い天気でした。
気持ちよく旅行できたのも、天気のおかげかもしれません。
2日目には久しぶりに小田原の大雄山最乗寺に寄りましたが、気持ちの良い森林浴を味わいました。

最近気が萎えがちでしたが、かなりリフレッシュされました。
それに、母の遺言を果たせましたし。

■またまた歯抜け騒動(2012年6月26日)
箱根旅行中に、また歯が抜けてしまいました。
芦ノ湖で船に乗っている時に、ドライフルーツを食べたら抜けてしまったのです。
いま治療中で、仮歯なのですが、これで2回目です。
旅行中のことゆえ、そのまま歯が抜けた状況で旅を続けましたが、何しろ前歯なので、さぞかし目立ったことでしょう。
しかし、1日もすると、自分は歯が抜けていることを全く忘れてしまうほど、違和感がなくなりました。
人間の適応力はさすがに凄いです。
歯なし状態で旅行を続けました。

■久しぶりの来客(2012年6月29日)
コンセプトメイクの藤本さんが久しぶりにやってきました。
元気そうでした。
藤本さんとの付き合いも10年を超えました。
実に不思議な付き合いを重ねてきましたが、実に不思議な人なのです。
私の近況を聞いて、何やら怒っていました。
もっと真面目に生きろというのです。
わたしほど真面目に生きている人はいない、と反論したら、それもそうだ、とうなづいていました。
人生、なにが真面目なのか人それぞれです。

藤本さんの後、これも久しぶりの富永さんが訪ねてきました。
いまは翻訳関係の会社に関わっているようです。
みんなそれぞれ変わっているようで、変わっていない気もします。

■原発カフェ(2012年6月29日)
フェイスブック(FB)に「原発は非倫理的なエネルギー」という書き込みをしたら、いろんな人から反応がありました。
それで原発を考えるサロンを開催しました。
FBにコメントしてきた一人は、原子力安全基盤機構の畑さんでした。
実は私は畑さんとは面識がなかったのですが、ある集まりの共通のメンバーであるため、ちょっとした勘違いから私たちはFB友達になってしまったのです。
こういうことが起きるのもFBの面白さです。

その畑さんをはじめ、10人が参加しました。
それだけでも、原発サロンを企画した意味がありました。
お会いしてみると、畑さんは実に柔軟な姿勢をお持ちです。
原発に関しては、私とはかなり違う考えをお持ちだと思いますが、コミュニケーション可能な人です。
原発に関しては、原理主義者が多くて、コミュニケーションが難しいという体験を30年以上してきています。

専門家としては、畑さんと科学技術倫理フォーラムの杉本さん。
ほかは、企業経営者、飯舘村訴訟原告サポーターの学生、韓国から公共政策を学びに来ている留学生、福祉関係者、エディター、クリスチャン、民主主義研究者、そして私と、さまざまな立場の人たちでした。
時間が足りませんでしたが、いろんな気づきをもらいました。
原発の安全性は、たとえば飛行機や鉄道の安全性、食品の安全性などと違う要素があります。
サロンで話題になったのは、「事故を重ねることで改善していくことが難しい」「事故による損失があまりに大きく、しかも時空間的に範囲を限定できない」「電力は消費者が選択できる商品ではない」などです。

運転の安全性に並んで、原発そのものの持つ安全性の問題、それともつながる形での使用済み燃料の問題も出ました。
畑さんは、専門の立場からとても誠実に話してくださいました。

FBでは、技術の倫理性に関して意見が分かれたのですが、今回はそこまで議論は行きませんでした。
その一方で、実際に訴訟に関わって「法の目的」とは何かがわからなくなってきたという司法界志望の学生の素直な疑問や、さらには社会のあり方のような話にまで話は時折広がりました。
どうも原発の問題は、私たちの生き方や社会のあり方につながっているようです。

もう一つ共有できたのは、原発に関しては、あまりにも「なぜ?」を問う文化がなかったことです。
いつも「なぜか?」を問う、コミーの社長の小宮山さんが、たまたま最近、作ってしまった「なぜなぜ煎餅」をもってきていたので、みんなで食べました。

福島原発事故の事故情報は、東電の知的所有権の対称だという話も出ました。
驚きました。

今回は時間不足でした。
できれば、今度は畑さんにお願いして、「原発のここがわからないを訊く会をやりたいと思います。

■協同総合研究所総会(2012年6月30日)
もう10数年、参加していなかった協同総合研究所の総会に参加しました。
今回は福島大学での開催です。
こういう儀式的なものは、苦手なのですが、最近の総研の動きが理解できました。
ご無沙汰しているうちに、かなり変わってきているようにも感じました。

研究所の専務理事は我孫子の市議だった管さんでした。
面識はなかったのですが、なにやら親しみを感じます。
この研究所は設立間もなくから私も会員になっています。
とてもいい研究所です。
当時は機関誌も薄いもので、私ですら登場していましたが、いまは立派な月刊誌になっています。
それで会員もかなり増えているのではないかと思っていましたが、500人ほどでした。
まあ研究所なので、それはいいのですが、実に残念ながら雑誌の発行数もさほど多くないようです。
「協同の発見」と言う本ですが、各地の協同の取り組みに関する現場情報を、生の言葉で伝えてくれる情報誌です。
とてもいい雑誌です。
もっと多くの人に読んでほしいと思います。
ぜひ「協同の発見」をよろしくお願いします。
この本の読者が増えたら、社会はもう少し良くなると思います。

■東北協同集会 in ふくしま(2012年6月30日)
福島大学で開催された協同集会に参加しました。
テーマは「福島から考える協同の意味 − 今ある困難から再生を目指して」です。
基調講演は福島大学の小山良太准教授の「放射能汚染から職と農の再生」でした。
小山さんの話を聞くのは初めてですが、現場立脚の学者だと思いました。
いまの除染活動への批判は説得力がありました。
ポイントは、実態把握を十分にせずにやみくもに画一的な除染作業で起業をバブルにさせているだけだということでした。
小山さんの話は多くの人に聞いてほしいですが、マスメディアからは排除されるでしょう。
しかし近々本にして出版するそうなので、また案内します。

続いて、6人の人からさまざまな取り組みが報告されました。
その報告は、「協同の発見」で報告されるのでそれに任せます。
農業者、漁業者、就労支援者、非難している母親の会の代表、大学院生、さまざまな立場からの生々しい報告でした。

報告の後、話しあいが少しあり、最後に福島大学の塩谷教授から、まとめの提言がありました。
素晴らしい内容でした。
私は涙が出ました。
内容を再現できないのが残念ですが、ともかく考えさせられました。
一言だけ紹介します。
「ぼくが生きている間には元に戻らない。なんと罪深いことをしてしまったことか」
一人称で語っているところに感動しました。
福島の人は他者を責めずに、自らの問題として言動しているのです。

実に刺激的な集会でした。
急に思い立って参加してよかったです。

■交流会(2012年6月30日)
集会終了後、交流会がありました。
福島の被災地で頑張っているみなさんの心をこめた食材がでました。
一つひとつに思いがこもっているのです。
飯舘村の料理も出ました。

何人かの人と話しました。
書き出したらきりがありませんにで、省略します。
現場で生きている人たちのエネルギーは実に凄いです。

■福島被災地視察(2012年7月1日)
フェイスブックでは写真も含めて少し書き込んでいますので、読んでもらえればと思います。
書くのが疲れましたので、報告は来週にします。

(2012年6月第3週)
■フォワードカフェ(2012年6月17日)
■虚無感(2012年6月20日)
■ゲーム開発(2012年6月20日)
■すべてをやめて農作業(2012年6月21日)
■ワーカーズコープ成田福祉事業所(2012年6月22日)

■フォワードカフェ(2012年6月17日)
第3回フォワードカフェは、前回のフォーラムで語ってくれた吉田さんと小林さんが参加してくれました。
東尋坊の活動を応援している小田島さんも初参加です。
加えて、吉本さん、小島さん、それに私と6人でした。
今回は、必ずしも「自殺」にこだわらず、ゆるやかな話が出来ました。
こういう場がもっと広がるといいとみんな言いますが、たぶん、正確にはこういう話し合いが日常の中でももっと普通にできるようになるといいのでしょう。
その意味で、やはり問題は「私たち一人ひとりの生き方」なのです。
さらに言えば、自分の生き方なのです。

しかし、どうしてみんな「生き方」を変えようとしないのか。
サロンを長年やっていて、つくづくそう思います。

■虚無感(2012年6月20日)
最近どうも気分的な調子が良くないのですが、それがますます悪くなり、奇妙な虚無感に襲われています。
人間嫌いにもなりそうですし、自らの生き方を閉じたい気さえします。
私の周辺の人たちも、なんとなくそれを感じているらしく、いろいろと気遣ってくれますが、気遣われてどうにかなるわけでもありません。
なにやらとても奇妙な精神状況です。
気分転換しなければいけません。
というわけで、まずは汗をかこうと思い、わが家の農園の雑草刈りを始めました。
しかし、ちょっとくらい汗をかくだけではおさまりません。

テレビを見ていて、原因の一つは、どうも昨今の政治状況になるような気がしてきました。
不満を持ちながらも、手をこまねいている自分に、怒りを感じているのに気づきました。
しかし、その一方で、デモにも署名にも参加する気が起きません。
そうしたものが、なぜか遠くに感ずるのです。
誘いはいろいろと来るのですが、動けません。
デモや署名で気分を紛らわす気にもなれません。
声高に反対を唱える人たちへの信頼感が生まれないのです。

たぶんこうやって、人は滅んでいくのだろうなと思うのですが、素直に生きることを心情としている私としては、いかんともしがたいのです。
そろそろ限界のような気もしますが、生き方を変えなければいけません。
わかってはいるのですが、動き出せません。

■ゲーム開発(2012年6月20日)
リゾーミックの吉本さんと加納さんが、コミュニケーションゲームの開発のプロジェクトを起こしたいので、最初のミーティングに参加しないかと声をかけてくれました。
新しいものを創る、という呼びかけには心身が動き出す私の習癖はまだ変わっていないようで、ついつい参加してしまいました。
今回はまずは大きな方向性やフィールドの絞込みがテーマになりました。
考えてみると、ゲームとかイベントは、私の20年来のテーマの一つだったはずです。
まだまだ心身が重い状況ですが、引き続き関わっていくことにしました。

■すべてをやめて農作業(2012年6月21日)
今日は、実はさまざまな用事が詰まっている日でした。
そのため、参加をお断りしたものまであります。
ところが、前日になって、どうも心身が動かなくなってしまいました。
それで、思い切って、昨日、すべての用事をキャンセルしてしまいました。
このホームページで案内していた技術カフェも中止させてもらいました。
いろんな人に迷惑をかけたてしまいました。
しかしどうしてもやれそうになかったのです。
ただただ謝るしかありません。
こんなことは、たぶん初めてです。
いや以前一度あったような気もします。

すべてをキャンセルしたのですが、特にやることもありません。
無為に過ごすことにしました。
無為と言っても、何もしないわけではありません。
やりたいことをやりながら1日を過ごすということです。

午前中は、農園の草刈です。
かなりの重労働です。
しかし、身体的な疲労は精神面では大きな安定感をもたらしてくれました。
つづいて、むかし読んだスーザン・ソンタグのエッセイを読みました。
自分が怒られているような文章に出会いました。
なぜか、それでなにやらホッとした気もします。
後は何をやったのか、よく覚えていませんが、1日、だらだらと過ごしていたら、少し元気になりました。
最近、いささか過剰にいろんなことを背負いすぎてしまっているようです。
時に、こうした日が必要なようです。
娘に言わせると、いつもと同じだったというのですが。

■ワーカーズコープ成田福祉事業所(2012年6月22日)
先日、湯島にやってきた相川さんが所長をしているワーカーズコープ成田福祉事業所を訪問しました。
いまそこで若者自立支援サポートステーション事業をしている阿部さんが、一度、来てくれと言ったので、事情がわからないままに行きました。
来てほしいといわれれば、一度は、ともかくどこにでも行くのが私の生き方です。
現地に行くと、自分の役割が見えてきますから。

厚労省からの受託事業として、いまさまざまな活動に取り組みだしているようですが、相川さんは、実体のある活動を創りだしていきたいと考えています。
形だけの成果ではなく、継続的な物語を生み出す仕組みづくりです。
共感しました。
何ができるかを考えようと思います。

(2012年6月第2週)
■河原さんの厳しい2年間(2012年6月12日)
■立柳さんの悩ましい1年間(2012年6月12日)
■リゾーミックの暗中模索の半年間(2012年6月12日)
■橋本さんの価値ある4年間(2012年6月14日)
■みの〜れの10年間(2012年6月16日)
■玉里の手打ち蕎麦(2012年6月16日)
■大飯原発再稼動(2012年6月16日)

■河原さんの厳しい2年間(2012年6月12日)
久しぶりに若い起業家の河原さんが訪ねてきてくれました。
後で知ったのですが、河原さんもこの2年ほど、いろいろと厳しい状況だったようです。
しかし、人は厳しい状況を経て、豊かになっていきます。
その厳しかったことをまったく感じさせなかったのですが、フランクルの話が出ました。
そこからいろんなことが伝わってきました。

話をしていて、私の関心事tにもかなりつながりだしてきているように感じました。
どこかでまた接点ができるかもしれません。

■立柳さんの悩ましい1年間(2012年6月12日)
子育ちネットなどで以前交流のあった立柳さんとの交流がまた始まりました。
立柳さんも、少し生き方を変えつつあるようですが、そのきっかけは福島原発事故でした。
立柳さんは、福島の大学で教鞭をとられているのです。
この1年は、いろいろと大変だったようです。
それはそうでしょう。
立柳さんのライフワークは子育ち支援なのです。

最近、交流が再開した直接の理由は、NPO法人日本こどもNPOセンターの関係です。
ここもいろいろとあって、その事務局を今度湯島に置く話を進めているのです。
まだ確定ではありませんが、その方向でいま打ち合わせを進めているところです。
コムケア活動としても、また子ども関係に関わることになるかもしれません。

■リゾーミックの暗中模索の半年間(2012年6月12日)
LLPリゾーミックも設立後、半年経ちました。
軌道に乗ったとはいえないかもしれませんが、5月に開催したプロジェクトも成功したといえるでしょう。
問題は、次への展開です。
助走機関としての半年が終わったので、いよいよ本格稼動です。
4人のメンバーが集まりましたが、まあ人の繋がりを深めるほうが大切ということで、今回はみんなで居酒屋会議になりました。
やはり、助走期間の半年間が少し甘かったかもしれません。
新しい組織をたちあげることはそれなりに大変です。

■橋本さんの価値ある4年間(2012年6月14日)
コムケア活動を一時期、しっかりと担ってくれていた橋本さんが、病院に就職して4年目です。
最近、ゆっくり話す機会がありませんでしたが、橋本さんがお弁当持参でやってきました。
就職して4年、いろいろと悩みや迷いも出てくる時期です。
開口一番、言い出したのは「正しいとは何かを考えるようになった」というのです。
組織で働くということの壁にぶつかっているようです。
いかにも橋本さん的です。
私からは、フランクルの話をしてしまいました。
久しぶりにいろいろと話しました。
実にいい4年間を過ごしているようです。
20年後に橋本さんが、どんな場で働いているか楽しみです。
私はたぶんもういないでしょうが。

■みの〜れの10年間(2012年6月16日)
茨城県の美野里町(いまは小美玉市になっていますが)の文化センター「みの〜れ」は今年で開館10年目です。
みの〜れに関しては、その企画段階からオープンまで、かなり関わらせてもらいました。
このホームページでも当時かなりの書き込みもあります。
10年経って、また住民中心で本を創ろうということになり、私もまたささやかに関わりだしています。
残念ながら開館後は私はあまり関わっていないので、今回は編集委員ではなく外部アドバイザーです。
しかし住民と話していると、この10年、みの〜れが大きく地域社会を変えてきているのを実感します。
今回の本のテーマは「スウィッチオン」です。
この10年の動きが本になる予定です。

■玉里の手打ち蕎麦(2012年6月16日)
本作りの幹事会の後、ちょうど市内で住民同好会が開催していた、年1回の恒例の、かまゆでの手打ち蕎麦を食べる会に誘われました。
小美玉市内の玉里地区の古民家が会場です。
美味しいお蕎麦でした。
地方に行くと、どこも実に豊かです。
そうした豊かさを、一生懸命、みんなで壊しているのが現代なのかもしれません。
そういえば、20年ほど前、このあたりの古民家に、農民運動の闘士の市村さんのところの収穫祭に来たことがあるのを思い出しました。
あの頃は、その集まりが輝いて見えていたのを思い出します。

■大飯原発再稼動(2012年6月16日)
豊かな文化を実感して帰宅したら、娘から大飯原発の再稼動が決まったよと教えてもらいました。
奈落の底に落とされて気がしました。
貧しい文化の中でお金のために生きている政権担当者に哀れさを感じながらも、同時に腹立たしさも拭えません。
私が全能の神なら、4人の大臣を抹殺したいところです。
先日の大阪の通り魔よりも、私には許せません。
今週も、最後の最後で、また気が萎えてしまいました。

(2012年6月第1週)
梅雨に入りました。
その前にやっておきたかったことがあったのですが、できませんでした。
今週は、あまり書けることはないのですが、引き続き疲れる週でした。
■山城経営研究所顧問の山下敏さん(2012年6月4日)
■新しい学びの場(2012年6月6日)
■相続税問題に取り組む樋口さん(2012年6月8日)

■山城経営研究所顧問の山下敏さん(2012年6月4日)
先日の経営道フォーラムの私の話を聞いて、山下さんが風早さんと湯島に来てくれました。
山下さんは、もう引退されていますが、大企業の元社長です。
いろいろと話をさせてもらいましたが、この時期、企業経営に関わる研究所として、
企業のあり方を問い直していくために取り組めることがたくさんあるのではないかという点では一致しました。
財界から「社会性」がなくなってからすでに20年以上経つと思いますが、
このままだと日本の経済界はどんどん疲弊していきかねません。
企業経営のOBのみなさんがいまこそ動きを起こすべきだろうと私は思います。
なぜそうした動きが起きないのか、不思議です。

■新しい学びの場(2012年6月6日)
技術カフェ仲間の石井さんが、新しい事業構想の相談にやってきました。
なかなか面白い構想です。
その話をいろいろしているうちに、石井さんが学校を作りたいと言い出しました。
社会全体をキャンパスにして、現場での学びを基本にした、学びの場が求められている時代のように思います。
もうネットで学ぶんで満足するのは終わりにしたいものです。

■相続税問題に取り組む樋口さん(2012年6月8日)
私の周辺には、さまざまな活動に取り組む人がいます。
湯島を介して、そうした人がつながることも少なくないのですが、
今日はコミュニケーション支援活動に取り組む吉本さんと税理士の樋口さんのお引き合わせをしました。
何か始まると良いのですが。

ちなみに、樋口さんは最近、相続税問題に取り組みだしているようです。
これから相談が増えて来るだろう分野です。
無料の相談会もやっているそうです。
関心のある方はご連絡ください。
樋口さんをご紹介します。

(2012年5月第5週)
またまた悩ましい宿題を引き受けだしてしまっています。
■技術倫理シンポジウム(2012年5月28日)
■ジュン夫妻の誕生日イタリアン(2012年5月29日)
■71歳の誕生日(2012年5月30日)
■新潟でも支え合い交流会が始まりそうです(2012年5月31日)
■小美玉市から皆さんがやってきました(2012年5月31日)
■フォワードフォーラムの報告書(2012年5月31日)
■LLPリゾーミックの集まり(2012年5月31日)
■本間教授との約束(2012年6月1日)
■自然エネルギーをテーマにした技術講演会(2012年6月2日)

■技術倫理シンポジウム(2012年5月28日)
日本技術士会主催の技術倫理シンポジウムのパネルディスカッションのコーディネーターをやらせてもらいました。
テーマは「技術者の倫理と専門職の責任」です。
技術士、建築士、建設コンサルタント、そして弁護士の4人がパネリストです。
このシンポジウムは今年で4回目、私は一度も参加した事は内のですが、先日、日本技術士会の関係者と会食をしていて、余計な発言をしたために、お鉢が回ってきてしまったのです。
しかしとても面白かったです。

講演では4人の方が、それぞれのお立場から「技術者の倫理と専門職の責任」について、とてもわかりやすく、しかも実践的にお話いただきました。
今回は120人を超える人が参加されていましたが、技術者のみなさんがこうした取り組みをしていることがもっと見えるようになるといいのにと思います。

パネルディスカッションでは、まず昨年の福島原発事故などを体験しての個人的な感想と、それによって考えや行動にどういう変化があったかをお聞きしました。
一般論は講演で話してもらったので、ディスカッションでは個人的な立場で、一人称で語ってもらおうと思ったからです。
つづいて、社会との関わり方、自らを律する拠り所、自らの立ち位置などについて、お話をしてもらいました。
最後に少しだけ私も感想を話させてもらいました。
まず専門職も技術者も「門」から出ようとお話しました。
そして、いま技術者が置かれている、所属組織(あるいはクライアント)と自分自身と社会の3つのトリレンマからどう抜けるか、そのトリプルバインドにこそイノベーションの契機があると話しました。
最後に、倫理はお天道様に顔向けできるかどうかが本質だと付け加えました。
うまく伝わっていればいいのですが。

今回のパネリストのみなさんは、お一人を除いて、みんな初対面でしたが、とても共感できる発言が多かったです。
とてもいい経験をさせてもらいました。
終了後、パネリストでもあり、この毎年のシンポジウムの最初の企画者でもある杉本さんとお茶を飲みましたが、また宿題をもらってしまいました。
しかし今回は杉本さんが原子力に対してどう考えているかが、さらに理解できました。
私とはかなり違っていて、何回かは激論にもなっていますが、根っこのところでは同じであるばかりか、杉本さんのほうが深く傷ついていることに気づきました。
たぶん多くの人は気づいていないように思いますが、誠実に考えている人には真実は見えているのだと安堵できました。
まだまだ私の見方は表層的です。
反省しなければいけません。

■ジュン夫妻の誕生日イタリアン(2012年5月29日)
娘のジュン夫妻が私の誕生日に食事を招待してくれました。
今月始めに彼らはイタリアに旅行に行っていたのですが、その時、ナポリで買ってきたパスタを使ったイタリアンを家で作ってくれました


私好みのシーフード仕上げです。
パスタも美味しかったですが、サラダも私好みでした。
レストランでの食事もいいですが、やはり家庭でのイタリアンもいいものです。

■71歳の誕生日(2012年5月30日)
今日は誕生日、私もついに71歳です。
まさかこの歳まで生きるとは思ってもいませんでしたし、何よりも伴侶に先立たれるとは思いもしていませんでしたので、最近は「誕生日おめでとう」と言われても、何でおめでたいのと言い返したくなるくらい、誕生日には興味がありません。
しかしフェイスブックをやっているおかげで、たくさんの方たちからお祝いメールが届きました。
なかでもとてもうれしかったのは、私の存在がささやかであっても、少しは意味があるといってきてくれた人たちがいたことです。
その言葉に元気づけられてもう少し社会と関わっていこうと思います。

■新潟でも支え合い交流会が始まりそうです(2012年5月31日)
新潟の金田さんが湯島に立ち寄ってくれました。
金田さんも公私ともにいろいろあるようで、かなりお疲れとお見かけしました。

今回の一番の話題は、金田さんが新潟でいよいよ自殺のない社会づくりネットワークの地方交流会を始めようという話でした。
すでに3人のコアになる人もそろっているようで、後は動き出すだけです。
金田さんの電話で、新潟の野本さんとも電話でお話ができました。
私も一度お伺いしようと思います。

技術倫理に取り組む杉本さんにしろ、金田さんにしろ、私よりも年長なのにともかく意欲的です。
見習わないといけません。
いつもいい刺激をもらっています。

■小美玉市から皆さんがやってきました(2012年5月31日)
小美玉市の「みの〜れ物語」制作関係者と文化センターの館長はじめ職員のみなさんが湯島にやってきました。
私も建設に関わった文化センターみの〜れも10年経ち、その間の物語を本にしようということになったのですが、なかなか書き手が集まらず苦戦しているようです。
私も何となく数回打ち合わせに行っていますが、どう関わるべきかいささか曖昧なのと、住民としてももう一つ盛り上がらないので、私自身もなかなかのめりこめません。
しかしこのまま行くと10年前の悪夢の再来になりかねません。
結局、最後は誰かが責任をとらねばならず、今の流れだとどうもまたそれが私のところに来そうだからです。
さてさてそろそろ私も本腰を入れなければいけません。
ビジネス的に頼まれれば簡単なのですが、それでは全く面白くないのが悩みです。
気が重くなってきました。

■フォワードフォーラムの報告書(2012年5月31日)
3月に開催したフォワードフォーラムの報告書を橋本さんの会社に印刷をお願いしていたのですが、完成し、橋本さん自らが届けてくれました。
最近、橋本さんとあまりお話していなかったので、少しお話させてもらいました。
橋本さんにはまだまだ問題が降りかかっているようで、せっかく入学した大学にもまた行けないことも多いようです。
しかしさまざまな人と大学では会えるようで、それが励みになっているようです。

ちなみに、フォワードフォーラムの報告書はPDFで公開しています

■LLPリゾーミックの集まり(2012年5月31日)
LLPリゾーミックはなかなか動き出しません。
どうもチームワークが苦手の人が多いようです。
その良さもありますが、あまりに進まないでいささか疲れてきました。

スリーA方式の認知症予防ゲームの普及が、このLLP発足の契機だったのですが、どうもそれをプロジェクト化する人が出てきません。
結局また私が引き受けないといけないかもしれないという不安があるのですが、だれかに押し付けるわけにも行かず、これまた悩ましいことです。

鈴木さんがブルーマウンテンの珈琲を持ってきてくれました。
いま湯島に来ると飲めるかもしれません。
先日、福山さんからもらったモカマタリは、私好みだったので、ほとんど私が飲んでしまいましたが。
コーヒールンバの世代なので、モカが大好きなのです。

■本間教授との約束(2012年6月1日)
共済研究会でご一緒させてもらった青山学院大学の本間教授から電話がありました。
もし電話がなかったら会いに行かないといけないと思っていましたが、やはり電話が来ました。
共済研究会退会の件で、なんで辞めるのだという電話でした。
此れまでも何回も翻意を促されています。
本間さんの孤立感はよくわかりますので、そこが実に悩ましいところです。

本間さんと電話で話していて、ソンタグを思いだしました。
辛らつなアメリカの作家、ソンタグはあるシンポジウムでこう語っています。
「共同体の矛盾を摘発する人がいた場合、共同体はその個人に報復する」。
本間さんは、大学教授ですが、きちんと社会を生きている人です。
だからきっと居心地が悪いのでしょう。
だから共同体から降りてしまった私にきっと親近感を感じてくれるのです。

本間さんとはこれからも何かご一緒できればと思います。
ささやかな私の約束です。

■自然エネルギーをテーマにした技術講演会(2012年6月2日)
原発と縮小社会をテーマにした3回連続の技術後援会の2回目でした。
今回はNPO法人環境エネルギー政策研究所の山下紀明さんの「持続可能エネルギーの展望」でした。
正直に言えば、お話はタイトルとは違い、主に自然エネルギーの紹介でした。
私は1970年代から80年代にかけて、それなりにエネルギー問題は勉強しました。
当時話題になりだしたバイオマスに関しては、ブラジルにまで少し勉強に行きました。
当時のサンパウロはバイオマスを使ったフォードの自動車が走っていて、街全体が甘い香りで満ちていました。
太陽熱発電では四国の大規模実験場も見にいきました。
此れは大失敗だったようですが、壮大な風景でした。
太陽光も白浜の実験ハウスに行きました。
そうした立場からいうと、この30年、日本の自然エネルギー状況は何も変わっていないのではないかと言う気がしました。
ですから講演はまったく退屈で、もし国仁さんの企画でなければ途中で抜けたでしょう。
しかし、それは実は私の思いあがりでした。
最後の10分間の山下さんのお話とその後の質疑応答は刺激的でした。
山下さんが好きになりました。
最初にこうした話をしてくれたらよかったのにと残念に思います。

最後の話はドイツの原子力発電に関する倫理委員会の話です。
今回の福島の事故を受けて、ドイツは政策転換しましたが、そこでドイツは「原子力が必要かどうかは原子力の専門家が決めるのではなく、社会が決めることである」という原則を明確にしました。
もう一つ山下さんが明言したのは、原子力は非倫理的なエネルギーだと言い切ったことです。
もちろん彼はその理由をきちんと説明しています。

次回の講演会は7月7日です。のテーマは縮小社会。
ご関心のある方はご参加ください。
お知らせのコーナーに案内を載せています

(2012年5月第4週)
生活がなかなか安定せずに、今週もきちんと書き込む時間がとれませんでした。
決して「忙しい」わけではないのですが、何かパソコンに向かえなくなっています。
まあこういうこともあるでしょう。
今週は簡単な記録に留めます。
■フォワードカフェ(2012年5月20日)
■金環日食(2012年5月21日)
■フランクルの「人間とは何か」(2012年5月22日)
■共済研究会から退会しました(2012年5月22日)
■娘たちがイタリアから戻りました(2012年5月23日)
■経営道フォーラム51期スタート(2012年5月23日)
■湯河原に立ち寄りました(2012年5月24日)
■新潟でも新しい動きが始まりそうです(2012年5月25日)
■逆さ虹(2012年5月26日)

■フォワードカフェ(2012年5月20日)
第2回目のフォワードカフェは、神崎さんにゲストで来てもらいました。
神崎さんは任侠の世界の人でしたが、今は福祉の世界にかかわっています。
このコーナーにも何回か登場していますが、実にいい生き方をしています。
神崎さんを数年前から追跡取材している北陸朝日テレビの取材チームもわざわざ石川から来てくれました。
今月末にまたテレビで放映するそうです。

神崎さんという、実に魅力的なパーソナリティがゲストだったので、参加者も多くなると思っていましたが、実際には逆で少なかったのが残念です。
参加した方からは、密度の濃い集まりだったといってもらいましたが、神崎さんの話は実に示唆に富んでいました。
いつかもう一度、神崎さんサロンを企画しようと思っています。

■金環日食(2012年5月21日)
久しぶりの金環日食で日本中が大騒ぎでした。
私も朝早くから太陽を見ていました。
写真を掲載します。

■フランクルの「人間とは何か」(2012年5月22日)
フランクルの「人間とは何か」を読み終えました。
いろいろと考えさせられました。
この歳になって初めて、フランクルの気持ちが少しわかったような気がします。

■共済研究会から退会しました(2012年5月22日)
共済研究会の相馬さんから電話がありました。
いつか来るだろうなと思っていたのですが、やはり共済研究会の件でした。
今年の3月の公開シンポジウムで一応、私の役割は終わったと思い、退会を申し出ていましたが、その後、運営委員の長谷川さんから2回の訪問を受けたりしていました。
退会の理由をしっかりとお伝えすれば理解してもらえると思っていましたが、最後に相馬さんと本間さんとは別に話さないといけないとは思っていました。
相馬さんも私の説明をきちんと受け止めてくれました。
これでまあ正式に退会です。
本間さんにはまた別途次のことも含めてお話しようと思います。
会と言うのは(NPOもそうですが)、惰性に流されないように常に見直しが必要です。
私も何となく参加し続けている集まりもあるのですが。最近また、少しずつ見直しを始めています。
世界が狭くならないように気をつけなければいけませんが、これが歳をとるということかもしれません。
いささかの寂しさはありますが。

共済研究会とは、これからどういうかかわり方ができるかを考えなければいけません。

■娘たちがイタリアから戻りました(2012年5月23日)
ジュン夫婦がイタリアに旅行に行っていたのですが、今朝、戻ってきました。
いろいろと事件もあったようです。
これでまた柏の「エヴィーバ!」のメニューにも新しいものが追加されるでしょう。
近々、新しい料理をご馳走してもらえそうです。

■経営道フォーラム51期スタート(2012年5月23日)
経営道フォーラム51期がスタートしました。
今回は箱根小湧園ホテルで合宿です。
昨年は東日本大震災で宿泊客が激減していましたが、今回は満員でした。
新しいチームメンバーは、みんなそれぞれに問題意識が明確です。
どう展開するか楽しみです。

■湯河原に立ち寄りました(2012年5月24日)
箱根の帰りに湯河原の元仕事場に立ち寄りました。
1年ぶりです。
将来はここで暮らす予定でしたが、妻がいなくなった今、その計画はなくなりました。
仕事場としても使う予定はなくなりましたので、書籍も大半は自宅に戻しました。
しかし時折、必要なものがあるのです。
今回も2冊ほどの本を持ち帰りましたが、その本を探している時に、広瀬隆さんの「四番目の恐怖」が目につきました。
ぱらぱらと読んでみたら、昨年の福島原発のことが、はっきりと予見されていました。
この本は、チェルノブイリ事件の後に書かれていますが、状況は今とまったく同じです。
私たちは、繰り返し愚行を重ねているのです。
唖然としました。
いまの騒ぎもまた10年もしたら忘れられてしまうのでしょうか。

■新潟でも新しい動きが始まりそうです(2012年5月25日)
新潟の金田さんから電話がありました。
3月に開催した自殺のない社会づくりネットワークのフォーラムに参加してくれた金田さんが、新潟でも活動を起こしたいと動き出してくれたのです。
東尋坊でも活動していた石津谷さんが、数年前から新潟に転居しているので、石津谷さんと一緒に動き出してくれているのです。
コアメンバーも少しずつ出来てきています。
夏にはもしかしたら何かの動きがあるかもしれません。
大阪のあゆみあいネットも着実に前に進みだしました。
こうした地道な動きが、きっと社会を変えていくでしょう。

■逆さ虹(2012年5月26日)
我孫子に逆さ虹が出ました。これを見ると良いことがあるそうです。
さてどんな良い事がやってくるのでしょうか。

(2012年5月第3週)
ちょっとなれないことをやってしまい、大変な目にあっています。
困ったものです。
それに追われてどうも精神的に安定しません。
私は何もできずにいますが、私の周りではいろんな事が始まっているようで、それが支えです。
フランクルの「人間とは何か」を読み出しました。
■めだかの死(2012年5月14日)
■フォワードフォーラム報告書(2012年5月15日)
■第9回技術カフェ(2012年5月17日)
■農園整備(2012年5月19日)

■めだかの死(2012年5月14日)
湯島の黒めだかが全滅してしまいました。
最近手入れをしていなかったのが原因です。
貴重な黒めだかでしたのに、不手際でした。
ちょうど白めだかを入手し、それを一緒にする予定だったのですが、少し遅すぎました。

■フォワードフォーラム報告書(2012年5月15日)
3月に開催したフォワードフォーラムの報告書が出来ました。
なかなか良いものになりました。
印刷して関係部署に送ろうと思います。
関心のある方は、このサイトにもアップしましたのでお読みください。
フォワードフォーラム報告書

■第9回技術カフェ(2012年5月17日)
今回は「シニアとものづくり」がテーマだったのですが、前半の話題提供タイムが盛り上がってしまいました。
高校で教えている人の話や多機能電動車椅子や原発の安全性など、いつものように話は自由闊達に飛び交いました。
そうした話の流れの中で、ともかくものづくりが出来るみんなで使える工房がほしいということになりました。
またものづくりを楽しいでいる現場を訪問しようと言う話も出ました。
そろそろ何かを始める段階に来たようです。
どこか面白いところがあったら教えてください。
一緒に行きませんか。

■農園整備(2012年5月19日)
3月に荒れ放題の農地の雑草刈りをしましたが、その後、またさぼってしまい、雑草が茂りだしました。
それで近くに住む兄に応援を頼み、娘と3人で雑草とりをしました。
雑草と言っても、実は笹が多いのです。
このあたりは昔竹やぶだったのでしょう。
1時間半もやると疲労困憊です。
今年は全面花畑にしようと思っています。

(2012年5月第2週)
■タケノコイタリアン(2012年5月7日)
■共済研究会の長谷川さん(2012年5月8日)
■LLPリゾーミック総会(2012年5月8日)
■ホーユー水野社長の来訪(2012年5月9日)
■経営道フォーラム50期発表会(2012年5月10日)
■原発問題講演会(2012年5月12日)
■技術時評(2012年5月12日)

■タケノコイタリアン(2012年5月7日)
今日は柏のイタリアントラットリア「エヴィーバ!」に、娘たちと一緒にタケノコイタリアンを食べに行きました。
タケノコをふんだんに使ったタケノコ料理を頼んだのです。
前菜からデザートまで、タケノコをできるだけ入れてもらいました。

まず前菜はホタルイカとタケノコのマリネです。
次にタケノコとたらの芽とズッキーニの花のフリット。
グリーンサラダにバーニャカウダ、そこにもタケノコをいれてもらいました。
次はホタルイカのトマトソースにイカスミをいれた手打ちパスタ。
それに私の好物の干し鱈のオレキエッテ。もちろんタケノコ入りです。
そして、牛の内臓のフィレンツェ風トリッパです。
最後はイチゴのラビオリです。
そのほとんどにタケノコをいれてもらいました。
満足です。
エヴィーバ!の手打ちパスタはとてもおいしいです。
今日は8種類がチョイスできました。

■共済研究会の長谷川さん(2012年5月8日)
全労連共済の専務理事の長谷川さんが湯島に来てくれました。
長谷川さんのオフィスは湯島の私のオフィスのすぐ近くです。
もしかしたら、と思っていたのですが、やはり用件は共済研究会の関係でした。
私が共済研究会から脱会したことを再考するようにということでした。
長谷川さんから言われると少しぐらついてしまいますが、今回はなぜ脱会するかをていねいに話させてもらいました。
長谷川さんだったら理解してもらえると思ったからです。
たぶん納得してもらえたと思います。
思いはたぶん同じだからです。

それに関連しながら、話は広がりました。
長谷川さんは元教師ですので、教育の話も少し出ました。
気がついたら2時間が経っていました。
こうした議論ができる場がもっとあれば良いと思います。
私たちはいつから議論をしなくなりだしたのでしょうか。
共済に関して、しっかりと議論できる場があれば、参加させてもらおうと思っています。

■LLPリゾーミック総会(2012年5月8日)
正式に発足したLLPリゾーミックですが、どうもうまく動き出せないでいます。
そこで改めて総会を持ちました。
プロジェクトユニットに関しても合意がとれたかと思います。
一緒にフォーラムを体験したので、かなり意識はそろっていると思っていたのですが、そう簡単ではないようです。
今回はみんな最近付き合いだしたメンバーだったせいかもしれません。
長い付き合いの人は私の発想を知っていますので、齟齬をきたさないのですが、やはり1〜2年の付き合いだとなかなか以心伝心にはなりません。
まあ急がずにゆっくり進めていこうと思いなおしました。

■ホーユー水野社長の来訪(2012年5月9日)
名古屋に本社のあるホーユーは日本的経営にこだわっている優良会社です。
会社というよりも、その社長とささやかな交流が数年前から始まっていますが、今年の初めに社長が急逝しました。
最後に湯島に来たのは1年ほど前でしたが、その時は少し疲れたようには見えましたが、まさかのことでした。
副社長だった弟さんが社長を引き継ぎました。
弟さんも何回か、湯島にきてくれました。
前にここでも書きましたが、コピ・ルアクの珈琲を持ってきてくれたのも弟さんです。
社長交代後、極めて多忙な日々を過ごしていたようですが、漸く少し時間が取れるようになったといって、久しぶりに湯島に立ち寄ってくれたのです。

といっても特段話があるわけではないのですが、いろいろと話していたら2時間があっという間に過ぎてしまいました。
水野さんの若い頃の話も初めて聞きました。
どうやら日本のボランティアの草分けだったようです。
ますます彼が好きになりました。
こういう人がもっとどんどん社長になっていくと日本も変わるかもしれません。

■経営道フォーラム50期発表会(2012年5月10日)
経営道フォーラム50期の発表会でした。
今回の基調講演は、場の研究所の清水博さんでしたので、久しぶりに私もお話を聴きたくて、最初から参加しました。

清水さんとは10年以上前に、2度ほどお会いしただけですが、著書は東レ時代から読ませていただき刺激をもらっていました。
今回は「近代文明から地球文明へ」というお話でしたが、私の生き方をなぞってもらっているようなお話で、久しぶりでしたが、素直に心に入りました。

発表会は今回は4つのチームを合同でやることになったので、あまりの長時間に疲れてしまいました。
私の担当のチームは2つですが、それぞれに工夫してプレゼンをしてくれました。
その前後に、いつもよりは短い私の話を少しさせてもらいましたが、口調がいつもよりも少し厳しくなってしまったかもしれません。
疲れると機嫌が悪くなるのが私の悪癖なのです。
困ったものです。

翌日、私の話を聞いた元経営者がゆっくりと話したいといってきました。
時代が変わったのかもしれませんが、20年前だったらうれしかったのですが、日本の大企業は残念ながらもう終わってしまったように思います。

■原発問題講演会(2012年5月12日)
佐藤国仁さんが企画した「原発の安全性と縮小社会」をテーマにした3回連続技術講演会の第1回目に参加しました。
自らも原子力プラント設計技術者として「原子力ムラ」の一人だった、後藤政志さんが講師です。
タイトルは「そもそも原発の安全運転は可能か」。
主催したのは私の友人の佐藤国仁さんです。
国仁さんは、鉄道関係の安全性の専門家ですが、昨年の福島原発事故を契機に、原発の問題に積極的に関わり、その活動の一環として「原発の安全性と縮小社会」をテーマにした連続講演会を企画したのです。
今日はその1回目でした。

後藤さんは、ストレステスト聴取会の委員の一人でもあります。
前にこのブログでも書いたような記憶がありますが、茶番とも言える委員会の流れに怒りの告発をした委員のお一人です。

後藤さんの話を簡単に言えば、福島の事故はまだ終わってはいない。
水蒸気爆発や再臨界の恐れもなくなってはいない。
それにそもそも原発は本質的に「安全ではない」、ということです。
もう少し詳しい報告はブログに書きました。

第2回目は6月2日です。
お知らせのコーナーに案内を掲載しています
ご関心があればご参加ください。

■技術時評(2012年5月12日)
上記の講演会にはNPO法人科学技術倫理フォーラム理事長の杉本さんも参加されていました。
杉本さんは誠実な方なので、今回の講演会には国仁さんの応援の意味で参加されたのかもしれません。
杉本さんと国仁さんは、原発に対するスタンスがかなり違うのです。
それは前回の湯島での話し合いで明確に出ていました。
にもかかわらず杉本さんは今回の講演会の案内の周知に協力されていました。
私も国仁さんも、そういう杉本さんが大好きなのです。

講演会終了後、杉本さんと食事を一緒にしました。
杉本さんと話すとまた宿題をもらいそうなので、いささか心配でしたが、やはりそうなりました。
いささか気が重いですが、杉本さんにお役に立つことは受けなければいけません。
もっとも宿題の引き金を引いたのは私です。
技術時評の提案をさせてもらったのです。

意外な話も出ました。
杉本さんは倉吉市に住んでいたことがあるのだそうです。
私も15年ほど前に倉吉市のまちづくりの相談に乗って、3回ほど、倉吉を訪問しました。
ところが話していたら、その時の窓口の人がなんと杉本さんの知人だったのです。
なんとまあ世間は狭いことか。
早速その共通の知人に連絡を取ってみようと思います。
フェイスブックで探したら、出ていました。
フェイスブックはこういう時に威力を発揮します。

(2012年5月第1週)
大型連休です。
私も9日間、オフィスには行きませんでした。
しかしその間、まったくと言っていいほど、何もしませんでした。
唯一やったのは、トール・ノーレットランダーシュの大著「ユーザーイリュージョン」を読んだだけです。
やろうと思っていた仕事場の片付けも、ホームページの整理も、ほとんどやれませんでした。
人間は、時間がありすぎると何もやらないものです。
しかし、そのしわ寄せは、たぶん明日あたりから出てきそうです。

5月5日はスーパームーンでした

(2012年4月第4週)
■パーソナルパーソンズ社発足(2012年4月23日)
■自殺のない社会づくり活動の新潟での展開(2012年4月23日)
■言霊(2012年4月23日)
■エヴィーバ発展計画(2012年4月25日)
■東北被災地での新しい動きに期待する清水さん(2012年4月26日) 
■福井の筍(2012年4月26日)
■オープンサロン(2012年4月27日)
■庭の手入れ(2012年4月28日)

■パーソナルパーソンズ社発足(2012年4月23日)
フランスの化粧品キャロル・フランクの輸入に取り組む会社を創設することにしました。
2年間は私が社長をやることにしました。
そうしないと私を信頼して資金提供してくれた人たちに損失を与えかねないからです。
年寄りの冷や水といわれそうですが、まあ2年間で軌道に乗せる予定です。
まもなくホームページもオープンします。
今回はちゃんとビジネスを展開する会社です。
みなさん応援してください。
化粧品のネット販売も開始します。
商品の質に関しては、これまでこのホームページでも何回か書いてきていますが、ナチュラルな原材料を使った安全なものです。
これでこの関連の記事も解禁になりましたので、これから少しずつ書いていこうと思います。

■自殺のない社会づくり活動の新潟での展開(2012年4月23日)
新潟の金田さんが湯島に立ち寄ってくれました。
金田さんは3月のフォワードフォーラムに参加されて、いろいろと刺激を受けたようで、新潟でも何か始めたいと思われています。
早速、県と市の担当者と話し合ったり、新潟に転居した石津谷さんと会ったり、精力的に動き出しています。
たぶん何かが始まるでしょう。
金田さんの行動力には敬服します。

■言霊(2012年4月23日)
美 earth の山田さんと谷口さんが湯島に来ました。
前回は山田さんと村瀬さんでしたが、今回は山田さんが同志の谷口さんを同行してきてくれたのです。
お2人の取り組みや活動をいろいろと聞かせてもらいました。
話しているうちに、話題が「言霊」に向かいました。
お2人ともかなり言霊にはまっているようです。

山田さんは、ばりばりのビジネスの世界から抜け出て、美 earthの活動に入ったのですが、まだなかなか具体的な活動が見えてこないため、いろいろと模索中のようです。
間もなく何かが見えてくるでしょうが、どんな活動に取り組みだすのか楽しみです。
5月には少しいろんな人を交えたミーティングを持ちたいと思っています。

■エヴィーバ発展計画(2012年4月25日)
私の娘の伴侶が柏で「エヴィーバ!」というイタリアンをやっています。
とてもカジュアルなお店ですので、お近くに行く機会があったら是非お立ち寄り下さい。
シェフもとてもイタリアンです。

そのお店を次のステップに発展させたいと、彼が言い出しました。
それで一度、相談に乗ることにしました。
お店は今、彼ともう一人、同世代の人と人でやっているのですが、そのもう一人の人も独立したいと考えていると聞いたからです。
そこに私が参加して、3人で取り組むことにしました。
うまくいったら3億円の謝礼をもらうことになっていますが、もらえるのはたぶん来世になるでしょう。
今回は美味しい珈琲とケーキをコンサルティング料としてもらいました。
さてさてどうなりますか。
柏界隈で居ぬきでお店が売りに出ていたら教えてください。
いつか私も雇ってもらえるかもしれませんので、がんばらないといけません。

■東北被災地での新しい動きに期待する清水さん(2012年4月26日) 
淑徳大学教授の清水さんが湯島に来ました。
最近、石巻などの東北被災地に調査に行ってきたのです。
そこでたくさんの刺激を得てきたようです。

清水さんは昔からのお付き合いですが、日本能率協会時代に環境経営提言を一緒にまとめたり、企業広報関係の本を日系から出版した時に一緒に書いたりした仲ですが、最近は一緒にプロジェクトに取り組んだことがありません。
まあ私が仕事を辞めてしまっているので当然なのですが、清水さんと私の問題意識はかなり重なっています。
その清水さんが、被災地での「企業と行政とNPOの相互コミュニケーションシステム」にどうやら関心を持っているようです。
これはまさに10年ほど前に、福島の講演で、私が問題提起させてもらった「リフレーミング」の発想なのですが、当時は余りみんなピントは来なかったようです。
一人だけきちんと受け止めてくれた人がいますが、最近は交流が途絶えています。

それはともかく、その発想の先には新しい組織モデルが構想されるはずです。
清水さんがそこまで取り組むようであれば、私も参加させてもらおうと思います。
清水さんはこの連休も東北ですが、清水さんのテーマは、コミュニケーション、環境なのです。
きっと何かがが始まるでしょう。

■福井の筍(2012年4月26日)
福島原発事故のおかげで、関東の筍の出荷制限が広がっています。
そのため今年はまだ筍を食べていません。
私は、筍が大好きなので、とても残念です。
それで福井の義姉に筍をたくさん送ってもらうように頼みました。
どっさりと届きました。
いつもならおすそ分けするのですが、おすそ分けもほどほどにして、今回はその半分をわが家で食べてしまうことにしました。
筍の調理は面倒なのだそうで、娘はあまり歓迎していませんが。

最近は三陸沖のわかめも汚染が心配されています。
放射能汚染の被害はこうやってじわじわと生活に及んでくるのでしょうね。

■オープンサロン(2012年4月27日)
久しぶりに八ヶ岳山麓に転居された中村さんが参加されました。
悠々自適な暮らしを楽しまれているようです。
乾さん、武田さん、小山石さん、橋本さん、そして最後に宮部さんが来ました。
民主主義と民主政治、組織の論理と個人の論理、鎖国か開国か、というような難しいテーマが多かったですが、最近、わが家の近くにカモシカが来たとか、最近は長く歩けないとか、カナダでは自宅に鍵をかけないとか、日本をよくするために紙幣をどんどん増発して、国民に無償で配りましょうとか、テレビ放送には映像がついているとかいないとか、難しくない話もありました。
結論は、みんな仲良くしましょうと言うことでした。
そうでもいわないと終わりそうもなかったので、まあ私が無理やりまとめたのですが。
なにしろ話が盛り上がってしまい、10時近くなってもなかなか終わりそうなかったからです。
ある人は、別に話を聴きたいわけではないが、ここに来ると癒されるといって、珈琲を飲んでいました。
私はあんまり癒されないのと、珈琲ばかり飲んでいるので気持ちが悪かったのとで、疲れました。

■庭の手入れ(2012年4月28日)
娘たちと庭の花の植え替えなどをしました。
私の好きなランタナがみんな元気がないのががっかりです。
シラユキヒメが咲き出しています。
駅前にも前に植えてもらったのですが、元気だといいのですが。
藤も咲き出しています。
友人から種をもらったレバノン杉が大きくなってしまい、娘からはどうにかしろといわれていますが、これも植え替えないといけません。

久しぶりに娘たちと庭でカフェしました。

(2012年4月第3週)
■フォワードカフェ(2012年4月15日)
■キャロル・フランク(2012年4月16日)
■アイリオ生命保険(2012年4月16日)
■若者自立支援に取り組む相川さん(2012年4月16日)
■アイパッドが戻りました(2012年4月16日)
■共済研究会シンポジウム反省会(2012年4月16日)
■インキュベーションハウスでキャロル・フランクを応援します(2012年4月18日)
■LLPリゾーミックがなかなか動き出しません(2012年4月19日)
■第8回技術カフェ(2012年4月19日)
■みの〜れ物語2制作委員会(2012年4月21日)

■フォワードカフェ(2012年4月15日)
今日、第1回目のフォワードカフェを開催しました。
参加者は7人でした。
23日のフォワードフォーラムが好評だったので、その参加者が参加してくれると思っていましたが、ゼロでした。
みんな本気で、安心して話せる場を望んでいるのだろうかと、いつも疑問に感じます。

しかし、今回はフェイスブックやメーリングリストでこのカフェを知ってくれた人が4人も参加してくれました。
初対面の人が多かったので、まずは自己紹介から始めました。
初参加の人のうち、2人は40前後のバリバリのビジネスマンです。
お2人に共通するのは、東北被災地でのボランティア体験です。
そこで生き方が少し変わってきたようです。
お2人は、それぞれ湯島のサロンに参加してくださったことがある人です。
平和サロンと技術サロンです。
もう一人は、12月のスリーA方式認知症予防ゲームのフォーラムに参加してくださった人、残りの一人はサロン好きの菊井さんです。
いろんなサロンの参加者が横につながりました。

自己紹介が終わった後、自殺関連の状況の話を事務局長の福山さんがしてくれました。
3万人を超える自殺者が数年続いているということはみんなご存知ですが、自殺対策基本法とか行政の取り組みの実態とか、NPOの活動などは意外と知られていないのです。
市民活動に取り組んでいる人たちも、他の分野の動きは知っているようで知りません。
そこに大きな問題があるように思います。

その後、23日のフォーラムでも語り手の一人だった、吉田銀一郎さんが、自分の体験やこれからの取り組み計画などを話してくれました。
そこで吉田さんがこれから全国をまわって、自殺防止活動への提言をしていく事が話されたのですが、そのいでたちの写真が回覧されました。
その後は、流れに任せていろいろと話題は広がり、学校教育の問題や最近の生きにくさの話、東北被災地の話や隣人祭りの話など、カフェサロンらしく広がりました。

そういえば、「あいさつ」が基本だという話も出ました。
挨拶をする文化を広げていくことが、もしかしたら、みんなが気持ちよく暮らせる社会への王道かもしれません。
ほかにもいろいろの話が出ましたが、まあ生々しい話はその場限りというルールですので、報告はこの程度にします。
5月は20日当たりを予定しています。よかったら参加してください。

■キャロル・フランク(2012年4月16日)
フランスのキャロル・フランクの化粧品の輸入販売事業に取り組んでいる成瀬さんの相談に乗っているうちに、どんどん引き込まれてしまい、その再出発に協力することになってしまいました。
その関係で、フランスから来日したキャロル・フランクの社長と創業者の息子さんと成瀬さんたちのミーティングに同席しました。
私が聞いていた話とかなり違っていたのですが、どうやらグローバリゼーションの波はフランスにも押し寄せているようです。
フランス語は私には全く理解できず、何を話しているのかわかりませんでしたが(通訳の方はいましたが)、その雰囲気でそれを感じました。
5月から新会社も立ち上げる予定です。
友人のアドバイスを受けて、やめておけばよかったのですが、今となっては引くに引けません。
さてどうなりますか。

■アイリオ生命保険(2012年4月16日)
岡山に転居した宇野さんから突然電話があり、会いたいと言うので湯島で会いました。
宇野さんは、いまアイリオ生命保険の代理店をやっているのだそうです。
同社は以前は共済事業だったようですが、保険法改正で保険会社になったようです。
しかしどうも同社の「共済」事業はいろいろと問題があったようだと後で別の人からお聞きしました。
宇野さんからは、代理店をやりたい人はいないかと頼まれましたが、ネットワークビジネス的な要素があるようです。
金融事業は私の世界ではありません。
「共済」事業はどうやら一筋縄ではいかないようで、注意しなければいけません。
アイリオ生命保険については、少し勉強してみようと思います。

■若者自立支援に取り組む相川さん(2012年4月16日)
NPO法人ワーカーズコープの成田地域福祉事業所の相川さんと阿部さんがやってきました。
若者自立支援プログラムを立ち上げるのだそうです。
相川さんといろいろと話をさせてもらいました。
助成金で行う事業は、事業責任者によって、意義あるものになるか、まったくの形だけのものなるか、わかれます。
私自身は後者には全く興味がないので、もし後者であれば即お引取り願うのですが、相川さんの思いを聞いて協力することにしました。
まだどういう協力ができるかわかりませんが、相川さんは若いのにしっかりした思想をお持ちです。
福祉の世界も、若い世代が現れ、新しい風を起こしていくのでしょう。
今日はとてもいい話し合いができました。

■アイパッドが戻りました(2012年4月16日)
アイパッドを軽井沢のホテルに忘れてきてしまっていたのですが、本日、無事、戻ってきました。
しかし、アイパッドがなくとも何の不都合も起きませんね。
無駄な買い物をしてしまいました。
そういえば、イーモバイルもあるのですが、これは最近まったく使っていません。
解約しなければいけません。
しかし最近は、一定期間は解約できないのだそうです。
注意しないといけません。
そういえば、アイパッドもたしか無料でしたが、目先の価格に騙されてはいけませんね。

■共済研究会シンポジウム反省会(2012年4月16日)
3月に開始した共済研究会の公開シンポジウムの反省会でした。
私はこれを契機に、共済研究会を退会することにしました。
やはり私にはいまの共済事業は大きな違和感があります。
その点は代表の本間さんと同じ意見なので、本間さんからはやめるとは何事だと叱られています。
しかしたぶん私の存在価値はないでしょう。
2回のシンポジウムを体験させてもらいましたが、共済研究会の目的からすれば、私の存在は単なるノイズだった気がします。

共済事業研究会ではなく、正真正銘の共済研究会を本間さんが始めたら参加したいとお伝えしています。
始めてくれるといいのですが。

■インキュベーションハウスでキャロル・フランクを応援します(2012年4月18日)
キャロル・フランクの新しいホームページを、インキュベーションハウスでつくることにしました。
お金がないので、成功報酬的なかたちで引き受けました。
委託側にも受託側にも私は関わっているので、自己矛盾が起きかねないですが、
うまく行けば双方にとって、ウィンウィンになるはずです。
さてさてどうなりますか。

■LLPリゾーミックがなかなか動き出しません(2012年4月19日)
LLPリゾーミックもなかなかうまく始動しません。
インキュベーションハウスの時もそうでしたが、
私の考えはあまり普遍性がないようで、きちんと説明しないとわかってもらえないようです。
事務局長の吉本さんでさえ、十分納得していないようです。
吉本さんと事前打ち合わせを行い、5月に正式の発足総会を開催することにしました。
さてさてこれもどうなりますか。

■第8回技術カフェ(2012年4月19日)
昨日の技術カフェは、さいたま市の産業創造財団のものづくり支援担当の佐々木さんに話題提供してもらい、それを材料に話しました。
参加者はちょっと少なく6人でしたが、一人で5人分ほど話す篠崎さんが参加したので、実に賑やかでした。
最初に、佐々木さんからさいたま市産業創造財団も活動や、佐々木さんが最近関わっている活動などのお話をお聞きしました。
ドイツのバイエルン州との交流事業のお話には、いろんな示唆が含まれていたように思います。
あんまり面白すぎて、内容の報告は何を書いていいかわからないのでやめますが、ブランディング、電気自動車、マイクロモビリティ、プロデューサー不足、都市鉱山、シニアビジネス、ものづくりの楽しさ、マーケットリサーチの信頼性、新聞は残るのか、コストダウンの是非、などなど話題は実にいろいろでした。
人のつながりからいろんなことが広がっていくという話もありました。
また佐々木さんのさいたま市産業創造財団に、こんな取り組みをしたら面白いのではという提案もいくつかありました。

次回はこの延長で、「シニアとものづくり」をテーマにしようということになりました。
シニアのことはシニアもしくはシニアを介護した体験者が一番良く知っているので、そうした人たちに自由に話させる場をつくったら、新しい事業のヒントが沢山得られるはずだという話もでましたし、具体的な事業候補もあがりました。
前者で言えば、シニア技術カフェをつくったら、そこで事業受託できそうですね。
後者では、手動マイミニカーが欲しいという提案がありました。私は疲れそうなので、欲しくないですが、手動マイミニカーなら技術カフェ有志で創れるかもしれません。
今回は前向きの楽しい話がたくさん出ました。

次回は5月17日の予定です。
またお知らせのコーナーでご案内します。

■みの〜れ物語2制作委員会(2012年4月21日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」で、本づくりの制作委員会です。
これもなかなか動かないので、今日はかなり厳しい発言をしてしまいました。
しかしそのおかげで、遠慮しあっている関係が少しほぐれ、動き出しそうな気配です。
3時間近く話し合いをし、かなりつながりもできました。
やりたい住民が主役になってともかく動き出さないとだめだとしつこいくらいお話させてもらいました。
きっと動き出すでしょう。

終わった後、メンバーの野手さんや藤田さん、貝塚さんと、食事をしました。
お店は、総合計画策定の時の住民委員の大塚さんのお店でした。
残念ながら大塚さんは不在でしたが。
とても美味しいイタリアンでした。

それにしても、今日はちょっと過激に発言してしまった気がします。
初めての人は驚いたでしょうか。

(2012年4月第2週)
■キャロル・フランク事業にコミットしました(2012年4月9日)
■坂谷さんからのミニレクチャー(2012年4月10日)
■経営道フォーラム合宿(2012年4月11〜12日)
■あけぼの山のお花見(2012年4月12日)
■「神々の沈黙」(2012年4月13日)
■新車が来ました(2012年4月13日)

■キャロル・フランク事業にコミットしました(2012年4月9日)
キャロル・フランクというブランドをご存知でしょうか。
フランスの本格的なエッセンシャルオイルをベースにした化粧品です。
その商品を日本に紹介した知人の相談を受けていましたが、その人と一緒に新たに会社を発足させることにしました。
化粧品とは、私にはまったく不向きな世界なのですが、いろいろと事情があって、事業が軌道に乗るまで経営に関わることにしました。
また正式に発足したら書きこみますが、オーガニックの良い商品です。
事業の成否は、その商品の販売が延びていくことです。
ぜひ応援してください。
新会社のホームページができたらご案内します。

■坂谷さんからのミニレクチャー(2012年4月10日)
近くにお住まいの坂谷さんに久しぶりにお会いしました。
坂谷さんは私のパソコンのサポーターで、どんなに壊れても直してくれるのです。
ですから最近は壊れる心配をする必要もなくなったのですが、そのおかげで新しいパソコンが買えないということにもなっています。
ですから私のパソコンは、いずれももう10年くらい使っているものばかりです。

それはそれとして、今回は少しだけキリスト教の話を聞かせてもらいました。
坂谷さんは最近、洗礼を受けたのです。
私はキリスト教には大きな違和感を持っており、昔から馴染めませんでした。
ところが最近、そのキリスト教に共感することが何回かありました。
それで興味を持ち始めていたのですが、たまたま坂谷さんが神学校に関わっているので、一度、レクチャーを受けたいと思い出しました。
坂谷さん自身の思いも含めてですが。

■経営道フォーラム合宿(2012年4月11〜12日)
経営道フォーラムのまとめの合宿でした。
今回はみんなかなり急ピッチで報告書を書き出しているようなので、私が行って混乱させるのもどうかなと迷ったのですが、コーディネーターとしての責務なので、合宿に参加しました。
私の担当は2つのチームで、テーマは「企業理念」と「企業文化」です。
みんな議論を楽しんできているようで、安心しました。
発表会は5月10日、椿山荘で開催です。
基調講演は、場の研究で有名な清水博さんです。
私も久しぶりなので清水さんに会いにいこうと思います、
よかったら参加してください。
案内は山城経営研究所のホームページにあると思います。

■あけぼの山のお花見(2012年4月12日)
今年も花見には行かないつもりでしたが、急に気が変わって、娘と一緒に近くのあけぼの山公園の桜を見にいきました。
妻が元気だった頃は、毎年家族で行きましたが、妻がいなくなってからは行かなくなりました。
あまりにもたくさんの思い出がつまっていて、行くのはそれなりに辛いからです。
最盛期は過ぎていましたが、まだ桜は見事に咲いていました。
今年もまた、実に地味なお花見でした。

■「神々の沈黙」(2012年4月13日)
ある本に引用されていた文章を読んで、ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙‐意識の誕生と文明の興亡」という本を読み出しました。
600頁の大著です。
読むのに時間がかかりそうだなと思って読み出したのですが、実に面白く、4日で読み終えてしまいました。
実に刺激的で、いささか大げさに聞えると思いますが、私の世界観が大きく変わるほどの面白さでした。
一言で言えば、古代の人間には神の声が聞えていたという話です。
まあそれだけでは何のことかわからないでしょうが、ともかく刺激的な本でした。
その関係で、統合失調症に興味を持ちました。
それと、私自身のことがわかったような気もします。
この興奮を、しかし他の人に伝えるのは難しそうです。

■新車が来ました(2012年4月13日)
わが家の自動車が新しくなりました。
トヨタのAQUA。ハイブリッドカーです。
私は、自動車にはまったく興味がないので、すべては娘任せです。
これまでの車がいなくなるのが、とてもさびしいです。

(2012年4月第1週)
時間破産から抜け出たら、今度は気力破産に陥りました。
まあいろいろ理由をつけて、怠惰な生活に入ろうとしているのかもしれません。
困ったものです。
■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年4月4日)
■絵本「きぼうのかんづめ」(2012年4月4日)
■原発事故と技術者倫理(2012年4月4日)
■「ある離婚訴訟の記録」(2012年4月5日)
■ブログの追いつき(2012年4月6日)
■桜が満開です(2012年4月7日)

■日本子どもNPOセンターの立柳さん(2012年4月4日)
日本子どもNPOセンターの立柳さんが湯島に来ました。
以前から相談を受けているのですが、同センターの事務局を湯島に置くことになりそうです。
日本子どもNPOセンターは大きく生まれかわるようです。

日本子どもNPOセンターは、以前は堀田力さんや新澤誠治さんが代表を務めていました。
理事にも私の知り合いは少なくありませんでしたが、いまはほとんどがやめています。
私が評価できるNPO法人では、全くありませんでしたので、一度、コムケア活動で接点はありましたが、お付き合いは生まれませんでした。
まさかそのNPOの再生に、立柳さんが関わるとは思っていませんでした。
立柳さんとは子育ち学ネットでかなり前から交流があります。
そんなわけで、思っても見なかったかたちで相談に乗ることになったのです。

問題はかなり明確ですが、こうしたNPOがたぶん多いのでしょう。
私は、NPOに対しては複雑な思いを持っていますが、あえていえば「NPO法人嫌い」です。
しかし相談を受けてしまえば、相談には応じなければいけません。
それが私の信条だからです。
本格的に動き出すのは、来月からでしょう。
さてどんなことがまた始まるのか。いささか気が重いです。

■絵本「きぼうのかんづめ」(2012年4月4日)
木の屋石巻水産の松友さんから、新聞などでも話題になった絵本「きぼうのかんづめ」が送られてきました。
前にこのコーナーで書きましたが、昨年、あるフォーラムで同社の木村社長にお会いした時に、松友さんともお会いしたのです。
「希望の缶詰」は有名な話ですので、ご存知の方も多いでしょうが、その物語を絵本にしたのが本書です。
ブックのコーナーでご紹介しますので、よかったら応援してください。

■原発事故と技術者倫理(2012年4月4日)
NPO法人科学技術倫理フォーラムで、私がよく知っているメンバーに声をかけさせてもらって、「原発および原発事故に関する技術者倫理をテーマにした気楽な話し合い」という集まりを開催しました。
参加者は技術者倫理をわが国に持ち込んで広げている杉本さん、技術者倫理研究会の代表の橋本さん、鉄道の安全性の分野では日本の第一人者である佐藤国仁さん、市民の立場に立ってずっと技術と生活の問題に取り組んでいる権上さんと、それぞれに実践型の研究者のみなさんです。
私にとっては贅沢なメンバーのカフェサロンです。
しかも基本的な方向性においては全員理念を共有していますが、現実の問題、たとえば原発に関する評価はかなり違いますし、実際の活動もさまざまです。
しかも自分の主張を安易に妥協などはしない人ばかりです。
最初にそれぞれが感じていることを出し合ってから、話し合いに入りました。
テーマがテーマだけに、時にホットになり、トーキングスティックのように、話す人を指定する仕組みが必要だと思わせるほどでした。
私もついつい感情的になってしまい、杉本さんから、まあそう感情的にならずに、と一度ならずたしなめられました。
こと原発のテーマになると、私はどうしても感情的になりがちです。

権上さんはいまご自分の本来のテーマへの取り組み時間を犠牲にしてまで、被曝から子どもたちを守る活動をしていますが、それに関連して話をしてくれた時には目が潤んでいました。
どうしても思いがこもるのでしょう。
国仁さんは、自分のテーマを決めたと言い切りました。
国仁さんもご自分のライフワークの世界から少し逸脱してでも、この問題に取り組む決意をされたのです。
みんな見事な生き方です。
橋本さんと杉本さんは、すでに以前から取り組まれていますが、やはり年齢やお人柄もあって、いい意味でとても全体的に問題を捉えています。
それに私のように、意味もなく感情的にはなりません。
逆に言えば、このメンバーだと私自身がかなり感情を解放して議論しても安心できるという甘えがあるのです。
こういう人たちに恵まれている私は、実に幸運と言うべきでしょう。

話の内容はいろいろあって紹介しだすときりがないので、省略します。
ただその時の議論も含めて、CWSプラーベートの社会時評で何回か書き出しています。
よかったら読んでください。

■「ある離婚訴訟の記録」(2012年4月5日)
ブログの読者から1冊の本が届きました。
「ある離婚訴訟の記録」です。
手紙が添えてあり、そこに「最高裁まで離婚の裁判を体験した者」と自己紹介がありました。
かなり内容のある本です。
まだ読めずにいますが、読んだらブックで紹介させてもらおうと思います。
日本の裁判は、ほんとうに問題が多いと思います。
裁判は正義とは全く反対の世界にいるように思えてなりません。
また読んでから書くようにします。

■ブログの追いつき(2012年4月6日)
この1か月くらい、ブログをあまり書けずにいました。
それで毎日必ず一つ書くと決めていた挽歌編はかなりたまってしまいました。
時評も書くモチベーションが極端に下がってしまい、10日ほど書けずにいました。
ともかく挽歌編は正常化させようと今週は頑張って書きました。
ようやく今日、妻の命日からの経過日数と挽歌の番号がそろいました。
時評も、原発関係の記事を書き出したら、どんどん書きたいことが出てきました。
そんなわけでブログもようやく正常化しそうです。

■桜が満開です(2012年4月7日)
桜が満開です。わが家からも下の道路の桜がよく見えます。
しかし今年もついにお花見には行きませんでした。
なかなか行けずにいます。

(2012年3月第4週)
ようやく時間破産から抜け出せましたが、今度は少し気が抜けて怠惰になってしまっています。
■メールの記録が3000通も消えました(2012年3月25日)
■疲れ休み(2012年3月26日)
■神山さんと川原さん(2012年3月29日)
■技術者倫理シンポジウム(2012年3月29日)
■第7回技術カフェ(2012年3月29日)
■山城経営研究所の堀越さん(2012年3月30日)
■吉本さんと野原さん(2012年3月30日)
■自殺のない社会づくりネットワークのこれから(2012年3月30日)
■オープンサロン(2012年3月30日)

■メールの記録が3000通も消えました(2012年3月25日)
メールの途中でパソコンが固まってしまいました。
そして受信トレイに残していたほぼ9か月分のメール、3000通が消えてしまいました。
最近時間がなくて、時間ができたら処理しようと思っていたメールが消えたので、しばらく混乱が生ずるかもしれません。
メールはその都度きちんと処理しておかないといけません。
これからしばらく何が起こるか心配です。

■疲れ休み(2012年3月26日)
最近かなり精神的に疲労していましたので、今週の前半はゆっくりしようと思って、予定をいれずにいました。
書類が山のように積まれているデスクの整理をしようとも思いましたが、その気力さえなくて、ともかく無駄に過ごしました。
しかしなぜか休んだような気がしません。
困ったものです。

■神山さんと川原さん(2012年3月29日)
23日のフォワードフォーラムの案内をライターの神山典士さんに伝えたら、ぜひ紹介したい人がいるといって、川原愼一さんを湯島に連れてきてくださいました。
ところがとんだ間違いを私がしてしまい、ダブルブッキングしてしまっていたのです。
久しぶりに神山さんともお会いできるし、川原さんの活動にもとても興味があるしと、楽しみにしていたのですが、そんなわけで30分だけしか話せませんでした。
最近どうもこうしたミスが増えてきました。
注意しなければいけません。

川原さんは事業再生のプロですが、自殺問題にも関心が高いようです。
改めてまたゆっくりとお話ししたいと思っています。

■技術者倫理シンポジウム(2012年3月29日)
先日のNPO法人科学技術倫理フォーラムの理事会で余計な発言をしてしまったのが契機になって、日本技術士会の技術倫理シンポジウムに巻き込まれることになりました。
講演の後、パネルディスカッションを行うのですが、その進行役です。
いささか荷が重いので辞退したいのですが、なにしろ杉本さんからのお話なので、断るわけには行きません。
それに倫理委員会の委員長の栗栖さんと奥谷さんがわざわざ湯島まで来てくださったので、これはもう受けざるをえません。
今年はこういう役割をできるだけなくそうとしているのですが、人生はなかなかうまくいきません。
シンポジウムは5月28日です。
今年のテーマは「専門職の責任」です。
また案内をお知らせのコーナーに載せるようにしますので、お時間が許せばご参加ください。
技術士以外の人に、むしろ聴いていただきたい話が多いですし。

■第7回技術カフェ(2012年3月29日)
7回目の技術カフェは12人の参加でした。
今回は、ナチュラルシステムズの西さんにタグラボ法の紹介をしてもらい、話し合いをしました。
西さんは相変わらず超人的な生活をしています。
私が知っている人のなかで西さんほど誠実に生きている人はいません。
3時間睡眠で毎朝写経をかかさず、ベンチャー企業精神を失うことなく、飛び回っているのです。

今回は先日お会いした美 earth の山田さんが、仲間の谷口さんと一緒に参加してくれました。
常連のお一人の石井さんはヨーロッパに出かけていましたが、羽田から直接駆けつけてくれました。

タグラボについては前にも何回か書きましたが、思考を深め交流を深める仕組みです。
参加者も興味を持ってくれました。
いつものように、タグラボから始まって、話は多岐にわたりました。
私もおもしろかったので、ついつい話に夢中になって、用意していた食べ物を出すのを忘れてしまったほどです。
参加者のみなさん、すみませんでした。

■山城経営研究所の堀越さん(2012年3月30日)
山城経営研究所の堀越さんが相談に来ました。
相談は1分で終わりましたが、その後、最近の経営道フォーラムのあり方などに関して意見交換しました。
最初から関わらせてもらっていた者としては、最近のフォーラムにはいろいろと意見があるのです。

大学もそうですが、学び方が大きく変わろうとしています。
今の学校や研修プログラムの多くは、学びを阻害することはあっても学びをそそるようにはなっていないように思います。
学ぶことは本来実に楽しく魅力的なことなのですが、最近は功利主義に毒された学びの仕組みが多すぎます。それでは楽しいはずがありません。
経営道フォーラムは、そうではなく新しい地平を開いていって欲しいと思っていますが、なかなか変化は起こせずにいます。

■吉本さんと野原さん(2012年3月30日)
ファシリテーション研修のプロの吉本さんとドラマティックコミュニケーションの野原さんと3人で話し合いました。
さまざまな取り組みを組み合わせて、そこから新しい研修プログラムを創発できないかというのが、私も含めて3人の関心事です。
それぞれに強みを持っていますから、そうしたことを活かして、プロジェクトを起こしていければと思います。

■自殺のない社会づくりネットワークのこれから(2012年3月30日)
フォワードフォーラムで一応、自殺のない社会づくりネットワークの当初の構想は実現できました。
これからどうするか、4月から始めるフォワードフォーラムをどうするかなどをネットワーク事務局長の福山さんと意見交換しました。
今年はあまり肩に力をいれずに、ゆっくりと自然体で進みたいと思っています。
私自身は、フォワードフォーラムを中心に展開し、フォワードの世界を自殺以外にも広げていく予定です。
4月15日は最初の顔合わせのようなスタイルになるかもしれません。

■オープンサロン(2012年3月30日)
オープンサロンは最近は参加者が少なくなっています。
今回も私を入れて6人でした。
最初に最近は中国で仕事をしている高須さんが一時帰国の多用ななかを参加してくれました。
原発の是非論になってしまいましたが、私が原発絶対反対論を唱えたら、それでは宗教ですよ、とたしなめられてしまいました。
続いてきたのが吉本さんと柴崎さん、そして武田さんです。
福山さんも参加してくれたので6人でした。
後半はもっぱら宗教論でした。
話題は実に多岐に広がりましたが。
吉本さんが6人くらいだと深い議論ができるのでいいと喜んでくれましたが、深い議論をすると最近は疲れてしまいます。
困ったものです。

(2012年3月第3週)
今週はフォワードフォーラム一色の週でした。
■うなぎが高くなりました(2012年3月18日)
■フォワードフォーラム最後の実行委員会(2012年3月20日)
■とんでもない間違いの結果(2012年3月21日)
■Be-earth(2012年3月21日)
■フォワードフォーラム(2012年3月23日)
■フォワードフォーラム打ち上げ交流会(2012年3月23日)

■うなぎが高くなりました(2012年3月18日)
うなぎの漁獲量が激減しており、高価になっています。
もうじき庶民には手が届かなくなるかもしれないというテレビを見て、その前にと思い、近くの西周からうなぎをとりました。
何しろ私はすぐにテレビの影響を受け、行動してしまうのです。
流行にはまったく無頓着なのですが、食べ物関係は自然とその気になってしまうのです。

残念ながらすでにうな重は高くなっていました。
節約家の娘が、松竹梅の梅を頼んだのですが、それでも2000円でした。
前回はたしか竹でも2000円しなかったような気がしますが。

昨今はデフレと言われますが、生活感覚から言えば、最近、物価はじわじわと上昇しています。
でもまあ、今日のうなぎは美味しかったです。

■フォワードフォーラム最後の実行委員会(2012年3月20日)
フォワードフォーラム最後の実行委員会でした。
何回開催したことでしょう。
最近、なぜか実行委員会の回数が増えています。
以前はかなり大きなフォーラムでも3〜4回ですませていたような気がしますが、最近はそれどころではありません。
しかし実行委員会そのものが、お互いの気づきや学びの場でもありますので、それは望ましいことかもしれません。
しかしみんな基本的には手弁当での参加ですから、大変です。
そうした人たちにとっても、意義ある場にしなければと思うのですが、私ができるのは珈琲を淹れることぐらいです。
ところが、最近はその珈琲までみんなが持ち寄るようになって来ました。

今日は当日の最終確認をしました。
私はなれているので、気楽なのですが、初めての人もいるので心配しているかもしれません。
しかし内容のしっかりしたフォーラムであれば、当日どうにでもなるものです。
最近はそう割り切っています。

23日はメッセージ性のあるフォーラムになりそうです。

■とんでもない間違いの結果(2012年3月21日)
住友生命の井上さんがいよいよ定年で退職されると言うので、東京に来る機会にお会いすることにしました。
井上さんには、私が取り組んでいるコムケア活動のきっかけを与えてもらったのです。
井上さんのおかげで、私の世界は大きく変わりました。
その井上さんもいよいよ定年です。
寂しさを感じます。

ところが定刻の時間に会社を訪問したら、なんと私が約束を1日、間違えていたことが判明しました。
井上さんは今日は大阪でした。
受付でなかなか伝わらなかったのでわかったのです。

井上さんに電話したら、折角なので新しい部長に会っていったらと手配してくれました。
新しい部長の方はさぞかし迷惑だったことと思いますが、開口一番、どちらが勘違いしたかわかりませんよ、と笑いながら言ってくれました。
まあ今回の件は、私が間違ったのは明らかなのですが。
いろいろとお話させてもらいました。
約束の日程を間違えるのも時にはいいものです。
新しい人に出会えます。
いやいやこれは冗談です。
でも松本さんはとても良い人で、楽しくお話できました。
これもきっと何かの縁でしょう。

■Be-earth(2012年3月21日)
日本経営道協会の村瀬さんがぜひお引き合わせしたいといって、美 earth の山田さんを湯島に連れてきてくれました。
山田さんは数年前までバリバリのビジネスマンだったようです。
あることで生き方を変え、「志を同じくする人や企業などが“本来のあり方”を求め、手を携えながら地球市民や地球市民企業を増やしていくとりくみ」を始めたのです。
そして、美 earth という会社を立ち上げました。
まだどう進めて行けばいいか、暗中模索のようです。
思いがかなり高まっているようです。

美 earthは be earth につながります。そして earth には「明日」も込めているそうです。
ぜひホームページをご覧ください
なにか一緒に出来ることを考えたいと思います。

■フォワードフォーラム(2012年3月23日)
お知らせのコーナーでご案内していた「フォワードフォーラム」を開催しました。
東尋坊から茂さんや川越さん。新潟からも金田さん、石津谷さんが参加してくれたほか、今回も沢山の新しい人が参加してくれました。

「フォワード」は、「GKB47」(ここに政府の自殺対策への本質が感じられて悲しいですが)で先般話題になった「ゲートキーパー」(自殺防止活動に取り組む人)に対して、「自らあるいは身近に自殺に追い込まれるような体験をした人」を前に向かって進みだすという思いを込めて命名した言葉です。
4人のフォワードのみなさんが会場に向かって、きちんと顔を出して、語ってもらいました。2週間前に大阪で行われた『自死を語り合える社会に』をテーマにした集まりのように、「自殺」を当事者が「語りだすこと」が大切だということを改めて実感しました。

後半は参加者全員がグループで話し合ってもらいましたが、その発表である人が「死にたくなったら死にたい」と話せる社会になればいいという発言をしてくれました。
自殺は社会の問題だといいながら、自殺しようとした人や自殺した人が何か悪いような風潮はどこかに矛盾があります。
これは前回の大阪の集まりで教えてもらったことですが、今回も改めて感じました。
当事者が自信を持って実名で語りだすことに大きな意義を感じていますが、専門家はどうもそうは思っていないようです。
私の信条は「解決策は現場(当事者)にある」ですが、まさに自殺問題はそう思います。
会場に向かって自らを語ってくれた4人の方に、感謝しています。

とても良い集まりでした。
これを契機に、4月から湯島でフォワードカフェを開催します。
第1回は15日です。
良かったらご参加ください。
お知らせのコーナーで案内しています。

■フォワードフォーラム打ち上げ交流会(2012年3月23日)
フォーラム終了後、交流会を開催しました。
会費制にも関わらず、なんと23人の参加者があり、いささか過剰に盛り上がりました。
みんなそれぞれにたくさんの気づきがあったようです。

交流会は実に多彩な集まりでした。
こういう多彩な集まりは他にはそうないでしょう。
私にとっては、実にうれしいです。
同じような人たちの集まりは、もういいのです。
ましてや有識者の集まりほど退屈なものはありません。
任侠の神崎さん、画家で職人の篠崎さん、東尋坊で活動している茂さん、お寺のネットワークに取り組む竹下さん、自殺未遂者の吉田さん、そこに大学教授や学生、研究所の専門家、NHKのディレクターなどなど、実に不思議な組み合わせです。

最後の終わりの挨拶をしていたら、何と同じお店でたまたま飲んでいた全く別の友人たちに見つかりました。
大学教授でしたが、わけのわからない集まりにちょっと驚いたかもしれません。
今日は疲れました。
ゆっくり休もうと帰宅したらまた事件が起きていました。
人生はなかなか楽にはなりません。

(2012年3月第2週)
今週は刺激的な集まりが4つもありました。
■自死を語り合える社会(2012年3月11日)
■フォワードとの対話(2012年3月13日)
■シニア人材の新たな活躍(2012年3月13日)
■日本財団の会場確認(2012年3月13日)
■阿部さんのアントレプレナーシップ(2012年3月16日)
■新会社構想が動き出しました(2012年3月16日)
■技術倫理を語る夕食会(2012年3月16日)
■共済研究会シンポジウム(2012年3月17日)

■自死を語り合える社会(2012年3月11日)
大阪のあゆみあいネット主催のフォーラムのコーディネーターを引き受けました。
お知らせのコーナーでも案内させてもらいましたが、
自死を語り合える社会に」をテーマにしたパネルディスカッションと話し合いの組み合わせでした。
パネリストは、私にとってはみんな初対面の人でした。
親の自殺を考える会代表の吉田まどかさん
大阪弁護士会自死遺族支援弁護団事務局長の生越照幸さん
京都自死・自殺相談センター代表の竹本了悟さんです。
なかなか思うような議論ができなかったのですが、私がそう思っていることを知った、主催のあゆみあいネットの岡崎さんは、次のようなメールをくれました。

「話がうまく運べない」問題であるという現実がそのまま伝った、本物の場だったと感じています。
自死・自殺の問題について、うまく形にしようとか、解決の方向性を見出だそうという段階では、まだまだないと思っています。
死にたい気持ちを抱えて生活している人や、自死によりのこされた人が、それぞれ多様な本当のことや気持ちを伝えられていないのに、無理に対策だけを先に進めようとする今の流れに疑問を感じています。
これからだと思います。

私もそう思っているはずなのですが、どこかでうまくまとめようと言う意識があったことに気がつきました。
やはり当事者が一番しっかりとみていることを改めて思い知らされました。

自死遺族の吉田さんの姿勢にとても共感するものがありましたし、ご自身の取り組みからいろんな立場の人たちのつながりが必要だという生越さんの提案も共感できました。
竹本さんのお話には深い愛も感じました。
懇親会でも竹本さんといろいろと話しましたが、感ずるものがありました。
僧侶の世界も、明らかに若い世代が変わりだしているように思いました。

東尋坊で自殺対策の活動をしている茂さんや京都で認知症予防に取り組んでいる福井さんも参加してくれました。
あゆみあいネットは、私が取り組んでいるコムケアネットワークの、いわば孫ネットワークです。
4回のシリーズ企画の、今回は最終回でしたが、活動基盤ができ、来年からの活動が楽しみです。

■フォワードとの対話(2012年3月13日)
自殺関係では、23日に今度は東京でフォワードフォーラムを開催します。
その第1部で、自殺を身近に体験した人に語ってもらうのですが、時間が限られているので、何を語るかの打ち合わせをお一人ごとにしています。
今日は、そのうちの吉田さんと橋本さんと、それぞれ話させてもらいました。
吉田さんは自殺未遂をカミングアウトして、いろんなところで未遂者の声をもっと聞いて欲しいと呼びかけている人です。
残念ながらしかし、誰もきちんとその声を聴いたことがないのではないかと思います。
私は何回か個人的にお聞きしていますが、今日は検事が聴取するくらいしっかりと聞き出しました。
吉田さんが言うように、確かにそこには多くの示唆がありました。
橋本さんは数年前に自殺が頭をよぎった方ですが、感動的なお話を聴きました。
結局、事務局である私が一番大きな学びをもらえているのです。

23日のフォーラムでは、どのくらいそのエッセンスを引き出せるか心配ですが、私に能力があれば、とても示唆に富むフォーラムになるはずです。
よかったら参加してください。
案内はお知らせのコーナーにあります

■シニア人材の新たな活躍(2012年3月13日)
今年度の最後の人材研究会は報告書に関する最終的な話し合いでした。
今年のテーマは「シニア人材の新たな活躍」です。
報告書はかなり内容も変わり、とても読みやすく整理されたように思います。
まだ現在の企業の形を前提にしての議論であることに限界はありますが、社会への視界もかなり取り込まれたと思います。
これまでの報告書のなかでは、私には一番納得できるものになりました。

今回、とてもうれしかったのは、ある大企業の人事部長が労使での取り組みも必要だと発言したことでした。
最近、労使と言う言葉はあまり聞きませんが、私は今こそ新たな労使関係の再構築が必要ではないかと思います。
研究会終了後の懇親会で、その人と話しました。
共有できるところがいろいろとありました。
まだ日本の大企業は立ち直れるかもしれません。

この研究会には、私は最初から参加していますが、今回ほど社会への視野が話し合われたことはありません。
たぶんシニア人材と言う視点のおかげです。
シニアは会社と社会をつなぐところに、新しいミッションや存在意義を持ち出しているように思いますし、企業も社内だけで考えているとシニア人材はコスト要因になりかねません。
高齢社会には、壮年社会とは違った会社のかたちが必要です。
そこに気がついた会社は、きっと新しい姿になって発展していくでしょう。
そうしたことにもっとみんな意識を向けて欲しいと思いますが、多くの人はまだ現在の会社の形からしか発想しません。
攻撃は最大の防御であることを忘れないで欲しいと思います。

■日本財団の会場確認(2012年3月13日)
23日のフォーラムの会場を確認しました。
日本財団の知り合いの若者たちは、今みんな外部に出向していますので、今回は実行委員の杉原さんに窓口を頼みました。
杉原さんは、日本財団にインターンシップで最近数か月勤務していたのです。
日本財団の事業評価に関わったのは、もう4年ほど前ですが、それをさせてもらったおかげで、日本財団には何となくの親しみがもてるようになっています。
23日のフォーラムは順調に準備が進んでいます。

■阿部さんのアントレプレナーシップ(2012年3月16日)
インキュベーションハウスのメンバーの阿部さんが、仲間と一緒に「あなたの住まいの震災対策」という本を上梓しました。
それを契機に、その本を活かした研修プログラムを開発できないかと言う相談です。
阿部さんは長年、組織に属していました。
組織の中では、そうしたプログラムも企画した事はあるそうですが、組織の中で企画するのと、個人で企画実施するのとでは、全く違うといっていいでしょう。
インキュベーションハウスはアントレプレナーの集団を前提にしていますが、エンプロイー発想から抜けられない人がこれまでも少なくありませんでした。
それでなかなかうまくいかなかったのですが、阿部さんにはそれを突き破って、このプログラムを事業化して欲しいと思います。
それでいささか冷たく突き放しました。
それにしても、アントレプレナーシップというのは、そう簡単なことではありません。
そのポイントは「目標に対する情熱」とその情熱を具現化する現実感覚です。
加えて個人としてのコミットメントと他者とのコラボレーションの姿勢です。
いろんな人が事業に関しても相談に来ますが、この4つがそろっている人は多くはありません。
4月に入ったら、阿部さんとのコンフロンテーションを持つつもりです。
ちなみのこの本の紹介をブックのコーナーに載せました。

■新会社構想が動き出しました(2012年3月16日)
アントレプレナーといえば、4月になったら公開しますが、新しい会社をある人と立ち上げることにしました。
その人の相談に乗っているうちに引き込まれてしまい、一緒に事業再建に取り組むことになってしまったのです。
ある事情があって、2年間は社長まで引き受けてしまいました。
友人も家族もみんな反対ですが、人は時には道を踏み外してしまうものです。
久しぶりにビジネスです。
さてさてどうなるか。

■技術倫理を語る夕食会(2012年3月16日)
技術倫理に取り組まれてきた北海道大学の名誉教授の佐伯昇さんが状況された機会にということで、NPO科学技術倫理フォーラムの理事の集まりがありました。
私は技術士ではないのですが、代表の杉本さんのお誘いで、理事の仲間に入れてもらっています。
学士会館に集まったメンバーは、それぞれの分野で活躍している技術者たちです。
技術倫理研究会を主査入れている橋本さん、
日立を卒業されていまは日本地下鉄協会で活動されている安藤正博さん、
日本技術士会の齊藤義順さん。みんな実績をしっかり持っている方たちばかりです。
なぜか私は時々、そういうしっかりした場に、紛れ込むことがあるのです。
困ったものです。

佐伯さんは、技術倫理指導員の資格制度をつくりたいというお話をされました。
それをきっかけに、実に刺激的な話の展開になりました。
盛り上がりすぎてしまい、その後の夕食会までその話しで持ちきりでした。
4時間以上も熱い議論をしていたことになります。
いつも私がやっているのとは一味違い、とても内容の濃いサロンを楽しみました。
その上、杉本さんがとても美味しいディナーをご馳走してくれました。
久しぶりに美味しいフォアグラも出てきました。

ところで倫理とは何か、
杉本さんの最近の著書で、わかりやすく解説されていますが、
倫理はエシックスの訳語ですが、これは中国の礼記からとったものだと安藤さんが教えてくれました、
ちなみに、エシックスの語源はエトスです。
エトスethosは、人の「住みか」とそこでの「生き方」の意味があったそうです。
つまりは、地に足つけて生きていくための具体的な基準であり、生活のための概念なのです。
決して高尚な理論の話ではないのです。

昨今のように、さまざまな生き方と触れ合う場合は、多様な生き方をどのくらい理解できるかが重要になります。
倫理をわきまえるということは、どれほど多様な世界に触れているかによって左右されます。
したがって、倫理的になるということはさまざまな世界に触れ合うと言うことだろうと思います。

そのことをお話したところ、実に見事に理解してもらえました。
こんな体験はそうはありません。
時にはこうしたカフェサロンも元気になると、今回は実感しました。
終わった後、技術者だけではなく、別の分野の人と話すと世界が広がるというような意味の話をお2人がしてくれました。
とてもうれしい言葉です。
しかし楽しいだけでなく、なにか宿題がまわってきそうでいささか心配です。
フォアグラを食べてしまったので、断りにくくなりました。

ちなみに原発事故の話も出たので、持論を話させてもらいました。

■共済研究会シンポジウム(2012年3月17日)
共済研究会の公開シンポジウムを青山学園大学で開催しました。
今回も実行委員で、当日のコーディネーター役でした。
雨の中をたくさんの人が集まってくれたことに、関心の高さを感じました。
韓国から帰国されていた佐々木さんも参加されました。
シンポジウムのテーマは「あらためて共済のあり方を考える」です。
基調講演は、「震災・助け合い・TPPの中で」という副題をつけて、日大准教授の高橋巌さんに話してもらいました。
高橋さんはTPP反対、脱原発と言う視点から、かなり過激な、つまり極めて素直な、発言をされている人です。
今回も実にホットに話をしてくれました。
後半は、高橋さんにも入ってもらい、パネルディスカッションと会場との話し合いをしました。なんと3時間近く、休憩もとらずに予定の時間を延長して続けたのですが、ほとんどの人が最後まで残ってくれました。
パネリストには共済事業関係者のほかに、NPO論に取り組んでいる下関市立大学の川野准教授にも加わってもらいましたが、川野さんの発言は要を得て、実に示唆に富むものでした。

最後に私からもいくつかお話させてもらいましたが、最後にこんなことを話させてもらいました。

共済の理念に立ち返って、共済事業の中で取り組まれだしている、あるいは社会の中で生まれだしている「新しい共済の仕組み」、日本の社会にまだ残っている「文化に根ざした共済の仕組み」、それらを集めてみるだけでもきっと大きな力になる。
そこから新しい気づきが生まれ、共済事業の新しい地平が見えてくるかもしれない。
共済事業に取り組む人たちが中心になって、外部も巻き込みながら、そうしたことからまずは取り組むのがいいのではないか。
仲間だけの共助活動ではなく、社会に広がる、格差の問題、貧困の問題にも目を向けていくことがなければ、人々が助け合う共済の社会は成り立ちません。
共済事業を始めた原点に立ち返って、今ここで何ができるか、何を始めるかを、考えて欲しいと。

共済研究会の多くの人には不評だったと思いますが、思いのある人には伝わったと思います。
うれしい反応もありましたし。

これで共済研究会は、卒業するつもりです。
私もいろいろな学びをもらいました。
巻き込んでくれた佐々木さんには感謝しています。

(2012年3月第1週)
■顔の見える住まいづくり(2012年3月5日)
■フォワードフォーラム実行委員会(2012年3月5日)
■悩ましい問題(2012年3月7日)
■味噌力(2012年3月8日)
■新しい会社構想(2012年3月8日)
■フォワードフォーラム実行委員に一人スカウト(2012年3月8日)
■2つのアイデンティティ(2012年3月8日)
■PICO(2012年3月9日)
■立派なアサリ(2012年3月10日)

■顔の見える住まいづくり(2012年3月5日)
山口福祉文化大学の東さんが久しぶりに湯島に来てくれました。
東さんは山口県の職員でしたが、私が山口県と接点を持たせてもらった契機になった人です。
そればかりか、自治体行政に興味を持って、各都道府県の基本計画を読み出したころに、私をエンカレッジしてくれた人でもあります。
東さんはまた「手づくり景観賞」なる新しい仕組みを20年近く前に立ち上げましたが、考え方において、私にはかなり重なる人です。
いろいろとお世話になりましたが、残念ながら数年前にご病気をされ、以後、気軽に東京にもこられないようになってしまいました。
にもかかわらず3年ほど前には我孫子のわが家まで、妻の献花に来てくれました。
当時はまだ私は精神的にはいささか安定しておらず、折角来てくださったのに、どう対応したのかまったく覚えていないのです。
失礼が多々あったのではないかと冷や汗がでます。

その東さんが湯島に来てくれました。
天然住宅を広げていこうと言う集まりが昨日、東京であったのだそうです。
東さん自身は、いま山口で「顔の見える住まいづくり」に取り組んでいるそうです。
大工さんのみならず、木材さえも、顔の見える形で手配しようと言うわけです。
コスト的には2割前後高くなるそうですが、持続性という視点で見れば、コスト的にも安くなるだろうと思います。
しかし住宅を消耗品としてしか見なくなっている、今の日本の社会では、なかなか施主が見つからないのだそうです.
どこかでやはり、日本の住宅づくりは間違っているように思います。

久しぶりにお会いしたので話は尽きませんでした。
東さんは、「佐藤さんが元気そうでよかった」と言ってくれましたが、私も東さんの元気そうなご様子にとてもうれしい気がしました。
東さんにもフェイスブックを勧めてしまいました。

■フォワードフォーラム実行委員会(2012年3月5日)
3月23日のフォワードフォーラムの実行委員会でした。
ほぼ内容は決まりましたが、第1部での「フォワード(自殺未遂や自殺を考えた事のある人、あるいは自死遺族〉」の語りは、私がインタビュー形式で引き出すことにしましたが、考えれば考えるほど、荷が重いです。
いささか気安く考えていましたが、11日の大阪での「自死を語り合える社会へ」のフォーラムも含めて、迷いが膨れてきています。
こんな不安感は久しぶりです。

また今回の実行委員会は作業ベースをほとんど考えていませんでしたので、これも悩みの種です。
コムケアの仲間とやっていた時には、心が通じていたというか、すぐに思いが伝わり、形になっていきましたが、最近はなかなかそうはいきません。
どこが違うのかよくわかりませんが、たぶん日頃の私の思いが弱まっているのでしょう。

しかし何とかほぼ大枠は決まりました。
後は私がそれぞれからしっかりと思いを引き出せば良いだけです。
しかし、それが一番の難問です。
胃が痛くて仕方がありません。

■悩ましい問題(2012年3月7日)
胃が痛くなる「悩ましい問題」はフォワードフォーラムに限りません。
実はこの1か月以上、実にさまざまな問題を抱え込んでしまいました。
それもまた、私の無分別のためなのですが、引き受けたものは最後までけじめをつけるのも、また私の信条の一つですから、仕方がありません。
最近は真夜中に目が覚めると、そうした悩ましい問題が次々と襲ってくるのです。
悩ましい問題は、考えれば考えるほど増幅するものです。
そうなると頭が冴えてきて、眠れなくなります。
そんなわけで最近は寝不足で不調です。

■味噌力(2012年3月8日)
かんき出版の藤原さんが湯島に美味しいコーヒーをどっさり持ってきてくれました。
私は藤原さんの持ってくる珈琲がとても好きなので、ついうっかり前回、藤原さんの珈琲はおいしいと言ってしまったのです。
口は禍の素です。
これで美味しいコーヒーがまたタップリ飲めるのでうれしいのですが、藤原さんには悪いことをしてしまいました。
それに最近、いろんな人が珈琲を持ってきてくれるのです。
いまはモカもマンダリンもあります。
冷凍庫に貯蔵しましたが、当分は珈琲三昧です。

藤原さんは珈琲のほかにも「味噌の話」を持ってきてくれました。
資料をオフィスにおいてきてしまったので、あまり書けないのですが、「味噌力」という本を間もなく出版するそうです。
それと並行して、「MISO GIRL」というグループが活躍しだしたのだそうです。
湯島にも来てくれたことのある「お母さん新聞」の藤本さんの娘さんたちだそうです。
ミュージカルまでできているそうです。
なかなかついてはいけませんが、しかし、味噌の消費が増えることはうれしいことです。
味噌は健康にも良いですが、放射線にも強い身体をつくるのだそうです。
本が出版されたらブックのコーナーで紹介します。
珈琲をたくさんもらったので、藤原さんには逆らえなくなりました。
困ったものです。
私は買収に弱いようです。

■新しい会社構想(2012年3月8日)
悩ましい問題の一つに、ある事業再建の話があります。
いっそのこと、私が社長になって再建に関わろうかと思いついてしまいました。
私が声をかけた人の何人かが資金援助を申し出てくれたのですが、その責任に応えるにはそれしかないかなと思い出しています。
正直、それほどその事業は難しそうなのです。
さてどうするか。
娘たちは反対ですし、私をよく知っている友人も反対です。
でも乗り出した船から降りるわけにもいきません。
これまた口は禍の素なのです。
問題を気楽に引き受けてはいけません。
亡き妻がよく言っていました。

■フォワードフォーラム実行委員に一人スカウト(2012年3月8日)
フォワードフォーラムの実行委員に新たに参加してくれる人が出てきました。
吉本さんの友人の渡部さん、飛行機の客室乗務員だった方です。
突然に頼んでしまったので、当日の前に一度会って話を聞きたいというので、湯島で吉本さんと3人でお会いしました.
いまは福祉施設で傾聴を中心とした活動をされているようです。
当日のファシリテーター役と終了後の懇親会担当になってもらいました。
こんなわけで、湯島に来ると大体において、不幸な巻き込まれ方をするのです。
困ったものです。
しかし23日のフォーラムの強力な助っ人が現れました。
しかしもう少し犠牲者を探さなければいけません。
どなたか犠牲者になりませんか。
23日のフォーラムのスタッフ募集中です。
なってもあんまり良い事はありません。念のため。

■2つのアイデンティティ(2012年3月8日)
23日のフォーラムの登壇者の一人はPFPの桐山さんです。
フェイスブックを見て、協力を申し出てくれたのですが、話をしているうちに、フォワードとして発言してもらうことになったのです。
それでどんな話をするか2人で話し合いました。
いろいろと私から質問させてもらいました。
話す前に、辺見庸さんの話になりました。
意見がかなり一致しました。
そのせいか、その後の話も実にスムーズでしたが、しかし他の「普通の人たち」から見たら、必ずしもわかりやすい話ではないかもしれません。
あまりに対話が面白かったのですが、私は例によって記録を全くとりませんでしたから、復元は無理でしょう。
しかし23日の話の進め方はなんとなく共有できました。

話のポイントは「2つのアイデンティティ」です。
桐山さんは若い頃、自分のアイデンティティとの戦いだったようですが、灰谷健次郎の「太陽の子」の映画を見て、自分が考えていた自分は、自分の一部でしかないと気づいたのだそうです。
そこから人生が大きく変わっていく、つまり、動き出していくのです。
「大きなアイデンティティ、そしてその中に存在する「小さなアイデンティティ」。
これはとても面白い視点です。
23日はそんな話を桐山さんにはしてもらう予定です。
そして5月か6月には、桐山さんを囲んでの「2つのアイデンティティ」サロンをやろうと思います。
参加予約を受け付けますので、関心のある方はご連絡ください。

■PICO(2012年3月9日)
ダイハツの北川さんが、北野さんと一緒に湯島に来てくれました。
かなり久しぶりです。
以前来た時には、北川さんはトヨタでしたが、いまはダイハツに移られて、取締役になっています。
トヨタ時代には、ラウムとかBPとか話題の車を出していましたが、ダイハツでは最近話題のミライースを開発しています。
それよりも、しかし、北川さんの思いは前にも書いたPICOです。
これは明らかにイノベーション型商品ですが、であればこそ受け容れられるためには沢山の壁があるでしょう。
だからこそ面白いわけですが。
そんな話をしていたら、あっという間に2時間たってしました。
今日は時間がないので、改めてブログのほうに書こうと思います。

■立派なアサリ(2012年3月10日)
毎年届く福岡のアサリがまたどっさりと届きました。
優雅な狩猟民、蔵田正章さんが一昨日、海で採取してきたのです。
私は貝がとても好きですが、最近のアサリはあまりおいしくありません。
しかし毎年蔵田さんが送ってくれるアサリは、甘くて実に美味しいのです。
ありがたいことです。
それにしても、蔵田さんの生き方は見事です。

(2012年3月第5週)
今年は心配事が多くて、胃が痛む1週間でした。
■八尾一灯さんの献花式(2012年2月27日)
■市川さんと棚沢さん(2012年2月27日)
■実践経営塾(2012年2月27日)
■LLPリゾーミック総会(2012年2月27日)
■共済研究会シンポジウム実行委員会(2012年2月29日)
■原発と原爆(2012年3月1日)
■Kさんの場合(2012年3月2日)
■死を語り合える社会(2012年3月3日)
■事業家精神(2012年3月3日)

■八尾一灯さんの献花式(2012年2月27日)
経営道フォーラムの2代目の代表の八尾さんが今年の元旦に急逝されました。
前日まではお元気で、大晦日に足のむくみで入院された、その次の朝でした。
八尾さんらしい見事さです。
八尾さんとの思い出はいろいろとあります。

今日は、八尾さんへの献花式でした。
懐かしい人たちにお会いしました。
味の素の歌田元会長はお元気そうでした。
日本優先の高橋元会長は相変わらずでした。
ほかにも懐かしい人たちにお会いしました。

八尾さんのご冥福をお祈りします。

■市川さんと棚沢さん(2012年2月27日)
献花式で一緒になった経営道フォーラム創設者の市川覚峯さんと以前運営委員をさせてもらった時にご一緒だったエレガンス社長の棚沢さんとお茶をご一緒しました。
そこでハッと気づいたのですが(ブログにも書きましたが)、このメンバーに八尾さんをいれると比叡山の光永大大阿闍梨のところの得度式に行ったメンバーです。
得度したのは市川さんですが、なにやらこれも八尾さんのお導きかもしれません。
棚沢さんもそろそろ引退をお考えのようですが、まだまだお元気でした。
次は私かもしれません。

■実践経営塾(2012年2月27日)
実践経営塾の構想を持ったブレインコミュニケーション社の上谷さんが訪ねてきました。
社長たちが切磋琢磨する、学びあいの場を立ち上げたいと考え、一緒にやらないかというお誘いでした。
構想自体は共感できますが、経営塾のようなことにこれまでもささやかに関わってきた者としては、すぐに一緒にと言うのは辞退させてもらいました。
しかし確かにそうした場ができれば、効果はあるでしょう。
何ができるかわかりませんが、応援していこうと思います。

■LLPリゾーミック総会(2012年2月27日)
LLPリゾーミックの総会でした。
基本的なルールを確認する必要がありますが、LLPそのものがなかなか共有された理解にたどりつけません。
たぶんみんなこれまでの組織原理の呪縛から解放されていないのでしょう。
それと起業家タイプが少ないのも一因かもしれません。
しかしともかく具体的なプロジェクトユニットが立ち上がったら、みんな理解できるでしょう。
そこまでが大変かもしれません。
いずれにしろ動き出しました。

■共済研究会シンポジウム実行委員会(2012年2月29日)
3月17日に共済研究会の公開シンポジウムが開催されますが、その最後の実行委員会でした。
ようやくパネリストが決まりました。
最初の予定とメンバーがほぼ全員変わったので、シナリオの組み換えが大変です。
私が思っていた流れにするのは難しそうですが、まあ流れは作れるでしょう。
シンポジウムのテーマは「改めて共済のあり方を考える」ですが、大震災やTPP、さらには原発事故までが話題になりそうです。
パネリストの話したいことをお聞きした上で、シナリオをつくろうと思います。
結構悩ましい問題です。

■原発と原爆(2012年3月1日)
先日のテレビ番組で知った「原爆投下は予告されていた」を読みました。
テレビとは違った意味で強い衝撃を受けました。
著者(古川愛哲さん)は、「まえがき」にこう書かれていたのです。
「第二次世界大戦において、なぜ日本国内では、政治家や官僚、高級軍人の多くが生き残ったのか」
これが本書を書くことになった出発点のようです。
衝撃的な事実が次々に紹介されています。
そこに政府の犯罪を強く感じます。
そして、とても偶然とは思えぬようなタイミングで、本書執筆中に福島原発事故が起こります。
著者はこう書いています。

大日本帝国陸海軍の軍人の所業と、東日本大震災下における官僚の行動――この二つの点を結んだ線上に、本書が追い求めんとする事実はあった。

その事実とは、「強者が弱者を盾にして、あるいは強者が弱者を置き去りにして逃げを打った事実」です。
ご関心を持っていただけたら。読んでください。

その本を読んでいる時に、川本兼さんが「日本人は脱原発をできるのか」という本を送ってきました。
ブックのコーナーで紹介しましたが、とても共感できました。

福島原発事故後の技術者の対応に関しては、4月にちょっと密度の高い議論をすることにしました。
私以外は日本技術士会のコアメンバーです。
4月の上旬に設定しましたが、今回はクローズドの場にしました。
開催後、話の内容はまた紹介させてもらいます。
それで私の気分がすっきりできるかどうかは微妙ですが。

ちなみに、私は原爆と原発は同じものだと考えています。

■Kさんの場合(2012年3月2日)
友人の紹介でKさんが湯島に来ました。
1年前に同棲していた恋人が病気で急逝したのだそうです。
グリーフケアのセルフヘルプグループを作りたいと考えているのです。
挽歌で少し書きましたが、私と違い、同じような辛さを抱えている人たちのためにできることをすることが自分の役割だと考えているようです。
初対面でしたが、心がつながった感じがします。
しかしまだ彼は心を取り戻していないような気がします。
また会うことになるでしょう。

■死を語り合える社会(2012年3月3日)
11日に大阪で「死を語り合える社会に」というテーマでパネルディスカッションをします
そのコーディネーターを引き受けています。
主催するのがコムケアネットワークの仲間だからです。
しかし難しいテーマです。

主催者と登壇してもらうパネリストと進め方を相談しています。
パネリストのみなさんとは、私は面識がありません。
みんな「自殺の問題」にかなり深く関わっている方たちです。
しかし意識は微妙に違うような気がします。
とんでもなく難しい役割を引き受けてしまったことに今頃になって気づいてしまいました。
最近、胃の調子がよくありません。

集まりの案内はお知らせに掲載しました。

■事業家精神(2012年3月3日)
今週は記事には書けませんが、ある事業家と何回も会いました。
その事業再建になぜか応援することになってしまったのです。
魔がさしたとしかいえません。
しかもこの時期にです。

しかし事業再建にコミットするのは久しぶりです。
それに、幸か不幸か、問題があまりに多すぎるのです。
今週はそんなわけで眠れない夜もありました。
自分でやったらどんなに楽だろうかと思いますが、それでは事業家は育ちません。
ぎりぎり待ちながら、やっていますが、異が痛くて仕方がありません。

(2012年2月第4週)
春が感じられだしました。
■フォワードフォーラム実行委員会(2012年2月20日)
■技術カフェ(2012年2月21日)
■新潟のチューリップ(2012年2月22日)
■自殺制度をどう考えるか(2012年2月23日)
■子育ち学ネットの立柳さん(2012年2月24日)
■3人の女性+私の集まり(2012年2月24日)
■オープンサロンでの久しぶりの論争(2012年2月24日)
■LLPコモンズ手賀沼(2012年2月25日)
■久しぶりのビジネス検討会(2012年2月25日)
■自殺のない社会づくりネットワークとの関わり(2012年2月25日)

■フォワードフォーラム実行委員会(2012年2月20日)
3月23日開催予定のフォワードフォーラムは内容を考えていくと難しさが増していきます。
それに誰に語ってもらうかも難しい問題です。
今日は、その内容をつめるよりも、作業準備や集客の話をしたかったのですが、どうしてもそこにつながってしまいます。
それにいろいろな人と話していると、最初の出発点を忘れてしまいがちです。
今日も参加者数を増やそうということになってしまいました。
会場が大きいからです。
だいぶ迷ったのですが、結局はみんなの流れに乗ってしまいました。
参加人数が増えました。
後で気づいたのですが、だんだん私がやりたかったものとは変質しだしています。
ビジョンと理念がしっかりしていないとこうなってしまうことを改めて反省しました。

それでもなんとか大枠は決まりました。
お知らせのコーナーに案内を掲載しています。
チラシもできました。
本邦初のフォーラムになりそうです。
よかったら参加してください。

■技術カフェ(2012年2月21日)
名称を今回から「技術カフェ」に変更しました。
サイエンスカフェを意識しての命名ですが、気長に育てていきたいものです。
今回は9人の人が集まりました。
メンバー以外の飛び入りは、理学療法士の橋本さんです。

この集まりから、少しずつコラボレーション・プロジェクトが生まれだしています。
その第1号は、建設関連情報の共創型ポータルサイトの作成です。
まだ構想段階のようですが、すでにサイトはできつつあります。
今回のカフェで、また参加者が増えたようです。
小宮山さんと篠崎さんのコラボレーションも始まりそうです。
こうした、新しい物語が生まれていくオープンプラットフォームを目指していきたいと思います。
次回は3月29日です。
もう少ししたらまたお知らせに掲載します。

■新潟のチューリップ(2012年2月22日)
新潟の金田さんが、恒例のチューリップをどっさりと送ってきてくれました。
チューリップは新潟の花なのだそうです。
今年は大雪のため、出荷が遅れたそうですが、寒い冬を耐えて大きなパワーを宿した雰囲気を感じさせるチューリップです。
わが家が華やかになりました。
春が近いです。

■自殺制度をどう考えるか(2012年2月23日)
光市母子殺害事件の判決は死刑で結審しました。
これに関してはブログで少しだけ意見を書きましたが、フェイスブックにも少しだけ書きました。
そうしたらいろんな意見が届きました。
雰囲気的には死刑反対者は少ないようです。
そしてフェイスブックで、少しだけ議論が始まりました。
フェイスブックで議論するテーマではないと思いますので、打ち切ろうと半分冗談で「死刑制度に関するサロン」をやろうかと書き込んだら、なんと平田さんが賛成してきました。
平田さんはプロのプランナーですが、私が知っている中では数少ない原始共同体的平和主義者です。
本人は、そうは自己認識していないかもしれませんが、言葉だけではなく本物の平和主義者です。
もちろん死刑制度反対者です。
私と違って、根っからの反対者でしょう。

しかしその後、積極的なサロン賛成者が出てきません。
どうしましょうか。
やりたいような、やりたくないような。
死刑制度賛成者が独り、ぜひやりたいといってきたら、開催したいと思っています。
どなたかいませんか。

■子育ち学ネットの立柳さん(2012年2月24日)
子育ち学ネットワークで出会った立柳さんは、福島医科大学の教授です。
昨年の3月以来、大変な思いをされているようです。
立柳さんがメーリングリストなどに投稿しているのを読んでいると現場で活動している人の大変さがよくわかります。
立柳さんから湯島に行きたいと連絡があったので、もしかしたらその関係の話なのかと思いましたが、別件の相談でした。
立柳さんは、日本子どもNPOセンターの理事でもあります。
このNPOは私の友人知人が代表やら理事をやっていますが、私には大きすぎて余り興味がありませんでした。
現場立脚のNPOは一挙にはそんなに大きくはなりません。
どこかで壁にぶつかります。
このNPOの代表理事は、お一人は私の敬愛する新澤さん、もう一人は堀田さんでしたが、いまはもう退任されているようです。
お聞きしたら、私が知っている人はほとんど退任されていました。
みんなどういう気持ちでNPOに関わったのか、少しさびしい気がします。

それはそれとして、立柳さんは、そのNPOを再出発させたいようです。
いろいろとお話をお聞きし、その思いを少しだけ理解しました。
協力することにしました。
この10年、日本にはたくさんの子ども関係のNPOが生まれました。
しかし残念ながら、子どもにとっての育ちの環境がよくなってきているとは思えません。
そこに理念が不在だからです。
これまで何回か子どもの問題にはささやかに関わりながら、いつも中途半端にしか関われてきませんでした。
何しろ私には「現場」がないからです。
でもまあ現場のないものにも役割はあるかもしれません。
久しぶりの「子育ち環境」支援。
今年の新しいテーマです。

■3人の女性+私の集まり(2012年2月24日)
タイトルが意味深ですが、単に3人の来客だっただけの話です。
セラピストの中村香織さんが、なぜか湯島で3人の集まりを呼びかけました。
青森で田んぼをやっているCIプランナーの中西京子さんとNHKの「こころの時代」などに取り組んでいる大福さんです、
私も参加させてもらいました。
一応、テーマはあったのですが、まあ何となくのサロン的な集まりでした。
3.11を契機に「生き方」が問われだしているのではないか、いまこそアイデンティティが問われているのではないかというような話が多かったのですが、とても面白かったです。
男たちの話と違い、女性たちの話は現場立脚ですので、たくさんの示唆を得られます。
今日の小さな集まりからも、ちょっとした新しい物語も始まりそうです。
それも実に生活につながる具体的な話です。
そこが男性たちの話とはちょっと違うところかもしれません。

なぜか湯島を会場にしてくれた中村さんには感謝しなければいけません。

■オープンサロンでの久しぶりの論争(2012年2月24日)
女性たちの話し合いの後は、男性ばかりのオープンサロンかなと思っていたら、韓国からの留学生の金ヌリさんが参加してくれました。
今日はしばらく出てこなかった、武田文彦さんが参加したので、専ら政治論に話題はいきましたが、金ヌリさんが参加していたので、韓国での慰安婦賠償問題の話になりました。
その上、竹島問題まで私が出してしまったので、話が長引いてしまい、早く終わりたかったのに終われなくなってしまいました。
武田さんも金さんも頑張ってしまったからです。
武田さんは次回からは多分常連に復帰するでしょう。

■LLPコモンズ手賀沼(2012年2月25日)
最近集まりを中止していたLLPコモンズ手賀沼の集まりでした。
事務局長が槙さんから太田さんに変わったのですが、その第1回目です。
それぞれから最近の活動などが紹介され、これからの展開について話しあいました。
太田さんが会社を辞めたので、これからは地元の活動を中心にしたいということなので、また新しい動きが出てくると思います。
LLPとしてのプロジェクト起こしも必要かもしれません。

今日は急に湯島でのミーティングをやることになったので、私は途中で退席してしまいましたが、また一度、太田さんと話し合ってみようと思います。
隣の柏に比べて、我孫子の住民活動はいささか元気をなくしていますので。

■久しぶりのビジネス検討会(2012年2月25日)
いまある企業の相談に乗り出しました。
そこで事業計画を整理するために、データをもらってシミュレーション解析してみました。
話で聞いたり、実績データを見ているだけでは見えなかったことが見えてきました。
そこからあるリスクを感じたので、休日でしたが、関係者に集まってもらい、ミーティングを持ちました。

昔、東レ時代に合成繊維の需給モデルによる景気予想に関わっていたことがあります。
そこで景気のベクトルが反転する時の景気の増幅効果を実感しました。
実に生々しい体験でした。
その頃は、数字を使った手作りのシミュレーションを個人的にやっていましたが、それが実に面白かったのを思い出しました。
やはりビジネスは面白いですね。
リスクはありますが、だからこそ面白い。
少しまた関わることにしました。
会社の立ち上げにも協力し、2年間だけコミットしようと思います。
まあ確定ではありませんが。

■自殺のない社会づくりネットワークとの関わり(2012年2月25日)
自殺のない社会づくりネットワークに関しては何回も書いてきました。
これは私の取り組んでいるコムケアネットワークから生まれたネットワークです。
立ち上げに協力し、1年は事務局を担う約束で動き出しましたが、テーマの難しさと私のこだわり(しっかりした組織にはしない)もあって、なかなか事務局体制が育ちません。
おそらく私の組織論が共感されていなのだろうと思います。
最初の立ち上げ時に、記者発表もやりましたが、たぶん記者の人たちには全く理解できなかったでしょう。
だから取り上げられることもありませんでした。
それは私にはうれしいことですが、ネットワークにとってはマイナスだったかもしれません。

3月にフォワードフォーラムを開催するので、その内容を相談する予定で、事務局長と会いました。
ところが、ネットワークをこれからどうするかと言う問題も含めて、組織のあり方から私の取り組み方にまで話は発展しました。
いろいろと考える契機になりました。

話をしていて、最近、私はいささか自暴自棄になっていることに気づきました。
自殺のない社会づくりネットワークからは離れようと思っていましたが、事務局としてきちんとまた対応することにしました。
人生はなかなかうまく行きません。
最近はいろいろと判断ミスが続いています。
これも判断ミスでなければ良いのですが。

(2012年2月第3週)
今週も雪が降りました。
■家族をテーマにしたコムケアサロン(2012年2月12日)
■スリーA方式認知症予防ゲームフォーラム交流会(2012年2月12日)
■自殺未遂サバイバー銀ちゃんは明るいです(2012年2月13日)
■アントレプレナー成瀬さんとのちょっとだけコラボ(2012年2月13日)
■光硬化樹脂(2012年2月14日)
■人材研究会(2012年2月16日)
■経営道フォーラム50期中間報告会(2012年2月17日)
■みの〜れ物語ぱーと2制作委員会の流れが変わりました(2012年2月18日)

■家族をテーマにしたコムケアサロン(2012年2月12日)
家族をテーマにしたコムケアサロンには言いだしっぺの片野さんをはじめ、7人の人が参加しました。
話し合いには最適な人数でしたので、ゆっくりと話せました。

片野さんは、最近、血のつながりのない「家族」の話題が増えていることに関心を持っています。
片野さん自身、血のつながりのある家族のほかに、そうした仲間もお持ちなのです。
そもそも家族の基本である「夫婦」には、血のつながりがありません。
もう一つの家族の基本である「親子」はまさに血のつながりがあります。
しかし、その「親子」にも必ずしも「血のつながり」のない事例は少なくありませんから、
そもそも血のつながりは家族の形成要素の一つでしかありません。
「家族」に対して持っている私たちの思いは、人によって大きく違っているように思います。
しかし、そこからさまざまなものが見えてくるような気がします。

韓国から日本に留学に来ている金さんも参加してくれました。
韓国でも日本と同じように、血縁のない人たちが集まって生活する動きがあるようです。

自分が子どもの頃は、血縁のない人たちが良く一緒に食事をしていたという話から、江戸の長屋の話も出ました。
家族の形は住まいの形とつながっています。
そういえば、コムケアの仲間の全国マイケアプランネットワークの島村さんが以前、「家族と住まない家」と言う本を出しているのを思い出しました。
その本では、血縁から暮らし縁へ、と書かれていました。
とても面白い本でした。

その本の帯に、
「選択縁の住まいで心地よく暮らしていくコツは、家族のような関係を理想としないことと書かれていました。
そういう話から、絆とつながりの話も出ました。

参加者が感じた事は、それぞれいろいろとあったと思いますが、
大きな福祉や支え合うつながりの関係に関しても、さまざまな示唆のある話し合いだったと思います。
もう少し発展させたいなと思いましたが、30分も時間がオーバーしており、今回はそこで終わりになりました。
またいつかやってみたいと思います。

■スリーA方式認知症予防ゲームフォーラム交流会(2012年2月12日)
家族サロンに引き続いて、スリーA方式認知症予防ゲームの交流会を開催しました。
テーマがちょっとつながっていることもあって、両方参加した人も多かったのですが、こちらの集まりも実に面白く、みんな元気になりました。

12月のフォーラム後の各地の動きなどを報告しあった後、みんなのご指名で、坂戸市の「ええげえし」の須田さんが、ゲームを少しガイドしてくれ、参加者全員でやってみました。
今回、はじめて参加され、スリーA方式の認知症予防ゲーム初体験の方も4人もいましたが、みんなもとても気にいってくれました。
おひとりは、大学で介護福祉の教鞭もとられている樫木教授ですが、地元の施設などでの実践活動もされているというので、このゲームが役に立てばと思っています。
地域のお祭が大好きで、仕事よりもお祭に精出している市村さんも、なぜか巻き込まれて参加されましたが、地域の活動でも使えるといってくれました。たぶん、ですが。
韓国の金さ生も、家族サロンに引き続き参加してくれましたが、とても楽しんでくれました。
箸ぴーゲームの創始者の国際箸学会理事長の小宮山さんも、実際にははじめての体験だったと思います。

そんなわけで、少しだけ、また輪が広がりました。
ちなみに、千葉や埼玉でスリーA方式認知症予防ゲームのフォーラムや講座が始まりだしています。
やっと高林さんとの約束を果たせてホッとしています。

■自殺未遂サバイバー銀ちゃんは明るいです(2012年2月13日)
自殺のない社会づくりネットワークでは、3月にフォワード・フォーラムを開催しますが、そのキースピーカー探しをしていました。
何しろ、自殺未遂者もしくは自殺企図者ですから、そう簡単には見つかりません。
特に難航したのが、自殺未遂者です。
結局、この2年、親交を重ねている吉田銀一郎さん、俗称、銀ちゃんに頼むことにしました。
銀ちゃんは社会に向けて発信したいことを山のように持っていますので、果たしてそれをうまく引き出せるかどうかが課題です。
それで銀ちゃんとじっくり話しました。
といっても雑談が中心ですが。
というのも、実は最近銀ちゃんは目標をしっかり定めたのです。
そのせいか、持ち前の明るさを回復しました。

銀ちゃんは私とほぼ同世代です。
以前は企業の社長でしたが、もしその当時であれば、私とは心は通じなかったかもしれません。
いまはしっかりと通じ合っています。
不思議なものです。
銀ちゃんの話を聴きたい人は、ぜひ3月のフォワードフォーラムに参加してください。
案内はお知らせに掲載しました。

■アントレプレナー成瀬さんとのちょっとだけコラボ(2012年2月13日)
数年前に会社を辞めて、起業した成瀬さんがいちょっとした曲がり角にあるようです。
その相談を受けているうちに、私のビジネスモードがちょっとうずきだしました。
リスクも刺激的ですし、事業構想を描くのも魅力的です。
どうしようか少し迷いましたが、ちょっとだけ成瀬さんとコラボレーションすることにしました。
そのためには資金を集めなければいけません。
何しろ私は現金はほとんど持っていないのです。
娘たちから借りることにしました。
まあ育ての親に対して、それくらいの協力は要請しても罰は当たらないでしょう。
それにうまく行けば、利子までつけて返却できるかもしれませんし。
まあお金は使わないと存在価値はありません。

もう少しお金を残しておけばよかったと最近思い出しています。
まだコラボレーションの内容は書けませんが、まもなく書けるでしょう。
借金がさらに積み増さなければいいのですが。
なかなか彼岸に行けなくなりますから。

■光硬化樹脂(2012年2月14日)
歯医者で光硬化樹脂のことを知りました。
光を当てますから、と言うので、レーザーですかと聞いたら違うものでした。
歯医者さんは先端技術が飛び交っていますので、とても面白く、新しい言葉を耳にするとついつい質問してしまうのです。
帰ってから、ネットで少し調べてみました。
どうも新しいものではないようです。
歯科治療では、以前から切削したう蝕部分をレジン樹脂で補う修復法が主流となっている、とウィキペディアに書かれていました。

特定の波長の光によって重合・硬化する樹脂のようで、近年ではホログラフィーの記録媒体、の材料としても使われてきているようです。
面白そうですね。
改めて少し調べてみたくなっています。

■人材研究会(2012年2月16日)
今年の人材研究会もあと2かいになり、今日は報告書の内容の検討でした。
今年のタイトルは、「シニア人材の新たな活躍」です。
報告書の案を聴いていて感じたのは、パラダイム転換ということが、いかに難しいかです。
それによって問題の捉え方や解決の方向性が全く変わってくるのです。
私は、壮年者を中心に設計されてきたいまの企業の形は、高齢社会になるにともない、機能障害を起こすと考えています。
ちなみに私の高齢社会イメージは極めてポジティブです。
「早く来い来い高齢社会」なのです。
その視点から考えると、シニアは会社を進化させる原動力になるのです。
しかし、そうした発想はなかなか伝わらないものですし、あんまりリアリティも感じてもらえないようです。

■経営道フォーラム50期中間報告会(2012年2月17日)
椿山荘で。経営道フォーラム50期の中間報告会がありました。
私が担当するチームは2つですが、それも含めて4つのチームの中間報告です。
みんなきれいにまとめます。
私はそれが好きではありません。
報告にはメッセージがこもっていなければいけません。
破れていてもいいのですが、きれいな言葉の羅列は意味ありません。
ですからいつもかなり厳しいコメントをしてしまいます。

しかし今回は、あるチームのプレゼンテーションに魅了されました。
まあ聞きほれたといってもいいでしょう。
実に素晴らしい。
しかし、です。
感動して聞き終わった後に、やはり何も残らないのです。
ついうっかり褒めてしまったのが悔やまれます。
私も含めて、人は巧みなプレゼンテーションに騙されることを改めて実感しました。
いやはや困ったものです。

■みの〜れ物語ぱーと2制作委員会の流れが変わりました(2012年2月18日)
小美玉市の文化センター「みの〜れ」が開館10周年なので、またみんなで本を創ろうというプロジェクトが起こり、私も関わってしまったということは何回か書きました。
しかしなかなか現場での動きが悪いのです。
本当に「つくりたい」と思っている人がいるのか、不安になってきました。
行政の呼びかけに、住民が参加するような、退屈なプロジェクトに協力する気はありません。
そこでもしこのままであれば、今回はプロジェクトから降りさせてもらおうと思いながら、久しぶりに住民制作委員会に参加しました。
そして冒頭に、このプロジェクトは行政主役の住民参加なのか、住民主役の行政支援なのかをみんなに問い質しました。
前者であれば、はい、さよなら、のつもりでしたが、幸か不幸か後者でした。
それでは私も応援しないわけには行きません。

そうした基本的な認識が共有されたせいか、急に動きがよくなりました。
それにみんな楽しそうになったのです。
まあ一種の爆弾宣言でしたが、よかったです。

しかし私の発言などは大した爆弾ではありません。
実はもっと強烈な爆弾宣言が出てきました。
行政の担当者である菊地さんが、3月で辞めることになったのです。
入職1年にしての退社です。
さてさて困ったものです。
しかしそれはそれでまたうれしい話なのです。
菊池さんはいま25歳。
ヒップアップダンスでは日本1になった若者ですが、世界1を目指すために、もう一度、ダンスの世界に戻ることにしたのです。
体力的にあと2〜3年が限度だそうですので、彼の判断は正しいと思います。
まあ菊地さんがいなくなっても、彼のためにも、この本づくりは最後まで付き合うことにしました。

菊池さんは実にいい若者です。
また違った形で会うこともあるでしょう。

(2012年2月第2週)
今週はさまざまな相談に追われてしまいました。
じれもかなり個人的な要素が強いので、ここに書くのははばかれます。
それがうまくいった時には報告できるのですが。
最近はそうした相談も少し心身にこたえるようになってきました。
困ったものです。
成瀬さん
報告できるものは、経営道フォーラム40期のCチームのみなさんと「企業軸」の話し合いをしたこと、LLPリゾーミックの最初のミーティングを持ったことぐらいでしょうか。
ショッキングなニュースは、テレビで旧知の人の逮捕映像を見たこと。
苦労しているのは3月に予定している2つの集まりで話してもらう予定の人がいずれもダメになってあわてていること。
でしょうか。
そんなわけで今週の週間記録はこれで終わりです。
来週からもう少し余裕が生まれると思います。


(2012年1月第4週〜2月第1週)

時間破産してしまい、先週は更新できませんでした。
2週間分をアップします。
■事業支援結い基金(2012年1月23日)
■共済文化サロン(2012年1月23日)
■くら寿司体験(2012年1月24日)
■大学サロン(2012年1月25日)
■孤独死をなくしたいという松本さんの情熱(2012年1月28日)
■自死遺族のためのグリーフケア・ワークショップ(2012年1月29日)
■あゆみあいネット(2012年1月29日)
■LLPリゾーミック発足(2012年1月30日)
■西安で環境コミュニケーションを講義している鳥羽瀬さん(2012年1月30日)
■IH+LLPリゾーミック(2012年2月1日)
■原発事故後の技術者への問いかけ(2012年2月1日)
■事業応援結いファンド構想スタート(2012年2月1日)
■ドラマティックコミュニケーション(2012年2月1日)
■ダイハツのEVコミューターPICO(2012年2月3日)
■DV冤罪被害者と会いました(2012年2月4日)

■事業支援結い基金(2012年1月23日)
中小企業や個人企業の経営者の一番悩ましい問題は資金繰りかもしれません。
事業が順調な時には問題にはならないかもしれませんが、ひとたび資金がショートしだすと際限なく悩みは大きくなりがちです。
そうしたことに時間も頭も使うようになると、経営などやっていられなくなりがちです。

そうした事態になった人を支援するための、「事業支援結い基金」がつくれないかと以前から考えてきましたが、その一方で、お金から自由になる生き方を模索しているために、両者がうまくかみ合わず、いつも中途半端に終わっています。
今回はしかし数百万円の規模で資金を求めている人が出てきたので、それを契機に、改めて「事業支援結い基金」に取り組んでみようと思います。
100万円を一口にして、10口を集める算段をしていますが、なかなか難しいです。
リスクもありますから、経済的なリターンも必要ですし、ある程度の規模がないと事業資金繰りには役に立ちません。
2月はじめに具体的な案件をベースにした説明会を予定しています。
100万円を提供してもいいという方がいたらぜひご連絡ください。
一番の対価は、誠実な人の事業を応援できることです。

できれば二宮尊徳の五条講や日本古来の結いや講のような共済に仕組みのようなものを育てていければと思います。

■共済文化サロン(2012年1月23日)
韓国在住の佐々木憲文さんが帰国されたので、かねがねお話していた共済文化サロンを開催しました。
今回は佐々木さんが共済事業関係の人を中心に呼びかけてくれましたので、私のほうはホームページにお知らせをアップするにとどめました。
共済事業の話になってしまうと、文化論から事業論になる恐れがあったからです。
しかし、参加者の意識は私が想定していた以上に、共済文化志向が強く、発展性を予感させる面白い話し合いになったと思います。
参加者は11人、青山学院大学の本間さんも参加しましたし、韓国からの留学生の金さんも参加しました。
佐々木さんが誘ってくれたイワキ総合研究所の柳瀬さんも参加し、最後に二宮尊徳の五条講の話をしてくれました。
共済事業に関わっている長谷川さんや渡辺さんの発言が私にはとても面白かったです。
お2人とはオフィスもすぐ近くなので、この集まりを発展させていければと思います。
佐々木さんが帰国された時にはもちろんですが、その間も継続開催できればと思います。

これからの展開が楽しみです。

■くら寿司体験(2012年1月24日)
テレビで見たことのある回転寿司の「くら寿司」が、昨年末、近くに開店しました。
そろそろすいているだろうと思い、娘たちと行ってみました。
適度の込み具合でしたが、いろいろと感心することが多かったです。
もちろん気になることも多く、そのことをフェイスブックに書き込んだら、たくさんのコメントが届きました
回転寿司ネタは話題になりやすいようです。

くら寿司に行く気になったのは、先週、「回転寿司は寿司ではない」と主張する武田さんとの電話の影響です。
武田さんが、最近はきちんとふたをして開店させるところもできてきたようだと話したのですが、それがくら寿司だったのです。
たしかに一皿ずつ容器に入って回ってくるのです。
もっとも空の容器が多く、むしろ注文する人のほうが多いでしょう。
最近は、回転する寿司は、食欲をそそる刺激剤のようなものになってきています。

肝心の内容ですが、やはり子ども向けのおすし屋さんのようで、私向きではありませんでした。
しかしいろいろと気づきがありました。

■大学サロン(2012年1月25日)
クリエイティブマネジメント研究所の井口さんの呼びかけで始まった大学教育政策に関する研究会は、少し開かれた場での話し合いをしながらプロジェクトにまとめていこうと言うことになり、今回から開かれたサロン形式で行うことになりました。
私も3人ほどに声をかけましたが、そのうちお2人が参加してくれました。
宮川さんと神里さんですが、いずれも大学経営に外部から関わっています。
また宮川さんが、学夢堂の東方さんを誘ってくれました。
記録を残さなかったのが残念なほど、面白い話がたくさんでました。
私も新しい気づきや学びがたくさんありました。
このサロンは、もう数回、開催し、その中から研究プロジェクトや事業プロジェクトが生まれてくるとうれしいです。

新しいソーシャルビジネスの芽もたくさん感じました。
大学もそろそろパラダイムシフトすべき時期だろうと思います。

■孤独死をなくしたいという松本さんの情熱(2012年1月28日)
大阪で孤独死をなくしたいとがんばっている松本さんは、現在、龍谷大学大学院に社会人入学し、これまでの研究と活動をまとめています。
私も以前から相談を受けていますがなかなかお役に立てずにいます。
龍谷大学のまとめもほぼ終わったようなので、久しぶりにお会いすることにしました。
相変わらず松本さんはお元気でした。

松本さんの奥さんの姪御さんが新地でやっている料理屋で松本さんにご馳走になりました。
串かつの「にしかわ」でしたが、めずらしい串揚げが次々と出てきました。
フォアグラとかなんとか、普段は私とは無縁の材料でしたが、庶民の私が一番感動したのはミニトマトの串揚げでした。
これまで食べたことのない不思議な串揚げでした。

それはそれとして、松本さんの開発して実践しつつある孤独死防止のための「おたっしゃコール」は、いよいよ機が熟してきたように思います。
今年は何とかこの事業化を応援したいと思います。

■自死遺族のためのグリーフケア・ワークショップ(2012年1月29日)
自殺のない社会づくりネットワークの第1回目の公開フォーラムに参加した岡崎さんが大阪で行動を起こしてからもう2年経過します。
その間、岡崎さんは着実に活動を持続させ、「あゆみあいネット」という、ゆるやかなネットワークを育ててきました。
そして昨年12月から、そこの企画主催で4回のイベントを開催しだしました。
その中でも一番難しくて、しかも岡崎さんの思いがこもっているのが、グループリーフケアのワークショップでした。
岡崎さんとは普段はメールでのやり取りなので、いささかの不安もあり、私も一参加者として参加させてもらいました。
テーマである「グループリーフケア」にも関心があったからです。

朝のスタッフ打ち合わせも、横から聞かせてもらいました。
1年半振りの岡崎さんは、強くなっていたように思いました。
ああこれなら来なくてもよかったなと思いました。
そして、ワークショップが始まりました。
ファシリテーターは、Live on の「てるみん」さんでした。
若いのにとても思いが入っていました。
彼女も自死遺族でした。

午前中のワークショップは「喪失体験を語る」でした。
私も4年前に見送った妻の話をしました。
ところがブログにも書きましたが、話し出した途端に胸がつかえて思考が崩れました。
意外な展開でしたが、その後の展開も意外続きでした。

私にとっても忘れがたいワークショップになりました。

■あゆみあいネット(2012年1月29日)
ワークショップ終了後、あゆみあいネットの今後の展開について相談したいのでコアメンバーと打ち合わせを持ちたいと岡崎さんに話していましたが、時間がかなり遅くなったので、残ってくれる人が少なかったのが残念でした。
しかし、そのおかげで、あゆみあいネットの実体がよく見えました。
いろいろと話しているうちに、ついつい私も熱くなってしまい、あやうく最終の新幹線に乗り遅れるところでした。
幸いに間に合いましたが、ワークショップ以上に多くのことを学ばせてもらいました。

がんばりすぎている岡崎さんが少し心配です。
私でさえ、これだけ疲れたのですから、彼女が疲れないわけがありません。

■LLPリゾーミック発足(2012年1月30日)
有限責任事業組合リゾーミックがいよいよ正式スタートしました。
事務局長は吉本さんです。
当面は適任者がいないので、代表は私がやることになりましたが、まあ実際には吉本さんがまわしてくれるでしょう。
すでにいくつかの具体的な事業も構想されだしています。
どう発展していくか、楽しみです。

■西安で環境コミュニケーションを講義している鳥羽瀬さん(2012年1月30日)
中国の西安に昨年転勤した鳥羽瀬さんが一時帰国した機会に湯島に来てくれました。
科学技術倫理のテーマで出会った技術者ですが、その好奇心と行動力とバランス感覚に私は魅力を感じています。
しかし今回ちょっとやせていたのが気になりました。
中国の風土は合わないのでしょうか。

しかし、鳥羽瀬さんは西安の生活を楽しんでいるようです。
そして鳥羽瀬さんらしい、新しいプロジェクトや活動もいくつか始めているようです。
いくつかお話をお聞きしましたが、実に魅力的な活動ばかりでした。
いつかまたご紹介することもあるでしょう。
さらにもしかすると、ささやかな接点も生まれるかもしれません。

■IH+LLPリゾーミック(2012年2月1日)
一昨日スタートしたLLPリゾーミックと10年以上も前に立ち上げたインキュベーションハウスは、なぜかいずれも私が代表です。
スタイルは違いますが、理念は一緒です。
それで合同ミーティングを開催しました。
少しは収益の上がる事業をはじめないといずれも継続できないばかりか、私が代表を辞めさせてもらえないからです。
インキュベーションハウスのオフィスに参加している五島さんにも参加してもらいました。
いろんなアイデアや構想が出てきましたが、問題はそれらをどう編集し、差別化するかです。
一人でできる活動や仕事は一人でやればいいわけで、なにも一緒にやる必要もありません。
いろんな専門性とネットワークを持っているメンバーがいるのですから、面白い事ができるはずです。
いささかの心配はあります。
組織は代表によって、良くも悪くもなりますが、その代表がいささか問題なのです。
代表は私なのですが、頑張らなくてはいけません。
困ったものです。

■原発事故後の技術者への問いかけ(2012年2月1日)
NPO法人科学技術倫理フォーラム砕氷の杉本さんと原発事故に関連しての技術者倫理の議論をしました。
杉本さんと私は、原発に関しては全くと言っていいほど立ち位置が違います。
しかしそれを超えた科学技術観に関しては、共通しうる部分が大きいのです。
かなり過激になる可能性はありますが、議論ができる関係です。
とても密度の濃い議論ができたと思います。
また話題も広がりました。

私の問題提起したことを一つだけブログに書きました
1回だけの議論では限界がありますので、3月頃にもう一度、少し輪を広げて議論する予定です。

■事業応援結いファンド構想スタート(2012年2月1日)
いよいよ「事業応援結いファンド」をスタートさせることにしました。
ある事業の再生を応援するというプロジェクトを入り口にして、少しファンドを蓄積できればと思っています。
その事業再生の当事者に来てもらって、関心を持ってくれた人と話し合いました。
そしてわたしがつくったラフなスキームで、動き出すことになりました。
第1段階で500万円を確保したかったのですが、私がお金を持っていなかったこともあって、現在ようやく350万円集まったところです。
一口50万円で、3年後に60万円返却というのが根幹ですが、3年後には1000万円の結いファンドを目標にしています。
この「結い」は単なるお金だけのつながりではありません。
むしろお金以外の「支え合うつながり」を基軸にしていきたいと考えています。
お金は持っているが、友だちが少ない方がいたらぜひご参加ください。
友だちがたくさんいると、お金がなくても安心が得られますが、その反対は成り立たないかもしれません。
関心のある人はご連絡ください。

■ドラマティックコミュニケーション(2012年2月1日)
鰍lANY ABILITIES代表の野原さんが湯島に来てくれました。
野原さんは、12月に開催したスリーA方式認知症予防ゲームの体験フォーラムに参加してくださったのです。
野原さんは、ジャズダンスやバレエをされている方でもありますが、即興バレエなどを通した人材研修などにも取り組まれています。
そのプログラムの一つが、「ドラマティックコミュニケーション研修」です。

先日、スリーA方式認知症予防ゲームを体験されて、コラボレーションできないかと湯島に来てくださったのです。
LLPリゾーミックもスタートしたところですので、ぜひとも何かをご一緒したいと思います。
同時に、こうした新しいコミュニケーションプログラムに取り組む人たちの交流会をやりたい気分になってきました。
これ以上、サロンや交流会を始めると、それこそ時間破産が恒常化しそうですが、どうもこの性癖は直りません。
困ったものです。

■ダイハツのEVコミューターPICO(2012年2月3日)
ダイハツの北川さんから、東京モーターショーに出品したEVコミューターのPICOが報道ステーションで取り上げられたDVDが届きました。
ようやく時間ができたので、見せてもらいました。
30年前に私が望んでいたMVSと同じ発想のコミューターでした。
うれしくなって、改めて30年前の小論を読みましたが、制限時速の考え方以外は、思想が同じように感じました。
ちなみに、北川さんはトヨタで、ラウムやbpを手がけたエンジニアですが、ジェロントロジーに早くから関心を持っていました。
その北川さんの思いが込められた車でした。

私自身は、自動車と言う概念をそろそろ分化させるべきではないかと思っています。
高速道路を遠距離、高速で走行するものと生活支援道具として近隣を低速で走行するものとは、明らかにカテゴリーも思想も異なる商品です。
それが一括りに捉えられていることに大きな問題があると思います。
道路も同じ事が言えると思います。
PICOが早く道路を走り出して欲しいと思います。
たぶん社会の形に大きな影響を与えるでしょう。
技術で社会は変えられる事例です。

■DV冤罪被害者と会いました
(2012年2月4日)
前に書きましたが、私が以前、ブログに取り上げた記事の当事者からメールをもらいました。
私にまで怒りをぶつけられましたので、会わないわけにはいかないと思い、会うことを提案しました。
それを知った神崎さんが、一緒に行こうかと電話してきてくれました。
そのメールに、私は薬物依存状態にありますと書いてあったことを知って、心配してくれたのです。
心強いボディガードですが、そんな心配はないので辞退させてもらいました。
その後、なかなか日程が会わなかったので、ようやく、今日、会えました。

彼はDV冤罪を主張しています。
それを書いた小冊子が、そもそもの私との始まりですが、彼から裁判の話も含めてこれまでの敬意を聴きました。
私怨が山のように溜まっているようですが、たしかに彼が持ってきた物証を見る限り、その言い分がよくわかります。
それに一度嫌疑をかけられると、誰からも話を聴いてもらえなくなりがちで、怒りはますます増幅していくのでしょう。
それに相談に乗った人が、その怒りに油を注いでいるような感じもありました。
彼は、時々、怒りが現れて、不穏な言葉も発しましたが、たぶん素直で優しい人なのでしょう。
2時間ほど話し合いましたが、ともかく私怨の呪縛からはなれて、自分の生活を立て直すことを勧めました。
少しは納得してくれたと思いますが、怒りはそう簡単には収まらないでしょう。
彼には、話をきちんと聴いてくれる人がもっと必要なのだろうと思います。

彼から聴いた裁判への怒りも、さもありなむと言う感じで、かなり納得できました。
私も日本の司法や行政のあり方には大きな疑問を感じます。
裁判官や弁護士は、信頼できない人が多すぎます。

彼とは引き続き会うことにしました。
ともかく怒りを静めなければいけません。
とんでもない事件を起こすことも、絶対ないとはいえませんので。

(2012年1月第3週)
■新年会サロン(2012年1月15日)
■自殺未遂者・自殺企図者が語り合うフォーラム実行委員会(2012年1月16日)
■東京電力と新潟水辺の会(2012年1月17日)
■起業家の悩みと事業支援結いファンド構想(2012年1月18日)
■福祉に興味を持つ中国からの留学生(2012年1月18日)
■技術カフェ(2012年1月18日)
■薬物依存状態の方からのメール(2012年1月18日)
■みぞれが降りました(2012年1月19日)
■ささえあい交流会(2012年1月21日)

■新年会サロン(2012年1月15日)
年初に思いついて、新年会サロンをやることにしました。
湯島で会っているさまざまなサロンに参加している人たちを対象にしたサロンです。
フェイスブックにも掲載しました。
よく会う人には逆に案内を送らなかったのですが、ちょっと混みすぎてしまいました。

参加申込者は30人近くだったのですが、1日喫茶店構想でしたので、混んできたら自発的に退出するというオープンサロンや喫茶店のルールを想定していたので、まあ大丈夫だろうと軽く考えていました。
ところが、そうはうまくいきませんでした。

40人ほどの人が来てくれ、しかも意外とみんな長居なのです。
それで仕方なく2時間程度経ったところで、入れ替えを呼びかけさせてもらいました。
そこで10人くらいは退席してくれましたが、その後もまた混み出してしまいました。
入り口で余りの込み具合に入り口で諦めて帰った人まで出る始末でした。
また折角来てくださったのに、混んできたのであまり発言もしないまま、気を配って退席された方も何人かいて、申し訳ないことをしました。
そうしたなかには、むしろ久しぶりの人が多く、実際に多彩な活動をしている人でしたので、そのお話を聴けなかったのは残念でした。
別途またそうした人の場をつくりたいと思っています。

最初に来てくださったのは某社の社長でした。
とても誠実な方ですが、いろいろとあって、バブル終了時には300億円の借金をつくってしまったのだそうです。
ようやく落ち着き、良い方向に動き出したようです。
それで今回の新年会サロンを契機に私のところに来てくださったのです。
10年以上前に、私もコーディネーターをしている経営道フォーラムに参加してくださった方なのです。
ようやく佐藤さんの言っていたことが現実になってきましたねと言ってくれました。
私自身は、ちょっと似て非なる方向に向いているような気がして、喜べないのですが。

次に来たのが新潟からの佐藤裕さんです。
この方も実にドラマティックな人生を送られています。
と言うわけで、次々とこられ、元山口組のヤクザや大学教授と学生たちといった面白いシーンもありました、
挽歌の読者の方も来てくださいました。
しかしかなりの混乱でした。

珈琲は神崎さんの提供でした。
多くの人が差し入れを持ってきてくれた上に、湯島の空間を維持するためにカンパしていてくださった方も何人かいたようです。
湯島の部屋は、いろんな人が部屋の片隅にある箱にお金を入れていってくれることで支援されているのです。
一応会費制ですが、お金のない人は不要なのです。
入れたい人が入れる仕組みなのですが、10万円も入れてくれた人もいました。
お金は出せる人が出せるだけ出せばいいというこの仕組みは、私も気に入っています。
この方式をもっと広げていけないものでしょうか。

お礼も申し上げませんでしたが、いろいろとお持ちくださった方、ありがとうございました。
しかし一時は25人以上が在室することもあり、イスがなくて、私はしばらく立っていたほどで、用意していた飲物さえ出すのを忘れていました。

今回はいささか疲れました。
新年会サロンはきちんと設計しておかないといけませんが、それが私には苦手です。
まあたぶん来年になると、今回のことを忘れて、また新年会サロンをやろうなどと思いつく可能性が強いですが、しばらくはテーマサロンに集中することにします。
昨日のサロンからも、2つほどの集まりが生まれそうですので。

5時間を越えるサロンでは、さまざまな話題が出ました。
最後は家族の話題になりました。
それで家族を考えるサロンをやろうと思います。
また案内します。

ちょっと疲れたので、1月の月末サロンは休会です。

■自殺未遂者・自殺企図者が語り合うフォーラム実行委員会(2012年1月16日)
自殺のない社会づくりネットワークの主催で、3月23日に、3回目の公開フォーラムを開催します。
今度は、自殺未遂者や自殺企図社を中心にしたフォーラムです。
本邦初とは言いませんが、そう多くはないでしょう。

このネットワークは、東尋坊で自殺防止活動をしている茂さんの希望をかなえるために立ち上げたネットワークなのですが、3年終わったところで私としては一区切りつけたいと思っています。
それで今回の公開フォーラムまで事務局として活動し、そこから今度は私自身がきちんと関わる仕組みをつくろうと思います。
そのためにも、今回はこれまで以上に私の思いを出させてもらうことにしようと思います。

今日はその2回目の実行委員会です。
プログラムを提案させてもらいました。
みなさんの意見で面白いものになりそうな期待が高まりましたが、その反面、大変さも強まった気がします。
2月には具体的な内容を発表できると思いますが、深いフォーラムになりそうです。

■東京電力と新潟水辺の会(2012年1月17日)
昨年の今日、実は信濃川に鮭を遡上させるプロジェクトの一環で、
長野の千曲川で鮭の稚魚を放流するイベントが企画されていました。
主催の中心はNPO法人新潟水辺の会ですが、
そこに信濃川にダムを持っている東京電力やJR東日本の社員も参加するはずでした。
私も参加を楽しみにしていました。
しかし、その直前に3.11の東日本大地震が発生しました。
それどころではなくなりました。

それからちょうど1年目の今日、改めて東京電力と新潟水辺の会のミーティングを持ちました。
水辺の会からは代表の大熊さん以下、コアメンバーが5人上京し、私も参加させてもらいました。
現在の状況では、東京電力のメンバーも動きたくても動けないのですが、とても前向きに対応してくれました。
今年の鮭の稚魚放流は3月17〜18日です。
その案内は、NPO法人人型水辺の会のホームページにまもなく掲載されます。
17日には長野の上田でシンポジウムも開催されます。
ご関心のある方はぜひご参加ください。

■起業家の悩みと事業支援結いファンド構想(2012年1月18日)
10数年前に企業を起こした友人がやってきました。
最近連絡がなかったので順調に事業展開していると思っていたのですが、いろいろとあって、
これからどちらを向いて進んでいくかの岐路に立たされているようです。
その相談でした。
私は第3のシナリオを提案しました。

いま彼の目先の課題は資金繰りです。
1000万円ほどの資金が確保できれば、再建できるというのです。
しかしその資金繰りに手詰まりが生じたようです。
それで事業を売却するかどうかですが、10年以上の汗をたかが1000万円で放棄するのはいかにも残念です。
もちろん実際には、1000万円以上の借財を彼は抱えていますが、事業がうまく回りだせば、それも解決するかもしれません。

第3の道は、彼の事業の応援団を作るという案です。
一口100万円か50万円で2年間、彼に資金支援してくれる仲間がいれば、反転できるかもしれません。
そこでまず、そういう仲間集めをすることを提案しましたが、残念ながらそういう仲間はあまりいないようです。
これは予想されたことではあります。
というのは、私のところに来る起業家たちはみんなビジネスの世界に埋没していますから、弱いネットワークを育てていないのです。
個人で起業する人は、傾向的に「シェア」と言う発想が弱いのです。
シェアしてこなかった人が、困ったからと言って突然シェアの提案を呼びかけても、難しいでしょう。

そこで私も応援団になる事にしました。
しかしお金がありません。
誰かに応援してもらわなければいけません。
どなたか応援してくれる人はいないでしょうか。

その事業家は、誠実な人です。
ただ誠実さは事業の成功を保証するものではありません。
だからリスクはあるのです。
それでもいいという人はご連絡ください。
そういう人を集めて、彼に説明会を持ってもらう予定です。

以前から考えていて実現できていない「事業支援結いファンド構想」に真剣に取り組もうかと思っています。
どなたか1億円くらい出してもらえないでしょうか。
宝くじが当たったら返しますので。

■福祉に興味を持つ中国からの留学生(2012年1月18日)
城西大学の井上さんが、中国からの留学生の連さんを連れて湯島に来てくれました。
連さんは将来、中国でいわゆる「シルバー産業」や福祉の領域で活動したいと考えているそうです。
それで井上さんが私に紹介してくれたのです。
いろいろと日本の実情を話しました。
また高齢者の生活を市場化することのマイナス面も、少し示唆しました。
昔書いた「ビジネスの発想を変える高齢社会の捉え方」も渡しました。
コムケアで展開されている活動も紹介しようと思います。

中国が高齢者をどう位置づけて行くか、私には興味があります。

■技術カフェ(2012年1月18日)
技術サロンも4回目です。
次回から技術カフェと改称したいと思います。
参加者は、小宮山さん、岩田さん、藤永さん、石井さん、寺田さん、小島さん、佐藤のメンバーと
飛び入りで、画家の篠崎さんが参加しました。
篠崎さんはメーリングリストのメンバーではありませんが、私のフェイスブック仲間なのです。

今回はまず石井さんから「伝統技術の継承」に関する問題的を受けて、議論する予定でしたが、

伝統工芸に関わっている篠崎さんの体験談から、話は広がりました。
良き伝統工芸を継承していくためには、それを求める社会が必要であること
明治期以来、工芸にも「きれい」と言う概念が入ってきて、それまでの造形美がおろそかにされるようになったこと
「きれい」と「美しい」とはちがうこと
日本の文化は、箸と下駄と畳に象徴されていること
工業製品と工芸製品とは思想が違うのではないかということ
などといった話で盛り上がりました。
ただ今回は、技術や工芸、あるいは伝統、という言葉の内容が、共有化されていなかったので、
いささか情緒的な話し合いになりました。
石井さんが意図していた、日本の伝統技能をどう保存し、活かしていくかという構想に関しては、
また回を改めて議論したいと思います。
しかし今回は、篠崎さんの飛び入りで実に面白かったです。
やはり新しい人は刺激をもたらしてくれます。

次回は2月21日(火曜日)です。
関心のある方はご連絡ください。

■「気持ちが悪い小冊子を配布した本人」からのメール(2012年1月18日)
2008年に私のブログに、「自宅に投函されていたDV冤罪小冊子」という文章を載せました。
誰かわからない人からの投函でしたので、いささか気持ちが悪いと書きました。
今日、その投函した本人からメールが来ました。
このブログの記事を見つけて読んだのだそうです。
メールの書き出しは、「わたしは、現在、薬物依存状態です」です。

ブログなどをやっていると、実にいろんなメールが来ます。
恫喝的なものもあれば、嫌がらせもあります。
それにはもうかなり慣れてきましたが、実名で届くメールには、基本的に「悪意」はありません。
今回のメールは実名で届きました。
ですから直接お会いすることにしました。
メールではなかなかお互いの思いが伝わらないからです。
いささか気が重いのは事実ですが、まあ実名での問いかけには答えなければいけません。
また経緯を書くようにします。

■みぞれが降りました(2012年1月19日)
寒くなりましたが、今日は自宅周辺もみぞれが降りました。
残念ながら雪ではないので白くはなりませんでした。
それにしても寒いです。
東京は雪だったようです。

■ささえあい交流会(2012年1月21日)
ささえあい交流会でした。
自殺防止ネットワーク風の竹下さんが、10月に開催したシンポジウムの報告書を持ってきてくれました。
風のホームページに掲載されています
とても内容のあるシンポジウムでしたので、ぜひお読みください。
自殺未遂体験のある吉田さんは年初から行動を起こした全国行脚活動が、今年の自分の目標になったと話してくれました。
目標を持てば、もう大丈夫です。
吉田さんの表情や口調が明らかに変わりました。
福山さん、杉原さん、橋本さんも参加してくれましたが、
この交流会も以前のような開かれた明るい話し合いの場とはかなり変ってしまい、メンバーが固定されがちです。
それでまた私流に少しスタイルを変えさせてもらおうと思い、担当させてもらうことにしました。
次回からできればスタイルを変えたいと思いますので、ぜひあんまり「自殺」と無縁だと思っている方も参加してください。
また案内をお知らせのコーナーに掲載しますので。

(2012年1月第2週)
■訃報続き(2012年1月9日)
■畑の雑草退治(2012年1月10日)
■KAE50期(2012年1月11日)
■シニアが企業のあり方を変える(2012年1月11日)
■歯が割れた(2012年1月12日)
■禅の山本秀太郎さん(2012年1月13日)
■共済研究会シンポジウム実行委員会(2012年1月13日)
■シュールなミュージシャン村瀬さん(2012年1月13日)
■LLP設立準備会(2012年1月13日)
■エジプトの中野さん(2012年1月13日)
■新年会サロンの不安(2012年1月14日)

■訃報続き(2012年1月9日)
年明け後、訃報が続いています。
なにやら今年も重い年になりそうです。
最初の訃報は、山城経営研究所の八尾さんでした。
もう一度お会いしたかったです。

■畑の雑草退治(2012年1月10日)
放置していた仮定農園の雑草の整備をしました。
娘たちにも手伝ってもらったのですが、ハードな作業です。
途中2回ほど立ちくらみで倒れそうになりました。
体力がなかなかついていかなくなりました。
私も彼岸が近づいてきたようです。

■KAE50期(2012年1月11日)
経営道フォーラム50期のDチームのみなさんがやってきました。
テーマは、モチベーションとビジョンと企業風土の3題噺です。
これをどう構造化するかで、物語は全く変わってきます。
いろいろと話しましたが、やはりこうした議論で大切なのは、いかに一人称で語るかです。
改めてそれを感じます。
しかし今回は、どのチームも、早い段階から話しにきてくれたので、よかったです。
これからどう絡んでいくか、考えたいと思いますが、企業が抱える問題はほとんどみんなわかっているのに、企業はなかなか変わらないのが実に残念です。

■シニアが企業のあり方を変える(2012年1月11日)
今年最初の人材研究会でしたが、ライフキャリアの視点からのシニア活性化の話と、定年後のシニアの選択肢の話がまずは報告されました。
いずれもそれぞれはとても面白く示唆に富んでいます。
しかし問題は、それをどうつなげるかです。
その点を問題提起させてもらいました。

もう一つ、経済産業省から最近の高齢者雇用施策のお話もありました。
それに対する委員の反応が興味深かったです。

シニアの活性化のテーマを考えているうちに、発想が逆だと気づきました。
シニアを活性化させるのではなく、シニアが活性化させるのです。
これは10年ほど前に書いた、高齢社会の到来が待ち遠しいという主旨の小論を10数年前にいくつか書きましたが、その視点が改めて大事のように思います。
つまりシニアが企業のあり方を変える契機になるということです。
これはまたブログにでも書こうと思います。

■歯が割れた(2012年1月12日)
年末にうっかり巴医者さんの予約日を間違えてしまい、行ってみたらもうお休みでした。
治療の途中だったのですが、そのおかげで年末にその奥歯がじゃりっと音を立てておかしくなってしまいました。
それで今日、歯医者さんに行ったら、なんと見事に奥歯が真っ二つに割れていました。
さてさて大変です。
私の嫌いな麻酔をして、半分を抜歯しました。
どうも最近は歯の事故が多いです。
まあ自業自得ですが。

■禅の山本秀太郎さん(2012年1月13日)
ヴィレッジハウスの山本さんが久しぶりに湯島に来ました。
最近あまりこなかったので、ビジネスは順調なのだろうと思いますが、そろそろ山本さんもシニアライフをイメージしだしたそうです。
山本さんは空間デザイナーですが、禅師の秋月龍aさんのお弟子さんでもあります。
そのほうの世界に少しずつ感覚的に向かっているようです。
もちろん本人は自覚していませんが。
最近は大森荘蔵さんの「時間と自我」を読んでいるそうです。
面白いというので、私も読もうと思います。
ついでにお昼をご馳走になってしまいました。

山本さんとの付き合いももう20年を超えました。

■共済研究会シンポジウム実行委員会(2012年1月13日)
共済研究会が主催する3月の公開シンポジウムの実行委員会でした。
概略決まりましたが、今年もまた、パネルディスカッションのコーディネーターを引き受けてしまいました。
私はたぶん向いていないのですが(共済研究会にとっては周辺のメンバーですので)、引き受けるのであれば、「3.11での気づき→支え合いへの関心の高まり→そうした事の新しい動き→その一方でのTPPなどの逆風への懸念→日本社会の共済文化の再確認→これからの共済事業のありかた」という流れでパネルディスカッションを組みたいと思います。
果たしてうまくいくかどうか。
いささかの懸念はありますが、まあ引き受けた異常は仕方ありません。

この流れだと、共済事業関係者以外にも聞いてもらえそうです。
よかったら参加してください。
詳しくはまたお知らせのコーナーでご案内します。

■シュールなミュージシャン村瀬さん(2012年1月13日)
日本経営道協会の村瀬さんから会いたいという電話がありましたので、急いで湯島に戻りました。
皮肉なもので、メールで城西大学の井上さんからも会いたいというメールが来ていたようです。
出かけていたので気づかなかったため重なってしまいました。
まずは村瀬さんを優先させてもらいました。
ところが話がやけに弾んでしまいました。
村瀬さんは、日本経営道協会のスタッフですが、本業はシュールなミュージシャンなのです。
私の場合、ほとんどつねに世間的常識とは反対に本業と趣味を位置づける傾向があるため、村瀬さんは私のなかではミュージシャンなのです。

最後に村瀬さんがあるユーチューブの話をしてくれました。
もしお時間があれば見てください。
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51951588.html

■LLP設立準備会(2012年1月13日)
12月に認知症予防ゲームのフォーラムを主催したメンバーを中心にして、LLP(有限責任事業組合)を立ち上げることになりました。
その最終準備検討会です。
それにしても今回のメンバーは実に個性的です。
しかも一人しっかりしたオルガナイザーもいるのです。
まあいささか不思議な人でもあるのですが。
聴いていて見事です。
私の出る幕はないのですが、その議論がまた実に奇妙なメンバーもいるのです。
私が「奇妙」と思うほどですから、かなり奇妙です。
かなり多様なメンバーです。
その上、組織との距離感もそれぞれ違うのです。
きっと面白い展開になるでしょう。
名前はLLPリゾーミックになりました。
このホームページが目指していたものと同じような本質を持った組織です。
事務局長が、この組織の実質的な中心者ですが、吉本さんが事務局長を引き受けてくれました。
この吉本さんが実にまた不思議な人なのです。
どう不思議かといえば、それは少し付き合えば、よくわかります。

というわけで、不思議集団LLPリゾーミックが間もなく正式発足です。
最初はやむを得ず最年長の私が代表だそうです。
困ったものです。

■エジプトの中野さん(2012年1月13日)
エジプトの中野ご夫妻から年賀状が届きました。

一国の歴史的転回点に居合わせられる幸運に夫婦で時々喜びも感じております、と中野さんは書いています。
中野さんたちらしい表現です。
奥さんによれば、今年、東京と大阪でツタンカーメン展が開催されるそうです。
知りませんでした。
ちなみの奥さんは毎月NHKのラジオでエジプト現地からのレポートをされています。

■新年会サロンの不安(2012年1月14日)
15日に開催する新年会サロンはどうなるかいささか心配になってきました。
今現在で20人を超す方から参加するという連絡がありました。
湯島の狭いオフィスはどうなるでしょうか。
まあどうにかなるでしょう。
あまりきちんと考えないで、思いつきで動いていると時に苦労が生まれるものです。
困ったものです。

(2012年1月第1週)
1週間があっという間に過ぎました。
■年のはじまり(2012年1月1日)
■無為な3日間(2012年1月3日)
■最初の湯島と本郷(2012年1月5日)
■NHKの中川さん(2012年1月5日)
■富士通の土肥さん(2012年1月5日)
■年賀状と年賀メールの返事を出しました(2012年1月6日)

■年のはじまり(2012年1月1日)
残念ながら初日の出を見ることができませんでした。
寒いお正月でした。
例年のように、「新しい年のはじまりに」を書きましたが、あんまり元気の出ないスタートになりました。
いつものように、近くの子の神様に初詣し、午後はお墓参りをすませてから、両親の仏壇にお参りしようと兄の家に寄りしました。
今年はどんな年になるのでしょうか。
昔は、こんな年にしようと決めていましたが、今年は流れに任せたい気分です。

■無為な3日間(2012年1月3日)
考えてみると、今年の3が日は何もしないで過ぎてしまいました。
初詣やお墓参りなどはしましたが、後は箱根駅伝を10時間見ていたくらいでしょうか。
天気が悪かったこともありますが、きわめて怠惰な正月でした。
妻がいた時には、いろんなことをやっていたような気がしますが、この数年の正月は来客も少なく、年賀の挨拶も兄の家に行くくらいで、怠惰に過ごしています。

■最初の湯島と本郷(2012年1月5日)
今年最初の出社です。
湯島では昨年積み残しの掃除をしました。
その後、本郷のインキュベーションハウスに行きました。
昨年末には挨拶にも行けませんでしたので。
幸いに小山石さんと五島さんがいました。
湯島も本郷も、今年はちょっと仕事をしないと維持が難しそうです。

■NHKの中川さん(2012年1月5日)
NHKの中川さんが勤務明けだといって湯島に立ち寄ってくれました。
中川さんは昨年まで福井支局にいたのですが、東尋坊で自殺防止活動に取り組んでいる茂さんを取材していた関係で知り合いました。
これまでの2回のフォーラムも福井から取材に来てくれました。
昨年、転勤で東京に戻ってきました。
久しぶりにいろいろとお話させてもらいました。
今年初めの湯島の来客は中川さんでした。

■富士通の土肥さん(2012年1月5日)
経営道フォーラム28期の土肥さんが湯島に来てくれました。
28期といえば、もう10年前です。
昨年の経営道フォーラム49期の発表会に久しぶりに参加してくれたのですが、
その時に、10年前に学んだことが仕事にとても役立っているとうれしいそうに話してくれたのが印象的でした。
今日は、その報告に来てくれたのです。
土肥さんは、現在は工事ビジネスセンター長ですが、
その職場で取り組んでいる「MICB」というプロジェクトが成果をだしはじめているようです。
勝手に内容を紹介するわけにはいきませんが、とても共感できる取り組みです。
基本は職場の一人ひとりが、主役になって、職場の変革に取り組というプロジェクトです。
スローガンも、「自分たちの事は、自分たちで変える」というのですが、これも活動の中から自然と出てきたのだそうです。
その出発点は、土肥さんがみんなの声に耳を傾けることから始まったといいます。
これが10年前の経営道フォーラムでの実践だったのです。
当時のことは、以前どこかに書きましたが、そこで土肥さんのことも書いたのではっきりと記憶に残っています。
このプロジェクトは多くの人に知ってもらいたいと思いますので、どこかに発表して欲しいと頼みました。
しかしとてもうれしいお話でした。

■年賀状と年賀メールの返事を出しました(2012年1月6日)
年賀状を年明けに書くようになってからもうかなりたちます。
それもメールをされている方には、メールで返信しています。
ですから年賀状も年々少なくなってきています。
100通をきりました。
今年はフェイスブックを活用した人も何人かいましたが、私もまもなくフェイスブック中心になっていくような気がします。
フェイスブックをはじめてからメールが少し煩わしく感ずるようになって来ました。
それにフェイスブックは、いわゆる small talk のやりとりがしやすく、人間性を加味できる要素があるので、メールとはかなり違います。

メールで返信するとすぐにまた返信がくることがあります。
このライブさは一度体験するとなかなかやめられません。