活動記録2018
活動記録インデックス
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014  2015 2016 2017 2018

活動記録本文
2002
 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013  2014 2015 2016 2017
トップ

(2018年5月第3週)
■「先史学者プラトン」(2018年5月14日)
■畑で卵を見つけました(2018年5月14日)
■「言葉と物」(2018年5月14日)
■第3回「生きる意味」サロン(2018年5月15日)
■久しぶりの歯医者さん(2018年5月16日)
■ドクダミの効用(2018年5月17日)
■畑の開墾作業が終わりました(2018年5月17日)
■九条俳句訴訟高裁判決(2018年5月18日)

■「先史学者プラトン」(2018年5月14日)
先日の朝日新聞1面下の書籍広告欄で、國分功一郎さんが、「大胆な議論をぜひ楽しんでもらいたい」と、「先史学者プラトン」を推薦していました。
それで読んでしまいました。
30年ほど前の著作ですが、日本では今年になって翻訳出版されました。

プラトンと先史時代といえば、アトランティス大陸を思い出しますが、本書の著者はアトランティス大陸ではなく、大異変後の大きな戦争の痕跡に焦点を当て、人類の定住や文化の原型に関して、考古学と神話をつなげながら語ってくれます。
いささか複雑で全体像がすっきりしないのですが、これまでの常識とは大きく違った全体像がおぼろに見える気がします。
古代アナトリアのチャタル・ヒュユク遺跡の話がとてもていねいに書かれていますが、今から7500年ほど前にこんな建物と生活があったのかと驚きました。
エジプトやシュメールの文明はどこから来たのか、今も明確ではありませんが、その謎解きの一つの材料が、そこにありそうです。
1万年ほど前に、先史文明があったという議論はいろいろとありますが、そうしたものが消えてしまったのは海岸線の上昇のためとも書かれています。
当時の文明は消滅し、辺鄙な山奥の文明が辛うじて残り、それが復活したのが、古代文明というわけです。

もうひとつ興味深かったのは、ゾロアスターの役割です。
現代のいわゆる三大宗教のすべてに関わっていることが示唆されています。
いやそこから「宗教」とは何かという問いさえ感じられます。

イラストも豊富で(ほんとかなという疑問を時々感じながら見ましたが)、論理を超えて強烈な印象を受けました。
そのおかげで、日本の市松模様もアナトリア発だったのだと、洗脳されてしまいました。

おまけとして、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』の関連個所抜粋がついていますので、私も初めて読みました。
これが実に面白いです。
國分さんがいうように、大胆な議論を3日間、楽しませてもらいました。

■畑で卵を見つけました(2018年5月14日)
農作業は殺生業ですが、今日はさらに罪悪を重ねてしまいました。
夕方から畑に行き、開墾作業の続きをしました。
笹竹のやぶを刈り取る作業です。
これが意外と大変なのです。
小一時間の作業の最後に、藪の中に卵を見つけました。
鶏の卵と同じ大きさで、泥で汚れていましたが、かなり固い感じでした。
それで、誰かが投げ込んだおもちゃかと思っていましたが、汚れていたので水をかけて洗おうとしたら、ピシッと音がしてひびが入りました。
生きた卵でした。

笹薮の奥の方なので、鳥はあまり入れないはずです。
それでヘビの卵かと思いましたが、それにしては大きいのです。
鳩でしょうか。
昨年、わが家の庭木に卵を産んだキジバトの卵と同じ大きさです。
さてどうするか。
ひびが入ったので、もう孵化はしないでしょうか。
選択肢は5つ。
このまま放置するか、なんとか孵化の努力をするか、卵焼きにして食べてしまうか、カラスの餌にするか、埋葬するか。
みなさんならどうするでしょうか。

優柔不断な私としては、一晩考えて、明日決断します。
しかし、第6の方法として、わが家の庭に持ってきて、あんまり目立たないところに、明日の朝まで置いておくことにします。
夜中に、タヌキかネズミか猫か、あるいはカラスが来て、なかったことにしてくれるかもしれません。

今日は夢見が悪いかもしれません。
人生は試練が多いです。

■「言葉と物」(2018年5月15日)
ミシェル・フーコーの若い時の著作に「言葉と物」というのがあります。
友人が、これこそフーコーの重要な著作だと言って、毎日、それを読んで短いメッセージを送ってきてくれます。
彼は私と違って、今日は5頁読めた、今日は1頁だけだったというような、熟読家です。
1日、50〜500頁読んでしまうような粗読家とは違います。
それに、彼はこの「言葉と物」を読むのも、たぶん何回かのはずです。

彼からのメッセージは、読んでも難解で私には理解不能のことも多いのですが、迷惑だろうが、自分の頭を整理するためと言って送ってくるのです。
あんまり消化できていませんが、時折、心に響くこともあります。
それで、私もやはり「言葉と物」を読んでおこうと思いましたが、あいにく手元にありません。
図書館から借りてきましたが、これがまた難物で、最初の20ページでダウンしてしまいました。

彼は今、その第7章を読んでいるようなので、私もそこをじっくりと読み込んでみようかと思います。
久し振りのフーコーです。

■第3回「生きる意味」サロン(2018年5月15日)
「なぜ生きるのか」をテーマにした3回目のサロンを開催しました。
初参加の方も含めて、13人が集まりました。
このサロンは、これまで、それぞれの問題を解放し、どうしたらいいかなどを話し合うのが基本だったのですが、今回は、主客を逆転させて、誰かに助けを求めるのではなく、それぞれの人が、自分でできることを語りあおうという呼びかけをしました。
それは同時に、自らへの肯定感を強め、自らを認めることにつながると考えたからです。

最初は少しそういう方向に動きましたが、結局、いつものように、自らの問題を解放しながら、その問題をどうしたら乗り越えられるかというような話になっていきました。
私としては、毎回、同じ話を聞くわけですが、同じ話ばかりして、ここは慰め合うだけの場ではないと、意地の悪い発言をしたくなってしまいます。
それを言ったらおしまいなのですが、今回はそれを言ってしまいました。
感情に負けてしまいました。
案の定、参加者からは、きびしい抗議を受けました。

疲労感と挫折感が大きくて、報告を書けずにいました。
できたらどなたか、私をこき下ろす内容でもいいので、報告してもらえればうれしいです。

念のために言えば、参加者による、前向きの話もいくつかありました。
元気づける話もありました。
翌日、また続きをやりたいというメールももらいました。
懲りずに4回目をやろうかどうか、迷います。
サロンは、それなりに疲れます。

■久しぶりの歯医者さん(2018年5月16日)
久し振りの視界の定期検診です。
実は予定では4月中に行く予定でしたが、降圧剤を飲んだら歯茎に炎症が起きてしまい、それが収まるまで延ばしていたのです。
もうよくなっていましたが、降圧剤の副作用の原因はまだあまり解明されていないのだそうです。
今日は、歯磨き状況と歯茎の検査でした。
結果は次回です。

■ドクダミの効用(2018年5月17日)
先日来の畑作業(というよりも笹薮の開墾作業)のために、手足が傷だらけになったのですが、さらに身体中がかゆくなってきました。
そして一昨日あたりから手足や首筋などに湿疹が出て、昨夜は眠れないほどでした。
娘から皮膚科に行くように言われたのですが、霜里農場の金子さんの言葉を思い出しました。
そういう時には、3種類の野草をすりつぶして皮膚にぬると言い。
ドクダミや朝顔なら、それだけでもいい。

それで庭に生えていたドクダミの葉を患部にすりこんでみました。
かゆみが止まりました。
一部はかなりひどい状況になっているので、気は許せませんが、その効用に改めて感心しています。
今日は眠れそうです。

■畑の開墾作業が終わりました(2018年5月17日)
多大な犠牲を伴った家庭菜園予定地の笹薮刈りがほぼ完了しました。
上からみた今日の夕方の状況です。
上側が道に面した斜面の「花壇予定地」です。
ここはまだ完成していませんが、先日一部に蒔いた花の種の芽が出始めました。
しかし同時に、それ以上の成長速度で、以前そこを支配していた篠笹や野草が成長しています。

畑予定地は、一応、全面制覇しましたが、数日放置していくと元の木阿弥になりかねません。
笹のタケノコがいたるところに生えだして、集めたら食べられるのではないかと思うほどです。
1日に5センチくらい成長します。
藪の中に放置されていた鍬やシャベルも出てきました。
もちろんもう使用できないほど壊れていますが、昔を思い出します。
ここは、実は妻がやっていたのです。

いよいよ本格的な畑作りに入りますが、鍬で耕す作業は一番きついのです。
なかなかやる気が出てきません。
とりあえず仮植えしておいた野菜は、あまり元気がありません。
まわりは一応耕したのですが、うねをつくらなかったので排水が悪く、几帳面に水をやったのが逆に禍になったのかもしれません。
風がともかく強いところなので風に負けてしまったのかもしれません。
特に、カボチャは、なぜか虫に葉っぱが食べられて全滅に近くなってしまいました。
永作さん すみません。

今日からきちんとした長袖とゴム手袋を着用するようにしたので、皮膚への被害はなかったようです。
今日もたくさんの虫に出合いました。
大きな毛虫がとてもたくさんいました。
アゲハではなく、蛾かもしれません。
5センチほどの黄色い毛虫に10匹以上会いました。

明日からいよいよ耕し出します。
花壇には芝桜やマツバギクを植えようと思っています。

■九条俳句訴訟高裁判決(2018年5月18日)
4年前に、さいたま市で起こった「九条俳句訴訟」の高裁判決が出ました。
さいたま市のある公民館の俳句サークルで選ばれた秀句が、いつもなら掲載されるはずの「公民館だより」への掲載を拒否されるという事件(2014年6月)は、覚えている方も多いでしょう。
その対象になった俳句は、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」。
その句が、「社会教育の政治的中立性」という理由で、行政から掲載拒否されたのです。
俳句の作者と仲間たちは行政に異議申し立てし、その支援者も広がりだしました。
しかし、市民と行政との話し合いは、うまくいかずに、訴訟にまで発展してしまいました。
昨年の一審では、住民たちが勝訴しましたが、行政は控訴、そして今日、高裁判決が出ました。
住民側の勝訴でした。

この裁判は、これからの私たちの社会を方向づける重要な裁判だと思います。
市民活動に関しても、さまざまなことを気づかせてくれます。
高裁判決に合わせて、本日、「九条俳句訴訟」事件のドキュメタリーが出版されました。
それをベースに、6月27日の夜、湯島でサロンを開催します。

ブックのコーナーに書籍の紹介をしました。

(2018年5月第2週)
■畑作業のお休み(2018年5月6日)
■縁カフェ(2018年5月7日)
■孫の誕生会(2018年5月8日)
■寄居寄のエルモットの内藤さん(2018年5月9日)
■リンカーンクラブはしばらく活動をゆるやかにします(2018年5月9日)
■霜里農場と大泉農園(2018年5月11日)
■畑への野菜の苗の仮植え(2018年5月12日)

■我孫子まちづくり編集会議ミーティング(2018年5月12日)

■畑作業のお休み(2018年5月6日)
雨のため、2日間、畑作業は休みました。
何となく形が見えてきましたが、気を許すと元の木阿弥です。
明日からもしばらく行けないので、いささか心配です。

■縁カフェ(2018年5月7日)
4回目の縁カフェは、常連メンバーになってしまいました。
しかも長居のお客様が多いのです。
今回も売り上げは2000円。
縁カフェ基金は6000円になりましたが、前途多難です。
誰か巨額な寄付をしてくれないでしょうか。

■孫の誕生会(2018年5月8日)
孫の“にこ”の2歳の誕生会に招待されました。
孫もだいぶ会話ができるようになり、順調に育っています。
今日は、ケーキのろうそくの火を消すのが気に入って、何回もやっていました。
娘の連れ合いのご両親も、お元気そうでした。

■寄居のエルモットの内藤さん(2018年5月9日)
寄居を拠点に、エルモット活動に取り組んでいる内藤さんが相談に来ました。
先が見えてきたようですが、そうなると新たな問題が浮上します。
エルモットファンもだいぶ増えてきたようですが、経済的には相変わらず厳しいようです。

寄居はいいところですので、なんとか彼女のエルモットがうまくいくといいなと思っていますが、なかなか役に立てずにいます。

■リンカーンクラブはしばらく活動をゆるやかにします(2018年5月9日)
リンカーンクラブ代表の武田さんと湯島でミーティングを持ちました。
リンカーンクラブでいろんな研究会をやったり、出版事業を考えたりという方向で進めてきましたが、武田さんがまた国家像に関する著作をまとめたいと思い出し、その執筆活動に専念したいので、しばらく積極的な活動を休止したいと言ってきました。
リンカーンクラブは、武田さんあってのものですから、同意することにしました。
そんなわけで、リンカーンクラブサロンや研究会はしばらくお休みします。

■霜里農場と大泉農園(2018年5月11日)
小学校時代の友人が2人、湯島に来ました。
霜里農場の金子さんと大泉で家庭菜園をやっている永作さんです。
その2人が、なんと大荷物を持って、湯島に集合。
永作さんは、信じられないほどたくさんの野菜に苗などを持ってきました。
金子さんは、連れ合いの金子美登さんが出版した「野菜づくり大事典」を持ってきました。
私が最近始めた畑の応援です。
これで逃げるに逃げられなくなってしまいました。

金子さんは湯島に来るときに、いつもおにぎりを持ってきます。
これが実に美味しいのです。
2人とも、もしかしたら私がきちんと食事をしていないのではないかと思っているのかもしれません。
なにしろおかずも水も牛乳も、いろんなものを持ってくるのです。

今回はなぜかバナナまでもってきました。
バナナは有機でしょうか。
金子さんは、バナナの皮は肥料になるからと言って、持って帰りました。
いやこの2人は、不思議な存在です。
今日は韓流ドラマの話をしていましたが、これには私はついていけませんでした。

■畑への野菜の苗の仮植え(2018年5月12日)
昨日もらった野菜の苗を畑に植えに行きました。
まだきちんと耕していないので仮植えですが。
少しずつ畑っぽくなってきました。

写真を撮りました。
なんだかよくわからないでしょうが、この一角が「畑らしく」なった部分です。
刈り取った笹を廃棄せずに野菜のまわりを覆うといいと昨日専門家の金子さんに言われたので、そうしたため、すっきりした畑には見えませんが、まあこれがまもなく、きっと、いやたぶん、あるいはもしかしたら、見事な野菜畑になるでしょう。

道沿いの斜面は、これもなんとか花壇の土台ができました。
半分にはすでにひまわりと百日草を蒔きましたが、芽が出てきています。
この斜面の前の状況を知っている人は褒めてくれるでしょう。
何しろ篠笹のやぶだったのですから。
今日も、篠笹の根っこを少しずつ切っていたら、通りかかった高齢の女性が、精が出ますね、となつかしい言葉をかけてくれました。
その道を毎日散歩しているそうです。
以前はきれいな花壇でしたので、楽しみにしていますと言われてしまいました。
うれしいことですが、大変なことになったとも言えます。
毎日、水やりに来なければいけなくなってしまいました。

というわけで、今朝は朝から汗をかきました。
帰宅して血圧を測ったら、なんと136/79です。
昨日は、196/105でした。
昨日も金子さんが「酢たまねぎ」を持ってきてくれましたが、最近は毎日食べています。
呼吸法も脚の運動もしています。
しかし一番効果的なのは、どうも野草や土とのコミュニケーションのようです。

■我孫子まちづくり編集会議ミーティング(2018年5月12日)
我孫子まちづくり編集会議の定期ミーティングでした。
組織のスキームを改めて放させてもらいましたが、大枠賛成してくれました。

その後、我孫子の昔話のプロジェクトに関して、実演も含めて、進め方などを話しました。
いよいよ第1号のプロジェクトが動き出しかもしれません。
本当は、市民みんなに呼びかけていきたかったのですが、具体的な活動から入ったほうがよさそうなので、割り切ることにしました。

組織化はもう少し熟させた方がよさそうです。

(2018年5月第1週)
今週は大型連休にほぼ重なっていました。
世間の動きとは無縁に、私はかつてやっていた空き宅地を利用した家庭農場づくりに取り組んでいました。
要するに「開墾作業」です。
数年放置していたため、笹竹で覆われていました。
かなり酷な作業で、身体中が痛いうえに、かぶれかダニで、身体中がかゆくて夜も目が覚めます。
途中、強風と雨で、せっかく植えたカボチャは半分がダメになりました。
それでも何となく畑らしさと花壇らしさが感じられる程度にはなりました。
毎日の水やりも含めて、当分はつづけて、収穫を目指す予定です。

ただ1日だけ都心に出かけました。
5月2日です。
湯島にも花に水やりに行かねばいけなかったものですから。
自然と付き合うのは大変です。

(2018年4月第4週)
■柳兼子と海津さん(2018年4月24日)
■ぽんゆうサロン(2018年4月25日)
■敦賀の筍(2018年4月26日)
■今年初めての畑(2018年4月27日)
■兄との会食(2018年4月27日)
■金正恩と文在寅(2018年4月27日)
■2日連続の畑作業(2018年4月28日)

■柳兼子と海津さん(2018年4月24日)
海津さんが、湯島で柳兼子をテーマにしたサロンをやりたいと言ってきました。
彼女が一番メッセージしたいことも含めて、その目的をしっかりと確認しておきたいと思い、会うことにしました。
これまでも何回か話を聞いていますが、どうも広がりすぎて、心配だからです。
相変わらず最初は話がいろいろと跳びましたが、話しているうちに、いまの社会状況の中で、兼子の生き方から学ぶことがあるのではないかという、海津さんの思いがようやく伝わりました。
6月にサロンをやるとともに、柳兼子研究会を立ち上げることを勧めました。
私も参加してもいいと思い出しました。

■ぽんゆうサロン(2018年4月25日)
定例化したぽんゆうサロンの第1回目です。
ぽんゆうというのは「朋友」のことで、小学校の同窓会の名前です。
以前は機関誌まで出していました。

今回は、男女それぞれ3人ずつ集まりました。
金子さんがスペインに行っていたのでそのお土産話のはずが、それ以外の話で盛り上がり、正午に始めたのに、結局、終わったのは6時半です。
昼食は有機農業のメッカ、霜里農園の手づくりおにぎりと野菜やいろんなものです。

それに加えて、私あてに高血圧対策の「酢タマネギ」など、いろんな健康食材を持ってきてくれました。
また永作さんは、家庭菜園用にと、セロリやカボチャやニラやゴーヤなど、たくさんの苗を持ってきてくれました。

しかもしかも、湯島の場所代までみんな置いていきました。
持つべきものは幼なじみです。

■敦賀の筍(2018年4月26日)
敦賀の義姉が、恒例のタケノコを送ってきてくれました。
今年のタケノコはとても柔らかでした。
娘から、義姉夫婦ももう高齢なので、筍掘りなどさせたらだめだと言われましたが、筍好きの私としては、素直の感謝してもらっていることにしました。

■今年初めての畑(2018年4月27日)
野菜の苗をもらったので、畑をやらねばいけません。
それがいい踏ん切りになって、畑に行きました。
今年初めて、というよりも、1年ぶりです。
篠笹が全面を覆ってしまっていました。

■兄との会食(2018年4月27日)
私の兄は84歳です。
教師ではないのですが、定年退職後、学校で理科の授業の手伝いをしはじめ、それが好評で、今なお学校から頼まれて週に何回か通っているそうです。
地元では、他にも囲碁好きに仲間たちと活動しているようです。
私よりは数段忙しそうですので、近くに住んでいますが、なかなか会う機会はありません。
といっても月に1回くらいはあっていますが。

時々は会食をしますが、その場合は、いつも私はご馳走になります。
しかもいつも一度は口論になってしまいます。
困ったものですが、生き方が兄とはかなり違いますので、仕方がありません。

しかし、お互いに、何が起こってもおかしくない年齢ですので、いつも悔いのない別れ方をすることだけにはお互い心がけています。

私は性格があまり良くないので。相手を傷つける発言をよくします。
ですから、わかれた後、反省することがあるのですが、気をつけなければいけません。
今回もまた、言わずもがなの発言をしてしまいました。
困ったものです。

■金正恩と文在寅(2018年4月27日)
北朝鮮の金正恩さんと韓国の文在寅さんとの歴史的な会合が実現しました。
テレビでは、ふたりだけが散歩し、誰も寄せ付けない外のテーブルで、遠方からのテレビ撮影を享けながら、なにやら話し合いをしている風景を40分ほど流していました。
私はその間、ずっとテレビを見ていました。
感動的な映像でした。

■2日連続の畑作業(2018年4月28日)
強も畑に行きました。
しかしまだ土肌が見えません。
前途多難です。

(2018年4月第3週)
■個人と組織の関係を考える研究会シーズン1終了(2018年4月15日)
■「河合栄治郎」を読みました(2018年4月17日)
■コミー訪問(2018年4月20日)
■エルモットの内藤さんと会いました(2018年4月20日)
■第1回CWS投げ銭サロン「〈健康で長生き〉したいですか?」(2018年4月21日)
■ライフプランニング・リレーションズの阿部さん(2018年4月21日)

■個人と組織の関係を考える研究会シーズン1終了(2018年4月15日)
杉本さんが発案した「個人と組織の関係を考える研究会」は、杉本さんを中心にした法的側面からの議論を5回にわたり行いましたが、所期の目的を達成し、シーズン1として節目をつけることにしました。
しかし、これで終わりにするのではなく、切り口やスタイルを変えて継続することにしました。
シーズン2は、企業経営という視点から、個人と組織との関係を考えることになりそうです。

個人と組織の関係は、近代を考える上でもとても面白い切り口ですが、そういう大きな問題も含めて、継続していければと思います。

■「河合栄治郎」を読みました(2018年4月17日)
河合栄治郎に関して、これまで私はほとんど知りませんでした。
最近読んだ本で、河合栄治郎のことを知り、基本的な知識さえないことを反省し、まずは中公新書の「河合栄治郎」を読みました。
いささか遅きに失しました。
最近、自分がいかに知識が狭いかを思い知らされることが多いです。
この本を読んで、改めて大学時代のことを思い出しました。
私が大学に通っていた時の総長は大河内一男さんでしたが、なぜ大河内さんが好きになれなかったのかがわかったような気がします。
田中耕一郎さんがどんな人かもようやくわかりました。
まあそんな些末な話も含めて、面白かったです。

■コミー訪問(2018年4月20日)
久し振りにコミーに行きました。
小宮山さんと広報グループのメンバーと話し合いを持ちました。
経営者の大変さを痛感します。
私自身は、この会社とどうかかわっていくか、まだ決めかねています。
いろんな意味で、魅力的な会社なのですが。

■エルモットの内藤さんと会いました(2018年4月20日)
エルモットの内藤さんが相談があるというので、会いました。
今回はちょっといい兆しを感じさせる話でした。
しかし女性はタフです。
私にできることがなかなか見つからずに、申し訳ないのですが、まあ一緒にコーヒーを飲むだけでももしかしたら役になっているかもしれません。
でも次回はもう一歩先に進んでいるといいのですが。

■第1回CWS投げ銭サロン「〈健康で長生き〉したいですか?」(2018年4月21日)
湯島のサロンに、新しいメニューが加わりました。
話を聞いた後、共感した度合いに応じて、話し手に「投げ銭」をするという、「投げ銭サロン」です。
テーマは、「健康で長生きしたいですか?」
副題は「脱・生欲のススメ」です。
参加されたのは11人でした。
新しい企画の上に、タイトルがかなり挑発的なので、もっとたくさんの方が来るかと思っていましたが、意外と反応がよわく、ちょっと脱力しましたが、川島さんのお話はとても面白かったです。

話は、最近話題になった、西部邁さんの入水自殺ほう助への川島さんの感想から始まりました。
つづいて、日本では自宅のお風呂で溺死する人の数は交通事故での死亡者よりも多いという話になり、そこからだんだん本論に入っていきました。
長生きの問題を考える場合、平均寿命と健康寿命を考える必要があると、川島さんは言います。
その差を「不健康期間」とすると、国内的にも世界的に見てもそれは7〜10年だそうです。
ちなみに、日本の都道府県で見ると、平均寿命の一番短いのは青森県で77歳(2010年)、不健康期間の一番短いのも青森県で6.99年(2013年)。
逆に平均寿命が一番長いのは長野県(80.88年)。
不健康期間が一番長いのは京都府(10年)だそうです。
さて、あなたはどちらがいいでしょうか。

川島さんは、「健康で長生きできるようにするための3つの施策」を整理し、そこから、そうしたことへの「大いなる疑問」を表明されました。
「3つの施策」とは、「老人の介護を手厚くする」「医療を充実させる」「住環境の質を向上させる」ですが、それぞれに関連して、生きるということを考えさせてくれるような、さまざまな刺激と示唆を与えてくれました。
なかには、「常識人」であれば、ちょっと眉をひそめかねない話もありました。
しかし、よく考えてみると納得できると思います。
私自身は、そのあたりが一番面白く共感しましたが。

2045年にはAI(人工知能)が人間を超えだすといわれるシンギュラリティ予測がありますが、そうなった時に、はたして人間の生きる意味とは何だろうという問いかけもありました。
これも実に示唆に富む問いかけです。
そして、最後には幸せの話も出てきました。

話の流れだけを紹介しましたが、そのところどころで、ついつい「投げ銭」したくなる話や問いかけもありました。
いろんな話題が次々出てきて、予定時間が1時間以上伸びましたが、まだまだ話はつづきそうでした。
川島さんと参加者のみなさんのおかげで、投げ銭サロンは順調にスタートです。
どなたかよかったら第2回目に挑戦してください。

ちなみに、話が終わった後、どのくらいの投げ銭があったかですが、それは私も知りません。



■ライフプランニング・リレーションズの阿部さん(2018年4月21日)
ライフプランニング・リレーションズの阿部さんから相談があるというので会いました。
しばらく連絡がなかったので、落ち着いたかと思っていましたが、忙しかっただけのようです。
いろいろと話しましたが、毎回同じ話で披露します。
どうしてみんな飛べないのでしょうか。
落ちてもいいから、人は飛ぶ時には飛ばないといけません。

(2018年4月第2週)
■酢タマネギづくり(2018年4月8日)
■発明デザイナーの今井さん(2018年4月9日)
■コミーの小宮山さん(2018年4月9日)
■茨城産のたけのこ(2018年4月11日)
■呼吸法で血圧が下がる(2018年4月12日)
■体調がおかしい(2018年4月12日)
■カフェサロン「社会インフラとしてのお金と仮想通貨を考える」(2018年4月12日)
■カフェサロン「日本の神道文化にまなぶ“神さまのいる暮らし”」(2018年4月14日)
■NPO法人認知症予防ネット理事長の高林さんを囲む茶話会(2018年4月14日)

■酢タマネギづくり(2018年4月8日)
私の血圧が高いことを知って、友人たちから「酢タマネギ」を勧められました。
小畑さんが送ってきてくれた本に作り方が書いてあったので、作ってみました。
タマネギ2個とオスと蜂蜜と塩が材料です。
これが当面の血圧対策です。

■発明デザイナーの今井さん(2018年4月9日)
小宮山さんの紹介で、発明デザイナーの今井さんが湯島に来ました。
着脱容易なボタンを開発したので、その市場開発の相談です。
ユニバーサルファッション協会を立ち上げた鈴木さんと東レの友人を紹介することにしました。

それはそれとして、今井さんは小学校6年の時に、発明家になると決めたのだそうです。
そして着実にその道を進んでいます。
しかも夢があります。
発明を楽しむような人たちが学べる学校を創りたいのだそうです。
そのためには資金がいる。
その準備も着実に進めているようです。

すでに実用化されたものもありますが、大きな発明を実現しないと学校は建ちません。
私も応援したいと思いました。
それにしても小学生からの夢を進めている若者に会えて、感動しました。

■コミーの小宮山さん(2018年4月9日)
小宮山さんと湯島でミーティングです。
小宮山さんの元気はまだ止まりません。
小宮山さんが私の期待していることを果たせずにいますが、どうも何をやればいいかがわからない。
いやわかってはいるのですが、どう進めたらいいかがわからない。
対象がビジネスなので、やはりここはビジネススタイルでやらないといけないのかもしれませんが、なかなかそれに踏み切れません。
しかし、そろそろ決断しないといけないかもしれません。

■茨城産のたけのこ(2018年4月11日)
娘から電話があり、茨城産のタケノコが安く売っているが買っていこうかと連絡がありました。
3・11の福島原発事故以来、我孫子のタケノコは出荷停止になっていました。
それで昨年までは千葉や茨城のタケノコは食べていないのです。
タケノコが大好きな私としては、いささか残念なことですが、今年から茨城産であろうと何処産であろうと食べることにしました。
娘が料理してくれました。
大満足です。

■呼吸法で血圧が下がる(2018年4月12日)
テレビの「合点」で、呼吸をゆっくりすることで血圧が下がると言っていました。
影響を受けやすいので、早速、実施することにしました。
血圧の薬をまた止めたので、調子がよくありません。
歯茎はだいぶ良くなったので、また飲み始めようかと思いますが、呼吸法も採用です。
でもまあいろんな方法があるものです。
酢タマネギも食べ続けています。

■体調がおかしい(2018年4月12日)
どうも最近体調がいま一つなのですが、今日は湯島に来る電車の中でおかしくなってしまいました。
本を読んでいたのですが、何やら奇妙な違和感と視野がおかしくなってきました。
幸いに座っていたので、読書を止めて目をつぶって様子を見ました。
しかし回復しません。
貧血なような気もしますし、めまいも感じます。
ちょっと危ういなと思いましたが、なんとか湯島までたどり着きました。
ホームで少し休んでいましたが、直りそうもありません。

とりあえずオフィスまで行こうと決心し、いささか危ういう足取りで駅を出ました。
いつもは一気にのぼれる58段の階段も踊り場で休むほどでしたが、何とかオフィスに到着。
お茶を飲んで休みました。
しかし直りません。

1時間ほど、横になっていたのですが、どうもすっきりしない。
視野の異常は回復しましたが、どこかに違和感が残っています。
今日はめずらしく昼食を持参したので、それを食べて、横になっていたら、何とか通常に戻りました。

最近時々こういうことが起きます。
やはり血圧のせいでしょうか。
酢タマネギも呼吸法も、まだ効果を発揮してくれていないようです。
困ったものです。

■カフェサロン「社会インフラとしてのお金と仮想通貨を考える」(2018年4月12日)
仮想通貨という「時の話題」ということもあって、遠方からの参加者も含めて、14人のサロンになりました。
渡辺さんは、まず前半で「社会インフラとしてのお金」がどう変化しつつあるかを、近未来に焦点を合わせて、具体的な事例を紹介しながらていねいに説明してくれました。
そして後半では、いま話題の仮想通貨について、その投機性も含めて、これもまた具体的に説明してくれました。
参加者は、それぞれ関心の置き所が違っていることもあって、話し合いは難しかったように思いますが、新しい知識を含めて、それぞれ世界を広げたことは間違いないと思います。

「社会インフラとしてのお金」の部分では、私は「預金封鎖」という歴史が日本でもあったこと、その目的が財産税につながっていたことを知りました。
改めて「社会インフラとしてのお金」のパワーを知りましたが、同時に、これまでの枠組みから抜けることのむずかしさもわかり、逆説的に言えば、お金はもはや「社会インフラ」ではなく、ますます管理のための仕組みになってしまっているように思いました。
そうであれば、そこに「投機性」が入り込んでくることは避けがたいような気がします。

産業としての金融業の収益の過半が手数料収入になっているということも、改めて教えてもらいました。
これは経済の変質を象徴しています。
手数料も、もちろん「社会価値」を生み出していますが、仮想通貨のメリットの一つは、そうした「手数料」を縮減することだといわれると、なにやら大きな矛盾を感じます。
そのあたりから、仮想通貨の存在意義が、私にはなかなか見えなくなってしまいました。
しかし、海外送金の手数料が高いために社会的な活動に困っていた人からは、その手数料が減少することで、公益的な活動がやりやすくなるという話が出ました。
そういう点ではたしかに、仮想通貨の効用も認めざるを得ません。

渡辺さんも指摘されましたが、そもそも「仮想通貨」という呼び方に、ある胡散臭さがあります。
海外では一般的には「暗号通貨」と呼ばれているそうです。
私は「デジタル通貨」でいいと思っています。
名は体を表すと言いますが、呼称をどうするかは非常に重要で、その実体がどう育っていくかにも大きな影響を与えるはずです。

後半では、これから広がっていくであろう新しい通貨システムの話が出ました。
今回は、その説明会ではなかったので、詳しい話を聞きたい人は、改めて渡辺さんのセミナーなどを受けてもらうことにしました。
ちなみに、渡辺さんも、新しい通貨が投機手段に使われることには否定的ですが、デジタル通貨が安定した通貨システムに育っていくためには、投機的な要素を持つ段階があることは認めています。
そして、いまの紙幣通貨は、早晩、デジタル通貨に代わっていくという見通しの中で、個人としてしっかりと対策を取っていかなくては、その流れからはじき出されて、場合によっては被害をこうむりかねないと考えているようです。
たしかに、通貨システムが大きく変わる状況の中で、損をする人と得をする人が生まれる恐れは否定できません。
そもそも、そんなことが起きないようにするのが、社会インフラとしての通貨システムだろうと私は思いますが、この辺りをどう考えるかが、「仮想通貨」に対する姿勢の違いになるのかもしれません。

あんまり基礎的な知識がないため、渡辺さんのメッセージを正確に報告することはできないのですが、私はやはり「信用システム」の話と「通貨という媒体」の話が混同されているような気がしました。
渡辺さんが言うように、たぶん世界的に見たら、日本の信用システムは遅れていて、それが、経済のグローバル化の中では問題なのかもしれません。
しかし、だからといって、その唯一の解決策が「仮想通貨」というわけでもなく、もっとシンプルでフェアな信用システムは創案できるように思います。
サロンでも、たとえば、「SUICA」の話も出ました。

お金を使う仕組みと同時に、お金を生み出す、つまり社会価値を生み出す経済のあり方を真剣に考えるべきだとも思いました。
今回のサロンでの話の中心は「消費」の局面でしたが、経済の大本の価値を創り出すための「お金」の側面も大切だと思います。
地域活性化の話も少し出ましたが、むしろこの側面は地域通貨などで考えるのがいいように思います。

投機というのは、価値を生み出すのではなく、価値の移転で利益を上げていくということですから、一方ではとんでもない損害を受ける人がいるわけです。
損をするのも避けたいですが、私自身は得をするのも避けたいです。
みなさんはいかがでしょうか。
そこに「生き方」の本質があるように思います。
通貨の機能としては、教科書的には「価値の尺度」「価値 の保存」「交換の手段」の3つが挙げられますが、私はこれに加えて、「価値の創造」と「価値の移転」があると考えています。
これについて詳しく書いた本を私は知りませんが、もしご存知の方がいたら教えてください。
これは、経済システムの本質につながっている問題です。

AI(人工知能)の話に絡んで、人間ってなんだろうか、という問題まで話が進んだところで、時間オーバーになりました。
お金の問題を考えることは、生き方を考えることでもあると、改めて感じたサロンでした。

話題提供してくださった渡辺さんに感謝します。
社会インフラとしてのお金シリーズは、不定期に継続させてもらいます。

■カフェサロン「日本の神道文化にまなぶ“神さまのいる暮らし”」(2018年4月14日)
「神さまのいる暮らし」サロンは、17人という大人数のサロンになりました。

話題提供者の平井さんは、最初に、基礎知識編として、神様の話から始めました。
神道、というよりも、神(儒教からの言葉だそうです)以前の「ヒ・チ・タマ・モノ」といった、やまとことばから捉えるカミの話や、罪穢れや禊祓いなどの「かんながらの道」の話で、すなおに心にはいるお話でした。

つづいて、そうしたことが日常生活のなかにしっかりと組み込まれていて、私たちの日常は、まさに神さまとともにあるのだという話をとても具体的に話してくれました。
たとえばこんなことです。
朝目覚めて、身体を動かすことで、身のうちの魂(たま)が振られて(たまふり)、清浄な状態になる。
つまり、誰もが毎日、魂を清浄にすることから1日をはじめているのです。
そして朝食では、食べ物(給べ物)を賜り、掃除で自らの身と身の回りを祓い清め、働くことや遊ぶことでたまふりを重ね、そして夜には入浴で禊(みそぎ)をする。
私たちの日常は、まさに神様と共にあるわけです。
神様は神社だけにいるわけではないようです。
そう思っただけで、日常生活の捉え方が変わってくる。

起きている時だけではありません。
眠っている間に、魂が身体に留まってばかりいては、停滞による穢れ(気枯れ)が起きかねません。
それで寝ている時に、魂は外在魂に入れ替わってもらって、身体を遊離して、朝には元気になって戻ってくるのだそうです。
神様は年中無休の重労働なのです。

そして、平井さんの師匠で日本の神道文化研究会を主宰されている神道学者の三橋健さんの、「神を畏れて、人を恐れず」の言葉で、話をまとめてくださいました。
「神への畏れ」が、生きる力を与えてくれて、生きやすくなる。

ちなみに、平井さんは、数年前から毎日、神棚に手を合わせているそうですが、そのおかげで、平井さん自身も変わってきたそうです。
神様を信ずると、良いことがあるのです。
年に一回、神社でお願いするよりも、毎日の暮らしの中に神様を意識することのほうがご利益はあるようです。

話し合いでもいろんな話題が出ました。
最初に出たのが、「神教」ではなくどうして「神道(しんとう)」になったのか、という質問でした。
そこから宗教と信仰のような話が出て、一神教と多神教の話になりました。
いわゆる「宗教」と、そもそも呪的信仰から始まった神道とは、本来違うものでしょうが、その素朴な信仰がいまもなお近代生活の中に調和して存在しているのは、とても興味のあることです。
私は、それこそが日本文化の一番の特徴ではないかと思っています。

古事記の話や、天岩戸神話の話、そしてなぜかかぐや姫の話も出ました。
京都からわざわざ参加してくださった「記紀」の研究者だった高林さんは、天岩戸神話でなぜ岩戸が開かれたかの理由を話してくれました。
そこからアートや芸能、音の話も広がりました。
ちなみに平井さんの研究テーマは、「音」だそうですが、地鎮祭などで発せられる警蹕(けいひつ)の話も出ました。

神社などの神域には、そこに行くだけで心身が清められる気がするという話も出ました。
お神札(ふだ)は、まわりの邪気を吸い取る効果があるそうですが、自己浄化することはできないため、1年ごとに神社に戻し、新しいお神札に替えるわけですが、神様をよく知っている人によると働かせすぎだそうです。
1年も祀っていると神札は邪気を吸い込んで、力尽きてしまうので、長くて6か月、できれば3か月で、新しい神札にバトンタッチさせた方がいいそうです。
最近の社会は穢れが進んでいるため、そうなってしまったのでしょう。
私は、この話が一番面白かったです。
神様を働かせすぎては、それこそ罰が当たります。

最後は、「神さまとどう出会うか」という話で盛り上がりました。
生きにくさから抜け出せないという人の切実な質問から始まったのですが、私自身は、神様とは毎日出会っていることに気づくと元気が出るというメッセージを、今回は平井さんからもらった気がします。
ですから、会おうなどとは思わずに、ただただ「祈る」だけでいいのではないか。
邪気に満ちた世界で神様を頼る人が増えてしまうと、神様が過労死しかねません。
宝くじに当たりますようになどといって、神様頼みするのは我慢して、神様が元気でいられますようにと、神様のために自分に何ができるかを考えて、祈るのがいいと思っています。

今回も、実に多彩な方々が参加してくださいましたので、参加者みなさんの発言からも、たくさんの気づきをもらいました。
平井さんはじめ、参加されたみなさんに感謝します。

■NPO法人認知症予防ネット理事長の高林さんを囲む茶話会(2018年4月14日)
認知症予防ゲームを知らなかった人も数名参加してくださいました。
高林さんのこれまでの体験談や私のようにゲーム嫌いの人をゲームに巻き込むためのヒントも話してもらいました。
それにしても高林さんの元気さにはいつも感心します。
間違いなくゲームのおかげでしょう。
ゲームをやっていない私とゲーム指導をされている高林さんの経時変化を比較すると、ゲーム効果のエヴィデンスになるかもしれません。



(2018年4月第1週)
■縁カフェ繁盛(2018年4月2日)
■コムケアサロン「なぜ生きるのか」(2018年4月2日)
■降圧剤その後(2018年4月3日)
■酢たまねぎ療法の勧め(2018年4月7日)
■刑事モースの中途半端な終わり方(2018年4月7日)

■縁カフェ繁盛
(2018年4月2日)
縁カフェは12時の開店早々お客様がありました。
くまさん介護の飯田さんです。
しかもサンドウィッチ持参で、私もお相伴させてもらいました。
それから4人の方が来店。
2500円の売り上げで、縁カフェ基金は4000円になりました。
常設店目指して、着実に基金はたまっていますが、まだだいぶかかりそうで、現世での実現は難しいかもしれません。
お客様は、静かに珈琲を飲んでくれず、話しかけてくるため(私が話しかけたのかもしれませんが)、閉店時間を過ぎても話し続けていて、結局、その後の「生きる意味」サロンにまでつながってしまいました。
しかもテーマまでつながって、生きる意味や臨死体験、前世論などで話が弾み、後半のカフェに移りました。

しかし、縁カフェのお客様は、居場所のない人ではないので、なかなか狙いが実現しません。
私の知らない人で、あまり人付き合いのない人に来てもらうにはどうしたらいいでしょうか。
少し考えなければいけません。
いい知恵があれば、教えてくれませんか。

■コムケアサロン「なぜ生きるのか」(2018年4月2日)
2月に開催した「なぜ生きるのか」をテーマにしたサロンの参加者からの強い要望もあって、もう一度、開催しました。
今回も10人の参加があり、時間も4時間を超えてもまだ終わりそうな気配がないほどでした。
このテーマでの話し合いの場が、求められていることを改めて実感しました。

参加者の方から、思わぬご自身の物語が語りだされるのは、前回と同じでした。
みんなそれぞれに、生きる辛さや戸惑いを感じているのかもしれません。
私は「なぜ生きるのか」ということをあまり考えたこともなく、トラブルや喜怒哀楽すべてを含めて、生きることをそのまま受け入れて、生きています。
ですから、このテーマは個人的には苦手で、どう切り込んだらいいのかわからないのですが、みなさんの話を聞いているうちに、少しずつ問題の所在に近づけているような気がしました。

今回私が感じたのは、問題は「生きる喜びの見つけ方」と「実際の生き方」なのではないかということです。
またそうしたことと関連して、これまでの人生における「間違い」に呪縛されていることからの解放も大きなテーマかもしれません。
今回、みなさんの話を聞いていて、私もまた当事者だとようやくにして気づきました。
この種のサロンを何回も企画しながら、いまさらなんだと叱られそうですが。

今回は、「どうしたら生きる力を高められるか」も話題の中心になりました。
その分野で活動しているおふたりの、実践者の方が参加して下さっていたので、かなり具体的なアドバイスもありました。
おふたりとも、自らの物語を赤裸々に語ってくれたので、その処方箋には説得力がありました。
問題に対処するために、気持ちを整理する思考の枠組みや体験から見出した実践的な「法則」も紹介されました。

このサロンには、頭では理解していても身心がそう動かない「辛い」状況にある人も、私のように、身心での生きづらさを頭で理解できていない「不明な」状況にある人も参加しています。
抜け出そうとしている人もいれば、いま向かっている人もいるかもしれません。
もう60年も「生きる力」と正面から取り組んできている人もいれば、そうしたことを考える必要もない恵まれた状況の中で生きてきて、逆にいまここにきて、生き惑っている人もいる。
4時間も話していると、そういうことがなんとなくシェアされてくるような、そんなサロンだった気がします。
いろんな状況や考え方の人が入り混じっているおかげで、話が固まらずに、広がったり、視点が変わったりするのが、やはりサロンの良さかもしれません。

話の内容の紹介は、基本的にはオフレコですので書けませんが、最後はみんな明るく終われた気がします。
私はかなり疲れたので、しばらくはこの種のサロンは企画できないでしょうが、たぶんまたそう遠くない時に開催しそうな気がします。
切り口を少し変えるかもしれませんが。

生きることは辛い時もありますが、だからこそ生きる意味がある。
それに、辛いことと喜びや楽しさは必ずしも矛盾しません。
次回はそんなところまで話が進めばいいなと思っています。

降圧剤その後(2018年4月3日)
先月、とうとう降圧剤を飲むようにしたのですが、その副作用がやはり出てしまいました。
私の場合、歯茎がやられてしまい、歯が浮いたような気分になってしまうのです。
それで残念ながら服用をやめてしまいました。
代わりに血圧を測定することにしました。
服用をやめた後、3日ほどは血圧も安定していましたが、その後、また上昇しだしました。
しかし歯茎のほうは直らず、クリニックの遠藤医師からは、別の降圧剤ももらっているのですが、もう少し服用はやめようと思います。

ところが、昨日の10時間連続サロンで、終わりごろにいささかの症状を感じました。
倒れそうなというと大げさですか、頭が重くなり、以前のような違和感を持ちました。
早くサロンを終えたかったのですが、話が盛り上がり予定時間を1時間半超えても、まだ終わりそうもないので、ドクターストップならぬ、進行役ストップをかけてしまいました。
話し合いのテーマが重かったこともありますが、ちょっと疲れました。
しかし、サロンを終わって動きだしたら、違和感はなくなりましたが、帰宅した途端にドサッと疲れが出て、そのまま寝てしまいました。
翌朝起きてもどうも脳疲労感が残っていて、何もする気が起きません。
半日過ごしましたが、まだだめ。
午後、孫たちが来ましたが、その頃になって、ようやく少し思考力が戻ってきました。
しかし、昨日のサロンの報告を書こうと思ったのですが、内容が思い出せません。
まだ頭が動いていないのです。

これは血圧のせいというよりも、老化のせいかもしれません。
早く歯茎が治り、新しい降圧剤を飲めるといいのですが。

■酢たまねぎ療法の勧め(2018年4月7日)
フェイスブックに血圧のことを書いたら、またいろいろと連絡があり、横浜の小畑さんからは2冊の本が送られてきました。
脚運動で治すイシハラ式と酢玉ねぎで治す食事療法の本です。
早速、脚の運動は実行。
「酢タマネギ」も挑戦することにしました。

降圧剤は、まだ飲んでいませんが、どうも調子が良くないので、もらっていた薬を飲んでしまいました。
副作用のほうの障害がまだ治っていないため、慎重にしたいのですが、背に腹はかえられません。
体調というのは気になるとどんどん加速されるようです。
頭が重いと本も読む気になりません。

■刑事モースの中途半端な終わり方(2018年4月7日)
イギリスのテレビドラマの「刑事モース」を毎週録画して観ているのですが、今回が最終回でした。
ところが実に納得できない終わり方なのです。
これはないだろうと思って、ネットで調べたら、毎年何若が放映されているようで、続きがあるようです。

イギリスの刑事ものは、第二次世界大戦の影がいつもつきまとっています。
そして登場人物一人ひとりの人生ドラマが絡まりながら描かれています。
「刑事フォイル」もそうでしたが、戦争がいかに人々の心に深い影を落としているかがよくわかります。
それに比べて、日本の刑事ドラマはなんと軽いことか。

イギリスのドラマはいつもくらいですが、どこかに魅かれるところがあります。

(2018年3月第4週)
■我孫子まちづくり編集会議準備委員会(2018年3月25日)
■久しぶりのウトロ(2018年3月26日)
■あけぼの山公園の桜とチューリップ(2018年3月26日)
■人を活かす組織とチョコ案(2018年3月29日)
■カフェサロン「霜里農場の金子友子さんの生き方」(2018年3月31日)

■我孫子まちづくり編集会議準備委員会(2018年3月25日)
我孫子のまちづくり編集会議の準備会も3回目になりました。
今回からはわが家ではなく、市民活動ステーションの会議室に会場を移しました。
新たな参加者もありましたし、松戸在住のまちづくりなどに関わっている影山さんや千葉さんも参加してくれました。
ゆっくりと少しずつ進んでいます。
プロジェクト候補も3つほど出てきました。
ただまだ組織化とか実践活動という点では熟していません。
もう少し時間がかかりそうなので、連休明けにやりたかったわは延期することにしました。



■久しぶりのウトロ(2018年3月26日)
とてもうれしいはがきが届きました。
「焼肉第交流会」の案内です。
といっても、焼肉がうれしいのではありません。
その会を共催するのは、「ウトロを守る会」と「ウトロ町内会」なのです。
案内の書き出しは、「ウトロに公営住宅が建つなんて。」です。

「ウトロ」といってもご存じない方も多いでしょう。
私も、もうすっかり忘れてしまっていました。
私のホームページで調べてみたら、2004年に最初の記事が出てきました。
http://cws.c.ooco.jp/katsudoukiroku3.htm#713

ウトロ地区とは、京都府宇治市にある在日コリアンの街でした。
そこに住んでいた在日コリアンが、開発の流れの中で強制追い立てを迫られて、裁判になっていたのです。
事の顛末は、上記の記事をぜひお読みください。
私は、その動きに義憤を感じ、ささやかな支援活動をしていたのですが、もう10年以上、忘れてしまっていました。
しかしきっと名簿に残っていたのでしょう。
私にまで案内が届きました。

そこに宇治市が市営住宅(伊勢田ウトロ市営住宅)を建てたのです。
今年の1月にすでに40世帯が転居したそうです。
そこで4月22日に、名前も「ウトロ広場」とつけられた場所で、報告会を兼ねた交流会を開催することになったのです。

ウトロの動きはニューズレターなどで教えてもらっていましたが、ウトロ地区には行ったことがないのです。
単なる経済的な支援だけだったにも関わらず、私にまで案内が届いたのです。
こんなうれしいことはありません。
できれば参加したいところですが、たぶん22日は行けないでしょう。
まあ行ったところで、私などの居場所はないでしょう。
きっと素晴らしくも賑やかな集まりになるはずです。

当時はいろんなことに関心を持って、ささやかに応援させてもらっていました。
最近は、応援するどころか、私が応援されてしまうようになってきました。
でも、時々、こういうはがきや手紙が届きます。
過去から元気をもらうのは、とてもうれしいものです。

■あけぼの山公園の桜とチューリップ(2018年3月26日)
思い立って、久しぶりに近くのあけぼの山公園に娘と一緒に桜を見に行きました。
妻がなくなるまでは毎年来ていましたが、妻が亡くなってからは、きちんと来るのは初めてです。
気のせいかもしれませんが、かつての華やかさはなく、桜も置いてきているような感じでした。
山の舌のチューリップ畑も以前よりはパワーを感じませんでした。
私のパワーが落ちているせいかもしれません。

■人を活かす組織とチョコ案(2018年3月29日)
独自の「カイゼン」手法(チョコ案)で全国各地の工場現場を生き生きさせていこうという活動に取り組んでいる柿内さんが湯島に来てくれました。
仕事の話ではなく、いわば人生談義です。
食事もはさみながら、3時間ほど、話しました。
思いがかなり共通していることもわかりましたし、お互いの生き方も少しシェアできたと思います。
柿内さんが願っているのは、現場の人たちが生き生きしてきたら、日本の社会は生き生きしてくるだろうといことです。
私も同感です。
柿内さんの活動も、そろそろフェイズを変えて、社会活動のステップに入っていく時期ではないかと思います。
なにかご一緒にできればいいのですが。

■カフェサロン「霜里農場の金子友子さんの生き方」(2018年3月31日)
有機農業に取り組む霜里農場の金子友子さんの「お金に縛られない生き方」をテーマにしたサロンには、20人を超す人が参加してくれたため、時間を1時間延長したにもかかわらず、発言できない人がいたほどの盛況でした。
最初は申し込みがあまりなかったので、テーマを有機農業にすればよかったなと思ったほどでしたが、やはりお金に呪縛されない生き方への関心は高いようで、サロン企画者としては、それだけでもうれしい結果になりました。
ただしサロンそのものは、人数が多くて、話の交通整理で大変で、疲れました。

金子さんの話は、なぜアナウンサーから農家に嫁いだのか、ということからはじまりました。
金子さんがアナウンサーとして社会で活躍しだしたのは1960年代の半ばです。
私も同年齢ですが、その頃から少しずつ高度経済成長の矛盾の予兆が出始め、1970年代になると、日本の社会は大きく変わりだしました。
有吉佐和子さんが朝日新聞に『複合汚染』を連載しだしたのが1974年。
水俣病などが大きな話題になり、環境問題や食の安全への関心が高まっていた時期です。

アナウンサーとして、時代の先端の情報に触れる中で、彼女の世界も変わりだしていったようです。
いろいろなドラマティックなエピソードもありますが、そこで出会ったのが、埼玉県の小川町で、化学肥料や農薬を使わずに、自然の有機的な循環を活かした農業に取り組んでいた、「変わり者」の霜里農場の金子美登さんだったのです。
そこで結婚。生活は一変しました。
その後、時代の大きな流れの中で、有機農業への関心は高まり、霜里農場もテレビや新聞などでも取り上げられ、全国(海外も含めて)から実習研修生も集まるようになってきました。
「変わり者」は「時代の先駆者」へと変わり、霜里農場は有機農場のメッカになっていったわけです。

しかし、そこからが、やはり「変わり者夫婦」なのでしょう。
時流が変わったからといっても、金子夫妻の生き方は変わることはありませんでした。
2014年には天皇・皇后が霜里農場に行幸され、翌年金子美登さんは黄綬褒章を受けられましたが、2人の生き方は全く変わっていないのだろうと思います。
有機農業ブームのおかげで、経済的にも成功した人も少なくないでしょうが、金子夫妻にはたぶん「縁のない話」で、有機農業ビジネスやアグリビジネスという発想はないのです。
これまで通り、共感してくれている消費者に丹精込めた野菜を直接届けながら、地産地消で自給型地域生活を目指した活動に地に足つけて取り組んでいます。
金子夫妻にとっては、農業と生活はしっかりとつながっているように思います。

いろんなエピソードも紹介されました。
アレルギーで長年薬を飲み続けていた人が、農場に実習に来て薬を飲み忘れているうちに、気がついたらアレルギーが治ってしまった話、火事で自宅が全焼した時には、全国から70〜80人の仲間が来てくれて、2日間で片づけが終わった話、お金を介さない物々交換や事々交換の話など、いろいろとありました。
お金の話も何回か出ましたが、誰かに役立つためのお金の話だったように思います。
老後のためにお金をためていますかと私は不躾な質問をしましたが、どうもその意味さえ伝わらなかったようでした。
たぶん彼女にとっての老後の蓄えは、お金ではないのでしょう。

話し合いの中から出てきた、「お金に縛られないためのヒント」を2つだけ紹介します。
まずは、「人のつながり」の大切さです。
お金を介さずとも、人の支え合いで解決する問題は少なくないばかりでなく、人とのつながりが生活の安心感の拠り所になるということです。
もう一つは、人にあげられるものはあげまくるという、友子流の生き方です。
彼女がつくっているのが野菜だということもありますが、余った野菜はみんなに挙げてしまうのが、彼女のやり方です。
たとえば、道の駅に野菜を売りに出していますが、売れ残ったものは持ち帰らずに、店舗のスタッフの人などに挙げてしまうのが彼女のやり方です。
いや余ったものだけではありません。
彼女が関わっている加工品もあるのですが、それを買いに来た人にまで、たとえば子育て中の若い人だと、どうもあげてしまっているようです。
それがいろんな形でまた返ってくるので物々交換だと彼女は言いますが、私が思うには、彼女にはそもそも「交換」という発想さえないのだろうと思います。
ともかく、あげられるものはあげてしまうわけです。
あげるものがなければ、笑顔だけでもいいわけです。

3時間にわたる長いサロンでしたので、いろんな話が出ましたが、たぶん参加されたみなさんは、彼女のさりげない話や表情から、いろんなことを考える刺激をもらったように思います。
少なくとも私はそうです。
小学校時代の同級生なのですが、これまで気づかなかったこともありました。
金子さんが持参してくれたイチゴやケーキなども美味しかったです。

有機農業に関した話もありましたが、これに関してはまた改めて企画したいと思います。
湯島ではなく、むしろ小川町の霜里農場でサロンをやるのがいいかもしれません。
どなたか実行委員になってくれませんか。

今回は、湯島のサロンが初めての方も数名参加してくれました。
はじめてだったのに、ちょっと窮屈だったうえに、発言の時間があまりなくてすみませんでした。
これに懲りずに、またぜひ遊びに来てください。
頭は疲れましたが、たくさん元気をもらいました。



(2018年3月第3週)

■仮想通貨の話でおふたりが来ました(2018年3月18日)
■第2回リンカーンクラブ学習型サロン(2018年3月18日)
■ちょっと遅れたお墓参り(2018年3月22日)
■東レ時代の友人たち(2018年3月22日)
■みんなが幸せになる楽園構想(2018年3月22日)
■お布施の昼食(2018年3月23日)
■リンカーンクラブ研究会「国家と平和」(2018年3月23日)
■カフェサロン「まわりにちょっと気になることはありませんか」(2018年3月24日)

■仮想通貨の話でおふたりが来ました(2018年3月18日)
友人がぜひ会わせたい人がいるというので、湯島で会いました。
話題は仮想通貨の話でした。
私がそういうものに対して、強い拒否感を持っているのを知っているはずなのですが、なぜか引き合わせたいというのです。
いろいろと話しましたが、結局、その人にサロンをやってもらうことにしました。
話だけでもさせてもらいたいという要望でしたので。

しかしどうして福祉に関わったり、ヒーリングに関わるような人が、こういう話に引き込まれてしまうのか。
たぶん福祉やヒーリングとどこかつながる要素があるのでしょう。
そこに興味を感じます。

「福祉」関係の活動をしている人の人間観に、違和感を持つことも多いのですが、どこかにたぶん大きな問題があるのだろうと思います。
いや、私の福祉観や人間観が間違っているのかもしれません。
どうも昨今の時代風潮にはなじめないものが多いです。

■第2回リンカーンクラブ学習型サロン(2018年3月18日)
今回は、究極的民主主義制度における選挙制度の基本的なスキームについて議論しました。
話し合いの中で、論点が整理できるとともに、新しい課題が見えてきます。
少しずつですが、お互いの認識や問題意識もつながりだしてきているように思います。

しかし、話し合いの途中で、いまはこんな悠長なことをやっている時ではないのではないか、という声も出ました。
先週末の国会議事堂前のデモに、多くの人たちが参加しているように、昨今の日本の政治を真剣に考えたら、行動を起こしたくなる人は少なくないでしょう。
にもかかわらず、主権ってなんだろうかなどと言う青臭い議論は果たして役に立つのか。

でもまあ、こういう話し合いをする場もあっていいでしょう。
あまりにも私たちは、政治に無関心であり過ぎたからです。
政局やその時々の政治課題に振り回されるのではなく、しっかりした政治観や基本的な社会的な知の学びはしておかなければいけません。
デモでシュプレヒコールを叫ぶだけでは、新しい価値は生まれません。
もちろんそれも大切ではありますが。

先日、広瀬隆さんの「カストロとゲバラ」を読みました。
カストロ兄弟やゲバラの政治への取り組みの誠実さに改めて感動しました。
キューバはサロンでもまた取り上げたいと思っています。

■ちょっと遅れたお墓参り(2018年3月22日)
今年はどうも「お彼岸」という気がしません。
先日、近くのお寺に人が多かったので、そうか、お彼岸なのだと気づいたのですが、その後、雨だったりしてお墓に行けませんでした。
今日は時間の合間を見て、お墓に行きましたが、わが家のお墓以外はみんなきれいな花が供えてありました。
お彼岸を忘れたのは、生活の正常化のせいか、生活の崩れのせいか、どちらでしょうか。

■東レ時代の友人たち(2018年3月22日)
東レ時代の先輩と後輩が湯島に来ました。
先輩は滋賀在住で、東京で時間が空いたので湯島に寄ってくれたのです。
一昨年、京都でお会いした田中三千彦さんです。
東レ時代、私と一緒に仕事をした渕野さんにも声をかけました。
田中さんと渕野さんは、愛媛工場と一緒だったそうで、いずれからもそれぞれのお名前を聞いていました。
それでめずらしい3人がそろったのです。
東レの時代の話も少ししましたが、それぞれがいまをしっかりと生きている人たちなので、いろいろと面白い話がたくさんありました。
とても快適な時間を過ごさせてもらいました。

■みんなが幸せになる楽園構想(2018年3月22日)
エルモット村づくりに取り組んでいる内藤さんが湯島に来ました。
彼女はいろんな意味で大変なはずですが、なかなかその大変さを見せません。
しかし今日は、いろんなことを話してくれました。
そこまで大変だったのかとつい思ってしまいましたが、その大変さの中、美味しい飲み物を持ってきてくれました。
不思議なもので、貧しい人(心豊かな人)ほど湯島にはいろんなものを持ってきてくれます。
私は遠慮なくそれをいただきますが、今日はたべかけのレーズンパンまで置いていきました。
きっと相談料なのです。
辞退しようと口に出しかけましたが、ありがたくいただくことにしました。
そして、明日のランチにしようと思いました。
かくのごとく、貧しきものには幸いがあふれてます。

■お布施の昼食(2018年3月23日)
昨日、お布施でいただいたレーズンパンを昼食にしたのですが、食べ終わったら、リンカーンクラブの武田さんがやってきました。
仕事の関係で、早めについたので、一緒に食事に行こうというのです。
さてどうするべきか。
それで結局、このお布施も受けることにしました。
なにかちょっといいことがあったようで、なんでもごちそうするというのですが、一度、友人から進められていた台湾料理のラーメン屋さんに行くことにしました。
武田さんはそこで一番高いものをご馳走するといったのですが、幸いなことにみんな同じような価格でした。
私は淡泊な味のものを武田さんはかなり濃い味のものを食べました。
美味しかったです。
しかし、ふたりからのお布施の食事で、幸せな気持ちになりました。

■リンカーンクラブ研究会「国家と平和」(2018年3月23日)
昨日はリンカーンクラブの研究会で、「国家と平和」について話し合いました。
このテーマは悩ましい問題です。
というのは、「平和」という言葉が多義的ですから。
平和の名のもとに、いかに多くの犠牲があったか、いわゆる「コラテラル・ダメッジ」の問題があります。
パックス・ロマーナは、多くの人の平安を踏みにじって成り立っていました。
私は「力による平和」ではなく「愛による平和」を望みますし、
「金による豊かさ」ではなく「支え合いによる豊かさ」を望みます。
しかし、国家という視点で考えると、それはなかなか説得力を持ちません。

核武装の問題もあります。/
今回はひとり、核武装による国家の自立と平和維持を主張した人がいましたので、核武装に関する議論もありました。
議論は果てしなく広がり、議論疲れしそうになります。
今起こっている政治事件に関しても、話が広がりました。
結局、オフィスでは4時間議論し、その後、食事をしながら2時間。

こんな議論を、学生でもない大人たち(私以外はみんなもっと若い、いわゆる「仕事」をしている男性です)が真剣に話し合っている姿には、時々、不思議な気がしますが、こういうことが行なわれているうちは、まだ社会の健全性は少しは維持されているのでしょう。

私自身は、政治(広義のです)を論じない人は「市民」ではないと思っている人間ですが、政治を話さない「国民」の社会活動がますます広がっている状況にいささかの恐ろしさを感じています。
自分の言葉で自分の思いを語り、自分の考えや行動を見直していく、そんな人を増やしたいと思いながら、サロンを続けていますが、最近いささかやりすぎて、疲れてきています。
困ったものです。

■カフェサロン「まわりにちょっと気になることはありませんか」(2018年3月24日)
社会が茶色一色で染まっていって、気がついたら自由のない生きづらい社会になっていたという寓話「茶色の朝」を読んでの感想を言い合うことからはじまった「茶色の朝」サロンがスタートしました。
それぞれが、生活のまわりにある「気になること」を出し合って、いまの社会のあり方や自らの生き方を、みんなでちょっと考えてみようという主旨のサロンです。

お花見に絶好な、お出かけ日和の土曜日にもかかわらず9人の人が集まりました。
サロン初参加の方もいました。

それぞれが「ちょっと気になっていること」を話すことから始めました。
「街中でのマナーやルール−の話」「本音で話し合う場が少なくなっているようだ」「弱いものへのバッシングが多い」「なんとなく将来への不安がある」「人のつながりがよわくなっている」「マニュアル化が進んでいる」「人に声をかけることが少ない」「みんな忙しくて余裕がない」「政治につながる話は話題にしたがらない人が多い」などいろいろと出ました。
「誰かが良いことを始めるとみんなそれに従うが、その人がいなくなるとみんなまたやめてしまう」という、具体的な話も出ました。
言い換えれば、みんな「はみ出したくない」のだというわけです。
「みんなどんなことが気になっているのかが気になって参加した」という人もいました。
何か気になるが、その実体が必ずしも見えてきていないのかもしれません。
どうもみんな「モヤモヤ」している。
実はそれがこのサロンを始めた理由の一つでもあります。
一方で、高円寺駅の駅長が毎朝、乗客に挨拶しているのがうれしいというような、「ちょっといい話」も出ました。

それからみんなで自由に話しだしましたが、話題はかなり学校教育の話になりました。
子どもたちはまさに社会の鏡ですが、子どもたちの学びの場への関心がみんな高いようでした。
学校での目標は何なのか、自分をしっかりと育てることなのか、社会の中で波風立てずに自分をなくしていくことなのかというような、学校教育の本質にまでつながる話もありました。
学校の先生たちが忙しすぎて、子どもたちの学びの場を豊かにする余裕がないのではないかという話もありました。
話していて、次の社会を創っていく子どもたちの学びの場が、あまり見えていないことに改めて気づかされたような気がします。
これは改めて、サロンを企画することにしました。

沖縄や福島の話も出ましたが、現地に触れている人からは、現地の実状とマスコミ報道との違いも話題になりました。
学校現場だけではなく、私たちはまだまだ知らないことがたくさんある。
もっといろんなことを知っていくことが、社会を豊かにしていく出発点かもしれません。

ちょっと気になるどころか、大いに気になることとしては、日本の政治のリーダーが言葉を壊しているという指摘もありましたが、いろんなところで信頼が揺らぎだしている。
信頼がない世界では、やはり不安がぬぐえない。
なんとなくみんなが「不安」に陥り、モヤモヤしてしまうことの背景には、そうした「信頼関係」が失われてきている状況があるのかもしれません。

それにもつながるかたちで、「マナーとルール」について少し話し合いました。
このテーマは、改めて時間をかけて話し合いたいと思いました。

政治には「統治権力のなかでの権力闘争」と「生活をよくするための政治」とがあるように思います。
前者が政治として捉えられがちですが、本来の政治の目的は後者のためであるはずです。
そして、後者の主役は国民一人ひとりです。
政治は国会議事堂や霞が関だけにあるわけではありません。
自分の生活に影響を与えるような社会のあり方に関心を持ち、ちょっと気になることがあれば、まわりの人と話し合ってみる。
「おかしいこと」があれば、「おかしい」という。
それも大切な「政治活動」です。
引き続き、肩に力を入れて政治を語るのではなく、まわりの気になることを題材に、少しずつ政治とのつながりや社会のあり方を話し合えるようなサロンをつづけたいと思います。

このサロンと並行して、日本の政治や国家のあり方をテーマにしたサロンも引き続き企画したいと思っています。
こんなテーマで話し合いたいというテーマがあればご連絡ください。
主権者である私たちの手に、政治を取り戻したいと思います。
批判するだけではなく、できることから始める行動への広がりを意識しながら。

お花見にもいかずに参加してくださったみなさんに感謝します。
このサロンの出発点になった主原さんの「モヤモヤ感」に感謝します。
少しずつ晴らしていければうれしいです。

(2018年3月第2週)
■「組織と個人の関係を考える研究会」(2018年3月11日)
■ほっとスマイルプロジェクト(2018年3月13日)
■カフェサロン「改めて協同組合について考えてみよう」(2018年3月14日)
■カフェサロン「現代こそドラッカーに学び、人を活かす経営を考える」(2018年3月17日)

■「組織と個人の関係を考える研究会」(2018年3月11日)
日本の民法や団体組織法への異論から始まったこの研究会も4回目。
問題提起者の杉本さんの基本講義が今回で終わりました。
次回からは、具体的なテーマを選んでの議論に入る予定です。
社会学者や思想家や経営学者や技術士など、ともかくいろんな専門家がいるので、話はいろいろと広がり刺激的です。
私の予想と違って、前回から経済組織(会社組織)に重点が移ってきたので、ロン・ハリスの「近代イギリスと会社法の発展」の第1章を配布させてもらいましたが、文字が小さくて読みにくいと怒られてしましました。
私自身は、ゲルマン法理とローマ法理の違いや有限責任や無限責任に関心があるのです。
また私は、「法人」という概念や「有限責任」制度の不完全な展開に、大きな問題があるのではないかと思っているのですが、「法人」はもうみんなの常識になっているようで、まだ議論してもらえないでいます。

別のメンバーと、国家体制を考える研究会をやっていますが、そこでもゲルマン法とローマ法が関係しているような気がしていますが、それはともかく、国家体制とはまさに「国家と組織の関係」の話です。
いろいろと考えていくと、だんだん同じ話なのだということに気づいてきます。
その媒介項のヒントは、ナチス・ドイツにあるような気がしていますが、ナチスを調べなくとも、いまの日本の社会はその類似型なので、とても生々しく考えられるようになってきています。
喜ぶべき話ではありませんが、考える材料は満ち溢れています。

■ほっとスマイルプロジェクト(2018年3月13日)
今日は「ほっとスマイルプロジェクト」の交流会でしたが、そこでみんなの最近の実践活動の報告がありました。いろんな形で広がっているのが伝わってくるとともに、改めて組織的な展開の日性を感じました。
その後、櫻井さん開発の「褒めカード」の体験会がありましたが、これも面白く、いまの時代には大きな効用を持っているような気がしました。
後半は、青梅市で「ひだまりサロン」をやっている大西さんのお話でしたが、たくさんの示唆に富むお話がありました。
次回は5月です。少しずつつながりが深化しています。
みんなのビジョンもなんとなく見えてきた気がします。

■カフェサロン「改めて協同組合について考えてみよう」(2018年3月14日)
「協同組合」をテーマにしたサロンは、共済懇話会のみなさんもかなり参加された結果、大人数のサロンになりました。
企業関係者の参加が少なかったのが残念でしたが、改めてこれからの企業経営へのヒントがたくさんあることを実感しました。
また、支え合う人のつながりづくりに取り組んでいる人たちも何人か参加されましたが、NPOの人たちにもとても参考になる話だったと思います。
終わった後、複数の方から、挑戦すべき課題が見つかったと言われたのが印象的でした。

田中さんは、世界各地の協同組合の視察調査なども踏まえて、なぜ協同組合が生まれてきたのかという話から始まり、現在の社会においての意義、そして協同組合の5つの類型とその実践活動、さらにはこれからの期待をていねいに解きほぐしてくれました。
その話をきちんとまとめたら、たぶん現在、市販されている多くの協同組合の本よりも、ずっと協同組合への理解が深まり、その価値が伝わってくると思います。
そんな気がしながら、お話を聞いていましたが、録画しなかったのが実に残念です。

田中さんは、最初に、カナダ・デジャルダン博物館で配布されている小学生向けの信用組合歴史解説本の1ページを見せてくれました。
そこに、子どもたちに向けて書かれた「なぜ協同組合は必要なのか」の漫画があります。
添付しましたので、ちょっと読みにくいかもしれませんが、ご覧ください。
ここに協同組合思想の本質が読み取れると思います。

つづいて、別の言葉で、協同組合の存在意義を3つに整理してくれました。
「生活防衛システム」「人の集まり」「地域経済の自立」です。
第一の生活防衛システムですが、そもそも協同組合の始まりは「貧困からの脱却」でした。
社会福祉政策に依存するのではなく、まずは自らで「支え合いの関係」を育てることは、人類の知恵でした。
最近の私たちがともすると忘れがちな視点です。
改めてそのことを思い出すことが大切です。

2つ目の「人の集まり」は、同じ組織でも、企業と違うところです。
企業(経済組織)は本来的には「金の集まり」ですから(人は雇われているだけです)、企業買収などで、あるときその組織の主役が突然に変わることがありますが、協同組合(社会組織)は人が主役ですから、そんなことは起こりません。
雇用労働と協同労働の違いは、まさに「働き方」を考える上で大きな違いを引き起こします。
ここにもこれからの企業経営や「働き方」を考える大きなヒントがあります。

「地域経済の自立」は、昨今のグローバル経済化の動きのなかで、ますます重要な意味を持ちはじめていると思います。
エネルギー関係の協同組合の話も出ましたが、さまざまな意味で、いまの経済の枠組みへの発想転換の可能性を持っているように思います。

以上は、田中さんの冒頭の話ですが、こんな感じで紹介していくときりがないので、後は省略して、話し合いの一部を紹介します。

文化活動分野での協同組合へも質問が出ました。
いまはまだこの分野は、あまりないようですが、経済自体が変質していく中で、これからの課題かもしれません。
これまでの協同組合は、その重点は「生活防衛」にありましたが、むしろこれからは異質な知恵の組み合わせによる「価値創造」という、新しい意味が生まれてくるかもしれません。
もちろんすでに、そうしたネットワーク組織はありますが、協同組合思想との組み合わせが、新しい価値を生み出すかもしれません。
私は、生活防衛を超えた、もっと積極的で創造的な意義が、協同組合思想には含まれていると思っています。

今回は、田中さんが農業関係の組織にいたこともあって、日本の農協のモデルにもなったドイツのライファイゼン系の協同組合を中心に話してもらいましたが、ライファイゼンの核になったのは信用事業(共済事業)です。
当時広がりだしていた貨幣経済に対する対抗力としての動きだったわけですが、その点を議論していくと、もしかしたら現在の日本の共同力の混迷と可能性が見えてくるかもしれませんが、今回はそこまでの議論にはなりませんでした。
昨今の実体経済から金融経済へと経済が変質しつつある中で、貨幣経済とは何かを問い直すヒントも、協同組合の歴史の中に含意されていると思います。
日本にも、結や講などの「支え合いの仕組み」があったのに、なぜ大きく発展しなかったのかという話も出ましたが、たぶんそれともつながっているはずです。

日本の農協は、歴史的な経緯から、産業支援システムと協同組合という2つの異質な要素を持っています。
このいささか矛盾する2つの予想を包含していることに、これからの協同組合の困難さと同時に可能性を私は感じます。
これは、時間切れで議論できませんでしたが、もしかしたら協同組合の本質につながっている問題かもしれません。

協同組合の理念に関連して、賀川豊彦の話も出ました。
日本ではまだ成立していない協同組合基本法の話も出ました。
共済と協同組合の関係も、大きなテーマです。
採りあげたいテーマがたくさんありましたので、引き続き、このテーマのサロンを時々開催したいと思います。

私は30年前に会社を辞めました。
その頃、雇用労働と株式会社から、協同労働と協同組合へと、経済の軸が変化していくだろうと思っていました。
そうはなりませんでしたが、その時の思いは間違っていなかったと改めて思いました。
ただ、時間はまだだいぶ先のようですので、自分では確認できそうもありませんが。

■カフェサロン「現代こそドラッカーに学び、人を活かす経営を考える」(2018年3月17日)
ジャズミュージシャンにして経営コンサルタントの村瀬弘介さんの「ドラッカー」をテーマにしたサロンは、「インテグリティ」という言葉から始まりました。
ドラッカーを理解するキーワードは「インテグリティ」だというのです。
インテグリティを、「真摯さ」と訳し、それには「対象に対する真摯さ」と「自分に対する真摯さ」があると説明したあと、人間として正しいかどうかが大切だという話をされました。

こういう話で、村瀬さんのドラッカー経営論は始まりました。
村瀬さんの経営論の基本には、「人間の尊厳」が置かれています。
企業関係者も多かったのですが、多分こういう形でドラッカーの話を聞いた人は少ないと思います。

なぜ「インテグリティ」なのか。
村瀬さんは、ドラッカーがナチスドイツによるホロコーストを体験したことにも言及しました。
ドラッカーが「経済」や「経営」をどう位置付けていたかの話もされました。
そして村瀬さんがたどりついた「経営観」は、「経営とは、人間が幸せになるすべてである。人の尊厳を実現するものである。経営で成果を上げるとは人間が幸せになることである」というものです。

私は寡聞にして、ドラッカーをこういう視点でしっかりととらえた経営学者や経営コンサルタントにこれまで会ったことがありません。
もし一人でもお会いでできていたら、私のドラッカー観は変わっていたはずです。

私がドラッカー経営論に否定的なのは、「経営は顧客の創造」だと紹介されてしまったことです。
経営は、「価値の創造」であって、「顧客の創造」であってはなりません。
人を「顧客」ととらえるところには、「人間の尊厳」の発想はありません。
私も、会社時代に経営について少しは考えてきましたが、そこで大切にしたのは、「人間の尊厳」と「価値の創造」でした。
そしてそれを私が所属していた企業の経営の理念にするプロジェクトに取り組み、その結果として私は人生を変えてしまいました。
ですから今回の村瀬さんの話には、心底嬉しさを感じました。
ドラッカーの思想の起点は「人間の尊厳」です。
ようやくほんとうのドラッカーに出会えた気がしました。

村瀬さんは、ドラッカーは「資本主義のための経済ではなく、自由民主主義のための経済」を目指していたと言います。
そういう意味での経済(経世済民)がうまく行けば、カリスマも出てこないし、ホロコーストも起きないとドラッカーは考えていたのではないか、と言います。
同感です。
ドラッカーの最初の著作は、「経済人の終わり−新全体主義の研究」です。
ぜひ読んでほしい本の一つです。
その延長で、ドラッカーの著作を読めば、違った受け止め方ができるはずですから。

村瀬さんはリーダーシップにも言及しました。
リーダーシップとは「責任」であるというのです。
これも含蓄に富む言葉です。
ちょっとした言葉の言い換えではないかと思うかもしれませんが、私には視点が全く違う、新しい経営論のように感じます。
つまり、組織の視点からではなく人間の視点から経営が考えられている。
今の日本の企業に一番欠けている視点です。

「経営」とはそもそも企業の世界だけの話ではありません。
NPOにおいても行政においても、地域社会においても、さらには人生においても大切なことです。
経営とは技術の話ではありません。思想の話なのです。
村瀬さんの経営論を、ぜひいろんな分野の人に聞いてほしいと思います。
ちなみに湯島では、以前、NPOとドラッカーと言う視点で、市民性や社会性をテーマに、『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』の著者の田中弥生さんにサロンをやってもらいました。
「市民性」「社会性」も今回少し話題になりましたが、改めて考えたいと思います。

村瀬さんは、ジャズミュージシャンです。
ご自分でも話されましたが、論理ではなく感性で受けとめるタイプです。
ある時にドラッカーを読んで涙が出てしまった。
それがドラッカーを語りだした出発点だそうですが、村瀬さんの話には魂を感じました。

村瀬さんの話の入り口だけの紹介になりましたが、村瀬さんが話してくれた話は、先月出版された村瀬さんの『ドラッカーが教えてくれる 人を活かす経営7つの原則』(産業能率大学出版部)をぜひ読んでください。
http://jlom.xsrv.jp/cs2/44/
また次のサイトで村瀬さんの話に触れられます。
ドラッカー講義動画集『感動から分かる ドラッカー経営』
http://jlom.xsrv.jp/cs2/25/

ついでに村瀬さんの音楽もどうぞ。
https://www.youtube.com/channel/UCOtRQ7cRiznIUxNtsGcl6rg

村瀬さんはいろんな所で講演活動もしていますので、ぜひどこかで村瀬さんの魂に触れてみてください。

(2018年3月第1週)
■縁カフェ(2018年3月5日)
■巡礼から学ぶこと(2018年3月5日)
■マイナス講演料で講演する人(2018年3月6日)
■久しぶりの時田さん(2018年3月8日)
■寄居のエルモット(2018年3月8日)
■霜里農場(2018年3月8日)
■経営道フォーラムの受講生が会をやってくれました(2018年3月9日)
■血圧の正常化(2018年3月10日)

■縁カフェ(2018年3月5日)
2回目の縁カフェは暇でした。
開店直後、知り合いの女性が飛び込んできました。
話したいことが20時間くらいあるというのです。
コーヒーはいらないと言って、1時間話し続けて、次の用事があると言って帰りました。
一番大きな話題は学校を巡話でした。
聞いた以上は放置できませんので、サロンを開く約束をしました。

その後はお客様は皆無。
売り上げは500円で、縁基金は1500円になっただけでした。
前途は難しいです。

■巡礼から学ぶこと(2018年3月5日)
富山のIさんが出張で上京するので、巡礼者の鈴木さんに会えないかと言ってきました。
それで鈴木さんにお願いして、3人で会いました。
Iさんは、元気そうでしたが、それは久しぶりに湯島に来ることができたからだとIさんは言いました。
どうもまだモヤモヤが晴れずに、時にダウンするようです。

いろんな話が出ましたが、鈴木さんの巡礼の話を聞くはずが、どうして佐藤さんはそんなに素のまま生き方ができるのかと言われました。
みんな素で生きられれば、楽になるはずだというのです。
まあ、成ればいいだけですが、それができない。
そんな話をしましたが、私もいろいろと考えることや気付くことがありました。

どうしてこうも生きづらい社会になってしまったのでしょうか。
話していて、その問題の立て方の間違いに気づきました。
生きやすくなったからこそ、生きづらさが顕在化したと捉えるべきではないか。
そう考えるといろんなことが氷解します。

■マイナス講演料で講演する人(2018年3月6日)
湯島で、新しいビジネスを始めることにしました。
「投げ銭サロン」です。
湯島のサロンは講演料はありませんが、講演料を出すサロンを始めることにしました。
といっても、マイナス講演料です。
サロンで話したい人にマイナス1万円の講演料を払います。
つまり1万円を私がもらうのです。
その代わり、話を聞いた人が話を聞いた後、話し手に対して「投げ銭」をするのです。
こういう呼びかけをフェイスブックでしたら、早速に応募者がありました。
しかも20年以上、交流が途絶えていた川島さんです。
しかも川島さんとはとりわけ何かご一緒したわけでもなく、友人の関係で1〜2度、会っただけです。
だからたぶんお互いにどんな人かも知りません。

そんなわけで、川島さんが湯島に来ました。
ところがこの川島さんが実に面白い。
最初に話題にしたのが、日本では自宅のお風呂で溺死する人は交通事故で死ぬ人より多い。
私は風呂が大好きだが、私も最後は風呂で溺死したいというのです。
いささか危うい話ですが、その話ぶりがまったく無邪気、邪気がないのです。
他にもいろんな話が出ましたが、書きとめるだけでも大変ンありがとうございます。ほど、いろんな話がありました。

4月に「投げ銭サロン」をやってもらうことにしました。

■久しぶりの時田さん(2018年3月8日)
久し振りに、熊谷市の時田さんに会いました。
きっかけは、友人の霜里農場の金子さんに紹介してほしいと言われたからです。
熊谷市の「パブリック・ダイナー」で会いました。
そこで、金子友子さんをお引き合わせしました。
時田さんのことを書きだすとこれまたきりがないのですが(と言って、一緒に何かしたことはないのですが)、久しぶりに時田さんは、変わっていませんでした。
最近はめっきり少なくなった、信頼できる人です。

「パブリック・ダイナー」のオーナーの加賀崎さんにも会いました。
さらに偶然にも、時田さんの息子さんにも会いました。
北本市の観光協会を見事に成功させたのが、時田さんの息子さんで、一度お会いしたいと思っていたのですが、帰り際に偶然にも、会ったのです。
人は人を引き寄せる。
そんな気がします。

■寄居のエルモット(2018年3月8日)
時田さんにあった後、金子さんの車で、寄居のエルモットの内藤さんを訪ねました。
ちょうど出かける直前だったので30分ほどしかありませんでしたが、エルモット内を案内してもらいました。
現世離れをしている金子友子と内藤明子の会話は、しかしきわめて世間的でしたが、なにかが始まるといいのですが。

■霜里農場(2018年3月8日)
つづいて、いよいよ金子さんの霜里農場に行きました。
有機農業のメッカです。
私ははじめての訪問ですが、なにしろ金子友子さんですから、月並みの説明はしてくれませんし、どこを案内するわけでもありません。
しかし金子夫妻やその仲間たちが生活している場を見せてもらったら、それだけですべてが伝わってきた気がします。

最後はタヌキ騒動になってしまい、その上、雨足が強くなってきたので、結局、金子美登さんには会えませんでした。
でもまあまたきっと来ることになるでしょう。

■経営道フォーラムの受講生が会をやってくれました(2018年3月9日)
30年以上関わってきた経営道フォーラムを昨年でやめました。
卒業生たちが「感謝の会」をやってくれました。
会場はスワンの社長だった岡村S何がスワンの銀座店を貸し切ってくれました。
30人ほどの人が集まってくれました。
その中に広島の武鑓さんがいました。
武鑓さんは、わざわざ広島から出て来てくれたのです。
私がまだ会社を辞めて、なんとか社会を変えていきたいと思っていた頃に出会った人です。
マツダの役員をやめた後、大学で陶芸を学び、いまは広島で「酔泥窯」を主宰しています。

経営道フォーラムの活動には、いささかの挫折感がありますが、武鑓さんに会って、報われたような気がしました。
他にも、私の一言が人生を変えたとか仕事で成果が上がったとか、思ってもいなかったいろんな人から感謝の言葉を聞きました。
私は、形式的な社寺にはまったく関心がないのですが、心の入った謝意と出会うと涙が出そうになるのです。

花束とアルバムと、湯島で使ってくださいと大きなコーヒーメーカーをもらいました。

■血圧の正常化(2018年3月10日)
高血圧のせいで体調が悪かったのですが、薬を飲みだして、体調がほぼ回復しました。
薬をもらいに遠藤さんに行きました。
血圧を測ったら、なんと135/85くらいでした。
最近体験したことのない数値です。

いまから考えると1か月前の状況をつづけていたら、もしかしたらダウンしていたかもしれません。
いろいろとあって、もう少し現世に滞在することにしたので、薬は飲み続けることにしました。

(2018年2月第4週)
■新しい「カイゼン」の発想(2018年2月27日)
■社会福祉法人の合併(2018年2月27日)
■コムケアサロン「成年後見制度ってご存知ですか」(2018年2月27日)
■菜園クラブ(2018年3月2日)
■コーピング講座(2018年3月2日)
■サロン「日常生活の巡礼化」(2018年3月2日)

■新しい「カイゼン」の発想(2018年2月27日)
先日、「カイゼン」をテーマにしたサロンを柿内さんにやってもらいましたが、この「カイゼン」はトヨタから始まった「カイゼン」とは真逆な発想の、人間起点の「カイゼン」活動です。
そして私の考えでは、これこそが会社や社会を変えていく、新しい力になるだろうと思えるものです。
そんな思いを持って、柿内さんとのミーティングを持たしてもらいました。
2人で話していて、改めて思いが共有できることを確認しあえました。

一緒にもう少し考えてみようと思います。

■社会福祉法人の合併(2018年2月27日)
社会福祉の合併問題に取り組んでいる大川さんと意見交換しました。
できれば彼に実践の場を体験させたいのですが、どこか合併を考えている社会福祉法人はないでしょうか。
もしあったらご連絡ください。
今日は大川さんと問題の整理を行いました。

■コムケアサロン「成年後見制度ってご存知ですか」(2018年2月27日)
成年後見制度をテーマにしたサロンには15人の参加者がありました。
最初に、広い視点で成年後見制度にも関わっている、一般社団法人コレカラ・サポートの千葉晃一さんに、制度の概略などのお話をいただき、そこから参加者から出された事例なども含めて、いろんな視点から話し合いが行われました。
http://www.koresapo.com/

千葉さんの話が終わった後、最初に私から問題提起的な質問をさせてもらいました。
この制度は、誰のためにあるのか、そして対象となる人の判断能力の評価は誰がするのか。
制度ができて良かったことと悪かったことは何か。

もちろん建前は、「判断能力が不十分となった成年者のための財産保護と生活支援」となっていますが、今ある制度を受け身的に理解し、利用の方法を考えるだけではなく、制度の利用状況やそこから生ずる問題点などを知ることで、形だけではない福祉のあり方や私たちの生き方を問い直そうというのが、コムケアサロンの目指していることです。
そこであえて、そういう問題提起をさせてもらいました。
参加者の中には、後見人を実際にやっている人や制度利用者の方もいらっしゃいましたし、制度利用を考えている人やまだ関心を持っているだけの人など、いろいろでした。
そうしたいろいろな立場の人が、話し合うのが湯島のサロンの大きな意味です。

千葉さんのお話によれば、成年後見制度を必要とする人は約800万人に対して、現在の利用者累計は18万人(わずか3%弱程度)だそうです。
これは、制度設計に問題があるのか、制度の理解が進んでいないのかいずれかだと思いますが、そのために成年後見制度を利用したことで、逆に問題を抱え込んでしまった人の話も少なくありません。

そうした状況を変えていくには、予備的にこの制度のことを理解するとともに、利用者側からの不備の点を変えるように働きかけていくことが必要です。
そうした動きはないわけではないでしょうが、なにしろこの制度の「受益者」は「判断能力が不十分となった成年者」ですから、問題は悩ましいわけです。
ここに、この制度設計の根本的な問題があるように私には思いますが、しかしすでに制度ができているのですから、それを効果的に活かしていくと同時に、「当事者視点」で不都合なことは問題として顕在化していかなければいけません。
それに、可能性としては誰もが「当事者」や「関係者」になり得ることですから、誰も関係がないとは言えません。

弱い立場の人たちを守る制度が、注意しないと、かつての精神病院制度のように、弱い人たちの人権が損なわれることにもなりかねませんし、さらには、生活支援のための手段だった財産管理が目的になってしまい、生活は二の次というような本末転倒も起こらないとは限りません。
もっと言えば、この制度は、家族のあり方にも大きく関わってきます。
そうしたさまざまな「落とし穴」があるような気がします。

もちろんこの制度で救われた人は少なくないでしょう。
しかしどんな制度も、当事者が効果的に活用して、はじめて生きてきます。
そして、当事者が制度改善に取り組んでこそ、制度は生きたものになっていきます。
その意味では、この制度はまだ「当事者からは遠いところ」に置かれているなというのが、私の今回の感想です。

千葉さんは、救急車なら、どういう時にどうしたらいいかが、誰にも伝わっているが、この制度に関してはそれが難しく、たとえば制度の解説パンフレットなども、制度運営者側の視点が強いために、なかなか社会に浸透しないと話されました。
そういう利用者視点での制度活用の仕組みや場をもっと増やしていくことが大切かもしれません。
ちなみに、コムケアの仲間でもあるNPO法人ユニバーサル・ケアの内藤さんたちは、「市民後見センターきょうと」を運営して、そういう活動に取り組んでいます。
http://www.kyoto-koken.net/about/
今回も、そこで制作した制度案内の小冊子を活用させてもらいました。
内藤さん、ありがとうございました。

いつも以上に主観的な報告になってしまいました。
サロンでは、実際には具体的な体験や事例の紹介やこの制度の活用の仕方などが話されましたが、それを報告するわけにはいきませんし。
千葉さんは、「成年後見制度の利用ありき」ではなく、当事者や関係者の立場に立って、生活支援に取り組まれている方ですが、内藤さんや千葉さんのような人たちが増えていくことが、一番求められているのかもしれません。

なお、成年後見制度に関しては、みなさんからの要望が集まれば、また情報交換や体験交流会のようなものを企画したいと思っていますので、ご要望のある方はご連絡ください。

コムケア活動を始めた時の「大きな福祉」の理念や共創型の相互支援の輪づくりの大切さを改めて思い出したサロンになりました。

■菜園クラブ(2018年3月2日)
菜園クラブの増山さんには先日サロンをしてもらいましたが、私にも何かできることはないかと思い、ミーティングを持ちました。
増山さんの構想にはとても共感を持ちましたが、増山さん自身は足元を固める作業でたぶん目いっぱいでしょう。
誰かが応援しないとせっかくの構想が先延ばしになってしまいそうです。
増山さんの構想は、半農生活を広げることで、人の生き方や社会のあり方が変わっていくというものです。
増山さんは、そのための技術支援、場の提供、さらにはその展開のノウハウなどを蓄積してきています。
後はそれを活かして、どう広げていくかです。
どなたか一緒にやってもいいという方がいたら、ご連絡ください。

それにしても、増山さんは全く変わっていません。
ぶれずに続いている人を見ると安心します。

■コーピング講座(2018年3月2日)
先日、サロンをやってもらった「コレカラ・サポート」の千葉さんも、自分たちがやっている活動を広げていきたいという構想をお持ちで、いまその準備活動に取り組んでいます。
そのコアとして、まずは同士を広げていく必要がありますが、そこで出てきたのが、これまた菜園クラブで考えていることと同じです。
つまり、私の言葉を使えば、コモンズ発想です。
この理念で25年ほど前に、あるコミュニティを企画提案したことがありますが、そういう発想がいろんなところに出始めてきました。
うれしいことですが、もう少し私が若い時に広がってほしかったと残念でなりません。
でもまあ、いまでも少しは役に立てるかも知れません。

■カフェサロン「日常生活の巡礼化」(2018年3月2日)
これまで3回、スペインのサンティアゴ巡礼を歩き、四国遍路も歩いてきた鈴木章弘さんに、「日常生活の巡礼化」をテーマにお話ししてもらうサロンを開催しました。
13人のサロンになりました。
鈴木さんは、巡礼で得たものや感じたことを、具体的な体験エピソードを交えて、話してくれましたが、話している時の鈴木さんはとても幸せそうでした。
話しながら、涙ぐむような場面もありました。
素晴らしい思い出や体験が、鈴木さんの心身にぎっしりと刻みこまれているのが伝わってきました。
聞いているだけでも、なにかとてもあたたかな気持ちに包まれるような話も少なくありませんでした。

巡礼とお遍路で経験したことは、一言で言えば、「宝の山」のようなものだ、と鈴木さんは言います。
特別な神秘体験がなくても、「小さな幸せ」の瞬間が積みあがっていくのだそうです。
言い換えれば、巡礼とは「小さな幸せ」の連続だというわけです。
人の善意ややさしさに触れ、与えること・与えられることを自然に味わい、自分と他者が溶け合っていくようななかで、自然と誰とも挨拶を交わし、自然とハグまでしてしまうようになる。
「あした死んでもいい」と思えるほどの生きている実感も得られる。
ただただ歩くだけなのに、まさに生命の輝きを実感できるのだそうです。

だから、目的地のサンティアゴ大聖堂に到達した時にも、達成感の歓びよりも、むしろもう巡礼が終わってしまったというさびしさがあったそうです。
これは鈴木さんだけではなく、大聖堂が近づくにつれて、この幸せな巡礼がもうじき終わってしまうのが悲しいと話していた人は、少なくないそうです。
この話は、私たちの生き方に、大きな問いかけをしているように思います。
私たちは、何かのために生きているのではなく、まさに生きること自体に意味がある。

サンティアゴも四国遍路も、巡礼者もいればツーリストもいます。
鈴木さんは、「巡礼者は何事にも感謝するが、ツーリストは何事にも要求する」という言葉を紹介してくれました。
それを聞きながら、「幸せ」を感ずるのはどちらだろうと考えました。
たぶん要求するツーリストではなく、感謝する巡礼者でしょう。
幸せは、自分の中にある。
巡礼は、そんなことも気づかせてくれるのでしょう。

サンティアゴへの道も四国遍路も、人をやさしくするインフラだという話も出ました。
鈴木さんは、巡礼に行くと生命力がチャージされるような気がするとも話されましたが、それもまたそこが生命力をチャージするインフラになっているのかもしれません。
そのインフラは、そこを歩く人やそこに住んでいる人が育てているわけですが、どうしてそういう場所だけが、人のやさしさを引きだし、生命力をチャージする場になっているのか。
言い換えれば、それ以外の場所、つまり私たちが日常生活を過ごしている場所はなぜそうではないのか、それは私たちの生き方につながっているはずです。

巡礼の途中では、さまざまな人とさりげなく出会うわけですが、それは同時にさまざまな人生や価値観に触れることでもあります。
ベルギーの女性と話していたら、その人が急に泣き出した。
自分は人から見たらとてもハッピーなのだろうが、何か充実感を感じられずにもやもやすることも多く、巡礼に来たのだそうです。
幸せそうに見えても、幸せを実感できない人は、たぶん少なくないでしょう。
これもまた、とても身近な話です。

夫婦で巡礼に来ているカップルの歩き方の話はとても興味深かったです。
たとえば、宿泊するところだけ一緒で、歩くのはそれぞれ自分のペースで別々に歩くとか、逆に一緒に歩くのだけれども、宿泊場所は別のところにするとか、いろんな歩き方があるようです。
これもなにも巡礼に限らず、日常生活にも活かせる知恵のような気がしました。

鈴木さんの話を聞きながら、こういうことをいろいろと考えていたのですが、書きだすときりがありません。
鈴木さんが次から次へと話したいことが出てきたように、私も次々と思いを馳せたくなって、私自身が感じたことはブログに追々書くことにします。

もちろん実際に巡礼に行くときのアドバイスなどの話もありましたが、もし巡礼やお遍路に出かける方は、鈴木さんにお尋ねになれば、いろいろと体験談を話し、アドバイスしてくれるはずです。
私にご連絡いただければ、鈴木さんのメールにつなげます。

(2018年2月第3週)
■命・地球・平和産業協会のビタミン和子さん(2018年2月20日)
■ぽんゆうミニ同窓会(2018年2月22日)
■東レのCI昔話(2018年2月23日)
■リンカーンクラブ研究会スタート(2018年2月23日)
■我孫子まちづくり編集会議が一歩前進(2018年2月24日)

■命・地球・平和産業協会のビタミン和子さん(2018年2月20日)
命・地球・平和産業協会のビタミン和子さんと4時間話し合いをしました。
新宿の自然食で有名な「みるくランド」で昼食をごちそうになりましたが、ビタミンさんの食べっぷりには感動しました。
それだけ活動しているということでしょう。
それから協会のオフィスに行って、お互いの活動の接点を探し合いました。
考え方には共通しているところはあるのですが、やはりどこかで少し違いがあります。
ビタミンさんのほうが、やはりまだ時代に合っているのでしょうし、有名人の支援者もいるようです。
私自身は組織の名前に「産業」とついているだけで、もうだめですが、ビタミンさんは素直に世の中を平和にできると思っています。
イラクの子ども支援のためにバレンタインに合わせて、有名人も名前を貸しているチョコレートキャンペーンにも協力していますが、そういうのは私が一番嫌悪する動きですが、ビタミンさんは善意に支援しています。
こういう善意の人を使って、私腹を肥やす、有名人や運動家が私には許せません。
いかに善意であろうとも、です。

その点では、いささか感情的に溝ができそうな気配もありましたが、それ以外の点ではしっかり共感しあえたような気がします。
私として何ができるかを考えるつもりです。

■ぽんゆうミニ同窓会(2018年2月22日)
昨日は、湯島で小学校時代のミニ同窓会をやりました。
最初はミニミニを考えていたのですが、少しずつ増えてしまい、結局11人が集まりました。
みんなそれぞれにドラマを生きてきていると思いました。

私たちは、卒業後、「ぽんゆう」という名前をつけて、ニューズレターのようなものをつくったり、毎月喫茶店でサロンをしたりしていたので、つながりは深いのです。
20歳前後の時には、毎年夏には1週間くらい霧ケ峰高原のようなところにロッジを借りて、時間がある人が止まりに行くというのもやっていました。
今日もその話が何人かから出ました。

今回の集まりをやったのは、一人が昨年病気になり、私のところに相談に来たのがきっかけです。
それで何人かに声をかけ、それが広がっていったわけです。
この年齢になると伴侶を亡くした人も何人かいましたし、独り暮らしの人もいました。
人生は実にさまざまですが、場の雰囲気の中で、自らの生活のことを語りだす人もいて、表面からは見えない苦労やドラマを背負っていることを、改めて知りました。

昨夜、「自分だけが苦労したと思って居ましたが 皆様頑張られているのを伺い 明日からは 楽しく頑張ろうと お話から力を頂きました」とメールをくれた人もいます。

参加者の一人は、埼玉県の小川町で有機農業の「霜里農園」をやっています。
彼女の伴侶はテレビや新聞などによく出てきているので、ご存知の方もあるかもしれません。
彼女は、いまなお、お金に依存しない百姓的な生き方をしています。
手塩にかけた野菜を売るのではなく、あげてしまうのです。
もらった人は、そのお返しに、時にはお金で、時には物で彼女に感謝するわけです。
そこにあるのは、金銭売買ではなく、感謝の交流であり、豊かさの共有です。

彼女が今回も、私にと言って、白菜やうどんなどを持ってきてくれました。
最近、白菜が高いのでわが家ではあんまり食べられませんが、久し振りにこれで鍋が食べられそうです。
そういえば、前回もいろいろと貰ったような気がしますが、まだ何もお返しできていません。
でもまあ、輪廻でまわっている世界ですから、お返しは急ぐこともありません。
いつかお返しできることもあるでしょう。

それにしても彼女の徹底的な脱金銭的な生き方には改めて感動します。
さすがに私も彼女ほどには徹底できません。
それで彼女に、一度、サロンをやってもらうことにしました。
日程を調整してご案内します。
楽しみにしてください。

集まりの写真がいまだ届かないので、彼女からもらった野菜などの写真を載せます。
みんなでいただいたイチゴは、前回もそうでしたが、絶品というか、他のところのイチゴとは比べ物になりません。
本当に美味しいものは、お金では買えないことがよくわかります。

なぜか帰り際に、みんなが私にお布施でしてくれました。
お布施暮らしは、たくさんの豊かさを恵んでくれます。

■東レのCI昔話(2018年2月23日)
若いデザイナーが東レで私が関わったCIの話を聞きたいとやってきました。
もう35年以上前の話です。
話しているうちにいろいろと思い出しました。
今度、改めて仲間と一緒に話に来たいという要望を受けました。

しかし面白かったのは、それ以外の話です。
今どきの若い世代の生き方は、実に魅力的です。

もうひとつ面白かったのは、自分が生きているいまの時代のことを考えたことがなかったが、ある人から言われて、いま終ろうとしている「近代」を学びたいというのです。
これはまたとんでもなく大きなテーマです。
そしてその入り口として、アレントの「全体主義の起源」を読み解き、それを図解化していきたいというのです。
その相手になってくれないかというわけです。
アレントにしろ、「全体主義の起源」にしろ、面白いし私も共感しますが、最初の教材としてはいかにも難解です。
さてさてどうなりますか。
先行き不安ですが、その動機やテキスト選びには共感します。

ちょっと面白いプロジェクトになるかもしれません。

■リンカーンクラブ研究会スタート(2018年2月23日)
日本の現実をもっと民主主義に近づけていこうという活動に取り組んでいるリンカーンクラブでは、目指すべき国家像、国家体制を議論していく研究会を立ち上げることになり、今日はそのプレミーティングでした。
月に1回、平日の午後に開催する予定です。
いずれも一家言持っているメンバーが集まったため、なかなか議論に入れないので、昔ながらのKJ法的アプローチで、みんなの関心事を整理しました。

次回から具体的な議論に入っていきますが、最初のテーマは「平和」が選ばれました。
国家は戦争をしていいのかというところから議論することになりました。
たぶん9条問題や自衛隊の位置付け、さらには米軍基地の問題などが話題になるでしょう。
ちなみに、戦争放棄は日本だけだと思っている人が多いですが、そんなことはありません。
1928年の不戦条約で戦争はそもそも禁止されていますし、国連憲章2条4項には、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と明記されています。
軍隊のない国などたくさんあります。
「国連憲章2条4項を、国内法でも裏書きしているのが、9条1項だと考えるべきだ」という人もいます(篠田英朗さん「ほんとうの憲法」ちくま新書)。

それはそれとして、しかし相変わらず、「戦争ができる普通の国家になろう」などという言葉が広く受け入れられているいまの状況を考えれば、このテーマから入ることで、国家のあり方が見えてくるかもしれません。



■我孫子まちづくり編集会議が一歩前進(2018年2月24日)
我孫子まちづくり編集会議準備委員会の第2回目の集まりでした。



参加者は8人。
ひとりはなんと生後5か月。
湯島のサロンでは1歳半の参加者がありましたが、記録が破られました。
できれば春にでも、「我孫子を舞台にこんなことをしたい」という呼びかけワークショップのようなものを実現したいですが、それに向けて、ゆっくりと、しかし、しっかりと意識を重ねていきたいと思います。
今回もいろいろと話が出ましたが、たとえば「ワークショップ」という言葉一つとっても、受け取り方が様々なことがわかりました。
違いを分かり合うことが、ゆるやかなネットワーク組織の出発点かもしれません。
そこで、毎月、開かれたスタイルでの、サロン型の場を持つことになりました。
そこをベースに、プロジェクト企画が生まれてくればと思います。
いずれにしろ、我孫子界隈を面白く豊かにしていきたいと、みんな思っています。
コアを育てながら、少し広げていければと思います。

(2018年2月第2週)
■降圧剤を再開しました(2018年2月13日)
■久しぶりの田中さんとの歓談(2018年2月14日)
■カフェサロン「半農生活と自分自身の人生経営計画」(2018年2月14日)
■ストーリーテリング(2018年2月16日)
■今年初の小宮山さんとの闘論(2018年2月16日)

■降圧剤を再開しました(2018年2月13日)
実はかなりの高血圧のようですが、薬を飲んでいませんでした。
薬の副作用が出たからでもありますが、血圧くらいは薬に頼らずとも低くできるだろうと思っていたのです。
それでこの4か月、ポリフェノール含有率の高いチョコレートを食べていました。
血圧を下げる効果があるのだそうです。
残念ながら、目立った成果を得られなかったようで、1週間ほど前からあんまり調子がよくありません。
それで自宅で血圧測定してみたら、なんと下が100を超え、上が200近くでした。
寒いので、機械の調子が悪いのではないかと思いましたが、3日続いてほぼその数値です。
その上、最近は肩こりもあります。
それで、いつも降圧剤を飲むように勧めてくれている遠藤クリニックに行ってきました。

遠藤さんは、数値を見て驚いて、めまいがしてもおかしくないよ、と私に言いました。
まあ、私の場合、いつも社会の状況にめまいがしていますので、気がつかなかったようです。
社会の揺らぎに比べれば、個人の心身のめまいなどたかが知れていますから。
まあそれでもこれまでめまいで2回ほど緊急病院に行った経験もあるので注意しないといけません。
帰宅してすぐに薬を飲みました。
さてどうなるでしょうか。

■久しぶりの田中さんとの歓談(2018年2月14日)
協同組合について詳しい田中さんが久しぶりに湯島に来ました。
最近お会いしていないので、どうしているかなと思ってメールしたら、3月に愛媛に転居するというのです。
それで急いで会うことにしました。
お元気そうでした。
愛媛は郷里だそうで、そこのある組織にスカウトされたようです。

愛媛に立つ前に湯島でサロンをやってもらおうかと思います。
日程が合えばいいのですが。
田中さんは、湯島でやっていた農福連携をテーマにしたアグリケアフェラインの命名者です。
何か一緒にやりたいなと思っていた矢先の転勤で、ちょっと残念ですが、これで縁が切れるわけではありません。

久しぶりの歓談は、気がついたら4時間でした。

■カフェサロン「半農生活と自分自身の人生経営計画」(2018年2月14日)
「都会人の暮らし+農業=半農半X」の生活を実践している菜園クラブの増山博康さん(野菜栽培のレッスンプロ)のサロンは、10人になりました。

参加者のほとんどは、農業にすでに関わりだしているか、関わりたいと思っている人でした。
増山さんご自身のライフストーリーから始まりました。
それが何しろいろいろですので、前半はいささか話がとっ散らかってしまい、農業につながっているようでつながっていない気もして、企画役としてはひやひやしましたが、後からそれが農業と関わる生き方なのだと、気がつきました。
翌日、参加者のひとりから、「農の話はおもしろい、とあらためて実感した2時間半でした」とメールが届きました。
自分の不明さを反省しました。

さて何を報告すればいいか、今回は悩みます。
農業政策や農地政策の話から、農家の人と付き合いの入り口は一升酒という話まで、ともかく広いのです。
専業農家と兼業農家、焼き畑の話。
マリアさんのような購買者の話。
産業としての農業と生業としての農業の話。
さらには種子の話や遺伝子組み換えの話まで出ました。
いやいやもっとめちゃくちゃなほど広がっていたような気もします。
そういえば、なぜか盛んに障害者の話が出てきて、青い芝の会の話まで出ました。
増山さんは、若いころ、そういう分野でもいろいろと活動していたからですが、農福連携という動きが広がっているように、農業は障害者問題と親和性が高いように思います。

増山さんは、「野菜をつくる」「野菜を購入する」「両者をつなぐ」という活動をしていますが、その3つの局面で、いろんな人と会い、いろんな体験をしています。
それは同時に、人の生き方や社会のあり方へのとても刺激的な示唆を与えてくれます。
増山さん自身は、そのど真ん中で、それらを一体として人生していますので、言葉で整理して伝えようとすると増山さんの意図とは違ったようなものになると思いますので、やめます。
増山さんの活動やお考えは、増山さんのホームページにとてもていねいに書かれていますので、それをお読みください。
http://www.saienclub.com/
一言だけ言えば、増山さんは全国に菜園コーディネーターを増やしていって、社会を豊かにしていきたいのです。
豊かといっても、金銭経済的な豊かさではありません。
増山さんのように、いつもにこにこして、明るい人生を広げたいのです。

ちなみに、増山さんは、「半農生活を始めよう」という本を出版しています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#090920
この本もとてもわかりやすい本です。
増山さんは、野菜栽培の基礎を学ぶ理論セミナーと実習。さらには、農地の確保や農園運営などを応援する活動をされています。
菜園起業サロンもやっています。
関心のある人は、ぜひ増山さんのサイトを見て、増山さんにアクセスしてみてください。
増山さんも言っていましたが、ともかく体験が一番なのです。

■ストーリーメイキング(2018年2月16日)
ストーリーテリング協会のコアメンバーのミーティングをやりました。
みんなそれぞれに忙しいので、なかなか新しいプロジェクトを起こせません。
でも今回はちょっとだけ前進しました。
やはりフィールドなりクライアントが見えないとモチベーションが上がりませんが、その候補が少し見えてきたのです。
うまく動き出せるといいのですが。

■今年初の小宮山さんとの闘論(2018年2月16日)
コミーの小宮山さんとの「闘論」はお互いに疲れ切るほどの激しさと長さでした。
最初は最近コミーが出版した本をどう広げていくかという話から始まりましたが、次第に話が広がりました。
お互いに、他者の話を聞くよりも、自分の話をする方が好きなために、朱鷺度、お互いに、「まずはきちんと話を聞け」と相手をたしなめながら、次第にエスカレートしてしまうという、いつもの繰り返しです。
途中でこれはだめだ、理解してもらえないから、打ち切ろうと、何回か思いましたし、小宮山さんもきっと何回か思ったでしょう。
しかし、なぜか毎回、きれずに続きます。
理由は簡単で、お互いに話し疲れてしまうからです。
で最後は近くの居酒屋で食事をしました。
私はよく食べ、小宮山さんはよく飲みました。
それで最後はなかよくわかれました。
それにしても、激論するくらいなら会わなければいいのですが、そういう人ほど会いたくなるのが私の悪癖です。
困ったものです。

(2018年2月第1週)
■組織と個人の関係を考える研究会(2018年2月4日)
■1日遅れの墓参り(2018年2月5日)
■縁紡ぎカフェ開店(2018年2月7日)
■生きる意味を考えるサロン(2018年2月7日)
■巡礼と神道(2018年2月9日)
■リンカーンクラブ研究会を始めます(2018年2月9日)
■カフェサロン「モノづくり企業の経営を支えるカイゼン」(2018年2月10日)
■リンカーンクラブビデオ企画(2018年2月10日)

■組織と個人の関係を考える研究会(2018年2月4日)
杉本さんを中心にした「組織と個人の関係を考える研究会」も3回目です。
今回は、「企業形態の基本形」と「団体組織のコミュニケーション」がテーマでした。
それに関連して、アメリカの「コーポレート・ロー」で話題が出ました。
以前、このコーナーでも書いたことがありますが、アメリカの会社法の基本的なテキストです。
日本ではまだ翻訳がありません。
第2番の話があり、それが出たら翻訳出版を検討しよウブントゥと杉本さんから話を聞いていました。
その後、私自身がいろいろとあって、忘れてしまっていましたが、とても興味深いものです。

もう一度、翻訳出版のことを検討してみようということになりました。

ちなみにこの研究会では、団体を「パートナーシップ」と「社団」という捉え方で議論していますが、会社を軸に考えています。
歴史的に見れば、パートナーシップ型が古いのですが、いままたそれへの関心が高まっています。
中世への回帰に注目している水野和夫さんによれば、社団よりもパートナーシップがこれからの主役になるかもしれません。

研究会での話から、私自身の関心も広がってきています。
毎回、大学のゼミみたいで、刺激的です。

■1日遅れの墓参り(2018年2月5日)
誕生日を1日遅れて、妻の墓見舞いに行きました。

■縁紡ぎカフェ開店(2018年2月7日)
縁紡ぎカフェに関しては、前の記事をご参照ください。

開店初日のお客様はお2人でした。
有料なので一応、3種類のコーヒーを用意しましたが、最初のお客様がモカを選んだので、次の人もモカにしてもらいました。
残念ながら、理想的なお客様、つまり居場所や人のつながりに不安を持っている人とは縁遠い人でした。

売上高は1000円でした。
縁紡ぎ基金ボックスに早速入れました。
このペースだと自前の常設店をつくるまでに、30年くらいかかりそうです。

来客の一人が、近くに店じまいした喫茶店があることを教えてくれました。
どなたかお金の使い道に困っている人、一緒にそのお店を買い取りませんか。
私が提供できるのは、いまのところまだ基金の1000円と週1回の店主役しかないのですが、いかがでしょうか。

来月も開店します。
私の知らない人が来るといいのですが。

■生きる意味を考えるサロン(2018年2月7日)
「なぜ生きるのか」
このテーマでのサロンは、事前の申し込みはほとんどなかったのですが、私を含めて9人の参加がありました。
案内に書いた、モモさんからのメッセージを再掲します。
 生きているのが辛いことは皆さんあると思いますが、
 それでも生きていようと思う理由というか、
 (嫌でも)生きていかなきゃいけない理由みたいなことを、
 話し合うようなサロンを開いていただけたらな〜。
 できれば、もともと生きていたいと思える方より、
 生きていくのが辛い、死んだ方が楽だと思いつつ、
 それでも生きている方のお話、
 そのモチベーションみたいなものをお聞かせいただけたらと。
 または、昔は死にたかったけど今は死にたくなくなった方に、どのような流れでそう変わったのかをお尋ねしてみたいと思います。

このメッセージを受けて参加してくださった方も多かったと思います。
実は、お恥ずかしいのですが、呼びかけておきながら、私はこの「なぜ生きるのか」というテーマがあまり理解できていません。
なぜなら「生きる」ことに理由などあるわけがなく、もし理由をあげろと言われたら、いくつでもあげられると思っているからです。
ですから、私はあまり参加資格はないのですが、湯島のサロンは、どんな人でも参加できるのがルールなので、私も話し合いに参加させてもらいました。

最初は静かにスタートしましたが、それぞれの体験談が語られだし、それへの問いかけや意見が出されはじめ、次第に話し合いが深まって、終わる気配がないほどでした。
生きることがつらかったことの、さまざまな「物語」が語られました。
死ぬ勇気がないので、アルコール中毒になりたくて、飲みたくもないお酒を飲んで入院。
幼児体験の記憶から抜け出るための闘い。
喪失体験が引き金になった「うつ状況」の再発への不安。
2週間の断食で、生きかえった話。
学校生活が苦痛で抜け出た話が、生徒と先生からありました。
約束した時間にどうしてもたどりつけないので病院にも行けない。
その一方で、遅刻人生をつらぬいた人の話もありました。
成長段階で社会を生きていく「ルーティン」を身につけることの大切さ。
愛されることと愛することの人生における意味。
社会には太陽もあれば闇もある。
などなど、いろんな話が出て、誠実な話し合いが展開しました。
交流分析やアドラー、ロゴセラピーなどといった話も、少しだけ出ました。

いずれも自分の体験を踏まえた生々しい話なので、聞く人もまた自分の体験を踏まえて受け止めたでしょう。
ですから、ここに書いたことは私の狭い世界からの理解に過ぎません。
参加者は、私が書いた言葉とは別の、それぞれの受け止めをしているはずです。
私もたくさんの気づきをもらうとともに、自分の物語を安心して話せる場の大切さを改めて感じました。
私も体験したことですが、心の奥を話すことで、力をもらえることもあります。
そこで、このサロンをこれからも開催することにしました。
実は、今年は、「縁紡ぎカフェ」を毎月最初の水曜日の午後に開店することにしているのですが、その日の夜は、「生きる」をテーマにした「心を開くサロン」を開催することにしようと思います。

ところで、いろんな人の物語を聞きながら、おそれや不安のない人など、いるのだろうか、そして、おそれや不安のない人生は豊かなのだろうか、と私は思いました。
その私の問いに、参加者のみなさんは、ないほうがいいと答えました。
モモさんから見ると、私はおそれや不安のない元気な人に見えているようですが、そんなことはありません。
たくさんの悩ましい問題も抱えていますし、不安で夜、目が覚めることもあります。
しかし、私のような年齢になると、不安も希望も所詮は同じもののような気さえします。
太陽も闇も、同じように見えてくる。
そういう視点から考えると、ただただ思うのは、みんなそれぞれ思うように生きればいいのにということです。
悩みも不安も、すべてをそのまま受け入れればいい。
なぜそれが難しいのか。
そこに私の一番大きな関心があります。

ところで、今回のサロンは単に悩みや不安を開示しただけの集まりではありません。
そこから何か少しでも、社会を変えていくということも企図していましたが、それも今回少しだけ果たせたように思います。
人が集まれば、必ず動きが起こりだす。
そんなことも実感したサロンでした。

■巡礼と神道(2018年2月9日)
毎年、巡礼で2000キロを歩いている鈴木さんと日本の神道文化研究会の平井さんが湯島に来ました。
研究会の機関誌に、鈴木さんが寄稿したのですが、それをもってきてくれたのです。

今回は、主に神道の話になりました。
最近平井さんは、楽器考古学なるものに嵌っているようで、そこからいろんな話に発展しました。
平井さんは、いま、丹後の籠神社の歴史の整理に関わっているようです。
最初、籠神社と聞いた時にはピンとこなかったのですが、話しているうちに、だんだん思い出してきました。
最近はどうも固有名詞が記憶を引っ張り出すインデックスになっていなくなっているようです。

平井さんには、4月にサロンをしてもらう予定ですが、籠神社の話もいつかお聞きしたいと思い出しました。
神社はやはり歴史の宝庫です。

■リンカーンクラブ研究会を始めます(2018年2月9日)
リンカーンクラブの活動をどう活性化するかは、事務局長の課題の一つです。
しかし、これがなかなか難しい。
なにしろ代表と事務局長が、ちょっと仲が良すぎるので、曖昧なまま結局何も進まずに終わりがちなのです。
それではいけないので今年は少しきちんとしたいと思っています。

その活動の一つが、国体ビジョンを核にしたリンカーンクラブ研究会のスタートです。
きちんとプログラム化して、できれば年内に何か成果をだせるように研究会にしていくために、武田さんと相談しました。
まあ、あまり先のない2人なので、いささかの心配はありますが、形ができたら時々、公開スタイルもとれればと思っています。

■カフェサロン「モノづくり企業の経営を支えるカイゼン」(2018年2月10日)
残念ながら、最近の調査では、日本の企業の労働生産性は世界で20位、主要先進国7か国では最下位だそうです。
企業の現場を飛び回り、日本企業の「現場」の改善力の強さとそれが戦略につながる可能性を実感している柿内幸夫さん(柿内幸夫技術士事務所所長)は、その状況を変えていくことを自らの使命にしているように思います。
そして、難しい手法や理論よりも、誰でもできる「カイゼン活動」が、企業を変え、社会も変えていくと確信されているようです。
私は、その柿内さんの考え方と実践にとても共感しています。
なによりも、自ら汗をかいて実践している。
今回の企業サロンは、その柿内さんにお願いしました。
15人が参加しました。

柿内さんは、日本と欧米では仕事の進め方、従業員の位置づけに大きな違いがある、と言います。
日本のいいところもあれば、悪いところもある。
それをしっかりと踏まえて、企業に関わるみんなが、知恵と汗を出せば、日本の製造業が再び世界をリードできる時代を呼び寄せることができるはずだ。
どうしたらそれが実現できるか。
長年の活動から得た答は、みんなが自らの現場で、日々、改善に取り組むことです。
そのために、柿内さんは「チョコ案」制度を考え出しました。
ちょこっとした改善アイデアをみんなで実行して、それを簡単に用紙に書いて報告する仕組みが「チョコ案制度」です。
ポイントは、提案して採用されたら実行するのではなく、「実行して報告する」こと。そして、それを通して、みんなの「改善の心に火をつける」ことです。
興味のある方は、柿内さんの「ちょこっと改善」(経団連出版)をお読みください。
簡単な紹介は次のところにしています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#160306

そういう柿内さんの実践とそこから得たメッセージを柿内さんは話してくれました。
私は、柿内さんの「ちょっとしたカイゼンが大きな変化を起こす」という発想に共感していますが、それは企業に限ったことではないことを改めて確信しました。
行政でもNPOでも、あるいは家庭でもグループでも、さらには個人としての生き方にだって、効果を発揮する考えです。
しかも、たぶんそれを実践すると、人生が楽しく豊かになる。
いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、たぶん長年実践してきている柿内さんには賛成してもらえるような気がします。
今回も、福祉に関わっている人が自分の活動につなげて発言してくれましたし、自分の生き方につなげて考えていた人もいると思います。
自分の生き方が社会を変えていくと思っている私も、柿内さんの話からたくさんの気づきをもらいました。

話し合いで出た話題も紹介したいものがたくさんあるのですが、書きだすときりがありません。
しかし、聞いていて、感じたのは、みんなの発言に通底しているのは「人間が主役」ということです。
みんなそれにきづいているのに、なぜなかなかそれができない。
義務とか制度とか、そんなことに縛られてしまう。

ひとつだけ、いささか刺激的な問題提起があったので紹介します。
それは「現場」という言葉です。
私の生活信条は「解決の鍵は現場」ですので、今回のサロンでもかなり現場という言葉を使ったような気がします。
ところが、私から見ると、とても現場を大切にしている方が、現場という言葉は、現場を一段下に見た差別用語のような気がすると発言されました。
思ってもいなかったことですが、たしかにそういわれるとそんな気もします。
その人は、「現場」よりも「第一線」という言葉を使っているそうです。
考えは同じなのですが、人によって、言葉の持つ意味は多様です。
こんなことに気づかされるのも、サロンの魅力です。

時間もだいぶ延ばしましたが、やはり話し合いすることができないテーマも多かったです。
湯島のサロンは、みんなよく話すので、2時間ではいつも足りません。
これをどう解決するかも、サロンの課題の一つです。

ところで、参加者のお一人から、後でメールをもらいました。

柿内さんの語り方や「それは考えていなかった。とても嬉しい」というような話なされ方は人の心を穏やかにし、素直にさせる素晴らしいスキルで、私も学びたいと思います。

私も、そう感じていました。
自分の考えを相対化し、他者の意見に新鮮な思いで学ぶという柿内さんの姿勢に、サロンの運営者としても大きく学ぶことがありました。
今年の私の課題にします。

■リンカーンクラブビデオ企画(2018年2月10日)
リンカーンクラブ活動の一つとして、武田代表の構想をわかりやすく伝えるためのビデオを作成することを検討しています。
幸いに近藤さんが時間の合間を見て、取り組んでくれるというので、武田さんと近藤さんとわつぃとで進め方を話し合いました。
3月中には完成して公開する予定です。

(2018年1月第5週)
■コミーQiセンター訪問(2018年1月30日)
■成年後見制度サロンをやることにしました(2018年1月30日)
■スーパーブルーブラッドムーン(2018年1月31日)
■「ほんとうの憲法」を読みました(2018年2月1日)
■また雪です(2018年2月1日)
■孫の出張豆まき(2018年2月3日)

■コミーQiセンター訪問(2018年1月30日)
今年初めてコミーを訪問しました。
昨年完成したQiセンターが気になっていたのですが、そこを見せてもらいました。
この場所を上手く活用したら、きっと面白いことができると思うのですが、外部からではなかなか関わることはできません。
なにか役立てることがあればいいのですが。

■成年後見制度サロンをやることにしました(2018年1月30日)
成年後見制度の入門的なサロンをやることにしました。
といっても、もちろんセミナーとか説明会ではありません。
サロンですから話し合いです。
問題提起にコレカラ・サポートの千葉さんにお願いすることにいたのですが、その打ち合わせをさせてもらいました。
後半は千葉さんの生き方や活動の話になりました。
いろいろな気付きをまたもらいました。

■スーパーブルーブラッドムーン(2018年1月31日)
今夜は、スーパーブルーブラッドムーンの皆既月食でした。
その長い名前が何を意味するのか詳しくは知りませんが、赤銅色の月の皆既月食がみられました。
しかし寒い夜、外に出ていたので、また体調がおかしくなりそうです。
皆既月食モチベーション感動的でしたが、星もとてもきれいな夜空でした。

■「ほんとうの憲法」を読みました(2018年2月1日)
寒さを理由に在宅して本を読みました。
「本当の憲法」という新書です。
日本の憲法学への厳しい批判です。
著者の篠田英朗さんは、国際関係論が専門です。
非常に刺激的な内容で、私自身の考えを変えさせられました。
やはり私自身が、日本の憲法学に違和感を持ちながらも、その呪縛の中に閉じ込められていたようです。
これまでの考えをかなりかえないといけないので、いささか頭が混乱していますが、今まで何かモヤモヤしていたことがすっきりしました。

■また雪です(2018年2月1日)
先週の雪はかなり積もりましたが、また雪になりました。
今回はうっすらと積もっただけでしたが、寒さは先週よりも厳しい気がしました。
当分寒さが続きそうです。
インフルエンザも流行っていて、友人知人にも広がっています。
それを理由に今週はかなりゆっくりさせてもらいましたが、何か充実感のない1週間でした。
人は仕事をやっていないとやはり何か充実感が味わえないものです。

■孫の出張豆まき(2018年2月3日)
今日は節分です。
ユカと2人での豆まきも、いささか気恥ずかしいので、今年は豆まきはやめようかと思っていたのですが、それを見透かされたように、じゅん母娘が、出張豆まきにやってきました。
おかげで、わが家の豆まき文化は断絶せずにすみました。
ただし、「福は内、鬼は外」の豆まきです。
私にはいささか不満ですが、これには異をとらえられませんでした。

ちなみに、わが家の豆まきは、ずっと「鬼は内、福も内」でした。
とりわけ今日のように寒い日には、追いだすような掛け声はわが家向きではありません。
しかし、孫はそんなややこしいことなど分かるはずもなく、豆を外にそっと投げていました。
それから室内にいる3人の鬼たち(お面ですが)に、豆を分配していました。

それを見ていて、ハッと気づいたのですが、豆を外にばらまくのは、もしかしたら「私財を困った人に、恩着せがましくではなく、わざとぞんざいに「もらってもらう」という行為」だったのではないかという気がしました。
いわゆるポトラッチの一種です。
そう考えるとすっきりします。
孫から教えられました。
私も、ホームレス支援のグループにささやかな豆を送ることにしました。

(2018年1月第4週)
■我孫子の新しいネットワークづくり(2018年1月21日)
■第2回「茶色の朝」オープニングサロン(2018年1月24日)
■リンカーンクラブ学習型サロン(2018年1月27日)
■リンカーンクラブ新年会(2018年1月27日)

■我孫子の新しいネットワークづくり(2018年1月21日)
一昨年取り組みだした「まちづくり編集会議ネットワーク」構想ですが、まずはメンバーそれぞれが具体的な実践に取り組もうという形で、取り組みの方針を変えたのですが、実際に自分で取り組んでみると、そう簡単には進みません。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_pri…/…/post-9b4c.html
でもこの1年で、いくつかのところに小さな種をまいてきました。
地元でも取り組んでいましたが、この2年の体験から、まちづくりの思想を変えないといけないと痛感しています。
その第一歩として、昨日、わが家に何人かが集まりました。
宮内さん、有野さん、林さん、それに新たに水野さん、小竹さん、鈴木さんが加わりました。
それぞれの自己紹介的関心事の紹介で、予定の時間が終わってしまいましたが、最後に「まちづくり編集会議」理念のようなものを少しだけ話させてもらい、イベントの提案をさせてもらいました。
春には、キックオフイベントができればいいなと思っています。
地域は、我孫子界隈と考えていますので、界隈の人で関心のある人はご連絡ください。
先行きどうなるかはわかりませんが、急いで組織化するのではなく、当面は緩やかなネットワーク、それもリゾーミック型のつながりを志向したいと思っています。
また行政的な地域に閉じられることは避けたいので、近隣の方も歓迎です。
「まちづくり編集会議」の主旨につながる活動をしている人たちのゆるやかなネットワーク活動も、並行的にまた活動していければと思っています。

■第2回「茶色の朝」オープニングサロン(2018年1月24日)
第2回目の「茶色の朝」サロンには寒い中を12人の参加者がありました。
男女半々でした。
今回は少しだけですが、生活につながるような話もいくつか出ました。
ただやはり時間の関係もあって、話し合いになるところまで行きませんでした。
話し合いは、やはり何回かつづけていかないと難しそうです。

今回は最初に、参加者のおひとりが、この寓話から感じた3つのことを整理して話してくれました。
「2つのおそれ」「作者からのメッセージ」「物語のその後」です。
彼女は、警告だけではなく希望を感じたと言います。
しかし、そのためには、「わたし」をしっかり取り戻せって言っている、と感じたそうです。

せっかく整理してくれたので、ここから議論する方法もあったのですが、今回もまだオープニングサロンですので、ともかく全員それぞれに感想を話してもらいました。
いろいろと示唆に富む気づきが語られました。

ある人は、子どもでつながっている母親仲間とは、政治がらみの話はしにくいし、なにか行動を起こして目立つのも勇気がいるというような話をしてくれました。
今回も、どうして戦争を食い止められなかったのだろうかと自分の親に問いかけた話を複数の方がしてくれました。
前回と違ったのは、今回お話された方たちは、自分が子どもたちに同じ思いをさせないように行動している、あるいは行動しようと思っているということでした。

すでにさまざまな活動を長年されている女性の方も参加してくれました。
彼女も、こういう話し合いのサロン活動を7年もしてきたが、なかなか流れは変わらない。
もっと大きな構想を踏まえて、具体的な目標に向かって行動しないといけないと思い出していると話しました。
口だけではなく、彼女は実際にさまざまな取り組みを実践しています。
しかし、私自身は、むしろ迂遠なようでも、一人ひとりの意識が変わっていくような、こういうサロンが大切だという思いを、ますます強めています。
いろんな活動や取り組みがあることが大切ですし。

教育が大切だという人もいました。自分が学んだ教科書と子ども使っている教科書の違いを紹介してくれた人もいます。
これはできれば、サロンで取り上げたいテーマです。

まだいろんな話が出ましたが、実は私が前夜、あまり寝ていなくて、いささか頭がダウンしていて、話し合いの内容をまだ思い出せません。
参加者のみなさん、どなたか気が向いたら補足してください。

みなさんの感想が一巡した後で、参加者のみなさんに、日本は現在どんな状況だと思っているかお訊きしたところ、まだ半数の方は、「茶色の社会」への懸念を感じだしているような感じでした。
もちろん朝を過ぎた、もう行くところに来ているというような思いを持っている人もいました。
私自身は、もう日本の社会は「茶色」に埋め尽くされつつあると考えています。
もっとも私が考える「茶色」は、ファシズムを象徴する茶色でもありますが、そのもっと根本にある茶色、「金銭」です。
これに関しては、また改めて話し合えればと思います。

最後に、政治問題どころではなく、今日をどう生きようかと一生けんめいに自分と闘っている人が、遅れて参加してきました。
彼女は、こういう場に出てくるだけでも大変なのです。
たまたま心理カウンセラーの参加者がいたので、いつの間にかその2人の話になってしまいました。
横道に外れすぎではないかと思われた方もいたと思いますが、進行役の特権で、少し流れに任せました。
問題提起した若い女性のような人とは接点のなかった人もいたかもしれません。
しかし、「政治などに気を向ける余裕がないほど」生きにくい状況を生きている人もいるのです。
そういう人のことを知ることも、私は大切な「政治活動」だと思っています。
湯島のサロンは、そういう横道体験が、偶発することに一つの異議があります。
さすがに途中で、その話は終わらせてもらいましたが、その2人を主役にした、「生きる意味を考える」サロンを2月7日5時から8時の予定で開催することにしました。

■リンカーンクラブ学習型サロン(2018年1月27日)
「究極的民主主義」をテーマにした連続学習型サロンをスタートしました。
テキストは武田さんの『無党派市民の究極的民主主義宣言』。
今回は、その第一部を話し合いました。

まずは、『「究極的民主主義宣言」の概念の共有化から始めました。
しかし、概念の共有化でさえ、みんなからさまざまな意見が出ました。
言葉で定義したとしても、その意味解釈においては、どうしても多義性が残ります。
そのため、「学習型」というよりも、「討議型」になりそうな気配でしたが、まあ、お互いの理解の「多様性」を実感できることに意義を置くことにしました。
それに、言葉だけのやり取りでは、自らの思考には至りにくいですから。

結論として、議論の起点としての「究極的民主主義」が目指す政治制度を、「すべての主権者は自分が希望したときには、すべての政治課題についての賛否を表明することができ、その決定に関与できる政治制度」と定義することにしました。
厳密に言えば、主権者とは何か、決定に関与できるとはどういうことかなど、議論はありますが、少なくとも、議会民主主義の下における主権の信託制度とは別次元の制度です。
そのため、「議会制代議政治」は「民主主義」かどうかという議論もありましたが、「議会制民主主義は民主主義にあらず」という表現は正確ではなく、むしろ、議会制政治も直接デモクラシーも、そのいいところを取り込んで、民主主義の理念を極限まで近づけるための政治制度を考えていくことが大切だということで合意ができたと思います。

しかし、日本語の民主主義には、「イズムとしての民主主義」と「統治制度としてのデモクラシー(大衆の支配)」という次元の違う意味が含まれているので、議論が混乱しがちなのです。
その点での合意は少し時間がかかりそうなので、まずはもう少し先に、改めて話し合うことになりました。

今回の該当部分のテキスト第2章は「選挙をすれば民主主義ですか」というタイトルなのですが、選挙制度に関して話し出すとどうも各論的な話か理念的な話になってしまうので、次回のテーマにしました。
究極的民主主義が実現できる選挙制度を具体的に考えることで、改めて「究極的民主主義」とは何か、という理解が深まるだろうと思います。

話していると、同じ言葉を使っていても、その意味内容は違っていることもありますが、話し合っているうちに、その違いが可視化されるとともに、新しい気付きが得られる。
これが、今回の「学習型」の意味です。
なにかを学ぶだけではなく、学びながら新しいものを創り上げていくことに、これから挑戦していければと思っています。

こう書いてしまうと難しい知識がないと話し合いができないように思われるかもしれませんが、むしろ白紙の状況で、新しい考えや提案に触れることで、自らの考えを確認し、豊かにしていくという意味での「学習」でもありますので、ぜひ気楽にご参加ください。

次回は、2月17日(土曜日)の午後2時からを予定しています。
今回参加されなかった方にも、最初に要点を整理したうえで話し合いを始めますので、今回参加できなかった方も、ご関心があれば次回からご参加ください。
参加される方には、あらかじめテキストをお届けできるようにしたいと思っています。

今回はリンカーンクラブのサロンやフォーラムに参加したことのない母親の方も参加してくださいました。
女性の方が参加してくれると、話し合いの幅が広がります。
女性のみなさんの参加を事務局としては期待しています。

今回の参加者は10人でした。

■リンカーンクラブ新年会(2018年1月27日)
リンカーンクラブの集まりの常連たち7人で、近くの居酒屋で新年会をやりました。
実に個性的なメンバーです。
いずれも自分をしっかりと生きている人たちですので、社会の主流とは思えませんが、こういう生き方もできるのだという見本のような人たちの集まりのような気がします。
男性ばかりなのがちょっと残念ですが、今年はリンカーンクラブももう少し前に動かせられないかと思います。
それにしても不思議なメンバーです。

写真を撮るのを忘れてしまいました。
そんなことなどにはまったく関心のないメンバーなのです。

(2018年1月第3週)
■弁護士問題と成年後見制度(2018年1月14日)
■「音のない記憶」が復刊されました(2018年1月16日)
■センター試験への挑戦(2018年1月17日)
■縁紡ぎサロン構想検討会(2018年1月18日)
■福永さんと中村さんとも会食(2018年1月20日)
■カフェサロン「病院の歴史から日本の医療を考える」(2018年1月20日)
■医療シリーズの学習研究会企画(2018年1月20日)

■弁護士問題と成年後見制度(2018年1月14日)
今日は成年後見制度の被害に合った人が新たに参加しました。
私の友人もそうした被害に合って大変な苦労をしましたが、この制度はかなりの欠陥商品ではないかと私も思っています。
それを知っているはずの関係者も、あまり声をあげません。
むしろそうしたことに寄生する人たちが増えているような気がします。

福祉の市場化には大きな危惧を20年前から持っていましたが、それがどんどん現実化しているような気がしてなりません。
私は、この問題はこれまでは見過ごしてきていましたが、正面からこの問題に取り組んでいる人に会ってしまうと、もうスルーはできません。
知ってしまった者の責任が発生するからです。
少なくとも、現実を多くの人に知らせていくことには協力したいと思います。

またひとつ課題を背負い込んでしまいました。
日本の司法は、前近代に戻っているような気がしてなりません。
それにしても、昨日、茶色の朝のサロンをやったばかりですが、翌日にこうしたおそろしい話に出合うとは、偶然とは言えないような気がします。

本当に疲れます。
まず高齢者は認知症で監視対象になり、その対象が次第に広がって、そのうち全国民が監視対象になるのではないかという恐ろしさを感じます。

■「音のない記憶」が復刊されました(2018年1月16日)
黒岩比佐子さんの「音のない記憶」が復刊されました。
コミーという会社の社会活動の一環としての復刊です。

この本にはいろんな思い出があります。
この本の出版を引き受けてくれる出版社が見つからずに、黒岩さんは苦戦していたのですが、湯島のサロン仲間の藤原さんが見つけてきてくれました。
そしてこの本が出版されてからの黒岩さんの活躍は、一挙に広がっていったのです。
その広がり方は、驚くほどでした。

黒岩さんの著作はいろいろとありますが、私はこの本が一番好きです。
出版元が決まらないで、苦労していた黒岩さんの様子と重なっているからです。
その頃は、黒岩さんは湯島のサロンの常連でした。

■センター試験への挑戦(2018年1月17日)
今日は寒いので自宅に閉じこもっていたのですが、新聞に載っていた共通一次試験にトライしてみることにしました。
まず世界史に取り組みましたが、問題を一見して、もうだめだと即断できました。
理由は字が小さくて、虫眼鏡で読まないといけないことです。
それで、2問でやめてしまいました。
3年ほど前に挑戦した時は、なんとか読めましたが、今回はダメでした。
拡大コピーして、また改めて挑戦の予定です。

問題の設計の方法は、3年前と基本的には同じような気がしますが、なんでこんなややこしいきき方をするのかと思います。
ムーミンが話題になっていますが、なんだか問題作成者のための問題ではないかという気もします。
もっと素直に聞けばいいだけの話です。

会社に入った翌年、配属されていた工場で工場採用の大卒女子のための入試問題をつくるように言われました。
とんでもない説明問題を起案しましたが、なぜか採用されました。
今にして思えば、不適切な問題だったのかもしれません。
たとえば、「ミケランジェロ・アントニオーニについて説明せよ」というようなものも入れました。
私が大学生の頃、はまっていた映画の監督です。
翌年は頼まれませんでした。
入試問題を作成する人は、奇をてらわずに、素直におお堂の質問をすべきだろうと思います。
いささかの反省を込めて。

■縁紡ぎサロン構想検討会(2018年1月18日)
ブログに書きましたが、縁を得られずに、孤独の中で最後をむけある不安に人が増えているという話を読んで、だれもが気楽に立ち寄れる場づくに取り組もうと決断しました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-9602.html
できれば広げていきたいと思い、フェイスブックに書いたら、4人の人が手をあげてくれました。
それで、まずはプレミーティングとして、湯島でミーティングを持ちました。
何かがはじまるかもしれません。
私はとりあえず、告知した通り、しばらくは毎月、最初の水曜日の11時から4時ころまで湯島で誰でも歓迎のカフェを開くことにしました。
最初はたぶん誰も来ないでしょうが、しばらくは続けようと思います。

■福永さんと中村さんとも会食(2018年1月20日)
「日本病院史」の著者の福永さんと出版社の中村さんと食事をしました。
これが実に面白い話ばかりでした。

福永さんのがん治療の話から始まって、いろんな話に広がったのですが、おふたりとも極めて陽性の方なので、話していて実に楽しいのです。
それにふたりとも裏も表もないばかりか、いたってシンプルなのです。
福永さんとは初対面でしたが、なんとなく昔からの知己のような気がしました。

ご馳走する予定が、中村さんにご馳走されてしまいました。
貧乏だとみんながご馳走してくれますが、喜ぶべきか嘆くべきかわかりませんが、お金はみんなのものと思っているので、あまり負担感もないのです。
いやはや困ったものですが。

■カフェサロン「病院の歴史から日本の医療を考える」(2018年1月20日)
16人の参加者があり、最近では一番長いロングランのサロンになりました。
それでも残念ながら、話し手にとっても聞き手にとっても、時間不足だったと思います。

話題提供者の福永さんは、著書の「日本病院史」のダイジェスト版の小冊子(なんと51頁)まで用意して下さり、そのエッセンスを話してくださいました。
最初に総論的な話をしていただき、それを踏まえて参加者の関心事を出してもらいました。
テーマがテーマだけに論点も多く、福永さんは大変だったと思いますが、参加者の関心に重点をおいた通史を話してくださった後、今の医療やこれからの医療が抱える問題、たとえば病床数の削減や地域医療構想、地域包括ケアシステムなどについて、いくつかの論点を出してくださいました。
話の内容や話し合いのやりとりは、とても要約できませんが、ぜひ福永さんの著書「日本病院史」(ピラールプレス社)をお読みください。
いろんな気付きをもらえるはずです。

ちなみに、福永さんの通史の紹介で印象的だったのは、単なる文献調査だけではなく、関連した場所を福永さんは実際に歩いて、いろんなことを気づき、発見されています。
写真なども見せてもらいながら、その話を聞かせてくださいましたが、それが実に面白かったです。

いつものように、私の主観的な報告を少しだけ書きます。

最初の総論の話は、とても示唆に富んでいました。
たとえば、江戸時代までの日本の医療は基本的に往診スタイルであり、病院ができたのはたかだか156年前というお話がありました。
医療のあり方、病気との付き合い方に関する根本的な考え方が、そこにあるように思います。

福永さんは、日本に西洋医学を紹介したオランダは、日本に「病院」を教えなかったと話されましたが、これはとても興味深いことでした。
教えなかったこともありますが、当時の日本人は、そういう発想がなかったのかもしれません。

日本最初の本格的西洋式病院は幕府が創立した「養生所」だという話も、私には興味深い話です。
私は、なぜ「ホスピタル」を「病院」と訳したのかにずっと違和感を持っているのですが、養生の思想と医療の思想は、まったく違うのではないかと思います。
つまり、病気観や治療観が違うような気がします。
日本の病院は外来と入院のハイブリッド型に特徴があるという話も、これにつながっているような気がします。

明治以降の近代病院に宗教の基盤・背景が薄いという福永さんの話も、私にはとても重要な意味があると思いました。
日本では宗教というと教団宗教と受け取られますが、宗教を人が生きる意味での精神的な拠りどころと捉えると、それはまさに健康や病につながっていきます。
日本は、世界的にみても、精神医療の隔離傾向が強いように思いますが、これもこのことと無縁ではない気がします。
私には、これは、これからの医療を考える上で、とても大切なポイントだと思えます。

日本の病院数は民間病院が多いこと、にもかかわらず、国家による規制があって、病院の病床増床を病院が自由に決定できないなど、経営の自由度が少ないことも、日本における医療政策の基本にかかわることです。
この辺りも、ていねいに本書を読むといろいろと気づかされることは多いです。
今回のサロンでは、そのあたりを深掘りすることはできませんでしたが、いつかテーマに取り上げたいと思っています。

地域包括ケアシステムに関する話も、とても示唆に富むものでした。
福永さんは、医療での「地域」という言葉には注意しなければいけないと話してくれました。
そして、「地域」は地理的な「場所」(ローカルやリージョナル)ではなく、(人のつながりを軸にした)「コミュニティ」を指していると考えると、地域医療を進めて行くときの概念が明解になると話してくれました。
とても共感できます。
地域は、統治概念ではなく、生活概念で捉える必要があると私も思っています。
そして、豊川市の事例も踏まえながら、地域包括ケアシステムの話をしてくれました。
関連して、参加者から「我が事・丸ごと地域共生社会」構想の話も出ましたが、ここでもだれが主役になるかで全く違ったものになる可能性があります。

他にも紹介したい話はいくつもありますが、ぜひ「日本病院史」をお読みください。

案内でも書きましたが、病院や医療を通して、社会のさまざまな問題、が見えてきます。そしてそれは、私たち一人ひとりの生き方の問題にもつながってきます。
参加者のひとりが、結局、私たち一人ひとりが最後をどう迎えるかという看取りの問題につながっていると発言されました。
私もそう思いますが、まだまだ医療を受動的に捉えている人が多いように思います。

最後に、私も一言、中途半端な話をさせてもらいました。
コミュニティや地域社会の大切さが言われだしているが、それらは「どこかにある」のではなく、「自分の生き方で創りだしていく」ものだと考えることが大切ではないか。

話し合いで異論がぶつかりあった点もありますが、医療問題はやはり言葉の応酬ではなく、問題をしっかりと理解していくために、総論を踏まえて、自分事を踏まえて、個別テーマごとに連続で話し合う場を持たないといけないと改めて感じました。
そういうことができるように、少し考えてみたいと思います。

■医療シリーズの学習研究会企画(2018年1月20日)
今回はテーマが大きかったことも会って、話し合いの時間が足りなかったからか、終了後も何人かが残って話し合いをつづけました。
そこで、近藤さんから、もう少し時間を取って、医療の問題を取り上げて映像にしたらどうかという提案がありました。
医療だけではなく、政治についてもです。
というのも、私がやった昨年末の「統治から協治へ」のサロンは、凝縮しすぎで、伝わらないと言われました。

私は最近、話しておきたいという思いがあるのですが、その一方で、伝わることへの期待はほぼ皆無なのです。
それでも年に1回は話しておかないといけないなどと思い込んでいるのですが、」
伝えようという意識がありません。
それを近藤さんは見透かしてしまっているのでしょうか。

医療関係は、医療制度研究会の本田さん、政治関係はリンカーンクラブの武田さんを軸にして、少し考えてみようと思います。

(2018年1月第2週)
■組織と個人の関係の研究会(2018年1月7日)
■ほっとスマイルプロジェクト交流会(2018年1月9日)
■成田山初詣(2018年1月12日)
■「茶色の朝」サロンがはじまりました(2018年1月13日)

■組織と個人の関係の研究会(2018年1月7日)
杉本さんを中心とした「組織と個人の関係の研究会」の第2回目。
今回は、明治28年の「第108回法典調査会議事速記録」を読み下し文で提供してもらいました。
歴史から気づかされることは少なくありません。
ところで、私も含めてですが、自論を持ったメンバーばかりなので、話し出すと止まらなくて、なかなか前に進みません。
今回は、私がいささか議論を乱して、迷惑を書かてしまいました。
研究会とは勉強会ではなく、異論をぶつけ合う場ですので、論争好きに私には、横道のほうが面白いのですが、それでは前に進まないので次回からは自重しなければいけません。

■ほっとスマイルプロジェクト交流会(2018年1月9日)
ほっとスマイルプロジェクトは当面は、認知症予防ゲームなどを実践している人たちの交流会として活動していくことになりました。
その2回目の交流会です。
今回は、メンバーの一人の実践例を紹介してもらいました。
実践者でない者が、実践者の話し合いを聴いているのは、面白いですが、いささか欲求不満にもなりかねません。
それなら、実践者になる環境参加をやめればいいだけなのですが、いずれもできずに迷っています。

話し合いの中で、最近、みんな笑うことが少なくなったという話題が出ました。
私もそう思っていますが、ふと、昔はみんなそんなに笑っていたかなあという思いが浮かんできました。
そもそもこのプロジェクトは、笑いを社会に広げていこうというのが立ち上げた主旨なのですが、笑いを広げるよりも、怒りを広げるべきではないかと、つい思ってしまったのです。
まあそんなことを言うと、実も蓋もなく、除名されかねないので、発言は差し控えてしまいました。
きちんとした報告は、ほっとスマイルプロジェクトのページでアップされますが、もっと仲間を広げようということになりました。
関心のある方は、一度、遊びに来てください。

■成田山初詣(2018年1月12日)
娘と成田山に初詣に行きました。
そろそろ空いているだろうと思ったからです。
まあすいてはいましたが、にぎわってはいました。
年に1回程度は来ていますが、来るたびに新しい建物が増えていたり、整備されたりしています。
今回は薬師が祀られた醫王殿が完成していました。
成田山の薬師如来をはじめて拝ませてもらいました。

本堂での護摩祈祷にも参加しました。
祈祷の中で、それなりに大きなお布施をした会社の名前などを読み上げるのはいかにもという感もしますが、あの雰囲気はいいものです。

いつものように、川豊でうなぎを食べました。
ちょっと味が変わったような気がしました。
相変わらずすごい混雑でした。

■第1回「茶色の朝」サロンの報告(2018年1月13日)
20年前にフランスで出版されて「反ファシズムの寓話」と話題になった「茶色の朝」を読んで話し合う「茶色の朝」サロンの第1回目を開催しました。
予想をはるかに超えて、16人の人が集まりました。

「茶色の朝」の話は、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができたことから物語は始まります。
おかしいと思いながらも、いつの間にか世界は茶色で埋め尽くされていく、そんな話です
日本もそうなってきていないか、もしそうであればどうしたらいいかというのが、このサロンを始めた理由です。

サロンでは、まず各自から「茶色の朝」を読んでの感想を話し合いました。
立場によって、かなり感想が違う気がしたのと、まだ日本では「茶色の朝」への不安は、現実化していないのではないかという気がしました。
具体的な「おかしな体験や不安」がもっと出てくると思っていたのですが、あまりなかったのが意外でした。

女性の方から、自分の母親(なぜか父親ではなく母親でした)に、どうして戦争なんかしたのかと質問したことがある、という話がありました。
その答えは、わからないうちに戦争になっていたというようなことだったそうです。
1946年に書かれた映画監督の伊丹万作さんの文章を思い出しました。
「多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみなロを揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。」
まさに、それへの警告が「茶色の朝」の話だと思いますが、ある方が話したように、「ゆでガエル現象」が進んでいるのかもしれません。

子どもや家族のために、おかしなことへの異議や周囲とは違う異論もなかなか言えずに押さえてきたこともあるというような女性の発言もありました。
こう言う話はよく聞きます。
これもまた、「茶色の朝」と同じ思考に陥っているのかもしれません。
ちなみに、その方は今は自分の意見を言う生き方に変わっているようです。

海外生活が長かった男性の方が、数年前に日本に戻ってきたが、あまり「茶色の朝」のような状況は感じられないと話されました。
しかし、参加者の多くは、むしろなんとなく「茶色の朝」への懸念をお持ちの様でした。
でもそれがどうも形として見えていないのもまた事実のようです。

政治とは何かの話もちょっとだけ出ました。
「茶色の朝」は2つの政治を語っていると私は思っています。
これはこれからのサロンの中で少しずつ掘り下げたいテーマです。

最後に私から「ニーメラーの教訓」と稲垣えみ子さんが2年ほど前に朝日新聞に書いた「日常の生活が政治につながっている」という記事を紹介させてもらいました。
ニーメラーのことを知っている人が少なかったのは、私には衝撃的でした。

今回は予想以上に参加者が多かったこともあり、感想の紹介で終わってしまいました。
そこから、それぞれが感じている「ちょっとおかしいこと」や「気になること」をだしあってもらう予定でしたが、そこまでたどり着きませんでした。
そこで次回は、それをメインにサロンを開きたいと思います。
今回参加された方も、参加されなかった方も、ぜひご参加ください。

「茶色の朝」現象は、気づかないうちに私たちを虜にします。
ですから、できるだけたくさんの目と頭と感覚で話し合わなければいけません。
「気づかないうちに戦争がはじまっていた」というようなことを子どもたちや孫たちに言いたくはありません。

ちなみに、「茶色の朝」ですが、著者も訳者も、同書に関しての印税権を放棄し、ネットで公開しています。
次のサイトから本文をダウンロードできます。
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

(2018年1月第1週)

今年も何もしないお正月でした。
■初日の出(2018年1月1日)
■初詣は子の神様(2018年1月1日)
■久しぶりのショッピングモール(2018年1月2日)
■新年オープンカフェ(2018年1月4日)
■はじめての「重ね煮」(2018年1月6日)

■初日の出(2018年1月1日)
今年の初日の出はとてもきれいでした。
今年はひとりで屋上から眺めていました。
その後、年のはじめの思いを少しだけ書きました。

■初詣は子の神様(2018年1月1日)
いつものように初詣は、みんなで子の神様に行きました。
いつもよりも人が少なかったような気がしました。

■久しぶりのショッピングモール(2018年1月2日)
めずらしく、というか、10年以上ぶりに正月のショッピングモールに出かけました。
昔のバブル時代の雰囲気が少しありました。
食事だけして帰ってきました。

■新年オープンカフェ(2018年1月4日)
新年オープンカフェを開催しました。
昨年は3日に開催しましたが、4日であれば、仕事始めの人も午後は休みではないかと思って、4日にしましたが、最近は仕事始めの日もフルに働くので、参加できないと言われました。
どうも私の認識は、時代から取り残されているようです。
それでも10人の人が立ち寄ってくれました。

4時間の長丁場のサロンでしたので(出入り自由なので入れ替わりはありました)、参加者の自己紹介からいろんな話題が出ました。
思い出すままに、話題を書き上げてみます。

行動観察、保険制度と社会保障、原子力損害保険の目的、原子力事故と自動車事故の異同、自動車事故保険はきちんと支払われているか、井戸掘りの話、エネルギー問題、IOTという言葉の誕生と限界、クリエイティブコモンズ、老後の心配、話し合いしないのは若者だけか日本人の生き方か、思いを引きだす方法、格差の実相、ダブルインカムの理由、電子レンジ、外国人労働者、経済成長と人口減少問題、社労士の話、「茶色の朝」などなど。
一見バラバラのようですが、実はつながって一つの物語を生み出しているのです。
どんな物語か、みなさんぜひ考えてみてください。

それにしても、貴乃花問題や北朝鮮問題などの「時の話題」はまったく出ませんでした。
私が言うのもなんですが、不思議なサロンです。

■はじめての「重ね煮」(2018年1月6日)
高石さんから「食は、しあわせの種」という著書をいただきました。
すぐ読んでブックのコーナーで紹介しようと思ったのですが、自分で実践してみてからにしようと思っていたら、年を越してしまいました。
「佐藤さんでも作れる料理」と言われたのですが、なにしろ料理へのモチベーションが全くないからです。
しかし、あまり延ばしているわけにもいかないので、今日、がんばって挑戦しました。
といっても、「基本の基本」として紹介されている、しいたけ、玉ねぎ、にんじんの「重ね煮」です。
本にある通り、きちんと土鍋を使いました。
なんとか出来上がりました。



これが基本で、これをベースにもっと豊かな料理ができるはずですが、これをつくるのが精いっぱいで、結局、これをおかずに食事をしました。
私は「温野菜」が苦手ですが、これは美味しかったです。
それに簡単なので、次は10種類を超えた「重ね煮」をつくろうと思います。
どうせなら、庭の野草や海藻や果物も入れて、やってみようと思います。
セロリも入れましょう。
最近生のセロリはつくづく飽きてきましたから。
ただ私の場合は、1週間で気が変わるので、いささか心配ではありますが。