活動記録2017
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(2017年6月第2週)
■なぜかいろんな相談が飛び込んできました(2017年6月11〜13日)
■遺言書を書いてみました(2017年6月13日)
■全身の痛み(2017年6月13〜15日)
■共謀罪法の強行採決(2017年6月15日)
■1か月半ぶりにホームページを更新(2017年6月16日)

■なぜかいろんな相談が飛び込んできました(2017年6月11〜13日)
なぜか相談の集中です。
電話とメール、わが家や湯島への来訪、とスタイルはいろいろですが、3日で6人の相談に乗りました。

一番大きな相談は、わが家にやってきたUさんです。
半年ほどあまり連絡がなかったので、うまくいっていると確信していました。
それに私の世界とは別の世界の人たちが応援しだしているようだったので、むしろ私は邪魔かなと思って身を引いていた面もあります。
しかし、テレビでも話題になっているある事件によって、どうも風向きが変わってきたようです。
そんな状況の中で、いささか深刻な相談でした。
即答ができませんでしたが、方向は見える気がします。

やはりうまくいっていると思っていた人が、メールで「助け」を求めてきました。
私のアドバイスとは違う方向に進みだしていて、私以外の仲間も集めているようだったので、これも私はむしろ邪魔になるなと思って、身を引いていました。
間接的に話を聞いている限りでは、順調に進んでいるようでした。
ところが湯島に来て話し出した途端に、涙顔になってしまいました。
そういえば、この人は3・11の後、私の紹介で仙台にいった後、いささか気分が高揚したのか、湯島で泣き出したこともあります。
精神的にかなり限界にきているのかもしれません。
私と一緒にやっていればよかったのにと言いたかったですが、それを言っても仕方がありません。
彼は今、仲間との考え方の差でぼろぼろになりそうな様子です。
解決策を即答しませんでした。
これまでも何回も言っているので、今回も通じないでしょう。
でもどうしたらいいか考えなければいけません。

さて3番目のKさんの相談は、もう少し初歩段階です。
事業企画だと言って分厚い資料を持ってきました。
私は分厚い資料は読みません。
厚さと内容は反比例しているからです。
でも具体的なアドバイスを提案しました。
もしそれをやるのであれば、私は全面的に協力しますが、どうなるでしょうか。

Nさんからは電話である資料の修正を頼まれました。
いや頼まれたわけではなく、私から申し出たのです。
この人は、ものすごい苦境にいると思いますが、私に遠慮してなにも頼んできません。
だからこちらからやるしかないのです。
この人はいつも、私は高卒で知識がないからと言いますが、そんなことは全くありません。
裁判の事前準備書面を自分で作成してしまうほどなのです。
お金がないので弁護士に頼めないからなのですが、こういう人に何故弁護士は無料で手を差し伸べないのでしょうか。
彼女は、今逆に弁護士報酬が払えなくて裁判を起こされているのです。
誠実さは、時に狙われます。
私もかつて、ある支援をした相手から、佐藤さんはお人よしだから俺がその気になれば身ぐるみはがしてしまうよと言われたことがあります。
彼を信じていましたが、結果的にはかなり身ぐるみをはがされてしまいました。
だから誠実な人が「餌食」になっているのは見ていられないのです。

まだあります。
そんな相談に、この3日間、時間をつかっていました。

■遺言書を書いてみました(2017年6月13日)
といっても、私の遺言書ではありません。

独身を通した友人が先月、突然胃がん宣告を受けました。
そして私に電話してきました。
手術の前にやっておきたいことがあるというのです。
何事かと思って急いで会ったのですが、要は遺言書を書いておきたいというのです。
遺産相続の方針はすでに決まっているので、自分が死んだ後、それを遺族に伝える役目を私に託したいというわけです。
私よりも先に逝くことが決まっているわけではないのですが、突然のがん宣告は時に人を混乱させます。
相談を受けたほうも、時に混乱してしまう。

予め相続者に言っておけばいいではないかと言ったのですが、均等相続ではないので、いろいろと問題が起きるのを避けたいのだそうです。
たしかに、そんなトラブルになれば、治るガンも治らないかもしれません。
まあ面倒くさそうですが、困った人がいたら放置はできません。
それに、死後、友人が遺言書を関係者を集めて開示するというのもドラマティックです。
アガサ・クリスティの世界です。
できれば、がんで死ぬのではなく、殺害された方が劇的ですが、そこまで彼に期待するのは欲が深すぎます。
でまあ、ちょっと面白そうな話です。
でもまあ、先に私が死んだらどうするのかという問題もあります。

しかし、そもそも弁護士でもない私が、そんな役割が果たせるのでしょうか。
そういうわけで、遺言について調べ出したのですが、まあついでに遺言書も書いてみたのです。
書いてみると、自分のも書いてみたくなってきました。
できればちょっと謎解きの要素を入れるのもいいかもしれません。
そのためには、相続すべき遺産をためておくべきでした。
できれば、どこかに隠し子がいると、もっとドラマティックになったでしょう。
残念ながら隠し子も争いになるほどの財産もありません。
私の生き方はいささか退屈すぎたようです。

不謹慎な話になってきましたが、肝心のその友人は、いまは玉川温泉に湯治に行っています。
湯治で胃がんが治るかもしれないと言っていましたが、こういう能天気な友人なので、彼の遺言書を私が開示する役割はたぶん果たせないでしょう。
つまり私よりも彼が長生きするということです。
さてそれでは誰に彼の遺言書を委ねるか。
なんでそんなことまで私が考えなければいけないのか。
彼は今ごろ、温泉でぐうたらしていることでしょう。
その一方で、私は遺言書を書いている。
今日も食事もせずに、いろんな人の相談に乗って疲れているのに、です。
人生は不条理の連続です。

しかし、自分の遺言書はともかく、他人の遺言書はやはり責任重大です。
もう少し勉強しなければいけません。
どうしてこんな役回りになってしまっているのでしょう。
困ったものです。

■全身の痛み(2017年6月13〜15日)
さて13日から身体的につらい状況です。
頭痛がするのです。
鈍痛ではなく、ちょっとした拍子に左の頭に鋭い痛みがはしります。
頭を触ると皮膚が痛い気がします。

昨夜、夜遅く熱いみそ汁を飲んでしまいました。
そのため口腔の上の皮膚が全部やけどして向けてしまいました。
それで時々痛みがあります。
気分もよろしくありません。

お腹が時々痛いのはまあいいとして、最悪なのは右足の裏にとげが刺さったような痛さがあり、正常に歩けません。
老化をありがとうございました。浮いていて、突然チクっとしたので、ガラスの破片でも踏んだかと思ったのですが、調べてもそれらしきものはありません。
でもある部分を押すと激痛が走ります。
そういえば、以前もこんなことがあった気がします。

頭痛は高血圧のせいかもしれないと思い、血圧測定してみましたが、まあほどほどの高さで、異常とはいえません。
それでも念のために降圧剤を飲んでしまいました。
いざとなると私も気が弱いようです。


この状況が3日つづきました。
幸いに15日には、いずれの症状もかなり改善されました。
さてさて医者に行くべきかどうか。
迷いますが、結局行かないでしょう。
血圧の薬も飲まないでしょう。
この心身の痛み(心の痛みは書きませんでしたが、身体以上にあるのです)はきっと何かのメッセージです。
生き方がどこかで間違っているのでしょう。
直さなければいけません。

■共謀罪法の強行採決(2017年6月15日)
共謀罪法が強行採決されました。
自民党と公明党によって、日本の国会は踏みにじられました。
6.15は忘れられない日になりました。
ブログに書きましたが、「続猿の惑星」の議会を見ているようです。

http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2017/06/post-1dc3.html

■1か月半ぶりにホームページを更新(2017年6月16日)
開設以来、毎週更新してきたこのホームページを1か月半、放置していました。
時間がなかったというよりも、更新するモチベーションが起きなかったためです。
でもせっかくここまで続けてきたので、更新を再開することにしました。
2日間かかってこれまでの記録を思い出して書きこみました。

来週からまた毎週更新にします。

(2017年6月第1週)
■ワークショップ「大災害に備えるために」(2017年6月4日)
■水の館にレストランができました(2017年6月5日)
■今年初めての畑作業(2017年6月5日)
■小宮山さんと西山さん(2017年6月6日)
■心を休めさせられない無力さへの無念さ(2017年6月7日)
■河田さんとゆっくりお話しできました(2017年6月7日)
■エグゼクティブフォーラム合宿(2017年6月9〜10日)
■新薬師寺十二神将(2017年6月9日)
■ならまち散策(2017年6月10日)
■最後の薬師寺(2017年6月10日)
■渉成園と文子天満宮(2017年6月10日)

■ワークショップ「大災害に備えるために」(2017年6月5日)
上原さんによるワークショップ「大災害に備えるために」は定員ぴったりの10人が参加しました。
東北被災地で活動している方も3人参加してくださいました。
女性の参加がなかったのがとても残念でした。

上原さんは、まずある状況において、「あなたならどうしますか」というイエス/ノーの問いかけをしてきました。
たとえば、「あなたは9歳の娘と一緒に自動車で避難中に、歩いて避難している娘の同級生を見かけて自動車に乗せましたが、その子が家に祖母がいるのを思い出し、その子から戻って一緒に避難させてほしいと頼まれました。あなたは祖母を助けにその子の家に戻りますか?」というように問いかけるのです。
参加者は、それぞれ一斉に、イエスかノーのカードを出します。
そして、そういう判断をした時に最も重視したことを書いて、それを順番に発表するのです。
それからみんなで3分ほど話しあいます。
そして次の問いに行きます。
これが基本形ですが、そこから発展した、さまざまな問いかけや話し合いの仕組みが考えられています。
そういう判断を迫られることのないようにするには、普段から必要なことは何か、というような問いかけもありました。

上原さんの狙いは、正解を見つけることではなく、価値観の多様性を知り、それぞれがより適正な判断力を身につけることです。それが大災害での「生き残る確率」を高めることにつながると上原さんは考えています。
問いかけは、すべて実際にあったことを材料にしていますので、リアリティがあります。報道を見て、いろいろと批判することは簡単ですが、実際にその場に立ったとして考えれば、その場での判断がいかに難しく、また「正解」などないことが実感できます。

3.11の後、女川などで活動してきた宮崎さんは、東日本大震災の教訓を風化させないためにも、この種のテーマでのサロンの企画は大切だと言ってくれましたが、単なる事例を学ぶのではなく、自らがその立場になって一人称自動詞で考えることで、教訓を刻み込むことの意味を、私も実感しました。

テーマは、大震災に備えてでしたが、このワークショップから気づかされたことはたくさんあります。
上原さんの、今回のワークショップのベースにあるのは、クロスロード防災ゲームだと上原さんから教えてもらいました。
クロスロード。
分岐点というような意味ですが、それはさまざまな活動に関して、出会うところです。
上原さんは、防災のほかにもいくつかのテーマでこのワークショップに取り組んでいます。
私が最近体験したワークショップの中では一番気付きが多かったです。
参加者もとても面白いと言っていました。

自治会や行政や、あるいはさまざまな問題に取り組むNPOにも、有効な手法だと思いました。
もし自分のところでやってみたいという方がいたら、上原さんをご紹介しますので、ご連絡ください。

最後に、上原さんは一番判断が困難だったことや驚いたことなどを全員に問いかけました。
私は、社会的な役割と家族関係のどちらを優先するかに少し迷いがありました。
驚いたのは、最後の問いかけへのイエス/ノーが私だけ違っていたことでした。
私は自分がとても人間的な、常識的な考え方をすると自負していましたが、10人中、私だけが違う判断をしたことに正直驚きを感じました。
その問いかけは、そう難しい問いではなかったのですが。
こんな形で、自らの判断基準や他者との違いにも気づかせてくれるワークショップでした。

今回の私の教訓は、自らの生き方の原理原則を明確にしておくことの大切さです。
それはそんなに難しいことではないのではないかというのも、今回改めて実感しました。

とてもいいワークショップをしてくださった上原さんに感謝します。
遠方から参加してくださった実践者のみなさんにも。
いつかパート2を開催したいと思っています。

■水の館にレストランができました(2017年6月5日)
わが家の近くの手賀沼の湖畔には、水の館という施設がありますが、その施設が県から市へ移管されたのを契機に、レストランができました。
6月3日にオープンだったのですが、娘の連れ合いが今日は休みだったので、みんなでそこに食べに行ってみました。
農業関係者が経営していることもあって、野菜食なのです。
私は650円の野菜丼を食べました。
おそらく料金のほとんどは景観を楽しむ費用なのでしょう。
しかしもう少し工夫があってもいいと思うような野菜丼でした。
こんな中途半端な料理ではなく、むしろカフェに徹してほしかった気がします。

でも場所はとてもいいのです。
2年は持つでしょう。
いや1年以内にメニューの見直しがあるでしょう。
そう思いながら、帰ってきました。

■今年初めての畑作業(2017年6月5日)
農業関係者が経営しているレストランに行ったからではないですが、今年初めて畑に行きました。
今年はもしかしたら家ができるので、畑はやめていたのですが、家の建築は延期になりそうなので、やろうと思えば今年も畑作業はできるのです。
ところが、昨年まで3年ほどかかってやっと畑らしくなってきていたのに、今年放置していたために、また3年前の野草に覆われた状況に戻ってしまっていました。
さてどうするか。
迷うところです。
今日は一応、30分ほど野草、特に私の嫌いなセイタカワダチソウを抜いてきました。
それだけでもうへとへとです。
体力の低下を痛感します。

■小宮山さんと西山さん(2017年6月6日)
コミーの小宮山さんから、西山さんと一緒に会食しようとお誘いがありました。
西山さんは多彩の人で、私たちの共通の友人は黒岩比佐子さんです。
黒岩さんが亡くなる前にはほとんど交流はなかったのですが、黒岩さんの最後の講演会の時に久しぶりにお会いし、以来、時々、いろんな場でお会いするようになりました。
いまは小宮山さんが、私たちをつないでくれる存在になっています。

■心を休めさせられない無力さへの無念さ(2017年6月7日)
いささか深刻な問題で湯島に何回も相談に来てくれている人がいます。
その方は、これまで多くの人に裏切られてきたようで、人への信頼感を持てずにいるようです。
ブログを通して私を知ってくれて、湯島の通いだしてくれているのですが、なかなか彼女の心を平安にできずにいます。
私への信頼感はかなりできたような気もしますが、いつどう壊れるか不安です。
人を信じられない人は、誰であろうと信じられないものです。
「この人だけは信じられる」ということは私の体験ではありません。
一人でも信じられない人がいれば、人を信じることなどできないからです。
ちなみに私はすべての人を信じるように努力して生きていますが、実現はできていません。
ただ人を裏切ることだけはしまいと決意していますが、それも難しい。

さてその疲れ果てた人ですが、今日も彼女に平安をつくれませんでした。
他者に平安を与えられない無力さが無念です。
自分の平安が得られないので、せめては誰かに平安になってもらいたいと思うのですが、この発想に矛盾がありそうです。

■河田さんとゆっくりお話しできました(2017年6月7日)
河田さんとゆっくり話したことがありませんが、私のフェイスブックの投稿を読んで、何か私の力になれないかと湯島にまで来てくれました。
ありがたいことですが、そういう申し出と行動が、つまりは私の力になってくれているわけです。
河田さんといろいろと話しました。
私が抱えている問題も話させてもらいました。
それだけで心は安らぎます。

河田さんはバリバリのビジネスマンの後、いまは若いソーシャルアントレプレナーを応援しています。
社会はこのままでいいのかという危機感もお持ちです。
私とはいろいろと考え方が違うように思っていましたが、話してみると通じていることがたくさんありました。

いろいろと刺激を受けた話し合いができました。
次のステップに向かうためにどうすればいいか。
また話し合うことにしました。

■エグゼクティブフォーラム合宿(2017年6月9〜10日)
山城経営研究所のエグゼクティブフォーラムの28期の合宿が奈良でありました。
私は奈良ホテルで合宿と聞いただけでそのコーディネーターを引き受けましたが、1回でやめようと思っていたのになぜか今年も引き受けてしまいました。
断りたい気分と奈良ホテルのバランスが、決断しないままに結局継続になったのです。
奈良ホテルの魅力は、もちろん奈良ホテルという空間ですが、それ以上に、早朝に奈良公園を散歩できるからです。
まあ合宿とはあんまり関係ありませんが。

このエグゼクティブフォーラムは、企業の管理者その育成支援プログラムです。
その最初の合宿での私の役割は、最初の問題提起なのですが、その1時間を除けば、後は参加者の話し合いに口を少し突っ込んだり、発表へのコメントをしたりしかないのです。

今夏は前回よりもさらに若い人が多い気がします。
なかなかいい議論がされていました。
半年後に椿山荘で発表会があります。

■新薬師寺十二神将(2017年6月9日)
フォーラム受講生が話し合っている合間に、こっそりホテルを抜け出して、近くの新薬師寺に行きました。
前に来たのはもう50年以上前でしょうか。
ホテルで聞いたら、歩いていけるというので、抜け出したのですが、暑さもあってちょと遠かったです。

新薬師寺で有名なのは十二神将です。
本尊の薬師如来坐像(これも国宝です)を十二体の神将たちが囲んでいるのは圧巻です。
ところが、50年ぶりにお会いした十二神将たちは私の記憶とはちょっと違って、みんな年取ってしまった気がします。
私の気のせいなのでしょうが、そんな気がします。
坐像の前でしばらく座っていましたが、私の精神状況のせいでしょうが、伝わってくるものがあまりありませんでした。

新薬師寺の周辺はまだあまり観光化されておらずに、町並みも風情があります。
抜け出したこともあって、残念ながらどこにもよらずにホテルに戻りました。
だれにも気づかれずに終わりました。

■ならまち散策(2017年6月10日)
朝、6時前にホテルの近くのならまちを散策しました。
ならまちは、もともとは元興寺の寺域です。
本当は元興寺を見たかったのですが、門が閉まっていて見ることができませんでした。
ならまちを歩いていたら、家々の軒先に奇妙なものがかけられているのに気づきました。
犬の散歩をしている人に訊いたら、「身代わり申」というのだそうです。
奈良町資料館を教えてくれましたが、早朝なのでここもあいていません。
こういう公共(的)空間は(お寺もそうですが)、24時間あけておけるような社会であってほしいといつも思います。

身代わり申をみてすぐに思いついたのが中国雑技団ですが、まさに道教といった感じです。
元興寺の前身が飛鳥寺だったと記憶していますが、飛鳥には、道教の雰囲気が強いですので納得できましたが、ならまちのイメージにはつながりません。
帰宅して娘に訊いたら、身代わり申を知っていました。
どうも私の知識は偏っていて、知らないことが多すぎます。

ちなみわが家は以前、魔除けにトルコから買ってきた青ガラスの目をつるしていました。
割れてしまったので、いまはないのですが、娘のタイル工房の入り口には今もぶら下がっています。
最近、悪いことが多いのは、軒先のお守りがないからかもしれません。
この身代わり申は、私の趣味ではないので(身代わりの発想に拒否感があるのです)やめますが、家の軒先に置く魔除けを少し探してみようかと思います。

■最後の薬師寺(2017年6月10日)
合宿のプログラムの中に、薬師寺と伏見稲荷の参拝というのが組み込まれています。
神仏習合を体感するというのが目的だそうです。
薬師寺と伏見稲荷の組み合わせはおかしいですが、まあかたいことをいうのはやめましょう。
薬師寺には付き合いましたが、伏見稲荷は抜けさせてもらいました。

薬師寺は4年ぶりくらいでしょうか。
いまもなお東塔は修復のため、覆いがかけられてまったく見えません。


参拝の前に村上定運さんの法話を聞きました。
高田好胤管主をしのぐほどの話し手でした。
ただ、私はその話を聴いて、もう薬師寺には来ないことにしました。
なぜかはここには書きませんが、大きな失望感を持ったのです。
西塔をはじめとした伽藍再建は素晴らしい仕事でした。
すべての費用は、写経などによって寄進されたものと聞いていました。
しかしもしかしたらそれがあだになったのかもしれません。
とても残念でなりません。

何を書いているかわからないでしょうが、気になる人は薬師寺に行って法話を聞いてみてください。
薬師寺は私の好きなところでしたので、とても残念です。
私にとっての、最後の薬師寺になりました。

■渉成園と文子天満宮(2017年6月10日)
午後は伏見稲荷を止めて、京都で会社時代の先輩の田中さんに会いました。
田中さんは、東本願寺別庭の渉成園と文子天満宮を案内してくれました。


文子天満宮も私は全く知りませんでしたが、北野天満宮よりも古い、天神信仰発祥の地なのです。
渉成園はとても落ち着いたいいところでした。
池に面した見たこともないような茶室も驚きでしたが、京都駅のすぐ近くにこんな空間があるのが、ないよりも不思議ですが、やはりそれが京都なのでしょうか。
その前に、東京の朝のラッシュ時間のような伏見稲荷の混雑ぶりを体験していたので、とても気分がホッとしました。

しかし、それ以上にうれしかったのは、田中さんにお会いできたことです。
話していて気がついたのですが、田中さんとは一緒に仕事をしたこともなく、25年間の会社時代に、わずか4年間、職場の部屋が隣だっただけだったことに気づきました。
私の印象記憶とはあまりに違いますが、事実はそれが正しいようです。
田中さんからそう指摘されるまで、私はなぜか一緒に仕事をしていたような親近感といろいろとお世話になったという記憶があるのです。

田中さんも私のことを覚えていてくれて、わざわざ滋賀から京都まで出て来てくれました。
改めて人のつながりの不思議さを感じました。
そしていろいろと気づかされたこともあります。
私はあまに勝手に会社をやめてしまったのかもしません。
世話になった人たちにきちん挨拶していなかったことにも、あまりにも時間が立ちすぎていますが、気づきました。

田中さんとの話は、やはり田中さんらしくて魅力満載でした。
示唆に富むいろんなお話も聞かせてもらいました。

(2017年5月第5週)
■コミーのQiセンターに興味があります(2017年5月29日)
■誕生日だそうです(2017年5月30日)
■「遺言を託せないか?」(2017年5月31日)
■みんなが幸せになるM&Aのお手伝いをしたいんです(2017年5月31日)
■府中の法務局に行きました(2017年6月1日)
■久しぶりのお墓お見舞い(2017年6月2日)
■広島の煙石冤罪事件のドキュメンタリー(2017年6月3日)

■コミーのQiセンターに興味があります(2017年5月29日)
6月10日に、コミーのQiセンターがお披露目されます。
あいにく、その日は関西にいるので、私はうかがえませんが、いろいろと面白い企画が進んでいます。
しかし、私の関心は、このQiセンターがどういう新しい物語を生み出すかです。
この構想を聞いて以来、ずっと気になっています。
それで責任者のコミーの岩田さんに湯島に来てもらって、いろいろとお話をお聞きしました。
岩田さんは、開所式に向けて大変だったと思いますが、ようやく見通しが立ったので、気分転換にという気もあったのですが。
いろんなお話ができました。

私は、ここを「みんなのものづくりラボ」にできないかと勝手に思っているのです。
岩田さんは、このQiセンターづくり物語を小冊子にしています。
ご存知の方もいいでしょうが、コミーは物語をつくる会社でもあるのです。
それでプロジェクトごとに、物語を小冊子にするという不思議な会社です。
そのQiセンター物語を見せてもらったら、なんと最初に私の名前が出てくるのです。
そもそもこの構想は、以前、湯島でやっていた技術サロンに始まるというのです。
であれば、まあ「みんなのものづくりラボ」構想を提案しても、いいでしょう。
採用されるかどうかは、極めて狭い門ですが、もしかしたらもしかします。

ちなみに、QiセンターのQiは、Question & innovation 略なのです。
ロゴマークは小宮山さんの作品ですが、名前もマークも、私も気に入っています。

■誕生日だそうです(2017年5月30日)
今日は私の誕生日なのです。
それで朝フェイスブックを開いたら、フェイスブックにお祝いメッセージが届いていました。
それで天邪鬼の私としては、こんな書き込みをしました。

今日は私の誕生日のようです。
記憶力があまり良くなく、この日に生まれた記憶がないのですが、親からはそう聞いていました。
今朝、FBでいろんな人からメッセージをもらっていますが、元気で頑張れというご期待には、残念ながら応じられません。
ある人から頑張れと言ってきたので、私の趣味ではないので頑張らない、と返信したら、では頑張らないで頑張ってくださいと返信があったので、思わず「はい」と応じてしまいました。
...
そうしたら、またたくさんの人からメッセージが来ました。
さて喜ぶべきかどうか。
友人の一人が、素直に受けなさいと注意してきました。
そういわれるとますます何か言いたくなる、という性格の悪さはまだ治りません。
困ったものです。

■「遺言を託せないか?」(2017年5月31日)
幼馴染から電話があり、会いたいというのです。
会うのは1年ぶりです。
なんだろうと思ったら、遺言書を書くので、お前が預かって俺が死んだら相続関係者に知らせてほしいというのです。
私より先に死ぬと決めているのは許せないですが、実は先週、がんの宣告を受けたのだそうです。
彼は独り身なのです。
なんだかポワロのドラマみたいです。
どうせ遺言書も私が書くことになりかねません。
遺言書の書き方を勉強しなければいけません。
本当に迷惑な話です。
困ったものですが、幼馴染から頼まれてしまっては、断るわけにはいきません。
さてついでに私も遺言書を書いてみようかという気になってきました。

■みんなが幸せになるM&Aのお手伝いをしたいんです(2017年5月31日)
あるシンポジウムで私の話を聴いたという人がメールで会いたいと言ってきました。
M&Aの仕事をしている人です。
私が抜け出した世界の住人だろうと思っていたのですが、会ってみて、その話に共感するところがありました。
なによりも私が心を開けたのは、秋田の農家の出身だそうです。
農家で子供時代を過ごした人に悪い人はいないというのが、私の勝手な考えです。
たぶん彼は20年後には秋田に戻っているでしょう。
そして日本の新しい農業の担い手になっているでしょう。
勝手にそう思いながら、彼の仕事には可能な範囲で協力することに決めました。
問題は役に立つことがあるかどうかです。
彼が私の心をつかんだのは、「みんなが幸せになるM&Aのお手伝いをしたいんです」という言葉でした。
10数年前に私が考えていたことですので。

■府中の法務局に行きました(2017年6月1日)
弁護士から起訴されている方の相談に乗っています。
弁護士不信になっている方なので、私が相談に乗らなければいけません。
いやおかしな理由ですが。

それで今日は朝早く家を出て、府中で関係者とお会いしました。
みんな善意そのもの人ばかりです。
なぜこういう人たちが起訴されなければいけないのか、それだけで不条理を感じます。

午後、みんなで府中の法務局支局に行きました。
暗いイメージの、いかにも役所といった感じで、それだけでいささか気が重くなりましたが、相談に乗ってくださった方が、いかにも人間という感じの人で、ほっとしました。
まあ目的が果たせたかどうかはわかりませんが、関係者の方たちはたぶん喜んでくれました。

問題はその後、起こりました。
別れ際に、相談者が私のお礼だと言って謝礼を渡したのです。
お断りしましたが、ポケットに入れられてしまいました。
駅だったので、むげにやり取りするのもおかしいので、結局、もらってしまいました。
今日の謝礼は、お昼をご馳走してもらうことで、それはきちんと海鮮丼をご馳走になったので、二重取りなのです。
さてさてどうするか。
私はお金はみんなのものと思っているので、ポケットに入っているとついつい使ってしまいます。
悩ましい問題ですが、帰りの電車で、やはりお金をもらう相談事業は不純だと思えてきました。
そうなると弁護士とかカウンセラーの人たちを否定することになりかねませんが、問題は最初から相談費用を設定することかもしれません。
今回の件が解決して、彼女が悩みから解放された時に、その時の状況に合わせて可能な範囲でお礼をしてくれるのであれば、素直に受け取れるのですが。

さてさて悩ましい問題です。
やはりお金は恐ろしい。
そう思います。

■久しぶりのお墓お見舞い(2017年6月2日)
しばらくお墓見舞いに行きませんでした。
思い立って、家にいた娘に付き合ってもらいました。
私は運転免許を返してしまったので、自動車の運転ができないのです。
しばらく行っていなかったので、お墓に野草が生えていました。
知り合いの墓に、いつもなら必ずある花が供えられていないのが、気になりました。
わが家のお墓の隣も、最近は来る人もなく、荒れてしまっています。
お墓からも見えることは、いろいろあります。

■広島の煙石冤罪事件のドキュメンタリー(2017年6月3日)
回かここでも取り上げた広島の煙石博事件を題材にしたテレビ特別番組「私は無実です 〜防犯カメラで真実は見えるか〜」が、TBSの「ザ・フォーカス」で放映されました。
ホームページに制作意図が書かれていました。

広島市の煙石博さんは、自宅を訪ねてきた刑事に任意同行を求められ、窃盗容疑で逮捕された。銀行で他の客が置き忘れた封筒から現金6万円あまりを抜き取った疑い。
煙石さんは長年アナウンサーとして活躍した地元の有名人。事件は大きく報道され、アナとして築いた名声は地に落ちた。煙石さんは潔白を主張し続けたが、1審と2審で有罪判決を受けた。
有罪の証拠とされたのは、防犯カメラの映像だ。実はこの映像は不鮮明で、人物の行動の詳細が確認できるものではなかった。
のちに煙石さんに無罪判決を言い渡した最高裁は、映像では犯行事実は何一つ確認できないことを指摘している。このような映像が、なぜ犯行を裏付ける証拠として扱われたのだろうか。事件を糸口に、映像に頼った犯罪立証をめぐる問題を取材した。

煙石さんは地元のアナウンサーだった人ですが、銀行のATMでの66,000円の窃盗の容疑で逮捕されたのです。
証拠は映像でしたが、逆にその映像は煙石さんの無罪を証明する内容だったにもかかわらず、地裁、高裁とも有罪になってしまいました。
今年、それが最高裁で無罪になったのです。
完全な冤罪であり、そのために煙石さんは数百万円の私費を投入し、数年間の生活を犠牲にしてしまったわけです。
「被害者学」の著書もある諸澤英道さんがその番組で、日本では「映像がいかに不鮮明であっても、映像があると言うだけで証拠にされることがある」と語っていました。
日本の裁判の杜撰さを痛感します。
私には、やはりこの事件は裁判官と検察の犯罪としか思えません。
こんなことを書いていると、私もいつ起訴されるかわかりませんが。
この番組でも紹介されていますが、日本では刑事事件の場合、起訴されて無罪になるケースはほとんどありません。
つまり、日本の刑事事件においては裁判は機能していないといってもいいでしょう。
起訴の段階で有罪がほぼ確定しているのであれば、時間と費用を使って裁判などする必要はないのではないかとさえ思います。
この番組は見られなかった人も多いと思いますので、いつか湯島のサロンで見る会をする予定です。
いまいくつかの裁判に関する相談を受けていますが、日本の司法は大丈夫なのか、とても心配です。

(2017年5月第4週)
■寄り添いネットワーク(2017年5月23日)
■NPO科学技術倫理フォーラム解散(2017年5月23日)
■ストーリーテリング協会(2017年5月25日)
■悩ましい問題(2017年5月25日)
■散歩市オープンカフェ(2017年5月27〜28日)

■寄り添いネットワーク(2017年5月23日)
阿部さんが「寄り添いネットワーク」を立ち上げようとしていますが、なかなか前に進みません。
そもそも「寄り添いネットワーク」というのは私の取り組んでいるネットワーク構想の候補だったのですが、阿部さんが取り組むのであれば、それも良しと思って支援しています。
どこが問題なのかは、だいぶ見えてきました。
そもそも「寄り添い」という姿勢は、なかなか理解されない面があります。
私も「寄り添う」という言葉が好きではありませんでしたが、最近、漸く私自身はそれが理解できてきました。
しかし、世の中には「寄り添い」を言葉だけで使っている人が多すぎます。
人の成りみてわがなり正せ、ということわざの意味がだいぶ分かってきました。
寄り添いネットワークが進まないのは、たぶん言葉と実践が一致していないからでしょう。
さてそれをどう阿部さんにわかってもらうかですが、これが難題です。

■NPO科学技術倫理フォーラム解散(2017年5月23日)
2003年に発足したNPO法人科学技術倫理フォーラムは、今年の3月をもって解散しました。
その清算のための最後の理事会を、昨日開催しました。
このNPOは、私が敬愛させていただいている技術士の杉本さんが中心になって立ち上げたNPOで、日本に科学技術倫理という概念を広げる上で、大きな役割を果たしてきました。
メンバーの多くは技術者ですが、私は杉本さんに声をかけていただき、参加させてもらいました。
昨日集まったのは、杉本さんと橋本さん、鳥羽瀬さんです。
それぞれ大学で技術倫理の講義など、多彩な活動をされているメンバーです。
NPOの清算事務は無事終了しましたが、発足以来、15年間、たくさんの気づきをいただきました。
理事会終了後、来月、メキシコで開催される法社会学関係の国際シンポジウムで杉本さんが発表される予定の話のエッセンスを紹介してくれました。
フクシマ事故を題材にして、原子力問題を考える枠組みに関する提案です。
数年前に杉本さんが日本の法社会学会で発表されたものをベースに、大きく発展させたものです。
とても共感できますが、共感できるところよりも異論を唱えてしまう私の習癖で、議論が始まってしまいました。
問題が、フクシマになると、どうも私自身がホットになってしまいます。
困ったものですが、こればかりは直りません。

その後、場所を変えて、久しぶりにゆっくりとお話しました。
私だけが、ノンアルコールでした。
今回一番刺激的だったのは、橋本さんのお話でした。
橋本さんは私よりも少し年長で、湯川秀樹の授業を直接受けた人ですが、なぜか今は、情報工学のプロエンジニアです。
なぜそうなったかの訳を今回初めて知りました。
人生の面白さが、そこにもありました。

このNPOでは、実に魅力的な先人たちに出会えました。
すでに鬼籍に入っている人も数名いますが、私のように社会から脱落したものにとっては、貴重な体験をさせてもらいました。
そのNPOが解散。
少しさびしいですが、7月に、杉本さんのメキシコ報告をしてもらう予定です。
またご案内しますので、お時間があればご参加ください。

■ストーリーテリング協会(2017年5月25日)
ストーリーテリング協会がなかなか前に進みません。
そこで、ストーリーテリングへの理解が深い吉本さんと福島さんとで話しあいました。
引き続き外部の人を招きながら、話を深化させていくことになりました。

■悩ましい問題(2017年5月25日)
ちょっと悩ましい問題の相談を受けていますが、私の手におえないので、ある分野に通じている人に助っ人を頼みました。
しかしなかなか難しいもので、なんだかビジネスライクな対応になってしまいました。
横から見ていてこれではだめだなと思いました。
カウンセリングやコーチングなどで仕事をしている人は、本当に役に立っているのでしょうか。
私ならたぶんプロの数倍のことができそうです。
但しお金は一切もらわないという条件ですが。
やはりお金をもらっての相談は、本物にはならないことを改めて確信しました。
あらかじめ時間対価を決めての相談は、やはりビジネスしかありません。
やはり私にはできないことでしょう。

■散歩市オープンカフェ(2017年5月27〜28日)
散歩市に合わせたオープンカフェ第1日目は10人が来てくださいました。
朝は曇っていましたが、午後はすっかり晴れて、野外カフェとしてはとてもいい感じでした。
なぜか近くのアビスタでケーナの演奏をやっていた櫻井さんも、演奏の合間に顔を出してくれました。
東京の東久留米から2時間かけて来てくれた人もいます。
ゆっくりお話しできなかった人もいますが、4時閉店予定が5時閉店になってしまいました。
2日目は、開店前にも来客がありましたが、午後は私の知り合いが3人、ばらばらに来てくれたのですが、共通の話題が「柳兼子」でした。
その後、工房のお客さんがコーヒ−を飲んでいってくれました。
工房に通っている高橋さんのお母さんやその友人などが、庭の花を見ていってくれました。

(2017年5月第3週)
■「負債論」(2017年5月15日)
■パニック(2017年5月17日)
■コミーの小山さんと徳永さん(2017年5月18日)

■「負債論」(2017年5月15日)
いささか読了できるかどうか、いささか危うんでいた大部の「負債論」を読了しました。
最近よんだ中で一番面白かった本と言ってもいいでしょう。
ブックのコーナーで紹介しようと思います。

■パニック(2017年5月17日)
最近いささかパニック状態になっています。
「負債論」に嵌っている一方で、まさにその「負債」を背負いすぎてしまっている人や逆に「負債」を破棄されて人間不信に陥っている人など、負債がらみの問題になぜか集中的に関わっています。
それにしてもお金の威力は実に大きいです。

それはともかくこの数日頭がうまく作動せずに、いわゆるパニックに近い状況になっています。
そのため目先の問題を消化するだけ疲れてしまう。
その上、寝不足も重なって心身共に不調でした。
何とか少し余裕が出てきそうです。
悩ましい数日でした。

■コミーの小山さんと徳永さん(2017年5月18日)
コミーの小宮山さんから頼まれた仕事をしにコミーに行きましたが、今日は小宮山さんは出張で不在でした。
そのおかげで、というのは語弊がありますが、小宮山さんと一緒にコミーを立ち上げた小山さんとはじめてゆっくりお話ができました。
小山さんとは一度だけパーティの席でお会いしただけですが、小山さんの話はいろんな人からお聞きしていました。
思っていた通りの人でした。

もうひとり、気になっていた人に会えました。
徳永さんです。
徳永さんは毎月福島の相馬にボランティア活動で通っています。
フェイスブックで、それを知ったのですが、その話をお聞きしたかったのです。

仕事の関係の話は、コミーの社員のチームががんばっているので、私の出る幕はあまりありません。
今日は、結局、小山さんと徳永さんに会うためにコミーにいったような気がします。
その上、お昼までご馳走になってしまいました。
おかげでパニック状況からの回復に弾みがつきました。

(2017年5月第2週)
■コミーショートストーリー(2017年5月8日)
■孫の1歳誕生日(2017年5月9日)
■岐阜の佐々木さんの優雅な生き方(2017年5月10日)
■89歳の暉峻淑子さんとお会いしました(2017年5月10日)
■小宮山さんとのエンドレスミーティングは挫折(2017年5月11日)
■カフェサロン「沖縄が失ってしまったもの、失いつつあるもの」報告(2017年5月14日)

■コミーショートストーリー(2017年5月8日)
コミーは6月10日に、新たにできたQIセンターのお披露目会を開催しますが、その時に来場者に配布する「コミーショートストーリー」を制作することになりました。
そのチームもできて動き出していますが、ささやかにそのアドバイザー役を仰せつかりました。
コミーの社長の小宮山さんから、会社関連のことで頼まれたのは初めてです。
今日は、そのチームとのミーティングをやりました。
まあ雑談のほうが多かったのですが。

■孫の1歳誕生日(2017年5月9日)
孫が1歳になりました。
そのお祝いに招待されました。
連れ合いの両親家族も一緒でした。
おコメ(実際にはパスタでした)を背負わせたり、人生を占うために何かを選ばせたり、いろいろとしきたりがあるようです。
まあ私の娘ですから、そこは適当に手を抜きながらやっていましたが。

しかし、孫ができて初めて、子どもを育てるということの大変さを知りました。
男性より女性が生命力のあることの理由がわかった気がします。

■岐阜の佐々木さんの優雅な生き方(2017年5月10日)
岐阜の佐々木さんが出てくるというので、お昼をご一緒しました。
佐々木さんが岐阜に転居していなかったら、いろいろと一緒に何かができたのでしょうが、佐々木さんは岐阜暮らしがすっかり定着してきています。
それにご両親のケアもあります。
佐々木さんは、私から見れば、ある意味では、理想的な生き方をしていますが、人の生き方は自分だけで決められるものでもありません。

いつものように、まあ何の意味もない、ゆったりした会話を楽しみました。
佐々木さんから、仲間が商品化したという「キャラブキ」をもらいました。
とてもおいしかったです。

■89歳の暉峻淑子さんとお会いしました(2017年5月10日)
小田原の時田さんから、ぜひにと言われて、大泉学園に暉峻淑子さんに会いに行きました。
時田さんも、小田原から出てきてくださいました。

暉峻さんは、私が会社を辞めた年に、岩波新書から「豊かさとは何か」を出版され、それが話題になりました。
今でも読み継がれているロングセラーです。
その暉峻さんが、最近また岩波新書で「対話する社会へ」を出されました。
時田さんはそれを読んで、私に暉峻さんと会うことを勧めたのです。

89歳の暉峻さんは、お元気で、話もとてもしっかりしていました。
私が思っていた以上に、社会の実状をご存知のようでした。
大学の先生は、ほとんどが社会の実相を知らないので、私は話していて退屈なのですが、今日はあまり退屈はしませんでした。
むしろいろんなことを気づかされました。

暉峻さんは、地元の練馬で、対話的研究会なる集まりをもう7年やっています。
今回は、私から湯島のサロンの話をしましたが、サロンと研究会と歯本質的に違いますが、暉峻さんの研究会は、話し合いを大切にしています。
ですから名前をサロンにした方がいいと思いますが、まあそれは余計なお世話です。
いずれにしろ、暉峻さんと話していて、私も地元の我孫子で、対話的研究会のようなものをやろうかという気になりました。

■小宮山さんとのエンドレスミーティングは挫折(2017年5月11日)
コミーの「コミーショートストーリー」に関連して、小宮山さんがまとめている本文について、小宮山さんとエンドレスで話し合うことにしました。
文章は44あるのですが、それを読み上げながら、確認していく作業です。
しかし始めたら予想以上に大変です。
文章の問題ではなく、考え方や経営の考えにまで広がるからです。
そこで3時間ほどで、まあ無理はやめようという合意ができて、近くの居酒屋で交流して、それで後はよしとしようということになりました。
それで、小宮山さんにご馳走になってしまいました。
論理で話し合うよりも、食事を一緒にする方が、心は通じます。
まあ「コミーショートストーリー」はどうにかなるでしょう。

■カフェサロン「沖縄が失ってしまったもの、失いつつあるもの」(2017年5月14日)
悪天候にもかかわらず、今回も9人の参加者がありました。
途中で雨がひどくなってきたため、わざわざ長靴を買って、履き替えてきた人もいました。
そんなにしてまでも人を呼び込む沖縄のオバァの力はさすがです。

今回の話題提供者は、20冊を超える沖縄関係本の出版に関わってきた平井かおるさん。
平井さんは、まず、沖縄の流行歌「カンポーぬ喰ぇぬくさー」を聴かせてくれました。
70年代に流行った沖縄戦をうたった歌だそうです。
ユーチューブで聴けますので、みなさんもどうぞ。歌詞も出てきます。
https://www.youtube.com/watch?v=ixXwo7zp1hk

「あなたもわたしも戦争での艦砲の食べ残しだ」という歌詞が、「少しとぼけたようで軽快でもある旋律」に乗せてまったりと歌われています。
平井さんは、この歌に、沖縄の人たちの、
「持たなければ生きていかれなかった底力と言葉にはとてもできない切なさ」
を感じ、「これぞ沖縄だ」と思ったそうです。

つづいて、平井さんが選んだ6つの沖縄オバァのクガニコトバ(金言)の紹介。
それを通して、沖縄の立ち位置や歴史、変化(失われつつあるもの)を、時折、ウチナーグチ(沖縄言葉)を入れながら、話してくれました。
参加者それぞれが、沖縄が失ったもの、失いつつあるものを、そして、私たちが失いつつあるものに考えをめぐらせたのではないかと思います。

話し合いでの話題はさまざまでした。
あの世は家の軒先ほど近いところにあって、生活につながっている話。
先祖崇拝のトートーメとウタキの話。
ユタとノロの話。
もあい(もやい)の話。
そうしたことが少しずつ変わってきている話。
沖縄で、気安く「オバァ」などと声をかけてはいけない話。
沖縄の人たちの誇り高さの話。
そして無念さの話。
本土で沖縄出身者が差別的に扱われた話。
紹介しきれませんね。

ウチナーグチは母音が3つであることも知りました。
それに、集落ごとに言葉が違うこと。
そうしたウチナーグチがだんだんと若い世代には使われなくなってきたこと。
そして、なによりも、オバァがいなくなってきたこと。
そうした話は、すべて私たちのまわりでも起こっていることかもしれません。

最後に、沖縄のチャップリンといわれた天才ブーテンの漫談のCDを聴かせてくれましたが、まったく聞き取れませんでした。
言語がこんなに短時間に変わっていくものであることに気づかされました。
いや、言語だけではなく、もしかしたら文化も価値観もそうかもしれません。
そう思うとぞっとします。
昨日、私はそれに気づいて、実際にぞっとしました。

「カンポーぬ喰ぇぬくさー」の歌や沖縄オバァのクガニコトバの、そのさらに下にあるだろう、琉球本来の古層文化への関心もますます高まりました。
いつかそうしたテーマのサロンを、沖縄の人に開いてもらえればと思っています。

明日は沖縄が日本に復帰して45年目です。
「平和で住み良さそうで、観光イメージの強い沖縄」という、私の安易なイメージを考え直さなければいけないと思うとともに、沖縄に対して、本土の政府(国民)がどう対処してきたかに関しても考えさせられました。

タイミングよく、今朝の朝日新聞の天声人語で沖縄のことが書かれていました。
まだお読みでない方はぜひお読みください。

(2017年5月第1週)
■我孫子でのミーティング(2017年4月30日)
■コミー物語要約集の編集会議(2017年5月2日)
■損害保険の保証金はきちんと支払われているのか(2017年5月2日)
■対話法研究所の浅野さんとの久しぶりのミーティング(2017年5月2日)
■医療関係の本を3冊読みました(2017年5月4日)
■孫のお付き合いで手賀沼公園(2017年5月5日)
■鳩親子の悲劇(2017年5月6日)
■日本の裁判は公正なのか(2017年5月6日)
■カフェサロン「教育勅語を読んでみよう」(2017年5月6日)

■我孫子でのミーティング(2017年4月30日)
原田さんからの芦川さんと3人でミーティングをやりませんかとお誘いがありました。
おふたりとも我孫子でプロジェクトを起こす計画をお持ちのようです。
ちょっと私の思考とは違うので、いささかの戸惑いはあるのですが、何かできることがあれば協力させてもらうことにしました。
しかし、いろいろと話していて、まちづくりの世代は替わっているのを実感します。
それがうまく勧められた地域は元気になっていくのでしょう。
残念ながら我孫子の行政体質が古いのと住民も現状に不満がないので、動きは起きにくいです。

■コミー物語要約集の編集会議
(2017年5月2日)
6月10日のコミーの交流会に配布する「コミー物語要約集」の制作に関わることにしました。
と言っても、政策が私の目的ではなく、それを通して、広報活動の意味を広報チームに体感してもらい、広報プロジェクトのキックオフにつなげていくというのが私の役割です。
久しぶりにちょっと面白い企業プロジェクトです。

■損害保険の保証金はきちんと支払われているのか(2017年5月2日)
交通事故の保証の件で、損保会社と裁判を起こしている人が相談に来ていますが、今日はかなり詳しい事件の実態をお聞きしました。
たしかにおかしい。
裁判官もおかしければ、損保会社もおかしいです。
その人の怒りが私にも理解できてきました。
何かできることを考えなければいけません。

■対話法研究所の浅野さんとの久しぶりのミーティング(2017年5月2日)
私が取り組んでいる「みんなのゆる〜いカフェサロン」ネットワーク構想に賛成した対話法研究所の浅野さんから、フェイスブックでコミュニティを立ち上げないかと相談があったのですが、その件で久しぶりに浅野さんとミーティングをもちました。
浅野さんが考えているのは、いろんなところに「対話の会」が広がればいいということです。
これは、岩波新書で最近「対話する社会へ」を書いた暉峻淑子さんが本の中で紹介している「対話研究会」とは違い、もっと気楽なカフェサロンのイメージなので、私が考えている「みんカフェネットワーク」に近いのです。
とりあえず浅野さんは「みんなの対話ネットワーク」を立ち上げました。
ゆるやかにつながっていこうと思います。

■医療関係の本を3冊読みました(2017年5月4日)
この連休は何の予定もなかったので、ダラダラ過ごしたくなかったこともあって、宿題になっていた2冊の医療関係の書物を読むことにしました。
いずれも読もうと思ったまま、数か月、読みだせなかった本です。
1冊は石垣千秋さんの「医療制度改革の比較政治」(ミネルヴァ書房)。
もう1冊は「日本病院史」(ピラールプレス)。
いずれも分厚い本なので躊躇していたのですが、読みだしたら面白くてあっという間に読み終えました。

読んだ2冊の本の感想などは来週ブックのコーナーで紹介しますが、この2冊を読んだおかげ、日本の医療の問題をかなり整理することができました。
私の認識では、いまの日本の医療は明治期の発想を超えていないように思います。
つまり「国民医療」の発想です。
これでは何のことかわからないと思いますが、ブログで近いうちに私見を書きます。

併せて新書ですが、萬田緑平さんの「穏やかな死に医療はいらない」も読みました。
これもまたとても共感できる本でした。

■孫のお付き合いで手賀沼公園(2017年5月5日)
こどもの日から縁遠くなって久しいですが、孫が手賀沼公園に遊びに来るというので、私にも誘いがありました。
久しぶりの手賀沼公園でした。
孫は公園内を走るミニ新幹線に乗っていました。



■鳩親子の悲劇(2017年5月6日)
我が家の庭の木に、鳩が巣をつくって卵を産み、孵化させたのですが、雛が孵った翌日の朝、カラスに襲われて全滅してしました。
注意していたのですが、ちょっと目を放した1時間の間の惨劇でした。
親鳩も餌を探しに巣をあけていたのです。
それにしてもカラスは目ざといです。
写真などはフェイスブックに載せました。

■日本の裁判は公正なのか(2017年5月6日)
「弁護士の犯罪」という私のブログ記事が縁で、交流が始まった方が湯島に相談に来ました。
10時半の約束だったので、30分前に行っていようと思い、10時前についたら、それらしい人がオフィスのビルの前に座っていました。
もしかしてと思い、声をかけたら、ご本人でした。
いろいろとお話をお聞きしました。

彼女の話によれば、弁護士に翻弄されているようで、経済的にも精神的にも追い込まれてしまっているようです。
なぜか今週はまた司法関係の話が2件も飛び込んできています。
それにしても日本の司法界は腐ってきているような気がします。

いろいろとお話を聞きましたが、なかなか理解できず、私ができることがまだ十分に見つかりません。
しかしお話を聞きながら彼女の頭の整理をし、その生き方をささやかに応援することくらいはできそうです。
何か役立てることがあればいいのですが。

■カフェサロン「教育勅語を読んでみよう」(2017年5月6日)
連休真っ只中にもかかわらず、「教育勅語を読もうサロン」には、10人の参加がありました。
呼びかけた者としては、もっと大勢の参加を期待していましたが、議論はかなり盛り上がり、そのため「改正教育基本法」を読むところまでたどり着きませんでした。
私は、今の社会の問題のほぼすべては、学校教育に起因していると思っていますので、「教育勅語」も読まずに、市民活動などしないでほしいと思っているほどです。
理念が違っていれば、善意による行為もまったく正反対のものにさえなりかねないからです。
以前のサロンで少し議論したように、ナチスドイツの歴史が示唆していることです。

参加者は事前に教育勅語を読んできてもらっていましたが、まず最初に全員で教育勅語の原文を声を出して読んでみました。
そもそも教育勅語は小学校1年生から全員で唱和する形で学校教育に取り込まれました。
意味など分からなくても、ともかく暗誦させられ、毎日それを「みんなで」声を出して朗誦させられていたわけです。

その後、全員から感想を話してもらいました。
この段階ですでに議論が始まってしまいました。
ちなみに、内容的にはいいのではないかという人は1人、読んでみて腹が立ったと明確に言う人が1人でした。
他の8人は、時代背景の中では(国家統治のためには)意味があったという人もいましたが、そういう人も含めて、教育勅語には否定的でした。
最近肯定的に語られることもある、「夫婦相和シ」「父母ニ孝ニ」などのいわゆる徳目に関しても疑問を投げかける人もいました。
特に「夫婦相和し」は評判が良くなかったのですが、そこから、個々の徳目について話し合いました。
教育勅語が発布された時代背景が大切だという指摘もありましたが、勅語が議論されていた時代は自由民権運動が広がっていた時代であり、教育勅語発布の前年には大日本帝国憲法が発布されています。
政府としては、国民の動きに大きな不安を抱えていた時代だといってもいいでしょう。

教育勅語では、夫婦や兄弟(姉妹は出てきません)や親子に関して、「徳目」が書かれています。
夫婦仲良く、家族仲良く、親には孝行を、と言われると、それを正面から否定するのは難しいかもしれません。
そこに大きな落とし穴があり、これは、その前後の「国民は天皇(国家)の臣民になれ」というための「騙しの部分」だという指摘もありました。
それに、こんなことはわざわざ勅語で指示されることではないという人もいました。

しかし、実はこのこと、つまり国家が家族関係にまで口を出してくることに大きな意味があったとも言えます。
それに当時の社会状況を考えれば、「夫婦相和し」とは妻は夫に無条件で従えということであり、子どももまた親には絶対服従ということでもあります。
夫の意に沿わない妻は一方的に離縁され、生活が困窮すれば、娘は身売りされた時代です。
そういうことを踏まえれば、この徳目は、私には徳目どころか、否定すべき項目でしかありません。
そこには、個人の尊厳という理念が不在なのです。
「言葉」は、多義的なものであり、その意味を吟味しなければいけません。

勅語で語られる「徳目」は、要するに家族を家父長制のもとに管理しやすい形にしようというものであり、それは天皇を家父長にした「大きな家族」である日本国家体制を確固たるものにするための下部システムづくりであり、無垢の子どもたちの洗脳教材だったとしか思えません。
つまり、いざ戦争になったら、「身も心もお国のために捧げる」ことの準備でしかなかったわけです。
そして、その後、日本は見事に国民の大きな抵抗もないままに戦争に入っていくわけです。

そうした「教育勅語」の精神が、いままた復活しようとしている。
自民党の憲法改正案を見ればわかりますが、憲法でまた家族にまで介入してこようとしているのです。
教育無償化の一方で、無垢な子どもの洗脳教育がはじまろうとしている。
保育問題は単なる託児発想で、そこには子育ち支援の思想は感じられません。
そして私には、少なくないNPOがそれに荷担しているように思えるのです。

いささか書きすぎましたが、教育勅語をぜひ読んでみてほしいです。
そこで語られているのは徳目ではなく、国家のためにすべてを差し出す「国民教育」の思想であって、一人の人間として成長していく個人の視点はまったくありません。

いつも以上に主観的な報告になりましたが、これ以外にもいろんな話が出ました。
時代に合った倫理を提起していくべきだという話から、倫理や規範、エシックスの話題も出ましたし、「教育」という言葉への違和感も出されました。
夫婦相和しには、夫婦喧嘩も入るのかというような、話もありました。

サロンもなかなか終わらなかったのですが、終わった後もみんななかなか帰ろうとせずに、話が続いていました。
このテーマもまた継続することにしました。
どなたか問題提起したり、私見を主張したりしたい人がいたらご連絡ください。
事務局をつとめますので。

(2017年4月第4週)
先週は、いろんな活動をやめようと思った集ですが、今週はその巻き返しに合いました。
もう一度、それぞれにわずかな期待をかけて、継続する方向に転じた週になりました。
■小川眼科定期検診(2017年4月24日)
■コミー広報プロジェクト始動(2017年4月27日)
■山城経営研究所のエグゼクティブフォーラム(2017年4月28日)
■リンカーンクラブ幹事会(2017年4月28日)
■中小企業経営者の孤独(2017年4月29日)
■コムケアサロン「生活の中での看取り」(2017年4月29日)

■小川眼科定期検診(2017年4月24日)
眼科医に定期検診に行きましたが、なんとなく白内障の手術を勧められました。
医師が積極的に勧めたわけではないのですが、半年前と現在の眼球の状態の写真を見せられると、なんとなくその気になってしまいます。
いまのところ不自由はないのですが、秋に手術をすることにしました。

■コミー広報プロジェクト始動(2017年4月27日)
コミーを「戦略広報」という視点から、企業変革につなげていこうというプロジェクト似佐ささやかにかくぁることを決めたのですが、先週の社長とのミーティングで、そのキックオフプロジェクトとして、6月10日に予定されているコミーのイベントに合わせて、コミーの「物語要約集」を制作することにしました。
考えてみると時間がほとんどないのですが、コミーを訪問し、関係者に集まってもらってのミーティングを開催しました。
企業というのはやはり外から見ていると見えないことが多く、観察者の思いに大きく支配されてしまいます。
最近、コミーとの接触が増えているのですが、これまでと違って「経営」の視点で見るようになったためか、私のイメージも変動しています。
次第に収斂しだしてはいますが、やはり組織というのはそう単純なものではないと感じます。
今回のミーティングではまた新しい視点が見えてきました。
しかし問題は時間です。
具体的に考えだすと、ほとんど時間がありません。
さてさて頭が痛いです。

■山城経営研究所のエグゼクティブフォーラム(2017年4月28日)
山城経営研究所のエグゼクティブフォーラムに今年もまた関わることにしました。
といっても、まあ私自身の情熱はほとんど消えていますので、受動的な対応になる可能性があります。
と言いながらも、実際に動き出すとそうはならないのでしょうが、そろそろ山城経営研究所のプログラムも単なるビジネス化してきているような気がして、これまで関わってきたことへの虚しさに襲われています。
まあしかし、もう一度期待してみようかとは思うのですが。
それにしても日本の企業経営の世界は、1980年代に比べるとあまりにもレベルダウンしてい来る気がします。

■リンカーンクラブ幹事会(2017年4月28日)
先週のミーティングで、リンカーンクラブを抜本的に見なおそうということになったのですが、コアメンバーで改めて話し合いました。
ここでも大きな挫折感があります。
どうしてみんな「大きなビジョン」を簡単に曲げてしまうのか。
そして、依存型になっているのか。
とても残念ですが、やはり今はみんな余裕がないのでしょうか。
しかしこれもまたもう一度望みを細々と持ちながら、継続することにしました。

■中小企業経営者の孤独(2017年4月29日)
小宮山さんと改めてじっくりと話しました。
中小企業の経営者の孤独さを改めて気づかされました。
私自身少し揺らいでいたところがありますが、小宮山さんもたぶん私と同じく、あまり人に理解されないタイプなのでしょう。
意見の違いから論争ばかりしながらも、なぜか付き合いが長く続いているのは、お互いにそれをなんとなく感じているからかもしれません。

2時間話しあって、かなり今回は理解ができた気がします。
終わった後食事をしたのですが、うっかりご馳走になってしまいました。
最初私が伝票をもったのですが、小宮山さんが払うという言葉に、少し躊躇したのですが渡してしまったのです。
やはりお金に窮していると、こういう主義に反したことをやってしまいます。
小宮山さんとの話し合いはとてもよかったのですが、ついつい伝票を渡してしまった自分にとても嫌気がさして、そこから抜け出られずにいます。

お金は本当に恐ろしい。
人の弱さや卑しさを露呈させます。
武士は食わねど高楊枝、を忘れてはいけません。
卑しい生き方だけはしたくないのですが、最近ちょっと卑しさに襲われています。

■コムケアサロン「生活の中での看取り」(2017年4月29日)
「看取りシリーズ」サロン3回目は、「生活の視点からの看取りを考える」をテーマにしました。
大型連休初日にも関わらず14人が参加しました。
話題提供者の小畑万里さんは、ていねいなレジメをつくってきてくださいましたが、それと併せて、実際にご自身が看取られたご両親の「老化のプロセス」を表にして、お話ししてくださいました。
ですから、とても具体的に「生活の中の看取り」を考えることができました。
そして、改めて、人によって異なる表情を持っている「看取り」を、一般論で語ることができないことを痛感すると同時に、そうした個々の看取りの中から学ぶことの多さも感じました。

小畑さんは、まず、「看取り」を、医療で想定されている看取り(狭義の看取り)と生活の中での看取り(広義の看取り)に整理し、前者は死が差し迫った時の比較的短期間の看取りであり、病気の治療が中心になるが、後者は不可逆的に死に向かう生活のプロセス全体に寄り添うことであり、老いへの対処とケアが中心になると説明してくれました。
併せて、「見守り」ということの大切さも、看取りとのつながりで話してくれました。

今回は病院や施設で「看取り活動」をしている人、看取り経験がある人、さらには豊かな人生の最期に向けて役立てるようなことをしたいと思っている人、あるいは自らの身近に看取りを意識しだしている人が多かったですが、なかには「看取り」など考えたこともない人もいて、いつものように様々な視点が出されました。

小畑さんの話にQOL(生活の質)が出てきましたが、それと同時に、QOD(クオリティ・オブ・デス:死をどう迎えるか)が大切だと「看取り」の現場で活動されている人が、生々しい実体験を踏まえての指摘をしてくれました。
最近ようやく日本でもQODの議論が広がりだしていますが、この面ではまだまだ日本遅れているように思います。

小畑さんは、老化による要介護状態(生活に何らかの支障が生じる期間)は男性で9年、女性で12年半くらいというデータを紹介してくれましたが、小畑さんの場合、10年にわたる生活支援の中で、「看取り」を意識したのは、最後の3年程度だったそうです。
もちろん人によって違うのでしょうが、生活の中で寄り添っていると、ある時点で、死が意識されだすようです。
「死の意識」。
それはたぶん双方それぞれに生まれてくる意識でしょう。
そこから何が変わっていくのか。
十分には議論できませんでしたが、とても大切なことが示唆されているように感じました。

看取りと看取られの話も出ました。
よく「ケアしていると思っていたら自分がケアされていた」というボランティア実践者の話を聞きますが、それは「看取り」にも言えるような気がします。
私たちは、看取りという行為が、死にいく人のための行為と考えがちですが、死にいく人が客体、看取る人が主体という関係を逆転して考えることも大切ではないかと思います。
それに、私の体験でもあるのですが、「看取り」から教えられることはとても多いです。
これもまたもう少し話し合う場を持ちたいテーマです。

自らの看取り体験に、いくばくかの心残りがあり、それが気になっている人も少なくありません。
サロンでもそうした思いが開陳されましたが、やはり死者は死んでからもなお、看取った人たちを見守っている気もしました。
若い時からこうした活動に触れてきている人が、見送った人たちが私たちの話を聞いているとしたらどう思っているだろうか、と言ってくれました。
看取りは完結する行為ではなく、実は終わりのない関係なのかもしれません。

ちなみに、「エンディングノート」の話題も出ましたが、時にそれが奇妙なビジネスの餌食になっていることの指摘もありました。
いまや時代は、あらゆるものを「商品化」「市場化」してしまう状況で、「看取り」もその餌食になってしまう惧れは否定できません。
それに対して、最近、施設や病院ではなく、自分たちで終の棲家、あるいは終のコミュニティを創ろうという動きが出てきているという紹介もありました。
私が目指していることの一つです。

看取り体験をもっと共有化できるようなことに取り組めないかという話も出ました。
病院や施設では少しずつ始まっているようですが、実は、小畑さんとは、そうした看取りでの体験知を集めて、社会の共通資産にできないかという構想を話し出しています。
しかしまだその一歩を踏み出せずにいます。
仲間になってくださる人がいたらご連絡ください。

(2017年4月第3週)
■みんカフェ・新潟への参加(2017年4月20日)
■庭の木に鳩が巣をつくってしまいました(2017年4月21日)
■リンカーンクラブサロン「税制改革と政治革命の可能性」(2017年4月22日)

■みんカフェ・新潟への参加(2017年4月20日)
久しぶりに新潟の「みんカフェ」(みんなのゆる〜いカフェサロン)に参加させてもらいました。
1年ぶりです。
8人の方が参加されました。

ささえあいコミュニティ生活協同組合新潟の理事長の高見さんは、子ども食堂やハートケアコンサートなどの紹介をしてくれました。
そうした活動が、サロンに参加したほかの方ともつながっていることがわかりました。
こういうことが、ゆる〜いサロンの面白さです。
高見さんはまた、来年の賀川豊彦生誕130年を契機に「にいがた協同ネット」の活動を本格化するお話をしてくれました。
わくわくするような話でした。
本間さんに報告しなければいけません。

途中から公民館長の五十嵐さんも参加し、公民館活動の話をしてくれました。
前回も感じましたが、新潟の公民館長の発想はとても柔軟な気がします。
社会教育は捉え直す時期に来ています。

フェイスブックではつながっていたスクールカウンセラーの佐藤さんとも会いました。
福島から救出されてきている猫たちを応援する活動に取り組んでいるそうです。
以前私も関わらせてもらっていたNPO新潟水辺の会の村山さんとも初めてお会いできました。
薬剤師の井海さんと福島から転居してきた根本さんとは1年ぶりでした。

参加者からの話題提供の後、これからの展開について私のサロン活動の体験を少しだけ話させてもらい、それを少しだけ参考にしてもらい、これからの展開を話し合いました。
ゆるやかな人のつながりの大切さは、みんなが感じていることですが、実際にサロンを定着させていくには、最初はいろいろと工夫も大切です。
次回は楽しいテーマからということで、福島と猫がテーマになり、猫カフェ活動をしている佐藤さんが話題提供してくれることになりました。
みんながそれぞれ主役になって、順番にサロン展開していくスタイルになりそうです。
まだ日程は決まっていませんが、新潟在住の方はぜひまたご参加ください。

サロン終了後、福島から原発避難転居された根本さんとお話しました。
今回、新潟にうかがった目的の一つが根本さんにお会いすることでした。
私に何かできることはないかを考えるためだったのですが、根本さんのお話をじっくり聞かせていただき、大いに反省させられました。
「何かできることはないか」と考えること自体が、間違いのような気がしていますが、いろいろなことに気づかせてもらえました。
根本さんは新潟でNPOを立ち上げていますが、その構想の広がりと実行力には驚かされました。

高見さんと根本さんの2つの構想に出合えたおかげで、元気が出ました。
金田さんが、新潟で「みんなのゆる〜いカフェサロン」(みんカフェ・新潟)を始めてくださったおかげです。

■庭の木に鳩が巣をつくってしまいました(2017年4月21日)
庭の木に鳩が巣をつくっているのに気づきました。
毎年、庭の藤棚に巣づくりをしようとするので断っていたのですが、その藤棚が昨年の台風で壊れてしまったので今年は大丈夫だなと思っていました。
ところがあまり人がいかない家の横の木に巣がつくられてしまっていました。
すでに卵が産まれていましたので、もう立ち退き勧告もできません。
この卵を食べてしまう方法もありますが、不思議なもので、鶏の卵は食べられても、鳩の卵は食べる気が起きません。
そうなると今度は、この卵をカラスとヘビから守らないといけません。
なんだか理屈に合わない気がするのですが、それ以外の選択肢はありません。
実は私は鳩が大嫌いなのです。
鳩を平和の象徴に選んだ人の気持がわかりません。
また毎朝の仕事が一つ増えました。

■リンカーンクラブサロン「税制改革と政治革命の可能性」(2017年4月22日)
リンカーンクラブサロンは、異論が飛び交う大荒れの話し合いになりました。
しかしとても平和裏に進んだのでご心配なく。
異論をぶつけ合うことこそ、民主主義の原点なのです。

テーマは「税制改革と政治改革」でしたが、あまりに大きなテーマなうえに話が大きな話から入ったために、話題が広がりすぎてしまった感があります。
政治の問題には関心があるが、リンカーンクラブサロンはちょっと敷居が高いといっていた、自称「ただの主婦」の方も初めて参加してくださいましたが、議論が飛び交う雰囲気にちょっと戸惑ったかもしれません。
でも次の予定があるにもかかわらず、結局最後まで残ってくれました。
初参加のおふたりの女性は、話し手の武田さんが異論をすべて寛容に受け止めてくれることに感心していました。
あまりに話が広がったので、武田さんの「妙案」がしっかりと議論されなかったのが残念ですが、武田さんの「妙案」は、改めて雑誌に掲載されますので、ご関心のある方にはPDFを送ります。
リンカーンクラブのホームページにも掲載します。

ちなみに、参加者から「税制がらみでの企業の海外流出」や「ベーシックインカム」の問題も提起されましたが、深掘りまで至りませんでした。
私の責任です。
初参加の方が4人もいて、しかも3人は女性でしたので、もう少し柔らかな運営をできればよかったのですが、前半の話し合いは参加しにくかったかもしれません。
私にとっては大いに反省の残るサロンでしたが、終了後もみんなそれぞれに話していて、私はなかなか帰れませんでしたので、まあそれはそれでいいサロンだったということにさせてもらいましょう。
いろんな人が、ちょっと政治につながるような話し合いの場がもっともっと増えていけばいいなと思います。

今回も参加者のお一人が取り組んでいる「主権者教育」の話が出ましたが、
次回は、5月6日に「教育勅語」を読むサロンです。
これはまさに「主権者教育」にもつながるテーマです。
多くの人に参加していただきたいと思っています。

(2017年4月第2週)
■交通事故への保険金支払い事情(2017年4月12日)
■認知症予防ゲーム実践者交流会(2017年4月12日)
■共創型まちづくりフォーラム構想(2017年4月12日)
■久々の企業広報プロジェクト(2017年4月13日)
■手賀沼で水上スキーをやっている人がいました(2017年4月14日)
■フェイスブックでの再会(2017年4月15日)

■交通事故への保険金支払い事情(2017年4月12日)
交通事故での保険金支払いに関しては、時々、不満を聞くことはありましたが、自分が当事者になった時にもいささか不満が残ったことがあります。
友人が、そうしたことに関して社会に問題を提起していきたいと思っている人がいるので相談に乗ってくれないかと頼まれました。
お話をお聞きしましたが、深くは理解できないものの、大きな問題が内在しているような気がしました。
それに司法の問題も強く感じました。
日本の司法は今やビジネス化しているとさえ感ずることはありますが、それはともかく、何ができるかを考えなければいけません。
いくつかのアドバイスをさせてもらいました。
詳しく書けないのが残念ですが、いつかまた書ける時が来るでしょう。
もしかしたら、これをテーマに湯島でサロンを開くかもしれません。
それにしても、どこもかしこも「問題」ばかりです。

■認知症予防ゲーム実践者交流会(2017年4月12日)
認知症予防ゲーム実践者交流会は10人を超す人が参加してくれました。
前回湯島でサロンをやったパズル療法士の細田さんなど、まだゲーム体験のない男性も3人参加してくれました。
実践している人たちは、ゲーム実践力はどんどん進化していきますが、それに伴い、目的が手段化していく傾向もあります。
大切なのはゲームを広げることではなく、ゲームを活かすことです。

これは認知症予防ゲームに限った話ではなく、さまざまな分野のNPO活動やボランティア活動に関わらせていただいていて、強く感ずることです。
私がさまざまなNPOに、余計なお世話的に関わらせてもらっているのは、そうした点で少しはお役にたてるかもしれないと考えているからです。

参加者のひとりが、「認知症予防」というと、何か「認知症」が悪いもので、避けなければいけないもののように聞こえるが、認知症は(生活習慣病のように)悪いものなのだろうかと発言されました。
私もずっと気になっていたことです。
これもNPOやボランティア活動でよく感ずることですが、言葉はとても微妙です。
以前、「自殺のない社会づくりネットワーク」を立ち上げた時に、自死遺族の人から「自殺した父が責められているように感ずる」といわれました。
言葉は、当事者の視点になって考えないといけないと教えられたのです。

考え方として「認知症予防ゲーム」は良いとして、しかしゲームに「認知症予防」という表現は再考する必要があるかもしれません。
それに、「みんなの認知症予防ゲーム」は、認知症予防だけに効果があるわけではありません。
もっと大きな効果があり、実際にもいろんな成果を上げてきています。
蛇足ですが、私は「認知症予防ゲーム」ではなく「認知症支援ゲーム」はどうだろうと提案してみました。
とても「受けました」が、冗談で終わりました。
でも、「認知症予防社会」よりは「認知症支援社会」のほうが、いつか認知症といわれるだろう私には、暮らしやすそうです。

参加者からそれぞれの活動の紹介がありましたが、やはり横から関わらせてもらっている立場から言えば、情報交換や一緒に何かを創りだしていこうという仕組みが相変わらずできていないような気がしました。
みんながバラバラにやっていては、大きなうねりにはなっていかないのではないかという指摘もありました。
またゲームの名称も、いつものように話題になりました。
「みんなの認知症予防ゲーム」では特徴が表現できず、伝播力がないというのです。

問題点はほぼみんなわかっているのですが、その解決がなかなか進まない。
やはりここは、ある意味での組織化が必要なのでしょうが、問題はだれがやるかです。
次回は何らかの形で動きだせればと思います。

話し合いが一段落したところで、細田さんにパズルセッションをやってもらいました。
細田さん開発のパズルを購入して、自分の活動にも取り入れたいという人やこれを広げる方法を考えたいという人など、そういう話になると一挙ににぎやかになります。

そして最後に、このゲームを体験したことのない3人の人が参加していましたので、ちょっとだけ体験してもらいました。

話し合いの内容はあまり報告できていませんが、みなさんの話を聞いていて、私が果たすべき役割が少し見えてきました。
今回で、この交流会も終わりにしようかと考えていましたが、むしろ発展させようかと思い出しました。
どなたか事務局的な役割を一緒にやってもいいという方がいたら、ご連絡ください。
よろしくお願いします。
また、夏か秋にでも、高林さんにも来てもらって、ゆるやかなネットワークのキックオフも考えたいと思います。

認知症支援社会の実現のために。

■共創型まちづくりフォーラム構想(2017年4月12日)
まちづくり編集会議主催のまちづくりフォーラムの企画会議をしました。
いろんな候補が出てきましたが、果たしてそれで集客を高められるのか。
いささかの不安があります。

そこでこんなことを考えてみました。
事務局が企画するよりも、そういう場で話したいという人に話をしてもらった方が、「まちづくり編集会議」の主旨に合うのではないか。
20〜30人ほどのフォーラムで、まちづくりに関心を持っている人たちが集まって、話し合うのが、私たちが考えている「まちづくりフォーラム」ですが、
まちづくりに取り組んでいる人や取り組もうとしている人に、そういう場で、問題提起や呼びかけをしてもらい、参加者がワークショップ風に話し合い、話した人も参加者も、そこから具体的なヒントを得たり、新しい活動につなげたりしていくことができないか。
事務局は、そうした場づくりをしていく。
ゲストによる講演会ではなく、参加者が一緒になって課題解決や新しいプロジェクトを起こしていくような、そんな共創型のフォーラムを育てていけないかと思いつきました。
早速フェイスブックに書きこんでみたら、すぐに数名の人から反応がありました。
そういう時代になってきていることを改めて実感しました。

何か話したい、呼びかけたい、問題解決のヒントを得たいという人がいたら、ご連絡ください。
一緒に、どういうフォーラムの場をつくったらいいかを相談しながら、共創型フォーラムを実現していきたいと思います。
ぜひ話したいという方がいたら、次にご連絡ください。
info@machiedit.com

■久々の企業広報プロジェクト(2017年4月13日)
企業の仕事はもう10年以上引き受けていません。
いろいろと話を聞くこともありますが、私が関わらせてもらったら、間違いなくもっといい成果を上げられるだろうなと思いながらも、そういうエネルギーがなくなっているので、横目で見ているだけになってきています。
しかし、ひょんなことから、ある企業から相談を受けてしまいました。
お金がもらえるかどうかはいささか危ういのですが、どうせ取り組むのであればきちんと取り組みたいという気になってきました。
以前のように、集中的に取り組むのは無理でしょうが、先方の企業にしっかりしたチームができれば何とかるでしょう。

実現できるかどうかはまだ不明ですが、プロジェクト設計をしてみようと思います。
今日は、そのためのプレミーティングをもちました。
久しぶりに広報プロジェクトなので、ちょっとワクワクしています。
個別企業の話なので、詳細が書けないのが残念ですが、いつかこれも書けることがあるでしょう。

■手賀沼で水上スキーをやっている人がいました(2017年4月14日)
手賀沼の桜はもう散り始めています。
今日は、近くのラーメン屋さんで昼食をしました。
そこから手賀沼沿いの桜が良く見えます。
今年は桜を見に行かなかったのですが、桜を見るとやはり心和みます。
ところが、その桜の向こうの手賀沼で水上スキーをしている人を見ました。
ヨットは時々見かけますが、水上スキーははじめてです。

今日は夏のようにあったかな日でした。

■フェイスブックでの再会(2017年4月15日)
フェイスブックでは、時々、「友だちではないですか?」といろんな人の顔が出てきます。
それをクリックしていたら、思わぬ人が出てきました。
高橋卓志さん。全国を舞台に活躍している僧侶です。
長野の神宮寺が拠点だったと思いますが、15年ほど前にお伺いしたことがあります。
高橋さんが取り組もうとしていたプロジェクトにささやかに応援させてもらったことがあるのです。
それで懐かしくなり、メッセージを出しました。
すぐに返事が来ました。
それに刺激されて、少し他の人を探してみました。
私がまちづくり活動に関わるきっかけを与えてくれた岡崎さんが出てきました。
早速、メッセージを贈ったら、これもまたすぐに返信がありました。
フェイスブックは、こういう形で世界を広げてくれるのです。

(2017年4月第1週)
■コミーとJRのミーティング(2017年4月3日)
■ストーリーテリング協会理事会(2017年4月5日)
■眼瞼下垂手術の経過診察(2017年4月6日)
■小宮山さんとの話し合い(2017年4月7日)
■カフェサロン「二宮金次郎の実像から見えてくるもの」(2017年4月8日)
■沖縄と神道をつなぐもの(2017年4月8日)

■コミーとJRのミーティング(2017年4月3日)
久しぶりに川口市にあるコミーに行きました。
コミーという会社は、私たちがよく見かけるミラーをつくっている会社です。
ATMで操作するところの前に小さなミラーがついていて、背後を広角に映し出してくれますが、そのミラーをつくっている会社です。
飛行機の荷物入れにもついていますので、多くの人がその恩恵を受けているはずです。

コミーでは、そのミラーを人が激しく往来するような場所で役立てないだろうかと考えて、いろんな試みをしています。
そこで西川口駅の協力を得ながら、いろいろとテストをやったりしてきましたが、一応の手ごたえを得たので、JRの人とミーティングを持ちたいというので、私も同席することになりました。
西川口駅には7枚のコミーのミラーが試験的に貼られています。
駅の利用客から、「これはいい!」と喜ばれたそうです。
もし駅を利用することがあったら、見てください。
そして感想を教えてください。

コミーでは、いろんなところで、自社のミラーを社会に役立てたいと考えています。
いい知恵があったら、教えてください。
今日、コミーでお昼をご馳走になったので、何かお役にたたないといけませんので。

それはともかく、話し合いの途中で、小宮山さんがぜひ見せたいものがあると言いだしました。
どでかい平面広角ミラーをつくってみたというのです。
JRのおふたりと一緒に見に行きました。
たしかに大きいです。
でかすぎて、利用方法がみえていないそうです。
どこか活用してくれるところはないでしょうか。
これももしあれば教えてください。

刺激的な1日でした。

■ストーリーテリング協会理事会(2017年4月5日)
ストーリーテリング協会は難航しています。
なかなか会員が増えません。
問題の所在は分かっているのですが、なかなかいい方向に向かいません。
この1年、いろいろと学ぶことが多かったです。

■眼瞼下垂手術の経過診察(2017年4月6日)
昨年末にやった眼瞼下垂手術の経過診察でした。
無事卒業になりました。
しかし加齢によるまぶたのゆるみはこれからも続くそうです。
長生きするとまたここのお世話になることになるかもしれません。
医師の高久さ何は親しみのあるお医者さんで、会えなくなるのが少しさびしいです。

■小宮山さんとの話し合い(2017年4月7日)
コミーの小宮山さんと話し合いを持ちました。
先日、コミーにお伺いして、見えてきたことがたくさんあります。
それに関して話し合いをしたのですが、大きなところでの合意ができました。
少しコミーに関わらせてもらおうかと思い出しています。
そのためのチームを作ってもらうことにしました。

久しぶりに企業の仕事に取り組みます。

■カフェサロン「二宮金次郎(尊徳)の実像から見えてくるもの」報告(2017年4月8日)
二宮尊徳サロンは、実に刺激的でした。
15人が参加しました。

露木さんの思いは、レジメにこう書かれています。

戦前に置いて二宮金次郎は、刻苦勉励の金次郎少年のイメージのみを国家によって抽出された理想の国民増に祭り上げられた。
再び見直されつつある二宮金次郎に再び同じ役割を担わせてはならない。
いまこそ必要なことは二宮金次郎の実像を知り現代に活かせる手がかりを探ること。

そして、露木さんは、二宮金次郎の遺書の言葉から、二宮金次郎が後世に残したかったことを読み解いていきます。
この部分は、「謎解き」のような面白さがあり、露木さんの発見に思い切りひき込まれてしまいました。
露木さんは、荻生徂徠や丸山眞男の論考などを紹介しながら、「人道は作為である」という、尊徳の思想の根本を紹介し、単なる道徳家ではなく、社会を変革していく実践者だった二宮金次郎の姿を浮き彫りにしていきます。
そして、金次郎が後世に残したかったことは、「俺は厳しい時代にいろいろとやってきた、そのやってきたことをきちんと学んでほしい、大切なことはやったかどうかだ」という実践の勧めではないか、と言います。
そのためには、尊徳の弟子が書いた書物ではなく、金次郎が残した分度や仕法のメモを、きちんと学ぶことが大切だ。
そして、地方創生が叫ばれているいまこそ、二宮金次郎の実像から学び、それを応用していくべきではないか、と露木さんは呼びかけました。

露木さんの呼びかけに説得力があるのは、露木さん自身が開成町で町長として、それを実行してきたことがあるからです。
露木さんは、こう呼びかけました。
まずは市町村レベルで社会を変えていく。
それが各地に伝播して国が変わっていく。
草の根からの社会革命です。

二宮金次郎は、農村のリーダーたちにそうした実践を強く求め、そのために分度や仕法の考え方やノウハウを提供してきたわけです。
しかし、そうした報徳思想は広がったにもかかわらず、残念ながら実際に社会を変えるとこにまではなかなかたどりつきませんでした。
その理由は、社会の支配層が、それを妨げたからです。
こうした状況は、いまの日本社会にも当てはまるような気がします。
そうした状況を打破していくためにも、露木さんは改めて二宮金次郎から学べと呼びかけているわけです。

ささやかにこれまで各地の「まちそだて活動」にも関わらせてもらってきた私も、そう思います。
社会は現場から変わっていきます。
そして各地ではいつもさまざまな変革活動が取り組まれている。
しかし、それがどうもつながっていかず、また持続も難しい。
そこをどうしていくかが、課題かもしれません。

露木さんは、他にもたくさんの示唆を与えてくれました。
私が興味を持ったのは、沖縄にある二宮金次郎像の話です。
これはまた別の意味で、これからの日本を考えていく上での大きなヒントを与えてくれるように思います。
5月27日に、開成町でわらび座によるミュージカル「KINJIRO!本当は面白い二宮金次郎」の公演の紹介もありました。
サイトをご紹介します。
また開成町に最近開所した、あしがり郷瀬戸屋敷「みんなの我が家」でサロンをやったらというお誘いもありました。
湯島サロンも、時にはどこかに出かけてのサロンも面白いかもしれません。

話し合いで出た話題も紹介したいのですが、長くなってしまいましたので、それはまたこのシリーズのサロンで深めていければと思います。

道徳家としての二宮金次郎ではない、社会革命実践者としての二宮金次郎に触れて、それぞれいろいろと気づきのあったサロンになりました。

■沖縄と神道をつなぐもの(2017年4月8日)
露木さんのサロンに、平井夫妻が初参加しました。
平井さんは友人から湯島のサロンの話を聞き、夫婦で参加してくれました。
サロン終了後、サロンに興味を最初に持った女性の平井さんと話しました。
パートナーの平井さんは、隣でサロン参加者の人たちと政治の話をしていました。

平井さんは、沖縄のオバァにずっと関わっていて、沖縄にも通い続けているそうです。
15年ほど前に、沖縄ブームがありましたが、どうもその火付け役の一人かもしれません。
彼女が関わった「沖縄オバァ列伝」はベストセラーになったようで、朝ドラの「ちゅらさん」にも影響を与えたようです。
平井さんが手がけた最初の沖縄オバァ本を持ってきてくれました。

平井さんは日本神道にも関心があるようで、日本の神道文化研究会の事務局もやっているようです。
最近出版した「暮らしのしきたりと日本の神様」という本も持ってきてくれました。

なぜ沖縄なのか、そして神道なのか。
それをつなぐのが、どうも音楽です。
もう少し解説しないとわかりませんね。
それで、平井さんにそのあたりの話をしてもらうサロンをやってもらおうと思います。

ちなみに、男性の平井さんのほうは、地学の専門家です。
つい最近、ふたりで中央構造線を見に行ってきたというので、それもまた面白そうなので、サロンを頼むことにしました。
さらに、私は今、改めて沖縄に興味を持っているので、沖縄の人、というか琉球の人に、サロンをやってもらいたいなと思っていますので、それも頼んでしまいました。
サロンがまた忙しくなりそうです。

(2017年3月第4週)
まったく何もしませんでした。

(2017年3月第4週)
■第1回まちづくりフォーラム(2017年3月19日)
■企業サロン「働き方を考える」(2017年3月20日)
■ピラミッドワークショップ(2017年3月22日)
■カフェサロン「コスタリカのマイクロミル革命から学ぶこと」(2017年3月22日)
■まちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」(2017年3月25日)

■第1回まちづくりフォーラム(2017年3月19日)
まちづくり編集会議準備委員会の主催で、第1回、まちづくりフォーラムを開催しました。
ゲストは鎌倉で活動しているカマコングループの松本さんはじめ4人の人たちです。
鎌倉で展開されている地域蔵独活ファンディングの紹介とそれと効果的につながっているカマコンワークショップの体験が、今回のないようです。
参加者は20人強でしたが、みんな喜んでくれました。
最後に、まちづくり編集会議ネットワークの構想を話し、参加の呼びかけを行ないました。

私が住んでいる我孫子市を含め、3つの市から市議会議員も参加してくれたほか、前の開成町町長の露木さんも参加してくれました。
10数年ぶりにお会いした人もいます。
一番驚いたのは、私のブログの読者が来てくれたことです。

まあそれも含めて、まずは街づくり編集会議がキックオフできてよかったです。

■企業サロン「働き方を考える」(2017年3月20日)
第2回企業サロンは、組織と働きがい研究所代表の斎藤智文さんに問題提起してもらい、「いまのような働き方・働かせ方でいいのだろうか」を話し合いました。
大企業の管理者の立場にある人、保健師や産業カウンセラーとして企業に関わっている人、大学でモチベーションや労働心理学を研究している人、経済団体でそうした問題にも広く関わってきた人、子どもの育児のために会社を辞めて主夫行をやったことのある人など、さまざまな立場の人が参加しました。
多彩のメンバーなので、話し合いは、かなり広がりました。

斎藤さんは、日本に“Great Place to Work”調査を取り入れた人ですが、組織と働きがいの研究や実践支援をライフワークにしています。
案内にも書きましたが、「社会全体の働き方に関する価値観」も変えていかなければいけないというのが、斎藤さんの思いです。
私もこれまでいろんな意味で、たくさんの示唆をいただいている人です。

まず、斎藤さんの考えていることや日本での働き方に関する動きの推移などをはなしてもらい、そこから話し合いになりました。
斎藤さんは、話し合いのきっかけとして、長時間労働や競争に参加するための働き方の変化、さらには労働の質の変化などの話題を出してくれました。
そこからいろんな話し合いが広がりましたが、もしかしたら最近の「働き方改革」が労働時間の問題を中心に語られているところにこそ、本質的な問題があるのではないかという議論がありました。
また、働き方改革は、消費者や生活者の生き方にも、つながっているという指摘もありました。
斎藤さんも、働き方は生き方の問題でもあると考えていますが、これは今回参加者のみなさんに共通していることでした。

斎藤さんはまた、「生産性を高めること」が働く人にとって苦痛であることが大きな課題ではないかと指摘しました。
私もそう思います。そもそも生産性向上とは何なのか。
そこで私は、その言葉の対語を考えることが大切ではないかと思いました。
あるいは、誰にとっての生産成果を考えることが必要ではないか。
湯島のサロンでも一度問題になったことがありますが、工業の視点からの生産性と日本の伝統的な農業の視点からの生産性は、たぶん違います。
ちなみに、私は「生産性向上」の対語は「人間性(生活)向上」だと思っています。

大企業の方が、自分の職場で取り組んだ、実践的な話をしてくれました。
組織に合わせる仕事の割り振りではなく、社員に合わせた仕事の組み替えによって、経営にとっての生産性と個々の社員にとっての生活のしやすさが両立し、双方にとってのウィンウィン関係が実現したという話です。
働き方と働かせ方が、あいまって双方に好ましい結果を生み出したわけです。
もっともこの話には後日談があるのですが、そこに大きなヒントがあるのではないかという話も広がりました。

他にもいろんな話が出ましたが、私にはとても刺激的なサロンになりました。
大企業の経営管理職の人の参加が少ないのが、とても残念ですが、引き続き継続したいと思います。
できれば次回は、世界に広がりだしている、話題のBコーポレーションの認定を受けた会社の社長に話題提供してもらおうと思います。
そういうテーマだと大企業の人も参加しやすいでしょうから。
彼が引き受けてくれれば、の話ですが。
いずれにしろ日本の企業経営は、私の目から見ると時代の流れに逆行しているように思えてなりません。

ところで、斎藤さんのレジメの中に、こんなことが書かれていました。
「変化を拒絶するので、よい習慣が身に付かない」
「いつも通りを維持したがるので、悪い習慣が止められない」
ここに問題の本質があるような気がしました。

そこで最後にこんな提案をさせてもらいました。
アメリカでは30年程前、ロバート・ベラーを中心としたグループが、社会的な活動をしているさまざまな人たちにインタビュー調査をし、それを踏まえて、極めてライブな「心の習慣」「善い社会」をまとめました。
それをモデルに、日本でもその種の調査があり文献も出ています。
いまもその種の取り組みはあり、私も一昨年、インタビューを受けたのですが、同じような手法をベースに「日本人の働き方」をテーマに、社会調査をするプロジェクトを起こせないかという提案です。
斎藤さんには事前に少しお話をしていて、興味を持ってもらっていましたが、その提案をしたら、早速、数名の方が一緒にやりたいと言ってくれました。
できれば一度、そうしたことを考えるチームも発足させられればと思っています。
企業サロンから生まれたサブプロジェクトですが、関心のある方はご連絡ください。

■ピラミッドワークショップ(2017年3月22日)
ストーリーテリング協会では今、新しいコミュニケーションツールとして、ストーリーピラミッドを開発中ですが、それをつかったワークショップについての検討会を行ないました。
いろいろと使い勝手はあると思いますが、ビジネス化するのはそう簡単ではありません。
問題は、その効用をどう理解してもらえるかです。
一度、体験ワークショップを行なう必要があるかもしれません。

■カフェサロン「コスタリカのマイクロミル革命から学ぶこと」(2017年3月22日)
昨日もまた刺激的なサロンでした。
コスタリカを訪問してきた熊本の宮田喜代志さん(熊本地域協働システム研究所所長)に、コスタリカではじまっている「マイクロミル革命」を切り口に、さまざまな話を聞かせてもらいました。
コスタリカ・コーヒーのファンの方も参加してくれました。

コスタリカといえば、軍隊のない国として有名ですが、治安のいい観光立国の国です。
コーヒーはコスタリカの基幹産業の一つですが、宮田さんがとてもおいしいコーヒーだというように、高品質で人気の高いコーヒーです。
今回も、宮田さんからいただいたコスタリカのコーヒーを愉しませてもらいました。

コスタリカのコーヒーは200年の歴史がありますが、大量生産型の産業化の中に飲み込まれ、生産者の多くはコーヒーの実(コーヒーチェリー)のまま大量処理する農協や企業に販売しているため、実際に汗している生産者の手にはあまり利益は残らない構造(これが最近の経済システムの実態です)になってきています。
そうした経済システムのなかでは、収穫後そのまま天日で乾燥させる手間暇かかるナチュラルコーヒーや標高の高い小規模の農園の生産者は、さらに不利な状況に置かれていました。
そうした状況のなかから、生産者自身(家族やグループ)で、小規模なミルを作り、栽培から乾燥まで一貫して、高品質なコーヒーを高い価格で売ろうという「マイクロミル」という動きが今世紀に入って広がりだしたのだそうです。
そうした動きを可能にしたのは、市場の変化もありますが、IT技術によって、消費者と生産者を直接結びつける仕組みが生まれたことが大きな要因でしょう。
実際に、日本でも最近はコスタリカ・コーヒーの愛好者は増えているようですし、札幌でコスタリカのコーヒーを輸入販売している田中さんはコスタリカに農園をお持ちだそうです。
今回、宮田さんは、その田中さんの農園も訪ねて来られました。
消費者の好みに対応できるような、ブランディング化も進んでいるように思いました。
そういえば、宮田さんは、コスタリカではありませんが、ブラジルの「すずきさんちのコーヒー」をブランド化して輸入販売していますが、これもまたとてもおいしいので、ファンは多いでしょう。
「すずきさんちのコーヒー」がブランド化されるほどに、今や世界中の小さな需要を束ねる、いわゆる「ロングテイル戦略」が可能になってきているのです。

私の好みで長々と書いてしまいましたが、私はこうした動きに、世界の経済の大きな流れが反転する兆しを感じています。
経済は、これから大きく変わっていくでしょうが、多くの日本の大企業は私にはそうした動きとは真逆な方向に向かっていますから、ますます低迷していくでしょう。

ところで、昨日のサロンですが、珈琲の話からコスタリカの話はもちろんですが、フェアトレードや食料自給率の話、さらには「働き方」や「障がい者の生きづらさ」の話にまで広がり、とても刺激的なサロンになりました。
もっと聞きたいことがたくさんあったのですが、気がついたら予定の時間を大幅に過ぎてしまっていました。

宮田さんは参加者へのお土産に、熊本復興珈琲ドリップパック(コスタリカ・コーヒー)と熊本産の有機の柚子胡椒をお土産にくれました。
http://www.natural.coffee/items/3250909

■まちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」(2017年3月25日)
まちづくりサロンでは、いろいろな視点から「まちづくり」を考えることにしていますが、今回は「保育力研究所」の若い2人の保育士(酒井玲奈さん・片野奈保子さん)をゲストに、「保育」という視点で、「まちづくり」を考えてみました。

「保育力研究所」の母体は、「キッチン図鑑」活動ですが、これは今回話してくれたおふたりが、保育所を飛び出して1年間、墨田区を中心に活動してきた「社会実験」から生まれた組織です。
活動の内容はホームページをご覧ください。
http://kitchenzukan.net/

「保育力」という言葉に違和感を持つ人がいるかもしれませんが、要は「子どもが豊かに育ちやすいまちにしていきたい」というのが、おふたりの思いです。
保育力は保育士だけのものではないのです。
昨日も話題になりましたが、そもそも、まち(地域社会)とは子どもたちを育てる場でもありました。
しかし、保育所ができたことで、なぜか保育は保育所の仕事になってしまい、地域社会の子育て機能は失われてきています。
子育てがなくなれば、親も育ちません。
さらに昨今は、「保育園落ちた!日本死ね」などという言葉も話題になるほどです。
こうした「専門家」にお任せする風潮への懸念は、保育に限らず、高齢者介護においても感じられます。
私が改めて、「まちづくり」を考え直していきたいと思う理由は、そこにあります。

サロンは、まずおふたりのライフストーリーから始まりました。
2人が、なぜこのテーマに行きついたのかが、とてもよく伝わってきました。
その生活体験の中から行きついたテーマなので、たぶんこれほど頑張れるのでしょう。
そして仲間も広がってきているのでしょう。
それがよくわかりました。

話は、いつものように拡散しながら、進みました。
たとえば、そもそも専門性を保証する「資格」とはいったい何なのか。
子育てに関して、個別問題ではなく、もっと長期的な視点で相談できる人がいなくなっている。
フードバンクや子ども食堂の問題点。
活動を始めるといろんな人がいろんなものを提供してくれる。
社会活動にとっての「場所」の効用と商店街の現実。
そういえば、図書館の話も出ました。

これだけだとなんのことかわかりにくいですが、いずれも社会のあり方や私たちの生き方につながる問題です。
社会における「善意」がうまくかみ合わさっていない実態も話題になりました。
たまたま宮城から東京に来ていた方が参加して、宮城でのお話も少ししてくださいました。

子育てのために会社を辞めた経験のある男性は、子育ての幸せと子どもからの学びに関しても語ってくれました。
保育とは、子どもが育つだけではなく親も育って、社会が豊かになっていくことなのでしょう。
「子どもが豊かに育ちやすいまち」は、高齢者も含めて、みんなが暮らしやすいまちなのではないかと、改めて思いました。
「子はかすがい」と言われますが、子どもは夫婦をつなぐだけではなく、地域の人をつなげる存在でもあるのです。

東京新聞の記者の方も参加されたほか、サロンには初参加の方とサロンの常連の方も参加されました。
参加者が少なかったおかげで、話がいつも以上に拡散しましたが、またいろんな視点に気づかされたサロンでした。

保育力研究所は今年から本格的に活動を始めます。
いま活動拠点を探していますが、もし墨田区で場所を提供してくれる人がいたら応援してください。
子どもたちが豊かに育つまちが広がっていけば、保育園騒動もなくなるでしょう。

(2017年3月第3週)
■まちづくりフォーラム準備会(2017年3月13日)
■カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」(2017年3月13日)
■大関さん来訪(2017年3月15日)

■まちづくりフォーラム準備会(2017年3月13日)
19日に第1回のまちづくりフォーラムを開催しますが、その最終打ち合わせを行ないました。
思ったよりも反応が弱いので、私も集客に取り組むことにしました。
3月という月は、イベントが多いので、集客に苦労します。

■カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」(2017年3月13日)
カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」は、平日の夜にもかかわらず、16人もの参加がありました。
終了後も参加者同士の話が終わらず、みなさんの関心の高さを感じました。

前半では、室田さんが自らの保育園・子ども園で長年取り組んでいる「エピソード記述」によるカンファレンスを模擬的にやってくださいました。
まず、室田さんが用意した、保育士が書いたエピソード記述(背景・エピソード・考察から成り立っています)を読み上げ、それについて参加者が語り合うという設定です。
室田さんは、ファシリテーター役ですが、それぞれの意見に対して、気づきや思考を深められるように、問いかけをしたり、自分の考えを語ったりするのです。
模擬カンファレンスに先立ち、室田さんは、「間主観性」と「両義性」、あるいは「書くことは考えること」などという、「エピソード記述」の基本にある考え方を少しだけ話されましたが、そうしたことを抽象的にではなく、体験的に示唆してくれたわけです。
そこからさまざまな議論が展開しました。
そうしたなかから、人が生きる意味が、それぞれのなかに浮かびあがるという趣向です。
日々、子どもたちと誠実に付き合っている室田さんならではの発想だと思います。

話し合いの中では、室田さんのファシリテーションのもとに、具体的な感想が深掘りされ、言語化されていきます。
今回は、エピソードの書き手が、子どもから学んでいることに室田さんはやや重点をおいていたように感じますが、そこに室田さんが考える「子どもと保育士の関係」(さらには「親子関係」)を感じました。
教える保育ではなく、学び合う保育といってもいいかもしれません。
さらには、具体的な事例から、たとえば「私は私,でも私は私たちの中の私」というような、人の両義性といった普遍的な論点が可視化されていきます。

模擬カンファレンスでは、エピソード記述の、「かわいい」という言葉に、「かわいい」と言葉にした途端に思考停止になるのではないかという指摘がありました。
発言者自身も、保育士の資格を持ち、広い意味での保育活動に取り組んでいる若い女性ですが、現場感覚からの意見でしょう。
「言葉」が思考停止を生み出すという指摘に、私はとても興味を持ちました。

話し合われた話題はいろいろとありますが、いつものように、それは省略します。
生きた言葉を文字にすると、変質してしまうからです。
ただ報告者の特権として、私が一番興味を持ったことを書かせてもらいます。
それは、2人の男性が、エピソードの記述が「ふわふわした文章に感じた」「文章が長い」と発現したことでした。
それが悪いという指摘ではなく、そう感ずるということです。
私はそういう印象を全く持っていなかったのですが、言われてみるとその通りです。
発言はしませんでしたが、企業や行政という組織の中でも、こういう「ふわふわした長い文章」が主流になったら、世界は変わるだろうなと思いました。
そこでの文章形式は、その組織の文化を象徴しています。
効率性を重視する企業のなかの文章は、論理的で簡潔であることが重視されます。
でも、そこにこそ問題はないのか?
この議論は、いつかもう少し深めたいと思います。
とても大きな意味を持っていると思うからです。

エピソードによるカンファレンスの効用は、保育士の世界を広げ、コミュニケーションの力を高めると同時に、組織文化を高めていく効用があることがよくわかりました。
これは保育園に限らず、企業でも福祉施設でも、さまざまな組織で効果的な手法だと思いました。

「エピソード記述」をよく知っている2人の保育園長も参加してくれましたが、ほかの参加者は全員、「エピソード記述」未体験者した。
今回は、「エピソード記述」を多くの人に知ってほしいということが目的の一つでしたが、学童保育や高齢者に関わっている人たちが、自分たちの活動に取り入れてみようと考えてくださったのはうれしいことです。
しかし、話し合いが盛り上がったため、時間がなくなり、こうした活動を踏まえての室田さんの社会観がきちんと聞けなかったのがちょっと心残りでした。

後半は、そうした室田さんの社会観も含めた、「この国の未来」をテーマにしました。
室田さんの問題提起は、「近代をカッコでくくると、現代から近代的なものを差し引くことになります。いったい、何がのこるのでしょうか」という問いかけから始まりました。
そして、室田さんの展望が紹介されました。
これもまた刺激的なテーマでした。

後半が始まった直後に参加した久保さんが、フーコーの国家論まで言及したので、話が大きく広がってしまいましたが、自立とは何か、共同体とは何か、ガバメントとガバナンスといった話にまで行きました。
時間の関係で、これも話したりなかった人が多かったと思います。
私が少し話しすぎたことをとても反省しています。はい。

ところで、あくまでも私の印象ですが、前半と後半とでは話し合いの主役が違っていたような気もします。
前半は女性が主導、後半は男性が主導という雰囲気でした。
これも私にはとても興味深かったです。
大切なのは、前半のようなミクロな生活次元と後半のようなマクロな文化次元をどうつなげていくかかもしれません。

「ふわふわした冗長な」長い報告になってしまいました。
書いているうちに、いろんなことに気づいた自分に気づきました。
室田さんが言われたように、「書くことは考えること」だと実感します。

■大関さん来訪(2017年3月15日)
自分で「発達障害」とカミングアウトしている大関さんが、相談があるといってやってきてくれました。
大関さんは、アメリカに留学し、「ビジネスエシックス」を学んできたのですが、当時はまだ日本ではそうした問題への関心は低く、せっかくの学びを活かせる場がなく、さらに帰国後、発達障害と言う診断を受けてから、それが大関さん自身を呪縛してきているようです。
其の呪縛から抜けて、新たに新しいプロジェクトを起こしたいというのが今回の話でした。
大関さんの今の関心は、社会的連帯経営や共生ということです。
今日は大きな枠組みについて話しましたが、引き続き一緒に考えていこうと思います。

(2017年3月第2週)
■大川さんとのミーティング(2017年3月7日)
■コミーとのミーティング(2017年3月9日)

■大川さんとのミーティング(2017年3月7日)
NPOのコンサルティングに取り組んでいる大川さんと彼が抱えているいくつかの事例に関して意見交換しました。
かつて接点があったNPOもあるのですが、時間の変化と共に変質していることも少なくありません。
日本のNPOのマネジメントは、まだまだ問題が多いように思います。

■コミーとのミーティング(2017年3月9日)
フラットな平面ミラーなのに、広角を映し出す古ミーのFFミラーの効用は少なくありませんが、まだまだ普及の度合いは多くありません。
コミーの社長の小宮山さんは、それをもっと広げていきたいと思っています。
そこで、コミーの次世代リーダーとのミーティングを持ちました。
社長には見えていないことも少なくないので、問題を理解するために、今回は社長なしで実情をお聞きしました。
もう少し状況を把握し手から対策を考えてみようと思います。

(2017年3月第1週)
■カフェサロン「パズルで楽しい人生を」(2017年2月26日)
■コムケアサロン「豊かな高齢期をいきることの素晴らしさ」(2017年2月26日)
■湯島の部屋を売りませんか(2017年2月27日)
■歯磨きがうまくなりました(2017年2月28日)
■かまこんリーダーの松本さんとのミーティング(2017年3月1日)
■「うつしみ」と柿本人麻呂(2017年3月1日)
■ストーリーテリングの奥深さ(2017年3月1日)
■まちづくり編集会議フォーラム準備会(2017年3月1日)
■眼瞼下垂手術のその後(2017年3月2日)

■カフェサロン「パズルで楽しい人生を」(2017年2月26日)
「ハッピーパズル工房」代表のパズル療法士、細田和幸さんをお呼びしてのカフェサロンは、日曜日の午前中だったこともあり、参加者は7人でしたが、とても楽しいサロンになりました。
みんなで体験してみて、さまざまな効用を感じました。
当初、認知症予防ゲームの実践者を対象にした交流会での企画でしたが、なかなか日程が合わず、公開型のサロンにしましたが、子ども関係の活動に取り組んでいる人たちの参加がなかったのが残念でした。

今回は2種類のパズルゲームをみんなでやってみました。
まずは、2種類の形のピースをつかっての形づくりです。
正方形の木枠に入ったL字型の4つのピースをまず木枠から取り出して、ゲームがスタート。
最初の課題は、それをまた木枠にはめてくださいという課題です。
極めて簡単なはずですが、なぜかてこずります。
それができてほっとしていると、最初は市松模様になっていたでしょう、その状態に戻してください、と次の課題が出されます。
簡単なはずなのに、それがまた難問。
女性たちは速くできましたが、私はおたおたしてなかなかできませんでした。
それを基本にして、ピースをさらにたくさん使ってのさまざまなゲームを紹介してもらいました。
最後は全員で、順番に大きな形をつくっていくゲームです。
みんなで話し合いながら進めていきますが、みんな立ち上がって身体も使いながらのコミュニケーションが発生します。
チーム対抗にすれば競い合いが生まれ、チームの中では支え合いが生まれます。
よく考えられていますが、ここに細田さんの人柄と人生が込められているのです。

次は透明なプラスチックに何本かの直線が貼られたものを4枚ずつ配られて、その組み合わせで数字をつくるゲームです。
これも3人ずつがチームになり、支え合いと競い合いが組み込まれています。
その展開にも、物語性があって、みんなすっかり盛り上がってしまいました。

いずれもとてもシンプルなパズルですが、シンプルであればこそ、さまざまな展開が可能になります。
いずれも細田さんの手づくりですが、ピースは細田さんに頼むと購入できます。
広がっていけば、2番目のゲームツールも商品化されるでしょう。

細田さんは、パズル開発が大好きで、他にもいくつかのものがありますが、今回体験した2つのゲームでも、2時間は十分に楽しめます。
細田さんのパズルの魅力の一つは、「みんなで遊んでつながりを深める」というところです。
私は今回で2回目の体験ですが、前回は細田さんの紹介で一人での体験でしたので、みんなでというところを実感できませんでした。
今回、みんなでやってみて、その効用を実感しました。
ぜひとも、子どもたち、あるいは多世代交流、あるいはコミュニケーション下手な中高年男性に広げていきたいです。
今回好評だったので、少しバージョンアップしたパート2を細田さんと一緒に企画してみようと思います。

細田さんは「脳いきいき! 楽しい介護レク パズル遊び」という本も出版しています。
よかったら読んでください。
そして一緒に広げていこうという方がいたら、ご連絡ください。
とくに、パズル療法士になりたい人は大歓迎です。

■コムケアサロン「豊かな高齢期をいきることの素晴らしさ」(2017年2月26日)
昨年から始まった「看取り文化シリーズ」の第2回目は、小田原福祉会の潤生園の時田佳代子さんの話題提供をお願いしました。
申込者が20名を超すことになってしまい、会場を変えようかと思ったほどでしたが、何とか湯島で開催することができました。
関心の高さを知り、正直少しホッとしました。
葬儀不要論が広がる最近の風潮には大きな懸念を持っています。

時田さんは、小田原での長年の取り組みについて紹介してくれました。
潤生園では、「医療の死」とは違う「福祉の死」に長年取り組んできています。
医療や行政の「常識」にとらわれることなく、しかし、しっかりとした取り組みで、生きること、死ぬことに誠実に取り組んできているのです。
生活に立脚すれば、ある意味では当然のことながら、24時間365日、在宅での生活ケアが基本になりますし、生きるための基本は食になります。
医療技術の活用の仕方も変われば、食事のあり方も変わってくる。
しかも、それをきちんとデータを取りながら進めているのです。

時田さんの話は録音しておけばよかったのですが、あまりに引き込まれてしまい、記録も何もとりませんでした。
しかし多くの人たちに聞いてほしいと思いましたので、いつかまた講演会のようなものを開きたいと思います。
参加者のみなさんも、いろいろと思うことがあったと思います。
小田原に転居できるものなら転居したいと思った人もいるでしょう。

潤生園の取り組みや理念はホームページをご覧ください。
http://junseien.jp/corporate/
ホームページに書かれている次の文章に、潤生園の姿勢が感じられます。

潤生園が提供する「みんなの家」は、24時間365日地域での暮らしを丸ごとサポートいたします。「介護の安心」はもとより、「医療の安心」や「生活の安心」もおまかせ下さい。「みんなの家」は施設を利用される方だけでなく、地域で暮らす方々にとっても「安心」を提供したいと考えています。お困りのことがあれば「みんなの家」をお訪ね下さい。地域の方々の暮らしの拠り所として、みなさまのお役に立ちたいと考えています。

この文章だけだと、よくあるビジネスメッセージにしか聞こえないかもしれませんが、時田さんの話を直接聞けば、たぶん真意が伝わってきます。
ちなみに、潤生園の職員は「潤生園の原点」という小冊子をそれぞれが持っているようです。
昨日、時田さんから私も1冊もらいました。
潤生園を創設するに当たって、時田純さん(時田さんのお父上)は、戦中戦後の自らの体験を踏まえて、理念を掲げました。
「人は人として存在するだけで尊い。真の福祉は、人のいのちの尊さを知り、個人の人格を心から敬愛するところからはじまる」。
この理念を核に活動を展開しているのです。

たくさんの、しかもさまざまな立場の人が参加してくださったおかげで、話し合いからもたくさんの気付きをもらいました。
潤生園が目指していることは、これからの社会や福祉のあり方を考える大きなヒントが含まれています。
最近の福祉政策は方向を間違えていると感じている私にとっては、大きな元気をもらえるサロンになりました。
だれもが安心して暮らせる社会に向けて、個人でもできることはたくさんある。
改めてそのことにも気づかせてもらいました。

もう一つ感じたことを書きます。
時田さんの話の誘発されるように、両親を見送った時の自分の体験を話してくれた人が何人かいます。
看取りを語り合う、さらには伝え合うサロンがあるといいなと思いました。
考えたいと思います。

■湯島の部屋を売りませんか(2017年2月27日)
湯島に私のオフィスがあります。
ワンルームマンションの1室です。
昨年秋ころから、そこを売らないかという電話が頻繁にあります。
先週は1日起きくらいにありました。
いま使用しているので、売るはずはありません。
しかし、なぜかしつこく電話がある。
いま売ると高く売れるそうなのです。
あまりのしつこい電話に腹が立ってしまい、今日は、私を追い出そうとしているのですかと声を荒げてしまいました。
そうしたら、相手も負けずと声を荒げてきましたので、失礼しますと電話を切ってしまいました。
なんというひどい会社だろうかと思いました。
しかし電話お切った後も、何かすっきりしません。
バブル時はこうしたスタイルの地上げ屋が多かったのでしょうね。
どこでどう電話番号リストが流れているのかもしれませんが、実に不愉快です。

ネット回線の電話も相変わらず多いです。
あまりのしつこさに、ついつい承知してしまって迷惑を受けたことがありますが、承知しても別の会社からの勧誘がつづきますので何の解決にもなりませんでした。
明日からもまた電話はつづくでしょう。
人生には苦難が必要です。

■歯磨きがうまくなりました(2017年2月28日)
歯医者さんに行ったら、その後の歯磨き状況をチェックされました。
なんと磨き残し率が12%。
私でもできるくらいですから、誰でもできることのようです。
血圧はやはり高く、早く医者と相談するようにとまた言われました。
そういえば、先日健康診断をしてもらった結果を聞きに行くのを忘れてましたので、近いうちに行こうと思います。
しかし、血圧の薬は飲まなくても、いまのところ大丈夫そうです。

■かまこんリーダーの松本さんとのミーティング(2017年3月1日)
3月19日に、まちづくり編集会議準備委員会で第1回まちづくりフォーラムを開催します。
ゲストに鎌倉のまちづくりで話題になっている、iikuniプロジェクトのリーダーの松本さんに来てもらうことになりましたが、そのプレミーティングを開きました。
今回は、北川さんと根本さんが中心で企画していますが、私の同席しました。

iikuniプロジェクトの基本にあるのが、みんなで解決策のアイデアを出しあう「カマコン」というブレストワークショップです。
19日のフォーラムでも、それをやったらどうかと松本さんから提案がありました。
私の思っていたのとはかなり違う報告になっていますが、軌道修正は難しそうなので、賛成しました。
逆にその方向で、カマコンプログラムを全国に広げる支援をするのもいいと考えたのです。
さてついては、その問題を提出する人を探さねばいけません。
結局、私が動かざるを得なくなりそうで、いささか困っています。
どなたか問題提起をしに、参加してくれませんか。

■「うつしみ」と柿本人麻呂(2017年3月1日)
小学校時代の同級生の升田さんと久しぶりに食事をしました。
彼女はいま、多摩の自然の中に住んでいますが、もともとは大学で上代文学を教えていました。
やり残した課題が2つほどあるようで、それについて少し話を聞きました。
興味を感じたのは、柿本人麻呂の話です。
升田さんは、万葉集に出てくる「うつしみ」(現身)という言葉を、人麻呂だけが、その言葉の後に、「と思ひし」という言葉がつのだそうです。
升田さんは、そこに人麻呂が普通の人とは違った世界に住んでいると感ずるのだそうです。
実に面白い。
ぜひその論考を完成させてほしいと頼みました。

ちなみに升田さんが住んでいるのは、昭島市の本覚院の近くです。
天台宗の古刹で、拝島大師として初詣のにぎわうところだそうです。
そこで、毎晩、最近は夜空のシリウスを見ているそうです。

升田さんは薩摩琵琶を始めているのですが、琵琶に乗せて万葉集を歌う「万葉琵琶」を始めたらどうかという提案をしました。
やってくれるといいのですが。

■ストーリーテリングの奥深さ(2017年3月1日)
ストーリーテリング協会の研究会です。
ストーリーテリングは話し合えば話し合うほどに奥が深いです。
興味が尽きません。
そうしたことをプログラム化する方向ですが、前途多難です。

■まちづくり編集会議フォーラム準備会(2017年3月1日)
3月19日開催予定の公開フォーラムの準備会ですが、悪戦苦闘です。
ますます心配になります。

■眼瞼下垂手術のその後(2017年3月2日)
2か月前に眼瞼下垂の手術をしたのですが、その経過診察に行ってきました。
手術をしてとてもよかったです。
最近は読書をするのが億劫ではなくなりました。
手術後の評判も最近はプラス評価ばかりですので、予定していたアンケート再調査はやめました。
その旨、高久医師に伝えたら、私に気兼ねして評判がいいと言ってるんじゃないでしょうね、と言われ、大笑いになりました。
今日は、まぶたを切開した筋肉細胞の写真を見せてもらいました。
あんまり見たくない写真ですが、老化の様子もよくわかります。

ところが問題が発生しています。
私はコンタクトレンズなのですが、レンズが外しにくくなってしまったのです。
目が細すぎるのかもしれませんが、以前はもっと細かったはずです。
高久医師はわざわざ病院内の眼科の医師にまで訊きに行ってくれましたが、目のまわりの筋肉構造が変わったので、これまでとは違う取り方を見つけるこしかないことになりました。
ところで、私と同じように、眼瞼下垂で困っている人がいたら、ぜひ高久医師にご相談ください。
手術中も話していいという医師ですので、楽しいです。
麻酔を少なくすると、ちょっと痛いですが、まあそれもまたいい体験です。

来月も来ますかと訊かれたので、ついつい面白いから来ますと言ってしまいました。
病院通いもいいものです。
暇で暇で仕方がない老人には、病院は楽しい場所の一つなのです。
それがよくわかります。

(2017年2月第4週)
■リンカーンクラブ幹事会(2017年2月19日)
■巻町原発誘致住民投票をテーマにしたサロン(2017年2月19日)
■「新実存主義」と「民主主義」(2017年2月19日)
■ストーリーテラー養成プロジェクト(2017年2月20日)
■若くない若井さん(2017年2月20日)
■プロジェクターとアイヌ(2017年2月20日)
■キューバ現代史(2017年2月20日)
■不審者騒動(2017年2月22日)
■コミーのQIセンター(2017年2月23日)
■相談内容がわからない相談が多すぎます(2017年2月23日)
■ストーリーテラーの資格要件(2017年2月25日)
■リンカーンクラブの国家ビジョン(2017年2月25日)

■リンカーンクラブ幹事会(2017年2月19日)
リンカーンクラブ幹事会でまた新しい課題ができました。
リンカーンクラブが目指す日本のビジョンをつくらないと求心力が高まらないのではないかということになったのです。
私自身はもう少し会員が増えてから取り組みたいと思っていましたが、それがないとか入会を呼びかけられないということになったのです。
そんなわけでビジョンづくりに取り組みだします。
一緒にやってくれる方がいたら連絡してください。
この3か月でたたき台をつくります。

■巻町原発誘致住民投票をテーマにしたサロン(2017年2月19日)
リンカーンクラブサロン「原発を葬った市民のスクラム 巻町住民投票をめぐって」は10人のサロンになりました。
今回は、あらかじめ折原さんの報告書を読んでもらっての参加でしたので、ちょっとバリアが高かったかもしれません。
その反面、関心の高い人が多かったので、それぞれいろんな示唆を受けたのではないかと思います。

折原さんは、巻町原発誘致住民投票の?末を3ページの表にまとめたレジメで説明してくれました。
とてもわかりやすい表です。
改めてこのてん末を俯瞰するといろんなことが感じられます。

そもそも巻町で住民投票が行われるきっかけは、1994年の町長選挙で、原発推進派の人が当選したことでした。
選挙には、推進派、慎重派、反対派の3人が立候補したのですが、慎重派と反対派の投票数を合計すると、推進派への投票数よりも多かったのです。
そこで、町民はむしろ原発には反対なのではないかという思いを持った、巻町に長年住んでいる有志たちが、「住民投票で巻原発をとめる連絡会」を立ち上げ、自主管理の住民投票に取り組んだのです。
そうした取り組みの過程は、折原さんの論文に詳しいですが、住民が主役になれば、いろんなことができることがわかります。

しかしなぜ巻町ではこうしたことが成功したのか。
そこが昨日の話し合いの論点の一つでした。
私は、その最大の理由は、巻町にはまだしっかりしたコミュニティ、人の繋がりと自然とのつながりがあったことだと思っています。
そのことは、折原さんの報告からも読み取れる気がします。

他にもさまざまな要因が考えられます。
折原さんの報告には、住民たちが「事実」を知るにつれて変わっていったことが書かれています。
それも大きな理由だったと思います。
事実を知ることで、人の意識と行動は変わってきます。
それが、私が湯島のサロンを続けている理由の一つです。

原発という大きな問題だったから、住民投票にまで行ったのかという問いかけもありました。
巻町では、その後も、新潟市への合併を巡って住民投票が行われたそうです。
近隣に葬儀場やごみ処理場ができることで住民が動き出すことは、むしろ多いですから、原発という大きな問題だったことよりも、原発誘致と自分たちの生活の繋がりを見えるようにしていったことが、住民運動を実現した理由のような気がします。
集団的自衛権のような問題は、なかなか私たちの生活とのつながりが見えてきませんから、当事者意識を持ちにくいという意見も出されました。

巻町の住民投票は、原発問題として取り上げられることが多いのですが、私はむしろそうではなくて、住民が当事者意識を持って動けば、大きな流れでさえ変えられるということを示した事例として捉えています。
「与えられたまちづくり」から「創りだすまちづくり」へと変えていけるのです。
これに関しては、3月19日に「まちづくり」の公開フォーラムを予定していますので、関心のある方はぜひご参加ください。
継続してフォーラムを開催していく予定です。
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#170319

巻町の住民投票活動は、たぶん巻町の住民たちに大きな変化を起こしたと思います。
私の関心はそこにあります。
当時、巻高校の高校生は、生徒会で原発誘致に関しての投票までやったそうです。
それを体験した高校生は、いまどうしているか。
そこに大きな関心があります。

まちづくりも、国政も、どんどん住民や国民の手を離れだしているような気がしますが、それは自治体や政府が悪いからだけではないはずです。
その気になれば、そして動き出せば、流れは変えられる。
その貴重な体験をした巻町の教訓から、私たちはたくさんのことを学べるはずです。
いつか、巻町の元高校生を呼んで、公開フォーラムができないかと思っています。
あるいは折原さんに頼んで、一度、巻町訪問ツアーを企画できないかと思っています。
そしてそうしたことの中から、実践的な活動が始められないかと思っています。

いつものように、偏った報告になりましたが、西坂さんが記録してくれていますので、もしかしたら報告の記録はお伝えできるかもしれません。

折原さんの誠実な報告に感謝します。
なお、折原さんは「脱原発社会への展望」と題した4部作を同人誌に載せています。
もし読まれたい方がいたら、ご連絡ください。
折原さんと相談したうえで、PDF版をお届けします。
できれば、折原さんはそれを出版したいと考えていますので、どこか出版の相談に乗ってくれそうなところがあればご紹介ください。

■「新実存主義」と「民主主義」(2017年2月19日)
リンカーンクラブサロン終了後、川本・武田・折原さんとちょっとだけ話をしようということになったのですが、結局、3時間近くも話し込んでしまいました。
テーマは、川本さんの「新実存主義論」と武田さんの「究極的民主主義論」、それに加えて折原さんの実践活動ですから、まとまるはずもありません。
しかし、3人の真ん中にいるのが私なので、それぞれのつなぎ役をやらないと、独自の思想と思考スタイルを持っている人たちなので、コミュニケーションがかみ合わないのです。
なにかどっと疲れが出てしまいました。
しかし、かみ合わない議論もまた、時にはいいものです。

■ストーリーテラー養成プロジェクト(2017年2月20日)
ストーリーテリング協会ではいよいよストーリーテラー講座を始めることにしました。そして秋にはその公開発表会です。
そのプログラムについての検討会を開催しました。

■若くない若井さん(2017年2月20日)
昨年から知り合った若くない若井さんと久しぶりにお会いしました。
加納さんも一緒です。
若井さんと加納さんが取り組むプロジェクトの相談だったはずですが、そういう話はほとんどなくて、結局は肉の万世の食事をご馳走になっただけで終わってしまいました。
いやはや困ったものです。

■プロジェクターとアイヌ(2017年2月20日)
湯島のサロンに使っているプロジェクターが少し具合が悪くなりました。
買い換えようと思ったのですが、ふと思いついて、湯島のサロン仲間のメーリングリストで、どなたか不要なプロジェクターがあったら下さいと書き込みました。
そういう投稿に、どういう反応があるかが、実は関心事だったのですが、なんとすぐに井口さんという人から使っていないプロジェクターがあるから寄付すると連絡がありました。
井口さんとは昨年末に初めてお会いしただけなのです。

その上、すぐに持ってきてくれると言うので、お会いしました。
まだ新しいプロジェクターで、家で映画など見ているようですが、あんまり使っていないのだそうです。
それに今週末から2か月間ほど台湾に行くそうで、それで忙しいなかをわざわざ持ってきてくれたのです。
感謝しなければいけません。
しかし、お礼はいつものように、珈琲一杯だけなのです。

シェアリング・エコノミクスという考えを、CWSコモンズ村で取り組めないかと思っているのですが、あまりに反応が早かったので、むしろちょっと躊躇してしまいました。

それはそれとして、井口さんの活動の話を少し聞かせてもらいました。
井口さんは写真家ですが、それとは別に、先住民の世界ともつながっているのです。
台湾に行くのもその関係らしいですが、それとは別にアイヌの人たちとも付き合いがあって、首都圏に住むアイヌの人たちのたまり場をつくるという構想に魅力を感じているようです。
話を聞いていて、私も魅力を感じました。
さてなにができるか。
井口さんが、台湾から帰ってきたら、またお会いしたいと思っています。
ただし、プロジェクターをもらったからではありません。
ただただ素直に、井口さんの生き方に興味を感じたからなのです。

帰宅して、久しぶりに、アイヌの「神謡集」を読んでみました。
まだ感応できるところまでいけていないのですが、前に読んだ時よりも伝わるものがありました。
しかし、私の知性ではまだ届かない世界です。
世界は本当に広いです。

■キューバ現代史(2017年2月20日)
まったくつながらないのですが、北朝鮮の金正男殺害事件に触れて、なぜか思い出したのがキューバです。
全くつながらいのですが、なぜかそう思ったのです。
それで、「キューバ現代史」や「キューバ史研究」など何冊かの本を拾い読みしました。
「キューバ現代史」ははじめての本なので、かなり精読しました。
たくさんの刺激をもらいました。

医療制度研究会の本田さんがキューバに行くと言っていましたが、その気持ちがよくわかります。
私自身は残念ながらキューバに行くお金がないのですが、お金がなくても行ける方法を考えてみようかと思い出しています。
住民投票を取り込んでいるアイスランドにも行きたいと前に思いましたので、まあ半年で気持ちが変わるでしょうが。

■不審者騒動(2017年2月22日)
おまわりさんがやってきました。
近隣の住民が庭で不審者を見つけ、注意したら近隣の家の庭沿いに逃走したのだそうです。
わが家の隣家もその逃走の経路ですが、どうもわが家とは反対の方向に逃げたようです。
私の近隣地域は、昼間も在宅している家が多く、近所付き合いもありますので、あまり心配はしていないのですが、こうしたことが起こると嫌な気分です。
しかしまあ、適度にこうした刺戟があるのはいいことかもしれません。

■コミーのQIセンター(2017年2月23日)
先日、コミーの小宮山さんと話し合った時に、なんとなくコミーに行くことになったのですが、また延ばすと忘れるので早速に行くことにしました。
コミーのQIセンターが3月には完成すると言うので、まずは見ておこうというのと、小宮山さんの夢の一つの「箸の歌」「鏡の歌」を広げる活動にどう取り組むかを考えるためにです、
QIセンターのQIは、コミーの理念の“Question”と3つのI(Interest Imagine Innovation)を組み合わせたものです。
3階建ての建物です。

そこを見せてもらった後、コミーの次世代3人組と小宮山さんと、話し合いをしました。
いつもの気安さで、かなり辛辣なことを言ってしまいましたが、小宮山さんは笑顔で対応してくれています。
こういう人はそうはいません。
そこが小宮山さんの魅力なのですが、やはり社長を前にしては、社員はたとえどれほど信頼関係があっても、自由にはなれません。
小宮山さんは、それも承知で私を引き合わせているわけですが。
社長抜きで、改めて話し合いをすることにしました。
ちなみにその3人とも私は面識はあるのです。
さてどう発展するか。
楽しみです。

■相談内容がわからない相談が多すぎます(2017年2月23日)
引きこもり家族などの支援に取り組んでいる阿部さんから相談があると言われて、コミーを少し早めに切り上げて湯島に戻りました。
阿部さんも少し疲労気味のようでしたが、私はもっと疲れていたのと、相談内容が相変わらずよく理解できないために、私がちょっと不機嫌になってしまいました。
まだ人間ができていません。
不機嫌になるとますます疲れが高まります。
実はもう一つ相談したので、時間があったらといわれていたことがあるのですが、今日はパスさせてもらい帰宅しました。
帰宅した途端に、また電話。
どうも楽のできない1日でした。

■ストーリーテラーの資格要件(2017年2月25日)
ストーリーテリング協会では新たに「ストーリーテラー」資格を提案しようということを検討しています。
それによって、まだ曖昧で伝わりにくい、ストーリーテリングの意味も明確にできるかもしれません。
今日はその1回目の検討会でした。
「語る」と「象る」と「騙る」について、少し話もしました。

■リンカーンクラブの国家ビジョン(2017年2月25日)
リンカーンクラブは民主主義をできるだけ実現する社会を目指しての活動に取り組もうとしていますが、求心力を高めるためにも、リンカーンクラブとしての国家ビジョンを構想し、提唱するべきではないかということになりました。
その課題にどう取り組むかの検討会をスタートさせました。
ビジョンといっても、さまざまな次元があります。
理念、制度、政策。
その3つの次元で考えていければと思っています。
今日は大きなところでの確認を行いました。
次回から話し合いが始まります。

(2017年2月第3週)
■リトリートサロンに失敗した「みんカフェ」(2017年2月12日)
■ストーリーテリング協会理事会(2017年2月13日)
■小宮山さんと会うとどうも論争になりやすいです(2017年2月14日)
■まちづくり編集会議準備会(2017年2月14日)
■おや!? またおかしいぞ(2017年2月15日)
CWSコモンズ村再興計画(2017年2月16日)
■財政とはなにか(2017年2月17日)
■孫との相性(2017年2月18日)
■煙石博さんの窃盗容疑訴訟が逆転無罪になりそうです(2017年2月18日)

■リトリートに失敗した「みんカフェ」の報告(2017年2月14日)
12日に、ちょっとしたリトリートをイメージした「みんカフェ」(みんなのゆる〜いカフェサロン)を開催しましたが、残念ながら、というか私の心変わりで、普通の話し合い型サロンになってしまいました。
それでも楽しいサロンでしたし、最後のあたりはちょっと「話す瞑想」とも言えるリトリートも体験できた人もいたかもしれません。

参加者は10人、予定の時間を1時間も越えてしまったのに、まだ心残りの人もいた感じでした。
そもそも集まった顔ぶれを見て、はじめての人も多かったので、1分以内での自己紹介を始めたのが間違いでした。
みんな話したいこと、あるいは放したいことが、山のようにあるようで、しかも話を聞いたら質問したくなる人も多いようで、最初の数名はそれでも短く終わったのですが、だんだん長くなっていき、さらにそこからいろんな話に広がってしまい、気が付いたら予定の2時間は自己紹介で終わってしまったのです。
静かにコーヒーを飲むどころか、にぎやかなサロンになったのです。
湯島のサロンは、参加者次第で融通無礙なのです。

最初に来た人から、最近の湯島サロンはテーマが重すぎて敷居が高い、今回のようにテーマがないと参加しやすいと言われました。
それで、テーマなしの誰でも歓迎の「みんカフェ」をまた毎月開催することにします。
でもみなさん、わがままなので、そうすると今度はテーマがないと行く気にならないなどとまた叱られるのですが、まあ仕方がありません。

ところで、自己紹介を最後にやった方の話は、内容が重い割には、それまでの2時間の雰囲気づくりのおかげのせいか、みんなの話し合いを触発して、そこから1時間もサロンが続いてしまいました。
実は、今回はサロンの途中で私はティク・ナット・ハンのほんの一部を紹介する予定でした。
そして、ティク・ナット・ハンとは全く別なスタイルの1分間瞑想を呼びかけようと思っていたのですが、その最後の1時間の話のなかで、話し合いの瞑想というのもあるのではないかと感じました。
それが今回の私の感想です。

私が予定していたティク・ナット・ハンの本からの書き取り部分を添付します。
よかったら読んでみてください。
声を出して読むのがお勧めです。

3月の「みんカフェ」はたぶん3月12日に開催予定です。
確定したら改めてご案内します。

■ストーリーテリング協会理事会(2017年2月13日)
新しいプロジェクト起こしのためのミーティングです。
企業へのコンサルティング事業にも取り組みだします。
理念の浸透や企業文化変革、あるいは営業力強化などに関心のある企業があれば、ぜひご相談ください。
プロジェクトチームも立ち上げつつあります。

■小宮山さんがまた新しいアイデアを出しました(2017年2月14日)
ミーの小宮山さんに会いました。
年が明けてからはじめてです。
もう長いお付き合いですが、会うたびに論争になりがちなのですが、なぜか会っていないとさびしくなります。
今回は論争にならずに、平和に過ごせました。
ところで、小宮山さんがまたひとつ思いついたプロジェクトがあります。
箸の歌や鏡の歌を世界に広げたいというのです。
さてさてどうすればよいか。

ちなみに先月、小宮山さんはシアトルの日本語学校に行って、箸ピーゲームをやってきたそうです。
それも8クラスで。
小宮山さんの講演も好評だったそうです。
そこで、どうも箸の歌を「リパブリック讃歌」に乗せて歌ったのが、今回の思い付きのきっかけだったようです。
協力することにしました。
どなたかアイデアがあれば教えてください。

■まちづくり編集会議準備会(2017年2月14日)
まちづくり編集会議の準備委員会を持ちました。
いつも集まりの写真に私が乗っていないので、私も入った写真を撮りました。
今回はめったに着たこともない背広を着た私ですが。
ところで、まちづくり編集会議では、毎月、湯島でまちづくりサロンをやっていますが、それとは別に3月から、各地のまちづくり活動を中心に置いたフォーラムも開催していく予定です。
そうした具体的な事例を通して、まちづくり編集ということを多くの人と共有していきたいと考えています。



その第1回目は、鎌倉のクラウドファンディング「iikuni」を取り上げ、まちづくりのための資金をどう集めていくか、
そして、資金を集めることにはどういう意味があるか、ということを考えていきたいと思っています。
日程は3月19日の午後。場所は湯島の私のオフィスのすぐ近くにある、アカデミー湯島です。
詳しい案内はお知らせのコーナーに載せました。
ぜひ多くの人にご参加いただきたいと思っています。

■おや!? またおかしいぞ(2017年2月15日)
今日はいつも歯医者さんだったのですが、あいかわらず血圧の薬は飲んでいないのですかと訊かれてしまいました。
歯茎に炎症が出るのでまたやめましたと正直に伝えましたが、血圧はいつもより低い数値が出たのでよかったです。
ところが夕方、どうも調子が悪いのです。
血圧を測ってみたら、下が100を超えています。
その生かどうか測らないのですが、なんとなく頭も重い。
人間は気持ち次第で身体も大きく影響されるのでしょう。
それでも大事をとって、早めに就寝しました。
翌朝は回復していました。

■CWSコモンズ村再興計画(2017年2月16日)
湯島に集まる人たちを中心にしたメーリングリスト「CWSコモンズ村」というのがあります。
いまは200人ほどが登録されていますが、これをベースに、以前やっていた「CWSコモンズ村」の再興を考えています。
CWSコモンズ村は、村長が離村してしまい、いま散村状態です。
一時は、コモンズ通貨も発行していたのですが、妻の病気のため活動を停止してしまったのです。
それをそろそろ再開したいと思っていますが、資金難でちょっと躊躇していたのです。
しかし、私の資金難はどうも当分解消しそうもないので、とりあえずはお金のかからないところから取り組むことにしました。
まずはフェイスブックに「CWSコモンズ村」のコミュニティをつくりました。

育っていくといいのですが。
もしよかったら入村してください。
いまのところ住民税はありません。

■財政とはなにか(2017年2月17日)
先日お会いした室田さんから、井出栄策さんの話を聞きました。
それで先週、井出さんの「18歳からの格差論」を読みました。
共感できるところと、やはり財政学者だなというところを感じましたが、どうもすっきりしません。
それで、井出さんの「経済の時代の終焉」を読みました。
考え方はとても共感できるのですが、やはりすっきりしません。
金銭に呪縛されない経済を考える時代だと私を思っていますが、井出さんの思考の中にもそれを少し感じます。
井出さんはまだ金銭の世界で語っています。
ただ、この本を読んで、財政にも2種類のベクトルが作用していることを知りました。

■孫との相性(2017年2月18日)
近くに住んでいる娘が、週に2〜3回、孫を連れてきます。
だんだん人間らしくなってきて、私に会うととても興味深そうに私を見つめます。
最初は、時に私の顔を見ると泣きだしましたが、最近は相性が良くなってきました。
しかし子供の成長は速いです。
それはまた私の老いの速さでもあるのでしょう。
時間が確認できるのは久しぶりです。

■煙石博さんの窃盗容疑訴訟が逆転無罪になりそうです(2017年2月18日)
中国放送の元アナウンサーの煙石博さんの窃盗容疑訴訟に関しては、これまでこのブログで何回か取り上げてきました。
冤罪の可能性が極めて高いように思われる事件で、広島の友人からこの事件を教えてもらって以来、ずっと気になっています。 

煙石さんは5年前の9月、広島市南区の自宅近くの銀行で女性客が記帳台に置き忘れた現金6万6600円が入った封筒を盗んだとして逮捕・起訴されたのですが、しっかりした物証もないのに、そしてもちろん本人が認めたわけでもないのに、一審二審ともに有罪でした。
煙石さんは上告。その最初の弁論が昨日、最高裁で行われました。
その結果がどうなったのか気になっていましたが、やっとRCCニュースにアップされました
http://news.rcc.jp/?i=27371#a
逆転無罪の可能性が出てきました
よかったです。

私は煙石さんとは面識はありませんが、煙石さんを知っている人からお話を聞いています。
煙石さんにとっては、思ってもいなかった事件のようですが、なにやら不気味さを感じます。
他人事ではないなと思いながら、その行方に関心を持っています。

それにしても、この事件は、千葉にいてはまったく情報がありません。
今日も朝から、ネット検索をいろいろとしていましたが、ようやく先ほど、結果を知りました。
こういう事件が、私の知らないところで、多発しているのかもしれません。
金正男さんの事件よりも、私には関心があります。
こういう事件をきちんとマスコミは伝えてほしいものです。
と思って、いままた調べてみたら、NHKでもアップしてくれていました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170217/k10010880691000.html
しかし、テレビでの放映は関東圏ではなかったようです。

事件の経緯などは次のサイトをご覧ください。
http://enseki.noor.jp/
逆転無罪を願っています。

(2017年2月第2週)
あんまり体調がよくありません。
気が萎えているというかやる気が出ません。
一種のうつ状態かもしれません。
困ったものですが、流れに任せるしかありません。
■ストーリーテリング理事会(2017年2月5日)
■雪の朝(2017年2月9日)
■新潟のチューリップ(2017年2月9日)
■兄夫婦との会食(2017年2月9日)
■久しぶりの安藤さん(2017年2月10日)
■2月の年賀状(2017年2月11日)

■ストーリーテリング理事会(2017年2月5日)
ストーリーテリング協会としての新しいプロジェクト開発会議でした。
これまでは拡散型でやってきましたが、これからは絞り込んでいく方向に切り替えました。

■雪の朝(2017年2月9日)
朝起きたら雪でした。
昨日まではあったかかったのですが、自然の変化はすごいです

■新潟のチューリップ(2017年2月9日)
新潟の金田さんが、チューリップをどっさり送ってきてくれました。
毎年送ってきてくれます。

■兄夫婦との会食(2017年2月9日)
兄夫婦と会食でした。
お互いにいつどうなってもおかしくない歳になりましたので、
悔いのないように、私からお誘いしました。

■久しぶりの安藤さん(2017年2月10日)
会社時代の同期の安藤さんのお誘いを受けて、これも久しぶりに食事をしました。
いろいろと私の知らない私の話を教えてもらいました。

■2月の年賀状(2017年2月11日)
ようやく年賀状を書く気になりました。
といっても、もはや年賀状とは言えないのですが。
私からの音沙汰がないので、心配して下さっている人もいるかもしれませんので。

(2017年2月第1週)
■「ギリシア人の物語U」(2017年1月29日)
■リンカーンクラブ講演会(2017年1月30日)
■生成のための学び(2017年1月31日)
■「新・実存主義の思想」(2017年2月1日)
■TCH(2017年2月2日)
■コンタクトレンズからメガネに(2017年2月3日)
■お墓訪問(2017年2月4日)

■「ギリシア人の物語U」(2017年1月29日)
塩野七生さんが毎年1冊ずつ刊行している「ギリシア人の物語U」が今回は、年を超して、1月に出版されました。
早速読ませてもらいました。
今回は第2巻目で、テーマは「民主主義の成熟と崩壊」です。
主役はペリクレスとばかり思っていましたが、ペリクレスとアルキビアデスでした。
アルキビアデスに関してはほとんど知らなかったのですが、実に魅力的な人物です。
魅力的な人が、やはり社会を壊していくのだなと改めて思いました。

ブログにも書きましたが、最近の世界情勢を考える上で、とても参考になりました。
http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=86788350&blog_id=29587

■リンカーンクラブ講演会(2017年1月30日)
リンカーンクラブの第1回講演会を開催しました。
政治ジャーナリストの安積明子さんにお願いして「野党共闘」の話でした。
私は、この種の話にはまったくと言っていいほど興味がないので、別件の用事があったこともあり、受付だけさせてもらいましたので、話を聞いていません。
リンカーンクラブでは毎月講演会をやろうということになっていますが、
私は講演会は大の苦手なのです。
困ったものです。

■生成のための学び(2017年1月31日)
京都の岩や保育園の室田一樹さんが湯島に来てくれました。
久しぶりです。
きっかけは、私のフェイスブックの記事を読んだことです。
室田さんは気になっていた人です。
2時間があっという間に過ぎました。

室田さんとの出会いは、全国私立保育園連盟の経営委員会だったと思います。
私はその委員会の外部委員だったのです。
最初の出会いの時の私の発言を覚えていてくれました。
それに加えて、私がメイヤロフの「ケアの本質」を薦めたことまで覚えていてくれました。

実にたくさんのことを話しました。
密度の濃い、実に楽しい2時間でした。
室田さんは、昨今の子どもの世界に危機感をお持ちです。
そして発展の学びの場ではなく、生成の学びの場を回復したいと思っています。
私も室田さんに会うために、生成の学びに関する矢野さんの本を読みましたが、とても共感できました。
室田さんは実践の人ですので、すでにそれをさまざまな形で取り組まれているようです。
そのひとつが「エピソード記述」の活用です。
たくさんの刺激を受けることができました。

■「新・実存主義の思想」(2017年2月1日)
友人の川本さんの新著「新・実存主義の思想」を読みました。
これまでも断片的には読んでいますが、こうして本にまとまって通読すると川本さんの思いが伝わってきます。
今度の本での主張は、これまでの実存主義には社会哲学がないために社会を変える力が生まれず、結局は全体主義への流れに抗う拠り所にならなかったということです。
川本さんの考えの基本は「人間を起点とする社会哲学」なのですが、やはり読んでいて、ここは「個人を起点とする社会哲学」にすべきかなと改めて思います。
しかし、川本さんには受け入れてもらえませんでしたが。

本書の紹介をブックのコーナーに書きました。
一度また湯島のサロンを開こうと思います。

■TCH(2017年2月2日)
歯医者さんでした。
マウスピースを使いだしたのですが、調子がいいです。
リラックスしている時、上下の歯は軽く接していると思いますか? 歯医者さんに訊かれました。
接触していないのだそうです。
たしかに意識してみると、接触していません。
しかし、それは重力の法則に合わないので、進化の間違いではないか、類人猿もそうですか、と歯医者さんに場違いな質問をしたのですが、そうしたらTCHの話をしてくれました。
TCHとは、“Tooth Contacting Habit”(歯列接触癖)の略で、上下の歯を“持続的に”接触させる癖のことだそうです。
帰宅して、早速、調べてみました。
類人猿の話ではなく、TCHのことをです。
そこで知ったことを紹介します。

上下の歯は何もしていない時は接触しておらず、離れており、会話や食事をする際に接触する時間を含めても、接触しているのは1日20分程度が正常だと言われています。
上下の歯の接触時間が長くなると、筋肉の緊張や疲労、顎関節への負担が増え、起床時症状(顎の疲労感,歯の違和感,口が開きにくいなど)や顎関節症、様々な不定愁訴に関わっている可能性が考えられています。

マウスピースの効用がよくわかりました。
マウスピースは歯の寿命を延ばすだけではなく、人生を明るくするのです。
我孫子市のいしど歯科クリニックは、行くたびに何かを学べる楽しい歯医者さんです。
今日は血圧で、少しまた注意されましたが。

■コンタクトレンズからメガネに(2017年2月3日)
まぶたの手術後、コンタクトレンズを装着するとなかなかはずせないようになっています。
それで、一時的につくっていたメガネをしばらくは使うことにしました。
それでメガネを少しレベルアップすることにしました。
結局、1万円を超すメガネになってしまいました。
うまくできている仕組みです。

まあそれはそれとして、メガネにだいぶ慣れてきましたが、階段の上り下りがまだ危ないです。
しばらくは気をつけないといけません。

■お墓訪問(2017年2月4日)
妻の誕生日だったので、娘や孫とみんなでお墓に行きました。
お墓が自宅の近くなので、孫にもできるだけ墓参りに誘っておこうと思います。
祖先を大事にする文化が薄れていくことに大きな危惧を感じていますので。

(2017年1月第4週)
お医者さん通いの1週間でした。
■リンカーンクラブサロン(2017年1月22日)
■眼科定期健診(2017年1月23日)
■マウスピースを使うことにしました(2017年1月24日)
■新潟の金田さん(2017年1月25日)
■前島弁護士とのミーティング(2017年1月25日)
■形成外科経過検査(2017年1月26日)
■肺炎球菌ワクチン接種(2017年1月26日)
■南相馬に行く佐藤岳史さん(2017年1月26日)
■ストーリーテリング協会理事会(2017年1月27日)
■第1回企業サロン「電通社員過労自死問題から何を学ぶか」(2017年1月28日)

■リンカーンクラブサロン(2017年1月22日)
昨日、「わたしたちの声を政治に届けるにはどうしたらいいかパート2」のリンカーンクラブサロンを開催しました。
参加者は10人でしたが、議論は盛り上がりすぎて、3時間たっても終わりませんでした。
今回は、普通の人の声を集めて社会に発信していく仕組みをつくりたいというニコさんの呼びかけから話し合いが始まりましたが、話題は広がり、現在の日本の政治の裏話のような話まで出てきました。
私には驚愕するような話もありましたが、納得できる話もありました。

最初に問題になったのは、「電力自由化の後、原発の電力を新電力会社にも請け負わせようという経産省の提案」の話です。
ニコさんは、原発事故によって生じたコストまで新電力会社に負担させるのはおかしいと考えていますが、これに関しては賛否両論がありました。
話しているうちに、結局は、原発をどうするかという話ではないかということになり、ドイツや台湾・ベトナムの話も出ました。
まだまだ私には知らないことがたくさんあります。

そこからなぜか、日本政治の裏話のような話題になってしまい、私には少しついていけなくなったのですが、予定調和などとは無縁のサロンですから、それがまた刺激的でした。
いろんな話がありましたが、何しろあまりに刺激的な話が多かったもので、うまく報告できません。

私の関心事で言えば、「主権者教育」ってなんだという問題提起に共感を持ちました。
主権者を教育するのは、一体誰なのか?
どう考えても私には理解できない話ですが、そもそも「主権者教育」などという言葉が使われている風潮に違和感を持っています。
かつての消費者教育の時にも感じた違和感です。
この言葉をいつか話題にしてサロンをしたいものです。

ちなみに、問題提起者の小室ニコさんは、みんなの声を書名で集めて、ネットで世界に発信していきたいという思いをお持ちですが、ご自分がネットが得手でないので、ネットの得意な人に応援してもらえないかと希望しています。
もし一緒にやろうという人がいたら、あるいはそういうことに関心を持ってくれそうな人がいたら、ぜひ小室さんに連絡してください。
私に連絡してもらえれば、つなげます。

■眼科定期健診(2017年1月23日)
小川眼科の検査日でした。
相変わらず混んでいますが、ここは患者にあまり待たせられているという感じを与えないような仕組みがうまくできています。
位置もそれに感心しているうちに、受信が終わります。
いまのところ大きな異常なしです。

■マウスピースを使うことにしました(2017年1月24日)
歯医者さんから以前から勧められていたマウスピースを使用することにしました。
どうも就寝中に、歯をかむ癖があるそうです。
自分では全く意識はないのですが。
それで今日から使うことにしました。

■新潟の金田さん(2017年1月25日)
新潟の金田さんが湯島に寄りました。
今年初め手ですが、金田さんの昨年はいろいろとあったようなので心配していましたが、やはり心配していた通り、私よりもかなりお疲れ気味でした。
それでも3日間、東京でいろんな人に会う予定なのだそうです。
今年はこんなことに取り組みたいというお話をお聞きしました。
いささか心配ですが、応援できることは応援しようと思っています。
一度くらいはやはりまた新潟に行かなくてはいけなくなりそうです。

■前島弁護士とのミーティング(2017年1月25日)
知人と一緒に、裁判を起こすことになりました。
気乗りはしないのですが、放置しておくのもよくないということで、踏み切ったのですが、どうもこういうのは苦手です。
しかし弁護士と話していると、弁護士の論理的な思考には感心させられます。
翻って自分の生き方を考えると、法学部でまなんだわりには、なんとまあ、法学の世界と真逆な世界を生きているかを思い知らされます。

■形成外科経過検査(2017年1月26日)
眼瞼下垂の手術をしてくれた柏厚生総合病院の形成外科の高久医師に1か月後の検診で行ってきました。
それで、この間、手術後の表情アンケートの結果を持参しましたが、3か月後からやってほしかったと言われました。
たしかにそうです。
まだ手術後の腫れが引いていないので、評価が悪い不届者がいるのです。
とりあえずの結果は、投票者42人で好感度アップが25人、変化なしが13人、イメージ悪化が5人でした。
コメントに、「性格までは治っていないようだ」という、これも余計なコメントを書いた人がいましたが、高久医師は、性格も治ると断言しています。
私もそう思いますが、投票時期を間違ってしまいました。
これまでご協力いただいた方には申し訳ないのですが、正式な投票は4月から行います。
ぜひまたご協力ください。
高久さんからも要望を受けています。はい。

みなさん、眼瞼下垂手術の際には、ぜひ柏厚生総合病院の形成外科の高久さんにお願いするといいです。
とても安心して手術を任せられる先生です。

■肺炎球菌ワクチン接種(2017年1月26日)
今日は午後からは10年ぶり以上に、健康診断に行くことにしました。
これも一昨日思いついて、かかりつけのクリニックにお願いしたのです。
きっかけは、肺炎球菌のワクチンを受けることでしたが、申し込みの電話をしている時に、市役所から届いていた長寿県真のハガキが目に付いたのでついでに申し込んでしまいました。
たぶん今回が人生最後の健康診断になると思います。

それで。かかりつけの遠藤クリニックに行きました。
その結果、血圧の薬を飲んでいないことがばれてしまいました。
とりあえず薬はもらってきましたが、服用を再開するかどうかはまだ決めかねています。

■南相馬に行く佐藤岳史さん(2017年1月26日)
昨年まで福島で活動していた櫻井さんの紹介で、今度は佐藤岳史さんが福島の南相馬に仕事に行くことになったそうです。
それで、岳史さんから福島のNPOとのつながりをつくりたいと言われて、お会いしました。
そこでいろんな話をお聞きしましたが、福島の復興に関連しては、いろんな問題がやはりまだありそうです。
知れば知るほど、気が重くなります。
2月から南相馬の小高地区に入るそうです。
どなたかその界隈で活動しているNPOや音楽グループなどご存知だったら教えてください。
岳史さんは、ミュージシャン活動もしていますので。

■ストーリーテリング協会理事会(2017年1月27日)
ストーリーテリング協会の理事会でした。
活動も半年過ぎましたが、なかなか計画通りには進みません。
難航しています。
会員が増えないので、赤字がたまってきています。
最初の計画がいささか甘すぎたのを反省しています。
今年は立て直さなければいけません。
皆さん、ぜひ入会してください。

■第1回企業サロン「電通社員過労自死問題から何を学ぶか」(2017年1月28日)
第1回の企業経営サロンを開催しました。
会社を辞めた時から、つまり30年近く前からやりたかったことの一つに、「企業時評」というテーマがあったのですが、ようやくそれに取り組むことにしました。
これは、企業に関わる「事件」を材料にして、そこからこれからの企業経営や自らの働き方を考えていこうというものです。
今回は、電通社員過労自死問題を切り口に、最近話題の「働き方改革」を話し合うことにしました。
当初は、私が長年関わってきた経営道フォーラムの最近のメンバーだけを対象にしようと考えていました。
経営道フォーラムでは、抽象的な議論になりがちで、ケーススタディに基づく具体的な話し合いはなかなかできませんので、いわば経営道フォーラムで学んだことを実践的に消化する場にしたかったのです。
10人ほどを想定していたので、最近のチームメンバーに限って控え目に案内しました。
1つのチームだけでも、フォーラム期間中であれば、6人前後は来ますので、集まり過ぎたらどうしようなどと考えていたのです。
ところが参加申し込みは5人。
それで、開催前日にフェイスブックなどで公募しました。
結局、半分は経営道フォーラム以外のメンバーになりましたが、むしろそれがよかったような気がします。
2回目からは、公開で開催する予定です。

話し合いは、それぞれがまず事件に関する感想などを述べることから始めました。
実は、事件に関わるアクターを整理したペーパーは用意しておいたのですが、そんなものは不要でした。
それぞれからとても多様な視点と問題提起がありました。
私が気づかされることもたくさんありました。
話の内容は一切省略しますが、いまの企業や社会のあり方、教育や報道のあり方、あるいはSNSとコミュニケーションの捉え方にまで話は広がりました。
過重労働問題や働き方・働かせ方の問題、さらには日本の企業の生産性の低さも話題になりました。
3時間経過しても終わりそうもないほどでしたが、改めてこうした話し合いの場の大切さを感じました。
そして、こうした「事件」に対して、批判するのではなく、そこから学ぶことが、企業関係者にも私たち生活者にも、もっと必要なのではないかと思いました。
それがあれば、同じような事件が、繰り返されなくなるかもしれません。
そして、何よりも、働く人も企業経営者も、そして社会も、少し賢くなるかもしれません。

サロンの最後のあたりになって、「働く」とは何なのだろうかという話になりました。
私たちは、そろそろ「働くことの意味」を問い直す時期に来ているように思います。
「働かせ方」や「働き方」も大切ですが、そもそも「働くとは何か」ということです。
子育て問題が待機児童数解消という数量の問題になっているように、働き方改革が労働時間という数量の問題になりがちなのが、私には違和感があります。
問題の立て方を間違うと、解決どころか事態を悪化させることにもなりかねません。
そういう意味でも、「電通社員過労自死問題」は大きなメッセージを与えてくれているように思います。

今回は報告の内容は一切省略しましたが、とても気づきや学びの多いサロンでした。
毎月開催していく予定です。
もしどなたかこんな問題で話し合いたいということがあれば、お知らせください。
ただし、具体的な「事件」や「事例」を切り口にするスタイルは大事にしたいと思っています。


(2017年1月第3週)
■カシュカシュさんのセルフカフェ(2017年1月16日)
■天才デザイナー鈴木さん(2017年1月16日)
■大川さんのNPOコンサルティングビジネス(2017年1月19日)

■カシュカシュさんのセルフカフェ(2017年1月16日)
内藤さんが寄居に誰もが安堵できるカフェを開きたいと考えています。
私のイメージでは、ティク・ナット・ハンのアシュラムのような感じなのですが、それが実現できればいいなと私も思います。
ただ実際には実現には、それなりの資金もエネルギーも必要です。
それに寄居という立地だと、経済的にも持続するのはそう簡単ではありません。
これは思いに共感する人たちで資金集めしなければいけません。
まだ内藤さんのイメージや方針が明確に定まっていませんが、もし定まったら協力する予定です。
ご関心のある方はご連絡ください。
資金はたかだか500万円もあれば実現できそうです。
いまの私には手が出ない金額ですが、私も少しお金をためておけばよかったとこの頃考えてしまうことがあります。
困ったものです。

■天才デザイナー鈴木さん(2017年1月16日)
内藤さんと一緒に、デザイナーの鈴木さんが湯島に来ました。
18歳の時に、岡本太郎さんに認められ、岡本さんの賞も受賞されています。
これまでの実績は数限りなく、しかしおそらく破天荒な人生を過ごされているのだろうという感じです。
今回は少ししか話せませんでしたが、天才はやはり天才だと感じました。

■祈り鶴プロジェクト(2017年1月19日)
祈り鶴プロジェクトがゆっくりですが進みだしています。
折り鶴ならぬ、「祈り鶴」に、幸せの祈りを乗せて、世界に飛び立たせ、祈りを集めて、世界と未来を幸せにしていきたいというプログラムです。
少しずつですが、姿を現してきています。
先週のハワイでの活動の様子は次のページにあります。
https://www.facebook.com/%E7%A5%88%E3%82%8A%E3%81%A5%E3%82%8B-1182997748416751/

活動の真ん中にいるのは、サダコ鶴の佐々木禎子さんの甥の、ミュージシャンの佐々木祐滋さんです。
祐滋さんの、純粋さととびぬけたやさしさにほれ込んで、私もささやかに関わっていますが、いろんな人がどんどん仲間になってくれてきています。
時々、関係者でのミーティングをもっていますが、
昨日は、コンテナハウスの達人の大屋さんもやってきました。
またひとつ、大きくプロジェクトが広がりそうです。
私のような高齢者には、なかなかついていくのが難しいほど、どんどんと広がっています。

祐滋さんと話していると、なぜか自然と幸せな気分になってきます。
またみなさんにも、いろいろとお願いをすることがあるかと思いますが、その時にはよろしくお願いいたします。
今回はまだ予告です。

■大川さんのNPOコンサルティングビジネス(2017年1月19日)
NPOの研究者の大川さんが、生活のためにも少し経済的な活動もしなければいけなくなってきました。
そこでNPOコンサルティングの仕事に取り組みたいと考えているのですが、先日の湯島での出会いが縁になって、具体的なプロジェクトが立ち上がりそうです。
その相談に来ました。
うまく広がっていくといいのですが。
どなたかNPOのマネジメントで相談したい人がいいたらご連絡ください。
お引き合わせします。
彼がうまくいかない場合は、私も関わらせてもらいますので、たぶんどんな問題も解決すると思います。
はい。

(2017年1月第2週)
■新年2回目のオープンカフェ(2017年1月8日)
■寒さに震えた2日間(2017年1月10日)
■歳をとると虫歯になりにくい(2017年1月10日)
■リンカーンクラブ幹事会(2017年1月11日)
■小田原潤生園の時田さん(2017年1月11日)
■降圧薬騒動(2017年1月12日)
■柴崎さんとの相談(2017年1月13日)
■大塚プチサークルの来訪(2017年1月13日)

■新年2回目のオープンカフェ(2017年1月8日)
新年2回目のオープンカフェを開きました。
バングラデシュでのテロの話から始まり、海外でのリスク管理の話、引きこもりの話、NPOのマネジメントの話、飛行機の話、生き方相談の話、・・・。
3時間以上、かなり盛り上がっていたはずなのに、思い出そうとするとあんまり思い出せません。
他にもいろいろとあったはずですが。
そういえば、人類はいつまで生き残れるかという話もありました。
初日の出を大井川で見たというような話もありました。
最後はそれぞれの今年の抱負や課題を少しずつ話しました。
それにしても3時間、ほとんど取り留めもない話を、アルコール抜きで続けるというのも不思議です。

10年ぶりにサロンに参加した人が、10年前と全く変わっていないと感想を話してくれました。
湯島のサロンは、どうも社会の動きに乗れていないようです。
困ったものです。

さて今年は、サロンや集まりをいろいろと開催する予定です。
ハードテーマからナンセンスまで、いろいろやりたいです。
テーマのあるサロンが中心ですが、私はテーマもスピーカーもない、わけのわからないサロンが大好きなので、このスタイルもやはり毎月開催したい気分です。

■寒さに震えた2日間(2017年1月10日)
寒い。
とにかく寒い2日間でした。
エアコンのない仕事部屋での仕事は大変で、2日間はサボってしまいました。

■歳をとると虫歯になりにくい(2017年1月10日)
歯医者さんに行ってきました。
最近、あんまり虫歯になりません。
そこで歳をとると虫歯にならないのですかと質問したらそうだと言われました。
ということは、歳をとった歯は虫歯にとっては美味しくなくなるのですか、と訊いたら、そうではなくて、歯が丈夫になるのだそうです。
その代わり、虫歯になりやすい場所が変化し、それを最近は「大人の虫歯」というのだそうです。
歯医者さんに行くといつも新しい学びがありますが、歯の磨き方は一向に上達しません。
困ったものです。

■リンカーンクラブ幹事会(2017年1月11日)
リンカーンクラブの幹事会で、今年の方向性を確認しました。
セミナーと講座を新たにスタートさせます。
会員が増えないのが一番の問題なのですが。
1月30日にセミナーがありますので、お時間が許せばご参加ください。
お知らせのコーナーに案内を出しました。

■小田原潤生園の時田さん(2017年1月11日)
小田原の潤生園の時田さんに、看取りシリーズのサロンのパート2をお願いしたところ、ともかく一度お話したいと言って、わざわざ湯島まで来てくれました。
もう何年ぶりでしょうか。
私は時田さんのアドバイスを受けて、認知症予防ゲームの普及にも取り組んできましたが、また別の視点でお話を聞得ることになったのはとてもうれしいです。
福祉やNPOの世界も最近はマネーエコノミーの市場に化してきていますので、話していて違和感を持つことも少なくないのですが、時田さんに限ってはそういうことは皆無なので、安心して話せます。

時田さんが常務理事をされている社会福祉法人小田原福祉会は、1990年前後から施設内での「看取り」を実践しています。
当時はまだ、「死は医療のもの」という状況でしたから、いろいろ御苦労があったことと思います。
しかし、最近は上京は大きく変わり、福祉にとっても死は大きなテーマになってきています。

時田さんからは、いろんなお話をお聞きしました。
一番の話題は「自然な死」ということです。
私が目指すことでもあります。
韓国の福祉館のお話も興味を持ちました。
福祉館に関しては、一度、佐々木典子さんからもお聞きしたことがありますが、日本とは姿勢が違うようです。

時田さんは、メールでも次のようなメッセージをもらっています。

「人が死ぬこと」について、これまでの臨床の場で経験してきたことを皆様に知って頂けると、人が死ぬことは怖いことではなく、最期をどう迎えるかわかっていると、自分自身のその時を真正面から考えることができるようになる、と思います。

そこで、「看取り」シリーズのサロンは、少し視野を広げて、自らの生き方に重ねながらのサロンにしようと思います。
たぶん2月26日に開催されると思いますので是非ご参加ください。
確定したらお知らせのコーナーでご案内します。

■降圧薬騒動(2017年1月12日)
降圧剤がなくなったので、クリニックに薬をもらいに行きました。
いつも混んでいる時には薬だけもらってくるのですが、今回も待合室があふれるほどだったので(20足くらいあるスリッパの最後でした)、薬だけとお願いしたら、なぜか今回はダメでした。
そういえば、いつもの看護師ではありませんでした。
それで、診察はやめて帰宅しましたが(長時間待つのは私の性に合いません)、その途中、これはたぶん薬を辞めろということだなということに気づき、薬をやめることにしました。
そこで終わっていたらよかったのですが、そのことを気楽にフェイスブックに書いてしまいました。
そうしたらなんとたくさんの人たちから、コメントやアドバイスが届きました。
それだけではありません。
個別にもメールが届き、挙句の果てには血圧関連の本まで送ったという人まで出てきてしまいました。
いやはや大変なことになってしまいました。

詳しくはフェイスブックでのやり取りをご覧ください。
私がどうすることにしたかも書きました。
ある友人が、佐藤さんには主治医がたくさんいますね、と書いてきましたが、まさにその通り。
つまり私だけではなく、いまの時代は、こうやってみんなの知恵や情報がみんなを支える時代なのです。
そのことが改めてよくわかりました。

■柴崎さんとの相談(2017年1月13日)
吉本隆明の研究に取り組んでいる柴崎さんは、湯島のサロンの古い常連ですが、いささか変わっているためになかなか彼の考えが世の中に広がりません。
時々、私はメールでいろんなことを送ってもらっていますが、私だけでは消化できません。
そこで、柴崎研究会をやれないかと思っていますが、柴崎さんはコミュニケーションが苦手なので、もしやるとしても私が入らなければつづかないでしょう。
さてどうするか。

最近、あまりに孤立化して体調まで崩したというので、気分転換に食事を誘いました。
いろいろ話しましたが、年内に何か始められればと思っています。
吉本隆明やポランニーに興味のある人はいませんか。
もしいたら仲間になってください。

■大塚プチサークルの来訪(2017年1月13日)
いまは辞めてしまいましたが、昨年まで、企業の経営幹部の人たちを対象とした経営道フォーラムに関わらせてもらっていました。
経営道フォーラムには第1期から関わっていましたので、30年近い付き合いでした。
その卒業生の方々が、時々、湯島に来てくれます。
今日は5年ほど前の51期のチームの大塚さん、大坪さん、三浦さんが来てくれました。
このチームは、会社(経営者)と従業員の相互信頼関係の構築の問題に取り組んだのですが、自分が先ず“人としてどうか”を見つめ直す必要があるという結論に達しました。
「人としての基本姿勢がなっていない人間が、他人との信頼関係はもとより、相互信頼関係を構築することなど困難だ」(報告書の文章)というわけです。
そして、自らを見つめ直したうえで、経営者と従業員が想いを共有し、人としてのつながりを深めることを提案しました。
この活動では、常に一人称自動詞で考えることを働きかけてきた私としては、とてもうれしい結論でしたが、このチームの3人の方が、プチサークルをつくって、活動終了後、私が取り組んでいた「自殺に追い込まれることのない社会づくり」活動にも参加してくれて、実際に企業での働き方を考えようというようなワークショップもやってくれました。
その後、三浦さんは仙台に転勤。今度また大塚さんが岐阜に転勤になりました。
それでまたみんなで湯島に来てくれたのです。
三浦さんは、私の血圧騒動を知って、自社の保健師の浦井さんまで連れてきてくれました。
浦井さんも、以前、自殺対策問題に協力してくれた方なのです。

経営道フォーラムに長年かかわらせてもらいましたが、残念ながら日本の企業は私が願う方向にはほとんど言っていません。
その挫折感は大きいのですが、こうして関わらせてもらった人が来てくれると、何かとても報われた気になります。
まあ今回来た3人は、口が悪くて、私のことを昨日もかなりひどく言っていたような気もしますが、それは事実だから仕方がないでしょう。

ところで、血圧に関する浦井さんのアドバイスは極めて納得できるものでしたので、私の高血圧対策の方針は確定し、問題は解決しました。

2人が仙台と岐阜に行ってしまうので、これからはなかなか集まりにくくなるでしょうから、最後の写真を撮っておくことにしました。
写真公開の許可を得ていませんが、まあいいでしょう。
私のことを、さらに性格が悪くなったと言っていたことへの仕返しです。

ところで、浦井さんですが、話をしていたら、なんと森下町の愛育保育園を卒園したそうです。
愛育保育園といえば、私が保育問題に引き込まれるきっかけになった保育園です。
これまた不思議なご縁です。
早速、園長だった新澤さんに伝えなければいけません。

(2017年1月第1週)
実に何もしない、怠惰な1週間でした。
それでもサロンは2回やりましたが。
■初日を拝み初詣(2017年1月1日)
■箱根駅伝(2017年1月3日)
■両親へのお年始(2017年1月3日)
■NPO再生相談会企画(2017年1月4日)
■今年最初のオープンサロン(2017年1月4日)
■怠惰から抜け出るのは難しい(2017年1月5日)
■仕事始め(2017年1月6日)
■まちづくり編集会議準備会(2017年1月7日)
■2回目の新年オープンカフェ(2017年1月7日)

■初日を拝み初詣(2017年1月1日)
例年のように屋上から初日の出を拝みました。
今年もとてもいい初日でした。
いい年になるでしょう。

朝は、娘たちとこれもまた恒例の子の神さんへの初詣をしました。
例年よりも人手が少ないのが気になりました。
富士山もよく見えました。

そしてわが家で次女家族と一緒におせち料理。
いつも長女のユカがつくっていますが、今年は味付けが私好みでした。
孫ができたので、今年は家屋が一人増えました。

とても穏やかなお正月でした。

■箱根駅伝(2017年1月3日)
2人3日は箱根駅伝を見続けてしまいました。
今年もまた青学が優勝でした。
最近はなぜか箱根駅伝を見るでもなく見ないでもなく過ごすのが定番になってしまいました。

■両親へのお年始(2017年1月3日)
近くの住んでいる兄の家にある両親の仏壇に挨拶に行きました。
長居をする予定はなかったのですが、今年は兄夫婦のところへの来客がなかったので、一緒に食事に行くことにしました。
お正月料理も3日目なので、すぐ近くに回転寿司に行くことになりました。
まさか新年早々回転ずしとは思ってもいませんでしたが、久しぶりに兄夫婦と食事をしました。
お互いに高齢ですから、いつ何があるかわかりません。
まあ今年は時々食事を一緒にしようかという話になりました。
兄は私よりも7歳も上なのです。

■NPO再生相談会企画(2017年1月4日)
NPOをテーマに研究をしている大川さんが、一念発起して事業計画を立てたので相談に乗ってほしいと連絡がありました。
昨年末に、これではいけないと思っての一念発起だそうです。
計画は、NPO再生支援活動です。
最近はKAE系に行き詰っているNPOが多いので、そうしたNPOを支援する相談プロジェクトを立ち上げたいと言うのです。
できればそれを事業化したいという計画です。
それでいろいろと相談に乗って、とりあえず2本柱でスタートすることになりました。
可能な限り応援することにしました。

■今年最初のオープンサロン(2017年1月4日)
今年最初のオープンカフェサロンは参加者5人でした。
サロンの参加者も少なかったですが、湯島天神も昨日は人が少なかったです。
その一方で神田明神は相変わらずの混雑だったようですが、そこに世間の風潮を感ずるなどというのはやめましょう。
物事を難しく解釈してしまうと真実は見えてこなくなりますから。

サロンに集まった5人は、そんな時代の流れにあんまり乗っていないような人ばかりでしたが(ほめ言葉ですので誤解なきように)、新年の抱負を語る人はあんまりなくて、話は拡散しっぱなしでした。
ヨットは最高の学びの場だという話や、むかしは新年に「靴を買い換える」という風習があった話、進化論とネオテニー(幼形成熟)の話、トランスパーソナル心理学の話、離島文化の話、NPO再生の話、など、いろいろ出ましたが、それがなんだという話題ばかりでした。
それはサロンのホスト役の責任ですが、まあ湯島のサロンはこんなものです(これもほめ言葉です。自画自賛ですが)。

■怠惰から抜け出るのは難しい(2017年1月5日)
4日から活動を介しようと思っていましたが、5日はまた何もせずにすぎてしまいました。
一度、怠惰な性格をつづけてしまうとなかなか抜けられません。
今日も思いきり怠惰に過ごしました。
年賀状が届いているのですが、その返事も書く気が起きません。
困ったものです。

■仕事始め(2017年1月6日)
ようやく仕事をする気になりました。
浅野6時からパソコンに張り付いて、昨年開催したリンカーンクラブのフォーラムの記録作りを始めました。
要はテープ起こしです。
外注すれば済む話ですが、予算がないのでみんなで手分けして書き起こしているのですが、私だけがサボっているのです。
少し取り組んだところで、目の手術になり、それを口実にサボっていたわけです。
こういうダメなメンバーがいるとチームワークはうまくいかないのです。
実に困ったものです。
でもまあ、今日はがんばりました。

■まちづくり編集会議準備会(2017年1月7日)
まちづくり編集会議では1月に公開セミナーをスタートさせる予定でしたが、どうも前にすみません。
私自身が少し腰が引けてしまったからかもしれませんが、やはり思いが共有化できません。
どこかに基本設計の間違いがあるようです。
やはり「やろう!」という実践的な人がいないと理屈だけで前に進まなくなります。
どうも理屈好きな人が集まり過ぎたようです。

それで私は少し横にいることにして、もう少し動きに任せることにしました。
しかし、ともかく動かないと何も始まらないので、動くことで合意を取りました。
ただし、基本方針だけは合意できたのですが、また空回りするかもしれない不安があります。
さてさて。

■2回目の新年オープンカフェ(2017年1月7日)
昨日、新年2回目のオープンカフェを開きました。
バングラデシュでのテロの話から始まり、海外でのリスク管理の話、引きこもりの話、NPOのマネジメントの話、飛行機の話、生き方相談の話、・・・。
3時間以上、かなり盛り上がっていたはずなのに、思い出そうとするとあんまり思い出せません。
他にもいろいろとあったはずですが。
そういえば、人類はいつまで生き残れるかという話もありました。
初日の出を大井川で見たというような話もありました。
最後はそれぞれの今年の抱負や課題を少しずつ話しました。
それにしても3時間、ほとんど取り留めもない話を、アルコール抜きで続けるというのも不思議です。

10年ぶりにサロンに参加した人が、10年前と全く変わっていないと感想を話してくれました。
湯島のサロンは、どうも社会の動きに乗れていないようです。
困ったものです。

さて今年は、サロンや集まりをいろいろと開催する予定です。
ハードテーマからナンセンスまで、いろいろやりたいです。
テーマのあるサロンが中心ですが、私はテーマもスピーカーもない、わけのわからないサロンが大好きなので、このスタイルもやはり毎月開催したい気分です。