マイクロ・ビークル・システムの提案
一豊かなクルマ社会を目指して−
佐藤修(1980年)

●はじめに
 遊園地で玩具の自動車に乗ったことを楽しい思い出として持っている人は、少なくないだろう。クルマ社会といわれるほど、町々には自動車があふれだしている現在でも、遊園地やデパートの屋上の百円玉を入れると動き出す小さなクルマは、相変わらず、子供たちに最も人気のあるもののひとつである。おそらくどんなに自動車の嫌いな人でも、遊園地のクルマまでは嫌ってはいないだろう。
 もし、この遊園地の小さな小さなクルマが、遊園地の棚を乗り越えて、町に乗り出したらどうなるだろうか。
 それはおもちゃの兵隊のようなメルヘンを思わせるが、しかし、必ずしも夢の世界に閉じこめておかなければならないものではない。意外と、現実的な意義を持っているのではないか。
 省資源の視点から、世界的に自動車は小型化の傾向を強めているが、いっそのこと、玩具のクルマほどに小さなマイクロ・ピークル・システム(MVS)を考えてみたらどうであろうか。

●自動車多様化のひとつとしてのMVS
 自動車は、有益で便利なものであり、おそらく人類の発明したもののなかでも、最高の部類に入るべきものであろう。事実、人類は自動車の恩恵を大きく受けている。個人の生活を考えても、おそらく自動車の恩恵を全く受けていない人は、特殊な場合を除いてはいないといってよい。
 しかし、そうした好ましいものとなるはずだった自動車が、現実には様々な問題を引き起こしている。それは主に自動車というものの持つ、械械としての、あるいはシステム(自動車を取り巻くシステムという意味を含めて〉としての、不完全性によるといってよい。最近のカー・エレクトロニクス化は、そうした自動車の不完全性を克服するものとして位置づけることができよう。
 しかし、自動車は自動車それだけで完結するものではなく、ドライバー及び走行場所などを考えた総合システムとして考えられなくてはならない。無数の運転手が、無数の状況の中で自動車を操作するというところに、自動車問題の困難さがある。自動車は極めて多様な要請ここたえなくてはならない存在なのである。
 こうした組織の中で、最近、自動車の多様化の動きが、たとえば新交通システムという形で摸索されつつあるが、もっと思い切った多様化(脱白動車化とすらいえるほどの多様化)が必要なってきているのではなかろうか。自動車の多様化こそ、豊かなクルマ社会実現のために不可欠な条件なのである。
 マイクロ・ピークル・システム(MVS・Hicro Vehicle System:またの名を「おもちゃの自動車大行進計画」〉も、そうした自動車多様化のためのプロジェクトのひとつである。
 もちろんすべての自動車をマイクロ化しようというのではない。豊かなクルマ社会の実現のための手段のひとつにすぎないという限界を十分わきまえた上で、以下、MVSについて考えてみたい。

●MVSの概要
 MVSは、基本的には都市内交通システムであり、自動車過密化対策と同時に、省エネルギーを狙うものである。
 MVS用に、長さ1m、幅60mくらいのゴーカートを開発する。基本構造は、遊園地のゴーカートと同じでよいが(もちろん屋根も不要)、もう少し機能的にする・但し、速度はせいぜい時速20km止まりとする。すべて一人乗りとするが、荷物用のゴーカートもつくり、人間の乗るゴーカートにうまく接続できるようにする。
 ゴーカートは、原則として個人私有とはせずに公共機関とする。管理運営は、第三セクター方式が望ましい。ゴーカートは、都市内に設けられたステーション(無人〉に配置され、利用者が自由に利用できるようにする。ステーションは小さくてもよいから、できるだけ多くつくる。
 ステーションと同時に、ゴーカート専用の道のネットワークをつくる。現在の道の一部をゴーカート道路にあてればよい。過渡的には歩道上の走行も認める。ただし、考え方として、ゴーカートの通れる道は限定する必要がある。原則として、すべての道を自動車が通れるようにしたことが、クルマ社会をゆがめた一因となっていることを反省しなくてはならない。歩行者天国の発想は、原則と例外が逆転している。クルマ社会を好ましいものにするためにも、道路と自動車の関わり方は、もっと真剣に考えられるべきであろう。
 不案内の土地でも目的地にいけるように、マップを整備する。単なるマップではなく、所要時間〈距離)などが分かるようなものでなくてはならない。
 ステーションは、立体化するなどして、できるだけ多くのゴーカートを持てるようにしておく。一台当たりの大きさが小さいので、立地的な問題もそれほどないであろう。ゴーカートの需給は、常に供給の方が需要を上回る形になっている必要がある。

●ゴーカートの利用法
 ゴーカートの利用法はいろいろ考えられる。遊園地と同じように、百円玉を入れると一定距離走るというやり方もあるが、ここではクレジットカード・システムを検討したい。
 まず、利用者は、MVS利用のためのクレジットカード(MVSカード〉を購入する。このカードは電子化されていて、所有者の属性、銀行口座などが記録されている。ゴーカートを利用する場合、ゴーカートに乗って、所定の位置にこのMVSカードを挿入するとゴーカートが動き出す。降りたいところでスイッチ・オフしてカードを取り出す。その間の費用は、自動的に計算され、所定の銀行口座から引き出されることになる。
 ゴーカートは、原則として、ステーションからステーションへの利用とするが、ゴーカート専用道路では乗り捨て可能とする。あるいは、一定の距離をおいて、ちょっとしたゴーカート・ストップをつくり、置いておけるようにする。もちろん途中に乗り捨てられたゴーカートを利用することも可能である。
 荷物の多い人は荷物車をつなぐか、または、二台のゴーカートをつないで利用するとよい。また・ゴーカートには屋根がないので雨の日はどうするかという問題があるが、ゴーカート専用の傘をつけられるようにしておけばよい。老人や子供の問題もあるが、速度も緩やかで、操作も簡単にすることによって、利用者の幅は広げられよう。また、ハンディキャップのある人々のためには、特別のゴーカートを開発するとともに、利用しやすい方策を考えることが必要である。
 すべての人のためのクルマ社会という視点こそ、今のクルマ社会に欠落している最大の問題である。

●MVSの管理
 MVSの実現のために、解決しなくてはならない問題は少なくないが、とくに大きな問題はゴーカートの散乱防止と動力瀬の確保である。
 散乱防止については、クレジットシステムをとる限り比較的簡単に解決する。つまり、所定外のところにゴーカートを乗り捨てた場合、クレジットカードの記録により、誰が乗り捨てたか明らかになる。罰則を設ければはとんど解決しよう。散乱したゴーカートの発見のためには、発信器を組み込んでおけばよい。盗難防止にも役立とう。
 所定のネットワーク内にあるが、一定の所に集中しすぎてしまう問題も経験的に解決していくほかない。しかし、それほど困難とは思われない。
 ゴーカートの移動も必要となろう。乗り捨て集中地点での整理も必要である。これらの仕事は、MVS公社(仮称)が管理するが、実際には、高齢者事業としての検討が望ましい。
動力瀕は電気である。夜間充電システム、蓄電器取替システム、ステーションに収納されている時に自動的に充電されるようなシステムなどが考えられる。あるいは、太陽電池による自然充電システムも、検討に値しよう。
 ゴーカートには・残りの走行距離が・明示されるようになっている必要がある。
 なお、充電作業も、基本的には、MVS公社の仕事となる。

●豊かなクルマ社会を目指して
 クルマ社会という言葉は、プラスイメージとマイナスイメージを持っている。事実、クルマ社会は我々に豊かさをもたらす一方で、様々な犠牲を強制してきている。そうした犠牲をできるだけ小さくし、メリットを最大に活かしてこそ、真に豊かなクルマ社会が実現される。
 自動車は、便利さの故に広く使われるようになったが、余りに広まったために、問題を生じさせているのが現在である。このままでは、クルマ社会のマイナス面の方が、プラス面を打ち負かすおそれもゼロではない。
 今こそ自動車は翔ばなければならない。今の「自動車」から脱出することが、真のクルマ社会へのテイクオフをもたらすことになるのではないか。
 そのひとつとして、MVSをメルヘンの世界から現実の世界へとひきだすことは、大変重要な意義を持っているものと確信する.