平和に向けてのさまざまな活動
このコーナーはこれからつくっていきます。
とりあえず関連した記事を少し載せておきます。
■平和に向けてできること
■「毎日、毎日訴訟運動」の北沢洋子さんの第1回口頭弁論を傍聴しませんか。
■平和を目指した新党づくり
■『地球的平和の公共哲学』購入のお勧め
■イラク事件への意見
■
ピースウォーク(2003年3月21日)
■沖縄平和祈念公園に行きました(2002年3月5日)
■イラク3人拘束事件
■テロリストは誰? 九条の会(2005年1月30日)
■ネパール・ピース・ネットからの緊急アピール(2005年3月3日)
■平和に関するいくつかの動き(2005年4月23日)
■世界の平和を知るための雑誌「軍縮問題資料」が復刊されました(2005年5月5日)
■平和に向けてのいくつかの刺激(2006年1月7日)
■平和への結集を実現する会準備会(2006年1月29日)
■「軍縮問題資料」はやはりいい本です(2006年2月15日)
■軍縮問題資料は私の一番の愛読書です(2004年12月9日)
「軍縮問題資料」という月刊誌があります。
410円の小さな雑誌ですが、私が一番愛読している雑誌です。
25年前に衆議院議員だった宇都宮徳馬さんが、
公約に掲げた、軍縮・平和を求める新しい活動を起こしていく拠点としてつくった宇都宮軍縮研究室が刊行した雑誌です。
以来、同じ姿勢で、しかも実体を重視した内容を維持している、すばらしい雑誌です。
価格も最初は確か200円だったと思いますが、今も410円です。
私は創刊号から読んでいましたが、最初は少し違和感を持っていました。
そして、しばらくはあまり読まなかったのですが、2年前にまた読みだしました。
そして今は毎号、それこそ総てのページをきちんと読ませてもらっています。
残念ながら来年4月で発行中止になるということだったのですが、どうも発行を継承してくれるところが現れたようです。
この雑誌のことをいつか紹介したいと思っていたのですが、機を失していました。
ホームページをご覧下さい。そしてぜひ購読してください。
とてもいい雑誌です。マスコミとは違った情報も得られます。
http://www.heiwa.net/
■世界恒久平和の実現に取り組む小松昭夫さん(2004年10月4日)
朝日ニュースターの「よみがえれニッポン」の番組を見た、島根県松江の小松さんが、
キャスターのばばこういちさんを介して、私に会いたいと言ってきました。
小松さんは水問題にも取り組んでいる方のようですので、もしかしたら宍道湖の水質浄化のヨシの話かなと思いました。
それにしても番組ではそんな話はしていませんし、
それに当該番組はテーマや進め方にかなり違和感があり、
私はあんまりいい態度ではなかったのではないかという記憶しかありませんので、いささか心配でした。
ばばさんと一緒にお会いしました。
小松さんは奥様と一緒で、さらにけやき出版の交易場修さんもご一緒でした。
お会いした途端に、小松さんは話を始めました。
残念ながらヨシの話ではなく、平和の話でした。
この10年、小松さんが取り組んできた構想の話です。
その構想の機が熟し、準備が整い、いよいよキックオフに取り組みたいと言うのです。
その構想は壮大なものですが、しかし具体的な要素がたくさん準備されています。
話はアインシュタインからピタゴラス、そして靖国問題から昇華理論、出雲の語源から中海干拓、教育や産業、ギリシアから特攻隊。
自由自在に飛びますが、その核にあるのは平和です。
しかも世界恒久平和です。
こういうことを語る人には、これまでも数人出会っていますが、いずれも胡散臭さがあります。
それに、平和の意味もあまり考えていない人が多いのです。
しかし、小松さんはこれまでの人と全く違います。「邪気」が感じられないのです。
実に楽しいプレゼンテーションを受けましたが、構想の内容はほとんど理解できませんでした。
しかし、小松さんのビジョンと課題は伝わってきました。
私に出きることは何でしょうか。
難しい問題です。
なにしろ小松さんというエネルギッシュな人が10年かけて構築してきたことを、
1時間で受け止めさせてもらったわけですから、私の頭もいささかの混乱です。
ばばさんと小松さんの奥様が、それでは伝わらないし急ぎ過ぎだとたしなめても、小松さんはひるみません。
そのくらい小松さんの思いは熟し、先が見えてきているのです。
よくわかります。
これは思いを詰めてきた人にしかわからないことでしょう。
なぜ私に話してくれたのでしょうか。
15日にシンポジウムがあるそうです。
私はいけませんが、どうもそれと構想はうまくつながりません。
たぶんグランドデザインが弱いのでしょう。
もしかしたら、「コンセプトデザイン」が必要なのかもしれません。
もしそうであれば、私の出番です。
私の職業は「コンセプトデザイナー」なのです。
一度、松江に行ってみようと思います。
出雲には深い思いもありますし。
ご関心のある方は小松さんの研究所、人間自然化学研究所のホームページをご覧下さい。
■ ヤップの若者もイラクで参戦しているそうです(2004年9月22日)
「ヤップ島の約8割の男性が米軍に職業軍人として志願してイラクへ行っているそうです」
という話が、あるメーリングリストで届きました。
ヤップ島は、ミクロネシアにある島です。
イラクはヤップまでも巻き込んでいるのか、と驚きました。
ヤップといえば、宮部さんが以前、何回か行っているところです。
宮部さんが関わっているエコクラブが1992年から毎年ヤップ島での青少年プログラムを実施しています。
そこで、宮部さんに実状を聞いてもらいました。
最初の反応は、「この人に、こうしたセンセーショナルなことを他の人に伝える前には、詳細で綿密な取材を重ね、きちんとデータや情報源の裏付けをして、正確に近い情報をもとに推敲を重ねてからやったほうがいいとくれぐれも言ってもらえないでしょうか」ということでした。
とても共感できます。
最近のメーリングリストではかなりいい加減な情報が、もっともらしく語られます。
イラクでの日本人誘拐事件の時も、3人の素性や人柄についてまで、耳を覆いたくなるような誹謗中傷が出回っていました。
メールは怖いです。
今回の件に関しては、エコクラブの高橋さんからの情報を、そのメーリングリストに投稿させてもらいました。
しかし、最初のメールだけを読んだ人の意識は変えられません。
情報社会は、とても不安定な脆い社会であることがよくわかります。
メールは両刃の剣なのです。
ところで、8割はともかく、ヤップの若者がイラクに参加しているのは事実のようです。
しかも、あまりトレーニングされずにです。
外国人をお金で引き込むアメリカのやり方には、高橋さんも憤りを感じているようです。
この点は私も同感です。
イラクで戦っているのは、一体誰なのでしょうか。
■ウトロを知っていますか(2004年7月13日)
「ウトロ」ってご存知ですか。
京都府宇治市にある在日コリアンの街です。
60年も昔の話ですが、
日本の敗戦により京都飛行場建設工事に従事していた朝鮮人労働者とその家族は、
政府や企業からの補償もないまま、工事用飯場に置き去りにされました。
その飯場跡の地名です。
本来は、宇土口でしたが、口(くち)が誤ってロ(ろ)と読まれ、それが定着してしまいました。
「置き去りにされた街 ウトロ」(かもがも出版)という本があります。
そこから引用させてもらいます。
戦後も祖国に帰れずこの地で生きることをよぎなくされた人びとはわずかな畑を耕し、家畜を飼い、過酷な労働に耐えて生きてきました。差別と貧困の中、少しずつ飯場跡を住
宅に建て替えて子や孫を育ててきたのです。
ある日突然、不動産業者から土地明け渡し通告書が内容証明付きで送りつけられ、裁判所から「訴状」が各戸に届きました(1987年)。住民は腰も抜かさんばかりに驚きました。土地所有者・日産車体(株)が住民に何も知らせることなくこの土地、約6400坪を売却していたのです。立ち退き裁判は現在も続いています。
ウトロには、現在、在日韓国朝鮮人約50世帯220人が住んでいます。
高齢者・生活保護世帯の比率が高く、ウトロを追い出されたら他に行き場のない人々が数多くいます。
ウトロを守る会ができたのは、1989年です。
私が東レを辞めた直後です。
当時、さまざまなことに関わりたいと思っていた時期でしたので、この活動にも関心を持ちました。
守る会には参加しましたが、結局、現地にも行かずに終わってしまいました。
みんなの応援にもかかわらず、最高裁で立ち退き判決が確定しました。
しかし、ウトロの人たちは自らの居住権を守るために住み続けています。
久しぶりに、守る会から手紙が来ました。
8月8日に、ウトロを守る緊急集会とデモが行われることになったのです。
みんながんばっています。
一度、ウトロを守る会のホームページを見てください。
念のために言えば、これはこうした現実のほんの一部かもしれません。
北朝鮮拉致事件への関心は高まっていますが、こうした日本人の行為には余り関心が高まりません。
最近の曽我家族への対応や報道姿勢をみる度に、私はウトロを思い出します。
そして、どこかにおかしさを感じます。
拉致問題に関しても、最近の対応には違和感が強まっています。
もっとやりようがあるはずですし、
最大の問題は、解決の糸口さえ見えていない家族の問題です。
そこがどうも軽視されているように思えてなりません。
増元さんの落選がとても残念です。
こうした事件が起こる本質的な問題への無関心さも気になります。
もしその問題に目が向けば、ウトロへの関心も高まるはずです。
脱北者の問題も同じです。
どうも曽我家族は、マスコミや権力者に利用されているように思えてしまいます。
もちろん、一番利用されているのは、私たち国民です。
ウトロのことも、ぜひ覚えておいてください。
■イラク派兵に関する憲法違反訴訟の傍聴(2004年6月14日)
各地で様々な人が、自衛隊のイラク派兵に関する憲法違反訴訟を起こす「毎日、毎日訴訟運動」が展開されています。
ぜひそのホームページを読んでください。
http://comcom.jca.apc.org/iken_tokyo/
このホームページでも案内した北沢洋子さんも訴訟を起こされた一人です。
その第1回口頭弁論を傍聴に行きました。
裁判所に入るのは初めてでしたが、いろいろな発見がありました。
基本的に感じたのは、裁判所には人間が不在で、裁くお上と裁かれる名前のない人民がいるということでした。
したがって、逆に誰でもが裁判所には足跡を残すことなく入廷できます。
中央官庁の出入には要求される身分証明書の提示は不要です。
裁判所での冒頭のやりとりは、CWSプライベートのほうで報告しましたが、
コミュニケーションを拒否してのお裁きを象徴する面白いやりとりがありました。
是非お読みください。
ちょっと失望したのは、主任弁護士が遅れてきたことです。
にもかかわらずお詫びの言葉がありませんでした。
これは意外でした。
私には、裁判官も弁護士も同じだなと感じました。いずれもお上です。
瑣末なことのように聞こえるでしょうが、私はこうした瑣末なことに、ことの本質を感じます。
つまり、この裁判運動には真実感がないのです。
裁判官と弁護士には緊張感も感じられませんでした。
映画で見ているアメリカの法廷とは大違いです。
しかし、念のためにいえば、これは北沢さんとは無縁の話です。
北沢さんは事前に提出していた訴状とは別に、その後の進展も含めて、問題点を指摘しました。
被告である国側の代表も裁判官も、一応聴いていましたが、儀式的でした。
傍聴席は満席でしたが、多くはこの運動を支援している人たちのようでした。
終了後、打ち合わせの声がかかっていました。
傍聴を通して運動に参加している人も少なくないはずです。
それはそれで意味がありますが、私には少し違和感があります。
資料もその人たちの中でまわされていたようで、私たちには渡してもらえませんでした。
少しひがみっぽいですが、それでは運動は広がりません。
平和の出発点は、境界を作らないことだと私は思っています。
閉じられた仲間活動が気になりました。
もちろん、半分くらいの方は、私たちと同じように、初めての参加かもしれません。
ブログのほうでは、裁判官を手厳しく非難しましたが、実際には裁判官は丁寧に柔軟にやさしく話していました。
私はむしろ好感をもったくらいです。
しかし、すべてが儀式的であり、茶番であることには違いはありません。
こういう活動に多額の報酬が支払われているのかと思ったら、急に税金をおさめたくなくなりました。
どこかで何かが間違っている気分でした。
次回は9月6日です。しかも15分くらいだそうです。
これが裁判?
どうしようもないですね。
裁判員にはなりたくありませんね。
感想を北沢さんにメールしました。
こんなメールが戻ってきました。
私は、このような問題を民事で地裁にしか訴えられない日本の司法制度ですので、最初はためらいましたが、
大勢が原告になって、弁護士に裁判をお任せするのでなくて、
1人が国家と向き合って、正義を争うのだと思い、原告訴訟をいたしました。
次の公判が9月6日午前10時15分になりましたが、
その前に国側の答弁書が出てくるはずですので、その内容をお知らせします。
木で鼻をくくったようなものがでてくるのではないかと思いますが、当日はこちらから質問するつもりです。
私はこの裁判は、どう考えて見ても、憲法違反ですので、
もしかしたら、福岡の靖国判決のような判決が出る可能性があると希望しております。
そうでなかったら、到底バカバカしくて続けられません。
自分も皆様にも時間をとることになるのですから。
北沢さんの気持ちはよくわかります。
私の友人の多くは、そんなことをしても意味がないと冷たいです。
しかし、意味がない、無駄だと思って、手をこまねいていたら、何も動きません。
北沢さんの行動に敬意を表します。
しかし、どこかで何かが違っているようにも思えてなりません。
これからも北沢さんの活動は応援していく予定です。
理屈ではなく、行動を起こした人は応援しなければいけません。
勝算などは私には関心がありません。
小賢しい計算は事を起こすためには邪魔になるだけです。
それが私の信条の一つです。
■平和の方程式への期待(2004年6月1日)
うれしいメールが届きました。
「祝迫の定理」(ご存知ですか?)の祝迫悦郎さんからです。
先週のこのコーナーで言及しましたが、
祝迫さんは私の誘いに応じて、「地球的平和の公共哲学」を読んでくれたのです。
そして、こんなメールが来たのです。
少し難解ではありましたが、学問的なレベルで「平和」について学ぶことが出来ました。
逆に、今まで自分が考えていた「平和」が如何に表面的で浅いものであったか反省しているところです。
小林さんの「非戦の哲学」も併せて読みましたが、こちらはより実践的で行動することの尊さに心打たれました。
私はまだ、行動するレベルには至っていませんが、「平和」について学び直すことを決意しました。
今までの学校教育での発想や知識では、いつまでも平和は実現しないことも分かってきました。
全てやり直しです。
まず、歴史からスタートしようと思い、
両著書に紹介されているトインビーの文明論について、
またトインビーが学んだギリシャの歴史の本を読み始めたところです。
私の定理(輝きの方程式)にも関係がありそうで大変興味深いです。
「公共哲学」とは、方程式の「X」と「C」と「m」の距離とバランスの関係だと認識しています。
「平和の方程式」に応用できるように、研究を深めてみたいと思います。
将来、子どもたちにも分かりやすく説明できる式になるかもしれません。
楽しみです。
いつかまたご報告できると思います。
■戦争への道(2004年5月29日)
慢性疲労症候群の入り口かもしれません。
どうも気力が出てきません。
やらなければ行けないことが山積みなのに、身体が動きません。
それに疲れが抜けないのです。
それを口実に、今日はDVDを観ていました。
「戦争への道」(Path to the war)です。
ケネディ暗殺後、ジョンソンがどんどんベトナム戦争の北爆へと深入りしていく時の映画です。
もう一度、ベトナム戦争を思い出そうと思い出したのです。
最初に観た時もそうでしたが、ちょっと退屈な映画なのですが、
一つだけ言えることは、戦争の馬鹿らしさです。
イラクでもそうでしょうが、アメリカは必ず負けるわけですが、
にもかかわらずなぜ彼らは戦い続けるのです。
当時、ハーマン・カーンのエスカレーション理論と言うのがありました。
核抑止論ですが、その効用は否定されたはずです。
戦いの場面では、合理的期待形成などできないからです。
それに合理的期待形成は経済の世界ですら、否定されています。
オズグッド理論と言うのがあります。
これに関しては昔書いた小論に出てきますが、
デスカレーション理論です。
まず自らを弱くすることで、相手の軍縮を引き出していく考えです。、
戦争はコミュニケーション活動だと私は思いますが、
もしそうであれば、問題解決の唯一の方法はデスカレーションです。
この映画を観ていて、それを改めて思い出しました。
ところがです。
北朝鮮との関係はオズグッド理論ではおそらく解決できないのです。
とすれば、第3の道があるはずです。
解決できない問題はこの世には存在しませんから。
鍵は「情報」でしょうね。
実に面白い問題ですが、
なにしろ「慢性疲労症候群」傾向があるため、その先の思考が進みません。
夜は久しぶりにのんびりします。
■「毎日、毎日訴訟運動」の北沢洋子さんの第1回口頭弁論を傍聴しませんか。
日時:6月14日午前11時30分
場所:東京地裁の民事18部615号(6階北)
日本平和学会のメンバーであり、腰の座った平和活動に長年取り組まれている北沢洋子さんが、
自衛隊のイラク派兵に関する憲法違反訴訟を起こしました。
各地で、様々な人が訴訟を起こす「毎日、毎日訴訟運動」の一環です。
私も当初、だいぶ迷ったのですが、踏みきれませんでした。
時間的な自信がなかったのです。
私にはどうもできそうもない手段でした。
せめてそうした活動を多くの人に知っていただくことに関わろうと思っています。
北沢さんからのメールを、ご本人の了解を得て、掲載します。
訴状は北沢さんのホームページに掲載されています。
ぜひお読みください。
北沢さんのホームページも、このホームページにリンクされていますので、時々アクセスしてください。新聞やテレビとは違った情報が得られます。
以下は北沢さんからのメールです。
私もできるだけ傍聴に行く予定ですが、
いらっしゃる方がいたら、ぜひご連絡下さい。
私は、去る3月29日、東京地裁に、日本国を相手どって、イラク派兵違憲訴訟
を起こしました。私は、どうしても今度のイラク派兵を許すことができないから
です。明らかに侵略戦争への参戦です。私が生きている限り、2度も侵略戦争を
経験したくありません。
これは、法政大名誉教授の尾形憲さんや弁護士の内田雅敏さんたちの「毎日、毎
日訴訟運動」の一つです。私たち市民1人1人が原告になって、民事で国を訴え
るというものです。
これまで、自衛隊をめぐって数多くの「違憲訴訟」が行われてきました。イラク
派兵についても、北海道での箕輪さんの個人訴訟、名古屋の2000人の集団訴
訟などがありますが、「毎日、毎日訴訟運動」では、自衛隊が撤退するまで、市
民が毎日地裁に訴えるという「本人訴訟」であることが特徴です。
私は、自衛隊のイラク派兵が、憲法違反であること、米国のイラク戦争が国際法
違反であること、百歩譲って、国会で採択されたイラク特措法にも違反している
ことの3点を訴訟の理由に挙げました。訴状は45ページの厚さになりました。
日本には、憲法裁判所がありませんので、個人の賠償を請求するという民事訴訟
の手段しかありません。それに、不法なイラク派兵の費用を首相以下全閣僚が国
庫に支払えという請求もいたしました。
私の第1回口頭弁論は、6月14日午前11時30分、東京地裁の民事18部6
15号(6階北)に決まりました。
皆様に、当日、是非傍聴に来ていただきたいのです。
また、これからの裁判で違憲問題、国際法違反問題、特措法違反などについて、
またイラクをめぐる国際情勢などについて証人となっていたでくことをお願いし
なければなりませんん。その時はどうぞよろしくお願いいたします。
是非皆様にも本人訴訟にご参加いただきたく存します。
北沢洋子
■沖縄平和祈念公園に行きました(2002年3月5日)
NHKの「ちゅらさん」を観て、沖縄にすっかり惚れ込んでしまいました。これまでもそ れなりに沖縄の歴史の本を読んだりしていましたが、改めて沖縄の文化をもう少し知りた くなりました。
平和祈念資料館やひめゆり平和祈念資料館を回って、当時の人たちの書いたものや聞き 書きを読ませてもらいました。なぜ戦争が起きるのか不思議です。みんなが一人の人間と して、個人の生き方を大切にしていけば、戦争など起こるはずがないと思うのですが。昨年の9月11日以来、どうも 歴史が違う方向に進みだしているのが気になります。 個人がますます消えつつあるのではないかという不安です。
資料館の壁に書かれていた「展示の結びの言葉」を転載します。涙が出ました。
今週の活動記録はこれがすべてです。
沖縄戦の実相にふれるたびに
戦争というものは これほど残忍で
これほど汚辱にまみれたものはない
と思うのです
この なまなましい体験の前では
いかなる人でも
戦争を肯定し美化することは できないはずです
戦争をおこすのは たしかに 人間です
しかし それ以上に
戦争を許さない努力のできるのも
私たち 人間 ではないでしょうか
戦後このかた 私たちは
あらゆる戦争を憎み
平和な島を建設せねば と思いつづけてきました
これが
あまりにも大きすぎた代償を払って得た
ゆずることのできない
私たちの信条なのです
この信条への脅威がいま、高まっているような気がしてなりません。
それに荷担しないためにどうしたらいいのか
まだ答がみつかりません。
■インティファーダとファルージャ(2004年4月28日)
ファルージャの状況が、どうやら予想以上に厳しいようです。
日本の新聞テレビではなかなか実態が見えてきませんが、
現地や欧米からのメールなどからは生々しい情報がまわっています。
イラク人のためという米国軍の行動はイラク人の大きな反発を受けています。
こういう話は、「組織の時代」にはたくさんあります。
組織が考える「みなさんのため」という論理は、ほとんどの場合、正反対の効果を持っています。
それが、いつか私が書こうと思っている本「コモンズの回復」のテーマです。
大企業が元気がないのも、財政破綻も、すべて同じ所から出ています。
話がそれました。
イスラエルの暴挙とブッシュの暴挙はつながっていると思います。
ハマスの抹殺はジェノサイドを思い出させます。
不幸な因果です。
イスラエルはパレスチナ占拠によって、自らの民主主義を失ったといわれますが、
ハマスの抹殺は自らの抹殺であることに気づかねばいけません。
ブッシュもまた、自らの民主主義を殺し、アメリカの未来を壊しました。
歴史を繰り返すのは避けられない業なのかもしれません。
現在の事態が明確に方向づけられたのは、1980年代末のパレスチナ人の住民蜂起インティファーダです。
中東問題はここで局面を変えました。いや、問題を顕在化させました。
対立の構図が明確になったのです。
権力闘争ではなく、国家と個人の対立図式が見えてきたのです。
したがって、インティファーダは国内権力体制にも異議申し立てをしたのです。
それは組織間の戦争ではありません。
健全な生活のための、個人の権利活動です。
もちろん「自己責任」の活動です。
ですから自爆さえ行われるのです。
ブッシュや小泉のような、ぬくぬくした観客席で他人事で駒を動かしている悪人ではないのです。
当事者はみんな善人です。
人など殺したことのない人たちです。
痛みを人に押し付けて、死に至らしめるような非道な人ではありません。
そうした生活者が止むに止まれず立ち上がったにもかかわらず、
15年たっても状況は変わりません。
国家体制がいかに頑強な利権でまもられているかがよくわかります。
アルカイダなる組織がどのようなものなのか、私は知りません。
しかし、昨今のイラク、とりわけファルージャをみれば、
インティファーダを連想してしまいます。
もしそうであれば、自衛隊派遣は明らかにイラク住民には歓迎されない存在です。
イラク復興とイラク人支援は別の話です。
混同してはいけません。
ファルージャで何が起こっているのか、
それを見極めなくてはいけません。
しかし、確実なことは、
個人の時代が始まったということです。
インターネットのおかげで、地球市民主軸の新しい地球秩序も現実性を持ち出しました。
それが育っていくか、圧殺されるか、
今私たちは歴史の岐路に立っています。
どちらに向かうかは、私たち一人一人のこれからの一歩にかかっています。
[iraq−tribunal]のメーリングリストから送られてきたローラ・オリバーさんからのメールを掲載します。
これを送ってきてくださった方は、ファルージャで進行中の虐殺を止めるために、何かしましょう!と呼びかけています。
US forces ARE killing
women, children and civilians
in Iraq to LIBERATE them!!
アメリカ軍は、「今現在」、イラクの女性、子どもを、「解放する」ために殺害し
ています。
この認識を私たちと共有してください。
真実を知ってください。
「NO」と言ってください。
Wake up America... It's
now or never...
アメリカよ、目覚めよ!それは今でなければならない。
US snipers in Falluja
shoot unarmed man in the back, old woman with white
flag, children fleeing their homes and the ambulance that we were going in
to fetch a woman in premature labour.
アメリカの狙撃兵は、背後から非武装の男性を、白旗を掲げた老女を、家から逃げ
出そうとしている子どもたちを、早産しようとしている女性を連れに行くために私た
ちが乗りこもうとしていた救急車を、狙い撃ちしている。
残りの記事もお読みください、そして何かしてください。感謝。
http://www.wildfirejo.org.uk/feature/display/114/index.php
************転送以上
■虎の尾を踏んだ日本政府(2004年4月28日)
この記事は、CWSプライベートのホームページに掲載したものの再録です。
国民保険の料金未納をめぐって、議員への信頼が堕ちています。
福田官房長官にはあきれました。
恥ずかしい人ですね。
ここまでくると犯罪者としかいえません。
まあ罰するにも値しない哀れな人だと思いますが。
今日、テレビで政治評論家の森田実さんが、
政府は「虎の尾を踏んだ」と話していました。
つまりさすがの国民もこれで政府の実体がわかり、動き出すだろうといっていました。
国会が決めた法律の規範性も揺るぐだろうともいいました。
そうなってほしいです。
しかし、私たちは相変わらず小泉政権を支援する行動を繰り返しとっています。
先の議員選挙も当選した3人とも自民党です。
日本の国民は自虐的ですね。
いや、日本全土がアウシュビッツになっているのかもしれません。
今回の事件に対しては、それぞれの立場で、どんどん意思表示していきましょう。
■サマーワ効果と劣化ウラン検出の事実(2004年4月7日)
サマーワは復興のためにいろいろな人が応援に行ったおかげで不安な地域になったかもしれませんが、どうもそれどころではないようです。
サマーワから帰還の米兵の尿から劣化ウランが検出されたというニュースが、
アメリカでは話題になっているそうです。
書き出すときりがないのでやめます。
ご関心のある方は転載歓迎で回ってきたニュースをご覧ください。
サマーワ帰還米兵の劣化ウラン被曝の事実!
4月12日、午後6時半〜9時、文京区民センター2階で東京報告集会もあるそうです。
署名やカンパのお願いもあります。
よろしくお願いします。
■国家が目指す平和とNGOが目指す平和(2004年4月9日)
鈴木さんとの豊かな1時間に並行して、哀しい時間も流れていました。
昨日、発生したイラクでの若者拘束事件です。
さまざまなメールがとびかっていますが、
「3人の若者たちを救うための100万人緊急行動を!」
のメールがたくさん来ていました。
私も、今朝、反応してくれそうな友人知人500人ほどに発信しました。
もう届いているだろうと思う人にはやめましたが、
出先のモバイルからだったためにアドレスが十分把握できませんでしたので、届いていない人も少なくないでしょうが。
メールに対して、いくつかのメールをもらいました。
異論もありました。
当然のことです。
これに関して私の考えを書きだしたら、きりがありません。
三つだけ書きます。
まず、今回の事件で、みんなが真剣に自衛隊派遣のことを考え出したということです。
「ぼくの見た戦争」のカメラマン、高橋邦典さんも積極的に、先のメールを流している一人ですが、その反応にとても真摯に応えています。
みなさんにも読んでほしいです。
高橋さんのホームページにもぜひアクセスしてください。
私は井上英之さんからのメールが一番考えさせられました。
次に、改めて「二つの平和」を実感しました。
国家が目指す平和とNGOが目指す平和は全く違います。
それが意図的に混同されて語られていることが哀しいです。
小泉首相の判断は、イラクの住民を悲惨な目に合わせるだけではなく、
日本の住民をも悲惨な目に合わせると思いますが、
それが今回の事件で、少し見えたと思います。
高村元外相のような人には見えないことでしょうが。
そして、
福田官房長官が、記者会見で話していることの非論理性です。
彼は、イラク住民のためにがんばっているという点では、自衛隊と3人の若者の行動は同じだと言うような話をしました。
それが意図的な発言であれば、その欺瞞性と悪質さにおいて、
もしそう確信しているのであれば、その傲慢さと独り善がりさにおいて、
哀しい気がします。
いずれにしろ、同情したくなるほど、貧しい人です。
こうした教条主義者が今の政府の実態だと思います。
イラク派遣の中心人物たち、小泉、福田、川口、石破の皆さんの顔に全く表情が無いのは偶然のことでしょうか。
ハインラインの「人形使い」を思い出します。
関連記事を少しだけ別項に掲載しました。
■ 君が代が歌えるか(2004年3月25日)
先々週、渡辺厚子さんの「私は立てない、歌えない」という文章を紹介しました。
まだお読みでない方は、上の行をクリックして読んでください。
今日、渡辺さんがたしかニュース23に登場していました。
顔はモザイクでしたし、名前も出ていませんが、間違いありません。
今年の卒業式はビデオ撮影されたそうです。
国旗掲揚や君が代斉唱の時に立ちあがらなかった人をみつけるためですが、これは暴力以外のなにものでもありません。
幼児虐待と、どこが違うのでしょうか。
いや、フセインや金正日と、どこが違うのでしょうか。
そうしたことに気づかないままに、私たちは自らの子どもたちの選択肢を狭めていっているのです。
公権力にのみ、殺人を含めた暴力が許されているのが「近代」です。
そろそろそのおかしさに気づかなければいけません。
公権力以外に暴力を許されている機関があります。
広義の金融機関です。
お金の暴力効果を駆使しています。
悪質なやみ金融と大銀行との違いが私にはわかりませんが、
もし違いがあるのであれば、なぜに検察はもっと厳しく取り締まらないのでしょうか。
それはつながっているからです。
もし、そうであるならば、思考過程をひっくり返すと、
実は公権力とは一部の人の利益のための装置と言うことになります。
公権力とは、闇の帝王の収奪装置の別名と言うことになります。
最も日本の場合は、その闇の帝王は結果としてできあがったのですが。
私が公権力とか公益性とか、公共性という概念に反発する理由がここにあります。
公とは権力のことではないかと思います。
権公力といったほうが適切です。
公権力と「暴力団」は結局は同じ集団だと私は考えています。
だから癒着し、連携するのです。
ブッシュとフセインは同志ですし、仲間です。
話が大きくそれてしまいました。
すみません。
渡辺さんにいつかお会いしたいです。
■WORLD PEACE NOW1.25(2004年1月25日)
日比谷公園でのWORLD PEACE NOWの集会に参加しました。
とてもいいピースウォーク日和でした。
午前中に東京理科大学で、美野里町まちづくり計画の検討会をやっていたために、
1時間ほど遅れて参加したのですが、もう会場はあふれるばかりの盛り上がりでした。
何人かの方たちのスピーチも、とてもよかったです。
一番わかりやすかったのは、国立市長の上原公子さんの話でした。
「市民の平和を守るのは私の責任ですから、小泉さんにも電話しました。
そうしたら秘書が出て、むしろ早く意見に派遣してほしいという電話が多いですと、言われました」
という事です。
上原さんは、平和の意味をしっかりと考えています。
こうした首長を持つ市町村の住民は幸せです。
私も、3月20日の次回の集会への参加を、地元の我孫子市長に勧めてみようと思います。
全国の皆さんが、地元の首長を誘うというのはどうでしょうか。
会場で、偶然にも、地球平和公共ネットワークを主催されている、
千葉大学の小林正弥さんに会いました。
小林さんは、昨日も研究会をやっていたはずですが、
本当に目一杯活動しているご様子で、頭が下がります。
こういう大学教授もいるのです。
3時少し前から、ピースパレードが開始されましたが、
参加者が多いために、会場を出るまでに30分くらいかかりました。
参加者は主催者発表では6000人でした。
会場に入れずに周辺でたむろっている人もかなりいました。
小林さんと一緒に歩いていたら、先日の平和に向けての連帯会議でお会いした森史朗さんと出会いました。
森さんは、どうもピースウォークの常連のようです。
銀座を歩いていると、手を振ってくれる人もいますが、なぜ一緒に歩こうとしないのが不思議です。
そうした巻き込みもこれからは考えていかねばなりません。
寒さのなかでの3時間はちょっと辛かったですが、
こうした会に参加すると、いろいろと考えさせられます。
次回は3月20日です。
今度は私も何人かに呼びかけて、一緒に参加したいと思います。
ご一緒してくれる人は、私に連絡下さい。
次をクリックすると、私につながりますので。
佐藤修へのメール(3月20日参加と書いてください)
■ ピースウォーク(2003年3月21日)
ピースウォークに参加しました。芝公園から銀座の約3キロの行進です。
1万人を超す人が参加しました(主催者の発表では5万人です)。
歩いていると走っている車の中から賛同の拍手があったり、同じマークを見せ合ったりの交流がかなりあります。
まさに対話型のピースウォークです。
沿道で演奏や踊りなどのパフォーマンスもあります。怒りの中に楽しさもあります。
ともかく大きな声で「戦争反対」と叫びながら歩いていると、いろいろなことを感じます。
いわば「歩く内観」の場かもしれません。
小泉さんも一度、こうしたピースウォークに参加すると人間のやさしや文化を感じられるでしょう。
障害を持った人もいます。
子どもや若者、私のような白髪の者、外国人、お坊さん、
実にさまざまな立場の人が、みんな同じ目線で、同じ歩調で、同じ発声で、2時間近くも行動を共にしていると、何やらすごく幸せな気分になります。
これだけ多くの人が、真剣に参加しているのを知っただけでも、とても気分が明るくなります。
それだけではなく、感性も高まります。
人や自然や環境へのシンパシーが高まります。
子どもの持っていたプラカードに「けんかはよそう」と書いてありました。
それを見ただけで涙がでそうになりました。
子どもでもわかる論理を、なぜ大人たちは忘れてしまうのでしょうか。
今週のブックに、昭和20年代の子どもたちの生活を書いた本を紹介しました。
私たちも、改めて子ども時代を思い出したいと思います。
アフガンの子どもたちの笑顔も忘れられません。
笑顔をうばい、戦士の魂を吹き込む行為からは未来は見えてきません。
■平和に向けての結集・連帯集会(2003年12月23日)
地球平和公共ネットワークの小林正弥さんに誘われて、こんな集会に参加しました。
ちょっと個人的な約束があったために、途中で失礼しましたが、
1時から9時過ぎまでのロングランの集会です。
平和活動の取り組んでいる人たちに、小林さんたちが声をかけてくださって、開かれた集会です。
私には全員が初対面でした。私が帰った後に参加した知人がいたかもしれませんが。
これまでメーリングリストで名前だけは知っている人が何人かいました。
実に興味ある活動に取り組んでいる実践者が多かったです。
来年に向けて、いくつかの具体的な活動が計画されていますが、
呼びかけ人の一人の小林さんは、「楽しい平和活動」を提唱しています。
共感します。
最近のピースウォークは結構楽しいです。
冬は寒いので私はいきたくありませんが。すみません。はい。
護憲政党のパワーダウンの話も出ました。
しかし、私はそもそも政党の役割が終わったと思っています。
もし政党に期待するのであれば、新しい政党を、新しいスタイルや組織論で構想すべ
きです。
川本さんの平和党構想は、このホームページでも紹介していますが、
ほかにも平和党構想はあるようです。
今回の集まりでも、日本憲法党をつくったらどうかという話も出ました。
東チモールに関っている広田さんの目線と行動が、私にはとても共感できました。
コムケアで展開している「大きな福祉」活動が、私の平和活動の基本なのですが、
それと通ずるところがあります。
平和を、国家のレベルで語るのをやめて、
生活のレベルから再編集すべきだというのが私の思いです。
この会のことはきっと誰かがホームページにアップしてくれるでしょうし、
さらに来年以降、育っていくでしょうから、内容の報告は省略します。
関心のある方は、地球平和公共ネットワークのホームページを見てください。
私も来年から、平和サロンを開始します。
■ 平和権に取り組む川本兼さん(2003年11月2日)
ブックのコーナーで著書を紹介している川本さんと久しぶりにお会いしました。
今度の日本構想学会の大会で、「平和」をテーマにラウンドテーブルセッションを開くのですが、その打ち合わせです。
川本さんは、以前も紹介しましたが、高校教師ですが、平和がライフワークです。
私が共感できるのは、「個人の視点からの平和」を発想していることです。
多くの人の平和論は、組織の視点からのために、個人の生活は「考慮すべき要素のひとつ」でしかありません。
そこで堂々とコラテラル・ダメッジがまかり通るのです。
川本さんの2冊の本は、しっかりと書き込まれています。
多くの人に読んでほしいです。
川本さんは、2人の関係から社会が始まると考えています。
まさに個人から考える発想です。
そこから構想していけば、アフガンもイラクも起こりえません。
9月11日もなかったでしょう。
歴史軸をどう転換するか。
それはとても難しいですが、
私たち一人ひとりが、ちょっと発想を変えれば、30年で実現するかもしれません。
今回は、若者をゲストに招き、川本さんの平和論を中心に議論することにしました。
他にも2人ほど、ゲストを呼ぶ予定です。
どなたか「生活者の視点からの平和」や「人権の視点からの平和」、
さらには「私の平和」などの視点で、参加したい方はいませんか。
12月7日、東京国際フォーラムで、1時から行います。
詳しくは日本構想学会のホームページを見てください。
■ 環境・福祉・平和に取り組む人たちの交流会(2003年11月2日)
中川さんにお会いしたのは、岡崎さんが主催した、町田の集まりです。
町田の社会福祉法人コメットが運営しているトマトハウスで開催されました。
この空間はすばらしくいいです。
入り口にさまざまな市民活動のチラシが置いてあります。
こうした場であれば、人のつながりはどんどん深まります。
「エネルギーを考える」という集まりだったので、
中川さんの話があるのかなと思っていましたが、
参加者同士の話が盛んで、全体の話が実現しませんでした。
しかし、そのおかげで、さまざまな人と出会いました。
コムケア仲間の野田さん(GOWA)も参加されました。
そこで市民福祉サポートセンターの小竹雅子さんを紹介してもらいました。
「市民による、市民のための、市民の福祉を市民発で創っていきたい」というのが、小竹さんたちの思いです。
アースキッズの小澤祥司さんにも出会いました。
「メダカがいなくなった」と話題になったことがありますが、その火付け役です。
まさかこんなところでお会いできるとは思っていませんでした。
小澤さんは、「環境も福祉も平和も、すべて同じだ」と言いました。全く同感です。
それにしても、奇妙な集まりです。
紹介もなく、それぞれが勝手に料理を食べながら話しています。
それもトマトハウスという空間のおかげでしょうね。
こんな空間がほしいです。
■イラク派遣問題(2003年12月2日)
イラクでの悲劇にも関らず、イラク派遣が決まりそうです。
信じられないことですね。
小泉首相は信念も思いもない人でしょうが、それを止められない政治家も有識者も同罪ですね。
いや国民も、つまり私も同罪です。
生命を賭して諭しても、無知な小泉首相には通じないのでしょうね。
何が民主主義かです。
権力者の犯罪は許せないですが、何もできないのが無念です。
リンカーンクラブをまた支援したいと思い出した理由です。
民主主義がしっかりと実現し、戦争をするかどうかも国民投票で決めるようにすれば、
戦争は決して起こらない、というのが武田さんの主張です。
詳しく知りたい方は、ぜひこれから始まる武田さんの憲法談話をご期待ください。
■ 「『獲得する平和』の構想」ラウンドテーブルセッション(2003年12月7日)
構想学会で今年は私は何も企画参加しなかったのですが、
川本兼さんの平和辻説法活動の場にしたらどうかと思い、
川本さんに案内したところ、川本さんが平和のセッションを企画してくれました。
そのセッションの進行役を引き受けました。
ゲストは4人の学生です。
我孫子市で地域通貨で健闘してくれた河田光輔さんも、その一人です。
他に川本さんの教え子だった大学生が3人参加してくれました。
このセッションは、平和を生活用語で語りたいと思っていたのですが、
余りに大きなテーマで焦点が絞り込めず、その上、私の司会が不適切で、議論が盛り上がりませんでした。
参加者の皆さん、すみません。
しかし、これは川本さんの活動のスタートです。
川本さんの提案のポイントは二つありました。
まずは、平和権を基本的人権として人類の共通の財産にすること。
その実現に向けて、個人一人ひとりが行動のプログラミングをすることです。
これに関してはかなり厳しい指摘がありました。
基本的人権にすることの意味についての疑義が出されましたが、
これに関しては残念ながらまだ川本さんからは明確な回答がありませんでした。
まだまだ川本理論は試練にあっていない、自己理論なのかもしれません。
これからどう育てていくかが課題です。
戦争に荷担するか、戦争はこれからもなくならないか、という二つの質問を参加者に聞きたいという指摘に合わせて、全員に回答してもらいました。
質問として極めて不完全な問いですが、全員にコメントしてもらいました(これが私の失敗でした)。
これから戦争はなくなると思うという人が3人いました。
後の20人くらいはなくならないと考えていました。
私には興味深かったです。
問題は「戦争」とか「平和」が明確な定義無しで語られていることです。
私は国家の平和と個人の平和は、同じ平和という言葉を使いながら全く意味が違うと思っています。
そのことに議論を持って行きたかったのですが、完全に失敗しました。
平和の問題を議論するのは難しいです。
このセッションはいつか是非ともまた、名誉回復のセッションをしたいと思います。
年明け後に、平和を考えるセッションを開催する予定です。
また武田文彦の憲法談義でも、平和の問題は扱います。
わざわざ参加してくださった、今成さん、渕野さん、神田さんにも感謝します。
■日の丸と君が代(2004年3月13日)
「軍縮問題資料」はとてもいい雑誌です。
創刊以来ずっと読んでいましたが、この数年、止めていました。
ところが最近、なぜかまた私の所に送られてきだしたのです。
410円のコンパクトなとてもいい雑誌です。
ついでに今月号のもう一つの記事を紹介します。
「良心、表現の自由を!」声をあげる市民の会の渡辺厚子さんの「私は立てない、歌えない」という文章です。
渡辺さんは都立高の先生です。
2003年10月、東京都教育委員会は、全都立高に対して「日の丸」への敬礼行為や君が代斉唱の指示を出しましたが、
それに対して、彼女は「立てない、歌えない」というのです。
私は、日の丸も君が代も好きなのです。
ですから卒業式や式典での掲揚や斉唱には反対ではありません。
ですから、反対運動にはあまり共感できなかったのです。
渡辺さんの文章を読んで、反省しました。
渡辺さん家族は満州で先の戦争終結を迎えました。
日本に戻るまでの苦労は大変だったようで、母親や兄弟姉妹、親戚は無念の死に見舞われました。
渡辺さんが持つ、日の丸や君が代への思いの背景は、その幼児体験があります。
渡辺さんはこう書いています。
私は自分の存在をかけ国家によって殺された家族の口惜しさ、悲しみを忘れてはならないと思っている。
「日の丸」を崇め、「君が代」を歌うことは家族の歴史においてできない。
不覚にも涙が出てしまいました。
今また涙が出そうです。
彼女は一昨年の都立大泉養護学校の入学式に、「日の丸・君が代」の強制に反対し、
手描きのブラウスを着て出席した事を問われて、戒告処分を受けました。それに対して不服申し立てをして、いま係争中です。
3月31日2時から東京都人事委員会で本人尋問が行われるそうです。
彼女は、たくさんの方に傍聴してほしいと書いています。
私に行く勇気があるかどうか、問われているような気がしました。
スケジュール表を確認したら、
幸か不幸か、当日は義母の法事の関係で、滋賀に行っています。
決断を先延ばしにできて、少しホッとしているのが正直なところです。
あまり人のことを厳しくはいえないです。はい。
しかし、これからは君が代斉唱には参加しないことにしました。
渡辺さんへの、せめてものエールです。