多元化する企業組織と経営形態

(「コンヴィヴィアリティの道具としての企業論」(1998未完成の小論)から抜粋)

1.自立共生型社会に向けて多元化する企業組織

○大企業時代の終焉

個人の働き方の変化と相まって、企業組織は多元化し、マネジメントのあり方も多様化 しつつある。個人を軸にした新しい企業形態も少しずつ広がりだしている。さら に日本的雇用慣行(とりわけ終身雇用と年功賃金)にこだわってきた労働組合においても 、こうした変化を前向きに受け止める動きが強まっている。その変化は決して拡散的では なく、大きな方向としては自立共生型へと向かっていると言っていい。

企業というと「事業を行う営利体」という受け止め方が一般であり、しかも典型的な企業としては「大企業」をイメージする人が多いだろう。20世紀は「大企業時代」と言われるように、これまでの産業化を推進してきた主役は大企業であり、多くの企業は大企業 を目指して自社の発展拡大に努めてきたと言っていい。

しかし、最近、その方向が少しずつ変わりだしている。規模のメリットよりも規模のデ メリットが目立ちはじめると共に、インターネットを始めとするメディアの発達が、個人のイニシアティブを可能にしはじめたのである。それに伴い、実際にも新しい企業形態が次々と生まれだしている。

企業組織は、たとえば「財・サービスの提供を主な機能として創られた、人と資源の集合体で、一つの管理組織のもとにおかれたもの」と定義される(伊丹敬之 1993 「企業と は何か」『日本の企業システム1』所収)。民間営利企業はそのひとつの形態でしかなく、 所有の形態からいえば、他にも公益企業、協同組合企業がある。

また、企業組織を「働 く場」と捉えると、さらに広がりが出てくることになる。産業化が環境や資源、さらには人間性という面から壁にぶつかりつつあることを考えると、近代企業の枠組みにあまりに 強く縛られるべきではなく、それを超えていく柔軟な発想が必要になってくる。特に自立 共生という視点にたてば、改めて個人を主役にした企業組織のあり方が模索されなければならないだろう。

最近、登場しているいくつかの新しい企業組織について見ておこう。まだ試行錯誤的なものもあるが、これからの企業組織のあり方を考えていくためのさまざまな示唆が含まれていることは間違いない。

○新しい企業形態の広がり

●市民企業

パンづくりの得意な主婦が地域の人たちに是非とも自分の手作りパンを食べてもら いたいという思い、家具や子ども服のリサイクルを実現したいという思い、あるいは得意な日曜大工の腕を高齢者の生活器具づくりに役立てようという思い、そうし た思いを継続的に実現していくための企業づくりが少しずつ広がっている。主な担 い手は女性であり、地域の信用組合などが無担保融資や経営支援を行っている。行 政が支援しているところもある。こうした活動は市民事業と呼ばれている。
自己実現と身近な社会問題の解決を基本においている点では、ボランティア活動にもつながっているが、「働く場」としての経済性を持っている点で組織の性格や参加者の 関わり方はかなり違っている。また、利益を第一義にはせずに、働く喜びや社会へのお役立ちが最大のモチベーションになっており、組織としての利益極大化志向や拡大志向を持たない点に特徴がある。

●ワーカーズ・コレクティブ企業

みんなが出資し、みんなが働き、みんながそこからの利益を享受するという組織。 経営者と管理者と労働者との区別がなく、まさに参加者の自立共生を目指している組織形態である。事業活動も地域社会に根ざしたものが多く、福祉、リサイクル、 保育、介護などの分野で主に展開されてきている。最近はクリエイティブな知的労働分野にも展開されつつある。

●労働者協同組合

ワーカーズ・コレクティブもそのひとつの形態だが、参加者との関わり方がもっと ゆるやかなものも含めて、働く人たちの協同組合の動きも広がっている。特に高齢化の進展のなかで、高齢者協同組合が全国的に組織化されつつあり、すでに20近 くが活動を展開している。
さらにさまざまな労働者協同組合のネットワークも生まれつつあり、労働者協同組合法の検討も始まっている。現在、検討されている法案 の基礎にある考え方(労働者協同組合の原則)は次のようなものである。
 ・加入脱退の自由の保障
 ・公正な出資
 ・一人一票による民主的運営
 ・労働と就労創出を基本とした剰余金の配分
 ・自治的な自助組織
 ・地域社会の発展への寄与

●住民参加型の地域整備企業(まちづくり会社)

いわゆるNPO的な組織が事業展開しはじめていることも見落としてはならない。 米国ではCDC(Community Development Corporation)と呼ばれる市民組織が、各地で行政の支援も受けながら貧困層のための住宅開発事業に取り組んでいる。なかには地域ショッピングセンターの建設などに取り組んでいるところもある。 日本においても、住民に出資を公募した、住民株主のまちづくり会社が各地に出来 はじめている。岐阜県の東白川村では住民の大半が株主という「株式会社ふるさと 企画」が生まれている。これまでの、いわゆる第三セクターとはかなり異質のものと捉えておくべきだろう。

●バーチャル・ネットワーク企業

最近の高齢者はひと昔前の高齢者とは異なり、まだ十分働く気力と体力をもってお り、むしろ定年後も社会との接点を持ちつづけたいという希望が強い。そうしたことを背景として、金銭的な報酬よりも社会との接点を重視する人たちによる企業組 織が生まれてきている。そうした組織は、空間的なオフィスがあり、メンバーが時 間的に拘束されるようなものではなく、常時はメンバーシップだけでネットワーク されており、仕事に応じてチームが組織されるような、バーチャルな企業組織がほ とんどである。それぞれが専門性を持っているために、かなり高度の仕事もできる が、仕事への取り組み姿勢は、仕事よりも生活を優先するというところに特徴がある。また金銭的報酬も最優先要素ではないが重要な要素であり、NPOとは違っている。そうした企業の中には自らをSPO(Small Profit Organization)と称しているところもある。これまでのビジネスの世界とは違って、金銭報酬についても極 大化志向ではなく適正化が重要な基準になっている。 高齢者だけではなく、創造的な仕事やソフトビジネスの分野においても、専門家を核としたバーチャル企業が増えている。仕事に応じて最適なフォーメーションが、 しかも時限的に組織されるため、機能性や効率性という点ではこれまでのような固 定的な企業組織よりも競争力が高くなることも少なくない。

●二足のわらじ型企業

清水建設や東京ガスなどの数社の大手上場企業が出資して設立した株式会社アーバ ンクラブでは、グループ企画破壊というプロジェクトを展開している。ここには出 資企業を始めとした企業の定年退職者や現役従業員を登録しており、その専門性を 活かして企画事業を請け負うというプロジェクトである。現役従業員の場合は、勤務時間外や休日に仕事に取り組むことになるが、これは「副業」であり、従来の感覚から言えば明らかに就業規則違反ということになる。それをむしろ会社が奨励しているわけである。 一人の人が複数の企業に所属するという雇用形態は、人材派遣の形で少しずつ出始 めているとはいうものの、本拠地を大企業におきながらの会社公認の副業支援はま だめずらしい。しかし、創造的な仕事や研究活動の分野などでは、複数の企業に所 属することは個人のみならず組織にとっても有益であることが少なくない。多国籍 企業ならぬ「多社籍社員」が増えていくことも予想される。

こうした新しい企業組織は、今のところまだ従来型の企業、とりわけ大企業とは棲み分 けているが、今後は次第に活動ドメインを共有化していくものと思われる。市場においては、競合的あるいは補完的な存在になっていくだろうし、人材という点では、むしろ競合的になっていくことが予想される。すでに大企業よりもワーカーズ・コレクティブや社会性の強い企業組織を志向する若者も増えてきている。

新しい企業組織とは言えないが、行政やNPOもまた、企業とのボーダーを崩し始めており、働き場としての意味合いを高めている。ポスト産業社会における主役は、おそらく さまざまな理念と形態を持つ企業組織によって担われることになるだろう。それは個人の 働き方が多様化していくことに対応している。

2.多元化する企業組織の方向性

○組織原理としての社会性と個人尊重

さまざまな企業組織が生まれつつあるが、それらに共通するのは、個人の自立共生を支援するとともに、社会そのものを自立共生型にしていくという方向を向いているというこ とである。いずれの場合も、社会性と個人尊重が重要な組織原理となっている。しかも、 その二つが組織目的と対立するのではなく、逆に組織目的を支える形になってきている。

多様な働き方と多様な企業組織が、そうしたことを可能にしつつあるわけだが、それらを うまくつないでいくこと、いいかえればミスマッチを起こさないようにすることが、これからの組織経営の重要な課題となるだろう。

○開かれた組織

企業組織は多元化するが、そこには共通する方向性がある。 まず第一は組織としての開放性が高まるということである。個人を囲いこむような丸抱 え的契約関係は少なくなり、個人と組織との関係は柔軟になっていく。個人は時間をコミ ットして「与えられたジョブ」をこなすのではなく、「自分の仕事」をもって組織にコミ ットしていくことになるだろう。組織がジョブを用意してくれるわけではないから、自ら が仕事を通じて組織に役立たなければ、組織には参加できないことになる。

組織の視点か ら考えれば、自分の組織に最も役立つ人に仕事を任せたいと思うだろう。現在のように硬直的な雇用関係を前提とした企業組織の場合、どうしても仕事と人材のミスマッチが起こ りやすく、社会的視点から見ても、人材の無駄づかいが起こりやすい。ホワイトカラーの 生産性の低さの一因はここにある。

こうした問題を克服するためには、組織をできるだけ開放的にするとともに、従業員と の関係も柔軟さを維持し、従業員自身の自立性を支援していくことが必要である。とりわ け専門性が求められる人材については、組織に取り込むことによってせっかくの専門性を 殺してしまいかねない。特定の組織に取り込まれていては、専門性を高めていくことはで きない。

しかし、仕事と人材とのマッチングには、当然コストがかかる。その取引コストを極小化する仕組みが、これまでは終身雇用を前提とした内部異動方式だった。高度経済成長と大企業志向のもとでは、たしかにそれは有効に機能したが、経済が複雑化し、しかもグローバル化していくことを考えると、これからは内部対応では限度があるだろう。

一方で、インターネットなどの情報環境の整備によって、マッチング・コストは急速に低下 していること、また人々の働き方が多様化し自立化しつつあることを考えると、組織の方 向性は明らかに「開放型」である。 経済同友会は、すでに平成3年に『オープンシステムへの企業革新』という提言を出している。そこでは、これまでの「行き過ぎた会社中心主義」を見直して、企業を取り巻く様々な環境に対して開かれている「オープンシステム」に向けて、企業を革新していかね ばならないと述べている。そして、そのための具体的方策として、
  ・企業行動規範の策定・運用
  ・透明で公正な企業経営への努力
  ・「個人尊重」の企業理念の確立
があげられている。「個人尊重」が組織のオープンシステム化の重要な方策として位置づ けられていることが注目される。

○個人の自己責任体制

自分の仕事で組織に役立つ場合はもちろん、与えられたジョブに取り組む場合において も、その「こなし方」は個人の裁量にまかされる方向に向かうだろう。自己責任に基づく成果主義というのが、第二の方向である。

仕事の進め方だけではなく、すでに勤務時間さえもが個人の裁量にまかされつつある。人事部の仕事は「管理」から「支援」であるとい うことで「人事支援」という名称を使いだした企業もある。少なくとも、人事の中心課題 は「管理」から「エンパワー」へと移行しつつあると言っていい。

エンパワーされた個々人が、自分の裁量で仕事に取り組むことは、個々の仕事の効率性 の面からは最も望ましいことだろう。しかし、個々人の活動をどう組織活動へと束ねてい くかは難しい問題である。それは、与えられたジョブに対応した労働力の管理とは全く異質なことである。

そこで重要になってくるのが次の二つの条件である。まず組織のミッシ ョンやビジョンが明確にされ、それに基づく各職場のゴールと個々のメンバーの課題が客 観的に共有化されていること。そして、そのゴールや課題が達成された場合には、それに見合ったメリットが関係者に与えられることである。

目標管理や成果配分は、今でも議論され取り入れられている。しかし、実際にはそれは 言葉だけであり、目標管理もミッションやゴールとリンクしないような曖昧な作業課題だったり、成果配分も管理者の恣意が入り込むようなものだったりすることが少なくない。 重要なことは、組織のミッションにつながる課題設定であり、客観的な成果配分ルールである。このことを曖昧にした、裁量労働制や成果配分は逆効果になることも少なくない。 各人が自己責任をとれるような組織づくりが重要になっていく。

○情報の共有化

第三に情報の共有化が進むだろう。組織内部にとどまらず、社会に対しても情報公開が積極的に進められることになる。情報共有が組織活動の効果と効率を高めることになることは、すでに米国におけるオープンブック・マネジメントの広がりで検証されつつある 。

オープンブック・マネジメントとは、従来は経営者のみが所有していた企業業績に関 わる財務データをはじめとした経営情報を従業員全員に公開し、全員が経営者感覚を持つことにより企業業績をよくしていこうという経営理念である。ちなみに、オープン・ブッ クの「ブック」とは財務諸表を意味している。

オープンブック・マネジメントが行われている企業では、コストや利益の実態が、会社全体の業績につながる形で部門単位、職場単位で公開され、自分の仕事がどのように企 業業績につながっているのかが客観的に把握できるようになっている。しかし、それだけ では従業員が経営者感覚を持つことにはならない。

オープブック・マネジメントのもう ひとつのポイントは、共有された情報を踏まえてそれぞれが目標や課題を設定し、それが 達成された時は客観的なルールに基づいて成果配分されるということである。これにより 、従業員たちは「自分たちの会社」という意識を持ち、組織に対する主体性を回復してい くことになる。経費節約などと管理者が言わなくとも、自然と自分たちの財産を無駄づかいしない企業文化が醸成されることになる。組織としての生産性が高まることも言うまでもない。

ところで、組織にとって価値のある情報の最大の所在は社会との接点に移りつつある。 外部情報を組織にどう取り組んでいくか、そしてその情報をどう事業に反映させていくかが、これからの組織にとっての重要な課題である。近年のCS(顧客満足)経営の本質は この点にあるといってもいい。

ここで重要なことは、企業外部の情報、つまり企業にとっ ては異質性の高い情報を取り込む感度を高めておくことだが、それは組織がどのくらい多 様な個性を包含できているかで決まってくるだろう。同時に、企業の持つ情報をどこまで 外部に効果的に公開していくことができるかが重要である。情報発信と情報受信とはコイ ンの裏表である。

○インセンティブの多様化

第四はインセンティブのあり方が多様化するということである。成果に基づいた成功報酬型の金銭によるインセンティブは、ストック・オプションの解禁と今後その成功事例が 生まれることにより、積極的に導入されていくだろう。

一方、単なる組織の階層構造上の昇進によるインセンティブは相対的に後退することが予測される。さらに多様な働き方に 応じた多様なインセンティブ、たとえば時間や空間などの非金銭的なインセンティブ、あ るいは自己啓発機会や自己裁量権限など、さまざまな選択肢が用意されるようになるだろ う。自立共生を可能にし支援するためには、組織は勤務形態も雇用形態も多様化し、柔軟 な動的組織へと変わっていくことが必要である。

組織構造が動的な柔軟さを高める一方で、組織としての求心力も重要になってくる。し かし、それは契約で縛るような求心力ではなく、魅力で引き寄せるような求心力でなければならない。それは、たとえば、組織が持つ目的(ビジョン)への共感、組織が持つ人間的支援システム(福利厚生システム)、研修制度などのエンパワーメント機能、仕事を進める上で活用できるリソース(組織アフォーダンス)の充実などであろう。そうした組織 の魅力こそが、個人にとっては最大のインセンティブになっていくと言ってもいいかもしれない。

これからは、労働力ではなく、個性をもった個人が組織の活動成果を決めていく ことになるだろうが、そうであれば、どのような人材を集められるかが組織力を規定して いくことになる。

○組織コミュニティ

こうした組織が持つプラットフォームとしての魅力は、参加した個人のロイヤリティを 高めることになるだろうが、その結果、企業組織はこれまでの第二次集団(特定の目的の ために合理的に組織された集団)としての位置づけから、第一次集団(組織目的に縛られずに、個々人の結びつきと協同によって形成されている集団)へと変質していく可能性がある。これが第五の方向性である。

開かれたプラットフォームでありながら、その魅力や組織としてのアフォーダンスがメ ンバーのロイヤリティを高め、求心力を持った新しいコミュニティへとつながっていくこ とが考えられる。 ここでいうコミュニティは、かつて話題になった会社コミュニティ論とは全く異質なも のである。かつての会社コミュニティ論は、全人格、さらには家族までを含めた全生活が 取り込まれるという意味での、いわば取り込まれた共同社会という意味合いが強かった。

しかし、組織から開放され、自立した個人が、共生の場として自由意思で参加する新しい企業プラットフォームの場で形成されるコミュニティは、あくまでも成員の自立共生が基本となる。柔軟な企業組織が、いわば村落共同体に対する都市共同体のように、個人の自立を担保し支援する役割を担うことになる。実際に、組織視点ではなく成員個人の視点か ら、仕事を超えた新しい企業福祉制度の検討も議論されだしている。

3.雇用システムや人事管理システムの柔軟化

○集団視点から個人視点へ

個人の働き方の変化、そして組織の役割の変化は、新しい企業形態の広がりと並んで、 民間営利企業のマネジメント・システム、とりわけ雇用制度や人事制度に大きな影響を与 えてきている。いわゆる「日本的経営」の中心となっていた「日本的雇用慣行」が崩れつつあると言っていい。

これについての具体的動きは1・2でふれたが、その方向性と意味について改めて整理しておこう。 変化の方向はここでも明らかである。雇用は流動化し、人事制度の視点は集団優先から 個人優先へと動いていくだろう。後述するように、財界も労組も大きな方向としては、そ れを認めている。

しかし、実際の企業経営の場においては、問題はそれほど簡単ではない。企業組織に身 を置く大勢の企業人にとっても、そう簡単に割り切れる問題ではないだろう。

たとえば、 富士ゼロックス総合教育研究所の調査によれば、終身雇用制度を残すべきか、人材の流動化を進めるべきか、という点に関して、企業も個人も方向を決めかねている。こ れに対して、「この人事方針の軸足がふらついていることが、賃金体系をはじめとする人事制度が明確にされず、人材開発のモデルを形成しにくい要因となっている」(『人事・ 教育白書』日本能率協会マネジメントセンター編 1997)という指摘もある。

こうした調査結果はあるものの、終身雇用を含めて日本的雇用慣行が変化しつつあるこ とは否定できない事実である。労働省の「平成8年度雇用管理調査」によれば、 半数の企業が終身雇用慣行にはこだわらないと答えているし、人事管理の方向としても、 能力主義を重視する企業が半数近くになっている。年功序列主義を重視する企業はわずか 4%にすぎない。

問題はこれまでの制度の枠組みをどう新しい枠組みへと移行していくかということだろう。問題が人に関わるものであるだけに、理屈だけではうまくいかない。 しかも、それは個別企業だけで考えられる問題ではなく、社会システムとつながっている ところに難しさがある。

○日経連の方向づけ

日経連は、1995年に発表した『新時代の「日本的経営」』で次のように変化の方向を明 確に打ち出している。

「集団と個人の関係については、従来、ともすれば集団の価値・意思が優先され、 個人が集団に埋没してしまうという批判があったが、これからは、多様な個性を確 立した個人を凝集力のある人間集団に組織するという方向に、『人間中心 (尊重) の経営』の理念を深化させる必要があろう」

日本的経営の基本にあった集団優先の発想は、自立した個人を軸においた経営に置きか えられたと言っていい。さらに労使関係(雇用関係)についても、同書は次のように変化 の方向を示している。

「今後、労使関係においては、集団的な労使関係に加え、組合員の労働移動の増加 にともなう個別の労使問題への対応が重要性を増してくる。さらに、雇用形態の多 様化を背景に、従業員の企業や労使関係に対するニーズも個々に変化していこう」

○変化に伴う危険性

集団的労使関係から個別的労使関係への変化は、雇用関係を大きく変え、人事の流動化 にもつながっていくことになる。大きな方向としては、個人の働き方の多様化に対応して いるが、近年のような雇用環境が厳しい状況の中では問題も少なくない。

変化を急ぎすぎている危険性も感じられる。 たとえば、社会経済生産性本部の調査 (1996年) によれば、管理職の年俸制度の導入を 考えている企業が6割を超えているという。「流行」にのった取り組みとは言わないまで も、やや安直さを感じざるをえない。

こうした動きは個人の側にも不安を与えているよう に感じられる。労務行政研究所の年俸制調査(1997年) によれば、年俸制に対する否定的 意見が、前回調査 (1994年) の6.3%から15.2%へと急速に高まっている。

制度変化の方向が間違っていないとしても、変化のタイミングや移行の仕方は十分留意 しなければならない。目先の利益を追うあまり、急ぎすぎて従業員の不信をかうようなこ とは避けなければならない。それでは自立共生を目指すどころか、逆の方向へと組織をも っていくことになるだろう。しかも、それは個別企業の問題にとどまらずに、日本の雇用制度全体に悪影響を与えることにもなりかねない。 人事の流動化も難しい問題である。

たしかに転職希望率は増加してきている。 しかし、それが果して積極的な意味での転職希望なのかどうかには疑問がある。これまで の日本では、定年まで勤務せずに途中で別の企業に転身することは、年金や退職金、年功 賃金や福利厚生制度、さらにはイメージ的な問題も含めて、明らかに不利なことであった 。そうした不利さをカバーする社会的な制度整備は進みだしているものの、環境が整わな いままに流動化を急ぐことは、個人の自立共生を否定することにもなりかねない。それでは、企業にとっても好ましくない結果につながるおそれがある。

もちろん1・2で見てきたように、積極的な意味での派遣労働者の増加もあるし、自立 共生に向けての流動化の動きもある。そうした動きを支援していくための社会的対応と個 別企業における受け入れ体制の整備が重要である。 個人を尊重する方向での人事制度の柔軟化も、問題がないわけではない。日経連の提言 に対しては、個人主義の風潮に乗じて、個別管理を徹底し、さらに厳しい競争に追い込む ことによって、「自発的な働き過ぎ」に個人を追い込むことになりかねないという指摘も ある。そうした危険性は完全には否定できないし、実際にもそうした弊害が一部に出てい ることも事実である。

「自発的な働き過ぎ」は組織にとっても必ずしも好ましいものでは ない。一時的にはともかく、それが恒常化した結果、日本の企業は壁にぶつかっているの である。そこからどう抜け出るかが、これからの課題である。 いくつかの問題点や危険性を指摘してきたが、変化にはこうしたことはつきものである 。時代の流れから考えれば、仮にそうした危険性があるとしても、日本的雇用慣行に立脚 した「安定的な雇用・人事システム」から、個人に軸足を置いた「流動的で多様な雇用・ 人事システム」へと移行していく流れは変わらないだろう。

大切なことは、そうした流れが、個人の自立共生的生き方を支援し、組織が自立共生するような社会へと向かうように していくことである。それを可能にするのが、パーソナル・コンピュータとインターネッ トをはじめとした情報メディア技術の発達である。

自立共生に向けての組織のアクション・プログラムに入る前に、ふたつの問題を整理しておこう。労働組合の動きと生産システムの方向である。

○個人に視点を移しだした労働組合

日経連の提言に象徴されるような経営の動きに対して、これまで日本的労働慣行の守り手だった労働組合はどう対応しているのだろうか。

大きな流れとしては、労働組合もまた 日本的雇用慣行や日本的経営の見直しの必要性を認めてきており、人事流動化や能力・成果重視の人事制度への移行を受け入れだしている。 電機連合は、1997年7月の定期大会に、「新しい日本型雇用・処遇システムの構築に向 けて」という提案を提出した。そこでは日経連の提言を受ける形で、労働力流動化の支援 や年功賃金の見直しが提案されている。これまでの労働組合の姿勢とは違った動きが出て きたことは注目される。 長くなるが、同提案書から、日本型雇用システムの見直しの姿勢について述べていると ころを引用する。

「労働組合としては、基幹となる労働者の長期継続雇用の維持を基本とし、まず何 よりも流動化がもたらす雇用への影響を最小限にとどめていくことが重要である。 従って、労働の流動化という名の下で、経営の合理化策として、姿を変えた雇用調 整策がまかり通ってはならないことは言うまでもない。 しかしながら、若年層を中心に労働者が仕事を通じて自己実現を図り、また満足 感を求めるために自発的に転職を希望する傾向が高まっていることも事実であり、 企業も必要な人材は産業の垣根を飛び越えて外部からも確保する状況下を考えれば 、ある程度の離職率の高まりは許容しながら、転職による不利益が出来るだけ生じ ないような仕組みを検討していくことが必要との認識にも立つべきであろう。その 際、重要なことは、企業内での転換教育、能力開発の充実化を図ることによって自 らの企業の中でどう働きがいを持たせていくかという視点を持つことであり、流動 化させることが目的化してしまってはならない。即ち、必要な人材を育成、確保できる良き人事システムを備えている企業が真の競争力を持つということを労使とも に認識しておくということである。 また、労働力の流動化に連動し、パートタイマー、派遣社員、契約社員などを含 む雇用形態、裁量労働などの勤務形態、複線型の賃金体系など労働条件の多様化が 進むものと考えられ、正規従業員中心の企業別労働組合としては、このような状況 にどう対応していくのか、今後の組織のあり方、活動のあり方について十分な検討 とともに、流動化がもたらす外部労働市場の環境整備についても、これまでの各種制度、法律、税制などを含めた社会システム全般の見直しが併せて検討される必要 があると言える」

時代の流れに対してはまだ「受け身」で「防衛的」であり、正規従業員中心の企業別労 働組合という基本立場にこだわってはいるものの、労働組合自身のあり方の見直しも含め て、これまでの労働組合の姿勢とはかなり違った踏み込みが読み取れる。

さらに雇用システムのあり方については、次のように具体的な考え方を明記している。
  ・人間中心(尊重)の経営と長期安定雇用の堅持
  ・人材の適切な移動を支援するシステム
  ・一人ひとりが活きる人事制度と成果を正当に評価する処遇制度の整備
  ・企業グループで長期安定雇用
  ・地域を基盤とした長期安定雇用の実現
  ・長期安定雇用になじみにくい雇用のアウトソーシング化

ここで示されている方向は、日経連が提起した「集団主義」から「個人尊重」へ、年功賃金から能力賃金・成果主義へ、終身雇用から人事流動化へ、の流れと一致している。し かし、その捉え方は立場上、当然異なっている。日経連は組織経営の効率化に主眼があり 、電機連合は個人の働き方に主眼がある。そのふたつの視点を調和させていくことが、組織にとっても個人にとっても望ましいことだろう。労働組合の視点は、これからの雇用・ 人事システムを考えていく上で重要な意味を持っている。

集団から個人への視点移動は、労働組合そのものの多元化につながっている。女性ユニ オンや管理職ユニオンなど、これまでとは違った労働組合形態が生まれつつある。日本的 経営を支えてきた企業別労働組合にも変化が始まりつつある。前述した生産者協同組合の 動きもそのひとつと考えていい。

4.個人の働き方につながる生産システムの見直し

○ポスト・フォーディズムの模索

個人の働き方や組織の雇用・人事システムは、生産システム(事業システム)とリンク している。日本的経営を生産システムから分析し、その方向性を考えることも、これから の働き方や経営のあり方を考える上で重要である。

産業化の推進力のひとつは、分業と機械化の結合である。特に労働の知的側面(計画) と肉体的側面(実行)とを分離し、実行については作業分解することで単純労働化し、そ れを機械化することによって生産性の高い大量生産方式を実現した。

産業化を推進したも うひとつが、高生産性と高賃金をつなぐ労使協調関係で、それによって大量消費市場が創出され、実際面での大量生産体制を可能にしたのである。その象徴がフォードであることから、これをフォーディズムと呼ぶ。それは単に生産システムの話ではなく、雇用制度や 労働編成、さらには労使関係も含めた経営思想と言っていい。

高度経済成長を支えてきたフォーディズムも、近年になってさまざまな矛盾を引き起こ しだした。それが世界的な景気停滞の原因であるという分析もある。かつては好循環をつ くっていた、「生産性向上」と「賃金上昇」と「生活の豊かさの向上」の三つが次第に分断され、逆に対立関係を引き起こすようになってきたのである。

フォーディズムに代わる新しい発展様式が模索されだしている。 フォーディズムの基本にある「分業」と「労使協調」とを軸として、いくつかの方向が動きだしている。大きく分けると、次の三つの方向がある。
  ・ネオ・フォーディズム
    分業と機械化の方向は維持ないし強化しながら、賃金については市場原理に委ねていくやり方で、米国のレーガノミクスやイギリスのサッチャーリズムの、いわゆる 新自由主義路線である。
  ・ボルボイズム
    工場からベルトコンベアを外して労働者の自治権を認めるとともに、労使協調路線 は堅持し、むしろ労使協調により生産性を高めていこうとする路線。ベルトコンベ アを廃止して1チーム10名ほどで自動車を組み立てるという、ボルボ自動車の実 験から命名されている。
  ・トヨティズム
    トヨタ自動車に象徴される路線である。内容的にはネオ・フォーディズムとボルボイズムの中間に位置し、労働者の熟練と参加に基づく労働編成と企業内的労使協調 が特徴になっている。

三つの方向のうち、ネオ・フォーディズムはほぼ失敗しており、またボルボイズムは壁 にぶつかっている。そのため、トヨティズムに対する関心が高まっているが、「公正さ」 と「個人尊重」の面で弱さがあると指摘されている。

トヨティズムを支えてきたのは、いうまでもなく日本的経営であり、日本的雇用慣行で ある。それらが見直されはじめているなかで、これからのトヨティズムのあり方は改めて問い直されていくだろうが、新しい雇用・人事システムの方向が「個人尊重」であること 、さらに経営に「公正さ」が強く求められ始めていることを考えると、新しい生産システ ムづくりに取り組むいい機会であると考えられる。労働編成(組織原理)や労使関係のあ り方を考える上でも重要なテーマである。

○自立共生を目指した技術体系の回復

こうした動きは、また技術体系(個人と技術との関わり方)の見直しにもつながってい る。一言でいえば、大量生産志向のフォーディズム的技術の呪縛から解放されて、改めて 人間中心(アントロポセントリック)のクラフト技術を評価していくことになるだろう。 技能継承は多くの企業の緊急の課題でもある。技能系の大学構想も動きだしている。個人の働き方の変化ともつながる問題であり、自立共生という大きな流れにとっても重要なテーマである。

自立共生という視点から考えると、技術や技能の問題は非常に重要な意味をもっている 。フォーディズムは、いわば個人から技術や技能をうばう形で生産性を高めてきたわけだが、時代の流れは逆転しつつある。市場の成熟化や個人の価値観の変化は、労働力ではない個性を持った働き方を求めだしている。生産性の視点からも状況は逆転しており、「自分の技術」や「自分の技能」を持つことが重要になってきている。

人事の流動化や個人尊重という視点からも、技術・技能と個人の関係の再構築が課題になっていくだろう。 パーソナル・コンピュータやインターネットは、そうした動き、つまり個人を制約する 技術・技能体系のあり方を変えていくためのツールになる。それらを駆使することで、再 び技術や技能は個人の道具になり、個人の自立共生のための本来の姿に戻ることになりう る。

そうした方向にもっていくことが、閉塞状況にある技術や技能の世界に新しい地平を 開くことにもなるだろう。 それを可能にする条件のひとつが、企業組織の組み替えである。個人を拘束し呪縛する 組織ではなく、個人の自立共生を支援するために、技術や技能をどう編成していくかは、 企業組織にとっても重要な課題である。

5.自立共生に向けての組織変革

○組織変革のアクション・プラン

従業員の自立共生のための道具としての組織に向けて、企業は自らをどう変えていけば いいか。前述の五つの方向性に合わせて、それぞれに具体的なアクション・プランをいく つか例示してみよう。いずれの場合も、パーソナル・コンピュータやインターネットによ る電子情報ネットワークが重要な役割を果していくことになるだろう。
・開かれた組織 ・積極的な情報公開により、情報創造の場を創出していく。
・社外重役制度や開かれた株主総会により透明で公正な経営実態を構築する。
・求心力を高めるために企業のミッションやビジョンを明確にする。
・適時適材適所体制に向けて、広く人材を公募する体制をつくる。
・戦略提案や事業提案の外部からの受入れ体制を整備する。
・個人の自己責任体制
・組織ミッションを核にして、各人(職位)の目標・課題体系を明確にする。
・担当者の裁量範囲を広げ、その実現のためのエンパワー体制を整える。
・客観的基準による成果配分制度をルール化し、公開する。
・個人の自己啓発を動機づけ、啓発活動を支援する。
・個人が探索できる情報や人材の所在に関する探索ネットワークを整備する。
・情報の共有化
・オープンブック・マネジメントを実現する。
・社外に開かれた電子情報ネットワークを構築する。
・従業員の情報リテラシーの向上を図る。
・トップに目を向けた情報ピラミッド構造を現場重視型に逆転する。
・情報共有を支援するコミュニケーション戦略を導入する。
・インセンティブの多様化
・複線型のインセンティブ体系をつくる。
・柔軟な雇用・人事システムを用意する。
・個人に即した処遇条件を設定できるような体制を組む。
・ストック・オプション制度を導入する。
・組織のアフォーダンス(メンバー支援機能)を高める。
・コミュニティ的魅力 ・組織のアイデンティティを明確にする。
・組織としての社会性や公正度を高める。
・個人が選択できるカフェテリア方式の生活支援制度を整える。
・個人のエンプロイアビリティ(就業可能性)を高める支援をする。
・多様な仕事や人材と出会える仕組みをつくる。

○自立共生を目指した新しい職業教育のあり方

最後に、個人の働き方や企業組織の変化を支援する教育、とりわけ職業教育のあり方に ついて触れておく。

これまでのような、組織の都合に合わせるような教育訓練は、自立共生を目指す個人や組織にとっては、有効ではないばかりか、逆に弊害にもなりかねない。 これからの教育の基本は、自立共生を意識した個人のコア・コンピタンス支援というこ とになるだろう。それには集合教育的なものではなく、個人の主体的自発性に基づく個別 プログラムが必要になってくる。同時に、それぞれの個性とコンピタンスをもった個人を つなぎ合わせていくためのコミュニカビリティ(コミュニケーション能力)や情報リテラ シー、異質なものから新しい価値を創発させていくための共創テクノロジーなどの、専門 的な能力を高めていくことも重要になっていく。ここでも、電子情報技術が大きな役割を 果たすことになる。

個人の自立共生という視点から考えれば、個別企業による企業内教育はサブシステム化 し、むしろ個々人のエンプロイアビリティ(社会での就業可能性)を高めるための社会的 システムが中心になっていくだろう。大学や大学院がそうした役割を担っていくことも考えられるが、同時に、それとは別のキャリア開発支援の社会システムが必要になってくる だろう。労働組合にとっても、この分野は新しい組織ミッションのひとつになるかもしれない。

あるいは、企業組織や労働組合、大学などの既存の組織をベースとするのではなく 、目的に合った全く新しい学び合いの場がインターネットなどの新しいメディアを駆使し て立ち上がっていくことも想定される。個人がその出発点になることも考えられる。 自立共生型社会の実現にとって、そうした学びの場の持つ意味は非常に大きい。

〔参考文献〕 『日本の企業システム1:企業とは何か』伊丹敬之、加護野忠男、伊藤元重編(有斐閣) 1993 『大企業時代の到来』 (日本経営史3)由井常彦、大東英祐編(岩波書店)1995 『「日本的経営」の変遷と労資関係』牧野富夫監修(新日本出版社) 1998 『日本的雇用慣行の経済学』八代尚宏(日本経済新聞社) 1997 『新社会学辞典』有斐閣 『変化する世界における協同組合の価値』(協同総合研究所)1992 『第二の産業分水嶺』マイケル・J・ピオリ、チャールズ・F・セーブル(筑摩書房) 1984 『新しい日本型雇用・処遇システムの構築に向けて(素案)』 全日本電機・電子・情報 関連産業労働組合連合会 1997 『レギュラシオン理論』山田鋭夫 (講談社)  1993 『新時代の「日本的経営」』(日本経営者連盟) 1995 『労働市場改革』島田晴雄、太田清編(東洋経済新報社)1997 『オープンシステムへの企業革新』経済同友会 1991

(1998:佐藤修)