新しい年のはじめに
2019年月1日1日


今年もまた、気持ちのいい朝からのはじまりです。
屋上で初日を待っていた時には、寒くて体が震えそうでしたが、太陽が顔を出すと暖かさが伝わってきました。
朝の寒さが嘘のように、あたたかな1日になりそうです。

昨年は、いろんなことがありすぎて、心身ともにかなり疲れましたが、何とか乗り切って、いい年だったと言えそうでしたが、12月にパソコンがダウンし、データが消去し、何か自分の一部が失われたような気がして、めげてしまいました。
パソコンは直ったのですが、ソフトがうまく稼働せずに、大みそかは1日かかって頑張ったのですが、ホームページを更新できずに年を越えました。
したがって、この文章も、ホームページに掲載されるのは数日後になるでしょう。

大みそかにパソコンと格闘するのは、これで2度目です。
前回は、実はこのホームページをアップするための格闘でした。
12月に友人からホームページのスキームを教えてもらい、ソフトを購入して30日からホームページづくりに取り組み、大みそかの除夜の鐘が鳴りだしたころに、完全手づくりのホームページを立ち上げました。
以来、17年が経過しましたが、付け足しつけたしのホームページは整理したくても整理できないほどの複雑な構造になってしまい、自分でも何が書かれているのかわからないほどです。
しかも途中でプロバイダー側の事情変更などもあって、初期のものはかなり削除しましたので、ますますわからない世界になってしまいました。
まあそれはまさに私自身のあり様にもつながっている気がします。

昨年、喜寿を超え、現世のことはかなりわかってきた気がします。
わがままに生きても、さほどの則を超えることのないようになってきた気もします。
彼岸のこともそれなりに見えてきたようにも思います。
このまま、静かに第4期に入れるように考えていましたが、どうもそうはならないようになってきました。
昨年会った若い友人に、また刺激を受けてしまったのです。
困ったものですが、もう少し長い第3期を続けることになりそうです。
テーマは「死と生」です。

また、湯島のサロンに意味も、多くの人に理解してもらってきた気がします。
今年も湯島でサロンをつづるための元気も、たくさんもらいました。
今年も、週に1回をめどにサロンを続けていくつもりです。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎のサロンです。
もし気が向いたら遊びに来てください。

湯島には、週の半分くらいは行こうと思っています。
オープンサロンでなくても、時間さえ合えば、だれでも歓迎です。
コーヒーしかお出しできませんが、お気軽にご連絡ください。

今日の青空はとても美しい。
この青空のように、澄んで暖かい社会を目指して、私ができることをしていこうと思います。
今年もまた自らに誠実に生きていこうと思います。

そろそろ初詣に出かけます。

2019年月1日1日 午前9時

新しい年のはじめに
2018年1月1日


また新しい年がはじまりました。
といいながらも、最近は、「新しい」という実感がどうも持てません。
生きている世界の魅力が、どうもあまり感じられなくなってきているのです。
私の生き方が惰性的になっているのかもしれません。
たしかに、以前のように、年初の決意など改めて考えることもなくなりました。
自分で決めた「四半世紀ルール」も、第3期がもう30年近くになってしまいました。
「前社会人」「会社人」「社会人」につづく第4期は、予定では「自然人」を想定していましたが、思わぬ事故によって、それは実現しませんでした。

しかし、今年から人生の第4期に入ろうと思います。
といっても、そう変わるわけではありません。
意識を、少し変えようと思っているのです。
そう思いついたのは、昨年末です。
最後の数年くらいは、もう少し知的に生きたい。
ふとそう思ったのです。

私の年明けは、毎年、初日の出を屋上で待つことから始まります。
まだ暗い時から寒さの中で、何も考えずに待ちます。
その10分ほどの時間は、心が「無」に満たされる時間です。
小鳥たちもまだ囀りださず、空気が冷たいせいか、世界が止まっているようにも感じられます。
生命のない世界、そんな気さえすることがあります。
そのなかで、なんともいえない平安な気持ちに包み込まれる幸せな時間です。

それが、初日が輝かしだすと、あたりの空気が変わりだします。
止まっていた世界に、急に生命が宿ったように、時間が動き出す。
無機質だった気配に、表情を戻りだし、それとともに、今まではあまり気にならなかった様々な音が耳に入ってきます。
世界が動き出した。
新しい年の始まりです。
この一瞬の時間が、とても好きです。

さらに5分ほどで、赤い太陽が白く輝きだします。
手賀沼の湖面に一筋の光の道が現れ、私のほうに陽光がやってきます。

そこで初めてあたたかさを感じます。
年によっては、突然に世界が白くなって輝きだすような体験をすることもありますが、今年はゆるやかに推移しました。
今年はあたたかい陽光にゆっくりと包まれるような、おだやかな年明けです。
新しい生き方に、うまくは入れるといいのですが。

昨年は、歴史が善い方向に動き出す年になることを祈っていると書きましたが、
今年は祈るのはやめました。
祈ることを諦めたわけではありません。
祈りの前に、まずは自らを変えることにしたのです。
人生の第3期に入った時のことを思い出しました。
「変える」のではなく、「変わる」ことが大切だと思って、私は30年前に生き方を変えました。
今年から、歴史がどう動こうと、私は私が善いと考える方向に向けて生きようと思います。
そうすれば、少しは心も休まるでしょう。
そしていつかきっと、歴史の方向は変わっていくと信ずることにしました。

そんな思いで、今年も湯島でサロンをつづけます。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎のサロンをやっています。
案内は「お知らせ」のコーナーにできるだけ掲載します。
もし気が向いたら遊びに来てください。
見ず知らずの方も歓迎です。
オープンサロンでなくても、時間さえ合えば、だれでも歓迎です。
コーヒーしかお出しできませんが、お気軽にご連絡ください。

今年も、「私たち」にとって「善い年」にしたいと思います。
そして、「私たち」を一人でも多くしていきたいと思います。

2018年月1日1日 8時

新しい年の始まりに
2017年1月1日

今年は久しぶりに地平からの初日の出が見られるかと思っていましたが、やはり雲のために、太陽が顔を出したのは数分後でした。
顔を出す前の雰囲気もとてもいいのですが、太陽が顔を出した途端に風景が一変していきます。
それからの数分は、世界に「いのち」が戻ってくるような、とても不思議な時間です。
「いのち」が息を殺している世界と動き出す世界。
でも私が生きたい世界は、その先の、「いのち」が普通に生きている世界です。
「いのち」が消えかかっているような、いまの世界は好きにはなれません。
そのためか、この数年、かなり厭世的になっていました。
そのままいくと、人まで嫌いになりそうでした。

昨年末に2週間ほど、無為に過ごしたおかげで、意識に変化が起こりました。
その時に読んだ本からも元気をもらいました。
30年程前にアメリカで話題になったベラーの「善い社会」という本です。
私は、さまざまな人が話し合うことで社会はよくなると確信してきました。
さらにお互いに気遣い合うこと、ケアしあうことが大事だと考えて生きています。
「善い社会」の著者のベラーは、そういう生き方が大切だと言ってくれているような気がしました。
会社を辞めて、30年近くそういう生き方をしてきたのですが、もう少しその生き方をつづけようという気になりました。

昨年も書きましたが、時代の流れを反転させるのは無理としても、小さな芽を植えることならば、私にもできるでしょう。
そんな思いで、湯島のカフェサロンを今年もさらに広げていくつもりです。
政治的な事件や経済的な事件をテーマにした「時評サロン」も開催していく予定です。

ちなみに、1月4日の午後は、今年最初の湯島オープンカフェを開店します。
よかったらお立ち寄りください。

すでに太陽はかなり上がってきています。
あたたかい陽光に包まれて、とてもおだやかな年明けです。
今年は、歴史が善い方向に動き出す年になることを祈っています。

サロンに限らず、湯島近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
珈琲のおもてなししかできませんが。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎です。
人はみな、友だちですから。
お会いできるのを楽しみにしています。


2017年月1日1日 8時

新しい年の始まりに
2016年1月1日


今年も初日を見ることができました。
きっと良い1年になるでしょう。
日の出を見ていると、元気が出てきます。

ここに住みはじめてから、毎年、元旦の朝は、自宅の屋上から初日の出を見ます。
闘病中の妻も、元旦はいつも私と一緒に、屋上で初日を待ちました。
その妻がいなくなってから9回目の初日の出です。
妻もたぶん一緒に、この荘厳な輝きを見ているような気がします。

年末に、昨年の「新しい年の始まりに」を読み直しました。
年始に思ったことは、ほとんど実現できていませんでした。
実現に向けて、前に進んでいたものの、実現するところまでには行けていませんでした。
理由は思い当たります。
昨年は、私にはいささか「過酷な」なことが多すぎました。
そのため、私自身、心身ともにダウンしてしまったのです。
幸いに、何とか危機は乗り越えられましたが、希望のない数十日を過ごしました。
しかし、そうしたことは、人を豊かにも、してくれます。
妻の死もそうでしたが、奈落の底からは、世界の豊かさも見えてくるものです。

しかし、いまの日本は、ひどい状況です。
明日、戦争が起こってもおかしくないほど、80年前の日本やドイツに似ている状況になっています。
しかも、そこに住んでいる人たちは、「近代」の洗礼を受けた「小さな合理主義者」です。
「自分」を生きることが、とても難しい時代になっていますが、多くの人は「幻想でしかない社会」に合わせて生きることに、安楽を見つけています。
「自分」として生きる場を創らなければいけません。
今年は、一歩前に進もうと思っています。
時代の流れを反転させるのは無理ですが、小さな芽を植えることならば、私にもできるかもしれません。
そんな思いで、湯島のカフェサロンを地道につづけていくつもりです。

湯島近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
珈琲のおもてなししかできませんが。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎です。
お会いできるのを楽しみにしています。

ちなみに、1月3日の午後は、今年最初の湯島オープンカフェを開店します。
よかったらお立ち寄りください。

2016年月1日1日 7時

新しい 年のはじまりに
2015年1月1日

今年の初日は、雲を通してうっすらと感ずる程度でしたが、たしかに感ずることができました。

新しい年の始まりは、たとえ希望が見えないとしても、希望を感じさせます。
雲の向こうにあると思うだけでも、元気が出ます。
希望は持たなければ、現れてはこないでしょう。
初日を待ちながら、そんなことを思っていました。

いずれにしろ、新年が始まりました。
たくさんの人たちに、たくさんの希望が降り立つ年になりますように。
そう願いながら、そして、願えることの幸せを感じながら、しばらく見とれていました。

妻を見送ってから、8回目の新年です。
早いものです。
よくまあ7年も生きてこられたという気もしないわけではありません。
しかし、その一方で、あの時から時間が止まったような気もしていて、私は歳をとっていないのではないかと思うこともあります。
いまにして思えば、あまり内容のなかった8年間だったのかもしれません。
行きつ戻りつの7年間。
生きている実感のない空虚な7年間。
そんな気もします。
すべてにおいて、現実感が希薄でした。
希望など持てようもない7年間。

今年は生き方を少し変えようかと思いだしています。
新しいプロジェクトを起こそうと思います。
小さなプロジェクトです。
その材料にはこの数年、たくさん出会っています。
ただコミットする気が生まれてこなかったのです。
しかし、昨年の末くらいから、気持ちが少し変わってきたのです。
現世から離脱する前に、もう一度、少しだけコミットしてみようかなという気分です。
そういう気になってきたのは、やはり現世には面白い話がたくさんあるからです。
楽しそうな話でも、コミットしなければ楽しさは実感できません。
面白いプロジェクトがあったらぜひ巻き込んでください。

昨年は、社会や人が嫌いになり、少し湯島に行く頻度を減らしていました。
今年はもう少し行こうと思います。
流れを反転させようと思っています。

湯島近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
どなたでも歓迎です。
珈琲のおもてなししかできませんが。

お会いできるのを楽しみにしています。

ちなみに、早速ですが、1月4日の午後は、湯島カフェを開店します
よかったらお立ち寄りください。

2015年月1日1日 7時半

2014新しい年のはじまりに
2014年1月1日

またひとつ、年が明けました。
今年の初日の出はとても荘厳でした。

この数年、亜空間のなかを浮遊するような感じで過ごしています。
それに気づいたのが一昨年ですが、昨年もそこから抜け出られずに、いや抜け出ようという気にならずに、過ごしてしまいました。
妻を見送ってから、この「新しい年のはじまり」も、はじまりとはほど遠いことを書いてきているような気がします。

しかし、そうして浮遊している間に、社会はますます住みにくくなってきました。
それは、あまり時代にコミットせずに、浮遊する私にも伝わってきます。
しかし、社会の多くの人たちは、むしろそれを受け容れているような気もします。
私には、実におぞましい光景ですが、それこそが現代の幸福かもしれません。

昨年は、浮遊しながらも、そういうことに身震いし、後半は久しぶりにかなりの本を読みました。
時代を相対化するには、あるいは、自らの考えを確認するためには、さまざまな人が書いた本は参考になります。
そこに、自分とは違う、もうひとつの思考の軌跡をたどることができるからです。
そして、改めて、時代の先ゆえは、常に誰かに見えているものだと思いました。
社会が壊れだしている今の状況を予見していた人は、決して少なくないのです。
私が以前から見ている未来も、もしかしたら、ありえるかもしれないと思い出しています。
それは確かめようもないことではありますが、そう思えるようになったことは、私にはとても大きな意味があります。

以前、ブログに「見た人の責任」と言うようなことを書いたことがあります。
そこに困っている人がいたら、手を差しのべなければいけません。
少しでも未来が見えたのであれば、何かをしなければいけません。
しかし、見た事の、あるいは知った事の、どれを選ぶかはとても大切なことです。
だれにも手を差し出せば良いわけではない。
どれにでも行動を向ければ良いわけでもない。
昨年、学んだことが、このことです。
私はむしろ、物事に優劣の判断をつけない生き方を志向してきたのですが、それは間違っていたかもしれないと思い出しています。
偶然が必然なのではなく、必然が偶然なのかもしれません。

昨年は「流れに身を任す」生き方を意識しましたが、今年は、「流れに抗う」生き方を意識したいと思っています。
それが、もしかしたら、浮遊状況から抜け出す契機になるかもしれません。

ただ、今年も、正直に、誠実に、そして自分らしく生きようと思います。
カミユは、「自由とは嘘をつかぬ権利のことだ」と書いています。

今年もできるだけ東京の湯島天神の近くのオフィスには出かけようと思います。
この数年、「コモンズ空間」を目指して、できるだけ開放してきましたが、空間を開放することとコモンズを育てることは、別のことだと学ばせてもらいました。
今年は、私もできるだけ顔を出し、珈琲を淹れたいと思います。
近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
どなたでも歓迎です。
珈琲のおもてなししかできませんが。

いつかお会いできるのを楽しみにしています。

2014年1月1日

新しい年のはじまりに
2013


妻を見送ってから、6回目の新年です。
今日で、1948日目です。
妻がいなくなってから毎日、挽歌を書いていますので、日数がわかるのです。
妻は、私にとって「生きる意味」でしたから、こんなにも長く生きつづけられるとは思ってもいませんでした。

妻を見送る前には、年のはじめにでよく、宮沢賢治の次の言葉を書いていました。
 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
この言葉は、まさに私の生きる規範になっていました。
しかし、妻を見送ってしまうと、「幸福」という言葉には縁がなくなった気がして、この言葉は忘れてしまいがちでした。

昨年、宮沢賢治のもうひとつの言葉に出会いました。
賢治は、妹を深く愛していましたので、その妹が亡くなって以来、幸福など語れなくなっていたと思いますが、その先に、この思いを詩にしていました。

 ああ いとしくおもうものが
 そのままどこへ行ってしまったかわからないことが
 なんといういいことだろう

この思いが、銀河鉄道の夜へと発展するわけです。
ブログ「節子への挽歌」にも書きましたが、ここに込められているのは、「愛する人への深い思い」が「みんなの幸福」へとつながっていくことへの気づきです。

妻を見送ってから5年、いろいろと考えることがありました。
最初は、思考が浮遊していたに違いありません。
私の精神が安定しだしたのは、たぶん、昨年の夏くらいからです。
それ以前にお会いした人たちには、いろいろと失礼があったのではないかと気になります。
しかし、精神が浮遊している間に、さまざまな気づきがありました。
宮沢賢治も、たぶん妹との死別以来、同じような体験をしたにちがいありません。

昨年は、年初にやりたいことを宣言しましたが、実現できませんでした。
いまから考えると、それは必然的な結果でした。
ですから、今年は、流れに身を任そうと思います。
そして、これまでのように、正直に、誠実に、そして自分らしく生きようと思います。
浮遊していた魂に居場所をきちんとつくらなければいけません。
それに、正直に、誠実に、そして自分らしく生きていくことが、どうも私の使命ではないかと、この頃感じ出したのです。
そしてそれこそが、誰もが気持ちよく暮らせる社会、みんなの幸福への道ではないかと思えるようになってきました。
それが、節子と賢治から教えてもらったことです。

東京の湯島天神の近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
コーヒーのおもてなししかできませんが。
いつかお会いできるのを楽しみにしています。

近況報告

2013年1月1日
佐藤修