教育問題を考えるコーナー
これから編集して行きます。
まずは関連記事を集める事から始めました。
少しずつ集めていくと共に、書き込んでで行く予定です。

工事中です

■国際比較文化研究所の太田敬雄さん(2004年12月14日)
太田さんと久しぶりにゆっくりお話できました。
太田さんが取り組まれている榛名山麓みどりの大学構想がとても気になっていたのです。
これについては以前、簡単に書いたこともありますが、ホームページをご覧下さい。

太田さんは、学ぶ人の立場で大学を変えていきたいという思いで、この構想に取り組んでいるのです。
評論だけではなく、こうして実際に汗を出している人に出会うと本当に刺激を受けます。

たまたま、昨日、千葉のある老夫婦が10億円を日赤に寄付した話がテレビで話題になっていました。
なぜ日赤かと思いますが、できればこうした太田さんのような構想や半田さんの構想に寄付してもらえれば、
歴史は間違いなく変わるのですが、そうならないのが残念です。
コムケアでもせめて1億円もらえれば、流れが変えられます。
ミッションや思いのあるところに寄付は向けられてほしいものです。

太田さんとはほぼ同世代だと思うのですが、同じ世代の人と夢を語り合えるのはとてもうれしいです。
私が63歳になってもまだ何とか元気を出せるのは、まわりにこうした同世代人や先輩がいるからです。

半田さんの学びの構想と太田さんの大学構想の違いは、大学卒業の資格を保証するかどうかです。
それぞれに一長一短があります。
私はいずれにも魅力を感じましが、実は両者は同じ学びの場づくりを目指しながら、目的は全く違うのだろうと思います。
似ていますが、別のプロジェクトだということを今日、改めて実感しました。

太田さんは来年また、ひだまり交流会を開催してくださることになりました。
うれしいことです。


■super College of Tokyo
(2004年12月12日)
日本構想学会の大会の2日目のラウンドテーブルセッションはsuper College of Tokyoがテーマでした。
以前ご紹介した最学構想創業研究会のこれまでのまとめを発表し、議論しました。
目標とする学びの場の名称がsuper College of Tokyoと決まったのです。
研究会代表の半田さんの構想もかなり磨きがかかり、具体性が見えてきました。

基本概念はラーナーズ・コレクティブです。
つまり、学びたい人がお金を出しあって、自分たちの学びを実現する場を構築していく仕組みです。
たとえば、現在の大学に飽きたらない学生が100人集まって、1年間、学費(100万円として)を出しあえば、1億円集まります。
それで自分たちで話し合って、ゲストを招き、現場に出かけて行くわけです。
1億円あれば、かなりのことができるはずです。
問題がないわけではありませんが、求心力となるテーマやコンセプトはある程度まとまりつつあります。

私の発想にはぴったりの枠組みですが、
ワーカーズ・コレクティブでも実現は難しいですから、ラーナーズ・コレクティブはさらに難しいでしょう。

半田さんと私とは発想の方向もコアバリューも全く違います。
しかし、全く違うということは往々にして近似しているのです。
半田さんは構想から考えますが、私は構想に向けて考えます。
私は概念の起点から考えますが、半田さんは概念の現象から考えます。
議論すると必ずと言っていいほど、埋めがたい溝を感じます。
しかしだからこそ共感でき、関心が持てるのです。
実はこの構造は杉本泰治さんにもいつも感ずることなのですが。

半田さんは、コミュニケーションとは違いを認識することだといいます。
私は、その先をコミュニケーションと考えるのですが、違いのある人との話は刺激的です。
とても難しいのですが。

このセッションで、久しぶりに加藤誠也さんと会いました。
三浦さんと小山石さんの話がでました。
後でわかるのですが、この時にはすでに三浦さんは、どこかで私たちの話を聞いていたような気がします。


■真の学びの場づくり
(2004年5月11日)
日本構想学会の半田智久さんがやってきました。
半田さんは、今春から静岡大学に移籍されました。
半田さんのライフワークである、大学改革、学びの場づくりに取り組むためです。
しかし、現実はなかなか難しいようです。

半田さんは以前から「真の学びの場」を創出したと考えています。
今の大学は、決して学びの場にはなっていないと、半田さんは考えています。
考えているだけではありません。
これまで様々な実践を重ねてきています。
私も、そうした試みのいくつかに参加していますが、
とてもいい活動を重ねながら、しかし、そうした動きを広げられずにいます。
今のままではいつになっても実現しないのではないかという思いが強まってきているようです。

よくわかります。
私は、半田さんとは、考え方が違うところも多いのですが、
この思いと苛立ちはよくわかります。
新しい学びの場づくり研究会が始まれば、参加することにしました。
どこかの大学が場を与えてくれれば、簡単に解決する問題かもしれませんが、
それが難しいようです。

今の大学には教育者は不在なのでしょうか。
もし取り組めば、必ず発展するでしょうに。

■ 生きる力の源泉としての理科教育
(2004年3月8日)
その道の達人派遣事業のサポーターの一人である、前沢進さんがやってきました。
このプロジェクトをどう展開していくのかの意見交換です。
理科教育離れがますます進む中で、
理科教育振興予算は、三位一体の改革で地方へ委譲されるようです。
地方に予算が委譲されることはいいことですが、
今の状況ではビジョンのないままに、活動そのものがなくなるかもしれない、
という危機感を日本理科教育振興協会の倉地会長はお持ちです。
そうならないように、理科教育振興の動きを起こすことが必要だと前沢さんは考えています。
同感です。
それに、理科教育こそ、学びの原点ですから、これは学校の存続にも関わる問題です。
だれもそうは思っていないのでしょうが。

科学と社会を考える土曜講座というのを、もう10年以上も主催されている上田昌文さんの「開かれた理科教育に向けて」という、
とてもわかりやすい講演記録をネットでみつけました。
そこに、
理科離れというものを「国力」に即した方向で考えるのではなくて、もっと人間性に即して考えることが大事です。
と書かれています。
科学というジャングルの中で、私たちは今、「文明の中の野蛮人」だとも書いています。
ぜひお読みください。

教育は、個々人の「生きる力」を育てるものです。
生きる力の源泉は、自然の理解ではないかと思います。
しかし、今の教育は、
生きる力をそうは受け止めていないようです。
私が理科教育のあり方に関心を持ち出してきたのは、
環境と福祉に関わって、その延長に理科教育の大切さが見えてきたからです。

教育に関して、ベネッセが提案募集をしています。
久しぶりに応募してみようかと思います。

■その道の達人プロジェクト協力者会議(2004年2月10日)
以前、少し触れましたが、文部科学省では全国の学校に、
科学分野の達人を派遣していこうというプロジェクトをスタートさせました。
そのプロジェクトの協力者メンバーにさせてもらっています。
事務局は日本理科教育振興協会です。
私が関わらせてもらっている理由は、科学教育はもちろん、学校をもっと楽しい空間にしたいという思いです。
学ぶことや働くことの楽しさや喜びのない社会には未来は感じられません。
そして、いま、働くことも学ぶことも退屈になってきているように思います。

このプロジェクトは学校から大きく歓迎されたようで、予想の10倍ほどの申し込みがありました。
意外でした。多すぎるのはうれしい反面、形だけに走らざるを得なくなるという危険性もあります。
事務局は大変ですが、プロジェクトのミッションを忘れてはいけません。

協力者会議に参加させてもらったおかげで、現在の理科教育の問題点が少しだけ実感できました。
これまでも総合学習関係で、私も学校にささやかに接点がありましたが、
予想とおりの問題がありそうです。
先生が楽しんでいないという問題です。

科学教育の楽しさから入って、学校を楽しい空間にしていければとてもうれしいです。
私だけが場違いなメンバーなので、一度はやめようと伝えたのですが(これも先週のミスジャッジの一つです)、
継続して参加させてもらうことにしました。
何か新しい風を起こすお手伝いができるといいのですが。


■学校のパラダイム転換(2004年1月16日)
文部科学省が「その道の達人」派遣プロジェクトを進めていますが、
なぜか私もそれに協力させてもらっています。
今日は、その委員会もありました。
そこでの議論を聞いていて、これからの学校の可能性を逆にすごく強く感じ出しています。
このプロジェクトは来週から動き出しますが、間もなく新聞などでも報道が始まるでしょう。

学校を少し変えるだけで、状況は一変するのかもしれません。
15年前に会社を辞めた時には、学校が関心事でした。
当時は、義務教育を廃止して、もっと楽しく学べる場にしたらいいと思っていました。
義務が楽しくなるはずがありません。
その後、保育の世界に向いてしまったために、学校は少し関心から外れていました。

しばらく大阪で仕事をしていた近藤泰樹さんが東京に戻ってきました。
某大学でUI(大学のアイデンティティ)に取り組むそうです。

私もまた、学校の問題に取り組みたくなりました。
まわりでいろいろな動きが始まりそうです。