○コムケア活動と自殺防止活動の出会い
私は10年ほど前から、「大きな福祉」を理念に掲げたコムケア活動に取り組んでいます。
といっても、ほとんどの読者は、「大きな福祉」も「コムケア活動」も聞いたことのない言葉ではないかと思います。
「コムケア」は「コミュニティケア」の略ですが、この活動を始めたころはコミュニティケアといえば、「施設福祉」に対する「地域福祉」という使われ方がほとんどでした。それに、「コミュニティ」も「ケア」もさまざまな意味で使われる言葉ですから、その名前で活動を始めようとした時には反対する人が少なくありませんでした。
しかし、私はそこに「ある思い」を託しました。今となってはそう新鮮さはないのですが、「コミュニティ」を「重荷を背負いあう人のつながり」、「ケア」を一方向的な行為ではなく、「お互いに支え合う関係」と捉えたのです。
日本は一見、豊かになってきているようにみえて、何かとても大切なものが失われているのではないか、という思いが、そうしたことを考える背景にありました。失われたのは「人のつながり」と「支え合い」。そう考えて、それを回復することこそが、コミュニティケアではないかと考えたわけです。お互いに支え合う人のつながりの輪を広げていけば、もっとみんな暮らしやすくなるはずです。
幸いに住友生命が、私のその考えを受け入れてくれました。そして始まったのがコムケア活動なのです。当初は、住友生命から資金を提供してもらい、NPOを中心に資金助成活動を行いました。ただ、単に資金提供だけでなく、可能な範囲で重荷(問題)を共有していくことを目指しました。そのおかげで、福祉やNPOの実態ばかりでなく、日本の社会の実相が見えてきました。「お金」は、「つながり」や「支え合い」を育てもするが、壊すことがあることも知りました。
資金助成活動を始めてから4年目の2004年、2つの自殺問題に取り組むNPOが応募してきました。ライフリンクと心に響く文集・編集局でした。それがきっかけとなり、私は自殺問題にも関わらせてもらうことになりました。
当時すでに、日本での自殺者数が3万人を越えてから5年が過ぎていましたが、世間の関心はまださほど高かったわけではありません。しかし、その2つのNPOの立ち上げに取り組むライフリンクの清水さんと東尋坊の茂さんの熱意には大きく動かされました。お二人と話していて、「自殺」はまさに社会の実状を象徴するテーマであることに気づきました。
コムケア活動の理念は「大きな福祉」です。福祉というと私たちは介護だとか子育てなどの個別問題を思い出しがちですが、私たちの生活はそうしたさまざまな問題が絡み合って成り立っています。ですから、個別問題を見ていてもなかなか問題は解決しない。個別問題の解決はもちろん大切ですが、暮らしの視点から考えるともっと広い視野で考えることが必要です。そこで、「だれもが気持ちよく暮らせる社会づくり」に向けての活動をすべて「大きな福祉活動」と捉え、そういう活動をつなげ、みんなで一緒になって社会のあり方や私たちの生き方を考え直すことを理念にしたのです。
現象としての個別問題への取り組みではなく、そうした問題が起きないような、あるいはそうした問題があっても気持ちよく暮らせていけるような社会(人のつながり)を目指そうというわけです。
「だれもが気持ちよく暮らせる社会」では、自殺は起こりようがありません。ですから、コムケアの活動は基本的なところで、自殺対策に通じているのです。
○「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」
自殺対策に関しては、ライフリンクの活動もあって、この数年で世間の関心も高まり法制度も大きく変わりました。しかしせっかく法制度が整っても、肝心の社会の仕組みやそこで暮らしている私たちの生き方が変わらなければ、効果は出にくいでしょう。事実、法制度の高まりや世間の関心の高まりにもかかわらず、自殺者の数は減りません。
東尋坊の茂さんたちが水際で一生懸命にがんばっているのに、今の日本の社会は次から次へと茂さんたちの仕事を増やしてしまっているのです。そうした状況を変えるには、やはり私たちの生き方や社会の仕組みを考えないといけません。
ちょうどそう思っていたころに、東尋坊の茂さんから、社会全体で自殺の問題を考える仕組みをつくりたいという話があったのです。そこでコムケア活動で知り合っていた福山さんにも声をかけて始まったのが、「自殺のない社会づくりネットワーク」です。
2009年4月に、ネットワークづくりに向けての緊急集会を開催し、準備委員会を発足させました。以来、さまざまな活動に取り組みながら10月に自殺多発場所での活動者サミットを開催し、ネットワークは正式に立ち上がりました。
このネットワークの特徴は、人を基本にしたゆるやかなつながりということです。さまざまな活動をしている人たちが、いずれも個人の立場で参加しています。あまりにゆるやかなので、組織の実体が見えないといわれることもあります。しかし、参加している人たちは、それぞれに組織活動も含めて実践をしている人たちですから、誰かがこんなことをしたいと呼びかけるとさまざまな人が集まってくる。そうしただれもが使える「生きたネットワーク」を目指しています。私も、そしてコムケア活動も、そうしたネットワークの一端を担っているわけです。
そして、ともすれば「自殺」という文字に吸い込まれそうになるネットワークの活動に、できるだけ広い視野をもちこみ、さまざまな問題に取り組んでいる人たちとのつながりを広げていくことが、コムケア活動の事務局長でもある私の役割だと勝手に決めています。
○大きな福祉の理念での支え合う生き方の回復
私は自殺問題だけではなく、コムケアの「大きな福祉」の視点で、さまざまな分野の活動に関わらせてもらっていますが、いずれの問題でも活動していると必ず行きつくのが、「つながり」と「支え合い」です。
社会が抱える問題はさまざまですし、それらは時に関係のない問題のように思いがちですが、その根っこは同じです。子育て支援に取り組む人たちと話していても、伝統文化の問題に関わる人たちと話していても、いつの間にか同じような話になっていることを何回も体験しています。そういう体験をしていると、世の中のすべての問題はつながっているのだということに気づきます。
自殺問題の集まりへの参加を友人知人に呼びかけると、「自殺」という文字で腰が引けてしまう人が少なからずいます。自分とは関係のない「特別の問題」だと考える人が少なくないのです。しかし、少し話していくとそうではないことにみんな気がつきます。自殺は決して他人事の特別のことではないのです。私たちの生活のすぐ隣にある問題なのです。
これは自殺に限った話ではありません。私たちの生活はさまざまな問題が絡み合いながら展開されていますから、いつ何が起こっても不思議ではありません。自分とは無縁の話などないのです。そうした想像力をもつことができれば、私たちの生き方も、さらには社会のあり方も変わっていくはずです。しかし多くの人は、自らが実際にその問題に直面するまで気がつきません。「大きな福祉」の発想は、そうした想像力を持とうということでもあります。
「大きな福祉」のもう一つの意味は、社会とは誰かが誰かを支援することではなく、みんながお互いに支援し合っていることに気づくことでもあります。自殺のない社会づくりネットワークの交流会で、認知症のお母さんを世話している人が、実はお母さんの世話を通して自分が癒されていたことに気づいたという話をしてくれたことがありますが、支えていると思っていた相手から実は自分もまた支えられていたという体験はみなさんにもあると思います。人は必ず誰かによって支えられている。「支える」ということは、同時に「支えられる」ことでもあるのです。それに気づくと、世界は少し違って見えてくるはずです。
大きな福祉の活動は、それ自身が「自殺のない社会」に向けての活動です。茂さんがよくいうように、話を聴いてもらえる人がいるだけでいい。声をかけてくれる人がいるだけでいいのです。そうした人のつながりが、あまりに切れてしまっている。それが毎年3万人を超える人が自ら生命を絶っている社会の実状なのです。
自殺対策としていろいろと具体的な対策に取り組むことももちろん大切ですが、それ以上に大切なのは、人のつながりがしっかりとあって、お互いに支え合う文化がある社会をつくっていくことです。それが「大きな福祉」の視点での自殺問題への基本姿勢です。
まわりにちょっと気になる人がいたら声をかけていく。安心して心をひらける場を増やしていく。自殺対策には直接つながらないかもしれませんが、そうした取り組みがいつかきっと「自殺のない社会」をつくりだしていくはずです。
○お互いに気遣い合うことが自殺のない社会への第一歩
といっても、ただ「つながり」や「支え合い」が大事だというだけでは事態はなかなか変わらない。そこでこのネットワークでは、3つのサブシステムをつくっていくことにしました。
水際で自殺を食い止める茂さんたちのような人は「ゲートキーパー」と呼ばれています。そうした人たちのつながり、それが「ゲートキーパー・ネットワーク」です。次にゲートキーパーによって自殺を思いとどまった人たち、これを「フォワード」と呼ぶことにしました。前に向かって進んでいく人という思いを込めた命名です。そうした人たちの「フォワード・ネットワーク」。3つ目は、そのフォワードの自立を支援する人たち、「シェルター」のネットワークです。
東尋坊の茂さんは、すでに長年の活動によって、そうした3つのつながりの輪に支えられていました。それをもう少し見える形にし、それらを重ねてできたのが「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」です。
しかし実際にさまざまな活動をしてくると、これらの3つのサブシステムは、別々の存在ではないことがわかってきました。「夏のつどい」の報告にも出てきているように、フォワードの人たちこそが、最高のゲートキーパーやシェルターでもあるのです。シェルターの人たちはフォワードを支えているようで、実は自らもフォワードから元気をもらっている。そのように、お互いが状況によって入れ替わるような関係にあることがわかってきたのです。
つまり、このネットワークの仲間はみんな同じ立場にあるということです。今はたまたまゲートキーパーやフォワード、シェルターの役割を果たしているけれども、明日になればその立場は入れ替わっているかもしれません。でもこのネットワークには支えてくれる仲間がいる、そう思えればだれも安心できます。そんなような、立場を超えてつながり、支え合う仲間の輪が「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」なのです。
自殺者が一向に減らない現実の中で、自殺が多発している現場での自殺防止活動は重要です。しかしそうした活動が効果を上げていくためには、その活動を支えるシェルターの仕組みが社会になければいけません。せっかく茂さんが思いとどまらせても、その人をあたたかく包み込んで生活できるように支えていく仕組みがなければ、また同じ道に向かわざるを得なくなるかもしれません。それではいつになっても茂さんたちの仕事はなくなりません。
シェルターといっても難しいことではありません。もちろん暮らしの場や働く場を提供することは必要ですが、声をかけ、一緒に考えるだけでもいいのです。一緒に考えれば、何か知恵が出てくるかもしれません。
同時に、そもそも茂さんのところに行かなくてもいいような、支え合う人のつながりが広がっていくことです。となりの人のことをちょっと気遣いする生き方からはじめるのであれば、だれにでもできることです。各地でだれもが気楽に話し合えるような場をつくることも、そう難しいことではありません。それが広がれば、社会全体がシェルターになるでしょう。
もちろん実際に自殺を考えるような状況に陥った人には、こうしたゆるやかな取り組みは即効性をもたないかもしれません。しかし、どんな場合であろうと自分のことを気にしてくれる人がいると思えるかどうかはとても大切なことです。そうした「支え合う文化」を社会に広げていくことが、本当の意味での「自殺のない社会づくり」ではないかと思います。
そんな「自殺のない社会」に向けての、新しい一歩が、このネットワークで始まったような気がします。
佐藤修(コムケアセンター事務局長)2010年2月作成