対話の時代

「技術と経済」1989年7月〜12月連載

 

〔対話の時代/1〕

●喧騒の時代から対話の時代へ      

 

 レイチェル・カーソンが名著『沈黙の春』で環境汚染を告発したのは、一九六二年だっ

た。彼女は、優れたジャーナリストの五感で、科学技術をベースとした現代が選択しよう

としている社会の行く末を語ることにより、時代に大きな影響を与えた。私たちの行き過

ぎた生態系への干渉の結果、春にさえずる鳥たちは空になく、海や河川には泳ぐ魚も見え

ず、地もまた彩りのない灰色の静寂が覆うという「沈黙の春」は、決してあり得ないこと

ではない。そのリアリティの故に、この一冊の本は時代を変える力を持っていた。

 時代は少しずつではあるが、変わりつつある。幸いなことに、春のさえずりは今なお、

私たちのまわりにある。木々や花たちの華やかな装いもある。自然との共存の姿勢は強ま

っている。

 しかし、『沈黙の危機』がなくなったわけではない。科学技術の楽観主義の正しさが確

認されたわけでもなく、緩和され先延ばしになったに過ぎない問題は多いし、新たな問題

も発生している。『自然の沈黙化』は、今なおゆっくりと進行しているのかもしれない。

  もっとも、現実の社会はにぎやかになる一方である。沈黙どころか、現代は『喧騒の時

代』になってしまった。自然の沈黙化を覆い隠すように文化の喧騒化が進んでいる。春の

にぎやかさ、華やかさの主役は、今では鳥たちや花たちからファッションやイベントにと

ってかわられつつある。そうした喧騒の中で、私たちは事態の本質を見失っているおそれ

が強い。

 『情報化』という看板を得たせいか、最近、あらゆるものが騒々しく語り始めだした。

いわゆる情報発信である。例えば街に出てみよう。華やかで意味ありげな建物やストリー

トファニチャ。看板やサインも一時ほど無秩序ではなくなったものの、情報発信の強さは

高まっている。街を歩く人達もまた、様々な個性とライフスタイルを発信し、聞き耳をた

てるまでもなく街は情報で充満している。

 家の中でも事態はそう違うわけではない。AV機器やメールを通じて世界中の情報が、

次々と、時には瞬時にして入り込んできている。このにぎやかさの中では、近くの春が仮

に沈黙していても気がつかないだろう。

 『喧騒』が悪いわけではない。問題は、それぞれがバラバラに、しかも一方的に相手か

まわず語っていることである。そこには『対話』も『コミュニケーション』もない。情報

発信はあっても受信者に対する気づかいは非常に少ない。自らの情報受信への関心も低い

。『通信白書』によると、情報供給に対する情報消費の比率は年々低下しており、その比

率も5%を切りつつあるという。 情報化とは情報発信が増加することではない。今、必

要なことは情報発信ではなく情報受信であり、語ることではなく聴くことではないか。情

報発信は喧騒をつくっても対話をつくるとは限らない。対話は語ることから始まるのでは

なく、聴くことから始まる。そろそろ,私たちも、『喧騒の時代』から『対話の時代』へ

と進むべき時期だろう。

 もちろん、既に様々なところで新しい『対話』が始まっている。政治の分野では国際的

な対話が、科学技術の世界では学際的な対話が、そして経済や文化の面でも様々な対話が

課題になっている。だが、どうも情報発信にこだわりがちで、きちんとした対話が成立し

ているケースは少ないのではないか。『対話の精神』を改めて確認する必要がある。

 自然との対話はどうであろうか。近年の異常気象は、「沈黙の春」を思い出させるが、

それを通して発せられている自然からのメッセージを、私たちはもっと真剣に考えなけれ

ばならないのではなかろうか。

 現在、話題となっているリゾート開発や「ふるさと創生」の動きは、自然との関わり方

を考え直す絶好のチャンスである。一方的に自然に働きかけるだけではなく、自然とのき

ちんとした対話に基づいて取り組んでいくことが望まれる。しかし、現実は対話不在のま

ま、これまでの延長線上を進んでいるように思われる。もし、そうであるならば、にぎや

かなリゾート狂想曲やふるさとのど自慢大会の喧騒の後には、悔いと荒廃しか残らない。

針路を変えなくてはならない。

 その第一歩は,おそらく私たち一人ひとりの生き方の問い直しから始まるのであろう。

まず身近な自然に耳を傾けてみよう。間違いなく、たくさんのことが発見できるはずであ

る。対話の方策も見つかるに違いない。

                                       


〔対話の時代/2〕

●街こそ科学技術者にとっての研究所         

 

 科学技術が次々と街や家の中にとびこんできた。今では“ハイテク”を駆使した夥しい

種類の家電製品や生活用具が私たちの周りに満ち溢れている。そして、かつては科学技術

と最も縁遠い存在だった主婦たちが科学技術の最も近しい使い手になり、勉強嫌いの子供

たちも科学技術とは良い遊び仲間になっている。

 言うまでもなく、科学と技術とは歴史を異にし、かつてはほとんど対話のない別々の世

界のものであった。それを結びつけたところに西欧近代が歴史を制覇した力の源泉がある

。その科学技術が、今や互いに手をとりあって、私たちの生活との繋がりを広げ深め、街

にくり出してきたのである。

 一方、科学者や技術者はどうだろうか。今でも“町の発明家”はいないわけではないが

、いわゆる科学技術の専門家たちは、研究所や企業などに取り込まれてしまい、あまり街

中を歩いていないような気がする。

 昔、『私作る人、あなた食べる人』という広告があった。作り手と使い手、つまり生産

者と消費者とが別々の存在であることが当然と思われていた時代が、つい少し前まであっ

た。物が不足し環境が豊かな状況の中では、そうした行き方が良いように思われた。しか

し、それは様々な問題を引き起こした。環境破壊や資源浪費、そして人間阻害。コミュニ

ティの荒廃も、その一つの結果と言えるだろう。その反省から最近では生産者と消費者を

統合した「プロシューマー」や「生活者」という言葉が使われだし、企業の姿勢も変わっ

てきた。

 企業では技術者とマーケッタとが対話を始め、事業開発や商品開発に共同で取り組むケ

ースが増えているが、さらにお客様や社会との対話の場としてショールームが再び注目さ

れてきている。現在のショールームの多くは単に商品や科学技術を論理的に陳列しただけ

の退屈な空間になっているが、ここを新しい事業や文化の創造につながるようなドラマテ

ィックな対話の場にしようという試みも始まっている。『対話の時代』の企業経営にとっ

て、これは極めて重要な戦略である。

 科学者や技術者も、こうした試みにもっと関心を持つ必要がある。研究所や工場だけを

自分たちの舞台と考えずに、街と触れ合う場としてのショールームに出てきてほしい。そ

れも、そこに「作品」を並べるだけではなく、自分の発見した知見や開発した技術をあり

のままに開陳し、関心を持ってくれた人たちと共に大きく育てていく「対話」の場にして

ほしい。折角の成果を模倣されるかもしれないが、得ることのほうが大きい筈である。独

りで考えている時代はもう終わった。「対話」を通してショールームは新しい研究所にな

るかもしれない。

 これまで企業機密の聖地とされていた企業の研究所や技術部門のあり方も見直す必要が

ある。研究や技術開発を企業内で秘密裏に行う時代も終わった。むしろ外部とのコミュニ

ケーションの場として、研究所を積極的に社会に開放していったらどうだろうか。研究所

をショールームにしてしまったらどうか。企業機密の問題もないとは言わないが、実際に

はそんなものはほとんどなくなりつつある。むしろ、自らの技術や科学をどんどん見せて

外部の反応や情報を得ていくほうが有利ではないか。

 科学技術の先端での専門化はますます進んでいるが、それを活用する応用部分はますま

すホリスティックな生活の視点が必要になってきている。掘り下げて発見した宝も使われ

なければ意味がない。先端技術を追う企業には、現在、多くの科学的知見や技術が死蔵さ

れているのではないか。そうしたデッド・テクノロジーの多くが外の風に当たることによ

り蘇るかもしれない。企業にとっても社会にとっても、それは極めて価値がある。

 研究者にとって必要な対話は、狭い仲間内のそれではなく、異質な人たちとの、それも

科学技術などを意識していない人たちとの、本音での対話であろう。そうした対話の場に

科学者や技術者はもっと積極的に出ていかなければならない。いや,むしろ自らの手でそ

うした場や仕組みを創っていかねばならない。科学技術と生活とのきちんとした対話の場

、科学技術にとってのホリスティックな情報受発信のスペースや仕組みが、企業にとって

も、社会にとっても必要になってきている。

 やや大仰に言えば、科学と技術との対話が工業を興したように、科学技術と生活との対

話が新しい社会(超工業化社会)の引き金になるのではないか。ショールームはその震源

地になりうる面白い場である。

 ソフト分野や感性分野でのクリエイティブ・スタッフたちは、既に特定の企業に従属せ

ずに、複数の企業と緩やかなネットワークを組みながら「対話」の輪を広げ、自分たちの

役割を高め始めている。科学者や技術者たちも、もっと軽やかなネットワークを考えるべ

き時期にきている。

                                     


〔対話の時代/3〕

   学際的対話から知のフュージョンへ

 

 産業界では「グローバリゼーション」が時代の合言葉になっている。ひと昔前までの「

国際化」と違い、グローバリゼーションには「国」という前提がない。つまり「地球化」

であり「世界化」である。国家間の貿易摩擦はますます厳しくなるきらいもあるが、これ

はむしろ政治の話であり、経済においてはボーダーレス化が急速に進んでいる。

 「国際化」と「世界化」は一見似ているが、発想の本質は全く異なる。混同してしまう

ととんでもないことになりかねない。重要なことは、「国家」というこれまでの枠組みが

消滅しつつあるということである。国家を通して対話するのではなく、人と人、都市と都

市、企業と企業が、直接対話を始めたのである。

 「学際的」という言葉もある。登場してからもう三十年くらいたつであろうか。あまり

に専門化したために現実対応力を失った学問(知)への反省として、諸学問の学際的対話

は次第に盛んになってきている。

 しかし、学際的成果もよく観察すると、自らの発言力を高めるために隣接する学問の知

見の一部を活用しているだけであったりすることも少なくない。ある学問分野における方

法論を、対象を全く変えて適用したり、既存の学問体系の境界領域の隙間に新しい学問分

野を開発したりするケースも多く、異なる学問の名称をただ連ねただけの新しい学問も次

々とつくられている。もちろん、それはそれで十分意義のあることである。しかし、自ら

の専門領域をますます狭め掘り下げる発想が依然強く存在していることが気になる。

 現実の世界は常に単一の分野の知識で解けるほど単純ではない。現実社会の複雑な問題

を解くためには、様々な分野の学問や専門知識が必要なことは当然である。学際的アプロ

ーチが重要視されることは,学問(科学)と技術とがつながったことの必然的な結果と言

ってよい。技術がより有効であろうとすれば、多様な学問との学際的対話が必要だろうし

、学問(知)がより有効になろうとすれば,技術との結びつきを強めなければならないか

らである。

 しかし、そうした「学際的」発想では対応できないような状況が、いま出現している。

「国際化」の前提である国境が無くなり、グローバリゼーションの名の下に世界の新しい

構造化が始まっているように、学問の世界においても、これまでの「学問体系」の境界が

消滅し、新しい「知の体系」の構造化が求められている。

 そもそも現在の知(学問)の体系の主流は、基本的には西欧近代のデカルト的な世界の

中で構築されてきたものである。物質と精神は明確に峻別され、特に、物質を対象とした

学問は「要素還元主義」という有力な方法論を採用して目覚ましい発展を遂げた。そうし

て生まれた「近代科学」は、さらに「技術」とつながることによって大きく現実に関わり

始める。そして同時に、その領域を拡大してきた。例えば、今や生命さえも分子(物質)

の配列によって説明されるようになっている。遺伝子工学の発展は新しい生命の創造(技

術)さえ予感させる。

 これまで異なる道を歩んできた物理科学と生物科学が、分子レベルで結ばれ学際的対話

を始めたが、こうした動きはさらに社会科学や人文科学へと広がるかもしれない。タコツ

ボに籠もりがちな学問の世界も、まさに「対話の時代」に入りつつある。

 だが、もし「知の体系」そのものが見直しを迫られているとしたら、これまでの体系を

前提とした学際的対話で良いのだろうか。なまじ専門を背負っているために、古い「知」

に縛られることはないだろうか。それは国際化の名の下に特定の国家の利益が追求される

状況を思い起こさせる。今必要なことは、学際的対話を超えることかもしれない。生命が

分子で説明されたからといって、生命そのものの理解が深まったわけではないことに気づ

くべきかもしれない。事実、そこにこそ現代の科学技術の苛立ちがある。

 西欧近代と東洋精神とが重なる歴史を持つスペインのコルドバで<科学と意識>をテー

マにしたシンポジウムが開かれたのは一九七九年である。以来、新しい知の体系への関心

は高まり、技術も含めて知の世界のリストラクチャリングが始まっている。この動きは一

見「学際的」と似ているが、本質的に次元の異なるものである。

 最近、原発賛否の論議が盛んであるが、かなりの時間を費やして議論しているにもかか

わらず対話が成立していないことが多い。その理由の一つは、それぞれの立場の人達がこ

れまでの知の枠組みにこだわっているためではないかと思う。知の専門家達は一度自らの

専門分野から自由になって、思い切った「フュージョン(融合)」を試みたらどうだろう

か。

                                       


〔対話の時代/4〕

●企業の対話力にとっての二つのパフォーマンス

 

 時代の変化はそこに生きる人々の役割や考え方の変化を求める。集団や組織も時代に合

わせて自らの役割を革新していかなければ、社会にとっての存在意義を失ってしまうだろ

う。最近の産業界のリストラクチャリングやCIのブームは、時代の激変の必然的な結果

である。決してつくられたブームではない。

 新しい役割は社会との対話を通して発見される。人も組織も、所詮は社会の子であり、

自分だけで自らの役割を決めることは難しい。特に、今のように時代が大きく変わろうと

している状況の中では、自分だけの発想では新しい役割は見えてこない。

 企業にとって、時代に合った役割を発見することは業績に直結している。ビジネスの世

界では社会に役立って始めて収益が得られるのであって、役割の誤認は倒産につながって

いく。

 もちろん企業は、社会とのコミュニケーションに無関心なわけではない。むしろ非常に

関心を持っているといってよい。氾濫する広告宣伝、市場調査やトレンド分析への熱意、

それらにかける費用の巨大さを考えれば、その関心の高さが分かろうというものである。

 だが残念ながらそこには「対話」の精神は希薄である。確かにテレビや新聞などを通し

て、毎日、膨大な宣伝広告が企業から出されているが、それらは一体誰に向けてメッセー

ジしているのか分からないものが多い。誰彼構わずに、ただ一方的に情報発信している姿

は、かつての学生運動のアジ演説や右翼のやかましい宣伝カーとそう大きな違いはない。

 情報受信にも対話の精神は乏しい。企業のマーケターにとっての関心は市場に関する統

計であり、冷たく客観化した消費者分析である。モニター制度やタウンウォッチングなど

で一見対話を求めることもあるが、そこでの雰囲気も「対話」ではなく「観察」と言って

よい。観察からは対話は始まらない。

 さらに問題は、情報発信(広報宣伝活動)と情報受信(環境認識)とが別々に行われが

ちなことである。双方向という言葉はよく言われるが、現実にはほとんどが一方向的であ

り、対話以前の状況と言ってよい。

 こうしたことでは、企業のコミュニケーション力が高まるはずがない。そこで物量作戦

になるわけである。そして目と耳を塞ぎたくなるような大量の情報発信が、社会に氾濫す

ることになる。毎日、アジ演説を聞いていれば、時にはフラフラとしてしまう人もいるだ

ろう。

 しかし、それでいいのだろうか。もし企業が今、自らの役割を問い直す必要があるので

あれば、そうした一方的な情報受発信ではなく、しっかりした社会との対話を始めなけれ

ばならないのではないか。短期的には刺激的な情報発信で引っ張っていけるとしても、長

期的な業績は企業の対話力によって決まるのではないだろうか。

 

 企業の対話力にとって、ふたつの「パフォーマンス」が重要である。ひとつは「コスト

/パフォーマンス」と言われるそれである。性能や効果、あるいは業績という意味でのパ

フォーマンスであり、その重要性は今に始まったわけではない。それは、誠実な対話の基

本であり、ビジネスの基本と言っても良い。しかし、この意味でのパフォーマンスが、ビ

ジネスのすべてであった時代は終わりつつある。

 「ストリート・パフォーマンス」という言葉があるが、パフォーマンスには、演技や身

体的行為による表現の意味がある。これからの企業にとっては、これまでのような固い意

味でのパフォーマンスだけではなく、演技という意味でのパフォーマンスが必要になって

きている。原宿竹の子族のパフォーマーたちが、社会と対話していたかどうかは異論もあ

ろうが、少なくとも多くの人を集め立ち止まらせたことは否定できない。パフォーマーた

ちは、決められたシナリオ通りに演技するのではない。状況の中で、周囲と反応しながら

自己を表現していく。まさに軽やかに「対話」しているのであり、しかも対話しながら自

らを変革させている。

 これからの企業は、こうした二つの意味を前提とした「ハイ・パフォーマンス企業」に

ならなければならない。言い換えれば、それは誠実な対話力と軽やかな対話力とを持つと

いうことである。そして、対話の課程で自らもまた変革していくということである。

 情報技術は急速に進歩しているが、それに比例して対話技術が進歩しているわけではな

い。情報技術を追いかけることも大切だが、自らの対話力を高めることも忘れてはならな

い。                

                                       


〔対話の時代/5〕

       自己変革こそ対話の原点

 

 科学や技術をめぐる論争は、「知」の論争である以上に「情」の論争であることが多い

。それは、なにもガリレオ以前の話ではない。最近のバイオテクノロジー、オゾン、エネ

ルギーなどの問題の周辺にはたくさんの人間ドラマがあふれている。科学や技術は決して

「客観的な知識」だけに基づいて議論されるわけではなく、多くは「主観的な思い」によ

って議論されるといってよい。最近の原発論争は、その典型的なケースである。

 テレビで原発をめぐる長時間の討論会が数回行われているが、そこには対話やコミュニ

ケーションはほとんどない。コミュニケーションのないところに、討論も論争も成立する

はずがなく、討論会の形をとった発表会でしかない。そこで語られているのは、発言者そ

れぞれの極めて主観的な原発観であり、発言者自身の人柄や生き方である。一見、討論し

ているようであるが、相手とは無関係にただ話したいことを話しているだけである。当然

、知の噛み合いは発生せず、そこからはほとんど何も創造されない。

 企業も人も、これまで付き合う必要のなかった異質な集団や人との付き合いが必要にな

ってきている。様々なところで、新しいコミュニケーション活動が行われはじめているが

、現実は「原発論争的コミュニケーション」が多いのではないか。それでは如何に時間を

かけようと不毛の時間である。お互いの違いを明らかにすることによって、ますます付き

合いが閉ざされるという結果になりかねない。違いを明確にすることは、論争にとって意

味のあることではあるが、それはあくまでもお互いのコミュニケーションのための手段で

ありプロセスであって、論争から新しいものが創造できないのであれば、そんな論争はや

めたほうがよい。

 コミュニケーションとは、お互いに共有できる世界を増やしていくことと考えてよい。

知識レベルでも価値観でも、とにかく共有することがポイントである。自分の考えや知識

を単に相手に向けて発言することでコミュニケーションが成立するわけではない。

 どうしたら共有部分を増やせるか。「原発論争」の不毛さは、それぞれの主張を持った

人が、自分の価値観や評価基準を相手側に持たせることにのみ、熱意を持っていることに

ある。いずれの陣営も、自分の世界に相手を引き込むことによって共有部分を広げようと

しているわけであるから、結果としては共有部分は広がらず、コミュニケーションは成立

しない。見ている分には、それぞれの人柄が露呈して面白いのであるが(だから試聴率も

高かった)、論争としては退屈としかいいようがない。

 コミュニケーションとは、自分の意見や知識を主張して相手を変えることではなく、相

手の意見や知識を聴き込んで自分を変えることではないか。自分が変わることによって、

相手との共有部分を増やすことが必要だろう。しかし、現実には、コミュニケーションと

称して自分の意見をおしつけるケースが少なくない。自分に変わる用意がなくて、なぜ相

手が変わることを期待できるのか。自分が変わることが、相手との関係や状況を変え、相

手を変えていくことに気がつかなくてはならない。

 コミュニケーションのケースとして質量ともに圧倒的な経験の蓄積が行われたものの一

つに、東西の軍縮問題がある。最初は相手を変えるための「エスカレーション理論」が幅

をきかせ、続いて相互話し合いによる同時軍縮が議論されたが、最近では一方的にまず自

分が軍縮をするという行動が現実のものとなってきている。ここに、凝縮されたコミュニ

ケーションのモデルを学ぶことができる。

 アメリカがまだベトナム戦争をエスカレートしようとしている最中に、この「一方的イ

ニシアティブによる軍縮理論」を提案したチャールス・オスグッドは、「人にしてほしい

ことは、まず自分でせよ」という人間社会古来の黄金律を発想の原点としてあげている。

まさにこれがコミュニケーションの出発点である。

 コミュニケーションには、関係を維持するコミュニケーションと関係を変えるコミュニ

ケーションがある。時代の変わり目に必要なのは関係を変えるコミュニケーションである

が、それにはまず自分を変える勇気を持つことである。その勇気があれば、守りのためで

はない創造のための論争が可能となり、「知」の論争も実現できるだろう。

 科学や技術が生活と深く関わってきている現在、形だけではなく、コミュニケーション

をベースとした創造的な科学技術論争が実現できないものだろうか。

 原発論争は、その絶好のチャンスである。「情」のドラマで終わらせるにはもったいな

いのだが。

                                       


〔対話の時代/6〕

   歴史からのメッセージ,未来へのメッセージ

 

 昨年、シルクロードの秘境楼蘭を訪れたテレビ朝日プロデューサーの田川一郎さんに、

『楼蘭のにおいはどんなでしたか』とおたずねしたところ、『とても風がおいしかった。

いろいろな汚いものに触りながら吹いてくる都会の風とは全く違う』ということだった。

我々は未来に対して,どのようなにおいを残しているのだろうか。

 

 歴史が雄弁に語り始めた。全国的な開発ブームのおかげで、埋もれていた史跡が次々と

姿を見せ、これまでの歴史像に異論を唱え出したり、確認を与えたりしてきている。それ

に呼応して、多くの人が歴史との対話に加わり始めている。対話は一方的な情報発信では

ない。受け手がいなければ、いくら声高に語ろうと対話は成立せずに実態は何ら変化しな

い。

 幸い、史跡の語りには多くの人が耳を傾け、対話の受け手となり語り手となりつつある

。だからこそ、これだけ多くの語りが始まっているのだろう。耳を傾けてももらえずに、

開発の波に消えていった史跡も少なくなかったし、今も少なくないだろう。しかし対話の

成立は多くなっている。吉野ケ里遺跡は日本の古代の風景を大きく変えようとしているし

、一枚の木簡が実在を疑われそうになっていた人物をイキイキと蘇生させた例もある。

 もっとも、最近ではあまりに語り手が多すぎて、関係者は困りぬいているようである。

語りだしたのに、再び口を封じられている史跡や歴史遺産も少なくない。

 歴史との対話に果たす技術の役割は大きい。技術は我々の目と耳を大きくしている。X

線が稲荷山古墳出土の鉄剣の銘文に気付かせてくれたし、探査技術の発達は隠された遺跡

を次々と顕在化させてきている。技術の発展は、歴史を様々な意味で破壊し断絶させてい

るが、歴史との対話には大きく貢献している。歴史にちりばめられたメッセージは無限に

ある。それを抹消するのも技術ならば、顕在化するのもまた、技術である。

 歴史は過去にあるだけではない。芭蕉は「月日は百代の過客」と表現したが、我々の未

来にもまた歴史はある。その未来の歴史からも多くのメッセージが届き始めている。最近

の地球環境問題はその典型であろう。

 未来からの語りに気づかせてくれたものの一つは、ローマクラブのレポート『成長の限

界』であった。昭和40年代の環境問題の高まりの中で人々は未来への関心を高めてはいた

が、意識的に対話を始めたのはこの報告書以来ではなかったかと思う。しかも、それは世

界的な広がりのある対話へとつながっていく。

 地球環境問題は、もちろん過去の歴史からのメッセージでもある。酸性雨やオゾンホー

ルは、我々の歴史の結果であり遺跡である。吉野ケ里が時を超えて出現したのと同じと言

ってもよい。時をつないで存在しているにもかかわらず、対話の受け手が耳を傾けないた

めに対話が成立されなかったにすぎない。

 十数年前に、米国を舞台に起こった「オゾン戦争」は聞き手不充分のために対話は持続

せず、学者たちの論争に終始した感がある。もちろん、それがオゾンへの関心を高め、具

体的な行動変革の契機にはなったのだが、あまりに論争的であった故に数年を無駄にして

しまっている。おそらく、我々は同じ過ちを今も繰り返しているのであろう。その可能性

のある話題には事欠かない。

 対話は言い合いではない。創造行為である。創造のない言い合いは、時に罵りあいとな

り、一方は口を封じられてしまいかねない。折角語り出したのに口を封じられているもの

がなければいいのだが、その確信はとても持てない。

 歴史からのメッセージを通して、我々は未来と語りあうことを知った。現在の技術を以

てすれば、我々の過去と現在がいかなる未来を実現するのかは、かなりの精度で見えてく

るはずである。その未来が、今の我々に何を語っているかも聞こえくるだろう。未来との

対話が成立する条件は整備されつつある。

 歴史は学ぶためにだけあるわけではない。歴史はまた、創るためにもある。我々の意思

と活動が歴史を創っていく。我々は過去に対して、また未来に対して、一体どのような情

報を受信し発信しているのであろうか。果たして対話は成立しているのであろうか。

 ノイズの多い現代を、喧騒の時代から対話の時代へと変換していくために、技術の力も

借りながら、我々は対話力を高め、もっと積極的に歴史と対話しなければならない。歴史

を創っていかなければならない。