■ 障害も能力――人間観の転換
(「音のない記憶」書評 『人材教育』2000年3月号)

 人間の能力の捉え方にはふたつの視点がある。「何ができるか」とい
う視点と「何ができないか」という視点である。能力という以上、大切
なのは当然前者だが、なぜか企業における人材教育や人材活用において
は後者で発想しがちである。私たちの日常の発想でも、ともすると後者
の視点になっていることが多い。
 社会福祉法人太陽の家とオムロンの合弁会社であるオムロン太陽電機
の工場を見せてもらったことがある。感激した。重度の障害を持つ人た
ちが見事に製造ラインを構成していたからである。まさに後者の発想に
もとづく工場づくりだった。
 『音のない記憶』は、井上孝治という聾唖の写真家の生涯を丹念に追
跡した評伝だが、この本には「人の能力」に関する実にさまざまなメッ
セージがこめられている。
 井上孝治は、日本ではあまり知られていないが、フランスのアルル国
際写真展に招待されるなど、世界的に実力を認められたアマチュア写真
家だった。大正8年に生まれた井上は3歳の時に事故で聴覚を失った。
そこからドラマが始まっていく。
 著者は「彼の障害も、実は写真を撮るうえではプラスに働いていたの
ではないか」と言う。「障害」という言葉には否定的な意味合いがある
が、決してマイナスだけではないことに気づかされる。固定的な障害者
観のために、その人の能力に気づけないことは少なくない。それは人材
教育や人材活用を考える場合にも当然あてはまる。「何ができるか」と
いう積極的な視点で考えれば全く違った人間像が見えてくる。その「で
きること」を活かし磨く組織になれば、企業は元気になっていく。
 作品から伝わってくる、あたたかさと面白さについても、考えさせら
れる。作品を見た福岡シティ銀行の四島頭取は「不自由な人のなんとひ
ろやかな自由な心」と感心したが、そこにもまた障害者観(人間観)の
見直しの契機が含まれている。
 聾唖の井上との取材などを通して著者がコミュニケーションについて
語っていることも含意に富む。
 仕事の合間に、是非一読されることをお勧めしたい。