■パンとサーカス
古代ローマでは、「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」が無償で市民に提供し、市民の政治的関心を封じ込め自らの権力を維持するということが一般的だった。市民もまたそうした状況の中で骨抜きにされ、安楽な生活に慣れていってしまった。
そうした「パンとサーカス」政策が可能だったのは、地中海世界を支配し、広大な属州から莫大な富を搾取する仕組みがあったからだ。それが失われにつれて、ローマは滅んでいくことになる。
しかし、パンとサーカスを無償で与えられることを常態化した時に、ローマの歴史は終わったといっていい。
これは生態系でよくいわれる植生遷移を思わせる。パンとサーカスが無償になるということは、人間社会の極相であり、おわりでもある。
パンは(最近の自称グルメ族に象徴されるように)餌でしかなく、サーカスは(ハンマーカンマーに象徴されるように)思考停止剤でしかない。
その社会を構成しているのは、権力者の家畜でしかないが、その権力者もまた無機的な仕組みの家畜と言っていい。
その一員としては、そこからの脱却はかなりの勇気が必要であり、私のように、知らないうちに「ゆでがえる」のように人生が終わっていることが多いと思われる。