改革を考える
ブログも時評編で10回シリーズで書いたものです。

〔1〕なぜ改革は達成されないのか(2014年9月13日)
20世紀末から21世紀にかけて、さまざまな分野で「改革」が叫ばれてきました。
政治改革、行政改革、司法改革、教育改革、医療改革、経営改革など、いささか聞き飽きた感があります。
しかし、残念ながら、改革が実現したという話は聞いたことがありません。
なぜでしょうか。
私には、それは当然のことのように思えます。
そもそも最初から「改革」などしようとしていなかったからです。

こんな言い方をすると、身も蓋もないのですが、そう思っています。
以前、仕事で関わっていた企業変革に関してもそう思っていました。
それに関しては、大昔、雑文を書きましたが、変革や改革は「その気」になれば簡単ですが、「その気」になることが大変なのです。
企業を変えるのは簡単です。変えるつもりがあればですが。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kigyouhennkaku1.htm

現状に満足していない人たちは「改革」という言葉に踊らされがちです。
逆に言えば、「改革」が魅力的な言葉として受け入れられるのは、現状に満足していない人が多いということでもあります。
しかし、どんな状況においても、実際には現状に満足していない人と満足している人がいます。
言うまでもないでしょうが、「改革」を望むのは満足していない人ですが、多くの場合、その状況を創り出し、その状況の中で利益を得ている人たち、つまり体制のリーダー層から「改革」を呼びかけられることが多いのです。
なぜなら、不満を持っている人たちに対して、とても「受けの良い」言葉だからです。
だから、「改革」は単なる希望を与え支配下に置くためのスローガンになりやすいのです。

満足していない人たちからの改革の声は、「革命」と言われます。
革命は、「既成の制度や価値などを根本的に改革すること」です。
つまり、根本的に改革することが革命なのです。
言い換えれば、根本的に変えない改革があるということです。
さらに言えば、現状維持のための「改革論」があるということです。

根本的とはどういうことか。
私は「パラダイム」を変えるということだろうと思います。
パラダイムとは思考する枠組みの基本原理です。
私のホームページやブログの基本的な視座は、すべて「人間起点」、それも表情ある「個人起点」を目指しています。
それは、私の生き方でもあります。
26年前に会社を辞めた時に、私は生き方のパラダイムを変えたつもりです。

その視点から考えると、世間で言われている改革の多くは、既成の枠組みの中での弥縫策、いやむしろ保全策に感じられます。
例えば、前にも書きましたが、司法改革は、権力者の自衛策の司法パラダイムから抜けていませんし、行政改革は目的不在の手続きパラダイムから抜けていません。
医療改革のような、具体的な分野でも、医療そのものの役割の見直しまでには視野が届かずに、狭義の医療防衛の視野狭窄から抜けていません。
経営改革には企業の意味の問い直しが欠落していますし、教育改革は相変わらず人間を道具とする訓練志向に凝り固まっています。

私の友人の川本さんが、「右傾化に打ち克つ新たな思想」という本を出しましたが、その根底にあるのは「人間を起点とした社会哲学」です。
私が考えている「人間起点の発想」と通ずるところがあるので、川本さんにお願いして、「人間を起点とした社会哲学」のサロンを開催しました。
それが契機になって、「ちょっとハードなカフェサロン」が始まりました。
今日はその3回目です。
今日のテーマは医療と生命倫理にかかわるものですが、この継続サロンで、「人間を起点とした社会」を考えていきたいと思っています。
関心のある方はご連絡ください。

明日から少し「改革」に関する私見を2〜3回書いてみようと思います。
1回で終わるかもしれませんが。

〔2〕医療の何が「改革」されるべきか(2014年9月14日)
改革シリーズの最初は「医療を取り上げたいと思います。
昨日、小児外科医の松永さんに、「運命の子 トリソミー」のお話をしていただき、それをもとに話し合うサロンをやったばかりですので、そこで考えたことなども少し書きたいと思います。

私は以前から、医師中心の医療に疑問を持っています。
たとえば、2002年にホームページに医療のパラダイムシフトのことを少し書いています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kousou2002kannsou.htm#am
そこで書いたのは、次の3点です。
@「医術基軸から看護基軸へ」
A「病気づくりから健康支援へ」
B「医療制度や医学知見に合わせる治療から個々の生命に合わせる治療(支援)へ」
当時はまだこなれていませんでしたが、妻が胃がんになり病院に足繁く通うようになって、その思いは深まりました。
結局、妻は病院ではなく、自宅で看取りましたが、幸いに近くの往診医やそこと連携した派遣看護師センターがよくしてくれました。

病院で感じたのは、よく言われるように、医師は患者を見ずに病気を診るということです。
幸いに、妻の最初の主治医は「人」を見ていましたが、病状が進行して交替した主治医は、診察時にほとんど妻の顔を見ずにパソコン画面を見て話をしていました。
「がん患者学」を著した柳原和子さんは、ただの人としてではなく、患者として付き合ってほしいと話していましたが、そこに込められた意味も大きいです。
http://homepage2.nifty.com/CWS/katudoubannku2.htm#1014

先の医療のパラダイムシフト、つまり医療改革に関する基軸は、「病気治癒ではなく、命の輝きを支援するというのが医療」ということです。
昨日のサロンでも「いのち」という言葉が何回も出ました。
しかし、私の思いは「いのち」ではなく「命の輝き」です。

病気を治療することは大事なことです。
しかし、それは個人の人生のほんの一部かもしれません。
病気治療のために病院に隔離され、手術されたり薬漬けにされたりすることが、もし人生の邪魔をするのであれば、それが絶対視されるべきではありません。

私は、「大きな福祉」という理念で、ささやかな社会活動をしています。
その視点から言えば、「医療」もまた「大きな福祉」の一手段でしかありません。
昨日、お話を聞いた松永医師は、治療行為だけではなく、障害児のいる家族の生活に寄り添う生き方をしています。
治療する方法が「医学的」には見つかっていない難病を持つ人に対して、治療パラダイムの医療は何もできません。
しかし、生活を支え、いわゆるQOL、生活の質を支える行為であれば、医師にできることはたくさんあります。
それに、命の輝きは時間で測るべきではありません。
いかに短命であろうと、輝く人生は長く続くのです。
松永医師の取り組みは、そのことの大切さを教えてくれます。

昨日のサロンの話と改革の話が、いささか混在してしまいました。

医療改革はさまざまな形で進んでいるようです。
しかし、病気治療を目指す医療から人間の暮らしの福祉を目指す医療へと、起点を変えない限り、事態は悪化こそすれ良くはならないような気がします。
医師を頂点にし、病院を主舞台とする日本の医療コンツェルンを見直し、新しい医療の役割や社会の中のポジションを考えるべき時期に来ているように思います。
そうすれば、おそらく医師のミッションも変わっていくでしょう。
私の周りでも、そうした動きの予兆が感じられます。

〔3〕地方創生という発想(2014年9月15日)
このままだと896の自治体が消滅しかねないという増田さんの「地方消滅論」が話題になっています。
まさにそれに呼応するように、新たに「地方創生大臣」なるものが「創生」されました。
地方創生戦略も話題になっています。
地方消滅論も地方創生論も、私には同じ発想のように思いますが、そこで議論されている「地方」とはなんでしょうか。
イタリアの「小さな村の物語」のテレビ番組に関して少し書きましたが、そこで取り上げられる小さな村は「地方」なのでしょうか。

日本の高度経済成長を可能にしたのは「地方」の存在でした。
個性豊かな「地域」を「地方」に貶めることから、それは始まりました。
資本経済の外部に存在する農村から労働力を調達し、そのあとは、農村を市場にしていったわけです。
資本経済の成長は外部がなければ実現できないことを、エコノミストの水野和夫さんは指摘しています。
国際経済にとっての外部であった豊かな文化地域の「開発途上国」も、いまや残すところアフリカしかなくなったので、先が見えてきたと水野さんは資本主義の先行きに警告を発しています。
文化は、経済にとっての外部でしょうが、その文化も、今やほとんど資本経済によって市場化されてきていますから、資本主義の終焉は時間の問題かもしれません。

地方創生は、これまで経済化を進めてきた地方を、さらに市場化しようという話だろうと思います。
ですから、私には、増田さんが指摘する地方消滅を加速させるのが地方創生に思えてしまうわけです。

もし経済成長などという不自然なことを考えなければ、イタリアのように「小さな村」は消えることはないでしょう。
インドのラダックの「懐かしい未来」が話題になったことがありますが、その後、ラダックはどうなったのでしょうか。
ブータンはどうなってきているのか。
その教訓を、私たちはもっと学ばなければいけないように思います。

東北の復興は、地方創生なのでしょうか。
農村は工業化された農業の工場になるかもしれませんが、農村ではなくなっていくでしょう。
それが地方創生だとしたら、何か違うのではないかという気がしてなりません。

イタリアの小さな村のような、みんなが支えあって暮らしている村落は、日本ではもう捨てられたのでしょうか。
私自身が、そういう村に住んでいないのに、勝手なことをいうのは気が引けますが、今の地方創生戦略は、どこか大きな違和感があります。
そこには「改革」や「未来」を全くと言っていいほど感じられないのです。

問題は「地方」にあるのではなく、人間を材料にして、膨れ上がっている「中央」にあるような気がします。
パラダイムを変えなければいけないのではないかと思えてなりません。

〔4〕司法の社会化(2014年9月16日)
司法改革に関しては、これまで何回もブログで書いてきました。
これは実に悩ましい問題で、私にはまだ整理できていませんが、今の司法改革には違和感があります。

司法は、「法を司る」ところです。
現在の国民主権国家においては、法の役割も見直されるべきですが、法を基準にして問題を調停し、時に人を「裁く」仕組みも根本から見直されるべきだろうと思います。
司法が違憲判決を出しても、行政は言動を変えないという現実が、今の日本にはあります。
だれが司法を統治しているかは明らかです。
冤罪の多さが、それを物語っています。
あるいは水俣病補償がこれほどまでに伸びていることが、それを示しています。
司法改革は、そこを問題にすべきではないかと思います。
単なる手続きの問題ではありません。

国家は、秩序維持のために暴力を独占したといわれます。
暴力の独占には、当然ながら「立法」と「司法」も含まれます。
それでは国家の暴走が抑えられませんので、三権分立が考えだされたわけですが、それは権力内での役割分担の話であって、国民主権国家の「主権者」の視点は希薄です。

そもそも法は何のためにあるのかは難しい問題です。
よく憲法は権力を制限するものだと言われます。
しかし、国民主権国家にあっては、権力は国民に所在します。
立憲主義は、統治者を制限する体制と言われますが、統治者は主権者ではなく、主権を遂行する主権預託者です。
そこがややこしいところです。
しかし、現在の日本の法体系に基本には、国民主権国家というよりも、王権国家の枠組みが底流にあるような気がします。
たとえば、刑法は一般に懲罰の上限を決めています。
日本の法律では、加害者の人権問題が重視されています。
つまり、裁く人への信頼感がないのです。
これは権力の暴走を制限するという法の起源以来のスタイルです。
しかし、これは逆にいかようにも軽い懲罰ですませるということでもありますから、まさに国民の生命と生活を管理する仕組みとしては、好都合のルールでもあります。
飲酒運転で人を殺傷しても、自動車免許は剥奪されません。
私には理解できませんが、そうしては困る人がいるのでしょう。

大切なことは、だれが、何のために、裁くかということです。
フランス革命時のような、人民裁判は大きな危険性を孕んでいますが、だからと言って、権力代行者に任せるのがいいわけでもないでしょう。
それに、そもそも「権力の分立」などは、そう簡単にはできません。

少なくとも、最低限必要なことは、司法の場の透明性の確保です。
それだけで、司法の形は変わるでしょう。
権威づけられた司法の実態を、もっと明らかにしなければいけません。
裁判所のレイアウトから変えなければいけません。
裁判を傍聴した人は実感されているでしょうが、実に威圧的です。

同時に、司法に生活面での常識を導入することです。
権力維持のための司法ではなく、人々が安心して生活できるための司法にしていかねばいけません。
つまり、上からの秩序維持ではなく、みんなが一緒になっての秩序形成の発想です。
それがどういう形になるのか、それを根本から考える司法改革が求められているような気がします。
まさに「司法の社会化」が課題ではないかと思います。

司法の歴史は長いですが、人間社会ができてから、ほとんど変わっていない気がします。
そろそろ根本から考え直してもいいように思います。
かなり暴論のような気もしますが、今の司法界にはどうも違和感があるのです。

〔5〕教育改革はどこを目指すのか(2014年9月20日)
今週のNHK朝ドラ「花子とアン」にはいろいろと考えさせられるセリフが多かったです。
NHKが自己反省と自己弁護をしているようなセリフもありましたが、まあ、それは考えすぎでしょう。
戦時中、花子はラジオで兵隊さんがお国のために頑張っているという話をしていました。
そのことを息子に戦死された蓮子から指摘され、悩むのですが、それを知って、幼馴染で学校教師の朝一が、自分も子どもたちに「お国のために頑張れ」と教えてきたことを悔いていると述懐します。
若者を戦場に送り込むうえで、学校の役割は非常に大きかっただろうと、私も思います。

学校教育は、言うまでもなく、ある目的のための手段です。
問題はその「目的」です。
明治の学校教育は、工業化社会に向けての「教育」でした。
戦時中の学校教育は、戦争を勝ち抜くための「教育」でした。
1945年以後の日本の学校教育はなんだったのでしょうか。
「平和の実現」と「個人の尊重」が重要な目的だったように思いますが、残念ながら、そういう方向にはいきませんでした。
この目的は理念的で抽象的すぎて、具体的なカリキュラムにまで展開するのは難しかったからかもしれません。
それに、貧しさの中で、多くの人たちはそれどころではなかったのかもしれません。
そして、ある時期から、ふたたび産業社会の労働力養成機関になったようにも思えます。

教育基本法は2006年に「改正」されました。
ある人は、「私たちのための教育から国家のための教育へ」と向かうための準備だと指摘しましたが、私も同感です。
かくしてまた、「お国のため」の「教育改革」が進められてきているわけです。

私には、「改革」の方向性が真反対を向いているように思います。
いま必要なのは、「お国のための教育」から「幸せのための教育」ではないかと思います。
「お国のための教育」は、「豊かさのための教育」を装いますので、個人の生活の視点があるように見えてしまうのですが、そこでの豊かさの基準は「お金」です。
豊かさも本来、個人によってそれぞれに違うのですが、国家視点から豊かさを議論すると、GDPなどに象徴される金銭経済基準になってしまいます。
しかし、幸せは国家の次元には還元できません。
「国家の豊かさ」という言葉はありますが、「国家の幸せさ」という言葉はありません。
「幸せ」に視点を移すと、必然的に、個人視点にならざるを得ないのです。
もっとも、功利主義者は「最大多数の最大幸福」という言葉を創り出しました。
私にはあまり理解できない概念なのですが、なんとなくわかったような気になってしまう、恐ろしい言葉です。
これに関しては、以前シリーズで書いた「オメラスとヘイルシャムの話」にもつながってきますが、アプローチの方向が間違っていると思います。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heilsham.htm

「教育改革」にとって大切なのは、社会の方向性です。
「どういう社会を目指すのか」がないと、教育は取り組めないでしょう。
つまり、教育改革とは社会改革なのです。
その肝心のところが議論されない「教育改革」が、いかにも手際よく進められているような不安を感じています。

〔6〕個人を起点とした学校教育(2014年9月21日)
昨日、教育改革に関して書きましたが、パラダイムシフトの改革という点で、とてもわかりやすい事例があります。
一時期、話題になった「きのくに子どもの村学園」です。
この学校は、イギリスの実践的な教育学者のアレクサンダー・ニイルの思想に基づいて設計された自由学校です。
もちろん、文部科学省から学校法人として認可された学校です。
ニイルの基本思想は、「学校という制度に生徒を合わせるのではなく、実際に入学してきた生徒に合わせて学校を設計する」というものです。
ニイルは、子供の幸福こそ、子供のしつけや養育の中で最も重要なものと見なされるべきであり、この幸福への最も主要な寄与は、子供にその個人的な自由を最大限認めてやることだと考えていたのです。
その思想に共鳴した大阪の堀真一郎さんが設立したのが、「きのくに子どもの村学園」です。
書籍もたくさん出ていますし、一時はテレビでもかなり取り上げられたのでご存知の方も多いでしょう。

「きのくに子どもの村学園」には3つの原則があります。
子どもがいろいろなことを決めていくという「自己決定の原則」。
一人ひとりの違いや興味が大事にする「個性化の原則」。
そして、直接体験や実際の生活を学習の中心に置く「体験学習の原則」です。
それを実現する仕組みが、とても魅力的ですが、詳しくは本やネットで読んでみてください。
たくさんの示唆をもらえるはずです。

「きのくに子どもの村学園」を卒業した子どもたちが、どんな社会を目指していくかは、とても興味がありますが、学校全体の実態が目指すべき社会を象徴しているのです。
言い方を替えれば、いじめや競争主義が日常化し、制度に合わせる仕組みに合わせて強制が行われる(たとえば国家斉唱)学校が目指す社会は、明らかでしょう。
つまり、「そうした社会」に順応する人間を育てているのが、今の多くの学校です。
それを前提にするか、それを変えていくかが、教育改革の出発点ではないかと思いますが、それを変えようとする教育改革は、私は耳にしたことはありません。
もちろん、そうしたことを目指す「学校改革」の事例は、「きのくに子どもの村学園」のほかにもいろいろと聞いていますが。

個人を起点とした社会に向けての改革が必要だと考えている私にとっては、世上、言われている教育改革は、方向が反対だと思えてなりません。

〔7〕個人を壊す企業から個人を活かす企業へ(2014年9月21日)
個人を起点に考える学校について紹介しましたが、企業経営でも「個人を活かす」ということは、よく言われています。
企業組織論でも、自己組織化の考えが導入されたり、創発理論が議論されていますし、「ダイバーシティ戦略」もはやりです。
しかし、私の偏見では、本気で「個人を活かそう」と考えている企業はあまりありません。
むしろ、最近の企業は、「人づくり」から「人こわし」に向かっています。
ブラック企業と言われるような、「若者を使いつぶす企業」も決して少なくありません。

グローバリゼーションという言葉に合わせて、企業改革や経営改革も話題になりますが、本気で企業を替えようなどと思っている経営者は少ないでしょう。
なぜなら改革がうまくいった企業を、あまり知らないからです。
もちろんゼロではありませんが、相変わらずの経営を続けているところがほとんどのように思います。
実際に、そうしなければ、企業を継続していけないという状況もありますが、そうであればこそ、もっと本気に企業の設計思想を変えていかねばいけません。
私も昔は、そうしたことに取り組みたくて、いくつかの試みをしたこともありますが、力量不足と信念不足と怠惰さのために、いずれも挫折してきています。
だからあまり偉そうなことは言えません。

しかし、どう考えても、今の企業は壊れだしています。
働く人のためにではなく、お金のために存在しているという、主客転倒を感じます。
まあ、これは企業だけではなく、最近の組織全体がそうなってきているような気もします。

企業が個人を壊している事例は、よく報道されていますが、例えばその一つの表れが「自殺問題」です。
今年の初めから、「自殺に追い込まれることのない社会のために何ができるか」をテーマにした連続ラウンドミーティングを開催しています。
その一つが、「会社で働く人編」ですが、こうした話し合いの場に企業の経営管理者の人を巻き込むのは簡単ではありませんでした。
幸いに今は、大企業の人が中心になって、ささやかながら会を継続しています。
私の関心は、自殺にあるのではなく、そこから見えてくる企業経営の問題の把握です。
そしてどうしたら、企業がもっとイキイキしたものになり、みんなを幸せにしてくれる存在になるかです。
それこそが、私が考える企業改革であり、経営改革ですが、共感してくれる人は多くはありません。
私の本業の一つは、企業経営コンサルタントですが、残念ながら仕事はこの10年ほど、全くと言っていいほどありません。
利益を上げるよりも社員が幸せになる企業経営が私のビジョンですが、それでは企業が対価を払ってくれるはずもありません。
しかし、そうした状況こそを変えていきたい。
そう思っています。
もっとも最近は年齢のため気力体力ともに萎えてきていますので、もう仕事はできないでしょうが、思いだけは強いのです。

最近の日本の企業を見ていると、先行きがとても不安になります。

〔8〕女性の活用と社会の変革(2014年9月22日)
現在の政権のお題目の一つが、「女性の活用」です。
「女性の活用」などという、いかにも女性蔑視の言葉を受け入れている女性の心理が、私にはまったくわかりません。
男女共同参画などという言葉も、前にも書きましたが、どうも違和感があります。
そこには、女性の視点がないように思いますが、そう思う私の考えが間違っているのかもしれません。

日本ヒーブ協議会という組織があります。
最近は、あまり名前を聞きませんが、30年ほど前にはかなり活躍していました。
ヒーブとはHEIB、Home economists in businessの略です。
ウィキペディアによれば、「大学で家政学(生活科学)を修めて、企業の中で生活者としての女性の視点を尊重しつつ、家政学の専門知識を生かして、商品開発や消費者サービス、あるいは販売の現場で専門知識の提供をしながら、購入のアドヴァイスをする女性たち」のことです。
平たく言えば、女性の視点から企業経営に働きかけるプロと言ってもいいでしょう。
私にも、そこで活躍していた友人がいて、一時はその集まりにも顔を出させてもらったりしたことがあります。
私には、とても大きな期待があったからです。
たしか15周年か20周年くらいのヒーブの大会に呼ばれて、お話させてもらったことがあるのですが、それ以来、私はヒーブには興味を全く失いました。
というのは、講演後の質疑応答の時に、資生堂の女性監査役と名乗る人が、「過労死するほど働ける男性がうらやましい」という発言をしたのです。
私が、過労死が起きるような企業を女性の視点で変えてほしいというメッセージを送ったことに対する反論だったように思います。
日本ヒーブ協議会もまた、男性社会に迎合した組織のように思えて、以来、付き合う気がなくなりました。
それ以来、資生堂のイメージも大きく変わり、挙句の果てに企業メセナ論を唱える福原さんの発言さえも虚言に聞こえるようになってしまいました。

数年前、大企業はダイバーシティ戦略と称して、女性の活性化に取り組みました。
女性の活性化がなんでダイバーシティ戦略なのか私には理解できませんでしたが、ある研究会でいくつかの会社のお話を聞いて、ベクトルが正反対を向いているなと思いました。
女性の活用とは、女性を男性社会に同化させる戦略のように感じたからです。

1970年代から盛んに言われていた「女性の社会進出」に関しては、これまでも書いてきているように、社会から労働の場への女性の取り込みであって、むしろ社会からの収奪ではないかと思っていますが、その延長に、昨今の女性活用発想はあるように思います。
ですから、生物としての女性の頭数が問題にされているわけで、内容などあまり関係ありません。
小渕経済産業相が、原発が必要などと話しているのを見ると、この人は本当に母親なのだろうか、つまり女性なのだろうか、と疑いたくなります。
大臣の前に母親、つまり人間であることが、女性の本質だと私は考えているからです。
まあこんなことを言うと、女性差別主義者だと思われそうですが、男性と女性は間違いなく違っています。
差を認識したうえで、きちんとぶつけ合って、お互いに学び合うことが大切です。
男性の論理に迎合する女性は、事態を悪化させるだけでしょう。
だから私は、男性社会で活躍している女性が、どうも好きになれません。
居場所を自分で創り出し、男性社会に抗いながら生きている女性には感謝と尊敬の念を持っています。

壊れつつある社会を変えていくのは女性だろうと思います。
男女が支え合い、平等に語り合った社会は明治維新で壊れだしました。
その仕上げが、いま行われているような気がしてなりません。
私の時代認識は、間違っているでしょうか。
そうであれば、とてもうれしいのですが。

〔9〕政治改革への基本的な思想(2014年9月23日)
改革シリーズも9回目になりました。
とりあえず10回まで書こうと思いますが、今日はいささか理念的な話です。

昨今の政治状況での大きな問題は、政治を担う議員への信頼感が失われていることです。
なぜ信頼感が損なわれているのかは、いくらでも理由が挙げられるでしょうが、基本は情報社会の到来です。
議員の実態が見えてきたからです。
しかし、なぜ実態が見えてきたら議員への信頼感が失われるのか。
それは、多くの人が期待しているような人が議員になっていないからです。
ではなぜそうなっているのか。
それは、現在の選挙制度の問題になります。

投票日に、投票したい人がいないと悩んだ人は決して少なくないでしょう。
私などは毎回のように悩みます。
なんとか辻褄を合わせて投票していますが、どうしてこんなにも投票したくなる人がいないのか残念です。
しかし、それは当然のことです。
現在の選挙制度は、政治的野心や経済的野心を持って、自薦してくる人の中からしか、選べないようになっているからです。
つまり、選ばれたい人たちの中からしか、選べないわけです。
しかも、最近のような小選挙区制度では、よほどのお金持ちでない限り、政党の支持をもらわない限り、当選はできません。
政党の方針に合わせるために、自分の信念を二の次にせざるを得ません。
当選のためには信条さえも犠牲にする。
立候補の目的は、政治的野心の実現になっていく。

つまり、政治権力への野心を持つ人しか立候補しない仕組みになっているわけです。
しかも、そういう人たちは、当選してしまえば、自分の利益でしか行動しない。
そういう事例は繰り返し見せられていれば、議員への信頼感、さらには選挙への信頼感、そして政治への真摯な期待は失せていくでしょう。
そこを変えない限り、政治改革などは実現しようはずがありません。

ではどうすればいいか。
極めて簡単なことです。
立候補したい人から政治家を選ぶのではなく、政治を託したい人に政治を託すればいいのです。
もちろんこれは理念の話です。
その理念をどう具現化していくかは、難しい話です。
しかし、難しいからと言って、あきらめたら、改革などは起こせません。
たとえば、人の見える地域社会を基盤として、自分たちの代表を選んでいく仕組みを基本にして、政治体系のベクトルを反転させることができれば、事態は変わります。
立候補したい人の自薦主義ではなく、立候補してほしい人の他薦主義も検討に値します。
場合によっては、無作為の抽選でもいいかもしれません。
ネグリとハートのマルチチュードによる政治もそのひとつです。
30年ほど前にリンカーンクラブを立ち上げた友人の武田文彦さんの究極的民主主義の提案も、それにつながっています。

情報社会は、議員の実態を見えるようにして政治家の信頼を失わせましたが、情報社会は新しい選挙制度や政治制度の可能性を開いてきています。
政治改革が現実的な課題になってきました。
野党再編とか与党再編とか、そんな些末な話は、役割を終わった政治家たちに任せて、新たな政治制度を模索する時がやってきたように思います。

〔10〕私の意識の改革(2014年9月24日)
改革を考えるシリーズをとりあえず今回で終了です。
最後は私自身の意識の改革について、少し考えてみます。

川内原発が再稼働しそうです。
反対運動はありますが、やはり日本人の多くの人たちは再稼働を望んでいるのでしょう。
そうでなければ、こんなに簡単に原発依存社会に戻るはずがありません。

「戦争でもあれば、ちっとは景気もよくなるのに」。
日本の経済が大恐慌に陥った昭和初期によく話された言葉だそうです。
「原発が再稼働したら、景気もよくなるのに」という人を見ると、いつも思い出す言葉です。
こういう発想をする人たちは、たぶん「戦争」も望んでいて、だから集団自衛権にも賛成するでしょう。

問題は、私自身はどうかです。
もちろん原発も戦争も拒否したいです。
しかし、どこかにこういう発想をする人と同じものを持っていないか。
そう厳しく問われれば、胸を張って、ノーとは答えられません。

私は最近毎日1時間半ほど農作業をやっています。
すべて手作業ですが、あまりにも大変なので、やはり耕耘機を購入しようかと考えたりします。
幸いにあまりお金がないので、まだ購入はしていませんが、最近は買う方向に傾いています。
耕耘機の先に、原発があると考えるのは、考えすぎかもしれませんが、油断はできません。
福島の農家の人たちの苦労は知っていますが、福島産と西日本産の野菜が並んでいると無意識のうちに西日本産を選んでしまいます。
経済成長反対などと言っているくせに、企業の仕事で収入があれば、もう少し活動ができるのになと思ったりもします。
マスコミ報道を真に受けて、イスラム国や北朝鮮に悪意を感じます。
反原発のデモにも行かずに、時代の流れを諦めている自分に気づくことがあります。
ニーメラの教訓から学ぶこともありません。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/02/post_1.html
こういう人間の存在が、たぶん日本を戦争へと導いたのでしょう。

最近の日本は、戦争に向かって一直線に進んでいた昭和初期に似ている気がして、とても不安です。
しかも、その不安に蓋をするように、みんな思考停止して、目先の与えられた仕事に忙しく(つまり心を失って)取り組んでいることに怒りを感じます。
社会から人間が消えつつあるようにさえ思います。
しかし、考えてみれば、私自身がまさにそうした生き方をしているのです。
そこから正していかないといけません。
さてどうすればいいのか。
農作業の合間に、もう少し考えてみようと思います。
自分の生き方を考えないようになったら、時代の流れに抗うことはできません。
ただただ流れに加担する存在になりかねません。
それだけは避けたいのですが、そういう考え方そのものが卑劣なような気もします。
しかし、改革を期待するのであれば、まずは自らの生き方を捉え直さなければいけません。
そこからすべての改革は始まるからです。

この答えは、いつか「改革を考える」の続編で書こうと思います。