12. 経営の基本は愛と慈しみ
  「いのち」に満ちあふれた組織ほど元気で強い組織はない

●保育園の姿勢は社会に大きな影響を与えていきます。
 保育園を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。保育園への新しい期待もふくらみはじめ、その期待に応えるための新しい動きも出始めています。
これまでの保育園の経営主体とは異質な企業の新規参入も増えてきました。保育園の世界はこれからさらに大きく変わっていくでしょう。その動きは社会そのものにも大きな影響を与えますから、是非ともいい方向に変わっていってほしいものです。しかし「悪貨が良貨を駆逐する」ということもあります。油断はできません。保育が「商品化」されてしまい、こどもたちや社会の視点はどこかに追いやられ、経済の視点が優先されることも起こりえることです。それだけは絶対に避けなければなりません。
 もっとも、これまでこどもたちや社会の視点で本当に保育が考えられていたかということには疑問があります。「措置」という言葉に象徴されるように、日本の保育行政の根底には経済主義があり、保育園もまたその枠組みの中で行政のほうを向きすぎていたのではないか。そして結果的に日本の経済至上主義に加担してしまったのではないかという疑問です。個々の保育園がこどもたちの視点で頑張ってきたということはよくわかりますが、大きな流れから見れば、こどもたちよりも働く両親のため、社会よりも経済のためという姿勢が強かったように思います。たとえば延長保育は園児の両親が望むことかもしれませんが、スーパーの営業時間延長とは全く違うことなのです。保育園はサービス産業ではありません。もっと社会的意味が強いはずです。両親の希望に沿えばいいわけではありません。
 いま少子化が問題になっていますが、保育行政も保育園もこれを与件と考えがちです。しかしその責任の一部は保育行政や保育園にあることも否定できないことです。言い換えれば、それだけの社会的影響力を保育園は持っているということです。そのことをしっかりと認識しておかなければなりません。保育園を取り巻く環境は、決して単なる「与件」ではありません。
         
●保育園ももっと外部から学んでいきましょう。
 保育行政は最近大きく変わりつつあります。「措置行政」も早晩見直され、それに伴いこれまでの保育園の枠組みは変わっていくでしょう。保育園が園児の家族から選ばれる時代になっていくことは間違いありません。保育園としての自立が必要になってきています。
 保育園への期待も変わりつつあります。園児の両親の働く動機も変わってきていますし、保育園に対する期待も単なる「託児」から質的な意味をこめた「保育」へと変わり、その「保育」期待の内容も多様化しています。行政からの期待も変わっています。単に園児だけを見ていればいい時代は終わりつつあります。改めて保育園の社会的価値が見直されているわけです。
 社会環境の変化もいろいろあります。その中には逆風も順風もあります。しかし今の日本の社会が抱えている様々な問題は「こどもたち」と深く関わっているものが多いように思います。たとえば一番無縁に思える高齢化社会の到来の問題を考えてみましょう。高齢化の問題は「こども」が少なくなったことに起因していますし、その解決策の鍵は「こども」かもしれません。高齢者にとって本当に必要なのは介護よりも元気です。こどもたちの元気の素をちょっと分けてやるだけで、高齢者たちは元気を回復し、事態は変わるかもしれません。
 保育園を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。保育園も変わらなければなりません。時流にながされずに、しっかりした保育方針を守っているという自負から「変化する必要はない」と言う人もいるかもしれませんが、環境が変われば物事の意味や価値は変わるものです。信念を守ることは現状を維持することではありません。むしろ時代の変化のなかで常に自らを生き生きさせていくための自己変革があってこそ、信念を貫くことができるのではないでしょうか。『理念経営』のところで紹介したIBMの三つの信条「信念を持つこと」「信念は変えてはならないこと」「しかし信念以外のことはどんどん変えていくこと」を思い出して下さい。
 保育園にとっての信念はおそらく「こどもたちへの愛と慈しみ」であり「豊かなこころを育むこと」ではないかと思います。もしそうであれば、それは保育園の中だけで完成するものではありません。だからこそ保育園の役割は時代によって変わっていくわけです。しかし保育園の世界だけに閉じこもっていると、そうしたことが見えなくなりがちです。保育園のみなさんはもっともっと外の世界と触れ合わなければなりません。外の世界と協働すべきこともたくさんあるはずです。
 外の世界とふれあうことによって、様々な知恵も得られるでしょう。効率的な仕事の進め方、効果的な行事やシステム、自分たちの強みと弱み、そして弱みを補完する方法、さらには強力な助っ人も見つかるかもしれません。信念が間違っていなければ必ず「良い知恵」が見つかるはずです。
 企業の世界で最近よくベンチマーキングという言葉が使われます。米国の優良企業のひとつであるGEのウェルチ会長は、「業種が何であろうと、最も優れた経営手法を自社の中に、それもスピーディーに移転させることは、経営者の役割である」と述べています。ベンチマーキングとは、競合他社に限らず、業界や国境を超えて、「最も優れた手法」を学び取り込んでいくことです。これによって一時期低迷した米国企業はパワーを取り戻したと言われています。一見無関係な世界からも学ぶべきことはたくさんあります。保育園の人たちももっと外部から学ぶ姿勢を持つべきでしょう。

●愛と慈しみでいのちを輝かす経営を目指して下さい。
 「保育園の経営を考える」この本もそろそろ終わりに近づきました。実践的な話ではなく考え方に重点を置きましたので、ご期待に反したかもしれません。しかし今のような時代の変わり目においては「考え方」こそが大切なのです。考え方さえしっかりしていれば、具体的な方法や現実の課題の解き方は見えてきます。それに具体的な方法は自分で見つけなければなりませんし、その気になれば必ず見つかるはずです。考え方がしっかりしていれば、ですが。
 最後にもう一度、経営とは何かについて確認しておきましょう。経営とは「目的達成のために一定の資源を使って最良の結果を出すこと」です。そしてそのためには「経営資源(ヒトやモノなど)の価値を最大限に活かすこと」が重要になります。言い換えれば、ヒトやモノを輝かすこと、つまりそれぞれが持つ価値(いのち)を輝かすことが経営の本質と言っていいでしょう。
 「いのち」を輝かす鍵は「愛」と「慈しみ」です。愛や慈しみと言うと経営とは無縁のものと思いがちですが、経営資源を輝かす最良の方法は愛と慈しみです。愛があればこそ人を信頼できますし、それを感じた人は信頼に応えて思い切り能力を発揮してくれます。本物の『共創経営』の基本には愛があります。また物財に対する慈しみがあれば物財を無駄に使い捨てるようなことはなくなります。愛と慈しみこそがヒトやモノの「いのち」を輝かしてくれるのです。「いのち」に満ちあふれた組織ほど元気で強い組織はありません。「いのち」こそが組織の真のコア・コンピタンスなのです。
 経営の基本にある「いのち」「愛」「慈しみ」。これらは奇しくも保育園が大切にしてきている価値と同じです。意外と思われるかもしれませんが、しかしそれは当然のことなのです。「保育」と「経営」とは基本的につながっているところがあるのです。どこがつながっているかは、これまでの説明を思い出していただければ納得してもらえると思います。「いい経営」は「いい保育」につながっています。そう考えると、「経営」という言葉にも親しみを持っていただけるのではないでしょうか。
 ところで保育園は、まさに「いのち」が満ちあふれた世界ですが、その「いのち」が内部に閉じ込められすぎているように思います。それではせっかくの「いのち」が生きてきません。もっと社会に生かしていかなければなりません。そうした意識を持てば、社会に対して保育園が果たせる役割は無限に出てきます。そろそろ保育園も子どもだけの空間であることを見直さなければなりません。子どもだけを見ているのではなく、社会全体の問題にもっと積極的に関わっていくべきだと思います。
 そうは言っても現実的には難しいと言われそうです。確かにそうでしょう。個々の保育園の力には限りがあります。足元を固めないで、社会的視野ばかり持ちすぎると、それこそ経営破綻することにもなりかねません。しかし思いを同じにする保育園が連携していけば、大きなことが出来るはずです。保育園だけではなく、学校や福祉施設や企業やNPOなどとも積極的に連携していくことも効果的でしょう。そのためにも、まずそうした世界との交流を始めなければなりません。これまではともすれば行政ばかりに目を向けがちだったと思いますが,これからはもっと視野を広げていくことが必要です。
 自分たちの保育園の経営も重要ですが、保育園の持つ社会的価値を活かしていくという「大きな経営」にも是非とも力を入れていただきたいと思います。自分たち(保育園)で何が出来るかを本音で語り合う場をつくってみるのが出発点かもしれません。それを踏まえて社会に問題提起していくことが、新しい保育園の地平を開く契機になるかもしれません。その第一歩を是非とも踏み出していただきたいと思っています。