■CWSコモンズ「フォーラム」記録(2002〜2007)
2007年5月まで開設していた投稿欄の記録です。

1194. Re:■サプライチェーン・マネジメントの家庭への侵入 向阪夏樹  2007/05/11 (金) 12:19

 佐藤さん、お久しぶりです。

>こういう発想を持つ人が、産業や経済を主導しているとしたら、私たちがケージに入った鶏に「進化」できるのも、そう遠い先ではないかもしれません。

 サプライチェーン・マネジメントの家庭への侵入は、ライフ・コントールの脳への侵入過程を表象しているのかも知れません。しかしながら、人類の自己家畜化[self‐domestication]と自己選別化[self-elimination]とがセットになった運動体が総体的に生命循環のホメオスターシスの創出に適うような駆動力になるのでしょうか。私には推断が出来かねますが、本音では少なくともそのような未来の到来を想像したくはありません。それにしても、どうしたらそれに抗うことができるのでしょうか。今のところ具体的には名案といったものはありませんが、とにかく諦めずに粘り強く探し続けていかなければならないと考える次第です。

1054. Re: 「社会化」されない人間 佐藤修 [URL]  2007/03/30 (金) 07:34

齋藤さん
ありがとうございます。
ばたばたしていて、書き込みが遅れてしまいました。

全くその通りですね。
社会の基本は「家庭」だと思いますが、まずはその家庭の再構築から始めないといけないと思うのですが、その「家庭」や「家族」の問題そのものが、逆に「社会」という言葉によって壊されているような気もします。
以前、ブログにも書きましたが、
たとえば介護の社会化が、家族関係や近隣社会を変質させているようにも思います。

アスペルガー症候群の息子さんを持つ知人が私にもいますが、彼女と話していて、家族への「優しさ」をとても感じます。
私も、女房が病気になってからこそ、家族の関係のとても大きな意味に気づきました。
家族の誰かに問題が起こると、家族の価値が実感できますが、そうでないとなかなか家族の価値は意識しない傾向があります。

近隣社会も同じような気がします。近隣づきあいがわずらわしいといって、そのつながりを捨ててきてしまった結果、私たちの暮らしは楽しくなったのか。
これもよくいわれますが、大地震のようなことが起こって初めてその価値に気づきます。

一方、マクロ的な意味で、「社会」が議論される時には、なにやら冷たい関係性しか出てきません。その典型例が介護の社会化であり、自立支援法ではないかと思っています。

ですから、まずは家族、そして隣人、友人。そうした身近なつながりの回復から取り組むのが、私の生き方です。
三沢市で花一杯活動に取り組んでいる齋藤さんたちの活動に感心しているのは、そうした思いからです。

意識変革ですが、私が考える意識変革は、たとえば朝起きる時間を変えてみるとか、食材を買うお店を変えてみるとかいうことから始まると思っています。

子どもたちを学校空間から解放してあげることがとても大切です。
しかし、そうした場が商業化されているのが残念ですが。

1019. 「社会化」されない人間 齋藤聖子  2007/03/22 (木) 13:07

字数制限のため続きを分けました。
緊急に子供を社会化させるシステムを作らなければ日本という国に未来はないのではないかと感じます。こうしている間にも日々社会性のない人間を作り続けているのです。立花隆の著「文明の逆説」で、国の興亡は同じ原因から起こるということが書かれていますが、経済成長で繁栄した日本は、経済成長で失ったもののために衰退するかもしれません。
私の次男はアスペルガー症候群という自閉症のひとつで、まさにこの「社会化」という部分において発達しにくい子供ですから、余計にこの問題が気にかかるのだと思います。

1018. 「社会化」されない人間 齋藤聖子  2007/03/22 (木) 13:04

今日はじめてCWSの中をあちこち覗いてみました。
「自治体解体新書の抜粋」を読んでいて思ったことがあります。
佐藤先生は、住民の意識改革が大事であるとかかれていますが、今の若い人たち、おおむね70年代以降に生まれた人たちには、自分が社会を構成する一員であるという感覚が非常に薄いのではないかと感じています。「社会化」されていない人という事です。
私は60年代の生まれですが、私の子供時代には地域に子供の群れがあり、親の目の届かないところで遊ぶことが出来ましたし、「子供文化」がきちんと残っていました。
祖母と同居していたため、隣の家の前も半分掃除する、などの社会で暮らす知恵も教えられましたし、近所の商店街ではどこの子であるか認識されながら買い物もしました。
経済成長とともにそれらのものはなくなり、「子供文化」は破壊されつくされました。それに変わって経済、個人の自由、プライバシーなどが子供の世界にまで侵入し、子供は一個人、一消費者というお客様になってしまいました。
子供の群れというのは群れで生活するサルの中にもあり、人間でもごく最近まで残っていた「社会化」「人間化」するための必要不可欠の教育装置だと思います。子供の群れの中で遊びや喧嘩などを体験していくことで、社会化された人間になるための基礎が作られていくのです。
今の子育ての現場は、母一人が孤独に耐えながら極めて個人的な空間の中でなされています。実験動物の隔離飼育と同じです。そして隔離飼育されたサルはほかの固体との付き合い方が分からず、人間で言えばまるで引きこもりと同じ状態になるそうです。
しかし、社会化されている人にとってはまるで日本人が日本語を話すのと同じように当たり前のことなので、「社会化」の大切さが見えなくなっています。
今この社会化されなかった世代が第二世代を育てているのです。いじめや引きこもりなどの問題はこれからますます増えていくと考えられます。そして、意識改革というものがそのような世代の人に理解できるのか不安になります。

839. Re: 「南禅寺便り」+「オープンサロン」 佐藤修  2007/02/03 (土) 17:10

向阪さん
ありがとうございます。

柳原さんのエッセイは迫力があります。
とても素直に書かれているからです。
今夏には本として出版されると聞いています。

サロンですが、これもありがとうございます。ご意見、賛成です。

ただ、オープンサロンの主旨を読んでもらえるとわかるのですが、
このサロンは組織化とは全く無縁な、しかも全く無駄な時空間を企図したものなのです。
そして、このサイトとリぞーミックにつながっているのです。

今回は誰も来ないサロンをぜひ一度やりたいと考えていたので、ほぼその意味では目論見どおりだったのです。

しかしまあ、参加者があったほうが楽しかったかもしれませんね。
いやはや、困ったものです。

837. 「南禅寺便り」+「オープンサロン」 向阪夏樹  2007/02/03 (土) 09:05

 柳原和子さんの「南禅寺便り」を読み進むうちに、落涙を禁じ得ぬと云うよりも唯々胸が締めつけられるばかりでした。脊椎を走る断続的な痛みに苛まれた記憶が蘇えってきましたが、間髪をおかずに柳原さんの疼痛と激痛の日々と自身のそれとを対比することが憚れる、そんな畏懼の念に襲われ言葉が出てきませんでした。
 日常生活では相手の立場に立って考えるべきだと容易く言ってのけることはできても、この場合には人の身になって考えるべしと進言することさえも虚しく響くような気がしてなりませんでした。ただ、柳原さんが発信されることの受け皿になることで人(読み手)も済われ、そうした関係性の生成によって柳原さんも済われることに繋がっていくのではないかと想われたのですが、真実のところは判りません。

 オープンサロンには1年程前に参加して以来ご無沙汰をしているような具合で、今回のことは出向くことができればよかったと今更思ってみても後の祭りなのですが、開店休業の状態であったことを少し寂しく思っています。と同時に、週間報告にも『ベ兵連活動が残した教訓とノウハウは、理想ではあっても実践するのが難しいです。運動というのは個人のライフスタイルや価値観に帰属することが多いからです。』とありますように、テンポラリーな集まりであっても大袈裟に謂えば主催者(発信者)の存在や個性も重要ですが呼掛け人(執行者)がいなければ継続は難しいかも知れないと、月並みなのですが組織化には最低限のコアとしてプロデューサーとディレクターによるパートナーシップが必要ではないか、そんな想いが浮かんできました。
 現実の佐藤さんをよく存じ上げませんが、例えば個人的な魅力による求心力が頼みの一人何役の組織運営では継続の点からも成果が期待できないかも知れません。もし、自らをプロデューサーとするならばコンセプト別に組織を区分しそれぞれにディレクターを設置してパートナーシップを形成していくと云った方法も考えられるでしょう。加えて、たとえ小さな組織(集り)であっても参加する方もエネルギー調整をして臨まねばなりませんので、やはりセールス・プロモーション的要素は必要ではないかと想われるのです。  

 勝手なことを申し上げ、すみませんでした。どうか受け流してやってください。

747. Re: それを望むのは無理かも知れません。 佐藤修  2006/12/24 (日) 09:05

向阪さん
ありがとうございます。

これはCWSプライベートの記事へのコメントですね。
お読みでない方はそちらもお読みください。
12月17日、18日の記事です。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2006/12/post_02ab.html

向阪さんへの返信です。
私が大事にしていることのひとつは、
まさに、
「無理かもしれない」と思う呪縛からの解放です。
その考えが社会をおかしくしていると思うのです。
無理だと思っても、取り組むべき事には取り組み、
発言すべきことは発言すると言うのが私が大事にしている生き方です。それも匿名ではなく実名で、です。
このサイトやブログが、すべて実名で書かれていることは、そのささやかなひとつの実行です。

新教育基本法に関しても、無理とは思いながらも、
多くの人たちが国会で抗議の座り込みをしました。
署名運動も行いました。
チラシ配りもしました。
方の成立はとめられませんでしたが、
みんなそれぞれの立場立場で自らの考えで行動しています。
成立後もそうです。
にもかかわらず、せっかく大きな役割が果たせる立場にいるキャスターたちが言葉だけで済ませているのは残念だと思うわけです。
彼らにもキャスターではなく、一人の生活者としての思いがあるのであれば、行動していくはずです。

私の今回のメッセージは、形は議員や古館さんを名指していますが、実は読んでくださる読者へのメッセージなのです。
それぞれが出来ることが沢山あります。
周りにある現場と触れると、そうした事に気づくはずです。
そういうメッセージなのです。

向阪さんのいうように、
>各々が変革への地歩を足元から固めていかなければならない
と言うことが、すべての前提である事は言うまでもありません。

お互いに、できることを行動に起こしていけば、社会は変わって行くでしょう。
ただ、その方向がみんな同じではないのが残念です。
もっと自由闊達に話し合える公共空間がそだっていけば、
方向もそろっていくのではないかと思いますが。

ありがとうございました。

743. それを望むのは無理かも知れません。 向阪夏樹  2006/12/22 (金) 23:29

 佐藤さん、ご無沙汰しております。(メ−ル・アドレスを晒すことが迷惑メール(スパム)を誘引する原因にもなりますので、ブログではなくこちらにコメントさせていただきました。)

 さて、テレビ局が報道番組のメイン・キャスターに有名人を据えようとするのは視聴率を目算に入れているのは無論のことですが、責任の回避の意味合いもあるのではないでしょうか。つまり、露出度が大きい何かと目立つ存在であっても所謂局アナでは在来のキャスターのようには視聴率を稼げないと算段していることや例えば報道番組では社員の舌禍による職務上の過誤は即座に局の落度となり、その責任を免れ得ないと云った経営側の判断がはたらいていると想われます。筑紫氏も古舘氏も自分達が登用された理由を十分承知の上で、或る一定の境を踏み越えないことが業界での自身の延命策と心得て、筑紫氏のように他の媒体で主張を小出しにしている場合もありますが、世代的にも、またこれまでの言動を想い起してみても、古舘氏にそれを望むのは難しいかも知れません。
 それよりも同世代人の動向の方が大へん気になっていますし、また私自身が行動していないことの自責の念にかられている昨今です。ただし、想いの外締めつけが強い世の中になって来ているのも事実で、教育基本法の改悪はそれが表面化したものと云えるでしょう。こうした風潮に抗し状況を変えていくためには、たとえそれが挫折の体験であっても過去に権力に対して異議を呈したことのある人間が先ずは自身の現状を省みることから始めやがて一人一人の発起を端緒にする、且つそれ等が連動した運動体が生成されなければならないでしょう。そして、覚醒した人達なればこそテレビのキャスターや新聞の論説主幹にオピニオン・リーダー像を重ね合わせようとすることや国会議員に歴史的責任意識を求めること等はきっぱりと諦めて、各々が変革への地歩を足元から固めていかなければならないと思量します。
以上です。

603. 福嶋さんは本当に不出馬? 大森  2006/11/04 (土) 17:11

このBBSもお休み状態でしょうか。
出馬をお願いする市民の署名が4千以上集まったそうですが、
やはり福嶋さんは出ないようですね。
後任としての推薦はするのでしょうか。

526. 自治基本条例案は継続審議に 大森  2006/10/02 (月) 09:02
>1回で可決される可能性はそう高くはないようです。
◆大森です。
市議会でもすったもんだで、結局結論が持ち越しになりましたね。
佐藤さんの先日の予想どおりです。
あれこれと盛り込みすぎで、なにがなんだか分らない案になってしまったということでしょう。

516. Re: 長たらしい条例案 佐藤修  2006/08/30 (水) 08:18
大森さん

条例は9月の議会に提案されるそうですが、
1回で可決される可能性はそう高くはないようです。
しかし、まあわかりません。
これだけの内容を議論することはむずかしいでしょうが、
わからない法案こそ議論できないが故に通過することもあるわけです。
住民不在で、「住民のため」の制度や条例がどんどん出来るのは、まさに「裸の王様」の話を思わせますね。
男女共同参画もそうですが、
内容を吟味せずに、言葉だけで反対できなくなって、
成立してしまうこともあるでしょう。

そもそも基礎自治体が、県や国の真似事をしていること自体に問題があるように思います。
基礎自治体は、コモンズ発想で捉えるのが良いと私は思うのですが。

515. 長たらしい条例案 大森  2006/08/28 (月) 22:48
佐藤さん こんにちは。
ご指摘のとおり、この条例案はいろんな分野が入っていて、分かりづらいですね。
こういう条文について、パブリックコメントを募集するのは、不適切と思います。ポリシー1本提示して、その趣旨がよければ、条文の組み立てについては市民で議論する必要はなく、市議会や専門家でやっていただけばよいと思います。

条例案も、最初聞いたときはふーんなるほどと思いましたが、だんだん時がたつと、こういうものが本当に我孫子になければならないものなのか、と思ってきましたね。

「全国に珍しい条例が、我孫子で先駆けて成立」というマスコミ受けねらいのような気がします。

成立に反対の運動も起きているようですし、成立の予想はいかがですか?

514. Re^2: パブリックコメントの締切り 佐藤修 [URL]  2006/08/15 (火) 17:56
前の投稿で、
我孫子のホームページのパブリックコメントが開けないと書きましたが、
事務局に連絡して開けるようにしてもらいました。
締切日が過ぎてしまったのが残念ですが。

それにしても誰も気づかなかったとは不思議です。

512. Re: パブリックコメントの締切り 佐藤修 [URL]  2006/08/13 (日) 21:46
大森さん
ありがとうございます。

実は私もコメントを書こうかどうか迷っていました。
結局、書くのをやめました。
いくつか理由はあるのですが、
直接の理由は、我孫子市のホームページのパブリックコメントのページで、
基本条例案をいくらクリックしても出てこないのです。
私のパソコンの相性が悪いのかどうかわかりませんが、
念のためにいま再度クリックしましたが、だめでした。
要はコメントはしないでくれということかなと勝手に解釈した次第です。
怠惰な住民です。はい。

実はほかにも理由があります。
まず、私は基本条例は不要だと思っています。
住民発議で議論されるようになれば別ですが、
条例のための条例にはもうあきあきだからです。
もう一つは起草委員会に市長が参加していることです。
それが私にはどう考えても理解できません。
そういう委員会でできたものにはコメントするモチベーションが起きません。
勝手にやってよという感じです。
それにコメントしても聴く耳がないような気がしているからです。
これは私の誤解かもしれませんが、
一度そういう体験をすると人間は懲りてしまうものです。

さらにいえば、こういう長い条例案へのパブリックコメント制度にも違和感があります。
大切なのは思想です。
その思想に関するPCであれば、コメントする気になるのですが、
条例文は専門家にまかせればいいと私は思ってしまいます。
細かな表現での議論にはほとんど興味がありませんし、
そんな表現が議論されるような条例は所詮は誰かに悪用されるだけというのが、私の考えなのです。
もし基本条例を作るのであれば、せいぜい3条とまりにしてほしいです。
ちなみに憲法も3条で十分だと思っています。
なぜそう思うかといえば、私の信条もまた3つくらいしかないからです。
「嘘をつかない」「人を差別しない」「できるだけ人に迷惑はかけない」
この程度で、私の人生は判断においてはあまり困ったことがないのです。

今日も自宅に条例反対のポスティングもありましたが、
実は、その反対論にもいささかの違和感もありました。
条例づくりも条例論争も、どうも私にはぴんと来ません。
まずは隣の人たちと気持ちよく付き合えるような付き合いを深めたいというのが、私の今の関心事なのです。

511. パブリックコメントの締切り 大森  2006/08/13 (日) 19:02
佐藤さん こんにちは。
我孫子市の自治基本条例案に、市がパブリックコメントを募集していて、締切りが明日8/14だと思います。
一般市民で、どれくらい投稿があるでしょうかね。
前回の様子を見ても、20に届かなかったということで、一般市民にはあまり関心がない問題なのでしょう。
いっぽうでは、自治基本条例にはっきり反対する会の会報が、ポスティングで2回入ってきました。
何が争点なのか、市議会議員たちの賛否も全然盛り上がっていないようですが、9月議会でそのまま成立するのでしょうか。

499. Re: 2度びっくり 佐藤修 [URL]  2006/07/18 (火) 22:39
匿名の公務員さん
ご指摘のとおりだと私は思っています。
行政の全事業を民営化するなどという話は、
行政を私物化している市長だからこそできることです。

もう一つ、話題があります。
小学校の改築工事などのために、我孫子市は市民債を発行します。
2回目の市民債です。
第1回目は私も共感して、応募し、購入させてもらいました。
しかし、その後、市民債で集めた資金の積極的な活用方策が伝わってこないのに失望しました。そうしたら、今度は学校の改築のための市民債です。
これでは未来の世代から借金をする、普通の市債と同じことです。
自らの任期中に使える資金をやりやすい形で調達しただけの話のような気がしています。
市民債を出すのであれば、それをしっかりと償還するまでのグランドデザインがなければいけません。
ちょっと住民自治の発想を持っている人であれば、そうはならなかったでしょう。
私はこれも市長職の私物化のように思えてなりません。
似たような事例は他にもあります。

否定的なことばかり書いていますが、
それまでの我孫子市の実態を考えれば、今の市長になってかなりよくなりました。
私も応援していました。
批判する人には弁護もしてきました。
なぜこんなことになってきてしまったのか、残念でなりません。

498. 2度びっくり 匿名  2006/07/18 (火) 15:25
7/18朝のテレビで我孫子市役所全事業民営化というニュースを聞いて、びっくりしました。私は多摩地域の生涯学習に従事する公務員ですが、我孫子市役所のそのホームページに「公共の分野を行政が独占する、あるいは支配する、という時代は終わりました。」という文字に接して2度びっくりです。行政の「独占」・「支配」という用語は、これまでの我孫子市政に「地方自治」も「住民自治」もないことになり、そこの公務員は「全体の奉仕者」でなく、独占支配する彼らの「僕」になってしまいます。これは用語だけの問題なのかもしれませんが、簡単にこのような用語が出てしまうところに問題があります。

492. Re: 福嶋市政は(その2) 佐藤修  2006/06/29 (木) 21:55
字数制限があるため、続きを書きます。

あるいは、そのサポートステーション構想ですが、
まずは市民がどういう支援(サポート)を必要としているか、
いま何が問題なのかを、まずは把握してから、それにどう応えるかを考えるべきだと思います。
それが市民の声を聞くということだと考えます。
しかし、そうした調査は私が知る限り、行われていないように思いますし、
構想の説明会にもその情報なしに、ただ構想が述べられ、説明がなされただけでした。
参加者の質問には答えてくれましたが、やはり意見を聞く感じはなく、説明でした。

別の機会に、この件に関して、市長から、「あなたにもわかってもらえないのは残念だ」といわれましたが、この質問にもかなり驚きました。

ほかにも書きたいことがいくつかありますが、
こうした場で書くとどうしても不正確で、誤解が生まれますので、これでお許しください。
もしさらに必要であれば、個人宛にメールをもらえればもう少しお話できるかもしれません。

繰り返しますが、先の私のコメントは、あくまでも私の極めて主観的な意見です。
偏った見方である可能性は大きいです。
それに私は、他の記事でもお分かりかもしれませんが、
物事を単純化して極端に書く傾向があります。
みなさんに誤解を与えたら申し訳ないですが、
それでもブログの記事に比べるとかなり抑え目に書いたつもりなのです。
何しろこのサイトは「コモンズ」を標榜していますので。

491. Re: 福嶋市政は 佐藤修  2006/06/29 (木) 21:54
大森さん

皆無というのは言いすぎでした。
撤回します。
ひがんでしまうと真実が見えなくなりがちです。
反省。
「姿勢」をやめて、「気持ち」
「皆無」をやめて、「ない」に変更します。
あんまり変わらないですかね。

ところで私がそう思うのは、
たとえば、駅前の市民活動サポートステーションの構想づくりに関してです。
一番強く感じたのは、その運営委員会にオブザーバーで参加させてもらった時です。
市民委員もいたのですが、会議であるにもかかわらず、市民委員の意見に対して、議論せずに市長が説明するのです。
またその委員には市民委員のほかに、6人の職員委員がいますが、
いずれも部長職だったと思いますが、2時間の会議中、ほとんど発言がありません。
市長も委員ですので、発言は出来ないのかもしれません。
せっかく、委員が提案しても議論せずに説明して説得させる会は会議ではないと思いました。
市民委員が半分を占める会議でもそうですから、職員とのやり取りは推察できます。
委員会終了後、会長から感想を求められたので、
会議にしては説明会のようだったということと、
職員の委員が自分の意見を言えないような仕組みを感じたが、2時間も管理職がこうした会議に発言もせずに参加しているのは私には税金の無駄遣いのように感じられたと素直に感想を述べさせてもらいました。

この一事を持って市民の声を聞く姿勢は皆無というのは適切ではありませんが、
そのほかの姿勢を総合して、そう感じています。
先に書いた、意見を求めておいて、誤解だといわれた時も、いったい意見を聞く気があるのかと感じました。
聞くそぶりをするのは誰でも出来ます。

(つづく)

490. 福嶋市政は 大森  2006/06/29 (木) 20:45
佐藤さん こんにちは。

福嶋市政は、けっこう市民のパブリックコメントに答えるとか、情報公開制度が進んでいるとか、市役所の仕事を民間でできるものはどしどし移行するとか、けっこうマスコミ受けするニュースは多いですね。

それが
> 最近の我孫子市政は、住民の声に耳を向ける姿勢が皆無ではないか
とは、どんなところからそんな印象をお感じになりますか。

「市民自治が分かっていない」といった面白いセリフが出たなら、このBBSで公開質問状にすれば、いい展開が見られたかも知れませんね。

489. Re: 我孫子市民会館の再建署名 佐藤修  2006/06/29 (木) 18:06
大森さん
ありがとうございます。

最近の我孫子市政は、住民の声に耳を向ける姿勢が皆無ではないかと、私は少しひがんでいます。

今回のことにも少しつながる、サポートセンター構想でも意見を求められたので意見提出したら、あなたの誤解ですという返事が返ってきました。しかも、返事を督促したら、担当部署が市長にお伺いを立てて返事をしてきた結果です。

その後、市長に直接会う機会が2回ありましたが、あなたは市民自治ということがわかっていないと市長から直接言われたのには驚きました。
まあ、わかっていないのか知れませんが。

しかし、まずは住民の声を聞くところから市民自治は始まると思っている私としては、説得する前に違う意見にもきちんと耳を傾けてほしいものです。

いずれにしろ、もっとみんなで話しあえる場をつくってもらいたいものです。
まあ、それをするのも私たち住民の課題なのでしょうね。

ありがとうございました。

488. 我孫子市民会館の再建署名 大森  2006/06/29 (木) 12:47
しばらくぶりの大森です。
我孫子市民会館が、老朽化のため来年春で閉鎖になるそうです。
このあいだ市民フィルのコンサートに出かけたら、そんな話で団長さんが再建賛同の署名をお願いしていました。
私も一筆協力しましたが、再建連絡会というものも立ち上がっていて、WEBでもよびかけをしています。
けっこう市内のいろいろな団体が参加しているようです。
http://www.geocities.jp/abikohall/
こういう市民運動が盛り上がっていくのも楽しみです。

415. Re: はじめてアクセスしました 佐藤修  2005/08/05 (金) 09:18
トンカジョンさん
投稿に感謝します。

自治労も、労働組合全体も、大きな曲がり角ですね。
いや、本当は20年前に曲がり角をまがり損ねたような気もします。
20年以上前になりますが、私は東レと言う会社で、企業文化変革を目指すCIというプロジェクトに取り組んでいました。その時に応援してくれたのが労働組合の委員長でした。彼も会社と並行して、組合のアイデンティティに取り組んでくれました。UI、ユニオンアイデンティティという言葉も、彼が使い始めました。
しかし、会社もそうでしたが、残念ながら中途半端に終わったような気がします。

昨日、福島県の自治研修センターで話をしてきました。
私自身はおそらく10年間、同じ話をしていますが、休息に共感してくれる人が増えてきてくれていることを実感しています。といっても、まだマイナーですが。
面白い時代です。

一度、もしお時間があれば、ぜひ意見交換させてください。
お会いできるのを楽しみにしています。

ありがとうございました。

414. はじめてアクセスしました トンカジョン  2005/08/02 (火) 12:26
自治労という自治体で働く者を中心に組織した労働組合の役員をしているものです。
運動方針の執筆時期となり、考えを整理しているときにこのHPと遭遇し、佐藤さんの論文を読ませていただきました。
向こう10年間を見据えた運動を考えるとき、自治体の変革と職員の意識改革が喫緊の課題と考えます。急激な社会変化に私たち組織が耐えうるのかも疑問です。
労働組合の社会的必要性は重要と考えますが、この社会変化の中で自らの価値とは自問自答する毎日です。今後ともHPを覗かせてもらいます。
                         
                        トンカジョン

413. このコーナーも気楽な交流の場にしたいです 佐藤修  2005/07/18 (月) 21:56
このホームページのホストの佐藤修です。
このフォーラムへの投稿が最近なくなっています。
このフォーラムへの投稿はこれまで比較的重いものが多かったのですが、もちろんそれも大歓迎ですが、
もっと気楽な投稿も歓迎です。

もしホームページを読んでくれた感想でなくても結構ですが、
気が向いたら一声掛けてください。
意外な人が読んでいることを時々知るのですが、
読んだよ、の一言でもいいので、
痕跡を残してもらえるとホストとしては歓迎です。

よろしくお願いします。

もっとも、もう投稿欄の時代じゃないよといわれそうですが。

410. 職安:求人票の「年齢不問」の嘘 根本 賢二  2005/04/13 (水) 06:45
私は、佐藤先生には御世話に為るばかりの今年56歳に為った元サラリーマンであります。と言うよりでした。この「CWSフォーラム」の読者並びに関係者の方々で現在「求職中」と言う方はいらっしゃらない様で、所謂「勝ち組」の方ばかりなのか恭悦至極に存じます。私、失業して2年に為りますが、職安の求人票が我が家のパソコンから検索出来る様になり労働省のお役人様も一生懸命に失業者の後押しをして下さって居られるのだと感謝していました。処が某日、先輩で一級建築士の資格を持っている方から「根本さん!年齢不問と言うのは求人事業所が職安に書類を提出する時に、強引に“年齢不問”と記入する様に指導され止む無く従って居るだけなんだよ!」との事。私もそう言われて見れば心当りが数件有りました。「書類選考」「部長面接」パス。最後の「会長面接」で、年齢を理由で、アウト!同様な事例が数件在りました。以来私は、求人票を貰ってから、求人会社へ電話をして年齢を確認する事にしました。約半数が正直に「実は、45歳位迄の方が欲しいと思っています」との、答え!これでは、有効求人倍数は、上がり役所は“大きな顔”で居られますね〜。処が求職する方は、履歴書と経歴書を書くのに時間を掛け、交通費を掛けて応募して、双方が「面接」と言う全く無意味な時間を掛け『浪費』の何者でも有りません。全く可笑しな事です。

409. 2月のオープンサロン 小林貴博  2005/03/05 (土) 21:59
2月は、お天気のせいでこじんまりとしたサロンだったようですが、
参加メンバー名を拝見して、うなりました。
「なんとまあ濃ゆいこと!」。それぞれ5人分くらいずつの存在感。
ふだんのサロンでは体験できない、
スペシャルな雰囲気だったでしょうね。
行きたかったです、マジで!
行って、ソファの後ろにずっと隠れて見守っていたかった(笑)。
私、とてもお話に入っていける自信ありませんし。

佐藤さんの文章も久しぶりにユーモアセンス爆発で、
爆笑させていただきました。ありがとうございます。

405. 二つの国の平和憲法 斉藤 哲也 [URL]  2005/02/18 (金) 16:26
サロンの再開おめでとうございます。
慌ただしくなってきて、お邪魔できなかったのが残念です。

もう一つの平和憲法を持つ国コスタリカから、ロベルト・サモラさんが来日しています。
今月2月の25日夜、都内で彼の講演があります。ご興味がある方は↓こちらをどうぞ。

http://homepage2.nifty.com/kenpou/

ちなみに、ロベルトさんは↓こんな方。
http://blog.goo.ne.jp/cheolsaito/e/dc43e53aa7a3618bc42823f536a053c4
404. Re: お久し振りです。 佐藤修  2005/02/13 (日) 18:40
四家さん

いろいろと大変だったようですね。
返信は四家さん宛にメールします。

私がいま、取り組んでいるコムケア活動は、
対立ではなく、共創を目指しています。
いろいろな人がいます。
コムケアの集まりにもご参加下さい。

詳しくはメールで。

402. お久し振りです。 四家 明日香  2005/02/12 (土) 17:45
佐藤さん、お久し振りです。法政大学の四家明日香です。
覚えていらっしゃいますか?

私は、昨年鬱病を発病し、社会教育主事の先生と病気がもたらした過度の依存が原因で様々な人とトラブルを起こし、毎日のように社会教育関係者から中傷のメールが届きます。

「君みたいな危険人物には学ぶ権利がない」と私にはっきりいった社会教育主事、大学教授を何人も知っています。

今、就職先に狙っているのは徒歩圏でいけるところ「板橋区ともに生きる福祉連絡会」のコーディネーターを目指しています。
それでなくても、病気になる前から行っていた地元でのボランティア活動を続けたく(卒業しても実家にいることは確実なので)、しかしそれには社会教育関係者とのかかわりがどうしてもさけられません。

これからは精神に病をもった人の学習権保障について社会教育は動いていかなければなりません。社全協が行っている行動は矛盾しています。

私はそのことを訴え続けていきたい。

子どもも大人も心病む時代。だからこそ。

返信 もしくはメールください。

401. ご盛況 小林貴博  2005/01/30 (日) 15:52
28日の再開第1回、ご盛況でよかったです。
出席したかったのですが、仕事がバタバタしてまして、すみません。

たった1年間ですが、こちらの「虎サロ」をやってみて、
その意義や楽しさ、難しさ等、
自分なりに感じるところ多々でありました。
自分としては、サロンに出るのは好きなのですが、
ホストとしての器量と志は不十分だなあ、と思っています。
今後のことはちょっと考えてみます。

400. Re: 1月28日(金) 佐藤修  2005/01/30 (日) 07:42
小林さん
今回はどうやら無事スタートしました。
いろいろとありがとうございました。

小林さんの虎の門サロンにも行きたいとは思っているのですが。
意外とサロンには行けないことが最近良く分かってきました。

やはり場所としてのサロンが必要かもしれませんね。
つまり時間などを設定せずに、365日24時間やっているサロンです。
それができないものでしょうか。
これが次の検討課題です。

399. 1月28日(金) 小林貴博  2004/12/28 (火) 11:25
湯島のオープンサロンは1月からいよいよ本格再開ですね。
こちらの「虎サロ」は1月は私の長期出張とぶつかってしまい、
1回お休みです。12月のサロン参加者には、「湯島が1月から再開」
という情報は伝えておきました。
私も都合がつけば参加させていただきます。

397. Re: サロン再開おめでとうございます! 佐藤修  2004/11/11 (木) 21:43
小林さん

サロンですが、
まだ不安定です。

私も虎の門サロンにいけずに残念なのです。
とりあえずは、11月はやる予定ですが、
まだ不安定なので、ぜひそちらも続けてください。

年内に行こうと思っていたのですが、だめでした。

ちなみに、オープンサロンが契機になって開かれたサロンはほかに2つあるのですが、今年はそのいずれにも1度も出られませんでした。

サロンへの参加の難しさを自分で実感しました。

396. サロン再開おめでとうございます! 小林貴博  2004/11/10 (水) 19:52
先日のコムケア最終選考会は
たくさんの人が集まって盛り上がりましたね。
佐藤さん、お疲れ様でした。
そして、サロンが再開とのこと、おめでとうございます。
選考会会場で奥様にお目にかかったときも、昨年よりずっとお元気そうで、着実に回復されたのだなとうれしくなりました。
再開されたら、またときどきおじゃましたいと思います。
さて、「虎ノ門サロン」はどうしようかな。
湯島よりまったりこじんまりしてて、
これはこれでまた捨てがたい味があります。

395. Re^3: 佐藤さんに質問あるんですが。 佐藤修  2004/11/01 (月) 10:15
今成さん

昨日はコムケアの選考会に参加してもらったのに、
お会いできずに残念でした。
昨日の会で、全国の実践者たちからたくさんの元気をもらいました。
ホームページも間もなく再開できそうでです。

ところで、
>「生産」と「破壊」とは同義語です

に関してですが、
15年ほど前に、ある雑誌に「脱構築する企業経営」と言う連載記事を書いていましたが、次回の更新時に、もし間に合えば、その中から、生産は破壊と同じだと言うことを書いた部分を掲載するようにします。

この連載は、私にはとても愛着のある連載でした。
序章は「大企業解体の予兆」でした。
私の認識では、時代はほぼそうなってきていますが、
まだ関係当事者はそうは思っていないようです。

昨日、NPOが取り組む20のプロジェクトの発表会をやったわけですが、参加された大企業関係者の方は堂感じられたでしょうか。
今度聞いてみたいと思っています。

394. Re^2: 佐藤さんに質問あるんですが。 今成宗和 [URL]  2004/10/31 (日) 23:01
またまた目からウロコです。

> つまり、「生産」と「破壊」とは同義語ですが

なるほどその通り。
飽くなき生産性向上を目指す現代の企業は、みんな飽くなき「破壊」を目指してるってことになりますね。非常に解りやすい。

映画は、別に観なくても‥‥
橋本さん、矢辺さんは、感動するかも。たぶん。
恵比寿ガーデンシネマ他でやっております。
http://www.herald.co.jp/official/m_cycle_diaries/index.shtml
393. Re: 佐藤さんに質問あるんですが。 佐藤修  2004/10/30 (土) 15:36
今成さん
ありがとうございます。

質問への回答です。
ずれないようにしないといけませんね。はい。

> 結局あれなんでしょうか。工業化というのが、循環の仕組みを持たないからなんでしょうか。自然から収奪する一方だからでしょうか。そう考えていいんでしょうか。

そうなんです。
自然を加工する仕組みが一方向で循環していないからです。
エントロピーとかいう説明方法もありますが、
そんな難しく考えなくとも、
一方向への活動はどこかで限界が出てくると言うのが、
私の単細胞的な発想です。
論拠には乏しいですが。

つまり、「生産」と「破壊」とは同義語ですが(視点が違うだけです)、破壊すべきものがなくなったら、そこに依存して生きている私たちの生命の立脚点が損なわれると考えたのです。

日本の古来の農業は循環型ですから、「無限」の発展が可能です。

これでいいでしょうか。

ちなみに、私の発言はあんまり論理的でないのです。
かなり論拠に乏しいものが多いです。

> あと、全然関係ないですが『モーターサイクル・ダイアリーズ』お勧めですよ。チェ・ゲバラの青春時代を描いたロード・ムービーです。

最近、映画を見る気分が起きません。
が、見るようにします。
どこで見られますか。

392. 佐藤さんに質問あるんですが。 今成宗和 [URL]  2004/10/30 (土) 11:13
> 大勢の人ってだれですか。
> そこにご自分は入っていますか。
> 私は入っていますか。

そう、結局そこなんですけど‥‥。
以前テレビで、竹中平蔵大臣に八百屋の主人がガチンコするという余興をやっていて、そのご主人が「竹中さん、いまホウレン草いくらするか知ってますか?」って訊いたんですよ。
そしたら「うッ」と詰まって、その後なんて言ったか。話をすり替えて、マクロ経済の話をし始めたんですよ。八百屋の主人に。
詐欺師ですワ、この竹中って人。

話変わりますが、佐藤さんに質問があるんです。
佐藤さん、どこかのページで「工業化は死に至る産業」「死に至るシステムを内包している産業」というようなことを書かれていたでしょう。(すみません、正確じゃないかも)
「なるほど」と思ったんです。僕はそこまでは考えていなかった。佐藤さんのこの発言には根拠が示されていなかったんですが、僕もない頭で考えたんです。どうしてかって。

結局あれなんでしょうか。工業化というのが、循環の仕組みを持たないからなんでしょうか。自然から収奪する一方だからでしょうか。そう考えていいんでしょうか。

あと、全然関係ないですが『モーターサイクル・ダイアリーズ』お勧めですよ。チェ・ゲバラの青春時代を描いたロード・ムービーです。

391. Re: 「現実的ではない」という言葉は捨てましょう。への投稿 佐藤修  2004/10/29 (金) 09:16
書き込みを怠っている佐藤修です。

今成さん

>でもそうすると、苦し紛れにまたこういうこと言う人がいるんですよ>ねぇ。「でもそれって、たった○人のことでしょ。私たちはもっと大>勢の人のこと考えてるんです」って。
>そういう時は‥‥、うーん、困ったなぁ。

こう質問したらどうでしょうか。

大勢の人ってだれですか。
そこにご自分は入っていますか。
私は入っていますか。

390. 「現実的ではない」という言葉は捨てましょう。への投稿 今成宗和 [URL]  2004/10/28 (木) 00:36
何年前だったか忘れましたが、ある流通企業の店のバックヤードに入ったらそこに張り紙がしてありまして、本部の指示というかスローガンが書いてありました。その5行ほどの短い文に、なんと「改革」と「革新」という言葉が4回も出てくるんです。「ああ、この会社はぜんぜん革新する気がないんだな」と思いました。

「革新」を言う人は、間違いなく「革新」する気のない人です。もしくは方法論を持たない人です。真に「革新」する人は、革新の「中身」を語りますから。
それにしても、会社は好きですね。「革新」とか「V字回復」とか、無意味な言葉が。
トップの訓示って、必ず「今期は予算達成にあと5%足りません。みなさん諦めないでもう少し頑張っていただきたい」って。
いったいどう頑張るか、その方法論がついぞ示されない。

具体的方法論がないから、「頑張れ」だの「改革」だのと。
要するに上がバカなんです。「ベンチがアホやから野球がでけん」と言ったのはエモやんですが、それと同じです。
でも‥‥
僕は、「時代の変化の中で、新しい視点を主張する」方法論にも問題があると思います。僕は、こういうワカランチンには「ビジョン」を語ってはいけないと思います。

男というのは、どうしもなく「フレーム発想」なのです。枠組みを考えてから具体論に行こうとする。会社という枠組みに入って出世を考える。スポーツというルールの中で競争する。一歩を踏み出さないで、「構想」だの「研究」だの「議論」ばかりしている。それを計画的で、頭がいいと錯覚してるんです。思いついたらすぐに行動する女性とは正反対。まったくバカな野郎どもなんです。
こういうフレーム発想になれた人たちにビジョンを語ったら、そりゃ「理想と現実は違う」ってアホな事を言いますよ。彼らの思考のフィールド内ですから。

彼らにフレームを語ったらダメです。そうじゃなくて、現実に起きている小さな具体的な行動を語るべきだと思うんです。そこには、彼らは入って来られません。なにしろ行動しない人たちなんですから。そこで言ってやればいいんですよ。「あなたたちは、何かやったの?」って。「泥棒はいけませんよ」って。
でもそうすると、苦し紛れにまたこういうこと言う人がいるんですよねぇ。「でもそれって、たった○人のことでしょ。私たちはもっと大勢の人のこと考えてるんです」って。
そういう時は‥‥、うーん、困ったなぁ。

389. Re:恐縮です。 向阪夏樹  2004/10/18 (月) 22:18

 今成さん、レスをありがとうございます。


 >しかし、自分の中の「偽善センサー」というのがピコピコ鳴ってうるさいのです。

 おそらく人間界の軋轢の中で長年心身をすり減らしてきたことから、今成さん特有の敵味方を嗅ぎ分ける嗅覚ないしは相手を具に看抜く眼力がそうさせるのかも知れないと、ふと想いました。

 >自分のブログにも書いたのですが、私は大前研一という人が嫌いです。このベンジャミン・フルフォードという人と、全く同じ文脈なんです。

 一般論として、大前研一氏が流布しようとしているアングロサクソン流の戦略的思考は、グローバリゼーションが進展する世界の中で生存のゲームを生き抜いていくためには必要なことかも知れません。しかし、遺憾ながら一部の人達を除くと、日本人の心象風景にはそれを受け留めて血肉にすべきEthos(心的習性)の伝統もPathos(情念)の遺構も見当たりません。ですから、大前氏をはじめとするMBAや米国流の経営学の洗礼を受けた人達が信奉するイデアには納得することができても、消化して後、自身のエネルギーにまで転換できないのが日本社会の現状ではないでしょうか。さらに、日本型経営あるいは日本的システムと云われるものも制度疲労によって最早機能しなくなり、バブル経済の破綻と不良債権の堆積となって現出したことは衆目の一致するところです。
 たしかに未だ決定版にまでには至っていませんが、処方箋の調合は喫緊の課題であることに変わりはないでしょう。それにしても、為政者とその下僕達の無策には目に余るものがあります。

 >我々を幸福に導くのは「マクロ丸」というタンカーなんだと、ずっと言われ続けて来ました。小泉艦長の舵取りが悪いからと、ベンジャミン・フルフォード氏のように艦橋の下からワーワー文句を言うのか。それとも操舵室にいる別の人にバトンタッチしてもらうのか。いっそのこと殴り込みをかけて舵を奪ってしまうのか。

 日本人は「マクロ丸」を建造し稼動している主体が自分達であることを忘れているか、分有(個別的所有)している事実を認識していないのではと想われます。無責任体制の放置こそが「政・官・業・ヤクザ」の為すがままにさせている元凶なのですが、この無責任体質を強化しているのもやはり無自覚な我々ではないでしょうか。特に、源泉徴収制度の保持などはその悪しき典型であると考えています。
 
 また、会いましょう。

385. 恐縮です。 今成宗和 [URL]  2004/10/16 (土) 19:42
向阪さんへ
私あてにReがあったのに気づくのが遅れました。申し訳ありません。また自分のあまり真面目でない、ブログも読んでいただき恐縮です。
私には、難しいことは解りません。教養もないので、言葉も知りません。しかし、自分の中の「偽善センサー」というのがピコピコ鳴ってうるさいのです。

自分のブログにも書いたのですが、私は大前研一という人が嫌いです。このベンジャミン・フルフォードという人と、全く同じ文脈なんです。
出だしは、政治の無策を批判する。次にマクロデータを並べて自分の見解を述べる。最後に「これが勝者の道」だと読者を誘導する。当たり前といえば当たり前ですが、その背後にある根本的な思想が、文脈のうまさに隠れてしまってよく解らない。そこが問題だと思っています。

ベンジャミン・フルフォード氏には悪意は全くないでしょう。ただ職業人としての自分の経験と信念に従っただけなのでしょう。しかし、経済学者という人たちも含めて、このテの人たちには「私」や「個」という視点がまるでありません。そこが?です。
その意味で、私には泥棒国家を運営している人たちと、あまり違わないニオイを感じるのです。

なぜ多くのサラリーマンが、大前研一の本を読んで「なるほど」などと思ってしまうのか。(実は、自分もそう思っていました)
でも、自分の身近な幸福感と、マクロ経済とは大して関係がないはずです。いや、なくはないです。それどころか、我々は「マクロ丸」という巨大タンカーの甲板の上で、子供とキャッチボールしているだけの小さな存在。親亀コケたら皆コケたとなってしまう可能性大です。しかし、敢えて「関係がない!」と言いたいんです。

我々を幸福に導くのは「マクロ丸」というタンカーなんだと、ずっと言われ続けて来ました。小泉艦長の舵取りが悪いからと、ベンジャミン・フルフォード氏のように艦橋の下からワーワー文句を言うのか。それとも操舵室にいる別の人にバトンタッチしてもらうのか。いっそのこと殴り込みをかけて舵を奪ってしまうのか。
しかしもう、そういう視点にあること自体をやめたい。私は私の手漕ぎオールでタンカーの進む方向とは関係なく漕ぎ出したい。たとえそれが、なんの推進力にならなくても。

383. Re:『泥棒国家の完成』を読んだのですが・・・・ 向阪夏樹  2004/10/09 (土) 14:08

 今成さん、はじめまして、向阪と申します。
 【東京ライフスタイル日記】を楽しく拝読させていただきました。今後は定期的にアクセスしようと考えています。

 さて、正直を申し上げて著者が現在『Forbes』の極東地区担当記者であることに引っ掛かるものを感じていました。つまり、ベンジャミン・フルフォード氏がジャーナリストとしての問題意識をどの程度に拡張もしくは深耕しているのかといった疑念です。おそらく、文脈の中に卓越した政治的視座や文明批評的視座の欠片も見出し得なかったことに起因しているのではと思い当たります。そこからは、『泥棒国家の完成』が経済至上主義の枠組みを超えた視点からの社会批評とは云えず、しかもその延長線上にはグロ−バリゼーションの単なるお先棒を担いでいる姿しか穿つことができないとの今成さんの見解は肯けるものでした。

 今成さんのご指摘の通り、後半部分はどうも見ても一般読者向けとは思えない内容です。幾許か著者の心情を慮ってみますならば、その部分があったからこそ前半部分のアジェンダが提示できたのではと考えられないこともないのですが、本当のところは判りません。しかし、日本におけるジャーナリズムの不在の状況を嘆く一方で、解決策を提起している訳ではありませんので、この点でも問題意識の浅薄さが露呈しているとも思います。

 しかしながら、それは著者のポジショニングからくる問題意識の限界性を表象するものとして詮無きことかも知れません。惜しむらくは、社会の公器を掌る者として著者自身で泥棒達が寄生している構造をもっと深く掘り下げて、寄生がもたらす災禍を詳らかにしていなかったことです。特に「官・業」に纏わるデティールへの拘りこそ著者の真骨頂ではなかったかと想われるのです。

 この本が我々日本人にとっての当事者意識の喚起に如何ほど役立つものか、俄かには判然とはしませんが、まさしく『泥棒国家の完成』に向いつつあることへの警鐘になるのならば、それに越した事はないと思います。けれども、その反面、人々の視野から問題の重要な部分を隠蔽したり、人々の諦めの感情を助長することになるとしたら、それはまた由々しき事態であります。そこまで、著者が作為的であるかどうかは謎ですが、案外、インデックスを附す程度の表層的なジャーナリズムの域を出てはいないのかも知れません。
 
 また、会いましょう。

382. 『泥棒国家の完成』を読んだのですが‥‥ 今成宗和 [URL]  2004/10/09 (土) 09:26
佐藤さんのお勧めで、さっそく『泥棒国家の完成』を読んでみました。
確かに仰るように前半は興味を持って読んだのです。しかし全部読んでみて、ため息が出ました。この本が持っている構造を考えると、実に下らない本だと思いました。
私のコメントを拙ブログに書いたので、よければ読んでください。
http://blog.livedoor.jp/tokyo_lifestyle/
381. ベンジャミン・フルフォード著『泥棒国家の完成』に寄せて 向阪夏樹  2004/10/08 (金) 14:39

 またまた佐藤様よりご紹介がありました、ベンジャミン・フルフォード氏の近著『泥棒国家の完成』(光文社)に関するまったくの雑感です。


 これは、上智大学に入学し『英文日経』の記者でもあった親日家のジャーナリストによる日本の現状への憂いと、同時に、国民にたいし実態を詳らかに伝えようとしない日本のメディア(ジャーナリズム)にたいする諌言と言ってもよいかも知れません。

 タイトルから想起したのが、産業革命以降それまでの特権階級(旧貴族)に成り代り、政府の中枢に寄生して政治的・経済的盟主に成り上がった者達を揶揄した言葉“泥棒貴族”です。古くは西欧に君臨したロスチャイルド家や米国ではヴァンダービルトやロックフェラー等が代表格でしょう。嘗てM・ウエーバーは近代国家の将来を才知ある官僚達の経営に託そうとしたものですが、その意に反し今日の官僚はすっかり“泥棒貴族”の下僕に成り下っています。
 こうした状況は何も西欧や米国だけのことではありません。日本の現状を顧みて、我々国民が著者の警告を如何に受けとめるべきかを考えていくと、暫し暗澹たる想いになります。想像を遥かに超えて、泥棒達(政治家、官僚、ゾンビ企業、ヤクザ)による日本人一般にたいする収奪と懐柔の状態は進行している模様です。

 果たして、我々国民はこの状況を打破すべき意欲や術を持ち合わせているのでしょうか。遺憾ながら私は悲観的な見方をしています。例えば1940年に戦費調達のために導入された源泉徴収制度は戦後も継続され今も尚維持されていますが、それは国民に納税の痛みを忘却させているばかりではなく、納税者の権利意識の高揚を阻害している元凶にもなっていると思います。
 著書では日本の大手新聞に纏わりついているしがらみに多少は触れていますが、A新聞は宅配制度のもとで約3割を占めるとも謂われるS学会員の購読者におもねり、M新聞は経営上の都合から印刷部門をS学会系企業に委託ぜざるを得ない等、他にも容易には力関係を解除できない現実の壁があります。

 それでも問題解決のために、少なくとも戦前から戦後にわたる日本人の政治意識の再点検を通じて、特に源泉徴収制を無批判に受け入れたまま手放そうとはしない心性から、さらに著者も指摘しているように根拠なき「日本特殊論」の呪縛から、自らを解き放つ作業に我々日本人は着手してもよい時節ではないでしょうか。

 また、会いましょう。

380. 武田氏の近著に寄せて 向阪夏樹  2004/09/13 (月) 03:08

 佐藤様よりご紹介がありました、武田文彦氏の近著『赤ペンを持って「憲法」を読もう―とんでもない言い回しがいっぱい!』を一読しての雑感です。


 日本国憲法の条文の文言や言葉使いについて逐語的に詳らかにした非常に分かり易い解説書であると思います。そして、精査のプロセスを通じて日本人の民主主義にたいする認識を高めたいとする著者の“想い”を紙背に感じることができる、ハンディーな啓蒙の書と言えると思います。
 ただ、同時に、先ずは日本人は民主主義に関し基礎的レベルの理解から開始しなければならぬといった諦観めいたものが、武田氏の意識の根底には潜んでいるのではとつい憶測してしまいました。

 憲法問題については以前にも触れましたように、如何にしたら日本のEthosもしくはPathosによって、リアルな意味での立憲主義に立脚することが可能か、さらには日本人が民定憲法を我がものとして引き受けることができるだろうかといったテーマに相変わらず拘りをもっています。しかし、なかなか答えは見つかりません。
 この答えを見つけ出していこうとするときの基本的な認識として、私は、憲法学者樋口陽一氏の「日本人はエトノス(民族等、「自然」の存在)ではなく、デモス(社会契約の論理によってつくられた「人為」の産物)たりうるか。」といった問い掛けを肝要なものと捉えています。これは、「日本人は民主主義(デモス=人民の意思による支配)を獲得しうるか。」、あるいは「日本人は民主主義を体現しうるか。」と言い換えることができるでしょう。
 さらに、樋口氏は『憲法と国家』(1999年岩波新書)の中で、近代立憲主義の核心は「個人の尊重」=「個人の(生存権にたいする)尊厳」にあり、さらに近代立憲主義の前提は、“権力への懐疑”であり、かつ“権力をコントロールする可能性への健康な信念”である、と説いています。これは、単に社会参加を促すだけに終わらない、民主主義社会を形成し堅持していくべき構成員としてのコミットメントを問うものです。

 日本人が民主主義や近代立憲主義に本当に目覚めることができるかどうか、楽観は許されません。けれども、日本国憲法の読解を通じて、そのことが私達日本人にとって己のEthosの様態やPathosの存否に対峙する契機になるならば、少なからず日本人の政治的自立に資する可能性があると想われます。
 
 また、会いましょう。

379. 選挙は今でも行けますので、ぜひ行きましょう。 佐藤修  2004/07/06 (火) 16:31
増山さん
ありがとうございます。

増山さんのコーナーを作りましょうか。

増山さんのご指摘の通り、今の代議制度は少数が支配するための制度です。そもそも民主主義は、思想としては「みんなのためのもの」ですが、制度としては、支配のツールです。
そこを勘違いすると危険です。

私が以前、事務局長をしていた、リンカーンクラブの代表の武田文彦さんは」代議制民主主義は民主主義ではない」と言い切っていますが、まさに少数支配の仕組みです。

しかし、にもかかわらず、
選挙はそうした現実を変えて行く重要な場です。
ともかく行きましょう。

ちなみに、最近は選挙日に都合の悪い人は、
簡単に事前の投票ができます。
11日にいけない人はぜひ明日にでもぶらっと選挙に行きましょう。

歴史を変える選挙になるかもしれません。
いや、そうしたいです。

378. とにかく、皆さん、選挙にいきましょう。 増山 博康  2004/07/06 (火) 00:00
佐藤さん

たまに登場しての乱筆乱文、失礼しました。

とにかく、みなさん選挙にいきましょう。
投票率50%で定足数50%の過半数ってことは、
単純計算で、50%×50%×50%=12.5%で、何でもできるってことですよね?

これに選挙区制度とか、派閥の力学とかいろいろ加わえて
考えたら・・・

「わ、恐ろしい、ホント、何パーセントの意志で動かせるの?」
って感じですよね。

こっちも恐ろし過ぎて、封印せざるえませんねぇ。

やっぱり、みなさん、選挙にはいきましょう。
政治家個人を愛せるかどうかは別にして、とても愛せないと思っても、
やっぱり選挙にいきましょう。

377. これ以上書くと・・・ 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:53
ことによると、もしかすると、ひょっとすると・・・。

僕としては、精一杯の想像力を働かせ、理解する努力をしてきたのですが、それで、どうしても、何も出てこないのは、もしかすると・・・。

これ以上書くと、メチャクチャ恐ろしい言葉になるような気がするので、本日は封印しときます。

376. 単なる勘ですが・・・ 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:48
過去の政治家についての記録や著作を読むと、「当時、誰も知らなかったけど、その立場にいる人だけが知っていた苦労」みたいなものがあったなんてことが分かることもあります。

そういう記録を読み続けての「勘」としては、
ああいう立場の人が「こういうことを言う時」と言うのは、「なんか事情がある」ってことがあって、

僕の主張に合う合わないは別にして、小泉さんについても、ずっと、
どうしたら理解してあげられるんだろう?って考えてきたんですが、

どうしても、その手の「勘」を働かせて理解してあげることが難しいってのが、最近の感想です。

374. 最後の部分は分からないけど・・・ 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:44
僕は隠れた趣味としては、いろいろな過去の政治家とかについての本を読むのが好きで、いろんな立場の人が書いている記録を読んでは、「あの人の価値観としてはこうだったんだろうなぁ」って推測するのが好きです。

まあ、結局、最後の部分は、どんなに推測しても、本人以外分からないだろうし、政治家への評価ってのは、そういうレベルじゃなくて、結果責任だと言うのも正論なのですが、

なんと言うか、今の政権観ていて、できれば、「あの人なりにこう考えたんだろうなぁ」って自分なりに理解して、「自分の考えとは違う面もあるけど、こういういい面もあるよな」、「だけど、それはもっと別な角度からみたら、こういうことだよなぁ」って客観的にみる努力もした上で評価したいんだけど、

そういうことができないってのは、何かもの悲しいですね。

373. やっぱ過保護はだめかなぁ 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:26
別にね、僕は子供の時、阪神ファンだった(今はプロ野球そのものに関心をなくしました)し、1ドル360円にこだわってたわけじゃないんですよ。

ただね、ある心象風景の世界ってものがあって、それがある時点で崩壊したとしかいいようがないってのが、僕の人生経験の出発点なんですよ。

で、前に田中角栄さんが批判された時、僕は「何であの人はああいうことをしたんだろう?」って一生懸命考えたら、「活動家」の人から起こられたんだけど、これってやっぱ過保護なのかなぁ?

でも、やっぱ、その人の行動って、その人なりの世界観の帰結だと思うし、できるだけ理解したいって思うんだけど、政治家に対してそういうことを考えるのは、過保護なのかなぁ?

372. よけいなお節介かなぁ? 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:21
要するに、「野球は巨人」、「首相は佐藤さん」、「1ドル=360円」てえのが、長島最下位、ニクソンショックで崩壊した立場としては、個人の価値観なんて、「その程度」だって気がするし、

小泉さんがアメリカ大事ってのは、ある部分まで、「英米にたてついて、戦争までやってひどい目にあった」ってやっぱり教育されてきたプロセスがあるからだって気がする。

でも、成長のプロセスで、自分を養ってきた「価値観」なんて、たかがそんなもんだってことに気づき、同時に、「これだけは」って思う、何かが残るように思う・・・。

小泉さん観ていて、どうしても、そういう意味での「これだけは・・・」ってことに、こだわって、ブッシュさんと約束しているように見えない。

もしかすると、あの人、そういう意味での「挫折」を味わったことがないのかなぁ?

そうだとすると、ホントに小泉さんの立場に立って、僕は心配なんだけど、これってよけいなお節介かなぁ?

371. ところで・・・ 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:14
僕がメチャクチャ不思議に思うのは、何で小泉さんは、あんなに「アメリカ」を大事にするんだろうってことです。

ひとつの仮説としては、日本の指導層の一部に、日露戦争の後、英米にたてついた結果が悲惨なことになったことへの裏返しの認識が根強く残っているって言い方も成り立つような気もするんだけれども、

「個人」の脳味噌は、個人としての認識を育むはずだから、
小泉さんなり、日本の政治リーダーのある人達が結局「アメリカ」を重視するのは、やっぱり、「個人史」の中でどうだったんだろうって思わざる得ないんですよね

370. 30〜40年ごとに歴史をさかのぼると 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:07
だいたい、僕が子供の時、携帯電話どころか、家に電話がなかった。
テレビも電話も、家に初めて来た日を僕は覚えている。

その30〜40年前は、日本は焼け野原だった。その30〜40年前って確か「成金ブーム」だったんじゃ・・・?
その30〜40年前は、明治の国民国家が成り立つかどうかも怪しいって時代で、その30〜40年前は、「日本人」なんてアイデンティティも怪しいぐらい、藩だの身分だのに分かれていた。

黒船来航の時点で、大日本帝国の姿を予想できた奴なんて誰もいないんじゃないかなぁ?

369. 歴史の教科書に書いていませんが・・・。 増山 博康  2004/07/05 (月) 23:03
ニクソン・ショックとかってものがあって、いきなり、ドルと金は交換しないだの、共産中国と国交回復するだの・・・。

後、お米は頭が悪くなるからパンを食えとか、東南アジアでは二期作どころか四期作ぐらいまでやっている場所もあって、日本はもっと米の生産性をあげるべきだとかって言っていたら、いきなり大豊作で「古米」ができたら、給食に米を出すわ、減反を始めるわ・・・。

それから、「菊と刀」とか、日本人は「恥」はあっても「罪」の文化はないとかってのも、仕事で外国人と付き合うようになってから、そういうのって人によるってホント思うようになりました。

日本は中進国で、日本製のクルマがアメリカでも評価されているんだとかって、小学校4年生の時に習ったけど、あっという間に古くなったし
・・・。

10代になるかならないかのうちから今に至るまで、価値観が激変せざる得ないことが相次いだので(普通の40代の人は生活に追われて、こういうことを細かく想い出さないだけで、僕はたまたま暇(?)なので、よく考えてみるとって感じです。社会構造の変化は、戦争体験のような「アイデンティティ」のある形で共有されませんが、たぶん、あの時代を経た人達の深層心理にこびりついていると思います。
統計的にみても、高度成長期の地方の人口流出総数は、第二次大戦の戦死者数を上回るそうです。
政治家を信用しないのは、そういうことの帰結なのだと思います。)

今言われている評論のうち、40年経って役立つものはどれなんだろうと、懐疑的にならざる得ませんね。

368. ナセルはイスラムの大統領じゃなかった 増山 博康  2004/07/05 (月) 22:52
佐藤様、向阪様

お久しぶりです。

僕が小学生の時、1ドルは360円で、世界一大きな国はソ連で、首相は佐藤さん、都知事は美濃部さん、野球は巨人軍、「アラブの大統領」はナセル、相撲は大鵬、将棋は大山名人と相場が決まっていました。

サウジアラビアは「サウド家のアラビア」、ハシェミテ・ヨルダンは「ハシェム家のヨルダン」って意味です。

第一次大戦を経て成立したアラブの国々では、国名に「イスラム」はつきません。パキスタン・イスラム共和国、イラン・イスラム共和国のように、「非アラブ」国家でイスラムを冠した国名が用いられています。

イスラムが注目を浴びだしたのは、80年代のイラン革命以降ですよね?

367. Re: 岡田さんへのメール 佐藤修  2004/06/16 (水) 15:58
山辺さん
お久しぶりです。
16年ぶりではないでしょうか。
お会いするのはご無理でしょうが、
ぜひまた活動をはじめませんか。
どこかでご一緒できるとうれしいです。

岡田さんにメールした返信です。

佐藤 修様
メールをいただきありがとうございます。
いただいたご意見は岡田にも報告し、今後の参考にさせていただきます。
引き続き、岡田ならびに民主党へのご支援をよろしくお願い申し上げます。

*******************************
衆議院議員岡田克也事務所
Tel:03-3508-7109(内線5443)
Fax:03-3502-5047
E-mail:g01083@shugiin.go.jp
*******************************

365. 岡田さんへのメール 山辺智明  2004/06/10 (木) 09:41
佐藤さん
17年ぶりでしょうか。
いつも読んでいます。

岡田さんへのメールは返事が来ましたか。
CWSプライベートも読ませてもらいましたが、
本当に新聞から話題が消えましたね。
気持ちが悪いですね。

________________________________________

364. Re: デジタル思考はイヤだな(2) 佐藤修  2004/05/17 (月) 12:12
以前はこまめに投稿に反応していましたが、
最近は反応せずにすみません。
もちろん私は毎日、このコーナーにも目を通しています。
投稿があるとすごくうれしいです、

さてデジタル発想ですが、私はもちろんアナログ派です。
デジタルは、制度パラダイムにおける発想であり、技術だからです。
個人パラダイムの社会では、あくまでも技術のサブシステムでしかありません。しかも、コミュニケーション技術としては極めて粗雑なレベルです。
ですから今成さんに同感です。

が、署名についてはちょっと違います。
デジタルでないがゆえに、気分で署名に応じてしまいます。
集まった署名そのものに、何らかのパワーを感じているわけではなく、
むしろ署名運動を起そうという気になった、発起人の思いに共感するかどうかです。
ですから、私もまた、署名を勧めることもあります。
たとえば、このホームページでも、
アミネさん家族の強制退去処分を取り消す署名のお願い(2004年4月5日)
という記事を書きました。

自己満足といえば、自己満足です。

しかし、また、
今成さんのメッセージにも共感します。
いい加減ですみません。迷い多いです。
まあ、なにしろアナログ派ですから。

ところで、情報化ですが、これは確かに恐ろしい話です。
以前、情報化とは非情報化のことだと、私は喝破?しました。
この論文が陽の目を見なかったのは残念です。
この発想で情報システムを考えれば、おそらく今とは違った仕組みが生まれたはずです。

今度、探して掲載します。


363. デジタル思考はイヤだな(2) 今成宗和  2004/05/10 (月) 12:03
(続きです)

「そんな深刻に考えること無いのよ。お付き合いで書いておきゃいいのよ」と言う人もいるでしょう。友人関係をおかしくしないために。
しかしそうすると、署名の呼びかけに真剣に考えた結果書けなかった人は「NO」になり、「YES」は、いい加減に書いた人の集合ということに、ならないとも限りません。

今回の事件では、マスコミ報道(特にテレビ)のヒドさに憤慨された方も多いでしょう。テレビは、どんな問題でも、二者択一の単純な対立構造に物事を整理し、あまつさえ片方の(テレビ局が決定する)「正義」に誘導するような番組作りをします。
しかし、「署名をしてください」という呼びかけも、私はこれと同じだと思うのです。
物事は、なんでもそんなにデジタルに割り切れるものではありません。

ある方が、私にこう教えてくれました。「情報社会は詐欺師の時代。一番の詐欺師は善意の顔をしてやってくる」と。なるほどと思いました。

この「善意」ということが難しい。「善意」から善行をしている人、本人は「善意」だと確信しつつ実は悪行になっていることに気がつかない人、「善意」を隠れ蓑に悪事をはたらいている人、といろいろです。なかなか区別がつかないので、最近ではそれをジャッジしてあげようという「善意」すら顕れているのです。さてそれは何番目の「善意」でしょうか?

長くなりました。一連の事件報道の中で、中野さんの「エジプトからの手紙」は、デジタルではなかったので有難かったのです。私が求めている情報はこうしたリアリティです。

362. デジタル思考はイヤだな(1) 今成宗和  2004/05/10 (月) 12:01
中野さんからの「エジプトからの手紙」は、大変参考になりました。こういう現場に近い場所におられる方からの発信は、日本にいては感じ得ないリアリティを感じさせてくれるという点で、とても有難いです。また中野さんの視点も冷静で、「同感」と思う部分も多々ありました。

さて、今回の一連の人質騒動で「困ったな」と思うことがありました。それは「署名の呼びかけ」があちこちからネットで回って来ることです。これにはどう対処したらよいのでしょうか?

私が「困ったな」と思うのは、第一にこのネットを使った署名の、有効性ということも解らないし、そうした呼びかけには大抵の場合、誰がいつの時点でどうまとめて、それをどういう使い方をするのだといったことが書かれてありません。もちろん、結果報告もありません。ただ「署名してください」なのです。

まあしかしそれは瑣末なことです。それよりももっと「困ったな」と思うのは、署名という行為が「する」「しない」というデジタルな主張に収斂されてしまうことです。自分としては、但し書きが必要だと思ったり、括弧書きが必要と思っていてもそれを表明することができません。また、理由があって態度保留ということもあるでしょう。

しかし、どんな思いがあるにせよ、結果として署名しなかった場合は「NO」となり、署名してしまった場合は「YES」に組み込まれてしまいます。署名を集めるほうは、第一に数を問題としているので、その回答に至るまでに各人がどんな思考や葛藤をしたかについては知るよしもないでしょう。

これが困るのです。さらに困るのは、ネットを通じた署名依頼が友人関係で飛び交うことです。そうすると、署名を呼びかけたほうも、呼びかけられたほうも、政治的な立場やものの考え方が、デジタルな行為の中に「誤解を伴って」浮き彫りにされてしまうことになります。これではあまりに無神経です。

361. 政府の開き直りの言動が繰り返されていますね。 向阪夏樹  2004/05/06 (木) 17:32
 
 阿部さん、はじめまして。
 佐藤さん、お元気ですか。

 近頃の小泉首相を筆頭にする主要閣僚の情緒的な反応は見るに堪えぬものばかりですが、それらが論理の破綻状態を物語っていると推断するに難しくはないでしょう。しかし同時に、政府側の非論理性を徹底的に追及しないというジャーナリズム側の怠慢と不甲斐無さも目立ちます。70年代及び60年代の状況では、見解表明に際して政府側にも論理的整合性をもたせようと腐心していた痕跡が見られたものですし、メディア側も現在のように簡単に引き下がらず二歩も三歩も踏み込んだ疑義を投げ掛けていたように記憶しています。
 そんな現状の意識状態を反省すべき点が私達国民の側にもあると思っています。日本国憲法を例にとれば、「主権者たる国民が公権力の行使に関して厳しく糺し律していこうとするのが民定憲法の基本理念」であることを戦後の日本人がどれほど自覚できているかといった問題があります。

 私達日本人は敗戦によってそれまでの欽定憲法を否定され、新たに憲法精神を自ら醸成する過程を経ぬまま高度に理念化された民定憲法をGHQから賦与されることになったのですが、そこからの50年間は思考停止を常態化してしまったと言わざるを得ません。これは、皮相的な憲法改定論によって解決できる問題ではなく、本当の意味で日本人の自立にかかわる問題提起であるはずなのですが、改憲派や護憲派双方にどれほどの認識があるのか大へん疑わしく思っています。殆どの場合、民定憲法の基本理念が明示されることなく改憲か護憲かの論議がなされ、憲法は国民を律し国民に遵守させるべきものとして捉えられていることには変化がないようです。

 欽定憲法に勤しんだ人達にとって民定憲法の精神を理解するのが容易ではないのと同様に、自らの労苦を介在せずに予め答えを与えられてしまった人達にとっては改めて解答のプロセスを遡行するのは煩わしいことかも知れません。しかし、そのような思考停止した心性から改憲を論じようとする昨今の風潮には少なからず危機感を深めています。私は欽定憲法論も協約憲法論も時代錯誤と問題外にしていますが、民定憲法論に立脚するためには基本形である合衆国憲法の成立過程に関してフランス革命を含めて研究することから始めなければならないでしょうし、さらに、米国でさえも未だに民定憲法の完成の途上にあるのだと見ています。

 また、会いましょう。

360. Re: 今いちばん強く思うこと・・・ 佐藤修  2004/05/06 (木) 08:06
阿部さん
投稿、ありがとうございます。

そうですね。
イラク事件も年金も、そうしたことの表れでしかありませんね。

テレビもまた、信念が見えませんね。
アルジャジーラにはミッションの意識を感じますが、
わが国のテレビは、勝ち組志向しか感じません。

しかし、勝ち組とか負け組とか、
日本のジャーナリストは、いやな発想をしますね。

問題は、
では、私はどうするかですが、
妙案が見えてきません。

阿部さん
一度、オフィスに遊びにきませんか。

359. 今いちばん強く思うこと・・・ 阿部達明  2004/05/06 (木) 00:36
初めてのメッセージです。阿部と申します。
わたしが、日本の将来に対して最悪の影響を及ぼすのではないかと今いちばん強く思うことは、
イラク人質でも、年金問題でもなく、
国家のリーダー的存在であるはずの(特に)政治家が、ある人に対しては、針小棒大にひとの揚げ足をとったかと思えば、また別のある人に対しては、今度は、誤ったことにも、たいしたことではないと不問にふそうとする、人によって言い方を180度変える、柱(原理・原則)のまったくない、上っ面の言動を、テレビでいつも見ている今の子供たちに、「あういう風にすれば、勝ち組になれるんだ。」と思われたら(というか、思うでしょう!)、本当に、空恐ろしいということです。
以前から政治家にはあったことだと思うのですが、このところ、あまりにも浅はか過ぎて、テレビで見ていると、気持ち悪くなってしまいます。

358. 「エジプトからの手紙」を読んで 坂谷信雄  2004/04/19 (月) 07:28
坂谷信雄と申します。
中野眞由美さん、ありがとうございます。
色々、中東についての状況生の声を教えていただき、またご意見、非常に共感いたしました。
小泉政権、自衛隊、3人の方への意見についても、私の個人的な考え方は同じです。中野さんの言葉で、腹を決めました。
問題は、現政権の後です。今回の状況が単に個人としての小泉純一郎氏にあるというより、戦後日本が享受してきた状況(経済繁栄・安全保障政策)メリットという代償として支払わざるを得なかったものと考えます。小泉政権後、政権を担うのが誰であれ、日本がどの様な政策をとるべきか、どのような姿の日本にしていくのか、長期的戦略、短期的視点から我々、有権者がしっかり論じる必要があると思います。
 正直私自身、特に長期的戦略(あるべき日本の姿)という点で、「ではどうするのか、どう考えるのか」という問いに答えを出せない状況であることを告白せざるをえません。

357. 小泉政権打倒活動 佐藤修  2004/04/14 (水) 07:36
佐藤修です。
大森さん、向阪さん
ありがとうございます。

イラク事件はさまざまな問題を露呈してきました。
政権構造も見えてきたと思いますし、
関係者の本質が見えてきたと思います。
しかし、なぜか小泉政権支持はあまり動きません。

元外務省の天木さんが、小泉政権打倒の呼びかけを数日前からしはじめました。
私自身は最近、無力感に陥っています。
たくさんのメールがこの数日まわってきます。
テレビもだいぶみています。
テレビを見る暇があれば、国会や首相官邸に行けといわれそうですが、
最近、行けなくなってしまいました。
無力感からは何も起こらないことを知っていますが、
動けないのです。

国会議員の首藤信彦さんの言動に、私は共感しています。
しかし、それ以外の政治家の発言には失望と言うか、腹立たしさを感じます。
イラクや中東の専門家の、大野さんや酒井さんも発言にも感服しています。
こういう人が私たちの未来を開いてくれているのだと感謝しています。

動けない無力感を払拭するために、
書きこみました。
あんまり意味の無い書き込みですが。

昨日、あるまちづくり関係のNPOの人と話していたら、
ホームページのトップ頁に「小泉政権打倒」を書き込んだそうです。
私も次回の更新時に書きこみます。
みなさんもどんどん意思表示していきませんか

もちろん自衛隊派遣賛成でも小泉支持でもいいです。
もっと意思表示しないと、次世代の子どもたちに顔向けできないようになるのではないかと思います。

356. イラクでの邦人3人拘束について 向阪夏樹  2004/04/09 (金) 03:42
 
 イラクと米国との間に戦端が開かれる前までは、日本とイラクとはこれと云った差し迫った関係にはなく、むしろ油田開発を中心にした非常に友好的だった過去がありますし、今もなおイラクの人々にとって日本人は馴染み深い東洋人であることに変わりはないでしょう。そのことは、拘束した側の声明の文面にも表われています。
 そこで、もし彼等に私の思いが届くことがあるとしたら、日本政府の接触を待たずに期限の3日が経過する前に3人の邦人を解放することを切望します。今、邦人(民間人)の殺戮を行なうことは多くのイラクの人達が望む状態をつくることにおいて決して有利には働きません。却って、米国や日本によるもっと強力で陰惨な介入(侵略)の口実を与える結果になるでしょう。
 先ずは自衛隊(日本軍)の撤退を求めることで、今回の目的は達成されているはずです。それ以上の実戦行動は日本において反戦を叫ぶ人々を動揺させ平和回復を支援する気運を殺ぎかねないことになります。
 繰り返しますが、3人の邦人を解放していただきたく強く要望します。良心に基づき深慮する日本や世界の人々は、必ずやその決断を支持するでしょう。

355. 靖国の参拝は、もうやめるべし。 大森  2004/04/07 (水) 22:21
こんにちは。しばらくぶりに書き込みます。

◆小泉首相の靖国神社参拝に、違憲判決が出た。当然の判定。
それなのに小泉さんは、まだ「個人の信条での参拝」「どうして違憲なのか理解できない」などと言っている始末。

◆個人の参拝なら、少なくとも「内閣総理大臣・小泉」などと記帳すべきでない。「私人・小泉」とあえて書けばいいだろう。(それでも批判は出るが)
◆公用車で乗り付けて、「私人の参拝です」など誰が認めるだろう。常識を疑われる。

◆日本人が靖国に参るのに、中国・韓国からとやかく言われるすじあいはない、という理屈がある。
人間は、とかく自分サイドのことを批判されると、受け入れにくいものだ。こういう時は、別の立場で考えてみると、客観的に判断できる。
もしドイツに神社があって、そこにヒットラーを祀ってあるとしよう。
ドイツの首相がその神社へ参拝したら、怒るのはユダヤの人々だけではない。われわれ日本人の常識でも、ほとんどの人は、その行動を非難したり、よくないと思うだろう。

354. 平和サロン 佐藤修  2004/02/25 (水) 07:58
佐藤修です。
平和サロンは10人を超える方が集まってくれました。

また土曜日の更新(今週は日曜日になるかもしれませんが)の時に、報告を書きますが、9時終了予定が9時40分まで終われませんでした。
しかし、生活者の視点よりも、やはりもっと大きな平和論議になってしまいました。
平和を語る事は難しいです。

3月20日に日比谷公園でピースウォークナウの集まりとパレードがあります。
次はそこへの参加するつもりですが、
その話までいけませんでした。

またお知らせのコーナーで、呼びかけさせてもらいますが、
ご関心のある方はご連絡下さい。

サロンに参加してくださったみなさん
遅くまでありがとうございました。

疲れましたね?

353. 木村さんからの手紙 佐藤修  2004/02/22 (日) 11:25
佐藤修です。
迷ったのですが、木村さんからのメールを掲載させてもらいます。

木村です。 このサロンは何としても参加したいんですが、火曜日は9時台まで仕事(横浜)です。

参加できないんで、私の思いを述べさせて頂きます。

私は昭和27年7月生まれで、平和を享受した時代の人間であると同時に、貧乏も見
たり、聞かされたり、戦争も子供の頃は賛美した時代に生きました。

愛読していた少年サンデーなどは、戦争の美談ばかりで、素直に反応していました。
 家では3つ上の姉が、「先の戦争は天皇の名の下に行ってしまった!天皇制がいけ
ない」と言うのに対し、軍隊に何年も行った父は戦争肯定の立場からものを言い、常
に論争してました、家では。後年は、父も自分の考えに疑問を持つようになったよう
です。 ただ、働くばかりの人間でしたから、平和を第一には考えなかった。

私は、何の苦労も無く育ちましたから、平和の大事さを凄く思います。 人間も動物
だから闘争本能があり、戦争はなくならない、と思う時期もありましたが、平和な時
代に生き、多くの凄惨な戦争現場を映像で見るにつけ、軍事は罪もない子供、女の人
を被害に遭わすだけだと、強く思うようになっています。

衣食足りて礼節を知る、という言葉がありますように、満ち足りている人が争い事を
好むはずありません。 何かが足りないと思うか、積極的に戦争によって何らかの利
益を享受したいと思う人たちが仕掛けるのが戦争だと、今は思います。

マザーテレサ、ガンジーなどのような行動をしていくしかない、と思っています。

今、ゲーム世代の人中心に易々と憲法改正を行なおうとしています。

昨日のTBSの筑紫さんの番組では、いろいろな意見を著名人が述べていましたが、
戦争あるべき論からの発想は生身の人間をわかっていない人たち側からの議論だと、
私は思います。

昭和15年9月生まれの田中秀征・元経済企画庁長官は5歳の時に戦争の悲惨さを思
い、そういうことの無い状況を創ろうと、政治家を目指した、っていうんですね。

元々保守の中村敦夫は、今や共産党より過激に写り、8割が改憲の世で変わり者と見られているように思います。

しかし、まともに考えれば戦争につながる道を選択するなんていうことは、原爆を2つも落とされた日本が選んではいけない道だと、私は深く思います。

いろんな意見があるでしょう。 私のは一つの意見ですが、暮らしてきて強く思う今の想いです。 

352. Re: 平和サロンに出席します。 佐藤修  2004/02/22 (日) 06:27
乾さん

憲法がどうあろうと、戦争は良くないですね。
それが生活者の視点ですね。
その視点が忘れられていますね。
私の不満もそこにあります。

しかし、国益の視点からは戦争もまた国益実現の手段なのではないかと思います。
ただ、その国益が、実は意味不明の概念のように思うのです。
私は国益概念は君主国家(近代国家はすべて君主国家という極端な見方を私はしています)の遺物ではないかと思っています。

今回の一連の流れに関して、
わかりやすく説得力を持って、みんなに話しかける人がもっといてもいいかもしれませんが、そうした呼びかけに私は出あえていません。
共感する論にはもちろん出会えていますが、
それが世論を沸騰させるにいたっていません。
イラクが遠すぎるからでしょうか。

乾さん
平和サロンでお会いするのを楽しみにしています。
しかし、向坂さんといい、乾さんといい、
平和サロンはどうなるか心配ですね。
しかし、気楽な集まりにしますから、
みなさん、どんどん参加してください。
いま、連絡があった参加者は9人です。

351. 平和サロンに出席します。 乾 真人  2004/02/20 (金) 12:32
最近、特に強く思うことが2点あります。字数の関係で簡単に記しますが、まず一つは、自衛隊派遣に関するあまりにも不毛な憲法論議です。戦闘地域、非戦闘地域などというアホな論議以前に、あまりにも憲法を“ためにする”ツールとして使っていないか。違憲論者に言いたい。では、合憲だったら戦争を応援してもいいのか。もっと根源的な、なぜ日本は第9条に戦争放棄を高々と掲げているのか。たとえその制定経緯がどうあれ、われわれがそのこと(精神)を守り続けているのはどうしてなのか。条文の解釈の問題ではないだろう。もちろん合憲論者はそれ以前の問題だ。フランスやドイツには戦争放棄の憲法はない。合憲だからOKというのでは、あまりにもイラク国民を馬鹿にした話だし、さらに言えば、大義はともかく、米英に対しても礼を失している。
2点目は、「国益」という言葉があまりにも軽々しく使われていることだ。まるで流行語大賞である。だから本来の意味が分からなくなってしまっている。国益は、お互いに尊重し合うものだ。「日本の国益」と言うとき、われわれ日本人は、相手の立場を理解した上での日本の利益確保であるべきだ。さらに言えば、決して利益“追求”ではない。いま最優先されるべきは、イラクの国益だ。だれもこのことがわかっていない。派遣された自衛隊の隊長の言葉がさわやかに聞こえるのが、せめてもの救いか。

350. 公人ってこんなものでしょうか? 向阪夏樹  2004/02/17 (火) 21:27

 呟きにも似た佐藤さんの一言に、ふと応答してみたくなりました。ただし、以下は学際的とはとても言い難い全くの私見です。

 >向阪さん 公人って、何ですかね。

 私自身所謂公人を意識したことはありませんし、したがって対照的に私人についても意識したことがありません。勿論、ある特定の団体やグループに属したことはありますので、その延長線上にある「公人」的な役割や責任を意識したことはあります。
 英語のa public manは人間(複数)を客体化した表現でしょうが、内実は「個人」であることに変りはないでしょう。公人と私人の使い分けは「個人」の意識があってこそ可能であって、「個人」の覚醒がままならぬ日本人にとって人間を改めて客体化すること、すなわち公人を措定し直すことは容易でないと思われます。
 日本人にとって、唯一公人と私人を別つものは公的な仕事に就いているか否かであるのでしょう。つまり、公職にあるか否かであり、その実体を支えるのは給料の原資が税金であることです。当然、彼等の行動規範が依拠すべきところは納税者の意向のはずですが、それが十分に意識されているかどうかは大いに疑問の余地ありです。
 戦後半世紀以上を経ても尚、日本人の間では公人や私人が政治的行動の言い訳に使われることはあっても、「個人」の意識に裏打ちされた確固たる弁別によるものでないことは明らかでしょう。公(おおやけ)の言葉の一つをとっても旧来の国家という観念の呪縛から脱しきれない日本人の心象風景が反映されていると思います。
 この後は「個人」を追求していくことによって、公人の意味も私人の意味も明らかになり、それらが「個人」の同心円上にあることを見い出していく契機にもなるのではないでしょうか。日本人にとって公人からの発想を可能にするのはそれからではないかと考えています。

 纏まらぬものになってしまいましたことをお詫びいたします。
 また、会いましょう。

349. Re: そんなもの 佐藤修  2004/02/17 (火) 06:33
折口さん

その議員の方に、とても共感します。
そして、私も、

>公人である前に私人の素直な気持ちを出していく事もこの混沌とした時代には必要な事ではないか

と考えています。
そうした素直な気持ちを大切にしたいです。

とてもうれしいお話でした。

向坂さん
公人って、何ですかね。

348. そんなもの 折口 智朗  2004/02/16 (月) 22:29
佐藤さん 向坂さん こんばんは。
お二人の投稿を見て、すごいな〜といつも感心しながら拝見しています。
さる地元出身の議員さんが、この度のイラク派遣の議場を欠席したことで様々な憶測やアレコレと批判がどうやらあるようです。
たまたま知人である市会議員さんが申されるには「別に深い意味なんかなんにもないんだよ!ただね、本人が昔から言われていた事は、兄弟が被爆されていてね若くして亡くなられたんだそうだ。それでね、たとえ占領されても戦争だけはしてはイカンと、その時心に誓ったんだそうだ。」
それが真実かどうかは別として、公人である前に私人の素直な気持ちを出していく事もこの混沌とした時代には必要な事ではないかと愚かな私は考えたのであります。

347. 向坂さんへ 佐藤修  2004/02/16 (月) 21:19
向坂さん

>大多数の日本人が「国民」(Nation)の意味を捉えたのは何時頃だろうか

私は、いまもなお、国民と言う実感を持てずにいます。
県民ですら、さらには我孫子市民と言う実感ですら、持てずにいます。
なぜでしょうか。
自宅の近隣の住民と言う感覚は強くありますが。

そして、その実感から、多くの人が今なお、国民感覚を持っていないのではないかと思っています。ですから税金をはらいたくなかったり、政治に関心がないのかもしれません。
私も税金をあまり払いたいとは思いません。
非国民かもしれません。
いや、そもそも国家なる概念が、不自然な概念なのです。

米国のネイティブが、当初の国民には含まれなかったわけですが、
むしろ憲法はネイティブを排除するためのツールだったのかもしれません。
次第に、それが得策ではなくなったがゆえに、概念の拡張が行われましたが、
つねに支配のためのツールであるように思います。
しかし、ものには常に両面があります。
ですから、被支配者もまた、そのツールを使い込めるわけです。
その意味では、ネイティブにとっても、意味のあるツールです。
活かし方を考えれば、制定者の意図の転覆が可能かもしれません。

アメリカのネイティブだけの話ではありません。
日本の子どもたちにとってはどうでしょうか。
在日外国人はどうでしょうか。

向坂さんに反論しているのではなく、
むしろ共感しているのですが、
国民も 国家も、国益も、難しい概念です。

イラクの復興とはなんなのでしょうか。

346. Re:元気と時間を回復しました     向阪夏樹  2004/02/16 (月) 19:12

 佐藤さん、立ち直りができたとのこと、何よりです。

 >私は、「国民」と言う言葉に、実体を感じられないのです。
 実は私も「国民」や「国益」と云った言葉に馴染めずに困っています。自分なりに「国民」と云う言葉の淵源を求めて過去に幾度か日本史関連を探索してもみたのですが、明確な解答を得るには到りませんでした。それよりも、大多数の日本人が「国民」(Nation)の意味を捉えたのは何時頃だろうかと、そんな疑念を深める結果になりました。おそらく、日本人にとってNationalityが現実的なテーマとして差し迫って来なかったのは、幸か不幸か日本が有史以来他国から苛酷な占領・支配を受けなかった稀有な国であることが大きく関係しているのではないでしょうか。

 >たとえば、向坂さんが言及されているアメリカですが、アメリカの国民とはだれなのか。憲法制定時の国民には、先住民は入っていたのだろうか。
 憲法制定当時のアメリカの国民とは、それまでにイギリスやヨーロッパ大陸から流入した主にアングロサクソン系の人達を指しますので、その後の100年間にわたり一説には4000万人以上が彼等によって虐殺されたと云われる先住民を含んではいません。また今日でも尚、アングロサクソン・アメリカンが先住民の末裔である人々を心の底から同胞と認めているようには想えません。しかしながら、たとえ先住民や他民族を排除した不完全なものであっても、合衆国憲法が基本的人権と国民主権主義の原理に基づく所謂民定憲法の先駆的具現であった事実を見逃すことはできないと思っています。

 平和サロンが、オープンかつラディカルにコミュニケイトがなされる、しかも愉快な場になることを期待しています。
 また、会いましょう。

345. 元気と時間を回復しました 佐藤修  2004/02/16 (月) 07:26
ホストの佐藤修です。

時間破産から立ち直りました。

向坂さんにも返信しなければいけません。
しかしこれは難題です。
平和サロンにゆだねたいと思います。

一言だけ言えば、
私は、「国民」と言う言葉に、実体を感じられないのです。
たとえば、向坂さんが言及されているアメリカですが、
アメリカの国民とはだれなのか。
憲法制定時の国民には、先住民は入っていたのだろうか。
ついついそんなことを考えてしまうのです。
ほとんどの先住民は抹殺されるわけですが。

向坂さん
お会いしましょう。
武田さんも呼びますので。

344. 時間破産の合間を折口さんのメールでちょっとつながせてください  佐藤修  2004/01/28 (水) 23:02

向坂さん
返事をせずにすみませ。
この数日、また極度の時間破産です。
どうしてこうも問題が起こるのでしょうか。
もう少し返事は待ってください。

折口さんからメールをもらいました。
折口さんは広島の人です。
まだお会いしてことはありませんが、
いろいろとお世話になっています。
時々、とても元気付けられるメールをくれます。
今夜も届いていました。
無断で転載します。
みなさんにも読んでほしかったのです。
それと私の返信無しの言い訳をかねて、です。
折口さん、すみません。
著作権として、今度、コーヒーをご馳走します。
はい。

佐藤さん こんにちは。
きょうは珍しく暖かいお天気でした、といっても6℃ですが、そう感じます。

今朝4時頃、夢の中でコーラスが聴こえてきました。
その中でもバリトンの男性がひときわ低い声で上手に唄っておられたので記憶に残りました。

ヒロシマを なくしたのは 誰ですか〜〜
ヒロシマの心を消したのは 誰ですか〜〜
ヒロシマの夢を壊したのは 誰ですか〜〜

もしかすると、毎年行われる平和音楽祭の中の曲なのかもしれませんが、今でも口ずさむことができます。

イラク戦争反対デモもひとつの手法でしょうが、形式ばったしらけた音楽祭よりも平和公園で市民が大きな輪となって大きな声で歌うことだけでも世界への充分なアピールとなるのではないかと思いました。

唯一の被爆国であり被爆県であるヒロシマがなんの行動も起こさないのは(動員パレードはあるのでしょうが)おかしなことです。

森滝一郎さんの娘さんを時折テレビで(イラク戦争で被爆した戦車の放射能を測定されている映像)拝見しますが、お父さんが夏でも冷たい石の上に何時間でも原水爆実験反対の座わりこみをしておられた気持ちが、30年経過してやっとわかりかけてきたような気がします。

342. 憲法の法的性格で見過ごされている事柄−補足− 向阪夏樹  2004/01/27 (火) 05:49

 佐藤さん、レスを有り難うございます。

 大学一年時の「法学概論」の講義は、法に関する基本的認識を与えてくれるものでした。とりわけ「実定法」の概念は憲法を含んだ六法を考察する際の枢要な視座を構成していると想いますし、その延長線上には憲法(法律)はツールであるとの佐藤さんの認識にも通じるものがあるかも知れません。
 多分、当時の私にとって憲法制定のリアルな主体は誰なのかが重要な問題であったのだと想われます。戦争終結に到るまで大日本帝国憲法(明治憲法)が形式論的にも実質的にも欽定憲法として機能していたことは明らかでしょう。しかし同時に、戦後に制定された日本国憲法が名実共に民定憲法としてカテゴライズされるべきか疑問をもっていました。それは、国民の代表たる日本政府が制定時にどれほど民意を汲みとっていただろうか、または国民も憲法制定の主体に値するほどの法意識を有していただろうかという疑念によります。無論、君主と人民の協働による協約憲法と帰着させるには相当無理があると感じていました。

 >ところで、向坂さん、日本国憲法は形式論的には、欽定憲法ではないかと、私の友人載武田さんはいっています。日本国憲法前文の書きだしは、「朕は、・・・」で始まっているのです。

 武田氏とはコンタクトがありませんので、論拠について忖度することは困難ですが、敢えて推測しますと、欽定憲法解釈派の主張に相似するように氏は大日本帝国憲法を日本国憲法の裏書きとして透写しようとしているのではないでしょうか。それには、前の大戦において大日本帝国は未だ絶対的敗北を帰していないと強弁を繰り返す改憲派の心情を反映するかのように、所謂国家元首の不在性に伴なう遺失感が強く関与していると推察します。
 前の投稿でも触れました。今日のとんでもない変節の模様には落胆を禁じ得ませんが、曲りなりにも米国には人民が制定の主体である民定憲法を勝ち取ってきた歴史があります。それゆえ、大統領は米国国民の主体性の顕現であり、リーダーシップの象徴でもあります。時に、日本国憲法の草案は名立たる憲法学者によって編まれたものでないと批判の対象になりますが、たとえ無名の官吏の手になる草案であっても米国の歴史形成に裏打ちされた民定憲法の精神はその価値をいささかも減ぜられるものではないと考えます。

 2月の平和サロンを楽しみにしています。
 また、お会いしましょう。

340. Re: 憲法の法的性格で見過ごされている事柄 佐藤修  2004/01/26 (月) 08:12
向坂さん
ありがとうございます。
また難しい宿題をもらいました。
前の質問にも答えていないですね。すみません。
法学部でもっと勉強しておけば良かったです。はい。
今回のご指摘は、すべて共感します。
少しだけ、よけいな話を書きます。

>日本国憲法押し付け論への意見は、同感です。それに、もしそうだとしても、それがどうした、というのが私の意見です。
ところで、向坂さん、日本国憲法は形式論的には、欽定憲法ではないかと、私の友人載武田さんはいっています。日本国憲法前文の書きだしは、「朕は、・・・」で始まっているのです。

憲法の位置づけに関しては、私も向坂さんの意見に賛成です。憲法はツールです。それを使い込むことが大切です。一部の犯罪者に、使いこまれていることが、今の問題だろうと思います。

昨日、こんな情報が入ってきました。感激しました。
北海道のもと自民党議員の箕輪登さんが小泉首相を憲法違反で訴追するという強い意向を示し、それに紋別市の小池市長が参加を表明したそうです。そして、北海道の有志100人の弁護士を募って裁判に持ち込むという動きが月末にも実現するという話です。
箕輪登さんは、私には関心はありませんが、こういう市長がいるということに、感激しました。
使い込み方は、いろいろあります。

向坂さん
>法学部出身でない人間の憲法談義は笑止千万かも知れませんが、
と、ありますが、本当は向坂さんも法学部ではないですか。

2月に平和サロンをやります。
ぜひ参加してください。
このホームページで13日に予告しましたが、日程は変わります。
次回の更新時に正式にご案内します。

339. 憲法の法的性格で見過ごされている事柄 向阪夏樹  2004/01/26 (月) 01:43

 佐藤さん、1月25日のピース・パレードの報告を有り難うございます。私は家の都合で参加できず、非常に残念に思っています。

 さて、昨今、日本国憲法はGHQから押し付けられたものだから改定すべきと喧伝されています。けれども、占領下にあった日本政府はGHQから新憲法の草案提出を要請されたのにも拘わらず、相変わらず旧来の大日本帝国憲法に固執し、近代憲法の設営に肝要な憲法理念を構想できなかった事実を看過できません。ゆえに、押し付けられたとの反論は根拠の正当性を欠くものと思量します。

 『理念法としての憲法の存在意義は、国家という暴力装置の制御機能として、あるいは公権力の執行人にたいし一定の枷を填めてその暴走を抑制するところに存する』との認識や、例えば『言論の自由は主権者の前出の権利を担保するもの』とする憲法の精神は、古い記憶を辿ればLiberal artsにおける法学講義の文脈にも表出していました。しかし、こうした憲法の法的性格を日本国憲法設立当時どれほどの日本人が認識していたか、さらに現代の日本国民がそこまでの民度に達しているか大いに疑問であります。

 米国の歴史は一面では大陸侵攻と先住民にたいする掠奪の歴史であり、他面では大陸移住と英国からの独立の歴史です。その過程において、憲法制定は英国の支配に抵抗しようとするものでもあり、独立後には国家による抑圧的支配にたいする防衛の権利を包蔵するといった二重構造を成していたと考えています。この観点から、特に銃所有の問題はすでに化石化した観のある、抵抗権を表象する事例であると見ています。

 日本人にとって不幸なのは、米国におけるような蓋然性の胚胎なきまま深遠高邁な憲法を賦与されたことにあるでしょう。少なくとも、『国家のために国民があるのでなく、国民のための国家たるべく国家権力及び公権力の制御に資するようにと、国民の権利と責任を規定したのが憲法である』との認識に至ってはじめて、国民は真実、憲法を手にしたことになるのではないでしょうか。国民が平和の実現に向うときのメルクマールとなり、その条件整備に対応していくのが憲法本来の姿であり、また国民に平和憲法の内容の充実化を図っていく責務があることには変わりがないと考えます。

 法学部出身でない人間の憲法談義は笑止千万かも知れませんが、佐藤様の概説に期待したいと思いますので、よろしくお願いいたします。

338. WPNの集会で歩いてきました 佐藤修  2004/01/25 (日) 18:32
今日はWORLD PEACE NOW の集まりでした。
ちょっと午前中の集まりの関係で、遅れて参加しましたが、
とてもいい集会でした。
6000人が集まったと言っていましたが、
これまで私が参加したなかでは一番に多かったように思います。

会場で、地球平和公共ネットワークの小林正弥さんに偶然にお会いしました。歩いていたら、森さんにもお会いしました。
今回は数人に声をかけたのですが、会場はかなり混んでいたためと、私が1時間ほど遅れたために、誰にも会えなかったのですが、小林さんたちに会えて、ホッとしました。一人で歩くのは結構疲れますので。

国立市長の上原さんが、とてもいいスピーチをされました。
こういう市長を持っている市民は幸せです。

次回は3月20日ですが、
私も我孫子市の市長を誘ってみたいと思います。
念のために言えば、私は市長とは親しくはありませんが、
とてもいい市長です。

皆さんも自分の住んでいるところの首長に参加を勧めたらどうでしょうか。

次回は4万人が目標だとお聞きしました。
みなさん、ぜひ予定してください。
できれば一緒に参加したいです。

337. Re: 両教授の問題と日本の問題 佐藤修  2004/01/18 (日) 21:15
向坂さん
ありがとうございます。

ぜひ地球平和公共ネットワークのメーリングリストに参加して、どんどん発言してください。とても刺激的なメーリングリストです。

私は最近、ちょっと気分がダウンしてしまっています。
昨日も参加する予定だったのですが、
個人的な用事を優先させてしまいました。
どんどん自閉化傾向が出てきています。
困ったものです。

最近は用件が多すぎるのも一因です。
用事が多いと、結局は一番瑣末な用事を優先しがちであることを、私は経験則で感じています。皆さんはどうですか。

それではいけないので、今日は努力して、一番重いテーマと広がりのあるテーマを選び、二つだけ参加してきました。
今日もイベントが4つも重なっていました。
昨年くらいから、土日のイベントがやけに増えてきていますが、
みなさんはいかがですか。

今日、参加した一つは、このホームページでも案内した、本田先生の講演です。
在宅医療市民公開講座ですが、そこで、本田さんが「日本の医療・福祉をよくするために知っておくべきこと」という話をされました。
ぜひもっと多くの人に聞いてほしいと思います。
私は二回目ですが、今回はさらに迫力が強まっています。
しかし、本田さんのつかれも強まっている感じがしました。

年明け後、なかなか元気が出てこないのですが、
今日の本田さんの話を聞いて、やはりがんばらなくてはいけないと思いました。
会場で、徳丸さんと高橋さんに会いましたが、
もっと多くの人に聞いてほしかったです。
とてもいい会でした。
いつか私も本田さんの講演会を企画しますので、
今度はぜひ皆さんも参加してください。
医療への認識が一変するはずです。

向坂さんへの返信にはなっていませんね。
すみません。
一言だけ付け加えます。

公共性という言葉は、曲者ですね。
発想基盤の広がりによって、
実は内容は変わってくるような気もしますし、
変わってこない部分が公共性だとも言えるような気もしますし、
難しいです。

25日の平和アクションには必ず参加します。
お会いできるといいですが。

向坂さん
OBMよりも、まずは平和サロンでお会いできそうですね。

336. 両教授の問題と日本の問題 向阪夏樹  2004/01/18 (日) 18:35
 
 佐藤さん、こんにちは。

 1月17日の反戦・平和アクション(防衛庁への抗議行動)に参加してきました。動員は小規模でしたが、有意義なアクションだったと感じました。同年代の人達が多く見られ、たとえ今は数が少なくとも、もっと状況が差し迫ったときには必ずや大きな渦になると想像し、またそのように同時代人の真骨頂を信じたいと思っています。それにしても、市ヶ谷の丘陵に林立する防衛庁の新庁舎群の威容さに不気味さを覚えました。

 さて、公共哲学ネットワークから転載のコラム「日本外交の哲学的貧困」(山脇直司東大大学院教授)を読みました。その中で山脇氏が批判されている田中・北岡両東大教授のことですが、両人の言説の自家撞着性は、米国(アングロサクソン・アメリカン)の政治流儀を十分意識しながらも、それに対置すべきものを未だに見出せずにいる焦燥感が大いに関係していると思っています。自覚的な建国の歴史の深浅を比較してみても日本も米国も然程差がないのですが、政治・外交的進化の度合では1945年の時点でも米国が半世紀ほど優っていたと言えるのではないでしょうか。田中氏は日本的・東洋的なものを再発掘しアジアへの穏やかな浸透化を図ることによって、北岡氏はナショナル・エリートを産出し米国の支配層と対峙させることによって、それを乗り越えようとしているかのように見受けられます。そこで、山脇氏は、両者共にその志向を支える思想性(哲学)に欠ける点では同類であり、結局は米国に絡めとられて日本はじめアジアや世界の人々の生存権にたいする蹂躙に加担する危険性と愚昧性を指摘されているのだと思われます。

 しかしながら、私流に公共哲学(講座)にある論考を散策してみましたが、「公共性」が地球的な問題の解決に資するメルクマールとなりうるか確証は持てずにいます。むしろ、アングロサクソン・アメリカンの生命力が醸し出す異様さにたいする脅威が、総じて米国追随派と目される田中氏や北岡氏とりわけ外交評論家の岡崎久彦氏が対米外交を模索する場合の頚木となっているのではと推察しています。負け犬の遠吠えを繰り返したり尻尾をスマタに巻いて米国に随伴しているばかりでは、何れ日本が滅ぶ日も遠くないと危惧されます。その彼等が多発する国益という言葉がなんと虚しく響くことでしょうか。その点では日本の現首相の言動も大同小異でありましょう。

 また、会いましょう。

335. Re: 自衛隊のイラク派遣について 佐藤修  2004/01/12 (月) 11:00
向坂さん
ありがとうございます。

実は昨日、体調を崩してしまいました。
風邪です。
今年は年明け直後から、ばたばたしてしまい、少し年齢を超えた無理をしてしまいました。そのため、ダウンしてしまいました。
無理をすればいけたのですが、寒かったので寝ていました。
そんなわけで、実は私も参加しませんでした。
すみません。
自宅の窓を開けて、手をたたいて音を出していましたが、
家族から地味すぎるといわれました。
元気も出ずに、静かにしていました。

ところで、投稿内容はすべて共感します。
テレビで、派遣についてインタビューされた隊員たちの表情がないのが気になりますね。
でも、行くのを止めたらどうですか、とはとてもいえないですね。
きっと納得していく人も多いのでしょうね。
小泉首相に満足している人も、なんと半分もいるわけですから。

私たち、つまり、向坂さんとか私とかが、間違っているのかもしれませんね。

いやあ、体調のせいか、元気が出てきません。

向坂さん
今度、ピースパレードかピースウォークで会いましょう。

334. 自衛隊のイラク派遣について 向阪夏樹  2004/01/12 (月) 03:21
 
 佐藤さん、はじめまして、よろしくお願い申し上げます。


 さて、私は、自衛隊のイラク派遣反対の立場にあります。ただし、1月11日の集会には都合で参加しておりませんで、意思表示をしているわけではありません。しかし、昨年のピース・パレードには1月を皮切りにできる限り参加してきましたので、そもそも9,11の全容が解明されぬままアフガニスタンに介入していったこと、明確な大義も負うべき責務もなきままイラクに侵攻していった米国の暴挙に拭いきれぬ疑念を抱いている人々の一員であると自認しています。

 日本の対応に関しては、米国に随伴していかなければ(自分達が)優位に生存を維持していけないと考える人達が存在することの証しであると受けとめています。しかし、随伴していくことにそれほど具体的な展望があるとは想われませんし、さらに米国の支配層が日本との双務的なパートナー・シップを確約しているかどうかも大いに疑義のあるところです。このままでは必ずや手痛い竹箆返しを食らわされると想いますし、再び世界や取り分けアジアでの孤立を招く事にもなりかねないと危惧しています。

 自衛隊の実情は、米国の州兵として国内治安維持の訓練をイラクの地で死を賭けて行なうべく派遣されることと同義であると感じています。現首相やそのブレーン達がそうした認識にあるのかどうか不明です。あるいは、それほど米国の締め付けや恫喝めいたものは彼等の臓腑に苛烈に響いているのでしょうか。しかし、国民にたいする説明責任をこれほど果たしていない首相を選出したのも私達であります。無念なことですが、先ず私達自ら愚かな為政者を得た愚かさ加減を認めて、事の推移を見定めながら失政を糾弾しつつ、現内閣のより速やかなる退場を図っていく他に解決の軌道(みち)はないと想います。

 自衛隊の諸君にはイラクの復興に何ら貢献することなく、誰一人として死傷することなく、一刻も早く無事帰還されることを望みます。一体、イラクの人々はじめ誰が自衛隊の派遣を望んでいるのでしょうか。

 また、会いましょう。

333. 主に増山さんへのコメント(おまけ) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:14
おまけです。

生々しい話です。

もしかしたら、死ぬかもしてないところに、「国家命令」で出張させられるという現実が、私にはどうしても理解できません。
しかも、その出張命令を出しているのは、国家主権者である、私立ち、つまり私なのです。

やりきれません。
この現実を、皆さんはどう考えますか。

向坂さんや大森さんは、どうお考えでしょうか。

332. 主に増山さんへのコメント(3) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:11
さらに続きです。

>「法律」が出来たら「終わり」、憲法が変わったら(変わらなかったら)それで「終わり」式の論理から自由になれば、

とありますが、これは事実認識に間違いがあるように思います。
法律はできた時から、それぞれが思惑で「活用」しだすのです。

理工学部的論理展開に関しては、形式論理の適用の不適切さはともかく、

>B=f(A)

は、AとBが反対だろうと思います。

それから、

>家族とか、友人とか、自分に近しい人間集団を対象にした場合、誰もが行っている問題解決や将来の選択に関する行動と、国レベルでのそれらとの間には、本質的な差はないと想う。

いや、大きな差があります。
国レベルでは組織の統治者として考えますから、石油のために殺人が正当化されます。しかし、個人の生活のためには復讐や正当防衛以外では殺人は正当化されません。

これらに関しては、
ぜひこのホームページの、メッセージ6や用語索引のコラテラル・ダメッジを読んでください。未完成ですが。

いや、きりがないですね。
今度、会いましょう。

最後にもう一つ。

>家族会議においても、二所帯同居住宅を建てるかどうかで、設計士の意見を聞かないだろうか?、建築会社の見積を取らないだろうか?

私のケースですが、いずれもしませんでした。
その結果、見事に家づくりに失敗しました。
はい。

331. 主に増山さんへのコメント(2) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:08
続きですが、

法律とは統治のためのルールです。
ほとんどの国民は、法律など読みもしません。
生活に必要なのは、法律ではなく、「人々の掟」「常識」です。

>本当に「法律」は、現代に有効な仕組みなんだろうか?

という、増山さんの疑問は、統治者にとって有効かどうかが問題です。
国民は、一言でいえば、不要です。
国家ですら不要です。
少なくとも、私にはなくてもいいもののように思います。
もちろん、いまなくなると困りますが、
それはそうなっているからです。
必然的なものだはありませんし、
人類の歴史においても、絶対的なものではありません。

国家が無いと生活が安定しないなどというのは、幻想です。
まあ、「国家」の定義にも関係しますが。

憲法や法律を知らなくて困ったことはありますか。
生活のルールは知らないと困ることはありますし、
それが法律に書かれていることもありますが、
法律に書かれていなくとも、ルールは裁判でも有効です。

最近の無知な裁判官は、時々、そのルールを知らないので、おかしな判決を下すことはあります。
彼らは「生活」をしていないからです。
また、自らの保身のために法律を悪用する裁判官も、いないわけではありません。

話がそれました。

330. 主に増山さんへのコメント(1) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:04
増山向坂論争への意見です。

増山さんのたくさんの問題提起に、少しだけ私見を述べます。

まず増山さんの事実認識や法律の捉え方に、かなり違和感があります。
というか、増山さんの出されている疑問の多くは、まさに事実がそうなっていると思うのです。たとえば、

>A)中期方針・・・北朝鮮を制裁する
>B)法律・・・外為法改正/国連の決議ぬきに日本単独で特定国との交易をストップ出>来るように法律を改正する
>C)チェック・アンド・バランス・・・選挙
>僕はどうしても、この3つが「論理的」に同じものだと思えないのです。

のは当然で、だれも同じだとは思っていないのではないか。
また、

>もしかして、現代社会にとって、「法律」って言う枠組みで議論することは、役に立つ場>合と立たない場合があるんじゃないだろうか?

というのは当然のことですし、

>社会の運営をするって言うのは、法律だけではないと想う。
のも当然のことです。

それに、たとえば、
>なぜ、国の場合だけ「法律」なのか?それを選挙で決めることが、有権者、主権者の役割なのか?
に関していえば、それが「法律」の意味であり、しかも、決めるのは選挙ではないはずです。

スペースが足りません。定義と前提をもう少し整理しないと議論しにくいです。
つづく

329. Concept work と 歴史認識 向阪夏樹  2004/01/10 (土) 14:33
 
 増山さん、こんにちは、レスをありがとうございます。

 多分、増山さんが説かれているのは、正しく佐藤さんの専門分野でもあるConcept workの重要性なのでしょう。特に日本人が世界を認識するにあたっての概念措定や概念構成に関する知識・技術に欠けている点を指摘されているのだと想われます。残念なことに、私の年代ではConceptual skillを涵養するような教育課程にはなかったと記憶しています。現行の大学のLiberal artsがConcept workを基調にしたカリキュラム編成になっているかどうか、またそうした科目が用意されているか判りませんが、つまり現代の教育が改善状態にあるかというと、どうやらそうでもないようです。

 私達の世代がどうやってそれを補って来たかというと、おそらく雑学的で広汎な読書に負っていると思いますが、そこには何等かの身体的価値(表現性)にたいする希求のようなものがあったような気がします。そして、まだまだ国立大主流の受験の時代でしたので、高校三年次になって理系・文系のクラス別けがされたために、殆どの文系の学生が数Vの微積や確立論まで足を踏み入れていました。余談ですが、所謂実務派の政府官僚達が定義や概念構成に拘るのは、少なからず数学的素養が関係していると思いますし、実務を履行していく過程で自ら学習し相当なConceptual skillもあるとの印象を数少ない友人からも受けています。

 現実の社会は頗る帰納的なアプローチの反復によって展開されていると感じています。(技術) しかし、帰納法の限界を打破するためにも補完的に演繹法を用いる必要性があるでしょう。(知識) さらにそれを純理論的に社会構造の再構築に資するシステム論に編成していくためには、あらゆるFormulaに関する知識とFormula創出の才能が必要だと想われます。
 ただし、遺憾ながら私共一般人にとっては精々歴史認識から出発する他はなかったのですが、唯物弁証法といった一つのContextで歴史を読み解こうとしたマルクス、もう一つの一神教(ユダヤ教を源流とする)というFunctionとの相克的関係性として歴史を捉えようとしたラッセル、Parameterの精緻な措定と適宜な定置により歴史の断層を解明しようとしたハイエクは、同世代の多くが拠り処とした卑近な例でもありました。

 また、会いましょう。

328. 専門家の役割(承前) 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:44
そもそも、そういう行為において、設計士とか見積とかと言う概念をどこで覚えるのだろうか?

国レベルの意志決定において、「設計士」や「見積」と言う概念に相当する部分は何であり、その概念はどうやって教わるものなのだろうか?

そういう概念自体を教える教育とか、「設計士」に相当する概念群についての教育と言うのはあり得ないのだろうか?
(概念群と言う言い方ですが、
例えば、家族設計とか、医療とかいろいろ経験してくると、
そもそも、自分が何らかの問題に当たっている時、これを相談する「専門家」はいないのかとか、何か本で調べればどうなのかとか、要するに具体的な事象を取り扱う「問題解決手法」一般に頭が切り替わるように、
国レベルの意志決定でも、個別の問題自体そのものではなく、個別の問題自体を取り扱う手法なり相談なりの情報が「群」として存在するはずだし、それ(個別の問題自体への対処でなく、問題解決手法群に関する情報に習熟するための教育システム)を制度化することは無理なのだろうか?

家族とか、友人とか、自分に近しい人間集団を対象にした場合、誰もが行っている問題解決や将来の選択に関する行動と、国レベルでのそれらとの間には、本質的な差はないと想う。

情報入手や意志決定それ自体の手法についてのスキル
個別の現象に関する情報やその取扱についてのスキル
こうした物は、部分的には、現在、消費者教育のような
形で提供されている。

さて、「政治」、「国」と言う商品に関する消費者教育は存在しないのだろうか?

327. 専門家の役割 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:43
ファーストフード店に入って、ハンバーガーを頼んでいる時、「フライドポテトはいかがですか」って言われて、うっとおしいと想った人はいると想う。

では、すしやに入って、なじみの板前さんから、「今日はいいトロがはいっています」って言われたらどう思うだろうか?

「情報を持っている側」と「そうでない側」には格差がある。そして、持っている側からそうでない側への提供行為そのものを否定したら、社会生活は成り立たないと想う。

しかし、情報提供行為は、それ自体、一定の「強制性」を持つものだと想う。その意味で100%の自発性などあり得ないだろう。
俗な言い方をすれば、「この人に会っていなかったら、私は別な人生を歩いていた」と言うことだと想う。

家族会議においても、二所帯同居住宅を建てるかどうかで、設計士の意見を聞かないだろうか?、建築会社の見積を取らないだろうか?

326. 人民の人民による人民のための政治 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:25
向阪様
レスありがとうございます。
僕は、理科系的で、技術屋的なのかもしれませんが、「理想状態」を考えておいて、それに近づく時には、今度は、一転して「工学」的に、現実の条件を分析するタイプです。
現実の条件のうちには、もちろん、「政治性」も入るでしょう。
ただ、何というか、人民の人民による人民の政治とは、本来どうあるべきなのか?
社会の運営をするって言うのは、法律だけではないと想う。

確かに「現実」は官僚の独走に、いろいろな法律やらなにやらを盾にとって「歯止め」をかけていることの方が多いかも知れないけれども、
やっぱり、それとは別に空想的でも何でも「本来どうあるべきか」ってシステム論を考えてみたいと想うのです。

で、社会の運営方針=法律でない以上、その運営方針を「人民」が決めると言うのは、どういうあり方なんだろう・・・?

僕の頭にあるのは、家を建てたり、同居や別居を決める時の家族会議です。あれって、「みんな」、「ひとりひとり」が主人公ですよね・・・?
切実な状況の中で、将来を選択する。その時、限りある「家の財産」を計算し、親戚知人友人も含めた人間関係を計算し、職場とかいろんなことを考えると想う。
イラク支援の15億ドルを中小企業支援の1700億と比較している時、みんな無意識のうちに、この家族会議と同じように、自分の限りある「資源」と、将来の選択を計算していると想う・・・。

しかし、「民法」や「刑法」は、財産分与や親族間の抗争に対する外部的なルールに過ぎず、「将来の選択」とは別ものであり、家族会議では、まさにこの将来の選択を議論している。その議論の暗黙の前提として、「法にはふれないようにする」と言うことがあるに過ぎない・・・。

なぜ、国の場合だけ「法律」なのか?それを選挙で決めることが、有権者、主権者の役割なのか?
「法律」を決める権限を議会から直接民主制に変えればいいと言うことではないと想う。

325. 増山さんのIssueの所在を探しています。 向阪夏樹  2004/01/01 (木) 23:54

 増山さん、こんにちは。
 自己紹介が遅くなりましたが、私は50代のmaleです。また、故ありきのHN“向阪夏樹”の使用をご容赦下さい。

 増山さんの一聯の投稿を拝見し、法の性格に関する共通認識の必要性と、何よりも、門外漢の私達が法律を考える上で基軸に“政治性”を据えてみることの重要性を意識しました。
 その意味で、佐藤さんが法律を「統治原則」としたのは、権力行使すなわち政治的支配の内容を規定したものが法律であり、組織内(国内)的な刑法関連法が有する存在理由の一面を語ったものと解釈できます。さらに、民法関連法には利害関係の調整機能といった側面も含まれるでしょう。

 三権分立の現況は独立性において殆ど空洞化しているといっても過言ではないでしょう。行政だけが権力行使の駆動力を掌握し、しかも行政の実質的担い手である官僚達は政策の有効性を担保するための法律の成立に恒常的に関与しています。そこに見えるのは法的手続きを介在にした権力行使の構図です。官僚や為政者周辺に属する人達は法律を楯にとりながら国家権力(国家経営を遂行していく権力)を行使しますが、統御される側が抗いつつ変更を迫る場合もやはり法律を楯にせざるを得ない現状があります。

 ところで、増山さんは“政治性”を捨象して純粋にテクノロジー(オペレーション技術)で中期計画の策定が可能と考えていられるのでしょうか。中期計画(試)案の作成段階においてはテクノロジーの重要性が説かれるかも知れません。けれども、実行段階においては“政治性”という軸を視界に入れなければ実現性を問うことは困難でしょう。その場合、法律は政治の実現を補完するものであったり、政治的作用の一つの形象を成すものと言えると思います。

 >「中期方針」は「中期方針」として「法律」とは、別のカテゴリーを作り、それについて、国会、選挙、直接投票で議論したり、賛否を問うことは無理なんだろうか?

 何らかのアジェンダを担い政策論争を重ねていく公的空間を設営できないかとの意見表明と受け取りました。例えば米国の公聴会がよく知られていますが、どのようなカテコゴリーが想定可能かご提示いただければ幸いに思います。月並みですが、日本人にとって対話の精神を涵養することが必要であり、そのためには論理を鍛錬することから始めねばならず、先ずはカテゴライズの手続きこそ重要であると感じています。

 また、会いましょう。

324. 今年もよろしくお願いします 佐藤修  2004/01/01 (木) 09:57
向松さん、増山さん、大森さん、
そしてみなさん

投稿をありがとうございます。
年末は反応せずにすみません。
追ってまたまたコメントさせてもらいたいと思っています。

今回はとりあえずに挨拶です。
今年もぜひ気楽に投稿してください。

このフォーラムもまた。多様なバザール型のフォーラムにしたいです。

穏やかな年のはじまりです。
日本が戦争に向かっていることが嘘のようです。
いや、嘘かも知れませんが。

今年もよろしくお願いします。

佐藤修 2004.1.1

333. 主に増山さんへのコメント(おまけ) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:14
おまけです。

生々しい話です。

もしかしたら、死ぬかもしてないところに、「国家命令」で出張させられるという現実が、私にはどうしても理解できません。
しかも、その出張命令を出しているのは、国家主権者である、私立ち、つまり私なのです。

やりきれません。
この現実を、皆さんはどう考えますか。

向坂さんや大森さんは、どうお考えでしょうか。

332. 主に増山さんへのコメント(3) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:11
さらに続きです。

>「法律」が出来たら「終わり」、憲法が変わったら(変わらなかったら)それで「終わり」式の論理から自由になれば、

とありますが、これは事実認識に間違いがあるように思います。
法律はできた時から、それぞれが思惑で「活用」しだすのです。

理工学部的論理展開に関しては、形式論理の適用の不適切さはともかく、

>B=f(A)

は、AとBが反対だろうと思います。

それから、

>家族とか、友人とか、自分に近しい人間集団を対象にした場合、誰もが行っている問題解決や将来の選択に関する行動と、国レベルでのそれらとの間には、本質的な差はないと想う。

いや、大きな差があります。
国レベルでは組織の統治者として考えますから、石油のために殺人が正当化されます。しかし、個人の生活のためには復讐や正当防衛以外では殺人は正当化されません。

これらに関しては、
ぜひこのホームページの、メッセージ6や用語索引のコラテラル・ダメッジを読んでください。未完成ですが。

いや、きりがないですね。
今度、会いましょう。

最後にもう一つ。

>家族会議においても、二所帯同居住宅を建てるかどうかで、設計士の意見を聞かないだろうか?、建築会社の見積を取らないだろうか?

私のケースですが、いずれもしませんでした。
その結果、見事に家づくりに失敗しました。
はい。

331. 主に増山さんへのコメント(2) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:08
続きですが、

法律とは統治のためのルールです。
ほとんどの国民は、法律など読みもしません。
生活に必要なのは、法律ではなく、「人々の掟」「常識」です。

>本当に「法律」は、現代に有効な仕組みなんだろうか?

という、増山さんの疑問は、統治者にとって有効かどうかが問題です。
国民は、一言でいえば、不要です。
国家ですら不要です。
少なくとも、私にはなくてもいいもののように思います。
もちろん、いまなくなると困りますが、
それはそうなっているからです。
必然的なものだはありませんし、
人類の歴史においても、絶対的なものではありません。

国家が無いと生活が安定しないなどというのは、幻想です。
まあ、「国家」の定義にも関係しますが。

憲法や法律を知らなくて困ったことはありますか。
生活のルールは知らないと困ることはありますし、
それが法律に書かれていることもありますが、
法律に書かれていなくとも、ルールは裁判でも有効です。

最近の無知な裁判官は、時々、そのルールを知らないので、おかしな判決を下すことはあります。
彼らは「生活」をしていないからです。
また、自らの保身のために法律を悪用する裁判官も、いないわけではありません。

話がそれました。

330. 主に増山さんへのコメント(1) 佐藤修  2004/01/11 (日) 19:04
増山向坂論争への意見です。

増山さんのたくさんの問題提起に、少しだけ私見を述べます。

まず増山さんの事実認識や法律の捉え方に、かなり違和感があります。
というか、増山さんの出されている疑問の多くは、まさに事実がそうなっていると思うのです。たとえば、

>A)中期方針・・・北朝鮮を制裁する
>B)法律・・・外為法改正/国連の決議ぬきに日本単独で特定国との交易をストップ出>来るように法律を改正する
>C)チェック・アンド・バランス・・・選挙
>僕はどうしても、この3つが「論理的」に同じものだと思えないのです。

のは当然で、だれも同じだとは思っていないのではないか。
また、

>もしかして、現代社会にとって、「法律」って言う枠組みで議論することは、役に立つ場>合と立たない場合があるんじゃないだろうか?

というのは当然のことですし、

>社会の運営をするって言うのは、法律だけではないと想う。
のも当然のことです。

それに、たとえば、
>なぜ、国の場合だけ「法律」なのか?それを選挙で決めることが、有権者、主権者の役割なのか?
に関していえば、それが「法律」の意味であり、しかも、決めるのは選挙ではないはずです。

スペースが足りません。定義と前提をもう少し整理しないと議論しにくいです。

つづく

329. Concept work と 歴史認識 向阪夏樹  2004/01/10 (土) 14:33
 
 増山さん、こんにちは、レスをありがとうございます。

 多分、増山さんが説かれているのは、正しく佐藤さんの専門分野でもあるConcept workの重要性なのでしょう。特に日本人が世界を認識するにあたっての概念措定や概念構成に関する知識・技術に欠けている点を指摘されているのだと想われます。残念なことに、私の年代ではConceptual skillを涵養するような教育課程にはなかったと記憶しています。現行の大学のLiberal artsがConcept workを基調にしたカリキュラム編成になっているかどうか、またそうした科目が用意されているか判りませんが、つまり現代の教育が改善状態にあるかというと、どうやらそうでもないようです。

 私達の世代がどうやってそれを補って来たかというと、おそらく雑学的で広汎な読書に負っていると思いますが、そこには何等かの身体的価値(表現性)にたいする希求のようなものがあったような気がします。そして、まだまだ国立大主流の受験の時代でしたので、高校三年次になって理系・文系のクラス別けがされたために、殆どの文系の学生が数Vの微積や確立論まで足を踏み入れていました。余談ですが、所謂実務派の政府官僚達が定義や概念構成に拘るのは、少なからず数学的素養が関係していると思いますし、実務を履行していく過程で自ら学習し相当なConceptual skillもあるとの印象を数少ない友人からも受けています。

 現実の社会は頗る帰納的なアプローチの反復によって展開されていると感じています。(技術) しかし、帰納法の限界を打破するためにも補完的に演繹法を用いる必要性があるでしょう。(知識) さらにそれを純理論的に社会構造の再構築に資するシステム論に編成していくためには、あらゆるFormulaに関する知識とFormula創出の才能が必要だと想われます。
 ただし、遺憾ながら私共一般人にとっては精々歴史認識から出発する他はなかったのですが、唯物弁証法といった一つのContextで歴史を読み解こうとしたマルクス、もう一つの一神教(ユダヤ教を源流とする)というFunctionとの相克的関係性として歴史を捉えようとしたラッセル、Parameterの精緻な措定と適宜な定置により歴史の断層を解明しようとしたハイエクは、同世代の多くが拠り処とした卑近な例でもありました。

 また、会いましょう。

328. 専門家の役割(承前) 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:44
そもそも、そういう行為において、設計士とか見積とかと言う概念をどこで覚えるのだろうか?

国レベルの意志決定において、「設計士」や「見積」と言う概念に相当する部分は何であり、その概念はどうやって教わるものなのだろうか?

そういう概念自体を教える教育とか、「設計士」に相当する概念群についての教育と言うのはあり得ないのだろうか?
(概念群と言う言い方ですが、
例えば、家族設計とか、医療とかいろいろ経験してくると、
そもそも、自分が何らかの問題に当たっている時、これを相談する「専門家」はいないのかとか、何か本で調べればどうなのかとか、要するに具体的な事象を取り扱う「問題解決手法」一般に頭が切り替わるように、
国レベルの意志決定でも、個別の問題自体そのものではなく、個別の問題自体を取り扱う手法なり相談なりの情報が「群」として存在するはずだし、それ(個別の問題自体への対処でなく、問題解決手法群に関する情報に習熟するための教育システム)を制度化することは無理なのだろうか?

家族とか、友人とか、自分に近しい人間集団を対象にした場合、誰もが行っている問題解決や将来の選択に関する行動と、国レベルでのそれらとの間には、本質的な差はないと想う。

情報入手や意志決定それ自体の手法についてのスキル
個別の現象に関する情報やその取扱についてのスキル
こうした物は、部分的には、現在、消費者教育のような
形で提供されている。

さて、「政治」、「国」と言う商品に関する消費者教育は存在しないのだろうか?

327. 専門家の役割 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:43
ファーストフード店に入って、ハンバーガーを頼んでいる時、「フライドポテトはいかがですか」って言われて、うっとおしいと想った人はいると想う。

では、すしやに入って、なじみの板前さんから、「今日はいいトロがはいっています」って言われたらどう思うだろうか?

「情報を持っている側」と「そうでない側」には格差がある。そして、持っている側からそうでない側への提供行為そのものを否定したら、社会生活は成り立たないと想う。

しかし、情報提供行為は、それ自体、一定の「強制性」を持つものだと想う。その意味で100%の自発性などあり得ないだろう。
俗な言い方をすれば、「この人に会っていなかったら、私は別な人生を歩いていた」と言うことだと想う。

家族会議においても、二所帯同居住宅を建てるかどうかで、設計士の意見を聞かないだろうか?、建築会社の見積を取らないだろうか?

326. 人民の人民による人民のための政治 増山 博康  2004/01/07 (水) 22:25
向阪様
レスありがとうございます。
僕は、理科系的で、技術屋的なのかもしれませんが、「理想状態」を考えておいて、それに近づく時には、今度は、一転して「工学」的に、現実の条件を分析するタイプです。
現実の条件のうちには、もちろん、「政治性」も入るでしょう。
ただ、何というか、人民の人民による人民の政治とは、本来どうあるべきなのか?
社会の運営をするって言うのは、法律だけではないと想う。

確かに「現実」は官僚の独走に、いろいろな法律やらなにやらを盾にとって「歯止め」をかけていることの方が多いかも知れないけれども、
やっぱり、それとは別に空想的でも何でも「本来どうあるべきか」ってシステム論を考えてみたいと想うのです。

で、社会の運営方針=法律でない以上、その運営方針を「人民」が決めると言うのは、どういうあり方なんだろう・・・?

僕の頭にあるのは、家を建てたり、同居や別居を決める時の家族会議です。あれって、「みんな」、「ひとりひとり」が主人公ですよね・・・?
切実な状況の中で、将来を選択する。その時、限りある「家の財産」を計算し、親戚知人友人も含めた人間関係を計算し、職場とかいろんなことを考えると想う。
イラク支援の15億ドルを中小企業支援の1700億と比較している時、みんな無意識のうちに、この家族会議と同じように、自分の限りある「資源」と、将来の選択を計算していると想う・・・。

しかし、「民法」や「刑法」は、財産分与や親族間の抗争に対する外部的なルールに過ぎず、「将来の選択」とは別ものであり、家族会議では、まさにこの将来の選択を議論している。その議論の暗黙の前提として、「法にはふれないようにする」と言うことがあるに過ぎない・・・。

なぜ、国の場合だけ「法律」なのか?それを選挙で決めることが、有権者、主権者の役割なのか?
「法律」を決める権限を議会から直接民主制に変えればいいと言うことではないと想う。

325. 増山さんのIssueの所在を探しています。 向阪夏樹  2004/01/01 (木) 23:54

 増山さん、こんにちは。
 自己紹介が遅くなりましたが、私は50代のmaleです。また、故ありきのHN“向阪夏樹”の使用をご容赦下さい。


 増山さんの一聯の投稿を拝見し、法の性格に関する共通認識の必要性と、何よりも、門外漢の私達が法律を考える上で基軸に“政治性”を据えてみることの重要性を意識しました。
 その意味で、佐藤さんが法律を「統治原則」としたのは、権力行使すなわち政治的支配の内容を規定したものが法律であり、組織内(国内)的な刑法関連法が有する存在理由の一面を語ったものと解釈できます。さらに、民法関連法には利害関係の調整機能といった側面も含まれるでしょう。

 三権分立の現況は独立性において殆ど空洞化しているといっても過言ではないでしょう。行政だけが権力行使の駆動力を掌握し、しかも行政の実質的担い手である官僚達は政策の有効性を担保するための法律の成立に恒常的に関与しています。そこに見えるのは法的手続きを介在にした権力行使の構図です。官僚や為政者周辺に属する人達は法律を楯にとりながら国家権力(国家経営を遂行していく権力)を行使しますが、統御される側が抗いつつ変更を迫る場合もやはり法律を楯にせざるを得ない現状があります。

 ところで、増山さんは“政治性”を捨象して純粋にテクノロジー(オペレーション技術)で中期計画の策定が可能と考えていられるのでしょうか。中期計画(試)案の作成段階においてはテクノロジーの重要性が説かれるかも知れません。けれども、実行段階においては“政治性”という軸を視界に入れなければ実現性を問うことは困難でしょう。その場合、法律は政治の実現を補完するものであったり、政治的作用の一つの形象を成すものと言えると思います。

 >「中期方針」は「中期方針」として「法律」とは、別のカテゴリーを作り、それについて、国会、選挙、直接投票で議論したり、賛否を問うことは無理なんだろうか?

 何らかのアジェンダを担い政策論争を重ねていく公的空間を設営できないかとの意見表明と受け取りました。例えば米国の公聴会がよく知られていますが、どのようなカテコゴリーが想定可能かご提示いただければ幸いに思います。月並みですが、日本人にとって対話の精神を涵養することが必要であり、そのためには論理を鍛錬することから始めねばならず、先ずはカテゴライズの手続きこそ重要であると感じています。

 また、会いましょう。

324. 今年もよろしくお願いします 佐藤修  2004/01/01 (木) 09:57
向松さん、増山さん、大森さん、
そしてみなさん

投稿をありがとうございます。
年末は反応せずにすみません。
追ってまたまたコメントさせてもらいたいと思っています。

今回はとりあえずに挨拶です。
今年もぜひ気楽に投稿してください。

このフォーラムもまた。多様なバザール型のフォーラムにしたいです。

穏やかな年のはじまりです。
日本が戦争に向かっていることが嘘のようです。
いや、嘘かも知れませんが。

今年もよろしくお願いします。

佐藤修 2004.1.1

323. Re:歴史的説得義務 向阪夏樹  2003/12/30 (火) 11:31

 増山博康さん、はじめまして、こんにちは。よろしくお願いいたします。

 結論から申し上げますと、私は日本にイスラエルにたいする歴史的説得の義務を求めることに困難さを覚えます。
 先ず、柳条溝事件(1931)を発端とする満州国独立の経過、所謂満州事変において自衛(ブロック経済に対する)を大義として押し通すことは既定の方針であったと考えています。国際連盟から派遣されたリットン調査団の内実は、列強特に英国の中国にたいする権益を代表していたとも云われますので、調査の趣旨には権益に纏わる鍔迫り合いといった一面もあったのではないでしょうか。無論、勧告の受け入れを自国有利に進めようとの画策はあったと想いますが、当時の日本政府は英国の老獪さにたいする対策が不十分であったことが、勧告の拒否となって現出したと思われます。

 次に、ユダヤ人の建国を認めたバルフォア宣言(1917)によって、英国がパレスティナ問題から実質的に手を引こうとしていたとき、政治的シオニスト(イスラエル)が頼ったのが米国であるのは周知の通りです。そして、現在でも米国にとってイスラエルは中東地域におけるプレゼンス堅持のための橋頭堡であることに変りはなく、その重要性はますます大きくなっています。イスラエルもそのことは十分承知で、主に米国との関係性を重視して各種の和解案を検討していると推察しています。

 イスラエルにとっては「引き際」を考える上でも、第一に米国の対外政策を考慮しつつ米国と駆け引きを重ねていくでしょうし、米国以外の国からの働きかけはおそらく眼中にないでしょう。大陸膨張政策を列強各国から批判され、それを跳ねつけるという誤った判断が惨劇を招いたことをもって、他山の石とすべしとイスラエルに諫言しても説得力があるかどうか疑問です。“歴史的”というDimensionを附与するならば、勧告を受け入れて「引き際」の範を具現した場合にこそ、その価値や力があるのではないでしょうか。
 イスラエル問題の当事国(勿論、米国も含まれます)以外では、責任を放棄した英国こそ、説得の義務も責任もあると考えています。

 昨今の政治家の行状を見るにつけ、遺憾ながら我が国の外交家や外務省官僚が執心する「おとしどころ」は専ら内国的な整合性であって、対外的な「おとしどころ」を求めていくにあたっては甚だ心許ない器量でしかないような気がしています。

 また、会いましょう。

322. 歴史的説得義務 増山 博康  2003/12/28 (日) 20:01
法律についてのカテゴリー論とは別に日本はイスラエルに対する歴史的説得義務を持っていると思います。
満州事変の後、リットン調査団は、日本の行動は自衛のためとは認めがたい、しかし、事変以前に復帰するのは非現実的であり、満州に自治政府を作り、日中が関与するとの案を示しました。
誤解をおそれずに云えば、「帝国主義」を前提にしても、この勧告を受け容れた方が、「大日本帝国」の利益にかなったと思います。
この勧告を拒否した後、全面的破局への道を日本は歩みました。
日本は1億人、37万平方キロメートルの国なので、それでも「国」は存続しましたが、イスラエルが今提示されている各種の和解案を拒否し続けた場合、どうなるのでしょうか?

この点について、自身の経験から「引き際」について、一番説得出来る立場にあるのは、日本だと思います。
我が国の外交家のうちに、水面下かも知れませんが、「落とし先」を作る努力している方がいることを期待したいと思います。

321. 戦争とはそういうものだと言う考えについて 増山 博康 [URL]  2003/12/28 (日) 19:46
もちろん、戦争とはそういう生殺与奪の権の奪いあいであると言う人もいるでしょうし、それを否定する気はありません。まさにその通りだと思います。
でも、永劫に戦争をする国はなく、戦争は結局外交、政治の延長の手段であると言うのも事実です。
では、ある国がある国に対する時の和戦両様の方針決定と、刑法や民法は同じカテゴリーに属するものとして、議会や選挙の争点にすべきなのか?
僕にはどうしても「同じ」とは思えないのです。
争点にするのはいいです。でも、同じカテゴリーに入るとは思えない・・・。

320. 生殺与奪の権と法律 増山 博康 [URL]  2003/12/28 (日) 19:42
刑法や民法がこわいと思うのは、それが個人にとって生殺与奪の権を握っているからです。法律とは、そういうものです。
目前の外交政策への賛否とそうした「統治原則」を同じ生殺与奪の権を規定する「法律」と言う概念で規定し、議論すると言うのことが正しいのでしょうか?

319. イランへの派遣検討、動き出す 大森  2003/12/28 (日) 09:41
小泉首相は、自衛隊をイラン大地震の災害救援に派遣することを検討するよう、外務・防衛両省へ指示して、正月休みに入りました。
こういう点は評価できますね。

いっぽう、同日にイラク中部カルバラでは、駐留連合軍の宿営地などに攻撃があり、タイ軍とブルガリア軍兵士計6人が死亡しました。
米英軍に限らず、攻撃対象は広がってきており、自衛隊も同列になることがいっそう明瞭になっています。

イランへしっかりと自衛隊を派遣すれば、「日本は以前のようにおカネだけ出せばいいとは思っていない」というアピールは、世界に対して充分にできると思います。

そして、イラクはまだ戦闘状態が続いているから、自衛隊は入れないことを説明するべきです。
なぜなら、攻撃を受ければ自衛隊も身を守るために武器で応戦せざるを得ず、そうすれば憲法で約束した「国際紛争を解決する手段としての武力行使を永久に放棄する」ことを破ってしまうからです。

アジアの人たちに多大な迷惑をかけ、自らも世界唯一の核被爆国としての反省に立った戦争放棄なのですから、武力で交戦する恐れのある国へは、いけないのですとしっかり説明すれば、わかっていただけないでしょうか。

それは、たとえ一部の人から「臆病者」と後ろ指をさされてもです。

318. イラクでなくイランへ派遣しては 大森  2003/12/27 (土) 19:41
イランの大地震で、死者2万人かという大被害になっています。
自衛隊はイラクでなく、イランに向ったらどうでしょう。

被災者へ水や食料の支給、壊れた道路や建物、電気・ガスの復旧支援。
武器を持っていかなくても、救援活動ができるでしょうし、みんなに喜ばれます。
このほうが、国民の賛同を得られるのではないでしょうか。

317. 補説 増山 博康 [URL]  2003/12/26 (金) 23:33
佐藤さんの言う「統治原則」をどう活用するか
と言う問題意識は、それとして正しいと思います。

ただ、ちょっと僕の問題意識とずれていて、佐藤さんのは、僕の前項の書き込みで言えば、
一定の中期方針を必要とする社会環境g(A)に対して、
中期方針A1とA2があり得るとする

この場合、現行法体系またはその改正体系f{n}(An)の運用があり得るとして、f{n}の内容についての議論であると思われます。

ただし、特定の社会環境g(A)に対して選択可能性がありうるA1、A2・・・の一連の中期方針群をAnとする。

また、特定のAnに対して動員される法律または法律改正群をf{n}(An)と定義する。

僕が言いたいのは、刑法や民法などの「統治原則」と国の方針(中期方針)を同じ法律と言うカテゴリーで論じ、中期方針への支持を法律改正や策定への支持で争う方式(つまり、現行の三権分立方式)には、何か根本的な問題があるのではないかと言うことです。

316. 抽象化して言うと・・・ 増山 博康 [URL]  2003/12/26 (金) 23:23
理工学部流に言います。
個々の問題についての賛否を置いて聞いてほしいので・・・

国として、中期方針を決める必要があり、何らかの中期方針を決めようとしたとする。
この中期方針をAとする。

中期方針を実施するには、既存の法律(ルール)ではうまく実施出来ないことが分かり、改正することとした。
このための一連の改正案のセットをBとする。

国会や選挙戦、直接投票などの渦中、通常、B=f(A)、ただしf(A)はAの関数とするとして、マスコミなどは取扱い、国民もそう思っている。

ところが、数ヶ月、数年ないし数十年後、中期方針Aを必要としていた社会環境そのものが変化し、中期方針Aは、A’に変更になったとする。

A ≠ A’
なお、Aを必要とした社会環境を Aの関数g(A)で定義し、A’を必要とする社会環境をg(A’)とすると、

g(A)≠ g(A’)

なお、関数に関して 不等号 ≠ を用いる場合、両者が同質の関数でないことを意味するものとする。

A'及びg(A’)が、
B’= f(A’)なる新ルール(新法律改正案のセット)を必要としているとし、

f(A) ≠ f(A’)

とする時、
f(A)をf(A’)に取り替える作業を議会、選挙、直接投票で問うことがイコールAをA’に取り替えることを支持するかどうかと言う議論になると言う図式で社会(マスコミ、国民、議会、政治家の論争)が動いているのが現状のように思われるが、

[f(A) → f(A’)] = [A → A’]
と言う図式は論理的に無理があるのではないか?

ただし、f(a)→f(a’)は、中期方針aないしa’の関数である法律群を他の法律群に変更するオペレーションを、a→a’は、中期方針aを別の中期方針a’に変更するオペレーションを指すものとし、
[X] = [Y]

はふたつのオペレーションが[X]、[Y]([]はオペレーション群を指す)が等価であることを意味するものとする。

315. やっぱりおかしいと思う・・・ 増山 博康 [URL]  2003/12/26 (金) 23:05
法学部の佐藤様
お返事ありがとうございます。この件は前から思っていたのですが、北朝鮮制裁の法案を民主党が検討中って聞いて、内容が外為法改正って聞いて、やっぱり違和感を持ちました。

A)中期方針・・・北朝鮮を制裁する
B)法律・・・外為法改正/国連の決議ぬきに日本単独で特定国との交易をストップ出来るように法律を改正する
C)チェック・アンド・バランス・・・選挙

僕はどうしても、この3つが「論理的」に同じものだと思えないのです。
通常、マスコミなどで議論されているのは、「中期方針(対イラクとか対北朝鮮とか、年金とか消費税とか・・・)」が正しいかどうかですよね?

法律と言うと、「殺人罪への量刑」とか「相続のルール」とかそういうことを決めますよね?
そういうものと同じカテゴリーで「中期方針」を決めていいんだろうか?
北朝鮮が仮に今崩壊したとして、その後も外為法を改正した場合、その法律は生き続ける、「刑法」や「民法」と同じ「法律」として・・・。

その法律が当初の制定意図(北朝鮮制裁)とは別の問題に適用されるようになったとして、そのことへの賛否を「選挙」で問う(直接民主制でも問題は同じです。直接投票で解決するとは思えません)ってことについて、どうしても、何か違うって違和感があるのです。

僕は、個々の中期方針についての意見とは別にこのことにものすごい違和感を持っています。もしかして、現代社会にとって、「法律」って言う枠組みで議論することは、役に立つ場合と立たない場合があるんじゃないだろうか?

「中期方針」は「中期方針」として「法律」とは、別のカテゴリーを作り、それについて、国会、選挙、直接投票で議論したり、賛否を問うことは無理なんだろうか?

314. 私は法学部なのですが・・・ 佐藤修  2003/12/24 (水) 22:58
私は法学部です。
検事になりたかったのですが、
司法試験は私の相性に合わないことがわかったので、諦めました。
法学部で学んだことはリーガルマインドです。
それが私の生き方を決めました。

さて、増山さんの呼びかけですが、
一度、議論の場を設けるのも一案です。
増山さんに、その気があれば、湯島で一度、サロンをやってもいいですね。
人が集まるかどうかはわかりませんが。

とりあえずの私見です。

法律は国の方針ではなく、統治原則だと思います。
まあ同じようなものかもしれませんが、
個人の視点から構想されていないということです。
大切なのは、それをどう活用していくかです。
今、一番効果的に活用しているのは、小泉首相ではないかと思います。
ばかげた活用の仕方ですが、
誰も止められません。
民主党の政治家はまったく勉強していないことを露呈していますし、
ジャーナリストはそれ以前のレベルです。
やる気がありません。
今の統治者が、好き勝手に使い込んでいるのを見過ごしています。

私たち、一人一人がもっと活用しなければいけません。
しかし、誰も法律なんて知りませんから、使えないのです。

友人の武田さんとよく議論するのですが、
憲法も統治者のツールでしかありません。

次に
違う方式があるのではないかということですが、
あると思います。
これについては、
リンカーンクラブの武田さんがいろいろ考えています。
彼の論文を来年からこのホームページに掲載しますので、ぜひお読みください。
ポイントは直接民主主義の導入です。

これについては、
上記の話し合いの場に彼に来てもらうようにします。

なんだか中途半端な返信になってしまいました。

検事になれなかった佐藤修でした。

312. 僕は法学部ではないので・・・ 増山 博康 [URL]  2003/12/22 (月) 23:45
続きです。
個々の法律は改正がありますが、「法治」と言う概念は、ハンムラビ法典に遡ってあると思います。
ただ、それって、個人対個人の闘争が文明のある段階で調停を必要としたから決まったんじゃないんでしょうか?

「国(つまりある種の組織)」の中期方針を「法律」と言う枠組みでなければ、官僚機構の決定を議会で追認、または不承認、または次回選挙での政権選択で補正すると言う方式に無理があると感じています。

今のイラクとか、年金とか、への意見は別にして、現行憲法への賛否も「チャラ」にして、やっぱり、「中期方針」は官僚、それへのチェックは国会での法律や予算審議及び選挙なのか、もうちょっと違う方式があるのか、議論したいと思います。

もちろん、「経験」も大事なので、「実際、過去の法律、予算、憲法議論でこうだったから、○○せざる得ない」と言う意見、感想、情報提供は歓迎です。

ただ、趣旨を汲み取っていただきまして、「おまえは○○に賛成か、反対か」、「○○の立場だから、××と言うのだろう」と言うのはやめて下さい。そういう意見にはお返事しませんで、悪しからず。

311. 「法律」って枠組みは有効なのかなあ? 増山 博康 [URL]  2003/12/22 (月) 23:20
ずいぶん前から疑問に思っていたことをひとこと。
国の方針を「法律」で決める、法律は国会で決める・・・。
確かに最近の法律は、5年後に見直すとか、時限立法もある。でもね、
出来た法律に拘束されるのも確か。それに背けば刑事罰もありうる場合もある・・・。

今年とか、ここ5年ぐらいの方針を決めるのは、「予算案」とか政府の施政方針とか、○○経済計画とかで、後は50年単位で変えるかどうかの憲法でその中間は「法律」って正しいのかなあ?

選挙制度とか変えて、「政権選択権」を国民に与えればそれでいいのかなあ?

今年はこうするとか、ここ3年、5年、10年、20年はこうしようとかって仕組みを決めるのって、国以外の団体・組織ではもうちょっとあるように思う。

もちろん、5年任期で雇われた社長が、任期途中で株主の信任を得られず、解任され、5カ年計画が途中で挫折するとか、企業や市民組織でもそういうことはいくらでもある。

だから厳密に言えと言われると困るのだけれども、それでもなお、○○5カ年計画とか、今年の予算とかは実質官僚が決めて、憲法や法律は何十年も変わらず、その中間で処理すればいいようなことを延々神学論争をやり、「だから憲法を変えるべきだ」式の論調を誘発し、仮に法律でも憲法でも変えたら、また何十年もそれに拘束され・・・。

それって現代の組織(国もいろいろな組織のひとつに過ぎないですよね?)の運営方法として正しいのだろうか?

「法律」とはちょっと違う「今年」とか「5カ年」とかの枠組みを作り、官僚じゃなくて、国会で決め、それを決める奴は選挙で決めるとか、国会でも駄目なら別の仕組みを作るとか、それって駄目なんだろうか?

福祉でも、財政でも、地方自治でも、防衛でも、いろいろな人の意見を聞いていて思うのは、「法律」が出来たら「終わり」、憲法が変わったら(変わらなかったら)それで「終わり」式の論理から自由になれば、もっといろいろな可能性が議論出来るのにと思うことしきりです。

本当に「法律」は、現代に有効な仕組みなんだろうか?

310. 12月23日 田辺 大 [URL]  2003/12/18 (木) 01:46
佐藤さん

こんにちは。

お誘いをありがとうございます!
サロンは、思うに、良い世の中を将来の世代に残すために大切な取り組みの一つですね。

12月23日は、本業でプロジェクトを予定していました。
(毎週火曜日と金曜日は、社会起業家で
千葉県松戸にあるフェアトレードコーヒー屋さんに
経営コンサルタントとして通う日々です。)

参加に向けて、調整してみます。
OKの場合は、佐藤さんにお知らせさせてください!

田辺

309. Re: イラク人市民と、私たちの温度差〜フセイン氏拘束に寄せて〜 佐藤修  2003/12/17 (水) 09:22

田辺さん

>温度差を乗り越えるために、イラクの人々のよき聞き手になり、対話をする方法がないのだろうかと思います。

そう思います。
国家にとっての平和は外交戦略でつくれますが、
個人にとっての平和は対話もしくは会話から始まると思います。
対話のない首相と官房長官を持つ、今の日本には望み得ないことかもしれませんが。

不謹慎ですが、フセイン拘束のニュースに、私は素直に喜べませんでした。
そうした自分にかなりの戸惑いもあります。
しかし、今の展開に対して、どこかに違和感があります。

23日に「平和への結集・連帯」のための相談を行うための会議が午後から夜にかけて行われます。地球平和公共ネットワーク事務局が呼びかけています。こうした活動がいろいろの所で広がっています。

私たち一人一人が、何ができるかを真剣に考える時ですね。

他のみなさんの意見もお聞きしたいです。
このテーマの話し合いサロンを開催してみようと思います。
田辺さん、一緒にやりませんか。

佐藤修

308. イラク人市民と、私たちの温度差〜フセイン氏拘束に寄せて〜 田辺 大  2003/12/16 (火) 00:06
こんにちは。

フセイン氏拘束のニュースで、米国を始め各国は歓迎のコメントを出しています。確かに、圧政を敷いていた独裁者の拘束といえます。

わが国の自衛隊派遣の方針を加速させるかもしれません。

しかし、イラク人(バグダッド在住の高校教師の方)は、日本のNGOに当てた英文の電子メールで「米英軍に対し自分たちはレジスタンス(抵抗運動)を行っているのであって、イラクと歴史的に経済面で友好関係があった日本が、軍隊を派遣し、米英軍を支援することを懸念する」と寄せています。

もしこのイラク人の高校の先生の文脈が正しいとすると、近代国家を生んだとの誉れの高いフランス革命、アメリカ独立戦争は、市民による「テロ戦争」になってしまいます。フランス革命後、周囲のヨーロッパ各国は軍事介入を行い、フランス市民により撃退されています。誤解を恐れずに申しますと、歴史は繰り返し、中東のイラクに、民主主義が芽生えているのかもしれません。

フセイン氏は拘束時に携帯電話など、通信手段はもっていなかったと伝えられています。ですので、抵抗運動は、フセイン氏のコントロール下にはなく、困窮したが故に、自発的に発生している可能性があります。今後、イラクの治安が回復すると考えることは難しくなります。

米軍がフセイン氏を拘束して、大量破壊兵器が出土されるのかはわかりません。

大義なき派遣をし、イラクという戦地で日本人が戦闘行為に入り、死者が出て、はじめて私たちは「温度差」に気づくのでしょうか。

少なくとも、わが国や米国の政府首脳のコメントや報道からは、バース党残党や流入外国人によるテロではなく、イラク市民による抵抗運動が発生している可能性を指摘しているものを、私は見つけることができません。

温度差を乗り越えるために、イラクの人々のよき聞き手になり、対話をする方法がないのだろうかと思います。

田辺 大

307. Re: 自衛隊のイラク派遣に国民の過半数が反対 佐藤修  2003/12/09 (火) 23:10
大森さん
はじめまして。
ありがとうございます。

私も反対派です。
小泉首相の決定は、国民への反逆罪ではないかとさえ思います。
それを阻止し得なかった私たちもだらしないとはいえ、
その後の状況変化に応じて柔軟に対応するのが国民の代表たる首相の責務です。
本当に哀しいです。

7日にはピースウォークもありましたが、
私はホームページにも書いている平和のラウンドテーブルセッションに参加していました。
次の更新時に紹介しますが、そこで戦争が起きた時に、「戦争に荷担するかどうか」が議論になりました。
私は、いまこの時点でイラクの戦争に間接的にであれ、荷担していることが辛い、と発言しました。

いま、イラク人がテロを決行したとして、それを咎められるかどうか、私は自信がありません。私の家族が今のイラク国民のような仕打ちを受けたら、私も米国やその支援者に自爆テロをしたくなるかもしれません。冷静になれる自信はありません。
いずれにしろ、日本の自衛隊派遣が、イラク復興の名で、イラクの混乱をますます増幅させることを危惧します。平和の地域が危険な地域にならなければいいのですが。

国家の平和と国民の平和は次元を異にするばかりではなく、往々にして、国家の平和の目的で国民の平和が踏みにじられます。
同じ平和という言葉を使いながら、全く別の話だと、私は思います。

自衛隊を派遣するのであれば、せめて閣僚の一人が先頭に立って活動をしてほしいです。
小泉首相にも、胸を張って現地に応援に行って欲しいです。

日本もいよいよ戦争を行使する国家になるのでしょうか。
小泉首相と現在の閣僚の名前を私はしっかりと歴史に残したいと思います。
日本を逆戻りさせた責任者として。

もし反米活動家が日本でテロを実行するとしたら、
ぜひとも派遣決定者をターゲットにしてほしいですね。

腹立たしさのあまり、ちょっと書きすぎました。

大森さん
いつかお会いできるのを楽しみにしています。

306. 自衛隊のイラク派遣に国民の過半数が反対 大森  2003/12/09 (火) 12:55
初めまして。以前から時々サイトを拝見している、我孫子市民です。
自衛隊のイラク派遣が、具体的になってきますね。

昨日12/8のNHKニュースでは、NHK世論調査の結果を発表していましたが、過半数の52%が、現在のイラク情勢での自衛隊派遣には反対ということでした。
私もその過半数派です。

自衛隊がイラクへ行けば、イラクで自衛隊員が戦闘をしなければならないだけではありません。予告されたように、東京でのテロを警戒しなくてはなりません。
以前のような国家対国家の戦争ではなく、テロの時代における戦争ですから、イラクが戦地で私たちは「銃後」にいる、という認識は誤りです。
地下鉄サリン事件の比でなく、都心を走る満員の地下鉄の中で、いつ自爆テロが発生するか、分からないのです。

私も毎日都心へ通勤していますので、これからは車両内に挙動不信のイスラム系の人が乗っていないか、注意しなくてはなりません。危険は現実の問題だということを、日本人はもっと自覚しなくてはならないのではないでしょうか。

304. Re: オープンブックマネジメント 佐藤修  2003/12/04 (木) 07:54
岡田さん
OBM研究会、さぼっていてすみません。
特に岡田さんからはメッセージももらいながら動き出さずに申し訳ないです。
近々、OBMのメーリングリストでご連絡しようと思っています。

それはそれとして、
OBMでどう儲かるか、という質問に明確に答えられるようにすることも必要だとおもいます。私は確信していますが、多くの人は疑心暗鬼ですからね。
私も出版社の関係者に、OBMの本の出版を相談しましたが、OBMは売れないのでだめだと言われました。がっかりを通り過ぎて、哀しさを感じます。
すべては「儲かるかどうか」で判断される社会は寂しいですね。その結果は、彼ら自身が儲からなくなって破綻すると私はこれまた確信しています。
日本の商人道ではないですが、
ミッションや志のないビジネスはいつか破綻します。
大きな道理にあっていないからです。

まあ、これは私の独断的考えですが、
せっかくOBMという解決策がありながら、
どの企業も本気で考えないのはとても残念です。
OBMこそ、ウィン・ウィン・シナジーを実現する道なのですが。
いや、これも独断ですね。

年が明けたら、岡田さんのレクチャーをベースに、
ちょっと拡大OBM研究会を開催するのはどうでしょうか。

このコーナーを読んだ方で、参加したい方があればご連絡下さい。
岡田さんはOBMに関して実践と研究を重ねられている先人です。

303. オープンブックマネジメント 岡田真  2003/12/04 (木) 00:25
佐藤さん(OBM研究会に参加の皆様)

メールアドレスが変わってからサボってお休みしています。
okadaa@rivo.mediatti.net
先日、某大学院MBAコースで研究会で聞いていただいた私の修士論文ネタでレクチャーの機会を得ました。好意的質問も沢山いただいたのですが「結局、この仕組みで儲かるようになるのですか?」的な流れになってしまいました。やっぱり儲けのノウハウを身につけるため、あるいは転職に有利な資格取得のために、学ぶ人が多いのでしょうか。少しがっかりしました。
今度、OBMフォーラムがあれば是非、参加したいと思います。

302. Re: 「黙っていて平和を楽しめた時代」の終わり 佐藤修  2003/11/24 (月) 10:56
田辺さん
投稿、ありがとうございます。
久しぶりの投稿なので、とてもうれしいです。

今日も渋谷でイラク派遣反対のデモが行われています。
私は寒いので行きませんでした。
他にも理由があるのですが、その気になればいけたはずなのですが、
目先の幸せを優先してしまいました。
こうした積み重ねが歴史を決めていくのでしょうね。
反省。

田辺さんの記事はとても興味深く読ませてもらいました。
共感します。
結局は、政策決定する人とその政策に従わせられる人とは違うのです。
その構造が問題です。
まずは彼らに先陣を切ってもらいたいものですよね。
痛みは人にではなく、自らが引き受けなくては発言の重みは出てきません。

ところで、このホームページにも、
平和に向けてできることというコーナーがあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heiwa-action.htm

田辺さん
来年、平和を考える気楽なフォーラムを予定しています。
またご案内しますので、ぜひご参加下さい。

301. 「黙っていて平和を楽しめた時代」の終わり 田辺 大 [URL]  2003/11/24 (月) 00:54
こんにちは。

12月7日の「平和を考えるラウンドテーブル」のお知らせを拝見し、
何かできないかという想いから、投稿をさせていただきます。

私は自営の社会起業家(NPO等)の経営コンサルタントですが、
若手政策研究者たちとマニフェスト研究会にも参加を続けています。

下記のコラムを書いてみました。よろしければ、ご覧ください。

「20代の若者はこのままでは損をする?」
http://www.tkfd.or.jp/news/manifesto2/40_20031105_3.shtml

黙っていて平和を楽しめた時代は、もう終わったと思います。

田辺 大
(有)フォレスト経営コンサルティング
www.forestmc.com

300. 選挙結果 佐藤修  2003/11/10 (月) 08:57
佐藤修です。

選挙結果はともかく、投票率の低さにかなりショックを受けています。

私の地元の我孫子市は比較的高かったです。
そのせいか、最年少の新人が高位で当選しました。
29歳です。
若者が投票したのではないかと思います。
逆にとても真面目に取り組んでいる中高年の新人は今年もだめでした。

選挙結果については、
奇妙な納得と失望感の混じった気分です。
共産党と社民党の後退は予想できたことですが、
ショックでした。

299. 選挙に行きましょう 佐藤修  2003/11/09 (日) 16:31
浜辺産からメールが来ました。
投票所はやはり混んでいたそうです。
しかし、テレビでは前回よりも出足が悪いとの事。

危機感を持った浜辺さんが、まだの人に促しのメールを出しはじめたとのことです。
私も同調して、メールを何人かに送る事にしました。
まずはホームページからです。

浜辺さんの行動力には頭が下がります。

298. 投票所で15分ほど並びました。 佐藤修  2003/11/09 (日) 15:23
佐藤修です。
選挙の投票に家族で行ってきました。

なんと投票所では会場の外まで長い行列ができていました。
40人は並んでいました。
こんな事は初めてです。
みんなも初めてだといっていました。

もしかすると政権交替が起こりますね。

市会議員の選挙は知り合いも少なくなくて、いつも迷います。
結局、人柄で選んでしまいました。
衆議員は、人柄があまりわからず、主張も分からず、
これまた迷ってしまいましたが、
顔で決めました。
顔にすべての人生や生活が出ているという判断です。
比例区はマニフェストで決めました。
しかし、
選挙は難しいです。

みなさんは何で選びましたか。

297. Re: 政治体はどのようなものがという投票箱 佐藤修  2003/10/29 (水) 18:59
ミネさん

はじめまして。

このホームページにも掲載していますが、
私は以前、リンカーンクラブという組織の事務局長でした。
その会の理念は、
民主主義を標榜するのであれば、
間接民主主義は過渡的なものであり、
克服されるべきものだというものです。
代表は武田文彦さんといいます。
これも最近、書き込みましたが、
「民主主義進化論」という著書もあります。
これらについては、このホームページのどこかに書き込まれています。
武田さんのことも。
すぐに見つからないのが、このホームページの「良さ」ですが、
まあ、検索すればすぐに出てきます。

私は、間接民主主義を否定はしませんが、
制度はすべてそのメンバーが活かすべきものだと思っています。
もしお時間があれば、
このホームページのメッセージ6をお読みください。
ですから、
このバスに乗りなさいなどというのが政治であるとすれば、
100%否定します。

自分たちで運行したいものです。
雇ったはずの運転手に暴走してほしくはありません。

ところで、
ミネさんはどう思われているでしょうか。
私の関心事は、つねに個人の考えです。
全体の数字はほとんどが操作可能ですから。

ちなみに、私も投票しました。

________________________________________

296. 政治体はどのようなものがという投票箱 ミネ  2003/10/29 (水) 12:25
「このバスに乗りなさい」という間接政治についてどのように考えておられるでしょう

既に2000名を超える投票があり、大変興味のある結果がでています

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
政治体制投票箱      10月26日現在 2116名投票
http://vote.mallkun.com/cgi-bin/27/vote.cgi?id=seijian
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

295. Re: 町田「ヒバクシャ」上映会ご報告とお知らせ 佐藤修  2003/10/21 (火) 21:21
岡崎さん
よかったですね。

これからが楽しみです。
中川さんの活動はメーリングリストでしか知りませんが、
共感できる活動ですね。
いつかお会いしたいと思っています。
前日は行けそうなのですが、
3日は所用があって参加できないのが残念です。
またお話を聞かせてください。

これからの展開が楽しみです。

294. 町田「ヒバクシャ」上映会ご報告とお知らせ おかざき さゆり  2003/10/20 (月) 17:36
みなさまへ

佐藤修さんにご案内を載せて頂いた
町田市民ホールでの「ヒバクシャ」上映会は
おかげさまで、たくさんの方に来て頂き、
16万円ほどの収益と5万円ほどの募金、
合わせて21万円強をイラクの子どもたちに
寄付できることになりました。

寄付金は「日本国際ボランティアセンター」を通じて
イラクの子どもたちへの医療援助に
使っていただくことになりました。

いらしていただいた皆様に心からお礼を申し上げます。

上映会では鎌仲ひとみ監督が

「劣化ウラン弾をつくっているのは、原発を必要としているわたしたちの暮しなんだ、と気づいて戦慄が走った」

というお話をしてくださいました。

大量のエネルギーで成長してきた都市文明…
それを支えるために開発される原子力…
その中で生きながら、
そのことから逃れていく道をさがすのは、
簡単ではないのかもしれません…

「ヒバクシャ」が投げかけてきたこのような問いを
忘れないないようにしたい、と思います。

おりしも、知己のある中川修治さんという
市民共同発電を作る活動を草分け的にしてこられた方が、
町田へ来て下さるとの連絡を受けました。

上映会でつながった人の輪から、
そういうエネルギーのお話をする集いをもとう、
ということになりました。

中川さんは、9月に滋賀で開かれた「環境会議-市民共同発電全国フォーラム」でも、未来のために今どんなことができるのか、
さまざまな体験にもとづいた、現実的な建設的な発表をされていました。
いろいろなお話が聞けるとおもいます。

みなさま、ぜひ、いらしてください。

----------------------------------------------------
11月3日 10:00-12:30 
中川修治さんを囲んでエネルギーについて考えるつどい

まちだ中央公民館 視聴覚室
(まちだ東急デパート隣 109の6階)

中川さんのご好意により、講演料はありません
----------------------------------------------------
9月の環境会議・市民共同発電全国フォーラムでの発表を
バージョンアップした講演をしてくださいます。
そのあと、中川さんを囲んで、懇談します。
----------------------------------------------------


「中川修治さん講演会」問い合わせ先

  marx@proof.ocn.ne.jp
  tel 090-6037-6082
 
 (代表おかざきさゆり)

293. Re: 資金がないというのは・・・ 佐藤修  2003/10/07 (火) 23:25
折口さん
ありがとうございます。

勝手な事を書いてしまいました。

実は同様の記事を、朝日新聞にも寄稿したのですが、
「行政の下請けとなる危惧」と書いたら、もう少し具体的にと言われてしまいました。

私は、昨今のNPOブームに、
「NPO、おまえもか」という感じを持っています。
経済主義への異議申し立てだったのではなかったのかという思いがしています。

そういう私が、いま、NPOへの資金助成プログラムの事務局をやっています。
その公開選考会が10日に開催されます。
うれしいことに、参加者が急増していますが、なにやら複雑な気持ちです。

また報告します。

292. 資金がないというのは・・・ 折口 智朗  2003/10/07 (火) 21:06
佐藤さん こんばんは 寒くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか!?

さて、メッセージの中に「資金がないというのはやめましょう。」という題がありましたが、確かに逆から見ればその通りだと思います。

さるNPO支援団体の方も、数あるNPO法人の殆どが名ばかりで、行政の下請けとして機能しているNPO団体の多いことに嘆かれておられました。

たしかに介護系のNPO法人では、介護保険事業所としての行政の設置基準を満たそうとすれば、つい設備資金も必要となるでしょうし、人材を雇用するにしても運営資金は必要となるので資金調達に走り回らねばならぬ状況があると思います。

問題は本来のボランティア育成や市民活動の展開をどのように進めていくかということなのでしょうが、そのためのソフト部分がまだまだ未熟なように感じています。

確かにNPO法人を取得するまでにはなんとかできるのですが、そこから先の運営をするための就業規則や福利厚生・会計・税務はどのようにすればお互いがスムーズに本来の目的に向かっていけるのか、といったような基礎的な支援がまだまだ必要なのではないかと思います。

組織としての形態を成して自立するまでには、佐藤さんのような企業でのノウハウをもたれた方々の知恵をもっと必要とするのではないでしょうか。

291. Re: 祖母の葬儀 佐藤修  2003/09/27 (土) 18:38
柴崎さん
ありがとうございます。

最近、お会いしていませんね。

ホームページを読んでくれていて、ありがとうございます。
どんな人が読んでいるのか、書き手にはなかなかわかりません。
またぜひ書き込んでください。

10日には会えますかね。
楽しみにしています。

290. 祖母の葬儀 柴崎明  2003/09/23 (火) 00:10
 葬儀のお話ですが、佐藤さんが近況報告で回顧なされていたので一言。私は2000年7月に祖母(88歳)を無くしましたが、私たちの祖母の場合、一切読経は行わず僧侶も呼ばず、参加者が故人の思い出をマイクを廻して語るというスタイルに母親がしました。
 葬儀屋の人が参考になったとか言ってましたが、池袋近辺では地域文化のスタイルはほとんど感じないので、こうした工夫になったのかも知れません。
 普段話さない近所の人や、殆ど行き来しなくなった親戚の人々が、それぞれ故人についての思い出を語りましたが、独居老人の世帯が多い中で人知れず祖母が心の支えになっていたこと、亡くなる日の朝までそうしたお婆さんに祖母が語りかけていたことなどがわかりました。
 私は前日祖母が字を書く練習をして、「忘れないように一生懸命やっているんだ」とか言っていた話をしました。小学生の頃子供をおぶって学校に行き、あまり授業に参加出来なかったという祖母から聞いた話は、今は遠く離れて住んでいる祖母の妹も知らないものでした。
 折角故人を通じて人が集ったのだから、故人の思い出を語り合おうとした母の意図は、成功したようです。

288. 葬儀のこと 佐藤修  2003/09/22 (月) 19:02
佐藤修です。

葬儀に関して、こんなメールが来ました。

>私たちの祖母の場合、一切読経は行わず僧侶も呼ばず、参加者が故人>の思い出をマイクを廻して語るというスタイルに母親がしました。

いいですね。
私の葬儀は生前葬を目指していますが、
こういうスタイルにしたいです。

ホームページに関して、いろいろなメールをもらいます。
なかなかこのコーナーには書き込みにくいようです。

なかなか参加型のホームページは難しいですね。

287. Re: 町田でヒバクシャを上映する会 佐藤修  2003/09/10 (水) 12:12
おかざきさん
ありがとうございます。

同感です。

近いうちにメッセージに書こうと思っていますが、「お金がない」というのは言い訳でしかありませんし、その意識から抜け出ないと何もできないのかもしれません。
昨夜、アフガンの地雷除去の仕事に取り組む現地の若者の話をテレビで紹介していました。危険を冒して、14時間かけて地雷を除去したお礼が、たしか650円でした。
お金って一体何なのでしょうか。
しかも、その若者は地雷で手足を失った子どもたちを引き取ってみんなで暮らしているのです。1日、650円でどうやって生活していけるのか、と思うのは、すでにお金に毒されている発想かもしれません。
グローバライゼーションは、お金に魂を売り渡す事ではないかと思えてなりません。
彼らに本当に役に立つ支援って、何なのでしょうか。
いや、そもそも支援と言う発想が間違いなのでしょうか。

コムケア活動で、私はたくさんのことを気づかせてもらっていますが、迷いが高まる一方です。

私自身、いま、ちょっと動きがとれない状況にいますので、とても残念なのですが、岡崎さんたちの活動に何ができるかを考えていきたいと思っています。

3%の思いをぜひ広げていきたいですね。

おかざきさんの発言を読まれた方、ぜひおかざきさんたちを応援してください。

ありがとうございました。

286. 町田でヒバクシャを上映する会 おかざきさゆり  2003/09/09 (火) 23:14
佐藤修様

上映会の案内を掲載して下さって、ありがとうございました。

吉幾造の歌でしたか、
金もねえ、家もねえ、車もねえ、
という一市民にすぎなくても、
なにかの思いを抱き、
それを言葉にし、
伝えていく、
それだけでひとの思いが集まって
このような上映会が開かれ、
イラクのこどもたちになにかできるのかもしれない、
そのようなことを実感しています。

この映画も
1998年に白血病で亡くなったイラクのひとりの女の子が
監督の鎌仲ひとみさんに残した小さな紙片に記された言葉

「わたしをわすれないで」

そのたった一言のメッセージが撮らしめたのだと聞きました。

フェリーニの「道」という映画で
「どんなものにも意味がある、この小さな石ころにも」
という言葉が語られていたのを記憶しています。

グローバリゼーションに圧し潰されそうな世界で
輝いてくるものがあるとしたら、
小さな小さな石ころのようなものたちなのかもしれないですね。

たった3%の心、富を
他の人の痛みや、自然へのいたわりへ
すべての人が使ったなら、
世界の環境問題はたちまち解決するという報告をする人もいるようです。

あきらめないで、
3%の思いを大切にしていきたいと思っています。

285. Re: 小倉北区からの報告 佐藤修  2003/08/18 (月) 19:29
高橋さん
ありがとうございます。

> 皆さんは「自分たちがすること」という意識を持っているんですね。うれしさ倍増です。

そうですよ。
このことへの気づきが、これからのコミュニティづくりの出発点ではないかと思います。
自治体の職員は決して、公僕ではありませんし、
サービス業者ではないのです。

住民をお客様などと捉えるのも、
私は間違いだと思います。

山形市の講演でそういう話をしたら、会場から批判の目で見られましたが。

283. 小倉北区からの報告 高橋典子  2003/08/18 (月) 18:02
小倉北区の高橋典子です。

ホームページ拝見しました。
なんか、くすぐったい気分です。

電子ネット会議は、本格稼動はこれからですが、楽しみにしている・・・という声を励みに、こちらも楽しみながらやっていこうと思います。

佐藤さんのネット参加は大歓迎です。
さっそくメーリングリストに登録します。
まちづくりの輪はこうやって広がっていくんですね。

私も、役所に入職して13年目になります。今まで、4つの職場を経験していましたが、今の職場に異動してきて、正直に言えば、「まちづくりって何?」というところからのスタートでした。人と出会うたび、その人たちのパワーに圧倒され、それこそ、「今までの自分はなんて小さな世界にいたんだろう」と痛感しました。

でも、まちづくりと人は自然に触れ合っているんです。

8月9日、小倉北区で「小倉都心部クリーンキャンペーン」と題し、小倉駅周辺の自治会、企業、学校、商店街、ライオンズクラブで「おもてなしの心隊」を結成、清掃活動をしました。当日は、台風の影響で、朝から雨模様、開催も危ぶまれましたが、決行しました。

あいにくの天気にも係わらず、500名以上の人が集まりました。それだけでもうれいしいのですが、皆さん、傘を片手に、一生懸命ごみを拾ってくれました。

私もスタッフの一員として、また、人とのふれあいを楽しみに参加しました。

かなりの大雨になりましたが、みなさんが、がんばってくれている姿を見ていると、頭から足の先までびっしょりになったのも気づかずに、一緒にごみ拾いをしていました。

「あんたたちもがんばるねえ」との激励もあれば、「ごみ拾いがこんなに楽しいとは思わんかった。ありがとう」とお礼まで言われました。はじめは「立場が逆だな」と思ったのですが、皆さんは「自分たちがすること」という意識を持っているんですね。うれしさ倍増です。

また、心あたたかい人たちとの出会いがありました。皆さんは「まちづくり」という意識を持っているわけでもないんです。ただ、自分たちのまちは自分たちできれいにしようという気持ちだけ。自然な気持ちひとつなんですね。

また、だらだらと書いてすみません。お忙しいのに。。
とにかく、今日も元気にがんばってます。佐藤さんもがんばって下さい。

282. 暑い夏 佐藤修  2003/08/10 (日) 10:23
折口さん
ありがとうございます。

広島の夏は暑そうですね。

地下水脈と平和の封印の話にいろいろなことを思いました。
地下水脈はまさにそのとおりです。
私も時々、経験することですが、人は本当に繋がっていますね。
折口さんと私の接点はまだ見えませんが、きっとどこかでつながりがあると確信しています。

平和の封印。
よく考えて見たい言葉です。

ところで、みなさんの夏はいかかがですか。
私は今年は、毎日、自宅です。
そして毎朝、近くの公園に女房と散歩にでかけます。
朝の公園は、それこそ「ひとのつながり」と「平和」を感じさせます。
朝の散歩で人に会うと、不思議に自然と挨拶の言葉が双方から出てきます。心和みます。
それも不思議と8時を過ぎると挨拶が途絶えがちになります。

こんなにスローライフな夏は久しぶりです。

それぞれの夏を投稿してくださるとうれしいです。
折口さん
お会いできる日を楽しみにしています。

281. 暑い夏U! 折口 智朗 [URL]  2003/08/10 (日) 08:38
きょうは、広島へ原爆が投下された日です。
これから、平和公園へ趣味の尺八仲間が県内より集まり献曲を行います。

毎年ながら、一番暑く感じる一日です。
昨日は、県内の宅老所へプールのお手伝いに出かけました。

そのなかに、仕事で広島市内から出かけていたときに原爆が落ち、翌日市内の自宅に
帰り間接被爆されたという男性がおられて話を伺いました。

息子さんが障害をもたれていたということから、話が進んでいたらなんと先日亡く
なった私の仲人とは旧知の仲であったとのこと、その方が「人と人のつながりは目に
見えないが、地下水脈でつながっているんですよ!」ナルホド、そうかもしれませ
ん。

又こうも言われました、「国民は本来悲鳴をあげなければならないのに、まるで茹で
蛙のごとく気持ちよくお湯の中に浸かっている、どうしたものか・・」

さて、汗を拭きながら出かけてきます。

280. 暑い夏! 折口 智朗 [URL]  2003/08/10 (日) 08:34
今日のヒロシマは雲ひとつ無い快晴で、背中にじりじりと照りつける日差しが、まる
で原爆の暑さを表現するかのようでした。

首相をはじめ各国の代表が献花された慰霊碑のすぐそばで県下より集まった尺八仲間
と共に献曲を行いました。

国宝であった尺八の名手「島原汎山」さんが生前自ら被爆されていたために、「いつ
の日か被爆死された方々に献曲したい」との願いを没後の2年前より門下生で始めら
れたそうです。

先日、原爆の子の像の付近で千羽鶴が焼かれたという事件があったものの、きょうの
式典は静かに行われたようです。

30年前には同じ場所で「安保反対!佐藤カ・エ・レ」の怒号と機動隊の物々しい警
備の光景が目の前で展開されていたのがまるで嘘のように感じました。

遠くで、お祭り的な平和行進のグループの声は聞こえていましたが、いつのまにか千
羽鶴同様にガラスケースの中へ「平和」を封印して市民から遠ざけてしまったようで
すね。

広島市内から離れているこの庄原の地からも原爆投下の翌日からたくさんの救援隊が
派遣されたために入市被爆された方も多く、若くして亡くなられた方もあり又被爆U
世V世と呼ばれる若い世代が体調不良をいまだに訴えられています。

すでに、被爆W世がこの世に生を受けていますが、どうか健やかに育って欲しいもの
であります。

277. Re: 消費者金融 佐藤修  2003/07/07 (月) 09:18
岸田さん
2点だけコメントさせてもらいます。

>ビジネスはハイリスク。ハイリターンが原則であるはずです。

問題は誰にとってのリスクかです。消費者金融はリスクをとらずに消費者にリスクを転嫁しているとはいえませんか。また利用者と消費者金融との関係は企業にとってのビジネスと同じものでしょうか。

>もし、そうでなければ、いつ売れるかどうか分からない、どこで売れるか分からない、そんな商品でもリスクを承知でメーカーが製造し、流通業者が仕入れ、その結果として大きな利益を得るのですが、そうしたビジネス構造自体までも否定することにつながりかねません。

私のホームページのメッセージの根底にある思想は、まさにそうしたビジネス構造を否定しているのですが。
そのビジネス構造が今、変わりだしていると言うのが私が言う「地殻変動」です。あるいはソーシャル・キャピタルを根底にした新しい経済システムです。
概念の呪縛から解放される時期ではないかと私は考えています。

>問題は、そんな高金利でも手を出した借り手です。

それに続く文章も含めてですが、ぜひ2冊の本を読んでもらえればと思います。
追いやられた人の痛みを実感していくことが必要です。
そうでなければ、小泉首相と同じような傍観者になってしまうような気がします。
いや、彼は加害者というべきかもしれませんが。

276. 消費者金融 岸田能和  2003/07/06 (日) 22:39
佐藤修さま
ごぶさたしております。ところで、CWSで「豊かさの条件」を引用され、消費者金融(サラ金)を批判されておられますが、ひとこと。
銀行から借りた金利の数十倍にもなる金利で貸しているとのことですが、このこと自体は本当に問題なのでしょうか?銀行の貸し出し先に比べてはるかに貸し倒れリスクの高い借り手に貸すことや、(銀行にくらべ)営業時間や応対などできめ細かいサービスをしていることの経費からすればある意味では当然のことだと思います。
ビジネスはハイリスク。ハイリターンが原則であるはずです。
もし、そうでなければ、いつ売れるかどうか分からない、どこで売れるか分からない、そんな商品でもリスクを承知でメーカーが製造し、流通業者が仕入れ、その結果として大きな利益を得るのですが、そうしたビジネス構造自体までも否定することにつながりかねません。
問題は、そんな高金利でも手を出した借り手です。ギャンブル、生活資金、遊興費・・・?そうまでしてお金が必要だった社会や経済システム、金銭感覚などについて考えるべきでしょう。
もちろん、そうした状況につけこんで「だまして貸した」のなら問題でしょう。ただ、テレビで流しているコマーシャルで、消費者金融だけがだましているのでしょうか?甘いことばやイメージだけで宣伝しているのは一流企業、有名企業も同じ穴の狢のような気がします。たとえば、たばこのコマーシャルなどは典型です。
もちろん、私自身も消費者金融の在りかたには問題を感じますが、問題の捉え方次第で、別の話になりそうな気がしましたので。

275. Re: 景観について 佐藤修  2003/07/01 (火) 13:57
端田さん

ほぼ賛成です。

私は地元の我孫子市の景観形成市民会議に参加しています。
あまり熱心なメンバーではないのですが。
その集まりで、昨年、提言をまとめました。
そのときに、人との関係性において景観は意味を持ってくるのであり、人の賑わいやふれあいの状況を対象にした、生きた景観という視点が大切ではないかと提案しました。
道路や公園は人がいる時と、誰もいないときでは表情が全く違います。
残念ながら、この提案は消化不良で提言には含まれませんでしたが、
対象としての景観ではなく、自らもまた構成要素になるような景観に、私も関心があります。

いま、美野里町というところで、農村景観を少し話題にしています。
そこで気付いたのですが、農村風景といっても世代によって意味合いが変わってくるということです。
原風景を感じる人もいるでしょうし、異国を感じる人もいます。
安堵する人もいれば、恐怖する人もいます。

先週、大分でふるさと発見の集まりをやりましたが、高校生が地元の棚田を自慢しました。そうしたら年配の方が、棚田に刻まれた農民たちの苦しさも思い出して欲しいといいました。
私も棚田の見事さには感激しますが、見る人には苦しさの象徴です。

個人の視点でも、心理状況によってモノとしての景観は違った表情を感じさせます。

関係性としての景観論。
端田さん
もう少し議論をまとめてみませんか。
ものづくりや建築行為、まちづくりや環境整備の本質が見えてくるかもしれません。
一度、ぜひ端田さんの景観論を読みたいです。

他の人の意見も是非聞きたいです。

274. 景観について 端田哲郎 [URL]  2003/07/01 (火) 10:01
やや、概念的なお話になってしまうのですが、読んでいただければ幸いに想います。

ここのところ「景観」について考える機会があったので、自分なりの意見を書き込ませていただきたいと想います。

すべてではないとは想いますが、「景観づくり」「まちづくり」といった昨今の活動が、どうも物理的な意味においての「つくり」に依存しているような気がします。

たとえば、ゴミ拾いとか、自然環境に適応させた建築であるとか、「清潔感あふれる」環境づくりと同義に使われているような気がします。言い換えれば、それは「モノ」として景観を考えているような気がします。

ぼくは21世紀において重要なのは「行為」としての景観と想っています。たとえば、大きなレヴェルでいえば「祭」であるとか、商店街の活気ある雰囲気だとか、それを含めての景観が必要な気がするんですね。

最近、若者たちが壁にスプレーブラシでペインティングをするようになりました。良いとおもえるものもあれば、「なんじゃこりゃ?」と思えるようなものまで。。。

でも、まちは、汚くなるように思えますし、多くの人が「汚い」「景観を汚している」と感じているのではないでしょうか?
つまり、ふつうは、「なんじゃこりゃ?」とその「落書き(?)」をみて想うんですよね。

でも、ぼくはかれらがもしそれを一生懸命かいているのであれば、あるいは描いている姿をめにすれば、それもまた「景観」の一部であり、活気あふれる「景観」をつくるために、貢献していると想ってしまうんです。その結果、「ゴミ」と呼ばれるものもふえていくと想います。

地域性ということばあるように、各まちの景観ごとにも特性があって、それを考えるのも重要ではないでしょうか?

たとえば、この間、東京のコウジヤ(大田区)にいったとき、商店街をみたとき、何の違和感も感じませんでした。
放置自転車、ゴミ、ごちゃごちゃした店舗、煙草や塾の看板。
デザイン的にいえばひどいものばかりです。
でも、それを総合的にみると、商店街の「活気」になると想うんです。

「下町」「田舎まち」「都市」それぞれに見合った景観をかんがえなければいけないような気がしました。

アメリカのスラム街やニューヨークあるいはロンドンが周辺環境にあわせたとき、人はみたされるのかな?景観は整備されたといえるのかな?
そんな疑問から書き込みました。(^^

273. Re: 景観からの地域づくりなどその2 佐藤修  2003/06/04 (水) 23:15
東さん
投稿ありがとうございます。
私の記事の間違いは明日にでも修正します。

私が山口県と関わりだした契機は、東さんです。
東さんがやってきて、山口市のまんなかに蛍が乱舞している川があるというのです。それを見に来いというのです。
半信半疑で行きました。
感動しました。
蛍が乱舞していました。

以来、何回か山口と宇部に通いました。
瑠璃光寺の五重塔にも感激しました。
これほど優しい五重塔ははじめてでした。

萩にも行きましたが、私には退屈でした。
観光地化されていて、ひどく矮小に見えました。
間違いなく廃れるだろうなと感じました。
二度と行く気はしませんが、蛍と瑠璃光寺はもう一度見たいです。
しかし、今の瑠璃光寺は表情が変わっていそうで、ちょっと不安です。

手作り景観賞はすばらしい試みです。
みなさんもぜひ始めませんか。

手作り景観賞ネットが生まれるといいですね。
私の地元の我孫子でもがんばってみます。

272. 景観からの地域づくりなどその2 東 孝次  2003/06/04 (水) 22:26
さて、景観からの地域づくり(心地いい景観とは自然と人間とが織り成すいい関係から生まれてくると言えないでしょうか。)の目指すべき方向は、循環型地域づくりだと考えています(すべての地域づくりがその方向ではないかとさえ思っています)。そのシンボルとしてホタルがあると思っています。自然と人間との共生できる場所がホタルの自生地ではないでしょうか。私の住まいの近くにある既存集落は、とても気持ちのいい空間となっています。その中央を蛇行しながら小さな小川が流れています。その小川にはホタルが乱舞しています。こんな循環型地域づくりを目指した地域づくりフォーラムを「NPO法人まちのよそおいネットワーク」と「やまぐちホタルネット」の共催で、山口県長門市にある大寧寺(室町時代、山口を支配していた大内氏最後の大内義隆が自害した禅寺としても有名です。)で開催する準備を進めています。景観からの地域づくり、循環型地域づくりにご興味をお持ちの方はぜひご参加ください。意見交換をさせていただければと思っています。佐藤さんにも無理を言って来山をお願いしています。長門市の隣には“まほろば”を思わせるすばらしい景観の日置(へき)町があります。都市部では味わえない景観が皆様のお越しをお待ちしています。また、大寧寺の近くには湯本温泉という温泉場もありますし、昔からの萩焼の里もあります。関心を持っていただける方はご連絡をくだされば、企画がまとまり次第ご案内をさせていただきます。
おいでませ山口へ!

271. 景観からの地域づくりなどその1 東 孝次  2003/06/04 (水) 22:25
「週間報告(2003年5月第4週)」でご紹介していただいた山口県の東と申します。佐藤修さんにいくつか誤解がありましたので(それはやむを得ないものなのですが)、訂正と9月開催予定の地域づくりフォーラムのPR等をさせていただきます。少し長文になりますので、お時間のある時にお読みください。
私どものグループ(NPO法人まちのよそおいネットワーク)は、1992年3月発足しましたので、12年目を迎えています。佐藤さんに賛同いただいている“手作り景観賞”(住民の住民による住民のための景観賞を目指しているものです)は、1996年からは隔年実施としましたので、今まで8回行ってきました。この“手作り景観賞”は、よくあるように偉い先生が審査するのではなく、そこで生活する人が審査することをモットーにしています。しかも当初は、身銭を切って参加するということを信条にしていたました。佐藤さんはこの点を評価されたのだと思います。私にとっても大切にしたいものの1つでした。しかし、多くの人に審査していただくべきではないかとメンバーから提案があり、第3回目からは無料で審査できるようにしています。佐藤さんにも書いてもらっていますが、私もぜひ全国に広めたいと思っています。もし興味を持っていただける方がいらっしゃいましたら、取りあえず私どものホームページ:http://www.sujet.co.jp/matiyoso/をご覧ください。ご質問等がありましたら、私の方へメール(azumakou@helen.ocn.ne.jp)をくださればと思います。お待ちしています。
それから、私の出身は宇部市ですが高校時代までで、現在は山口市に住んでいます。ただ、宇部市の彫刻を主体としたまちづくりを進めようというまちづくりグループ「トークウベ21」(現在は残念ながら解散しています。)に関わっていましたし、佐藤さんにはこのグループで色々とお世話になったため、宇部市在住だろうと誤解されたのです。

270. Re: 再度のお詫び 佐藤修  2003/05/21 (水) 21:12
増山さん
残念ですが、わかりました。

私信的やり取りになってしまっていますが、
環境クラブについては、このホームページのネットワークのコーナーからホームページがリンクしています。
増山さんはしっかりと人生している人です。
忙しいためになかなかお会いできませんが、
オープンサロンにおいしい柿をどさっと届けたり、
公益法人改革の集まりには突然やってきてくれたり、
今回の書き込みにもある、アフタースクールの会ともしっかり共創してくれたり、実に行動的な人です。
行動的な人が、私は大好きです。
彼の会の機関誌に、オープンサロンの事も紹介してくれました。

ともかく行動の人です。

増山さんの環境クラブのホームページをぜひ見てください。

そういえば、増山さん
14日はだめだそうですが、
代わり?に、アフタースクールの楢原さんの紹介で、
福祉専門学校の生徒さんが14日のイベントを手伝ってくれるそうです。
明日、会います。

他にも手伝ってくれる人がいたら、
明日の22日の6時半から8時まで、本郷のコムケアセンターに来てください。待ってます。

14日の集まりは画期的ですよ。

269. 再度のお詫び 増山 博康@環境クラブ [URL]  2003/05/21 (水) 20:12
> コムケアフォーラムも参加してくれませんか。
> これは新しいスタイルのフォーラムだと自負しています。

6月14日ですよね?
あいにく、午前中は川口のこどもネイチャー教室、午後は野菜の収穫です。
ですので、コムケアフォーラムも、今回は見合わせざる得ません。

実は、豊島区内の特別養護老人ホームのバザー(6/15)で野菜販売を行うことになりました。
ゆくゆくは、こうしたバザーにアフタースクールの会の障害者に関わってもらい、仕事づくりを進めたいと楢原さんと話しています。

今週の事務所移転も、そうしたことも含めた今後の環境クラブの体制見直しの一環で行います。
今日、楢原さんに野菜を届ける前、世田谷の「みどりの市民ネットワーク」の上原さんに野菜を届けたついでに、今後の作業分担などを話しあいました。

環境クラブで全てを抱えこむのではなく、地域毎に受け皿になってくれるところを作り、仕事が進むような組織体制を目指しています。

落ち着いたら、改めて、ご連絡します。
(ローカルジャンクションも、コムケアフォーラムも、今回だけでなく、継続的な仕掛けなんですよね?
だったら、これから、おいおい関わりをしていけるかなと思います。)

268. Re: ローカルジャンクションおめでとうございます 佐藤修  2003/05/20 (火) 21:43
増山さん
23日は残念です。

ローカル・ジャンクション21は、オープンプラットフォームとしてネットワーク活動にはいりますので、ぜひ参加してください。

コムケアフォーラムも参加してくれませんか。
これは新しいスタイルのフォーラムだと自負しています。


267. ローカルジャンクションおめでとうございます 増山 博康@環境クラブ [URL]  2003/05/20 (火) 19:37
ローカルジャンクションおめでとうございます。
非常に出席したいのですが、実は、環境クラブの事務所は移転することになりました。(巣鴨3丁目から5丁目に移るだけですが・・・)。
23日は移転予定日で、申し訳ありませんが、今回は欠席とさせていただきます。
移転の動機になった環境クラブの体制見直しと新企画については改めてご報告させて頂きます。
23日の盛会を願っています。

266. 目黒区での暮らしを考える会 佐藤修  2003/05/06 (火) 07:17
木村さんが活動を再開します。

「目黒区での暮らしを考える会 第7回」が始まります。
今回の区議選の反省も行います。
政治に新しい風を起こしたい人は、ぜひご参加ください。

日時:5月25日(日) 13時30分から16時30分まで
場所:目黒区緑が丘コミュニテイーセンター本館第7研修室

場所などの詳細は、私か木村さんにお問い合わせください。

265. 木村さんの結果報告 佐藤修  2003/04/28 (月) 06:55
佐藤修です。

目黒区区議選に立候補した木村さんは、残念ながら当選しませんでした。いろいろありがとうございました。

改めて地域密着の選挙の難しさを実感しました。
また改めて、他のコーナーで報告させてもらいます。

264. 目黒区の区議選に木村さんが立候補します 佐藤修  2003/04/19 (土) 10:03
佐藤修です。
再録です。
書き込んだ後に、たくさんの書き込みが合ったために埋没してしまいましたので。

このホームページでも何回か紹介してきた木村勝隆さんが、
今度の区議選に目黒区で立候補します。
私は彼に是非とも当選してほしいと思っています。
彼は信頼できる人柄であり、目線が生活の次元にあるからです。

目黒区に籍のある人はぜひ応援してください。

木村さんはお金を不要にかけない選挙を貫くはずです。
そのため、活動を応援してくれる人を求めています。
活動期間は20日から26日です。
応援してやろうという方がいたら、私に連絡ください。

今夜、このホームページにもう少し詳しい情報を書き込みます。

個人がちょっと動くだけで、社会は変わります。
社会は極めてホロニックなのです。

263. Re: これで終わりにしますが・・・。 佐藤修  2003/04/19 (土) 07:47
増山さん

今日は出かけなければならなくなったため、
昨日は寝てしまいました。

朝起きたら、その後のメールに気付きました。
そこで一言だけ。

私がとても大切にしているのは「目線」です。
どの視座と方向で考えるか、です。

他動詞で考えている人の目線は、概して高いような気がします。
あるいは、当事者ではなく、観察者です。
自動詞で考える人は、目線に高さがないような気がします。
高いとか低いとかではなく、高さの概念がないのです。

自動詞は自分の事しか考えていないようですが、
多くの場合、そこでの自分は、
隣に人の自分でもあるような、つながっている自分です。

私がメッセージで、良く使う、「〜しましょう」は、
かなり目線の高い言葉だと思っています。
なぜそれを使うかというと、
「余計なお世話」のお誘いであり、
真剣味が少ないからです。
そうなったらいいな、という程度の気分です。

今回のメールのやり取りで気付いたのですが、
増山さんはパラレルワールドの人ですね。
まさに自然界の人。
百姓ですね。

星さんも百姓でした。
一時は二百姓以上だったようですが。
私も、偏った百姓を目指しています。
到達する、はるか手前で今生は終わりそうですが。

では行ってきます。

262. これで終わりにしますが・・・。 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 22:16
Aさんの離婚の件は、星さんとは関係ありません。
それだけは間違いなくいえます。

さて、お互いの健康のために、今晩はこれで終わりにしましょう。

僕がどんなに佐藤さんやこの掲示板を読んでいる人のことを考えても、やっぱり自分も大事だし、そして、自分に関わっている、自分が関わっている人がこの掲示板を読む可能性を考えているし、佐藤さんもそうでしょう。

お互いに相手に配慮しつつ、自己も愛している中で、「個人を活かそう」としているか「個人が生きるのか」と言っても、
結局、相手のことをどう想うのかということについての別の表現にしかなりませんよね?

瀧澤と言う聖書学者がこう書いています。
「結局、キリスト教はイエス教なのではないか?」
つまり、体中に釘を打ちこまれながら、「敵」を愛した十字架の意味をかみしめることから始まる・・・。

僕はとてもそんな愛を他者には持てません。
でも、いつも、そういうことをした人がいて、それが「神」であることの意味を想いおこします。
キリスト「教」に意味があるとしたら、そういうルールを「組織化」したことの中にあるのではないかと想います。

ブッシュがボタンを押す瞬間、彼はそれを考えたのでしょうか?
彼のために祈ります。

261. Re^2: 先の投稿について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 22:00

> 「個を活かす」ではなく「個が生きる」への切り替え。
> あるいは、
> 「考えが違うこと」は無視して(そんな個とは当然ですから)
> 「同じ点」から考えていく。
> そうしたちょっとした言葉遣いや視点の切り替えが
> 新しい地平を開くことがあるように思います。

佐藤さんへ
お返事ありがとうございます。
例えば、コーランの中で、ムハンマドは
「同じ点」から考える努力をかなりしていると想います。

(ただし、イスラムではコーランはムハンマドの
言葉ではなく、神の啓示なのでこういう言い方は
危険)。

実は、カトリックとプロテスタント共通の
「西のキリスト教」の基本を作ったアウグスティヌスも
同じ・・・。

そして、既に冷戦勃発の時、今のインターネットも
含めて通信理論の基礎を形成したウィーナーも
アウグスティヌスを引用して、冷戦に反対しているが
止まらなかった・・・。

「古代」や「中世」に人々を何とか統合した理論が無効に
なる中で、「現代」の僕らは何を言って統合すべきなのでしょうか?

僕はただアウグスティヌスが「神の国」の全四巻のうち、
ほとんど第1巻を費やして、
「なぜ、異民族の侵入によってローマが炎上したか?」
「その時、レイプされた女性や自殺した人達は有罪なのか?」
と言うことを書いたエネルギーに着目しています。

「建国以来、様々な国を侵略してきたローマの歴史」
「自殺や姦淫は罪、しかし、心神喪失状態で起きたことは
本人の罪ではない」

これらの「組織倫理」の言明において、アウグスティヌスが言いたかったことは何なのか?
そして、それらの「組織倫理」にも関わらず、カトリックはなぜ腐敗したのか?、宗教改革はなぜ起きたのか?

260. Re^2: 先の投稿について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:59

> 「個を活かす」ではなく「個が生きる」への切り替え。
> あるいは、
> 「考えが違うこと」は無視して(そんな個とは当然ですから)
> 「同じ点」から考えていく。
> そうしたちょっとした言葉遣いや視点の切り替えが
> 新しい地平を開くことがあるように思います。

佐藤さんへ
お返事ありがとうございます。
例えば、コーランの中で、ムハンマドは
「同じ点」から考える努力をかなりしていると想います。

(ただし、イスラムではコーランはムハンマドの
言葉ではなく、神の啓示なのでこういう言い方は
危険)。

実は、カトリックとプロテスタント共通の
「西のキリスト教」の基本を作ったアウグスティヌスも
同じ・・・。

そして、既に冷戦勃発の時、今のインターネットも
含めて通信理論の基礎を形成したウィーナーも
アウグスティヌスを引用して、冷戦に反対しているが
止まらなかった・・・。

「古代」や「中世」に人々を何とか統合した理論が無効に
なる中で、「現代」の僕らは何を言って統合すべきなのでしょうか?

僕はただアウグスティヌスが「神の国」の全四巻のうち、
ほとんど第1巻を費やして、
「なぜ、異民族の侵入によってローマが炎上したか?」
「その時、レイプされた女性や自殺した人達は有罪なのか?」
と言うことを書いたエネルギーに着目しています。

「建国以来、様々な国を侵略してきたローマの歴史」
「自殺や姦淫は罪、しかし、心神喪失状態で起きたことは
本人の罪ではない」

これらの「組織倫理」の言明において、アウグスティヌスが言いたかったことは何なのか?
そして、それらの「組織倫理」にも関わらず、カトリックはなぜ腐敗したのか?、宗教改革はなぜ起きたのか?

259. Re: 個人の組織依存性 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:52
増山さん

ニンジンとネギのチェックがあるから、投稿などしないで早く寝たほうがいいです。
返信するとまた書かれているので、私もやめられません。
いやはや。

で、ところでですが、
組織と個人の間に、もうひとつあります。
関係です。
個人は別の個人との関係において、個人です。
個の尊重などという言葉がありますが、
これが難しい。
あるのは個人ではなく、関係です。

個人から見るか、関係から見るかで、
世界は変わって来るように思います。

個人起点の発想を主張している私としては、
ちょっとややこしくて、後から後悔しそうな事を書いてしまいましたが。

これでおわりになるといいのですが。

258. Re: 星寛治さんのこと 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:47
まさか、星さんと会って、
インパクトを受けて、離婚したのではないでしょうね。

いやこれは冗談です。

星さんは静かな中にメッセージを秘めてすばらしい人でした。
私は2回しか、お会いしていませんが、魅力的な人です。

267. ローカルジャンクションおめでとうございます 増山 博康@環境クラブ [URL]  2003/05/20 (火) 19:37
ローカルジャンクションおめでとうございます。
非常に出席したいのですが、実は、環境クラブの事務所は移転することになりました。(巣鴨3丁目から5丁目に移るだけですが・・・)。
23日は移転予定日で、申し訳ありませんが、今回は欠席とさせていただきます。
移転の動機になった環境クラブの体制見直しと新企画については改めてご報告させて頂きます。
23日の盛会を願っています。

266. 目黒区での暮らしを考える会 佐藤修  2003/05/06 (火) 07:17
木村さんが活動を再開します。

「目黒区での暮らしを考える会 第7回」が始まります。
今回の区議選の反省も行います。
政治に新しい風を起こしたい人は、ぜひご参加ください。

日時:5月25日(日) 13時30分から16時30分まで
場所:目黒区緑が丘コミュニテイーセンター本館第7研修室

場所などの詳細は、私か木村さんにお問い合わせください。

265. 木村さんの結果報告 佐藤修  2003/04/28 (月) 06:55
佐藤修です。

目黒区区議選に立候補した木村さんは、残念ながら当選しませんでした。いろいろありがとうございました。

改めて地域密着の選挙の難しさを実感しました。
また改めて、他のコーナーで報告させてもらいます。

264. 目黒区の区議選に木村さんが立候補します 佐藤修  2003/04/19 (土) 10:03
佐藤修です。
再録です。
書き込んだ後に、たくさんの書き込みが合ったために埋没してしまいましたので。

このホームページでも何回か紹介してきた木村勝隆さんが、
今度の区議選に目黒区で立候補します。
私は彼に是非とも当選してほしいと思っています。
彼は信頼できる人柄であり、目線が生活の次元にあるからです。

目黒区に籍のある人はぜひ応援してください。

木村さんはお金を不要にかけない選挙を貫くはずです。
そのため、活動を応援してくれる人を求めています。
活動期間は20日から26日です。
応援してやろうという方がいたら、私に連絡ください。

今夜、このホームページにもう少し詳しい情報を書き込みます。

個人がちょっと動くだけで、社会は変わります。
社会は極めてホロニックなのです。

263. Re: これで終わりにしますが・・・。 佐藤修  2003/04/19 (土) 07:47
増山さん

今日は出かけなければならなくなったため、
昨日は寝てしまいました。

朝起きたら、その後のメールに気付きました。
そこで一言だけ。

私がとても大切にしているのは「目線」です。
どの視座と方向で考えるか、です。

他動詞で考えている人の目線は、概して高いような気がします。
あるいは、当事者ではなく、観察者です。
自動詞で考える人は、目線に高さがないような気がします。
高いとか低いとかではなく、高さの概念がないのです。

自動詞は自分の事しか考えていないようですが、
多くの場合、そこでの自分は、
隣に人の自分でもあるような、つながっている自分です。

私がメッセージで、良く使う、「〜しましょう」は、
かなり目線の高い言葉だと思っています。
なぜそれを使うかというと、
「余計なお世話」のお誘いであり、
真剣味が少ないからです。
そうなったらいいな、という程度の気分です。

今回のメールのやり取りで気付いたのですが、
増山さんはパラレルワールドの人ですね。
まさに自然界の人。
百姓ですね。

星さんも百姓でした。
一時は二百姓以上だったようですが。
私も、偏った百姓を目指しています。
到達する、はるか手前で今生は終わりそうですが。

では行ってきます。

262. これで終わりにしますが・・・。 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 22:16
Aさんの離婚の件は、星さんとは関係ありません。
それだけは間違いなくいえます。

さて、お互いの健康のために、今晩はこれで終わりにしましょう。

僕がどんなに佐藤さんやこの掲示板を読んでいる人のことを考えても、やっぱり自分も大事だし、そして、自分に関わっている、自分が関わっている人がこの掲示板を読む可能性を考えているし、佐藤さんもそうでしょう。

お互いに相手に配慮しつつ、自己も愛している中で、「個人を活かそう」としているか「個人が生きるのか」と言っても、
結局、相手のことをどう想うのかということについての別の表現にしかなりませんよね?

瀧澤と言う聖書学者がこう書いています。
「結局、キリスト教はイエス教なのではないか?」
つまり、体中に釘を打ちこまれながら、「敵」を愛した十字架の意味をかみしめることから始まる・・・。

僕はとてもそんな愛を他者には持てません。
でも、いつも、そういうことをした人がいて、それが「神」であることの意味を想いおこします。
キリスト「教」に意味があるとしたら、そういうルールを「組織化」したことの中にあるのではないかと想います。

ブッシュがボタンを押す瞬間、彼はそれを考えたのでしょうか?
彼のために祈ります。

261. Re^2: 先の投稿について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 22:00

> 「個を活かす」ではなく「個が生きる」への切り替え。
> あるいは、
> 「考えが違うこと」は無視して(そんな個とは当然ですから)
> 「同じ点」から考えていく。
> そうしたちょっとした言葉遣いや視点の切り替えが
> 新しい地平を開くことがあるように思います。

佐藤さんへ
お返事ありがとうございます。
例えば、コーランの中で、ムハンマドは
「同じ点」から考える努力をかなりしていると想います。

(ただし、イスラムではコーランはムハンマドの
言葉ではなく、神の啓示なのでこういう言い方は
危険)。

実は、カトリックとプロテスタント共通の
「西のキリスト教」の基本を作ったアウグスティヌスも
同じ・・・。

そして、既に冷戦勃発の時、今のインターネットも
含めて通信理論の基礎を形成したウィーナーも
アウグスティヌスを引用して、冷戦に反対しているが
止まらなかった・・・。

「古代」や「中世」に人々を何とか統合した理論が無効に
なる中で、「現代」の僕らは何を言って統合すべきなのでしょうか?

僕はただアウグスティヌスが「神の国」の全四巻のうち、
ほとんど第1巻を費やして、
「なぜ、異民族の侵入によってローマが炎上したか?」
「その時、レイプされた女性や自殺した人達は有罪なのか?」
と言うことを書いたエネルギーに着目しています。

「建国以来、様々な国を侵略してきたローマの歴史」
「自殺や姦淫は罪、しかし、心神喪失状態で起きたことは
本人の罪ではない」

これらの「組織倫理」の言明において、アウグスティヌスが言いたかったことは何なのか?
そして、それらの「組織倫理」にも関わらず、カトリックはなぜ腐敗したのか?、宗教改革はなぜ起きたのか?

260. Re^2: 先の投稿について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:59

> 「個を活かす」ではなく「個が生きる」への切り替え。
> あるいは、
> 「考えが違うこと」は無視して(そんな個とは当然ですから)
> 「同じ点」から考えていく。
> そうしたちょっとした言葉遣いや視点の切り替えが
> 新しい地平を開くことがあるように思います。

佐藤さんへ
お返事ありがとうございます。
例えば、コーランの中で、ムハンマドは
「同じ点」から考える努力をかなりしていると想います。

(ただし、イスラムではコーランはムハンマドの
言葉ではなく、神の啓示なのでこういう言い方は
危険)。

実は、カトリックとプロテスタント共通の
「西のキリスト教」の基本を作ったアウグスティヌスも
同じ・・・。

そして、既に冷戦勃発の時、今のインターネットも
含めて通信理論の基礎を形成したウィーナーも
アウグスティヌスを引用して、冷戦に反対しているが
止まらなかった・・・。

「古代」や「中世」に人々を何とか統合した理論が無効に
なる中で、「現代」の僕らは何を言って統合すべきなのでしょうか?

僕はただアウグスティヌスが「神の国」の全四巻のうち、
ほとんど第1巻を費やして、
「なぜ、異民族の侵入によってローマが炎上したか?」
「その時、レイプされた女性や自殺した人達は有罪なのか?」
と言うことを書いたエネルギーに着目しています。

「建国以来、様々な国を侵略してきたローマの歴史」
「自殺や姦淫は罪、しかし、心神喪失状態で起きたことは
本人の罪ではない」

これらの「組織倫理」の言明において、アウグスティヌスが言いたかったことは何なのか?
そして、それらの「組織倫理」にも関わらず、カトリックはなぜ腐敗したのか?、宗教改革はなぜ起きたのか?

259. Re: 個人の組織依存性 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:52
増山さん

ニンジンとネギのチェックがあるから、投稿などしないで早く寝たほうがいいです。
返信するとまた書かれているので、私もやめられません。
いやはや。

で、ところでですが、
組織と個人の間に、もうひとつあります。
関係です。
個人は別の個人との関係において、個人です。
個の尊重などという言葉がありますが、
これが難しい。
あるのは個人ではなく、関係です。

個人から見るか、関係から見るかで、
世界は変わって来るように思います。

個人起点の発想を主張している私としては、
ちょっとややこしくて、後から後悔しそうな事を書いてしまいましたが。

これでおわりになるといいのですが。

258. Re: 星寛治さんのこと 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:47
まさか、星さんと会って、
インパクトを受けて、離婚したのではないでしょうね。

いやこれは冗談です。

星さんは静かな中にメッセージを秘めてすばらしい人でした。
私は2回しか、お会いしていませんが、魅力的な人です。

256. Re: 牛乳について 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:45
やはり書き込まれてました。
ちょっとずれのあるやり取りですね。

私もマックを利用している人には不満はありません。
それは人それぞれですので、許容します。
私が批判したいのはマックの経営者です。
その理由は、自分が食べれないものを売っていることを自慢している事への怒りです。
そして、それを知らずに食べている人がいたら、
やめたほうがいいよと余計なお世話をするところまでです。

この余計なお世話が、大切だと思っています。

別のところで、
エビアンを飲むのをやめようと書きましたが、
これも余計なお世話の一環です。

地産池消も、考え方であって、
すべてそれがいいとはまったく思っていません。
そんな事は言うまでもない当然の事ですが。

255. 個人の組織依存性 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:44
組織ってものがなければ、ひとりでは生きていけない存在としての自己。
その組織とは、家族であったり、地域であったり、会社であったり、国家であったりする。
確かに他の組織に代われるけれども、「ひとり」では個人は生きていけない。
そして、無限に、また瞬時に代われるわけではないし、やっぱり、なんらかの形で自分が属する組織が成り立たないと困るのが「個人」・・・。

でも、「組織」は本来「自分」のためにある・・・。
しかし、「組織」は「アイデンティティ」を持たない個人抜きに成り立たない・・・。
「アイデンティティ」は「個」を殺すこともある・・・。

一度、僕の教会の会員に言われた。「あんたはなぜ、じいさんみたいなことばかり言うのか、でも、やっていることは一番活発で最先端なんだよな?、そこが不思議だ?」・・・。

僕は、上述のような議論の答えは、「言葉」によっては成立しない、ただ、行動の中で見つけるしかないと想っているだけなんだ・・・。

さて、作付けが一段落したんだけれども、明日は、ニンジンとネギの生育状況のチェックをしにいく必要がある。

254. 星寛治さんのこと 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:35
僕は面識がありません。ただ、僕の知っているひとりの人(仮にAさんとしておきます)が、星さんと会ってかなりのインパクトを受けたようです。
Aさんは、傍目にはおしどり夫婦でした。しかし、ある時離婚しました。いろいろあったようです。
Aさんの学者としての業績は、女性の自立、差別の解消に役立つものであることだけは間違いありません。
離婚した奥さんの方も、そのことは認めています。
その息子は「暴走族」の一歩手前でした。
イラク戦争とかマックとかをどう考えるかって言うのは、このAさんについてどう想うかって言うのと、僕の中では同じ発想に根ざしています。

253. Re: 先の投稿について 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:34
増山さん
返信投稿したら、もう先に文脈説明がありました。
いつもの事ながら、いやはやスピードが速い。

これを書いている内に、また書き込まれそうですね。
このホームページでは、チャットやメルマガ方式や、分岐型の書き込み方式など、いろいろ検討していますが、どうもどれももう一つぴんときません。まもなくすばらしいソフトが開発されそうなので、それに期待はしていますが。

ところで、
>ひとりひとりの考えが違う中で、
どうするか、ですが、
ちょっとした発想の切り替えがブレイクスルーの契機になる事があります。
たとえば、さきほど書いたように、
「個を活かす」ではなく「個が生きる」への切り替え。
あるいは、
「考えが違うこと」は無視して(そんな個とは当然ですから)
「同じ点」から考えていく。
そうしたちょっとした言葉遣いや視点の切り替えが
新しい地平を開くことがあるように思います。

ピンとはずれの話だったかもしれません。

増山さんとゆっくり話したいですが、
なかなかチャンスが生まれませんね。
まあ、そのうちにきっと場ができるでしょう。

途中で電話がかかってきてしまい、投稿が遅れました。
増山さんが投稿していなければいいのですが。

252. 牛乳について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:28
この戦争についてはいろいろな観方があると想うので、徐々に書いてゆきます。
佐藤修さんからのご指名のあった、マックなどの牛乳の件ですが、僕は、自分の身の周りでマックその他が好きな人を許容しています。
だって、その人がマックに行くのは、その人なりの理由があるから・・・。
そして、その人の人生の全てを僕が代われるわけではないから・・・。
ただ、その人がマックにいかないで済むならその方がいいだろうし、そうなるように僕なりのベストを尽くすだけです。
そして、僕がイラク戦争を支持できない理由も多分同じ発想に根ざしています。

251. 木村さんが目黒区議選に立候補します。 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:18
佐藤修です。
書き込みついでに、書き込みます。

このホームページでも何回か紹介してきた木村勝隆さんが、
今度の区議選に目黒区で立候補します。
私は彼に是非とも当選してほしいと思っています。
彼は信頼できる人柄であり、目線が生活の次元にあるからです。

目黒区に籍のある人はぜひ応援してください。

木村さんはお金を不要にかけない選挙を貫くはずです。
そのため、活動を応援してくれる人を求めています。
活動期間は20日から26日です。
応援してやろうという方がいたら、私に連絡ください。

明日、このホームページにもう少し詳しい情報を書き込みます。

個人がちょっと動くだけで、社会は変わります。
社会は極めてホロニックなのです。

250. Re: 他のメールからの引用です。 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:11
増山さん

意味深長な投稿ですね。
ありがとうございます。

もう少し、この記事の文脈を知りたいのですが。

それと
私の関心事は、
「個を活かす仕組み」ではなく、
「個が生きる仕組み」です。

これに関してはプロテスタントはどうでしょうか。

また大きな枠組みとしては、
仏教思想は「生かされているいのち」が基本的な視座だと私は理解していますが、
キリスト教もそうでしょうか。

神の視点と個の視点とはどういう関係になるのでしょうか。

________________________________________

249. イラク戦争 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:09
僕は支持しません。
スコラ哲学に「戦争をしてよい条件」と言うのがあります。
かなり、厳密に議論されていて、ヒットラーなら殺してもいいかと言うレジスタンス活動家の間の議論でも使われた論理です。
僕がカトリックを評価するのは、こういう「組織論理」の整理がかなりなされている部分です。
その上で支持しません。

________________________________________

248. 先の投稿について 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:07
先の投稿は、ちょっと今もめている件があって、当該組織の事務局のスタッフ向けのメールの一部です。
行政組織や地域社会の再編成というべきか、混沌からの暗中模索というべきか、その中で、ひとりひとりの考えが違う中で、僕なりのこのスタッフを支えようとしています。
(結果的には、かえって混乱させるだけだったりして・・・)

________________________________________

247. 他のメールからの引用です。 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/04/18 (金) 21:05
P.S
先日、スコラ哲学の話しをしてごめんなさい。
要するにこういうことです。
個人が自立していると考えて、組織を考えるのがプロテスタント。
組織についてはいろいろな奴がいると考えて、組織のルールを考えるのがカトリック。

どちらが、「個人」を活かせるのかは、けっこう難しい・・・。

僕はプロテスタントですが、カトリックに学ぶ必要があると想っています.
社会にはいろいろな人がいて、それが組織を作っている。
ひとりひとりを愛するのは大変ですが、
出来るだけ頑張ろうと想っています。

________________________________________

246. Re: 取りあえず 佐藤修  2003/04/18 (金) 21:01
頓珍漢な佐藤修です。

念のためにいえば、イラク攻撃への意見は募集していません。

もし投稿しようと思っていて、書きにくくなるといけないので、
念のためのコメントですが、
支持か不支持かをかいてもらえばいいのです。
もう数件はほしいですね。
締め切りは明日の更新時までですので。

まだ5件です。
今週は1件も書き込みがなかったのが残念です。

________________________________________

245. 取りあえず 高坂 洋 [URL]  2003/04/14 (月) 16:06
佐藤さま

HPの怒りのメッセージを拝見して、佐藤さんの憤りは理解できるのですが、一面的で頓珍漢な方向に行っているようなので意思表示します。

●イラク攻撃への意見募集

書き込みが少ないことに対して、日本人の文化や資質のせいにしていますが、冷静に考えると違うのでは有りませんか。
まず、一週間に200人のアクセスと書いていますが、それは200人ではなく200件のアクセスです。何人かは分かりません。母集団が少ない場合、書き込む比率が少ないのは当然の事でしょう。

もっと大事なことは、書き込む事によって何が得られるかでしょう。他のHPに書き込んだ人が居るかも知れません。佐藤さんのHPに書き込む事によってどんなメリットが有るかを分からせて挙げなければ、人は動かないと思います。
私が好きな勝谷さんのHPは、イラク攻撃反対の日記を書いていますが、一日に4000アクセス、意見表明のメイルも多数有るそうです。

http://www.diary.ne.jp/user/31174/

冷静に考えると、日本人の問題ではなく佐藤さんのHPの魅力という点に行き着くのではないでしょうか。誇るに足る内容を盛り込み、それを外部に積極的に表明していくという点で、今一歩及ばなかったことが今回の書き込み不足に繋がったと考えられませんか。メルマガでの読者開拓が進んでいれば、もっと書き込みが有ったかも知れません。
「考えなくては行けない」のは佐藤さんかも。

●水について

地産地消は良いのですが、簡単に水道の水を飲むことに振れてしまうのも安易です。日本は世界一水が豊かでおいしい地域というのは、地方の話しではありませんか。今の東京、千葉の水道がどんなに危険かと言うことも考えているでしょうか。

現象の一面だけ見て、拙速で動いているようで、佐藤さんらしくありません。事実を集め、緻密に考えてアジテートし行動するのが、佐藤流だったと思うのですが。

________________________________________

244. Re: 意思表示のない人々 佐藤修  2003/04/13 (日) 08:44
端田さん

イラク攻撃のことは、またまとめて書きますので、コメントしませんが、次の一言へのコメントです。

>なぜならば、十分なカタチでの「話し合い=談論」がネット上では困>難だからです。もっと、リアルな話し合いとおなじようにディスカッ>ションが進むと良いのですがね。。。

同感です。
このホームページで「論争コーナー」をつくりました。
しかし、みんな、ネットでは無理だというのです。
それでは会議ではできるのか、と私は思います。
議論は会議でも電話でもネットでsもできると、私は考えています。
そして、そのすべてが「十分」ではありません。
さらに、できるかどうかはやって見てから考えればいいのです。
やらずに考えるのは、小ざかしい賢者の逃げ口上です。
とはいうものの、私自身、ネットでの議論には参加したくはありません。
その理由は、時間がすごくかかるからです。
さらに時間を共有できないために、議論はおもしろくないからです。

>それをもとめるのは贅沢でしょうか?

贅沢は美徳です。
私は、それを「求める」よりは「実現」したいと思っています。
エネルギーを使っても、議論を誘い込むような場をネット上に創りたいと思っています。
このホームページの目標がそれです。
コモンズ型ホームページです。

但し、今のところは、まったく成功していませんし、
取り組み方も見えていません。
それなりに工夫は試みていますが、
ことごとく失敗です。
しかしまあ、失敗もまた楽しいものです。1

________________________________________

243. 意思表示のない人々 tetsuro-h [URL]  2003/04/13 (日) 02:01
お久しぶりです、端田哲郎です。
佐藤さんの、「自分の意見を言えない人は、"考えていない人"」という意見、とても納得できました。

昨今の人々は考えているふりが好きなのかもしれません。
「演技としての思考」
ほんの少し、知的に、しかし自己主張ではなく、あくまで第三者的な視座で語る口ぶり。僕も大学で厭というほど見聞してきました。

「〜によれば。。。」
歴史ある大学にいるとそんな意見をよく耳にします。
それは自分の意見ではなく、あくまで「読み、聞き、覚え」たことを、まるでわが意見のように語る人の口ぶり。

結局、自分の意見に責任(レスポンシビリティ)をもたされることを恐れているのかもしれません。

僕の周囲にいる人間にはとても多いです。
「だって、自己主張するレヴェベルの話じゃないよ。もっとしらべなきゃ。。。」

たしかにそうです。
「イラク問題」から生じた今回の「侵略」は、背景にあるものを調査する必要があるといえます。
しかし、そのモチヴェーションも、すべては自分の嗜好から発せられるものだと僕は判断します。

「なぜ、そう想うの?」「どうしてそういう意見なの?」

他者にそのようにたずねられたら、ゆっくり考え、調べれば良いはずです。

そういっている僕も、今回、ここのサイトで展開された「アメリカ問題(あえてこう記すことで、私の立脚する視座を推測されてくださればありがたいです)」には、無関心でありました。

なぜねならば、十分なカタチでの「話し合=談論」がネット上では困難だからです。もっと、リアルな話し合いとおなじようにディスカッションが進むと良いのですがね。。。

それをもとめるのは贅沢でしょうか?

今回のアメリカの言動をみて、半田智久さんは、「あれは侵略だ!」と話していました。

本当なら、ここで僕もぎゃ―ぎゃ―とさわぐかもしれません。
でも、よくよくマスコミをみてみると、どうやらその言葉が適切なものにみえてきました。

結局のところ、人はその行為ないしは文化の「善し悪し」で語らうのでしょうね。

でも、僕は従来の「コミュニケーション」とは別様に、このことを調査していきたいと想います・

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242. 私は支持派です。 高倉正則  2003/04/12 (土) 00:11
私はイラク攻撃を支持します。内政干渉とかいいますが、いじめられている人が先生に告げ口はできないでしょう。先生に言えば、いじめている人にいじめているか問いただし、いじめられている人を追い詰めるのか世の常ではないでしょうか。
私たちも体験しているはずです。奇麗事でいじめは治らないのと同じ感じがします。倫理を説いているだけでは24時間テレビの時にだけ愛を説くヤンキーのにーちゃんと同じでないでしょうか。

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241. 私は支持派です。 高倉正則  2003/04/12 (土) 00:09
私はイラク攻撃を支持します。内政干渉とかいいますが、いじめられている人が先生に告げ口はできないでしょう。先生に言えば、いじめている人にいじめているか問いただし、いじめられている人を追い詰めるのか世の常ではないでしょうか。
私たちも体験しているはずです。奇麗事でいじめは治らないのと同じ感じがします。倫理を説いているだけでは24時間テレビの時にだけ愛を説くヤンキーのにーちゃんと同じでないでしょうか。

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240. Re: 中東で起きていることについて思うこと 深作拓郎  2003/04/09 (水) 01:16
はじめまして。ホームページでまれに名前が登場する深作拓郎です。CWS村の村民です。
今回のイラク戦闘ですが、浦島さんとほぼ同様の考えを持っていました。
査察団の非公式コメントで「あと1.2ヶ月あれば・・・」というのがある新聞に掲載されていましたが、相手の状況等を鑑みず、早急に攻撃した理由がどこにあったのか、いまだにわかりません。
私たちの国は、今から約60年前、侵略と敗戦、被爆という体験をしました。そこで私たちが背負ったことは今も続いています。私たちが学んだこと、体験したこと、体得したことを世界に広めるというのが、私たち日本に出来ることのように思います。今回の国の対応、特に首相コメントには閉口でした。
また、先日中教審答申がだされ、これから本格的に「教育基本法」改正へ動きだします。
今、教育の基本を改革しなければならない理由がどこにあるのか、国民がそれを必要としているのか、疑問です。要は、中央集権化、学校教育中心化を図るとともに、規制緩和によって、生存権的社会権としての教育を受ける権利とそのための国と地方公共団体の義務を狭義的にしていこうとするものに読み取れます。
現在の内閣は、支持率の高かったときから、異様に感じていましたが、改革の推進にあたっては高圧的で、わが国も違った方向に進んでいるようにも感じています。

________________________________________

239. 前の書き込みから続いています 浦嶋裕子  2003/04/08 (火) 22:25
新潟のダムで沈んだ奥三面という29戸の集落は
家を立ち退いたときに、縄文以来から29戸のまま
集落が継続してきたことが分かったそうです。
その集落の環境容量は29戸の家族を、それだけ長くの間養うことのできる自然であ
り、逆に言えばそれ以上の人数は養うことのできない自然なのです。
どの家にも戸口にはカメが埋めてあり、
えい児の死体が埋葬されていたそうです。
そこで暮らしたおばあさんは、自分もそのまたお母さんも
育てられない子供を間引きせざるを得ず、
でも「家族の声が聞こえなかったから子供
もかわいそうだろ」と子供を家から離れた墓に
埋めるには忍びなく、戸口に埋めていたそうです。

自分の愛する子供の命を奪わなければならないという
矛盾を胸に抱きながらも営々と暮らしを営んでいく
−最近、持続型社会と騒がれていますが、
その本質ってこういうことなのではないかと感じています。

内橋克人という経済学者が、コミュニティによるFEC(food,energy,care)の
自給を唱えていますが、
自分の生活の必須要素を自分の目に見える範囲で、
自分で責任をもって、矛盾にちゃんと向き合って暮らすこと。
世界平和とは、実はこんな地道な日々の暮らしが根底にあって
初めて守られるものだと思います。

地域に行って地元学をやって、そんな基本的なことが
初めて分かりました。
だから、これからも私はコミュニティ、地域、ローカルをテーマに
取り組んでいこうと思っています。自分の生活も含めて。

ローカルジャンクション21構想がもっと明確になりましたら
またご案内させていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

________________________________________

238. 中東で起きていることについて思うこと 浦嶋裕子  2003/04/08 (火) 22:24
どうもはじめまして。浦嶋です。
佐藤さんにはたいへんお世話になりながら、
このフォーラムに書き込むのは初めてです。
直接お会いしたことのない人に、
自分の意見を表明するのが苦手で今まで
掲示板にはあまり書き込んだりしていませんでした。
すみません。

先日、佐藤さんに、私たちが立ち上げようと思っている、
ローカルジャンクション21構想について
ご相談させていただきました。

その構想は深いところで、世界平和とつながっていると
私は思っています。

知り合い数人に宛てたメールですが、
もっと多くの人に自分の思いを伝えてみようと思って
書き込みさせていただきました。

今イラクの戦争をはじめ、中東で起きているさまざまな悲劇の
要因のつまるところは、
私たち先進諸国の社会の矛盾や摩擦を
全て自分の見えないところ、
知らないところへとしわ寄せした結果
のような気がしてなりません。

人間生きていれば、環境も破壊するし、
人を傷つけてしまうこともある。
でもそれが自分の目に見える範囲、相手の痛みが分かる
範囲で行われていれば、その問題をできるだけ小さく抑えようと
できるはず。

でも相手の痛みが目に見えなければ、
どんどん自分の欲求はエスカレートする一方。
その成れの果てがこの戦争のように思えるのです。

先日NHKで、アメリカの要塞都市についての
ドキュメンタリーが放映されました。
高級な邸宅が立ち並ぶコミュニティはゲートと門番によって周囲から隔離され、
安全とラグジュアリーな生活が保障されています。
そこには、自分たちがそのような生活を得るための代償として
起きている矛盾や衝突が何一つ見えない、
背筋が寒くなるほどの、美しい生活です。

そのような生活をしている人たちは、毎日使う車のガソリンを
安価に入手するために、争いや貧困が中東で起きていること
をリアリティをもって感じることは到底無理でしょう。

だから、中東の実態を知らずに、
平気で、中東の民主化というたわ言を抜かすことができるのでしょう。


東京に暮らしている私たちだってそう変わりません。
百貨店やスーパーにきれいな商品が並ぶまぶしい表側の裏に
産廃業が汚い仕事を一手に引き受けていることの実感を
まったくもって感じずにいられる社会です。
また原発立地地域の人が不安な暮らしを送っていることも
あまり実感できないまま、
電気を快適に使って私たちは暮らしています。

(次に続きます)

________________________________________

237. 意思表示です 佐藤和美  2003/04/06 (日) 22:59
一昨年の9月12日、僕は数人に、「これが合法的な殺戮である『戦争』になることを危惧する」と書いたことがあります。ところが今回の戦争は非合法な殺戮になりました。ですから、当然僕はイラク攻撃もブッシュさんも小泉さんも支持しません。と言うより支持出来るわけがありません。
戦争で死ぬのは罪のない人です。それは民間人だけではなく兵士にも共通することです。それを仕掛けたいわゆる偉い人は絶対に死にません。フセインさんもオサマビンラディンさんも死んでいないのです。一兵士として死んだ人が、もし生きていたら彼等よりずっと偉大になっているかもしれないのです。戦争をしている双方とも兵役が義務であり逃れられないことは、たまたまその国の今の時代に生まれ、たまたま兵隊にさせられてしまったのですが、彼等も一民間人です。
それに、フセインさんは(恐らく)明らかに恐怖政治と虐殺を繰り返してきた人ですが、この無法な戦争をしたために彼の業は隠れ、アラブの世界では下手すると英雄になってしまうのではないかとの心配を持ちます。
いずれにしても一般的には地位が上で判断力にも優れていると思われる人々が、なぜこんな戦争をするのか信じられません。双方とも傲慢としか思えないのです。
一方では国家の損得でフランスやドイツが反対したと言われますが、僕はそれでも良いと思っています。また、「北朝鮮の脅威に備えてアメリカに媚びを売っておかなければならない」とは、卑しい人とつるむ政治家みたいです。
「自分の身の廻りで起きたとしたら」と考えたら、許せるものではありません。

________________________________________

236. 猫の里親を探しています 石本君代  2003/04/04 (金) 07:04
はじめて書き込みする石本と申します。
コモンズ村の村民で、広報官を名乗っています。
コモンズ村はまだ不戦宣言を議決していませんが、私個人はイラク戦争に反対です。

先日、反戦デモに参加するためにプラカードに「アメリカこそ悪の枢軸だ」と書いたら、一緒に参加した中学生の男の子から、「アメリカにも戦争に反対している人はいるから、主語はブッシュにするべきだ」と、スルドイ指摘を受けました。

中学生でも国家と国民を区別できるのだから、この国はまだまだ全然、捨てたものじゃないですね。

その中学生は、少し前まではトランプ・ゲームで負けただけでも泣くような気弱な子でしたが、デモの間、背筋を伸ばして凛然と、彼なりに反戦の意志を全身で表して歩いていました。
その姿がやけに美しかった。
終った後に「あんなに一生懸命に歩くと、疲れたでしょ」と尋ねると「夢中だったからね」とのことでした。

話は突然変わりますが、猫の里親を探しています。
近所に住んでいる一人暮らしの高齢の女性が、引っ越しをすることになり、猫を飼えなくなったのです。

6匹の猫が里親を求めています。
3歳から6歳くらいで、いずれも不妊手術済み。
もと野良猫を、女性が育ててきたものです。

興味のある方は、石本までご一報下さい。
4月末までに里親が見つからない場合は、やむをえず安楽死させるそうで、1匹でも2匹でも、新しい飼い主を探したいところです。

私も猫を飼っていますが、戦争で犠牲になるのは猫や犬も同じで、その点でも憤りを感じます。
ブッシュ大統領がキャンプデービッドに移動する度に、愛犬を抱きかかえてヘリに乗る映像で流れますが、あの映像ほど、ブッシュの愚かさを伝えるものはありません。
あの人はあれほど犬を可愛がっていながら、犬から教えられたものが何もないのでしょう。

生き物の命より石油の方が大事なら、キャンプデービッドには、愛犬の代わりに石油缶を抱えて行けばいいのです。

________________________________________

235. イラク攻撃事件について 佐藤修  2003/04/02 (水) 21:43
佐藤修です。

先日のオープンサロン(当該コーナー参照)で、ブッシュチームのイラク攻撃を支持するかどうかを質問したら、4人の人が支持を表明しました。
そこでお聞きしたいのですが、
みなさんはどう思われているでしょうか。

今日の朝日新聞で、服部君(このホームページのブックで紹介している「YOSHI」参照)のお母さんが、

「米国人みんながブッシュ氏のイメージで塗りつぶされてしまうことが残念でたまりません。」

とかいています。そして、

「(小泉首相の米国支持を)日本人みんなが支持していると思われては困る」と思って、反戦集会にも出ている。

とも書いていました。
それをよんで、また、みんな一体どう考えているか知りたくなりました。

支持、不支持、の一言でいいですから、これを読んだ人は発信してくれませんか。
もしこのコーナーはちょっと、と言う方は、ぜひ家族か友人に話してみてください。
話すためには、自分の考えを明確にしないといけないですが、ぜひ一度、考えてみてください。

ぜひ言葉にしていってください。

ホームページはなかなか手ごたえがないため、更新するモチベーションを維持するのは大変です。
よろしくお願いします。


________________________________________

234. Re: 牛乳のこと 端田哲郎 [URL]  2003/03/29 (土) 23:35
> 端田さん
> 投稿に感謝します。しばらくあっていませんね。

そうですね。
今度、「市民・教養・メディア」のフォーラムを仙台市で開催しようかと考えています。その際には是非、お越しください。
きっと7月か8月くらいになると想います。

> 昭和20年代の食生活の貧しさが日本文化をこわしたのかもしれません。
>
> 私はマグドナルドの藤田さんは、もし私が聞いている話が本当であれば、決して許せない人です。
> 私が聞いた話は、ビジネス界の人たちの前で、私はマックの店で売っているものはとても食べられないと言ったそうです。その話を直接聞いた人が、私のオフィスでのオープンサロンで紹介してくれました。彼は否定的にではなく、肯定的にですが。藤田さんをほめていました。もちろんそのはなしのためにではないですが。
> しかし、もしそれが本当であれば、許しがたいことです。
> こう言う人が日本のビジネスと社会を壊してきたのです。
> 犯罪といってもいいでしょう。
> そう言う商品をもし端田さんが利用しているとしたら問題です。
> すぐにやめましょう。

そうですね。
でも、ここで僕らが考えなければならない問題は、マクドナルドだけではないですよね。佐藤さんも、そのつもりでのご発言だと想います。
コンビニエンスストアであったり、スーパーであったり、ちょっと安くてあやしい商品は沢山売られていますよね。
安かろう、悪かろうの時代が本当は最初からなかった、、、つまり、僕らが良い食品を購入する努力をしてこなかっただけかもしれませんね。
実は、僕も完全ではないのですが、マクドナルドは購入しないようにしています。でも、どうしても買ってしまうときが、年に5回くらいあるんですよ。それが悔しくて。
きっと、自分のお金の使い方が間違っているから、そういう事態をまねくんでしょうね。

でも、これって一番たちが悪いですよね。だって、悪い食品だって知っていながら、僕らは食べてしまうんですから。
学生の多くは、マクドナルドが「まずい!」といいながら、月に何度か通ってるんですよ。やはり、そんなメーカーを無意図的に支えている消費者の精神の改革が必要なのだと想います。

ごめんなさい。下の表記は、あえて議論がもりあがるように、「一般学生」の視点でかたってみました。
僕も佐藤さんと同じですよ。
とくに、今は、アメリカ商品の購入を完全ストップしていますし、イギリス文化の崇拝はやめました。

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233. 牛乳のこと 佐藤修  2003/03/29 (土) 23:01
端田さん
投稿に感謝します。しばらくあっていませんね。

牛乳のことです。
山形県の高畠町に星寛治さんと言う、私が尊敬する農業の達人がいます。もう5年ほど前のことですが、星さんのお宅で聞いた話です。
歳のせいもあって、牛乳を自分で搾るのをやめたのだそうです。
そして初めてお店から牛乳を買ってきて飲んだそうです。
「これが牛乳?」って感じだったそうです。
まさに端田さんと同じ体験ですね。

昭和20年代の食生活の貧しさが日本文化をこわしたのかもしれません。

私はマグドナルドの藤田さんは、もし私が聞いている話が本当であれば、決して許せない人です。
私が聞いた話は、ビジネス界の人たちの前で、私はマックの店で売っているものはとても食べられないと言ったそうです。その話を直接聞いた人が、私のオフィスでのオープンサロンで紹介してくれました。彼は否定的にではなく、肯定的にですが。藤田さんをほめていました。もちろんそのはなしのためにではないですが。
しかし、もしそれが本当であれば、許しがたいことです。
こう言う人が日本のビジネスと社会を壊してきたのです。
犯罪といってもいいでしょう。

そう言う商品をもし端田さんが利用しているとしたら問題です。
すぐにやめましょう。

それから、
健康にいいものが高いというのはもしかしたら、間違いです。
端田さん、近くの農家に行って、安心した野菜を分けてもらう方法はないですか。加工食品をやめればコストダウンできませんか。
方法を考えましょう。

最初の投稿へのコメントしにしては
なんだかわけがわからなくなりました。

増山さん
助け舟をだしてください。


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232. はじめまして 端田哲郎 [URL]  2003/03/29 (土) 22:18
はじめて書き込ませていただきます。
「健康」そして「安全」という概念について、お話されているようですね。この手の話に関しては、僕はまったくの素人なので、素人ならではの意見として受け止めていただければ、ありがたいです。

僕は、日常生活においては「学生」という身分に属しているせいか、どうしても不健康な食生活を営んでいるように思えます。
たとえば、アルバイトの給料日前、あるいは奨学金が底をつき始めている今、添加物などが厭というほど含まれた食物を摂取します。

その理由は、至極単純なことで、やはりお金がないということであり、言い換えれば、「健康」とか「安全」と銘打った食物は、かなり高価なものに思えてしまうからです。

きっと、メーカーも農家も、そういった消費者がいるかぎり、利潤を得るために、生産しているのでしょうね。

さて、ここからは少し↑の発言と矛盾しますが、あえて違う視座からお話させていただきたく思います。

「雪印」に関して、僕は今更ですが、ひとこといいたいことがあるのです。というか、あの事件が発覚してから僕が想ったことは「何を今更?」ということです。と、いうのは小学校のとき以来、給食で「雪印」の牛乳が配布されていたのですが、あきらかに「フツウの牛乳」の味ではありませんでした。

それから十数年たってようやく、みんなが気づき始めたこと、それが僕にとってのおどろきです。

おそらく都市生活になじんだ方々は、本当の牛乳の味をわすれているんでしょうね。あれはメーカーを責めるべき事件ではなく、むしろ「まずい」牛乳に気がつかなくなった消費者(わたしたち自身)を責めるべきではないでしょうか?

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231. 健康日本21 佐藤修  2003/03/06 (木) 22:48
堀口さん
廣山さん

お二人の組み合わせに、ついつい発言したくなりました。

昨日、大阪で健康に関する業界の人と話をしていたのですが、
日本の健康日本21の構想の基本にあったデータが、いかにも官僚的な一部の官製データであったことを嘆いていました。
現場からは程遠いデータだったそうです。

堀口さんもそれとなく示唆しているように、
米国の動きを日本は形だけとりこんだような気がします。

私はある町の総合計画策定の関係で、少し勉強しましたが、
立派なパンフレットの割には、内容のむなしさを感じました。

いったいどれほどの人が、健康日本21を知っているのでしょうか。

堀口さん
日本でもしっかりした健康概念議論をぜひ起こしてください。
厚生省の人に、健康とか安全とかを、少しは考えて欲しいですね。

堀口さん
期待しています。

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230. 安全に包まれて ひろやま芳宣  2003/03/06 (木) 17:16
原点に近づきつつあるというほりぐちさんのおたよりを、久方ぶりに拝見。
<安全>という言葉には、よく「神話」という言葉がくっついて語られます。薬の安全、医療の安全、食の安全、・・・・・国の安全。
これらわたしたちの暮らしに無数に関わる<安全>の背後には、間違いなく暗い闇=リスクが広がっているのに違いないのでしょうが、その闇を知らずに、あるいはなんとなく気づきながら見ぬ振りして、やり過ごしています。

その闇=リスクを少なくする努力はそれぞれの分野に関わる組織や人が懸命にやっている。労働の大きな部分はそんな努力に振り向けられているのでしょう。それをやらない組織や人、その努力を阻止する組織や人、隠そうとする組織や人、入り乱れているのが、安全をめぐる構図でしょうか。

闇はできれば見たくない、で成り立っている。
安全に包まれているはず、安全に取り囲まれたい、幻想であってもそう思い込むのが、さしあたり心理の平安に役立つ。
無数の闇を内包する無数の安全装置で成り立っている社会システムは危ういのか、けっこう強固なのか。
居心地が悪かったり、良かったりするのは、なにを反映しているのか。
見方によっては人類の活動は全て安全に関わるものだと言えるのかも知れません。リスク回避、リスクの最小化に向けての営みが人間の活動とはいえるのではないでしょうか。過去から現在まで、その歩みの速さ、遅さについては評価が分かれるでしょうが。

原点に降り立たれたところで、ほりぐちさん、安全についてまた語ってください。

このフォーラムには初投稿ですので、簡易自己紹介。
地方自治体で、佐藤さんの嫌いな市町村合併の仕事を一年くらいまえから、やっています。
風の街の不在住人です。

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229. 公益法人改革 佐藤修  2003/03/03 (月) 09:59
昨日、公益法人改革の集まりがありました。
長野や仙台からも含めて、ご参加いただき感謝します。
このフォーラムに最近連発投稿された増山さんも農作業の間をぬって参加してくれました。増山さんは、「佐藤さんからのメールでは何のことか良く分からなかったが、参加してやっとわかった」と言ってくれました。感謝して握手をしてくれた方もいます。

この問題は社会を大きく変えていきかねない話です。

今回はまだ報告を載せていませんが、公益改革オンブズマン設立準備委員会のホームページに動きが掲載されています。ぜひお読み下さい。

関係者は連日、徹夜に近い形で取り組んでいます。年寄りの私は、ついてはいけずにいますが。
こうした若者たちが、社会を支えてくれているのだと痛感しています。
私たちは、せめて邪魔だけはしないでいたいです。
できればささやかな役立ちもしながら。

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228. ペイフォワードを述べさせて頂いた渡辺です 渡辺容行  2003/03/02 (日) 17:51
以前、このフォーラムでペイフォワードを述べさせて頂いた渡辺容行です。私たちのNPOの動きは、このペイフォワードに通ずるものがあると思っています。
http://www.kenkyu.npo-jp.net

共有物であるマンション修繕は、その合意形成や修繕資金運用に深い悩みを抱えています。大きな利害関係の存在がそうさせます。

うちのNPOは利害関係者=工事業者、設計業者、管理業者、コンサル、マンション住民などが、完全非営利で「本来あるべき状態の追求」と「無料勉強会、無料相談会」を行っています。その追求する姿に評価が伴い、仕事を要望される場合は会員各々の本業部分のビジネスとしてお請けしています。
どこから補助金をもらうわけでなく、もちろん売上もなく、皆が手弁当での運営ですが、これまでどろどろとした世界だっただけにみんな生き生きとやってます。
よかったらホームページも覗いて見てください。

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227. 医療から健康支援へ、そして安全へ・・・ ほりぐちいつこ  2003/02/28 (金) 17:58
少し、心的余裕がでてきて・・・HPを読んで書きます。

本来の私の仕事、そしてまた、これまでNPOでしてきた仕事は、健康支援です。
基本は、WHOの健康戦略として、1986年にでてきたヘルスプロモーションという考え方です。

それで、平成12年「健康日本21」ができました。そして昨年8月、健康増進法ができました。

自治体の動きでは、健康増進法より早く三重県で健康づくり条例ができました。今、
三重県上野市が市町村レベルでその制定に向けて動きがでてきています。

アメリカにおいては1979年に健康日本21と同様のものがすでにできました。ヘルシーピープル2000ということで、Health for Allです。それを2000年までにという計画でした。時の大統領のジミーカーターの表明とサインがあります。
(健康日本21にはそういうものはないです)
2000年には、ヘルシーピープル2010ができています。

健康づくり事業やその計画については、市町村や県レベルではなかなか行政計画として位置づけられておりません。
専門職種にかたよって行政内部において仕事をしている感じがあります。

と健康支援を仕事としてきましたが(医療→健康)、
ここにきて、根本の「安全」に対して、すでに判断能力がなくなってきている、安全を前提として医療や福祉や健康がなりたっている・・・ということに気づき、嵐のなかにはいっている次第です。
リスクの考え方がないんです。

医療ミス、おこります。リスクは何にでもつきます。
リスクはゼロになりません。
ゼロにならないからこそ、コミュニケーションを図らねばなりません。

かくしてきた業界にも問題があります。
信じてきた国民も間違えています。

という原点にどんどん近づいている今日この頃です。

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226. 増山さんに 佐藤修  2003/02/26 (水) 14:34
増山さん
面白かったです。

このコーナーは、実は論争でも対話でもないのです。
会話のコーナーです。
柴崎さんはちょっと勘違いしていますが、論争コーナーは別にあります。それはあくまでも論争を楽しむ場です。

増山さんの(12)に「個人の組織依存性」というのがあります。
個人と組織は不二の関係ですから、どこかで切ることは出来ません。それに次元も違いますし。

私は、個人と組織を考える時に、どちら側から考えるかが大切だと思っています。
増山さんは個人から考えていますね。
だからとても納得できます。

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225. 柴崎さんへ(13) 中締め 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:34
だんだん酔っ払ってきましたし、明日は、ジャガイモの作付けと分けてもらった鶏糞でボカシ肥の積み替えもあるので、
(ことによると牛糞の切り返しもしないといけない・・・)
次回以降をまた晩酌タイムに余裕のある時に書くことにして、いったん、「中じめ」にします。

論争でも、対話でも、反応でも、態度表明でもかまいませんが、いろいろあることを期待しています。

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224. 柴崎さんへ(12) 個人の組織依存性 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:33
今から考えてみると、「個人」と言うものが、どこまで「組織」とか「流行」とか、「風潮」とか、「大衆」とか、そういうものに依存しているか、そして、だから「組織」はどこまで重要なのか、しかし、「個人」はどこまで尊重されるべきなのか・・・?
そういうことを考えさせられる体験だったのでしょう。

いまだに答えはありませんが・・・

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223. 柴崎さんへ(11) カトリックに接する 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:31
僕は理科系だった。
あまり深く考えずに、「化学科」がある大学を受験したら、偶然、カトリックのミッション系に入学することになった。
結果的に、プロテスタントとは違うカトリックの論理に接することになった・・・。

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222. 柴崎さんへ(10) ちょっと別な話し 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:29
確か、僕らが高校生の頃、左翼の人達は、「韓国」って言葉を使わなかった。
「南朝鮮」って言っていた。
僕は、教会で「民主化闘争」について教わっていた。
大韓民国のことは、「韓国」と呼ぶようにしていた。朝鮮民主主義人民共和国のことを「北朝鮮」と言うのでは釣り合いが取れないので、略称をいろいろ考えた.
結局、「人民朝鮮」と言う略称を考えて,地理のレポートを書いた。

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221. 柴崎さんへ(9) 主体性・・・? 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:13
生徒総会では、僕らの提出した動議が圧倒的多数で可決された。
全面的な大衆運動の勝利・・・?
僕の跡を継いで、図書委員長を引きうけ、みんなをまとめてくれた後輩がポツリ言った。
「何だったんだろう?」
みんな「面白いから」投票しただけ。まじめに考えているわけではない。
喫茶店が自由化されれば何も考えずに参入してくるクラスもある。
「ヨーヨー」に体を張って署名活動までする奴とそうじゃない奴。
何だったんだろう?

でも、体を張らないで「ヨーヨー」が
出来る方がやっぱりいいよね?

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220. 柴崎さんへ(8) 積み重ねたはずだった・・・ 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 23:03
大変な想いをして、生徒会の指導者合宿で大激論して、やっと文化祭の参加権は「個人」にあると言うことを部分的に認めさせた。
「クラブ」でも「クラス」でもない、たったひとりで有志を募り、顧問の先生を見つけて、自分の講演会を開く奴がいた(確か世界連邦の実現ってテーマだった)。
文化祭で喫茶店を認めると、みんな喫茶店しかやらなくなる。
そうじゃない、自分のクラスはヨーヨー釣りをやる、隣のクラスは別の形式で喫茶店をやる・・・。
企画をみんなで工夫する、そういう議論を積み重ねたはずだった。
図書委員や新聞委員、放送委員など、「技術」が要求される委員会は、他の委員会と違い、クラス替えで、前年度の委員が同じクラスにかち合ってしまうと、「継続性」が保てなくなる。
だから、「有志」は誰でも委員になれる、それを否定するような生徒会規約は絶対に阻止する。
「それは予算を恣意的に『有志』が使っている」と言う批判に、必死で反論してきた・・・。

そういうまじめな議論のはずだった・・・。
(続く)

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219. 柴崎さんへ(7) 何だったんだろう? 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:56
いろいろなことが起きました。
署名運動や授業中の「ゲリラ放送」。
文化祭自由化、文化祭での喫茶店許可、生徒会規約改悪阻止闘争・・・。
連日、放課後もみんなで喫茶店に行って作戦会議を練った.
楽しかった、しかし・・・。
(続く)

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218. 柴崎さんへ(6) 今度は内側から・・・ 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:54
やがて、その男の子も高校生になり、生徒会に関わるようになり、
デモにも参加するようになりました。
(多分、高校生になったら、「デモ」にいくものだと、かつて、クリスマスのもも肉やお兄ちゃんの校舎にあこがれていたのと同じぐらいの感覚で思っていたのです。)
おかげで、この男の子は、「改革」の内側から「外」を観る経験をすることになります。

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217. 柴崎さんへ(5) 「善意」が生み出すもの 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:49
多分、教会紛争を始めた人も、木造校舎を壊した人も、「良かれ」と思って始めたに違いない。
しかし、それは当時10〜12歳のただクリスマスのもも肉やお兄ちゃんの校舎にあこがれていただけの男の子の世界を決定的に壊すことにつながっていた。

そのことを「改革」、「改良」、「改善」を目指した人達は気づいていなかった・・・。
(続く)

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216. 柴崎さんへ(4) 12歳の男の子に必要だったもの 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:45
12歳の男の子には、夏のキャンプで枕投げをする経験も必要でしたが、それもありませんでした。

日頃は公立の小学校に通っていたのですが、
来年になれば、「お兄ちゃんの校舎」(校庭を隔てた上級生のクラスがある木造校舎を僕らはそう読んでいた)にはいれる・・・。

それも必要なことだった。
しかし、小学校2年生の時に、木造校舎は壊され,
プレハブ校舎で5年生の時まで過ごしました.

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215. 柴崎さんへ(3) 子供の頃、「戦争」があった(2) 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:42
鳥のもも肉と言うのは、当時、クリスマスの時に食べる特別のご馳走でした。
教会学校のクリスマスが終わってから、兄と家路につくと、母が鳥のもも肉を用意して待っていてくれる。
10歳から12歳の男の子にはそれが必要だった。

教会学校のクリスマスがなくても、やはり、母は鳥のもも肉を作ってくれた。しかし、それは味気ないものだったことを今でも僕は覚えています。

(続く)

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214. 柴崎さんへ(2) 子供の頃、「戦争」があった 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:38
僕も改革運動に対して、醒めた目で見ているところがあります。
それは多分生い立ちに関係しています。

僕の父方は、祖父の代からのプロテスタントでしたが、1960〜70年代、東京神学大学のバリケードストライキに端を発した教会紛争は,小学生の僕にも及びました。

礼拝粉砕闘争、クリスマスボイコット・・・。
礼拝中に野次、いすが飛び、僕が楽しみにしていた夏のキャンプもクリスマスもなかった年・・・。

あの年のことを僕はいつも考えるのです。
(続く)

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213. 柴崎さんへ 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/02/24 (月) 22:33
久々に、佐藤さんのウェブをみて、柴崎さんの投稿を読みました。
僕は、ヘーゲルとヴィトゲンシュタインは全く読んでいないので、論旨が追えないところもあるのですが、
何かにこだわっているのだろうなあと思いながら読みました。
対話なのか、論争なのかよく分かりませんが、
掲示板に書くということは、誰かに読まれること、読んだ人から反応があることを期待してのことだと思います。
これは、僕からの反応です。

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212. アクセスカウンターについて 佐藤修  2003/02/24 (月) 21:36
このホームページへの訪問者が1万人を超えました。もちろん述べ人数ですが。
しかも、これまで2回ほどカウンターが壊れましたので、かなり不正確です。1回目は、よくわからずに元に戻してしまいましたが、2回目はその間の予想を少し大目に入れてしまいました。

このカウンターは、何回、開いても数字が変わらないが、壊れているのではないかとも言われました。
私がホームページを開いてもカウントは変わりません。
我が家の家族が開いてもなぜかカウンターは動きません。
しかし、壊れてはいません。

どういうときに動くのか良くわかりませんが、1万を超えたのはうれしいです。

しかし、本当は、延べ人数ではなく、絶対数をしりたいとおもっています。
そういうカウンターはないでしょうか。
もしあれば教えて下さい。

それから同じ人が何回訪ねてきたかのカウンターも欲しいのです。

さらにたずねてきた人のアドレスがわかる仕組みはないでしょうか。

これらに関する情報をお持ちの方、ぜひ教えて下さい。

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211. 公益法人改革の動き 佐藤修  2003/02/23 (日) 18:17
佐藤修です。

このホームページにも掲載していますが、公益法人改革の動きがちょっと危ない動き方をしています。
まあ、これまでもよくあったことですが、当事者を埒外にした動きが進んでいるようです。
今日、関心を持つメンバーが集まって、3月2日に公開の場で、そうした動きについて考えることになりました。

この動きにはNPOが巻き込まれようとしています。新聞でも報道されていますが、NPO法がなくなるかもしれないということです。

これから新聞やテレビで報道されることが少しは増えて行くと思いますが、ぜひみなさんも関心をもって下さい。

日本の社会の動きを逆行させる要素が含まれているように思います。

成人の日が、いつの間にか1月15日でなくなってしまったことが、私の政治への目覚めの契機ですが、そうした動きはさらに進んでいるようです。
今日の集まりは、かなり広範に告知されているはずなので、かなりの人が集まると思っていましたが、10人に達しませんでした。
とても寂しかったです。

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210. HPのタイトル変更 柴崎明 [URL]  2003/02/23 (日) 14:42
「論争を仕掛けている」「脈絡がわからない」とのご指摘がありましたが、あくまで興味を持って下さる方がいればの話なので論争する気はありませんし、知っている方が見れば参考になるだろう程度のことです。HPのタイトルを簡単にして見ましたが、最後にこれを投稿させて頂いて纏めと致したいと思います。

現在、「世界に対する根源的異和」が拡大している。同世代人口の2パーセントにも上る百万人が「引きこもり」であり、毎年3万数千人、ここ数年で総計十数万人が「自殺」している。これに登校拒否その他を加えると、もはや「社会性の拒否」ではなく、「現在の社会の総否定」であり、社会復帰等という欺瞞的戯言が通用する問題ではなく、現代社会の解体の兆候である。

あらゆる「社会のための善いこと」は自己欺瞞のために没落する運命にある。それは否定した筈の「世の中の悪いこと」が、物事を深く掘り下げない、思考停止の通俗的な、自分自身の自意識に映った影に過ぎないからだ。

偽善(欺瞞)よ、没落せよ。その時はじめて、君たちは私の言うことがわかるだろう。しかし、没落は必定である。

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209. Re: 掲示板では意見表明が限度 佐藤修  2003/02/22 (土) 23:07
柴崎さん

私は論争が好きなのです。
みなさん
論争コーナーを楽しみませんか。

対話も好きです。
そういえば、10年年以上前に、ある雑誌に『対話の時代』という短期間の連載をしていました。
その原稿を探して、いつか掲載します。

しかし一番好きなのは会話です。
今日はコムケアの交流会でたくさん会話をしてきました。
おもしろかったです。

意見表明は、論争か対話か会話のいずれかではないかと思います。
独り言というのも言葉としてはありますが、
これも実はその三つのいずれかだと思います。
まあ、次元が違う言葉ですが。

ちなみに、私には手段に対する「限度」という発想はありません。
ホームページも掲示板も、限度を壊すのが知恵ではないかと思います。

なにやら難しいですが。
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208. 掲示板では意見表明が限度 柴崎明 [URL]  2003/02/22 (土) 04:41
佐藤さんのHPに、僕が論争を仕掛けたとありましたが、あれはMLの投稿をそのまま載せたもので、何人かに求められて載せた、「こういうことを考えている」以外のものではありません。「対話」でもないのです。「対話」とか、「論争」とか、焦りすぎではないでしょうか。不特定多数が見るものですから、中には興味をもってくれる人もいるのです。すれ違いもあるでしょうし、互いに意見が変わった後に接点が出来る、ということもあります。ネットの掲示板とはそういうものではないでしょうか。以下は柄谷行人「NAM」解散についてhttp://www.nam21.org/~henshukyoku/namforum.files/forum-doc/essay/essay-karatani04.htmの感想です。
 
現在あらゆる社会改革運動、政治活動は失敗することになるように見える。それは否定した筈の相手が自分自身だったからだ。せいぜいこうした中で、空転する自己欺瞞を解除し、「無為の自由」が成り立つ社会を夢見るしかない。


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207. Re: 柴崎さんの投稿 佐藤修  2003/02/15 (土) 19:16
佐藤修です。

この前の投稿ですが、
実は山形でフォーラムを読んだら、なぜか文字化けをしていたために、「謎の投稿」と書いてしまいました。帰ってきて自宅のパソコンで開いたら、正常でした。

開く場所やパソコンによって、文字化けなどが起こる事があるのでしょうか。

そんなわけで、謎の投稿発言は撤回です。
柴崎さん、すみません。

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206. 柴崎さんの投稿 コエニ」ス、  2003/02/13 (木) 17:04
今日は山形に来ています。
ホームページを見たら,また「謎の投稿」がありました。
投稿には反応するのが私のスタンスですが,この投稿は難解ですね。

柴崎さん
今回は返信をパスします。

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205. 暫定的経過 柴崎明 [URL]  2003/02/13 (木) 05:54
個々人がたまたま経験してしまった物や事、を過度に一般化することにより起きる際限ない争いを、「自由な意志の集合としての社会」(吉本)という視点とヘーゲルの絶対知への道程(精神の現象学)を重ねあわせる事により解除する方向が見出せるか。
 ウィトゲンシュタイン的な「病の治療」ではなく、ヘーゲルをそう見ることも出来るのではないかというのが僕の小阪さんの文章http://siniapowerd.hp.infoseek.co.jp/hikikomori.htmlからの、(あくまで現時点の)暫定的な示唆です。

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204. 論争の難しさ 佐藤修  2003/02/11 (火) 18:52
このホームページの主宰者、佐藤修です。
ホームページでの論争は難しいですね。
柴崎さんの投稿に返事はなかなかかけませんね。

私も今週、論争コーナーなるものを開設し、署名問題を材料に議論を吹っかけたのですが、これはテーマと私の書き方が非常に悪くて、やはり論争にはなりそうもありません。反省しています。

その上、何人かの方からは、やはり私信でアドバイスをいただきました。喧嘩にならずに、諭された感じです。はい。

前にもこのコーナーで予告しましたが、ホームページで公開の論争フォーラムを実現したいと強く思っていますが、動き出せずにいます。

ホームページをやっていると、いろいろとやりたいことがどんどん生まれてきます。しかし、いずれも構想と思いつきだけで、なかなか実現にもちこめません。困ったものです。
医療制度勉強会も、なかなか参加者が増えませんし、いのちにやさしい食ネットも途中で止まっています。すみません。

論争フォーラムは懲りずにまだ挑戦しますので、よろしくお願いします。
今回のはテーマと私の問題提起が雑でした。

それから柴崎さん
もう少しやさしく書きましょう。
これだとなかなか葉が立ちません。

それはそれとして、、彼のホームページに載っている、小坂さんの文章は面白かったです。特に最後の「教養」に関するところが。

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203. 自己の絶対化 柴崎明 [URL]  2003/02/10 (月) 04:28
 僕のHPに載せている小阪さんの文章http://siniapowerd.hp.infoseek.co.jp/hikikomori.htmlで思ったことは、現在老若男女限らず自己の絶対化、あるいは自分のしている行為の絶対化が何処でも進行しているのではないか、という事だ。そこからすると引きこもりとリストラ自殺は同一物の二つの側面で、あとは個々の趣味の空間が自己の絶対性を主張していることになる。
 こうなると対話とそこからの展開はなりたたず、テロルの形態として引きこもりとリストラ自殺が起きる、ということになる。私自身が追い込まれたのは振り返って見ると個々の廻りの人々がそれぞれ相対的でしかない世界に絶対的な意味を付与し始めて関係付けが不可能になり始めたことだ。彼ら自身宙に浮き小動物を唯一の友としたり、「幼児化」に逃げたり、ギャンブルに異常に熱中したりするが、私は山本哲士ラインで「近代的自我の解体」(吉本隆明)的に考えていた。過去の制度的残骸たるヒューマニズムが払拭されてないのが原因では無いかと考えていたのだが、小阪さんの文章でいえばフランス革命時の「点となった自己」(ヘーゲル)と同じ問題であ
る、となる。
 しかし関係付けが可能かと思うとそうでもないように思われる。事態は世代を超えている普遍的現象に思われるからだ。危機を煽るのは無意味である。しかし手がかりがあるかと言えばそうでもない。ヘーゲルを読んでいるか否かと関わり無く、ただ普通に読むだけではヘーゲルをそう読むことは出来ないだろう。とてもつまらないからだ。
 「考えなければいい」というウィトゲンシュタイン的解決も図ってみたが中々そうならない。構造主義も同じような脈絡で考えていた。「実際に役立つ」かどうかという事態の先送り的言い方では何も解決しないだろう。それは問いの隠蔽でしかない。
一旦眼差しに入った裂け目は妄想としてでなく問いを喚起し続ける。
 

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202. Re: 農薬取締法 佐藤修  2003/02/08 (土) 18:45
縄田さん

何を書き込もうか考えているうちに、実は締め切りを過ぎてしまいました。すみません。今度から注意します。はい。

ところで農薬の問題は難しい問題です。
ニラを専門で作っている認定農家の人から聞いた話ですが、ニラなどの規模のあまり大きくない作物用の農薬はなかなかに認可されないのだそうです。登録認可料がかなりかかるからだそうです。

「認可料」。
嫌な言葉です。それで誰が利益を挙げて、誰が損失をこうむるのでしょうか。

その人は、無認可の農薬を使っているそうです。
もちろん自分でも食べる野菜を作っているわけですから、十分、注意しての使用です。

薬もそうでしたが、厚生省が認可しても、無害と言う保証はありません。現場の農家の人の経験をこそ、私は信頼します。

それにいつから「農薬」が悪者になったのでしょうか。
そのうちに医薬も悪者になるのでしょうか。
薬と毒は同じ物ですから、その評価は紙一重です。
さらに、医療ももしかしたら、その延長にあります。
新興宗教まがいのグループが、時々、医療的な処置を拒否しますが、それはそれとして論理的ではあります。

まあ、そんなことも含めて、今度、医療問題コーナーをこのホームページにも開設します。また、医療制度勉強会も始める予定です。

関心のある方はご連絡下さい。
今のところ、申込はまだ4人ですが。

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201. Re: 非空想的生命論 佐藤修  2003/02/08 (土) 18:32
柴崎さんの投稿は難しいですね。
まあ、しかし、底が柴崎さんらしくていいのですが。

この種の議論は、ネットでは難しいですが、まあ、こういう人もいるので、今度、新たに「論争コーナー」を設けました。

柴崎的テーゼに、あえて私見です。

>生命の平等など生命の条件に他の生命を喰らうことが含まれている以上あり得ない。

他の生命に依存しているからこそ、生命は平等なのです。それに別に「食らう」などと暴力的な表現を使う事はなく、「交換行為」と考えればいいのです。「食い方」には問題がありますが。活き造りなどは、あまり私は好みません。はい。

>だが、近代国家の建前のように「人間」の種の範囲で平等を確保しようとする試みも、過剰に特定の生物に思い入れする人間が、ベジタリアンとか、「家畜」はいいとか、恣意的な境界線を引いて見て安心しようとする傾向はあまりに欺瞞的に見える。

近代国家を私が嫌いなのは(諸悪の根源だと思っています)、人間の不平等を構築する仕組みだからです。国家のために個人の生命は手段でしかありません。これはメッセージ6で述べていることにつながります。
国家の平和は個人の平和とは完全に対立する概念だと、私は思っています。近代国家体制から野離脱が、今、始まってきています。そこに新しい歴史の地平を私は感じています。

>私は何が言いたいのか。栗本がいうように、中途半端な思考停止のエコロジーではなく、「ある種の最終的問題」として、人類は何らかの決着をこうした問題に付けざるを得ないということである。

どう決着すればいいでしょうか。その方策の芽でもいいですから出してくれないと、「夢を見ている」だけの教授や学生と同じになりかねません。

柴崎さんの決着策の投稿を期待します。


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200. 非空想的生命論 柴崎明  2003/02/03 (月) 21:17
柴崎です。サロンに久しぶりに出たところ、考えを聞かせてくれと幾人かに言われたので、自分のMLの投稿を送ります。あくまで自分の脈絡と関係からの発言なので、一般的な名詞が含まれていますが、サロンで御目にかかった方やこの掲示板で書かれている方とは関わり無い事をお断りして置きます。
 「非空想的生命論」
 宗教が言うような、生命の平等など生命の条件に他の生命を喰らうことが含まれている以上あり得ない。だが、近代国家の建前のように「人間」の種の範囲で平等を確保しようとする試みも、過剰に特定の生物に思い入れする人間が、ベジタリアンとか、「家畜」はいいとか、恣意的な境界線を引いて見て安心しようとする傾向はあまりに欺瞞的に見える。

 結局、「生命は生命を喰らわなければならない」というのは、人間は意識せざるを得ない矛盾なのであり、その為に宗教的幻想を欺瞞的にさえ必要とする程である。宗教的文化に染まらない都市住民も、特定の動物を持ち上げ、積極的に「醜い生物」を駆逐していくのには変わらないのである。そして一方、「宮崎アニメ」等を見ながら、生命の平等的な空想に逃げるのである。

 私は何が言いたいのか。栗本がいうように、中途半端な思考停止のエコロジーではなく、「ある種の最終的問題」として、人類は何らかの決着をこうした問題に付けざるを得ないということである。

 学生や教授にこう言った事を言っても無駄である。夢を見ているのだから。

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199. 農薬取締法 縄田理恵子  2003/01/20 (月) 11:02
友人の友人からのメイルです。転載させて頂きます。
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 「安心は、おいしい!通信」号外

        パブリックコメントに意見を出しましょう

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□■□

無登録農薬問題を契機として、農林水産省は農薬取締法を改正し3月10日には施行される運びとなっています。その中には、以下のような問題があります。

1.有機農業を営む農家は、牛乳や酢などの食品や、合鴨・昆虫などの動物を、害虫や病気に対する防御の手段として用いる場合があります。
 今回の改正法には、そのようなものまでも「特定農薬」と称し、管理の対象にするという内容が含まれており、合鴨、酢、牛乳までも農薬なのか、という疑問があります。

2.農林水産省は、化学合成の農薬などの安全性については、これまで同様、「きちんとした使いかたをすれば登録された農薬は安全」という姿勢を変えていません。

 また農水省はホームページで「食の安全・安心のための生産資材等につき講ずべき措置についての意見・情報の募集」というタイトルのコーナーを設け、農薬等に関する市民の声を集めています。

 安心、安全な食を求める消費者や生産者は、「牛乳や酢」の管理を基本に置いた農薬取締法改正を求めているのではなく、農薬そのものの毒性を考慮にいれた、抜本的改正を求めていると思います。
 みんなで、下記のサイトから、行政に「おかしいぞ?」「もっと議論を深めるべきだ」という意見を送信しましょう。ご協力よろしくお願いいたします。

=>( http://www.maff.go.jp/www/public/cont/20030107sk_1.html )
    ※募集は1月21日までです。
    ※ファクシミリや郵送でも提出できます。

        (文責:大地を守る会・ウェブマスター 柳澤祥一)

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198. Re: ミニミニフォーラム、やりましょう 佐藤和美  2003/01/13 (月) 00:47
増山様、佐藤修
 返信が遅れてすみません。先ほど修さんにメールを送りました。私信ですが、僕はHP上のフォーラムに参加する自信が、あまりありません。言葉で表すことでも自分ではないと思うことがあるわけですから,最初から文章の行き来は恐ろしさを感じます。そのため,すくなくとも是非一度お会いしてからにしたいと思います。
すみません。

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197. ペイフォワード論議 佐藤修  2003/01/12 (日) 12:31
渡辺さんのご意見へのコメントです。

まず『いやみ』に関してですが、これは「次に回してよ」ということを言葉にすると言う事に関しての私の体験的な感想です。日本の文化は隠徳文化でしたから、米国とは違います。そこを変えようというのが私の今年の提案なのですが、実際にやってみて、それが難しいことを知りました。

次に、給与があるかないかは全く無関係だと思います。つまりできることからです。映画では小学生が始めました。
ここにも本質的な問題が含意されています。貨幣を基準にするかどうかと価値の客観性への信仰を捨てるかどうかです。
私は個人を基準にした社会への転換を志向していますので、価値は主観的だというところから出発します。そうすればお金は瑣末な話になります。もちろん、生活していくためにはお金は不可欠ですし、瑣末どころか大きなパワーを持っています。しかし、その呪縛から解放されたいです。

最後に渡辺さんの姿勢における「ギブ&テイク」には共感するのですが、一般に使われる意味においての「ギブ&テイク」には違和感があります。私の知人の一人は、「ギブ&ギブ」や「ギブ&ギブン」という人もいますが、それらも含めて私には少し違和感があります。
それは「ギブ」という発想の根底にある心情です。
考えすぎかもしれませんが、「ギブ&テイク」と言うのは市場主義につながっているからです。
もちろん、これが渡辺さんの真意でないことは理解していますが、注意しないと誤解されかねません。

渡辺さんの問題提起に感謝しながらの、ちょっとしたノイズをいれさせてもらいました。

他の人の、議論への参加を楽しみにしています。

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196. そのA 渡辺容行  2003/01/11 (土) 21:59
字数制限のため、2つに分けました。残りです。


突破口はあらゆる産業分野、社会システムの至るところで開いていると思います。ただ、突破口に入ってゆく動機・きっかけを見出すことが、一般常識上(=大企業の経営方針、評価システムなどはまさに該当すると思います)困難になっているだけと思います。

突破口を広げてゆくためには、個々人の人生を賭けた努力の集積が必要でしょう。ペイフォワードが実践される社会基盤作りには、そうした礎が少なからず必要と思います。このホームページを見ている方々が、そうした志をもって礎の集積をしてゆけば、価値ある突破口を広げてゆくことができるのではないでしょうか。

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195. Re^2: ペイフォワード雑記その@ 渡辺容行  2003/01/11 (土) 21:55
渡辺です。

私は、16年間農業機械メーカーの企画管理業務で報酬をもらってきました。だから、独立したとき、自分の経験領域で飯を喰うという形を見出すことはできませんでした。可能性のある仮説は、自分が動いてなんとか形にしてきたプロジェクトマネジメントのやり方が、多分世の中の潜在マーケットに合致するのではという期待のみでした。

理論研究をする傍らで、未知の建設業界にDMを送って仕事を取っていきました。未知の業界、ゼロの領域。そこからどうして広げてゆくかを考えたとき、試行錯誤してみようと見つけた道がボランティア(=まちづくり活動など)だったのです。

裸の自分が、世の中の課題を聞かせてもらうためには、まず聞き手から入ってゆく必要があります。現場で課題に直接関わっている人々がいて、その人々の話をお聞きしているうちに、いつの間にか仲間に入れていただけます。そうして同じ目線で動いているうちに、未充足の課題を見出すことができれば、そこが自分の「ペイフォワード」領域です。
未充足の領域は、まだビジネスモデルとしても未成立ですから、当然報酬システムも未熟です。結果ベースの成功報酬と「あんたも家族を食わせる必要があるだろう」という好意で、なんとか生計が立つようになってきました。

ペイフォワードを考えるとき、生活ベースを持つ人(たとえば大学教授など給料のある人)と、持たない人(会社をやめた人)では、大きく立場が異なると思います。いい悪いは別にして、給与のある人のペイフォワードは「いやみ」と取られることもあるでしょう。だけど、生活ベースを持たないペイフォワードは、本人が恥ずかしくなるほど周囲の共感を呼ぶようです。(正直驚いています。)ただし、現実の「生活」との背中合わせです。私は自分の家族に対する生活責任を果たそうとして、このやり方を見つけました。「会社をやめたい」と思っている方が、このやり方を自分が模索して見つけることができれば、「ゼロから独立するためのノウハウの切り札」ではないかと思っています。

ペイフォワードは、そのターゲットとなる人々の受容があって初めてなりたつと考えます。だから、本音ベースの課題から出発しなければ、押付となります。押付は、嫉妬を誘発します。「いやみ」と感じられるうちは、まだこの落とし穴にはまっているのでしょう。ここが大きなポイントと考えます。

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194. Re: ペイフォワード雑記 佐藤修  2003/01/11 (土) 16:32
渡辺さん

「企業から個人、さらにはNPOまで広く蔓延する利益極大主義」というご指摘、同感です。その利益が、実はちょっと視点を変えると、利益を長期的には極小化して言っているのではないかと思っています。

今の大企業の多くは、まさにその悪循環に陥っているように思います。
もう大企業の復活はないと私は確信しています。

活動記録にも書きましたが、私はこの年明けに3人の人から、会社をやめようかという相談を受けました。これはまさに時代の気分を反映しています。
みんないい仕事がしたいのです。
それが出来ないような状況になっている。
そんな気がします。

かく言う私も、実は最近、その落とし穴に陥っているのではないかと思い出してきました。

ところで、ペイ・フォワードは、いざ実際にやろうとして、かなり勇気のいることだと言う事を知りました。言葉にするのはとても難しいです。映画の世界とは違いますね。それに、いささか「いやみ」の気分も残ります。

初めて10日にして、迷っています。

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193. ペイフォワード雑記 渡辺容行  2003/01/08 (水) 16:05
渡辺容行と申します。神戸でコンサル業をしながら、あちこちのまちづくり活動にも参加しています。佐藤さんとは「KOBEたべもの通貨」の研究会を通じてのご縁です。ペイフォワードに関して、佐藤さんにお送りしたメールを転載します。(表現は一部変えています)


ペイ・フォワードの考え方は、私が最近よく口にするギブアンドテイクに通ずるところがあると思っています。
「みんなテイクから入るから、うまくゆかない。まず、地域社会に対してギブをしよう。そうして、自分たちの本業ビジネスの提供品質を高めて、自然の形でついてくるテイクだけを受け入れてゆこう。」

こんな呼びかけで、多様な分野から10人の仲間が集まり、NPO法人マンション長期修繕計画研究所を立ち上げました。1・19に第一回セミナーをするのですが、神戸新聞の報道もあって、多数の申し込みを受けています。

ただ・・・、自分がコンサルを受注していたマンションの中には、本来公平で献身的であるべき管理組合活動を自分の利害に利用しようとする一部の住民の画策により、混乱の火種を抱えて年を越したものもあります。
ペイ・フォワードにしても、ギブアンドテイクにしても、その土壌、地盤は、人と人との信頼関係の積み重ねの上に成り立つと考えます。しかし、経済環境の悪化が不適切な利害への誘惑を仕掛け、ほんの出来心からの画策が、やがて取り返しのつかない事態につながってゆきます。当社の報酬が飛ぶのは容認できても、せっかく積み上げたコミュニティが傷ついてしまうのは、とても悲しいものです。

仕事が取るための差別化手段としてNPOの傘を利用して受注をめざすケースもあると聞きます。彼らの発するメッセージの裏にある画策が、多くのコミュニティにさらなる不信感を植え付けているという話もあちこちで聞きました。

年末には、かなり切羽詰ったコミュニティからの相談も入ってきました。自分にどこまで対応できるのか。能力も時間もたかが知れたものです。しかし、この「企業から個人、さらにはNPOまで広く蔓延する利益極大主義」の中で、ペイ・フォワードやギブアンドテイクが成り立つ社会を形成してゆけるよう、できるだけのことをやってゆきたいと思っています。

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192. Re: ミニミニフォーラム、やりましょう 佐藤修  2003/01/07 (火) 07:53
このフォーラムのような形式で、別のコーナーをつくるか、メーリングリストにするか、どちらがいいでしょうか。

このフォーラム形式だと少し書き込みスペースが少ないでしょうか。

もっと使い勝手のいい投稿ソフトがあれば、どなたかおしえてくれませんか。

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191. ミニミニフォーラム、やりましょう 増山博康@環境クラブ [URL]  2003/01/06 (月) 22:31
和美さん、
初めまして!
ミニミニフォーラムの話題にあがっていました増山です。
農と食、専門家と素人など、様々な関係について、「ボーダー」を越えることについて、ミニミニフォーラムをしていきたいですね。

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190. Re: 久が原の佐藤 佐藤修  2003/01/06 (月) 18:35
桃井さんとは面識がありませんが、こうした紹介は大歓迎です。

いい本はなかなか書店には並びません。
私は最近、書店にあまりいかなくなりました。
本が好きですから、最近の本の売り方には不満があります。

この本は、まだ読んでいませんが、現場に立脚している本は間違いなく面白いと思います。
読んで見ましょう。

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189. 久が原の佐藤 佐藤久夫  2003/01/06 (月) 14:02
義弟の桃井和馬が現代を象徴する4つの出来事を取り上げて
本をだしました。ご覧頂ければ幸いです。
佐藤久夫
--------
引用
桃井和馬です。
題名「希望へ!」(大日本図書)¥1190+税

 今回は、主に若者のために、現代を象徴する4つの出来事を取り上げてみました。インドネシア(破壊される熱帯の森)、南アフリカ(エイズはなぜ広まったのか)、チェルノブイリ(忘れられた原発事故)、ルワンダ(民族浄化はなぜ起きたのか)。
 これらの現場で人間は何をしてきたのか? なぜ悲劇は起きてしまったのかの理由を、私自身が、目の前の事象ともがきながら考える形式をとっています。そして「あとがき」は2002年9月11日、テロから1年経ったニューヨークにおいて、暴走
し続ける人間の愚行を前に書いたものです。
 主要書籍店に置かれたと思います。お目を通して頂ければ幸いです。
 本の見本がインターネットにアップされていました。以下の場所です。

http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=02055906


 また、2002年12月より、「SAPIO」(小学館)という雑誌で、連載。テーマはずばり「戦争」で、人間史の中で展開されつづける戦争を、「戦跡」を辿りながら、考察したいと思っています。こちらもよろしくお願いいたします。

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188. 根本賢二さんへ 佐藤修  2003/01/02 (木) 22:01
私信です。すみません。
このホームページを時々訪ねてきて下さっている、根本賢二さんへ。

根本さん
お久しぶりです。
ホームページを読んでいて下さり、感謝します。
根本さんとぜひメールで交流したいと思っています。
この記事を読まれたら、私にメールをくれませんか。
首を長くしてまっています。

すみません。
私信でした。

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187. Re: 残念ながら 佐藤修  2003/01/02 (木) 19:09
和美さん
「ぺい・フォワード」は、確かに映画としては退屈でした。娘さんの指摘は納得できます。それに結末もよくありません。折角のメッセージが台無しだと私は思いました。

それはそれとして、しかし、見た人に影響は残すようです。
昨年も山形市の共創塾のあるチームが、テーマを決めようと言う事になった時に、メンバーの一人から「ペイ・フォワード」という声がありました。期待したのですが、残念ながら実現しませんでした。
それ以来、私も気になったのですが、私自身は映画を観た時に、何だ、これは自分がやってきていることではないかと「不遜」な感想をもっていました。しかし、最近、やっと私がやってきたことは単なる独善的な自己満足だったことに気がついたのです。恥ずかしい限りです。

2年ほど前に「2000円札」受け取り拒否運動をメールで呼びかけた時にも、実はこの事が少し頭の中にありました。その呼びかけは見事に何も生み出しませんでした。ねずみ講は難しいです。

しかし、ねずみ講はお金さえ絡まなければいい仕組みです。
どうしてそれがうまくいかないのでしょうか。
お金が絡むとうまく広がるのに。
どこかに解決策がありそうですね。
フォーラム________________________________________

186. 残念ながら 佐藤和美  2003/01/02 (木) 00:11
私は男の佐藤和美です。
修さんのHP探検隊は今日は酔ってしまったので今度にします.
僕は映画も大好きですが、「ペイ・フォワード」は残念ながら見ていないのです.ハーレイ・ジョエル坊やの、ほぼ同時上映のAIに走ってしまったのです.
失敗でした.「ペイ・フォワード」に走るべきでした
2年前、知人に概要を聞いて、今度見よう・・・と思いつつまだ見ていません.
話を聞いた範囲で、僕が思ったのは「10人集まって戦争はやだよなと思い、10人の代表が10人集まって、戦争は屋だよな.これをたった10回繰り返すだけで世界人口を超えてしまうのに」でした。
忘れないうちにDVD買ってきます。

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185. 新しい年が始まりました 佐藤修  2003/01/01 (水) 00:48
このホームページの管理人の佐藤修です。

このホームページも2年目です。
一昨年の12月30日にホームページ開設の決意をし、2日間で作成しました。完全な手づくりで、欠陥だらけでしたが、なんとか1年間、毎週の更新で生きながらえてきました。今回も30日と31日の時間の合間を見て、構成を少し変えました。思い切って変えたかったのですが、時間不足と技術不足でした。

今年は、昨年ほどにはホームページの更新には時間がさけそうもありません。生活をまた変える事にしたからです。社会からはたぶん、ますます脱落して行くでしょうが。
しかし、今年は日記ではなく、内容を充実させていく予定です。

今年はこのフォーラムも刺激的な展開にしていきたいですが、もしかしたら、もう一つの投稿欄を開設する事も考えています。
昨年もその試みをして失敗しましたから、なんともいえませんが、このホームページは常に進化します。

明日の朝は雪だそうです。
期待して、とりあえず寝る事にします。

では本当のご挨拶は、明日の本文で。

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183. 今年最初の投稿が和美さんでした 佐藤修  2003/01/01 (水) 00:37
和美さん
どこからのメールでしょうか。ノマドの和美さんの生き方にはうらやましさもあります。

このフォーラムに投稿されている増山さんは、私の直感ですが、同族かもしれません。一度、お会いしましょう。

またメールします。
コミュニティの話は、増山さんの投稿に刺激されたものです。
食や農に関するミニミニ公開フォーラムをこのホームページで展開できないかと言う農業がテーマですが、まあ、それはきっかけです。
他の人でもご関心のある方は参加しませんか。
何をやるかは、私もよくわかっていませんが、人生はそんなものです。

そうですよね、和美さん

ちなみに、この和美さんと言うのは男性です。
念のため。

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182. すみません 佐藤和美  2003/01/01 (水) 00:08
佐藤修様、増山様
 フォーラムのページをはじめてあけました.
 12月中に私と半紙をしようということが書いてあります.
 申し訳ありません.今、ちょうど年が明けてしまったところですが、よろしければ 適当な時期にお会いしたいと思います.
 例によって、「今度は何じゃろ」と、興味だけで なんも知らずに参加することになると思われます.
 修さんの主催は どうも面白そうです.
 先日の構想学会の僕にあきれていなければお誘いください.
 

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181. Re^6: 専門家と素人 増山 博康 [URL]  2002/12/12 (木) 22:14
佐藤様

大変申し訳ありませんが、土曜日の日中は、ハクサイの収穫のため、伺えません。
(夜なら別ですが・・・)
年内と言うことでしたら、平日の日中で設定して頂けると助かります。
第一から第三候補ぐらいを出して頂けるとありがたいと思います。

それから、ミニミニフォーラムについての佐藤さんの構想と言うか、アイデアと言うか、どんなことを議論したいのか、簡単にお聞かせねがえればと思います。

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180. Re^5: 専門家と素人 佐藤修  2002/12/12 (木) 09:27
では企画します。

和美さんはこのホームページの週間記録に登場しています。
今度の土曜日に、東京国際フォーラムで「コモンズ社会に向けての新無尽講構想」をテーマに2時間のラウンドテーブルセッションを行いますが、そこにも参加します。
このプログラムは、お知らせのコーナーにあります。

増山さんも含めて、もしよろしかったら来て下さい。

年内に、増山さんと和美さんと私と、参加希望者で、ともかく一度会いましょう。
良くわからないけど参加し隊と言う方、私にメール下さい。

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179. Re^4: 専門家と素人 増山 博康 [URL]  2002/12/11 (水) 22:56
> 増山さん
> 和美さんを入れて、一度、会いませんか。

僕は和美さんという方は直接知らないのですが、OKです。
会いましょう。
この間、東京保険生協やDVの問題に関わってきた高橋さんと言う方と知り合いになったのですが、環境クラブが掲げる「ゴミ処理事業の経営評価」の研究について、関心を持っていただいています。
(地域の環境ネットワークに参加して、行政や住民の間にパイプを持っていらっしゃるようです。
いつもは、ニコニコ、イベントで綿アメを売っていらっしゃいますが・・・)
たぶん、こういう環から、事業が生まれ、地域、そして社会が創られていくと思います。
「万人の万人に対する闘争」とは別に、「人はひとりでは何も出来ない」と言う原則に基づいた社会契約に基づく世界を創ることが僕の夢なのです。
柴崎さんその他、大勢の人の意見を聞きたいですね。

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178. Re^3: 専門家と素人 佐藤修  2002/12/11 (水) 08:42
増山さん

水と土にこだわっている増山さんの姿勢に共感します。
同感です。
そして、もっと大きな問題を見えるようにしていくことにも、です。

コムケアに応募してくれた団体の一つに、水中塾というのがあります。
最近は企業の研修生も受け入れているときいていますが、海の中で「何を見るか」がとても大切ですね。
増山さんが潜った体験を楽しみにしています。
ぜひお聞かせ下さい。

ミニミニ公開フォーラムはぜひ実現しましょう。
どうしたらいいのか、どなたか知恵をくれませんか。
柴崎さんから、ちょうど昨日メールがあったので、彼にも聞いて見たいと思いますが。

増山さん
和美さんを入れて、一度、会いませんか。
そして、この投稿を読んでくれている方で、もし、こうした事に(あんまり明確ではないですが)関心をお持ちの方もぜひ参加してくれませんか。
こどもたちのために、
そして私たちの老後のために。

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177. Re^2: 専門家と素人 増山 博康 [URL]  2002/12/10 (火) 22:39
佐藤様

お忙しい中、お返事ありがとうございました。

ブルーアース21新宿って言うダイビングスクールの和田さんと方がいて、環境クラブに水質測定レポート送ってくれた人に、無料シュノーケリング講習をして頂けることになりました。
和田さんとはいろいろな話しをしていて、伊豆で海の豊穣性につながる植林のプログラムが出来ないかとか、彼が知っている伊豆の漁師さんが定置網にいろいろかかっているのを「雑魚セット」って形で環境クラブの農産物販売で売れないかなんてオファーもあります。
僕が和田さんとつきあいだしたのは、要するに水問題を考えるのに、目の前の川とか水道水を住民が「直感」的に感じることにただ付き合っていても、解決策に迫れない、海の汚染も含めた大きな視点の中で位置づけていくことが必要だが、それを専門家が論じれば済むのかと言うこと、どうやって、「みんなに分かってもらうか」を考え続けてきたからです。
(専門家で言えば、津田松苗と言う科学者が、今の水質汚染が結局海の死をもたらすことを1979年に警告し、事実、彼女の予言に近い形で現状は推移していますが、何とかしようって言う人は少ない・・・)
そういう中でたまたまイベントで知り合った和田さんが、僕の「下水道がどうの、窒素がどうの」と言う数字を並べ立てた話しを面白がってきいてくれた。
ダイビングスクールの人が、こんなことを面白がってくれるなんてスゴイ!って思ったし、「ダイビング」と「水質調査」や環境クラブの事業を組み合わせれば、僕が考えてきた「海の汚染」の問題解決につながる社会の仕組みづくりに向かって進んでいけるかも知れない
そう思ったからです。

> 一度、和美さんも入れて、ミニミニ公開フォーラムをこのネットでや>りませんか。

ミニミニ公開フォーラム賛成!

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176. Re: 専門家と素人 佐藤修  2002/12/10 (火) 08:50
増山さん
投稿に感謝します。
それから先日はサロンにたくさんの柿を差し入れて下さって、ありがとうございます。

面白い論点なので、いつかゆっくりお話ししたいですが、とりあえずの意見です。

私は専門家を否定しません。しかし、今のいわゆる専門家の多くを信じません。専門家もしっかりと生活を持ち、現実と関わる事で専門家になると思っています。小さな世界に閉じこもった専門家は、私の考える専門家ではありません。わかりにくくてすみません。

私の理想は、地域が専門家を育てるべきだと言うことです。地に足付けた専門家がいてこそ、外部の専門家を活かせます。
また専門家とは何かと言う問題もあります。地域について一番よく知っているのは住民です。専門家は、何も学術知識や幅広い情報を持っている人ばかりではないと思っています。

水の問題は、悲観的になるのは当然ですが、悲観からは何も生まれないというのが私の考えです。狭い専門家の世界で考えるのではなく、大きな生活や歴史の視点で考えれば、展望は違って来るように思います。
私の基本的な発想と生き方は、増山さんとたぶん同じく、「どうなるのか」ではなく「どうしようか」です。ですから、増山さんが「可能性にかけようと思っています」と書かれた、その一言に、私は楽観します。

時間不足ですみません。
出かけなければならなくなりました。
増山さん
一度、和美さんも入れて、ミニミニ公開フォーラムをこのネットでやりませんか。

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175. 専門家と素人 増山 博康 [URL]  2002/12/09 (月) 23:01
佐藤修様
今回の週間報告、とても感心(関心)を持って読みました。
(その1)
>もともと地域の計画策定は外部のコンサルタントなどには頼むべきで
>はないのです。

(その2)
>川をきれいにしようなどと思うよりも、川と触れ合うイベントや仕組
>みをつくる事が大切です。

1)について・・・
やはり、「専門家」と言うものは必要だと思います。
宗教改革の時、聖職の兼任は禁止されていたのに、43の兼任をして利権をむさぼる人がいたとのことです。
僕個人はプロテスタントなのですが、いろいろ調べてみて、ルターやカルバンの主張通りにすれば、うまく行ったとはとても思えない。
やっぱり、「聖職」(つまり、専門家)は必要だったのではないかと思える節があるのです。
しかし、それでも、あの利権集積体制の時には、ルターの提起なくしては、もう社会が持たなくなっていた・・・。
最近、いつも、苦痛を込めて、感じています。

2)について
川に関わる議論でいつも思うのは、人間ひとりが出す窒素量は13.3gであって、そのうち10gはトイレから出ている。
最近、関東の都県の協議会の報告が出ましたが、どうやら、東京湾に流れ込む窒素負荷は20年間に5%しか減らせないらしい・・・。
ついでに言うと、窒素やりんが原因の赤潮のプランクトンの毒で世界中で1000人ぐらい死んでいるそうです。
この問題は、きちんと議論していくとかなり長くなるので、とりあえず置いておきますが、前述した「宗教改革」の例にしても「専門家」と「素人」の関係について、僕は、かなり悲観的です。
つまり、目にみえる「川」をきれいにすることと、下水道のシステム(現行の下水道システムでは窒素は50%ぐらいしか削減出来ない、では合併浄化槽にすればいいかとかと言うとそれも同じぐらいとかいろいろあって、結構難しい)をどう変えればいいかと言うことは、一見同一の原理で言えるようでいて、実はかなり違う問題をはらむし、住民側にも、「抽象」と「具象」の論理を両立させることが必要だと思います。
この部分をちゃんとやるには「専門家」がやっぱり必要だと思うし、その「専門家」が特権にアグラをかかず、なおかつ適正な報酬をえると言うことがバランスする社会について、僕は自分の経験と宗教改革の歴史を比較してみて、いつも悲観的にならざる得ません。
ただ、化学技術者のひとりとして、可能性にかけようと思っています。
乱筆乱文失礼しました。

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174. 子育ちと地域支援 佐藤修  2002/11/17 (日) 19:00
増山さんの投稿にあった、また、このホームページのお知らせにあった、子育ちと地域支援の公開フォーラムに参加してきました。
楢原さんともお会いしました。
私は全くの部外者として参加したのですが、同じパネリストになった人と同じ知人友人がいることが分かりました。岡山県と岩手県です。世界は本当につながっています。
友達の友達は、本当にみな友達です。

大学はとても寒くて、風邪が直ったばかりだったのですが、また悪寒を感じてあわてて帰ってきました。

その時、楢原さんからお聞きしましたが、今月の22日に豊島区で面白い活動が始まるようです。私は大分に行っているため、参加できないのがとても残念です。
増山さん
また様子を教えて下さい。

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173. Re: 子育て学会に、アフタースクールの楢原さんがいきます。 佐藤修  2002/11/17 (日) 08:42
おすそわけネットワークは、まだ構想段階なのです。
このホームページのショップに少しだけ記事がありますが、私がこの2週間、風邪でダウンしていたため、進行が遅れています。
すみません。

楢原さんとは今日、お会いできそうですね。

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172. 子育て学会に、アフタースクールの楢原さんがいきます。 増山 博康@環境クラブ [URL]  2002/11/15 (金) 23:22
楢原さんとは、豊島区内の交流集会で出会いました。
佐藤さんと面識があるとは全く知らず、子育て学会の記事を読んで、楢原さんのためになると思って勧めたら、実は、佐藤さんとお知り合いだったとか・・・。
楢原さんには、今日、柿をたくさんお買いあげいただいて、感謝です。
今度から、アフタースクールの会の資金づくりを兼ねて、野菜の販売にご協力頂けることになりました。
子育てに関わるいろいろな団体の方と今日はいろいろお話が出来て、新たな事業イメージが湧いてきました。
とりあえず、ご報告まで・・・。

後、「おすそわけネット」、どういう風に協力したらいいか、ご教唆願えれば幸いです。

P.S
楢原さんは、佐藤さんと、増山をサカナに盛り上がると言っていました。お手柔らかに・・・。

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171. 新しい現実 増山 博康@環境クラブ [URL]  2002/11/08 (金) 22:58
佐藤様
別途お届けする郵送物にも書きましたが、まずは、「おすそわけネット」のことについて学ぶことが先決のようですね。
どういう仕組みで動くのか、教えて下さい。
後、環境クラブの掲示板http://www.ecoclub.co.jp/ohisama/light.cgi
に、本日、豊島区のフリーマーケット主催者講座に参加した感想その他をたくさん書きました。たぶん、各地で地域づくりを考えている人達の役に立つんじゃないかと思うので、ご一読下さい。
感想の投稿、建設的なご意見その他、歓迎です。

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170. Re^3: 畑仕事の報告はじめました。 佐藤修  2002/10/30 (水) 23:15
増山さん

転送は歓迎です。
ただ私のネットワークはまだ起動していません。
11月中に動き出しますが、それをお含み置きください。

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169. Re: 「食育」という言葉 増山 博康 [URL]  2002/10/30 (水) 22:48
>それから、「食育」という言葉について何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。
> 黒岩比佐子

黒岩様
先日はサロンでお世話になりました。
9月に農業ボランティアで来ていただいた鈴木さんという方がいらっしゃいます。
「死ぬほどの体験をした」と言う病気の実績(?)を活かして、胚芽米などの普及に取り組むべく、事業としても「家庭用精米器」や「製粉器」の販売をしていらっしゃいます。
(事務所は、豊島区内です。)

いろいろ食生活の歴史の研究もしていて、彼の論文を読んで、初めて、日清・日露戦争の時の脚気の病死者が、戦傷死者なみに多かったことをしりました。
黒岩さんに取材して頂ければ、彼の方も、黒岩さんも相互に役立つと思うので、ご紹介したいと思います。

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168. Re^2: 畑仕事の報告はじめました。 増山 博康 [URL]  2002/10/30 (水) 22:43
> 11月中に発足させます。
> 仲間を公募します。
>
> 増山さんもぜひ応援して下さい。

佐藤さん
前にオープンサロンで話した「白神山地きみまち舎」の小坂たまみさんが、お米を売っていきたいと思っているようです。
相当にパワフルな人で、きっといろいろなエネルギーをもらえると思います。
「おすそわけ」と言うところが波長に合うと思うので、ご許可頂けるなら、彼女に佐藤さんの書き込みを転送してみようと思います。

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167. 「食育」という言葉 Kuroiwa  2002/10/30 (水) 10:24
佐藤さん、食の話に関連して久しぶりに投稿します。
CWSコモンズのラウンジページで紹介していただいているように、私は今、村井弦斎という人物の調査・取材をしています。100年前に10万部以上という大ベストセラー『食道楽』という小説を書いた明治・大正の作家・ジャーナリストです。当時は大衆的な人気作家として、漱石などよりも幅広く読まれていましたが、今ではほとんど忘れられてしまいました。

最近、食生活の危機が大きな話題になって、新聞紙上やテレビで「食育」という言葉を目にする機会が増えています。実は、この言葉は明治36(1903)年にすでに村井弦斎が『食道楽』の中で使っています。子供の教育には、徳育より智育より体育よりもまず食育が大事だと、「食育論」ということを述べているのです。

明治38年に出した『食道楽』(4巻)の合本では、巻末の「料理心得の歌」104首の中に、「食育の歌」として次の歌が登場します。
 「小児には 徳育よりも智育よりも体育よりも 食育が先き」
村井弦斎はこの歌を広めようと、当時あちこちに引用しています。まさに100年も時代を先取りしていたわけです。

この忘れられた人物の評伝を、できれば多くの人が関心を持ってくれるものにしたいと思って、手始めに、この「食育」という言葉の初出と、明治時代に「食育」という言葉が使われた背景について調べ始めたところです。
「食養」という言葉は早くからあって、弦斎の前に、貝原益軒や石塚左玄などが本を書いています。彼らが「食育」という言葉を使っていなければ、「食育」については弦斎が最初ではないか、と思います。
調査が一段落したところで、面白い結果がでてきましたら、またご報告します。それから、「食育」という言葉について何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報ください。
黒岩比佐子

 

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166. Re: 畑仕事の報告はじめました。 佐藤修  2002/10/30 (水) 08:10
増山さんのホームページを見ました。
感動ですね。

私のほうの「いのちに優しい食べ物のおすそわけネットワーク]作りも急がなくてはいけません。少しずつ進めてはいるのですが。

昨日、熊本からナチュラルコーヒーの清田さんがやってきました。
清田さんからも刺激を受けました。

11月中に発足させます。
仲間を公募します。

増山さんもぜひ応援して下さい。

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165. 畑仕事の報告はじめました。 増山 博康 [URL]  2002/10/29 (火) 22:46
上尾の農家の阿部さんに弟子入りして、農業を教わっていますが、その日記を掲示板に掲載開始しました。
まだ、環境クラブのホームぺージとの間にリンクを張っていませんが、以下のページで掲示板をご確認頂けます。
本日は、とにかく、弟子入りしてからの収穫第一号の春菊にひたすら感動しまくっています。
http://www.ecoclub.co.jp/ohisama/light.cgi?

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164. インド舞踊のご案内 岸田能和  2002/10/27 (日) 20:56
自称、コンセプトデザイナーの岸田です。
秋らしい毎日が続いています。
文化の秋です。
もちろん、食欲の秋でもありますが。

ところで、いつもの雑情報です。
私の友人で横浜市役所に勤める一方で、
プライベートな立場でインドとの交流にのめりこんでいる人がいます。
彼からのメッセージです。
以前に、私も彼の紹介でインド舞踊を
見た事がありますが、伎楽面や歌舞伎などのルーツらしく
すばらしいものでした。

ご興味のある方はぜひ、どうぞ。
また、ご友人にこのメールを転送いただけると、うれしい限りです。

***************************
今日は、横浜インド文化交流の
お知らせです。
日印国交50周年記念のイベントを開催
します!

日時場所は、次のとおりです。
*******
インド舞踏公演
11月2日(土)
開場18:30
開演19:00
場所: 横浜市西公会堂
(横浜駅西口東急ハンズ先
徒歩5分、045-314-7733)
入場料:1800円です。

インド北東部の州、アルナーチャルブラデーシュ
州に伝わる舞踏です。
太陽、月を象徴とする宇宙のエネルギーを
信仰する人々で、大変興味深い民族の
伝統舞踊が見られます。
*******

日印国交50周年事業として、
インド大使館、横浜市の後援を受けて
進めていますが、着手が遅かったため、
なんと予定の2割にも満たない状況です。
内容は、大変充実した、魅力的なものです。

お友達、ご家族をお誘いの上、ぜひ、
見に来て下さい。
また、お手数ですが、
できましたら、このメールを、お友達に転送して
PRをしていただきたいのですが、
どうぞよろしくお願いいたします!!!

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163. Re: (株)JALエクスプレス 総務部長 佐藤修  2002/10/23 (水) 00:33
田口さん

OBM研究会は次回は10月30日です。
このホームページのお知らせに案内があります。
ぜひご参加下さい。
今回はNPOとOBMです。

ホームページを見てのご参加は数名います。

お会いするのを楽しみにしています。

参加される場合は、私のメールにご連絡下さい。

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162. Re: (株)JALエクスプレス 総務部長 佐藤修  2002/10/23 (水) 00:33
田口さん

OBM研究会は次回は10月30日です。
このホームページのお知らせに案内があります。
ぜひご参加下さい。
今回はNPOとOBMです。

ホームページを見てのご参加は数名います。

お会いするのを楽しみにしています。

参加される場合は、私のメールにご連絡下さい。

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161. (株)JALエクスプレス 総務部長 田口 創一郎 [URL]  2002/10/22 (火) 18:58
佐藤先生、

初めて投稿させていただきます。以前アメリカでホテルの仕事をしているとき、HRコンサルタントからOBMを紹介されました。今の会社はJAL系の航空会社ですが、ここでもOBMが有効ではないかと思い、何とか導入できないものかと考えております。ついてはOBM研究会をオブザーブさせていただきたいのですが、次回のご予定などは決まっておられますのでしょうか? ご返信いただければ幸甚です。 よろしくお願いいたします。

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160. Re: 自分でも 佐藤修  2002/10/05 (土) 07:56
浜西さん

倫理的に生きることが、組織をつくることかもしれません。
但し、その場合の組織は、人と人とのつながりという意味ですが。
そして、それこそが私は本来の組織だと思っています。

このホームページのメッセージ6をもう一度読んでもらえると嬉しいのですが、いまは「組織から発想する時代」がおわり、「個人から発想する時代」へと移行する過渡期だと思います。
個人から発想していくと、組織論もコミュニティ論も全く変わってきます。地方分権などというのは、組織から発想する時代の遺物ですし、いまの国家制度は、完全に組織発想の制度です。いずれも壊れて行くでしょう。今の企業も自治体も、学校も、その多くはそうだと思います。

そうした組織の上に載っている人の論理は、組織の論理でしかありませんから、倫理規定や倫理研修をやろうなどという馬鹿な話が大手を振ってまかり通るのです。

浜西さんの、倫理追及の活動をまたぜひ聴きたいですね。

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159. 自分でも ハマニシエイジ [URL]  2002/10/04 (金) 23:56
 う〜ん、あらぬ方向へ飛んでいっておるようで、悩んだりもしたり。
 組織・グループを形成することと、倫理的に生きることとは、両立するんでしょうか。なぞです。
 クラブイベントの動員を増やしたいがために、コンセプトを考え出したのか、コンセプトを実現したいがためにクラブイベントを考え出したのか。反省したりもするんです。
 いま大阪市の環境教育センター(鶴見緑地)のスタッフの方が、来年、お月見会をしたいので協力してほしいという要請が。

●「オリーブオイル」について
 オリーブオイルは、http://www.q-project.org/
の商品です。もしストレートに買おうと思うと、
「Q」に入会しなくてはいけないことになります。
なかなか厄介ですね。

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158. 飛んでいっている浜西さんへ 佐藤修  2002/10/01 (火) 20:48
浜西さん

どんどん遠くに行きますね。
なかなか付いていけません。

ところで、パレスチナ人とイスラエル人の協力によって栽培されたオリーブを使用したオイルに関心があります。それを支援する方法はありますか。
私が考えている「おすそわけネットワーク」にはのらないですか。

私が出来ることが何かあるといいのですが。

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157. Re: イベントを 増山博康@環境クラブ [URL]  2002/09/30 (月) 22:50
ハマニシエイジ様
>パレスチナ人とイスラエル人の協力によって栽培されたオリーブを使
>用したオイル

すごいですね。
そんなことをして、両者ともよく現地で殺されないですね。
環境クラブでは、ヨルダンで水質調査をやりました。
バルト海の環境調査をゴルバチョフが呼びかけたことが、冷戦崩壊のきっかけになったように、ヨルダン川集水域の調査を和平の呼び水にしようと思ったからです。
オスロ合意の前後で、アメリカでパレスティナ、イスラエル、ヨルダンの研究者による環境ワークショップが開かれ、かなり展望があるかなと思ったのですが、その後の展開は、「環境対話」など吹き飛ばしてしまうような状況になりました。
今、中東には、別な関わり方をしようと想っています。
(また、投稿します)

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156. イベントを ハマニシエイジ [URL]  2002/09/30 (月) 07:00
 佐藤さん、みなさん  ハマニシです。
 ごぶさたしております。必死でいろいろやっておりました。
以前、紹介させいただいたクラブイベントの詳細が決まりましたので、とても長くなりますが、お知らせを。食べ物についてのお話がありますね。関連付けますと、このイベントには、環境にも自分にもよい「マクロビオティック」という考えでつくられた料理屋「ママンテラス」さんが出店してくださいます。また地域通貨Qでのフリーマーケットには、パレスチナ人とイスラエル人の協力によって栽培されたオリーブを使用したオイルや、有機栽培コーヒー豆なども並びます。ちなみに、わたしもバイオリンソロユニットWSPLANADEで、大阪初のライブします。楽しみながらいろいろなことを考えられる機会をこれから定期的に生み出していけたら、と思っております。本当にクラブイベントでよいのか?という疑問は私ももってますが、悩みながらもとりあえず実行していこうと思っています。よければ皆さんご協力ください。
"moir(l)ess vol.1"
●2002/10/18(金)@長堀橋firefly(大阪06-6251-0469) 
open 23:30--05:00 前売:2000 yen (or 1800 yen +200Q)
当日:2500 yen (or 2200 yen +300Q)
【LIVE】イルリメ / ESPLANADE (classic chimes) / Jew's ear / speedometer / hayashi ryota (リトルハヤタ)
【DJ】bong (flower of life/ GOLD FLASH) / pintocus(moir(l)ess) / モユニジュモ
●moir(l)essがおすすめするライフスタイルとして、フードに菜食料理の彌光庵(京都)、マクロビオティック料理のママンテラス(大阪)の出店。インテリアにgraf(大阪)の協力をいただき空間づくりもてがけます。また環境への配慮を考え、ダイオキシンを吸収するごみ袋(code/commodities)を使用し、またタンブラーを持ち込み会場で用います。地域通貨「Q]を使ったフリーマーケットも会場内で開催します。地域通貨「Q」については、→http://www.q-project.org/
また、当日、地域通貨「few」を無料でさしあげます。「few」は、音楽家坂本龍一さんらが結成した団体「code」で使用されている地域通貨です。http://www.code-re.com
●公共交通機関、自転車でお越しの方:前売り料金でご入場OK
・地域通貨Qでお越しの方:会場のPCを使用ください
●前売りチケット販売  moir(l)essのウェブサイトでhttp://www1.odn.ne.jp/~cbt25360/moirless.htm

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155. おすそわけネットワーク 増山博康@環境クラブ [URL]  2002/09/29 (日) 22:13
佐藤さんへ
ホームページの中を探してみます。
見つかるかな?
基本的に、「おすそわけ」と言う考えは正しいと思います。

昨日、私の農業の師匠である阿部さんの知り合いのゼロワンダーと言う会社の方とお会いしました。業務用の生ゴミリサイクル装置の製造・販売業ですが、堆肥を使う農家への指導、農産物の販売まで含めたトータルな社会システム提案を事業として進めています。
野菜づくりでは、「土ごと発酵」と言って、ヌカなどを土に直接施し、土中で発酵熱を出させる方法がありますが、ゼロワンダーのシステムで出来た堆肥とヌカを投入した後の土を環境クラブで化学分析し、追跡調査する予定です。
おいおい、環境クラブニュースやウェブで情報を出していきますのでお楽しみに・・・。

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154. Re: 美野里町の文化センターについて 佐藤修  2002/09/29 (日) 11:20
増山さん
このホームページのどこかに、命に優しい食べ物情報ネットワークの話があります。今、準備中で、メンバーが10人くらいいますが、出来れば農家の自家消費用の食材のおすそわけネットワークをつくりたいのです。

24日に神戸で食べ物通貨というテーマの研究会に行ってきました。生産者と生活者を地域通貨でつなげないかという構想ですが、私の思いとはかなり違ったもので、残念でしたが、こうした囲碁気が出始めているのは歓迎です。

ところで、もうひとつ、「風のまち」という自治体職員を中心としたネットワークがあります。ぜひその方を巻き込みたいですね。
いつかお会いできますように。

自治体はともかく面白くなりそうです。
自立心を持てばですが。

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153. 美野里町の文化センターについて 増山博康@環境クラブ [URL]  2002/09/27 (金) 23:29
佐藤さんへ

先日、環境クラブの地元・豊島区の企画課長と会いました。
区の公共施設の統廃合に関連して、芸術が上演出来るような箱モノを考えているみたいです。
一度、美野里町の見学をした方がいいと勧めようと思っているのですが・・・。

P.S
栗拾いいいなあ・・・。
伊豆の棚田研究会の稲刈りだとか、弟子入りしている阿部農場の芋掘りだとか、いろいろあって、今回は、美野里町にはいけそうもありません。
豊島区の企画課長をその気にさせたら、その次は、美野里町ツアーを実現させましょう。

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152. お米の販売 増山博康@環境クラブ [URL]  2002/09/27 (金) 23:25
弟子入りしている農家の阿部さんの友人で、深沢さんという方のお米を10月5日のバザーで試験販売することになりました。
どのくらい売れるか分からないのですが、秋はバザーシーズンで、11月までいろいろ続きます。
これらの結果を見て、直売所を作る参考にしたいと思っています。
野菜の場合、保存がきかないので、需要と供給のバランスが難しいのですが、環境クラブが関わっている農家を回って、話しながら進めていこうと思っています。
篠崎さんのお米ともおつきあいが出来るようになればいいなあと思っています。

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151. 直売所を作る予定です。 増山博康@環境クラブ [URL]  2002/09/27 (金) 23:19
佐藤さん 今日わ
先日は、オープンサロンでお世話になりました。
あの後、佐藤さんのウェブを見たら、環境クラブのことが紹介してあって、目が点になりました。
環境クラブニュースにオープンサロンのことを掲載し、こちらのウェブにも載せました。
後で、ニュースを送ります。

話しは別件になりますが、今、野菜の販売を一緒にやろうと言っているSASネットワークの芝田さんが、「直売所」獲得に向けて頑張っています。
経過は、またお知らせしますね。

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150. お疲れ様でした SHINO  2002/09/22 (日) 23:08
 今晩は―、篠崎です
 今日はみの〜れ関係の集まりお疲れ様でした。お互いやる事が増えたようですね(苦笑。とりあえず、がんばりましょう
 さて、お米ですが27日に3kgばかりお持ちします。また、なんか栗が好きそうなのでサービスでちょっとつけたいと思います。楽しみに待っててくださいねw

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149. Re: 行く予定です 佐藤修  2002/09/21 (土) 23:29
明日、お会いできそうですね。

栗付のお米は魅力がありますね。
実は我が家はみんな栗が大好きなのです。

お米ですが、実はいま、ちょうど3か所から新米が届いてしまいました。その上、近所の有機栽培のところから少し購入したところだそうです。いま、4種類の食べ比べをしています。間もなくもう1種類くらいがエントリーしおうなのですが、それをまって成績が発表されます。

という状態なのですが、女房に話したら、新たに篠崎米をエントリーさせたいということになりました。ちょっと重いので、2キロか3キロであれば、購入させてもらいます。明日、間に合えばですが。でも、また26日と27日にも美野里町に行く予定です。
どうでしょうか。

ところで、確かに問題は輸送費ですね。

篠崎さん
いい仕組みをぜひ考えましょう。
必ず解決策はあるはずですから。

皆さんもぜひ篠崎さんのお米を買いに、美野里町に行きましょう。
栗拾いも出来るらしいですから。

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147. 行く予定です SHINO  2002/09/20 (金) 23:27
 今晩はー、篠崎です
 22日ですが参加する予定です。また、赤字だと執筆者が赤字を背負う事に((((゚Д゚;))))。知りませんでした(汗。それは皆様に買って頂かないと(苦笑。できましたら皆さんよろしくお願いします m(_ _)m(ペコリ)
 また、お米のネット販売は送料の問題があってなかなか。課題の一つです。あっ、良かったら佐藤さん、刈りたてのお米はどうですか?と宣伝。今ならおまけで栗をお付けしますよ(笑。
 それでは、失礼します

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146. Re: こちらでは、初めましてー 佐藤修  2002/09/20 (金) 07:53
篠崎さんは米作りをしていますが、そのネット販売も考えているようです。私も準備中の「いのちにやさいい食べ物情報ネットワーク」にもお誘いしている人です・

また、このホームページで時々紹介している美野里町の住民で本をつくるメンバー(美野里出版社)でもあります。その本の原稿作りで、私は最近苦労していますが(この忙しい時に何でこんなことをしなければいけないのか、時々、不思議に思います)、本のテーマである美野里町文化センターの建設に、なんとこの篠崎さんは反対者なのです。本の中にも当然、反対意見は登場しますが、彼が分担執筆したところは非常に面白いです。

本の完成は11月3日です。
コモンズ書店で予約受付をしています。
ぜひ予約して下さい。

そうしないと、執筆者が赤字を背負うことになるのです。
篠崎さんのお米もよろしく。
あ、まだ販売はしていないですね。

篠崎さん
22日に美野里町に行きます。
最期の編集会議と写真撮影です。
お会いできそうですか。

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145. こちらでは、初めましてー SHINO  2002/09/20 (金) 00:32
 どうも、初めまして、文化センター物語(仮)でお世話になっている篠崎です。書き込みをしようと思い続けて早4ヶ月。気づけばなぜか9月です(苦笑。
 自分の原稿もあがり、ついにここに書き込みができました・・・えーと、す、すみません、いい訳です(苦笑

 さて、今自分は稲刈りと栗拾いに追われています。
 ただ、ここ数日雨だったために稲が寝てしまって刈るのが大変です。特に大変なのが「こしひかり」。もうべったりと寝てしまって今日は小さな田んぼを二つしかできませんでした。普通ならこの2倍は平気でできるのですが。また、この状態でコンバイン(稲刈り機)を使うと負荷がかかって故障しやすくなるのでまた大変です。こしひかりは食べる分には良いのですが刈るほうとしてはかなりの天敵となります。
 もっと頑丈になってくれ・・・と思うばかりです。でも、稲刈りをしていて思うのですが、稲も人間も頭ばかり良くなっても体が丈夫じゃなきゃ駄目だよなぁ・・・などと思います、いや、本当に切実ですよ〜

 はっ、気づけば最初なのに愚痴のような文章で申し訳ないです。
それでは、明日に備えてもう寝ます。明日もガンガン刈らないといけませんので(笑
それでは、失礼します

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144. Re: おひさしぶりです 佐藤修  2002/09/18 (水) 22:17
大村さん
うごくセミナーの話ですが、「動く」とは何かということが大切ですね。まあ、これは釈迦に説法ですが、動くということ、あるいは変化ということの意味をあまり考えずに言葉だけ使っている人が多いですから、変化の本質をぜひこのセミナーで考えてみて下さい。

まちづくりの原点は、多様な価値観の寛容な関係づけかもしれません。
賢いとかエゴとか、愛郷心という言葉にも、もしかしたら限界があるかもしれませんね。

一度またゆっくり話したいですね。

まちづくりの話、また報告して下さい。

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143. おひさしぶりです 大村 哲 [URL]  2002/09/18 (水) 10:29
お久しぶりです。
NeoALEX社会構想研究院の大村です。
最近仙台市西多賀地区の活性化に関する調査を任されました。
地域の実態を把握し、コミュニティビジネスにつなげていきたいという要望があり、そのための調査ということになっています。
ここは車の往来ははげしいものの、地域住民はなんとなくのんびりとした感じです。車社会という妙なことばがあるように、車の社会と地域社会はまったく乖離しているといった印象で、興味深い地域です。
そんなとき佐藤さんの「私のまちづくり活動の発想の原点」を拝読させていただきました。市民と住民のちがいというのは、よくよく考えてみるとおもしろいですね。
地域エゴと地域愛はどこからわかれるのだろうか(もしかすると渾然としているのかもしれませんが)などと考えてしまいます。

以前相談させていただいた仙台市での「うごくセミナー」は、初回はまあまあ、その後は参加者が次第に減りつづけているといった感じです。
毎回場所を変えていることよりも、内容がマンネリ化してきたことが問題の原因なのではないかと思っています。
セミナー終了まであと少しなので、気合いを入れ直してがんばっていきます。
とりあえず近況報告まで。
季節の変わり目ですので、みなさまどうぞお体にはお気を付けくださいませ。

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142. Re: 写真展に感激しました 佐藤修  2002/09/07 (土) 22:25
「9・11以前にアフガンの町は瓦礫の山だった、ということも思い出させてくれます。」という言葉に心動かせての返信です。
思い出す人はそういないかもしれませんね、残念ながら。
初めて知る人のほうが多いかもしれませんね。
これはアフガン事件に限りませんが。

写真展は出来るだけ行くように努力しますが、最近は泥沼的生活のため不確かです。

また11日が近づいてきたせいか、テレビが連日思い出させてくれますね。私が11日の事件で思い出したのが(前に書いたかもしれませんが)マーシャルローと言う映画です。
不思議なことに映画は事実をかなり正確に予告しているように思うのですが、そうお感じませんか。
昔からそう思っていました。

昨日、またマーシャルローをテレビでやっていたので観てしまいました。11日に感じた憤りをまた感じました。誤解のないように言えば、私の憤りはアメリカと、そして一部は自分に対してです。あの事件を引き起こしたのは、私たちの生き方です。直接の引き金はアメリカでしょうが。

その映画のなかで、「国に尽くせ」という言葉が出てきます。
まだその言葉の呪縛から自由になれない人がいかにおおいことでしょうか。
国に尽くせ。会社に尽くせ、組織につくせ。社会に尽くせ。
皆さんは何に尽くす生き方をしていますか。

黒岩さん
関係ない話になってすみません。

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141. 写真展に感激しました Kuroiwa  2002/09/07 (土) 00:36
今日(正確には昨日)見てきた写真展がたいへん素晴らしかったので、ぜひ皆様にお知らせしたく、ひとこと書き込みます。
8/31〜10/20の会期で東急Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されているセバスチャン・サルガド写真展「国境を越えて--EXODUS」です。期間中は無休で10時〜19時、毎週金・土曜日は21時まで、入館は閉館時間の30分前までです。入館料は大人1000円、大学・高校生800円、中学生500円、小学生以下無料です。
世界各国の紛争地帯を歩き続けてきた写真家サルガドが、難民、亡命、移民をテーマに取材した写真の数々……。ただ見るだけで伝わってくると思います。特に、最後の子供たちのポートレイトのシリーズには胸を打たれました。
国連高等弁務官事務所やユニセフが協賛していて、緒方貞子さんなどもメッセージを寄せています。
世界には、生命の危機に常にさらされて、ただ「生きる」ことさえ困難な人々が存在しているということや、9・11以前にアフガンの町は瓦礫の山だった、ということも思い出させてくれます。

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140. ふぁっとえばーShop オープン ゆう [URL]  2002/09/04 (水) 00:53
こんにちは、
千葉県館山駅前にチャレンジショップ「ちょこちょこ弐番館」に ふぁっとえばーShop(代表:秋山 岩生)を開店しました。半年間という制約がありますが、新しい風が吹けばと思っています。お近くにお越しの際は、お気軽にお立ち寄りください(^O^)/

★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★
チャレンジドの能力―その可能性を求めて
「ふぁっとえばー」Producer 寺沢 祐一
★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★

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138. Re: テレビ放映のお知らせ 佐藤修  2002/08/28 (水) 00:17
saya さん
残念ながラテレビは見られませんでした。

一度そちらに行くといいながら、過酷な夏をすごしていたため時間がなくてまだいけていません。夏休みは皆無の夏です。
その罪滅ぼしに、各地でPRはしています。
福島や山形や北九州市や福岡で。

今日もOBM研究会というのをやっていたのですが、そこに参加してきてくれた人がふじみ湖の話をしてくれました、このホームページを見てくれたのです。
あんまり罪滅ぼしになっていませんね。
9月もつらい時間予想ですが、できるだけ早く行きたいと思っています。

約束を違えて本当にすみません。

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137. テレビ放映のお知らせ saya [URL]  2002/08/26 (月) 14:34
茨城県笠間市「ふじみ湖」のsayaと申します。

世界にも前例がないといわれる、湧水湖を埋め立て最終処分場をつくる計画が今年の10月に着工されそうになっています。
計画の是非を論じる前に、映像で現地の状況を観ませんか?。

本日(26日)、17時からのテレビ東京系「ニュースアイ」
(録画用Gコード: 1833510)

緊急のお知らせになってしまいましたが、もしその時間にテレビの前にいる方は、ゼヒゼヒご覧になってみてくださいね。

それから
「ふじみ湖」が、2年後の第15回全国トンボ市民サミット開催地に決定しました!

今回のサミットでは「ふじみ湖」と湿地帯を含む周辺環境の保全に向けて、激励の声が寄せられ、
2年後の「ふじみ湖の茨城県笠間市」での開催が決まりました。
ふじみ湖の湿地には、現在40種類のトンボが生息します。
茨城県の公共処分場計画では、ふじみ湖を埋め立て、
希少トンボの湿地のみ保存する、としています。
しかし、湿地の水源は、湧水のふじみ湖にあると見られ、
計画の矛盾点が指摘されています

管理人様、場所をお借りしました!いつもありがとうございます!

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136. 見つかりました 野中邦彦  2002/08/26 (月) 03:28
寺沢さま、はじめまして。
情報ありがとうございます!
原稿を書く際に参考にしたいと思います。

つい先ほど友人からのメールを開いたところ、
立派な中古湯たんぽが借りられそうとのことでした。
そんなわけで、一応見つかりました。
みなさまのご協力に大変感謝しております。
ありがとうございました。

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135. Re: 湯たんぽ2 ゆう [URL]  2002/08/26 (月) 01:06
野中様
都内ではないようですが
個人の方のホームページで画像があります。
http://www.interq.or.jp/black/night/camp/dan1.htm

後は、新品(これも都内でないですね・・・)
取り扱い商品にトタンバケツ・湯たんぽとあります。
http://www.kyoto-kawaramachi.or.jp/kataoka.htm

★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★
チャレンジドの能力―その可能性を求めて
「ふぁっとえばー」Producer 寺沢 祐一
★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★

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132. 湯たんぽ2 野中邦彦  2002/08/24 (土) 02:11
黒岩さま、ご実家まで探していただいたのでしょうか。
わざわざありがとうございます。

2年くらい前に湯たんぽブームがあったそうです。
当時は新デザインのものも出たりして、かなり売れたようですが、
実際に持っている人はなかなか見つかりません。うーん。

みなさま、引き続きよろしくお願いします。
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131. 湯たんぽのこと Kuroiwa  2002/08/24 (土) 00:17
野中さま
残念ながら、実家にも湯たんぽはありませんでした。
新品なら東急ハンズで売っている、という情報はありますが……。

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130. 湯たんぽ 野中邦彦  2002/08/23 (金) 12:21
みなさまに情報提供のお願いがございます。

東京近郊にお住まいの方で、
湯たんぽを持っている方を探しています。
トタン(ブリキではないそうです)でできていて、
腹が波状になっている、いわゆる一般的な湯たんぽです。
撮影用に、少し使いこんだ状態のものを探しています。

外務省発行の日本文化を海外に紹介する雑誌がありまして、
その中の「これは何だろう」という連載コーナーで使います。
5年くらい続いている、なかなか面白い雑誌ですが、
残念ながら書店では売っていません。
世界14ヶ国語に翻訳され、各国領事館などに置かれています。

みなさまの情報提供をお待ちしております。
どうぞ宜しくお願いします!

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129. Re: ありがとうございましたm(__)m!! 佐藤修  2002/08/15 (木) 22:34
碇さん
心配してました。でもよかったです。

私も、あまり大きな声ではいえませんが、医療制度研究会というのに参加させてもらっています。医療制度に大きな関心をもっています。
また一度、研究のエトスを教えて下さい。

それにしても、多くの医師は屈折していますね。
もしこれを読まれている医師がいたらすみません。
しかし、屈折していては何も新しいことは創出できません。
まっすぐ行くのが一番です。

また余分なことを書いてしまいました。
反省。

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128. ありがとうございましたm(__)m!! ごま@熱海  2002/08/15 (木) 18:54
佐藤さま、みなさま

89で研究に関して、「Help」を出した碇@静岡県立大です。
佐藤さん、ゆうさんをはじめ、この掲示板を見ている方々から、
ご助言やご厚意を頂きまして、本当に有難うございました!
そして、その後、私がいろんな騒ぎ(ここでではありません)や
体調不良に陥ってしまったことなどがあって、御礼とご報告が
遅れてしまったこと、深くお詫び申し上げます。

おかげさまで、なんとか調査フィールドにたどり着けました。
今、実査に入って、全国を旅芸人のように、走り回っています。
いろいろ、専門領域の違い(=医療界と自分の専門の間での)を
痛感させられたり胃が痛くなったりすることも多いですが(^^;)、
少し「オトナ」になったというか、人間的に成長したような気が
します。

本当に、暖かいお気持ち、ありがとうございましたm(__)m!!

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127. ゴミ分別の誤植のお詫び 佐藤修  2002/08/15 (木) 12:18
佐藤修です。
私のゴミ分別の投稿で、
フライベルグループ
という表現がありましたが、
フライブルグの間違いです。

私は思い切り沢山、単語登録をしていますが、そのため時々わけのわからない文字転換のまま、発信してしまうことが多く、みんなに迷惑を与えています。すみません。

ところで、野沢さん
もしこのフォーラムを見ていたら、ぜひ投稿して下さい。
グリーンプラスティックについて。


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126. 考え中 濱西栄司 [URL]  2002/08/15 (木) 05:18
「土に還る」=?「コンクリート・アスファルトに還る」
************************
1991年に回収とリサイクルを代理する会社、ドイツ・デュアル・システム有限会社(DSD)ができてから後に、ドイツの消費研究協会(GfK)が行った世論調査「環境に優しい行動とは」
・ゴミの分別 94%
・もっとよく交通機関を使う 79%
・有機栽培の野菜を買う 62%
・旅行のときに飛行機を使わない 41%
・アウトバーンで100キロ以上を出さない 37%
(http://www.sv.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~haisui/journal_j/no_14/deutch.html)
*************** 
ドイツにはエコ商品のみを売るエコデパートもあるそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/nie/newcentury/20011126/02.htm

>宮野さん
 おたがいよふかしですね(^^)

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125. ドイツ分別システムへの批判 濱西栄司 [URL]  2002/08/15 (木) 04:35
 佐藤さんのご指摘「分別モデルになったドイツのフライベルグループは今では分別に迷いが出てきたとも聞きましたが」について、
しらべてみました。おっしゃるとおりのようです。

 BUND(Bund fur Umwelt und Naturschutz Deutschland、ドイツ環境保護連盟)ノルトライン・ヴェストファーレン州支部代表Klaus=Brunsmeier
 分別システム「の結果、廃棄物の減少ペースが年々鈍化している。また、商品に貼付されているグリューネプンクトが消費者に対し誤った認識(=その商品を買えば環境に良いことをしている。)を植えつけ、使い捨て文化を助長している。その結果として、飲料容器のリターナブル率が低下し、使い捨てビンが増加している。同システムは、廃棄物回避の思想を実現するためにも根本的改善を要する」(http://www.clair.nippon-net.ne.jp/HTML_J/FORUM/TYOSA/140/INDEX.HTM#3)
***************
ドイツ生活者の実感
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/5399/D07.html
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/5399/mmag01.html
http://www.chs.nihon-u.ac.jp/german/inst/kenshu/99kenshu/1999repo/sudo.html
ドイツ環境省?http://www.bmu.de/english/fset1024.php
 http://www.recycling-keypoint.org/deutschland/main_11.htm
各国 http://tokainavi.chunichi.ne.jp/column/column05/

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124. ゴミの分別についての私見・補足 宮野義昭 [URL]  2002/08/15 (木) 04:31
先に私の投稿した文章ですが、制限文字数を超えてしまいました。以下、続きの部分です。

ついでながら、
 1.鉄道会社が使用済み切符をベンチ・制服に再利用する。
 2・缶コーヒー会社がコーヒー豆のカスを練炭の材料にする。
 3.漁協や食品会社が帆立貝の貝殻を良質な壁の材料として
   提供している。
というような事例は、手段と目的が明確な上に、分別のためのコストが無きに等しいので、このような事例がもっと増えてくれればと思います。

本当にとりとめの無い感想で申し訳ありませんでした。

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123. ゴミの分別についての私見 宮野義昭 [URL]  2002/08/15 (木) 04:29
濱西さん
メールマガジンありがとうございました。

濱西さんから様々な問題提起がありました。
そのすべてにお答えできないので、佐藤さんから返答のあった「ゴミの分別」についての、とりとめのない感想を記します。

私の住む市は、この問題に関してとてもアバウトで、不燃物/可燃物/紙(書籍・ダンボール)の三区分しかありません。不燃物は缶・ビン・その他に分けて出すように市役所から通達がありますが、ゴミを出す場所に置かれる分類ケースが小さいため、皆ゴミ袋にごちゃまぜにして出しています。
ところが、歩いて二十分ほどにある隣の市はとても細かく分別して出さないと回収してくれません。ビンだけで4種類の分類がされています。
このような違いが出ているのは、各自治体の取り組みの違いに加えて、ゴミ処理能力の違いが反映されているのだと聞いたことがあります。
いずれにしても、各自治体によってかくも異なる「分類秩序」に合わせて分別する必然性があるのでしょうか?

極言すれば「燃やそうと思えば何だって燃やせる」のです。だから「可燃物/不燃物」という分類自体が物理的には間違っているのです。
問題は、
 1.燃焼の過程で有害な物質が発生してしまう。
   特に「不完全燃焼」の場合に、そうなることが多い。
 2.不完全燃焼を避けるためには温度を上げる必要があるが、
   そうなると炉がいたんでしまう。
 3.燃やす物質の材質によって炉がいたんでしまう
 4.燃やして残る「灰」の処分が難しい
ということでしょうが、炉の開発や燃焼技術の高度化によって、灰の再利用を含め、「技術的に解決」すればいい問題のような気もします。

佐藤さんの「すべて土に返していた時代には戻れないものでしょうか」というご指摘ですが、土にのみ棲息するバクテリアによって分解されるプラスチックも開発されています。
また、自宅に庭のある友人は、アメリカ原産のミミズを飼育して生ゴミや紙・段ポール類を自宅で処分しています。
このような「生き物の力」を利用したゴミ処理法がもっと一般化することを願ってやみません。

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122. ゴミの分別 佐藤修  2002/08/14 (水) 22:15
濱西さんが、
> ●「環境負荷低減」という言葉についておっしゃるとおりかもしれません。私が理解している感じでは、「ゴミの分別をする」「しない」という二つの行為を比較してどちらが環境負荷が低いか、というときっと前者であろうから、モアレスとしては前者をとる、そういう選択の連続です。
と書いていますが、どうしてそう思うのですか。

これは皮肉ではありません。
私もゴミの分別に極力努力しています。我が家にはたくさんのゴミ箱があります。
でも何時も何か違和感を感じます。
すべて土に返していた時代には戻れないものでしょうか。
それにゴミ分別で、何かうまく言っているような共創になっている自分が寂しいです。
分別度をあげるとゴミの量が減ると水俣の環境課長もどこかの行政マンも入っていました。でもそれって、どうなのかなあと思うわけです。
それに聞くところによると、分別モデルになったドイツのフライベルグループは今では分別に迷いが出てきたとも聞きましたが。

繰り返しますが、皮肉でも批判でもないのですが、
ゴミの分別が身体的に理解できないのです。
どうしたらいいでしょうか。

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121. ありがとうございます! 濱西栄司 [URL]  2002/08/14 (水) 17:53
申し訳ありません。一つ前の私の書き込みの最後の部分が、間違ってしまっています。「論点はいまのところ二つあります」この部分は間違いです。すいません。「すくなくとも以下のような難点がいまのところある」というような記述をすべきでした。すいません。
//////////////
●関西のほうでは、「キョートレッツ」が一番大きいような印象をうけています。そのキョートレッツの人たちが、大阪にLETSを広げようという活動をしているらしいといううわさは聞きます。あと、大阪の「アメリカ村」という地域で通用する地域通貨もアメリカ村商工会において提案されているらしいです。
●「モアレス」において流通している名刺型「FEW」(企業社会の証のような存在である名刺を、FEWに変えてしまう)は、モアレスというコミュニティを支えています。まさに「金の切れ目が縁の切れ目」という状況に近いですね。そこはジョンギやほかの地域通貨の使用法とはかなりちがうかもしれません。
 「コミュニティ活動を促進するための地域通貨」という使用法についてはいろいろすでに考えや実践があるので、「コミュニティそのものを支えるものとしての地域通貨」という使用法について考えて実践してみよう、という感じです。
 「理念に共感してボランタリーにあつまった人々が、どうやってコミュニティを維持(発展)していけるのか。」ということを考えたとき、
(1)リーダー的な人が操作能力・カリスマ性を発揮する
(2)メンバー同士が互いに操作能力を発揮して、鼓舞しあう
というような選択肢がすくなくともあると思います。でも、
「それに加えて、さらに他人を操作したり、自分のカリスマ性を発揮したりするのも、いやだった場合、どうやってコミュニティを維持(発展)していけるのか」
ということをかんがえたとき、
(3)地域通貨を使用しあう
という選択肢が残ったんです。
想像力を総動員して、さまざまな使用法を開拓していく方向に開かれている点は、地域通貨の地域通貨らしい利点だとおもうんです。失敗すればそれはそれでひとつの成果なので、OKだと考えています。
●「環境負荷低減」という言葉についておっしゃるとおりかもしれません。私が理解している感じでは、「ゴミの分別をする」「しない」という二つの行為を比較してどちらが環境負荷が低いか、というときっと前者であろうから、モアレスとしては前者をとる、そういう選択の連続です。

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120. Re: よければご意見をいただけたら 佐藤修  2002/08/14 (水) 07:52
濱西さん
佐藤修です。

地域通貨はこのホームページでも時々出てきます。
私もJA兵庫六甲が勧めている「たべもの通貨にきわめてささやかに関わっています。地域通貨の森野栄一さんと環境経営の植田和弘さんも委員です。この委員会には最初大きな期待がありましたが、やはりどうしても既存の枠組みから抜け出られないような感じを受けています。関西ではわりと話題になっているようなので、ごぞんじかもしれませんね。

もう一つはCWSコモンズ村のジョンギです。コモンズ通貨といっています。これについてはジョンギ辞典がこのホームページにあります。コモンズ村もしくは週間記録から探せると思います。この週末にまた、ジョンギ現地報告が掲載されます。
ジョンギの特徴は、それ自体ではまった区価値のないメディアです。
金の切れ目が縁の切れ目という通貨の呪縛から、エコマネーも地域通貨も自由になっていないような気がしますが、ジョンギは金の切れ目が縁の始まりを目指しています。これは私だけの思いですが。
ジョンギに関しては、コモンズ村の広報官の石本さん、ジョンギ博士の西村さんが詳しいですので、機会があったら投稿して下さい。
またコムケア活動が、このホームページでかなり書き込んでいますが、この活動も将来はコムケアというコモンズ通貨を活用できたらと思っています。個人的期待ですが。
ともかく、今の通貨システムが私にはほとんど理解できないので、壊したいと思っています。まあ、注意しないと私の生活が壊れるのが先でしょうが。

濱西さんの投稿の「二つの論点」がよくわかりませんでしたので、回答にはなっていません。すみません。。

蛇足を加えます。
>モアレスの主旨は、「環境負荷低減」というようなところにある。
ということですが、この言葉もマジックワードです。
環境負荷をトータルに考えないといけませんが、それにしても違和感のある言葉です。
私は環境に存在するものはすべて双方向的な再帰関係にあると考えています。環境負荷などという発想に問題があるような気もしています。
まだ論争に対応できるほど、考えているわけではないので、感想としてお受けとめください。

今日はさわやかな暑さです。

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119. よければご意見をいただけたら 濱西栄司 [URL]  2002/08/14 (水) 02:12
<<地域通貨は操作能力やカリスマ性の代替物になりうるか?>>

・ 他人を説得・誘導・動機付けしたりする「操作能力」
・ 他人を問答無用に魅了してしまう「カリスマ性」

このような能力や資質がなくても、地域通貨があれば、
「〜してください。そのかわり〜FEW支払います」「OKです」
というようなやりとり・契約が可能になるとおもうんです。

実際、大阪で結成した「モアレス」(私含めて4人)というグループでは、このような地域通貨の使い方をしています。このグループはごく普通の人々の集まりで、上にあげたような能力や資質をもっているような人はいないようです。あるいは、他人を操作したり、魅了したりすることを忌避する人たちの集まりです。

でも、地域通貨FEWをさきほどのべたような形で、使用して、いろんなプロジェクトを進めていっています。裏で根回しをしたり、権威を利用したりということでなく、正直に、「〜してください。〜FEWで」「OKです」あるいは「それでは安すぎますからNOです」というようなやりとりをして、進めていきます。
/////////////////
論点はいまのところ二つあります
・モアレスの主旨は、「環境負荷低減」というようなところにあるのです。あるとき、スタッフの一人が「モアレススタッフ自身が、「環境負荷」の少ない生活を送るべきではないか」ということを言いました。私が「じゃぁそれをFEWでわれわれに依頼してください」というと「いやそれはモアレスとして活動するうえでの大前提であって、FEWでわざわざ依頼するようなことではない。義務だとおもう」という返事をもらいました。大前提か依頼プロジェクトかの境界例だとおもいます。

________________________________________

118. イベントお知らせ saya [URL]  2002/08/12 (月) 00:49
佐藤様・みなさま

茨城県ふじみ湖で開催されるイベントのお知らせです。
ふじみ湖を埋めるという、世界中がビックリの公共事業も
着工予定まであと2ヶ月をきりました。
湖保全のための活動も山場をむかえ、
毎日バタバタとしていますが
湖を広めるための、イベント・アート活動も同時進行です!
良かったらゼヒいらしてくださいね!


● 「どんと恋KASAMA」 〜ひびけ ふじみ湖へ ●

すでに本日12日です。告知が遅れましてスイマセン・・・
8月11・12日のアートイベント@茨城県笠間市
主催:ふじみの輪 
詳しい内容はHPで紹介しています。
http://homepage3.nifty.com/hujimiko/dontokoi.htm


************************* 

 ● 納涼!「風地美の子かっぱ祭り」(福吹く祭り) ● 

 アマチュアアーティストが大集合した、
 ジャンベ(アフリカン太鼓)、ジャズ、ボサノバ、ロック、
 沖縄民謡(予定)、の生音コンサート

*日 時  2002年8月25日(日) 
   12時〜17時くらいまで
*会 場  茨城県笠間市ふじみ湖展望台
*参 加  無料
*問い合わせ hujimiko@yahoo.co.jp
*主 催  風地美の子かっぱ祭り実行委員会

*************************

 ● Be Good Cafe ●

場所が代官山なので、東京の方はいいのでは?
ふじみ湖は16:30からのNPOのコーナーで
20分くらいですが紹介する予定です。
詳しくは→  http://www.begoodcafe.com/

2002年8月25日(日)
会場:代官山 BALL ROOM
渋谷区恵比寿西 1-34-17 Za HOUSEビル3階
駒沢通りと旧山手通りが交わる鎗ヶ崎交差点角のショップ
「OUT LET」のあるビルの3階

料金-1/\1000 with 1 drink
14:00−21:00

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117. Re: 情誼について 佐藤修  2002/08/11 (日) 07:30
佐々木さん
ありがとうございます。

情誼については背景を知らない人がいると思いますので、説明します。
このホームページのどこかにCWSコモンズ村のコーナーがありますが、その村で流通しているコモンズ通貨の単位が「情誼」です。画期的な通貨です、たぶん。
今週はトップページからコモンズ村もしくはジョンギ辞典にとべますが、来週からはトップページのCWSコミュニティのコーナーに入るとコミュニティ村の説明があると思います。
このホームページは構造が複雑で、私も良くわからなくなっています。

この投稿欄からのリンクができれば、もっとリゾーミックでわけのわからない構造になるのですが、そういう方法がないものでしょうか。

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116. 川上村 濱西栄司 [URL]  2002/08/11 (日) 00:03
きょうの午前中、ねぼけまなこで見たので、どこのTV局かはよくわからないのですが、吉野川の源流をさぐる番組がありました。川上村や丹生川上神社もうつっていました。うつくしかったです。
 >宮野さん
 「天空オーケストラ」に参加しているわけではないのですが、メンバーのナカジマコウイチくんとは長い知り合いで、一緒にユニットvegetationを組んだりして活動しています。また9月7日のビーグッドカフェの企画者は、天空オーケストラのリーダー岡野さんです。天空の活動などに興味がでてきたのはほんと最近のことなので。これからいろいろ一緒にしていければいいなとおもっています。
 >野中さん
 おかげさまでWAKIさんと連絡とれました。二回ほど演奏で参加されているようです。
 >佐々木さん
はじめまして。

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115. 情誼について 佐々木 憲文  2002/08/10 (土) 21:28
情誼は、韓国語でまったく同じ jeong-i ジョンギと発音し、ほぼ同じ意味で使われています。越後地方の言葉とのことですが、日本海を挟み、言葉の交流があったのかもしれません。中国語の発音はわかりませんが、コモンズ村の通貨は、アジア通貨としても役立ちそうです。

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114. 長屋和哉さん、その他 宮野義昭 [URL]  2002/08/10 (土) 00:02
夏バテ気味で皆様方への返信が遅れましたことお詫びします。

宮部浩司様、はじめまして

長屋和哉さんの奏でる知的にコントロールされたシャーマニスティックな音楽は私の憧れであります(「知的にコントロール」されてない音楽が多過ぎます)。でも、私はどうしても都市ノイズ的な音にさらされたアンビエントに向かってしまいます。
丹生川上神社の件、縄文時代にまで遡る斎場だということを知り、なんとか残せないかなと胸が痛む想いです。25日、私は長屋さんのCDを聴いて遠くから鎮魂に加わりたいと思います。

濱西さま

「天空オーケストラ」に参加されているということは、全国を公演なさっているということでしょうか? もし東京・横浜近辺に来られる際には、ぜひとも連絡をくださいませんか。「地域通貨」の件にも関心があります。私は実はカール・ポランニーという人類学者の流れをくむ在野の研究者でもあったりします。

野中さま

四国旅行楽しんでください。お気をつけていってらっしゃいませ。

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113. 野中さん 濱西栄司 [URL]  2002/08/09 (金) 23:37
ありがとうございます。連絡とってみます。

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112. アドレス 野中邦彦  2002/08/09 (金) 10:26
濱西さま
WAKI氏のメールアドレスですが、
少し前の私の書きこみにHPのアドレスがありますので、
そこへ行くとわかります。
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111. Re: お知らせ「丹生川上神社の鎮魂祭」 佐藤修  2002/08/09 (金) 07:29
宮部さん
ホームページみました。
ここがダムに沈むとは信じられない話ですね。
もう決定なのですね。

25日の用件をキャンセルできれば参加したいと思いましたが、ちょっと無理そうです。
ふじみ湖もそうですが、こうしたことが各地で起こっているのでしょうね。
それらをもっと「見えるかたち」にしていけないものでしょうか。

25日は自宅で夜、鎮魂祭に参加します。

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110. 訂正 濱西栄司 [URL]  2002/08/09 (金) 07:27
WAKIさんとは話したことありますが、音楽の話ばかりだった、ということです。m(_ _)m

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109. 鎮魂祭・アンビエント・地域通貨 濱西栄司 [URL]  2002/08/09 (金) 07:25
奈良吉野川流域ですね。行きたいと強く思うのですが、その日は広島に。長屋さんや見内すずえさんにもおあいしてみたいです。宮野さんがおっしゃるとおり、関西でもアンビエント音楽に関する積極的なアーティスト・活動があるのですね。興味深いです。「天空オーケストラ」というバンドとは関係があるのですが。
 それにしても、WAKIさんもビーグッドに参加しておられたとは。おどろきです。>野中さん。彼とあったときはほとんど活動・実践には関心がなかったので、話す機会もありませんでした。今おもうととてもざんねんです。また彼のメールアドレスをPCクラッシュで失ってしまっている状況なのです。どなたかご存知の方おられましたらおしえてください。
9/7にビーグッドカフェ大阪があり、ライブとは別に『地域通貨』についての話をすることになりました。一応、仲間内では「FEW」というCODEhttp://www.code-re.com/が宣伝している地域通貨を使用しているのですが、なにしろはじめたばかりで・・。地域通貨・・・その問題点をどんどんあげられたらいいなと思っています。

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108. お知らせ「丹生川上神社の鎮魂祭」 宮部浩司 [URL]  2002/08/09 (金) 00:02
初めまして、宮部と申します。
関西のアンビエントシーンで活躍している長屋和哉のアルバムのジャケットデザインをしています。
彼が活動の拠点としている、奈良県吉野郡川上村の吉野川流域がいよいよ今年ダムに沈むことになります。川上村は、後南朝最後の天皇、自天皇の御所があった地であり、ここで最期を遂げられました。
そして、水底に沈む地域に丹生川上神社があります。古事記にも記述されている(たぶん?)由緒正しき神社で、移転のために取り壊した際、縄文時代の斎場が発掘された聖地です。
ここからが本題ですが、ある日、長屋の自宅の電話に見内すずえさんという漫画家から突然電話がかかってきて、丹生川上神社跡地で、鎮魂祭をやるので龍村仁氏と共に発起人になってくれと言われたそうです。なんでも彼女がここに詣でた時に白竜が現れ、御神託を授かったそうなのです。
というわけで、途中をはしょりますが、8月25日に鎮魂祭を執り行うそうなので、興味のある方は、行ってみるのもいいかもしれません。
詳しくは、www.ame-ambient.comをご覧下さい。

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107. うどん 野中邦彦  2002/08/07 (水) 20:58
宮野さま

いえいえ、「四国の旅・青春編」はまったくのプライベートです。
まさに農家で出しているようなうどんを食べに行ってきます。
こんな仕事をしていてなんですが、
私もうどんや蕎麦を必要以上に持ち上げる風潮は嫌いです。
せいろ蕎麦が1000円もする時代になったのは、
元々ある老舗の営業戦略だったと聞いていますが、
我々にも大きな責任があるのは確かですね。

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106. 野趣 宮野義昭 [URL]  2002/08/07 (水) 20:15
野中様

ごく短期間の滞在のようなので、どのあたりを取材されるのかわかりませんので、具体的な店の名前を出すのは控えさせていただきます。ただ、街中の料亭風の小奇麗な店よりも、農家が近隣の人たちにふるまうことから始まった納屋や土蔵を改造した店や、
街道沿いのトラックやタクシーの運転手達が集まる大衆食堂に、安くておいしいお店が多いようです。タクシーの運転手さんにその旨伝えれば、案内してしただけるのではないでしょうか。
個人的には「うどん」が高級料理化するのは、あまり感心しません。庶民の食べ物であってほしいと思います。駄菓子感覚で手軽に食べて育ったせいなのかもしれまんが・・・

黒岩様

金沢の件、地元の歴史家が、一向一揆を弾圧しに来た侵略者を英雄視すべきではないと抵抗したようですが、全国的なメディアにのっかかることの方が優先されたようですね。その話をきいて、一時的な観光収入のために、地域の文化が破壊されてしまうのは、よそ者ながら心痛む思いがしました。

濱西栄司様、はじめまして

関西のアンビエント・シーンには、大御所である梨木良成さんをはじめとして、長屋和哉・AUBE(中嶋昭文)・小川泰典といった個性豊かな方々が大勢おられますね。東京のクラブシーンだと、どうしてもリズムのきついダンス系が主流なので、うらやましい限りです。
そちらのサイトにも訪問させていただきます。

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105. つながるものですね 野中邦彦  2002/08/07 (水) 10:36
濱西さま

はじめまして。
そういえばWAKI氏も「BE GOOD CAFE」のイベントに参加していました。私も非常に行きたかったのですが、予定があってダメだったんです。大阪での活動、がんばってください。

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104. もろもろ 野中邦彦  2002/08/07 (水) 03:35
宮野さま

なんと奇遇です。
今月10日から「讃岐うどん詣で」に旅立ちます。
「うまひゃひゃさぬきうどん」という隠れたベストセラー本をもとに、
店巡りのコースを楽しく考えています。
絶対に立ち寄るべき店など教えていただけると嬉しいです。
とはいえ香川は初日だけで、
徳島、日和佐、中村、道後を巡る「四国周遊青春旅行」です。
いまだ徳島の宿がとれていません……。
ペルセウス座流星群を見ながら、露天というのも……。

「旨い蕎麦」というのは非常に個人差があると思っていますが、
私は飯田(現在は移転)で食べた「丸富」という店が抜群でした。
修さんご紹介の「ソバリエ」、面白そうですね。
仕事とは別になりますが、是非お話を伺いたいです。

黒岩さま

金沢のエピソードが象徴するようなことは、
この国のいたる所で目にしますね。
少しニュアンスは違いますが、
小雨のなか1時間かけて青葉城まで歩き、
辿りついた場所にゲームセンターがあった時は、
本当に泣きたくなりました。
自らの歴史的遺産を食い潰している限り、地方の自立はあり得ません。

「民草の歴史」は、
近年さまざまな学問分野で見直されているようですが、
研究材料の匿名性などから、立証するのに大変な労力を要すため、
論文数がモノをいう現在の学術界には馴染まないのでしょうね。
民間伝承や郷土史家の成果は、
司馬さんや五木さんのような方の努力がなければ
本当に陽の目を見ずに消えていくのかもしれません。

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103. はじめまして 濱西栄司 [URL]  2002/08/07 (水) 03:18
 はじめまして。大阪で音楽活動をしている大阪府立大学修士一回生の濱西栄司ともうします。佐藤さんからの紹介でこちらによらせていただきました。環境負荷の少ないクラブイベントを企画したり、Begoodfcafeという環境イベントの大阪でのライブブッキングを担当したりしています。
 またよらせていただきます。

> 野中さん宮野さん

 ラブバーガーレコーズのWAKIさんとは、いっしょにイベントに出演したことがあります。その後も少しメール交換をしました。話題にあがっていて、しかもつながりがあることがわかりおどろきました。

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102. 知られざる日本 Kuroiwa  2002/08/06 (火) 19:53
野中さま、宮野さま、返信ありがとうございました。
宮野さんとは一度、湯島サロンでお目にかかったことがあったと思います。

『日本人のこころ』は、今6巻が書店に並んでいます。総集編なので、目次をご覧になっていただければ、ずいぶん欲張った内容を盛り込んだシリーズだ、ということがわかっていただけると思います。

個人的には、南九州の「隠れ念仏」と「カヤカベ」教徒、東北の「隠し念仏」の秘められた物語や、中国山地に生き続けてきた幻の漂泊民「サンカ」、船の上で一生を過ごすという瀬戸内海の「家船」漁民の人々、江戸の被差別民の王だった「弾左衛門」の話などは、特に刺激的でした。本当に、日本のことを何も知らないなあと痛感させられました。

東京一極集中の日本では、地方に残っている独自の文化などは、次第に忘れられていくのかもしれません。また、「歴史」はあくまでも権力者の側から書かれるものですから、民草の歴史などはどんどん消され、忘れられていってしまうのでしょう。
3巻に出てきますが、今NHKの大河ドラマ「利家とまつ」に沸く金沢では、昨年取材に行ってみると、数年前まであった一向一揆のモニュメントがきれいに撤去されていて、一同唖然としました。利家が外から来る前の金沢の街の、100年にもわたる一向一揆の「百姓の持ちたる国」としての繁栄やその成立は、いっさい消してしまおうとするかのようでした。

そういうものも、こうして文字にしておくことで、誰かが読んでくれるのではないかと期待しつつ、昨年6月から今年の7月までで6冊の単行本を作る、という強行スケジュールでやってきました。そのおかげで、得るものは非常に多かったと思います。

今回のシリーズは最初から五木さん単独で進めたもので、宮野さんがお名前を挙げていた方々は関係していません。被差別部落のことなどデリケートな要素も含むテーマも、大胆に取り上げたい、ということが当初からありました。そして、学問的にどうこうではなく、あくまでも「史実」ではなく「史想」だ、と五木さんは1巻のあとがきで書いています。

野中さんの「地方に眠るエトスを掘り起こして光をあて、美しい写真(と文章)で切りとってしまおう」という構想には非常に共鳴します。これほど未知なる日本、知られざる日本があることを、日本人自身が改めて知ってほしい、と願っています。


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101. 『日本人のこころ』 宮野義昭 [URL]  2002/08/06 (火) 09:38
野中様、返信が送れて申し訳ありませんでした。

「太陽」の休刊、大変残念に思った一人です。「エスクワイア」「クレア」等は時々手に取りますので、これから注意しながら読むことにしましょう。
「オブラ」の蕎麦特集も楽しみです。香川県出身なのでうどんのうまいのならいくらでも知っておりますが、蕎麦の極上品にはまだ出会ったことがありません。せめて紙面だけでも拝見させていただきます。

黒岩様、はじめまして

五木寛之さんの日本論、いつも興味深く拝見させていただいております。以前NHKで「日本人のこころ」という番組が祝日の朝放送されており、そこにもよく五木さんは登場されておられました。確かその番組を再構成した本が、角川書店から『日本人のこころ』というタイトルで出ていたと思います。今回の6冊ものには、角川版に参加していた田中優子・小松和彦・松岡正剛といった方々は関わっておられるのでしょうか?
「公の歴史」には記されることのない、日本人の多様な習俗・エトスを探り当てる五木さんの確かな手腕には敬服しております。

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100. ソバリエ 佐藤修  2002/08/06 (火) 07:36
野中さんへの返信です。

そばの話を聞いていましたが、お話しするのを忘れていました。
山形市に「ソバリエ」という活動をしているグループがあります。
ソムリエではなく、ソバリエです。
私はこれまで食べたそばでは山形市が一番ですが、そこでそばに取り組んでいる人たちです。このホームページの読者にもその仲間がいますが、もしこれを読んだら投稿して下さい。
それはそれとして、この活動は面白いです。
長野との競い合いの場もあったとお聞きしました。
取材されませんか。

それと山形市の若者たちが東京にも出店しているようです。

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98. 『日本人のこころ』 野中邦彦  2002/08/06 (火) 03:43
黒岩さま、メッセージありがとうございます。

そうでしたか、『日本人のこころ』を担当されたのですね。
私は最近、「エトス」という言葉が気になっています。
辞書で「エスニック」を調べていて、偶然見つけました。
大まかな意味は
「1つの集団、文化の基盤にある特質的・伝統的な気風」
だそうで、
「通例集団の構成員はエトスの存在を意識しない。エトスは風俗・慣習・価値判断となって現れる」
とあります。
『日本人のこころ』は、このエトスを顕在化させる
ひとつの試みなのではないかと、つい先ほど気づきました。
まだ未読ですので、がんばって読んでみます。

余談ですが、私がインキュベーションハウスで企画している
フリーペーパーは、地方に眠るエトスを掘り起こして光をあて、
美しい写真(と文章)で切りとってしまおうというものです。
これらは来るべき地方分権時代のコア・コンテンツとして
地域に誇りと活力をもたらすハズ、という考え方です。

「オブラ」に関してですが、実は私、今回が初仕事です。
9月26日売の号にて蕎麦特集があり、
各界そば好き著名人と一緒にオススメの蕎麦屋に行くという、
なんとも呑気な仕事です。
太陽時代に蕎麦特集を担当したことがあり、
お鉢が回ってきた次第です。

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97. 「オブラ」の名前を見て Kuroiwa  2002/08/05 (月) 14:09
野中さんのメッセージを拝見して、「オブラ」にも関わっていらっしゃると知ったので、ひとこと書き込みます。

講談社から五木寛之さんが『日本人のこころ』というシリーズを昨年から出されていて、7月に第6巻が出て完結しました。私はその構成・編集を担当していたのですが、五木さんが「オブラ」誌にも「日本人のこころ・取材ノート」を連載したため、「オブラ」のスタッフとも一緒に仕事をしました。
初代編集長の竹内さん(今は別の部署に異動)、現副編集長の灘家さんなどとは、五木さんの同行して一緒に地方取材をしました。

「オブラ」は毎号見ていますので、お書きになった記事などぜひ教えてください。  黒岩比佐子

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96. 違うかもしれません 野中邦彦  2002/08/05 (月) 12:23
宮野さま

もしかしたらWAKI違いかもしれません。
自身のレーベル(LOVEBURGER RECORDS)から
数枚のCDを出していますが、『tokyo quiet』というのは
なかったように思います。
彼はクラフトワークに強い影響を受けており、
インプロビゼーションを主体としたライブ活動に定評があります。
私はそれほど詳しくないのですが、
精神世界系にもオモシロ半分で片足置きつつ、
フィロソフィとしては、
かなり理論化された脱構築を志向しているようです。
宮野さんの「都市ノイズ的な環境音と批判肯定的な関係を構築しようとするアンビエント・ミュージック」という説明に近いものを
感じていますが、私の頭では詳しく理解できません。すみません。
彼も長く一匹狼でやってきましたが、
ようやく周囲の評価が定まってきており、仲間も増えてきたようです。
彼のサイトへのリンクが切れているようなので、
再度記載しておきます。
http://www2.neweb.ne.jp/wd/loveburger/index.htm

私の方はたいしたことはしておりません。
太陽という雑誌の編集部にいましたが、
リストラ後はフリーで様々な雑誌に関わっています。
最近は「HEAT」という雑誌の創刊に関わった他、
「一個人」「オブラ」「エスクワイア」「クレア」などの
編集・取材に携わっています。
またインキュベーションハウスでフリーペーパーの事業を提案中です。
社内の寄り合いで承認後、動き始める予定です。

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95. アンビエント 宮野義昭 [URL]  2002/08/05 (月) 09:19
野中邦彦様、はじめまして。
WAKIというのは『tokyo quiet』というCDを出されている方でしょうか?
それなら友人の所で夢見心地で聴いたことがあります。
(テクノ系は同じ綴りの大文字・小文字違いのユニットが多いので、もし間違っていたらごめんなさい)

自分のHPの「環境音楽の5つの顔」という文章にも書きましたが、アンビエントというジャンルは、アート志向の音響実験派から怪しげなオカルト・超能力系までが、似たようなサウンドを奏でながら分断されている奇妙なジャンルです。私はどこにも属さないで活動している一匹狼みたいな存在なのですが、HP開設をきっかけにもっと世の中の音楽の動向と関わっていこうと考え始めております。

もしよろしければ、野中様の関わっている雑誌・書籍など紹介していただければ幸いです。

PS 私のこと「謎の人」みたいに紹介されておりましたので、構築中のまま中断しておりますが、本業の方のHPを紹介しておきます。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/3146/index.htm

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94. 音楽 野中邦彦  2002/08/04 (日) 22:13
宮野さま、はじめまして。
私はインキュベーションハウスなどで佐藤さんとご一緒している
野中というものです。雑誌編集等をやっております。

音楽活動をされているとのことで、早速試聴させていただきました。
私の友人の兄が、やはりアンビエントをやっています。
WAKIという名前で、最近ドイツのレーベルからもCDを出しました。
彼も面白い人ですので、一度HPでもご覧になってください。
http://www2.neweb.ne.jp/wd/loveburger/index.htm/

失礼しました。

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93. お久しぶりです 宮野義昭 [URL]  2002/08/04 (日) 12:44
佐藤修様、大変ご無沙汰しております。アンビエント・ミュージック・デザイナーの宮野です。まだ二回しかお会いしていないのに、いろいろ気を遣っていただいてありがとうございます。
リンクの件、以前から申し出を受けていたのにそのままにして、大変申し訳ありませんでした。「都市ノイズ的な環境音と批判肯定的な関係を構築しようとするアンビエント・ミュージック・デザイナーのサイト」と紹介していただければ幸いです。
こちらからのリンクは、もう少しサイト運営に慣れてから一括してリンク・コーナーを設ける時に、そうさせていただければと思います。
若輩者ですが、今後ともよろしくお願いします。

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92. Re: どなたか助けてください!!〜その2〜 ゆう  2002/08/03 (土) 00:10
はじめまして、直接的にお役に立てそうもありませんが
あんしんドクター情報というホームページがあります。
http://doctor.nhk-jn.com/
協力していただける機関があるかもしれませんのぞいてみては
いかがですか?

*佐藤さん、ご無沙汰しています。。。(汗)

★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★
チャレンジドの能力―その可能性を求めて
「ふぁっとえばー」Producer 寺沢 祐一
★☆☆☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆☆☆☆★

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91. Re: 文学の滅び方 佐藤修  2002/08/01 (木) 13:56
このメールを読むと、私と柴崎さんが文学論争をしているように勘違いされそうなので、一言、弁明です。

先日のオープンサロンで、文学部に関する議論がありました。
甲南大学の中島先生がとてもわかりやすいお話をしてくださったのです。それに柴崎さんも呼応して、いつもになく、かみ合った議論で(いつもなかなかかみ合わないのですが)お話をされました。その延長で柴崎さんからメールが来まして、私ではなかなか受け止められないので、ここに投稿してもらいました。

柴崎さんは吉本隆明のホームページも主宰していますし、メーリングリストもやっています。議論が難解なのが玉に瑕、いや特徴ですが、彼は真剣に考えています。誰か議論を受けてやって下さい。
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90. 文学の滅び方 柴崎明 [URL]  2002/07/29 (月) 20:47
佐藤さんに送ったメールを投稿しないかと言われましたので書き込みいたしました。

 国語自体が国家の強制であり、文学は正当な言語使用を教え込むための見本として国家のイデオロギー装置であるというのが(あくまで)左翼思想としては簡単ですっきりしていると思いますが、植民地への抑圧や女性蔑視の歴史を見てそこに善意をからませて触れれば良い(アメリカのカルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアルーアメリカの文芸
批評家サイード/エジプト人やスピヴァク/インド人その他/それ自体はマルクス主義文芸批評とフェミニズム文芸批評の理論による)

というのは、それ自体アメリカの考え「概念図式」の輸入なのだから「現実そのもの」ではありません。輸入学問の伝統の一部なのです。「日本」の文学部の正当化「現実の問題」にはなりません。(これまでの大学の海外文学学者のやり方の再生産に過ぎないし、それで良いというならわかりますが。)比較文学的に日本語の問題をやるべきではないか。
吉本は折口や時枝等参照してそれをやっているのです。(折口に日本と沖縄の語族の比較という論文があります。)

テリー・イーグルトンという米のマルクス主義文芸批評家の[文学とは何か」という邦訳が文学部という奇妙な学部そのものの成立過程の事情の解説にてごろで上記のような最近の議論の成立事情にまで触れていると思います。

柴崎明

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89. どなたか助けてください!!〜その2〜 碇 朋子 [URL]  2002/07/28 (日) 18:13
[↑の続きです・・・長文のため、分割しました]

 なぜ、こういう研究をしているのかという背景につきましては、
 医療サービスの市場をめぐる関係が、例えば医師の過剰や
 医療法の改正等で激変する状況の中、患者である消費者との
 長期継続的関係を志向するような「関係性構築」のマーケが
 医療機関に求められる中で、どういう広告・広報がそれに
 貢献するのかを、実証的に探って行きたいという問題意識から
 です。

予定していたフィールドがダメになってから、
今まで、自分でも、自分の知り合いの範囲内で、
地方公共団体の母子保健の関係部署にコネがある方や、
地域保健学や医学の研究者・実務家などの知り合いに、
打診をしましたが、どれも結果的にはNGになってしまいました。

もちろん、相手先には、ご迷惑をおかけしません。
例えば、ご協力いただける産科や婦人科等をご紹介頂ければ、
私がずっと待機して、対象者に調査票に記入して頂く等の
実作業も全てやります。

またご協力いただける医療機関等が「こういうこともついでに
調査票で聞いてほしい」という質問項目がございましたら、
その質問項目も調査票に盛り込み、調査ご協力の御礼として、
統計的な分析や提言も、私がやらせて頂きます。

というこで長くなりましたが、ご協力いただける可能性のある
医療機関や地方公共団体等の組織・部署・個人等をお知りの方、
是非お知恵をお貸し頂ければ幸いですm(__)m

宜しくお願いいたします!!

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88. どなたか助けてください!!〜その1〜 碇 朋子 [URL]  2002/07/28 (日) 18:13
碇@静岡県立大です。・・・もぉ、熱海はすっかり夏です(^^)

ところで、今日は、どなたか、私にお力を貸して下さる方が
いらっしゃれば、本当に助かるのですが・・・ということで、
こちらに書き込みさせて頂きます。

今、私は研究上のことで、大変困っていることがあります。
結論から申し上げると、私が今取り組んでいるある調査研究の、
調査予定だったフィールドの使用が、事情によりNGになり、
代替フィールドを、いろいろ手を尽くして探しているのですが、
見つからないのです。

この研究は、ある財団や学会の研究助成を受けていることから、
その義務である中間報告や最終報告の期限が迫っており、
私も大変あせっております。
・・・何がなんでも、調査を実行しなくてはならないのです。

研究の内容は、消費者(=患者)の産科選択の意思決定における
広告・広報の役割についてというものであり、
調査対象として必要なのは、ここ1年間くらいの間に、妊娠・
出産を経験したお母さんたちです。
(標本数は、できれば100人くらいは欲しいのですが、
 緊急事態なので、この際、数にはあまりこだわりません。)

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87. ありがとうございました Kuroiwa  2002/07/21 (日) 15:33
前回のお願いメールに反響があって、いろいろアドバイスをいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。
ロシア語の手紙を読む件は、とりあえず引き受けてくださった方がいらっしゃいますので、明るい見通しが立ちました。
本当にありがとうございました。

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86. ロシア語に堪能な人を探しています Kuroiwa  2002/07/18 (木) 00:14
佐藤さん、皆さん、いつもと違って人探しのご協力のお願いです。
約100年前にロシア人が日本人に出した手紙があります。ロシア語で、しかも筆記体で書かれています。何とかしてそれを読みたいと思うのですが、どうするのが一番いいのかわかりません(私は全然ロシア語が読めません)。どなたかお知恵を貸してくださいませんか?
その手紙は1904年の日露戦争で捕虜になったロシアの将校が書いたもので、静岡にあった捕虜収容所から投函されています。彼を自宅に招いて奥さんの手料理でもてなしたある日本人への感謝の手紙だ、ということはわかっています。こんな交流があったということ自体、知られていないでしょうし、面白いと思っているのですが……。
ロシア語自体も昔のものでしょうから、なかなか読みづらいのではないかと思います。どなたかロシア通のかたはいらっしゃいませんか?

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84. Re: サンチャゴ巡礼(の一部)を体験しました。 佐藤修  2002/07/17 (水) 16:10
鈴木さん
実は還暦は昨年なのです。
まあ、それはともかく。

とてもいい旅をしてきたようで何よりです。
鈴木さんの紀行記のファンとして、ぜひサンチャゴで出会った人たちの話を読ませてもらいたいですね。

それにしても、なぜ
人は歩くのでしょうか。

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83. Re^2: ふじみ湖 佐藤修  2002/07/17 (水) 15:59
sayaさん

> これから夏休みですので、ふじみ湖周辺でも更なるイベントを考えています。HPでも告知していきますので、
> みなさまも良かったらゼヒゼヒご参加ください。

もしイベントをやるときは、私のホームページでも案内させてもらえませんか。
ふじみ湖の歴史も是非残したいですね。

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82. サンチャゴ巡礼(の一部)を体験しました。 鈴木 章弘  2002/07/17 (水) 11:39
佐藤さんのホームページでもときどき触れられているスペインのサンチャゴ巡礼に行ってきました。といっても時間の制約があり、歩いたのは初めの3分の1(約280キロ)。大聖堂で知られるブルゴスという町で中断して帰ってきました。

何の情報も持たずに行って結果的には正解でした。まわりに頼るしかないのでいろんな人に話を聞き、助けられました。歩いているあいだにいちばん使ったスペイン語の単語は「グラシアス」=ありがとうでしょう。次は「カフェコンレチェ」=ミルクコーヒーかな???


いっしょにスタートしたイタリアのおじさんやアイルランド青年はいまごろどこを歩いているのだろう。しばらくはそんな思いに浸ってしまいそうです。

60歳以上の人もたくさん歩いていました。今年還暦の佐藤さん、遅くありません! 歩くのは楽しいですよ!

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80. Re: ふじみ湖 saya [URL]  2002/07/16 (火) 00:57
佐藤様&皆様

> 遅くなりましたが、ふじみ湖に関しての
>テレビ報道番組を見ました。

ありがとうございます!

その後、県や市は「偏った報道だ」という発表をしましたが、
きちんと取材の申し入れはしているのです。
仮にも、この計画は茨城県のモデル事業とされています。
どういう形であれ、説明がなかったのは残念な事です。

> sayaさんたちが取っている、
>まずは多くの人に知ってもらうという行動の意味が、
>あのテレビをみて良くわかりました。

ふじみ湖は、処分場反対という以前の事だと思うのですが
いかがでしょうか?
結局いつも思うのは、なぜあんなすばらしい水源の上に?
という事です。

> ところで、あの入り口というか
>出口の湿原地域には自由に入れないのですか。
>総合学習などで子どもたちを巻き込めませんか。

湖畔と湿地部分は残念ながら私有地となっているのです。
ただ、今までは学校でも危険地域として
立ち入りを厳重に注意していたらしいのですが
最近は近所の学校の先生方が、
総合学習でとりあげてくれるまでになったようです。
これから夏休みですので、ふじみ湖周辺でも更なるイベントを考えています。HPでも告知していきますので、
みなさまも良かったらゼヒゼヒご参加ください!

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79. ふじみ湖 佐藤修  2002/07/14 (日) 11:08
sayaさん

遅くなりましたが、ふじみ湖に関してのテレビ報道番組を見ました。
再び腹立たしさが高まりました。
しかし、それにしても、茨城県と笠間市の行政は、あまりにひどいですね。
笠間市と茨城県の市民や県民の問題でもあると思いますが、それにしてもひどい。日本語がわかっていないですね。
sayaさんたちが取っている、まずは多くの人に知ってもらうという行動の意味が、あのテレビをみて良くわかりました。

ところで、あの入り口というか出口の湿原地域には自由に入れないのですか。総合学習などで子どもたちを巻き込めませんか。

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78. Re: 福岡のファンより 佐藤修  2002/07/14 (日) 10:57
黒岩さん
元気の半分は北九州市からもらってきました。
すみません。北九州市は「福岡」ではないですよね。

8月にまた福岡に行く予定です。
ちょっと仕事を離れて、少し町を見てくる予定ですが、まあ、時間が取れるかどうか不安です。

熊本で食に関する面白い話もたくさん聞いてきました。
九州は深いですね。

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77. 福岡のファンより Kuroiwa  2002/07/14 (日) 09:59
佐藤さん、手帳も見つかり、元気も回復中とのこと、本当に良かったですね。福岡が元気の源になったようなので、かつて6年半も福岡市に住んでいた私としては、ふるさとをほめられたようにうれしいです。
もし、福岡のパワー(というか博多のパワー。福岡と博多の違いというのは微妙なものがありますが)を本当に感じたいということでしたら、有名な「博多山笠」という夏祭りを見なければなりません。これを見ずして、博多人のことはわかったとはいえない、と私は思っています。あの迫力には本当に凄いです。
ぜひ、機会を作って、一度見に行ってください!

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76. 元気が回復中です 佐藤修  2002/07/13 (土) 09:48
最近ご投稿いただいた皆様
感謝感激です。
そして、今、元気回復中です。
昨夜、6日間ぶりに自宅に戻りました。
九州でたくさんの元気をもらってきたのです。

その上、手帳が出てきたのです。
何のことは、近くの印刷会社に印刷を頼みに行ったのですが、そこのご夫妻と話しているうちに(個人経営の会社で、ご夫妻は高崎から出てくるのです)ついつい話しこんで手帳などをおいてきたのです。それに気づかれた奥さんから電話がありました。いやはや。

九州ではいつもの事ながら、100人を超える人との出会いがありました。現場に近い人と話すと元気が出てくるのはなぜでしょうか。

これから最近更新が中途半端だったこのホームページに急いで書き込みます。来週くらいからまた以前のベースに戻れると思います。
大嶽さんほどの元気にはなかなか届きませんが、元気も回復中です。

ありがとうございました。

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75. HP拝見しました。 おおたけ かずみ [URL]  2002/07/10 (水) 17:20
佐藤さま

HPじっくり拝見しました。

あらためて、佐藤さんの活動の広さ・情熱にビックリしています。

いよいよ、美野里町の「みの〜れ」もスタート間近ですね。

「みの〜れ」のロゴも採用がきまり、また、「町民BIRD」「BIRD美術館」

「BIRDモニュメント」「タイムカプセル」「ミュージカルBIRDTシャツ」

などなど、また、「キャトル・セゾン」ロゴも担当させていただき、アプリケーション

展開(美野里野菜パンフレット提案とか)に進んでいます。

さて、ご存じのBIRDワークショップは、21世紀こそふさわしい(おおげさデス)

プロセス・コラボレーションをべースにしたコミュニケーション・メソッドとして

推進したいと思っています。[BIRD]というモチーフから、いろいろ広がりを

見せてきました。佐藤さんからは、もっと多くの刺激をいただければと思っています。

また、大学広報のVI・CIや広告制作の仕事とワークショップの活動を、独立して

推進してゆくことにしました。やや、リベラルな環境で、いままでの仕事をふりかえり

あたらしい創作活動をしてゆきます。(リクルートは在籍28年で
した。)

ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします。   


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−--------------------------------------------
大嶽 一省(Ohtake Kazumi)        166-0001 東京都杉並区阿佐谷北6-43-1
携帯.090-8857-7792(メール同)    Tel.03-3338-8004(Fax同)
e.mail-0117110911@jcom.home.ne.jp   ●BIRDホームページ http://www.jampress.com/bird-kiss/


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74. 元気を出してください。 PAL & MIHO's PAPA  2002/07/08 (月) 08:46
佐藤さん、早く元気を出してください。私は、面倒ですが、手帳を二つにしています。持ち歩かない手帳(予定表)を家に置いて。少々忘れても、たどれる範囲が狭くなりますから。幸い、財布などは落としたり、忘れたことがありますが、手帳はまだないのです。デモ気をつけないと。物覚えが悪くなったせいで、その分、物忘れがずいぶんよくなりすぎていますから。

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73. リスク分散? ごま@熱海 [URL]  2002/07/07 (日) 02:03
ごま@熱海です。

大変でしたね・・・手帳なくされたとのこと。

私も、経験あります。・・・大ショック、お察しいたします(^^;)
こないだのHPと同様、経験者として、とても、
お気持ち、わかります。

・・・で、万が一のそういう時のリスクを分散する策について、
釈迦に説法かも知れませんが(^^;)、
・・・やはり、予定に関しても、手帳以外の別な媒体に、
リアルタイムでバックアップとっておいたほうが、
らくだと思います〜
(例えば、PDAとかに。)

・・・ほんと、万が一のためのリスク分散ですが、
そういう際には、ほんと、命拾いします(^^;)〜

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72. Re: 参考までに 佐藤修  2002/07/05 (金) 07:27
sayaさん
情報ありがとうございます。

ふじみ湖は残念ながら全くといっていいほど知られていませんね。
7日のテレビで状況が変わるといいですね。
最近は会う人ごとに話をしています。
こんどのホームページの写真はとてもいいですね。

7月の20日まではほとんど東京にいませんが、下旬からは少し落ち着きます。
また連絡させていただきます。

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71. 参考までに saya [URL]  2002/07/05 (金) 00:07
以前、茨城県笠間市の「ふじみ湖」の書き込みをさせていただきました。今週末、7月7日(日)のTBSお昼の1時からの番組で、ふじみ湖のがとりあげられる事になりました。
どのような形で伝えられるのかは、見てみないと分かりませんが、撮影の段階では、日数をかけてじっくり取材をしていってくれましたので、いろいろな状況が分かりやすいように編集されている事と思います。皆さま、なかなかお時間がなくて、現地を訪れるのは大変かと思いますので、こちらの番組を見ていただければ、何かの参考になるかもしれません。まずはご報告まで。

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70. 恐ろしい面もありましたが PAL & MIHO's PAPA  2002/07/03 (水) 15:44
 ご指摘ありがとうございます。たしかに一種の恐怖感はありました。何百万という人が街路に集まり、秩序正しく行動するということですから。私が参加した市庁前は、以前滞在していた頃(86年末〜89年中葉)は民主化闘争の場でもあり、学生・労働者・市民と機動隊が投石と催涙弾で激しく渡り合ったところでもあります。今回その場は若者で占められていたものの、かってのように機動隊や近くのアメリカ大使館、日本大使館への抵抗のための石や火炎瓶ではなく、競技場で最後まで諦めずにボールを追いかける同じ若者の選手たちの不屈の闘魂への共感と賛美で充ちていました。
 マスコミや特に政府は後追いで、ようやく追いついたのは準決勝進出を決めたスペインとの試合以降のように思われます。政治家やマスコミ、そして経済界も、何とかこれをとあわてて後追いしたような感じを強くもっています。もっともそれでもリスクであることには変わりはないのですが。
 テレビや新聞などでは赤一色という印象でしたが、ひとり一人は、とても個性的で、自由闊達なファッションや行動でした。太極旗をワンピースにしたり、スカートにしたり、マントにしたりと。ペインティングも思い思いでした。自発性とこれだけの個性があれば、新しい共同体へのひとつの動きとして十分に評価できるようには思っています。
 経済界が「ワールドカップ4強から経済4強へ」とマスコミ等を通じてさかんに呼びかけています。大いなる自信を持ったことは確かですが、このような呼びかけにはきわめて冷静です。もう少し、見つめてみないといけませんが。でも歴史をもう一度冷静に振り返ってみることも大切とは思っています。

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68. Re: 若者と疲れきった壮年男性の話 佐藤修  2002/07/02 (火) 07:33
佐々木さん
「大〜韓民国」とコールしている姿が目に浮かびます。
韓国はすごかったですね。気持ちは良くわかります。今回、私は韓国と日本のつながりを改めて実感しました。理屈ではなく、身体が覚えているのかもしれませんね。

ワールドカップ現象は確かに不思議な現象でした。場のパワーですね。
一昨日のコムケアフォーラムのパネルトークでも、パネリストの池本さんがマスコミのパワーという視点からワールドカップ現象の話を提起していました。かくいう私も、最初はニュース時間にまでサッカー中継が入るので腹だたしい気分でしたが、だんだんそれを見てしまうようになっていました。

昔、イベントオリエンティド・マネジメントというのを経営雑誌に書いたことがあります。イベントに参加することで、意識や行動が変わる人やチームをよく体験します。イベントの効用と恐ろしさは面白いテーマですね。

最近、しかし、私は少しいやな気分も感じています。何か昔、こんなことがあったような気がしてなりません。
ローマ時代、ナチス時代、いや、少し前の日本の高度成長時代。
昔読んだシュトゥルタールの「ヨーロッパ労働運動に悲劇」を書庫から引っ張り出してきて読み直しています。
これが私のワールドカップ観戦で変化したことです。

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67. 若者と疲れきった壮年男性の話 PAL & MIHO's PAPA  2002/07/02 (火) 00:12
 佐藤さん、若者と疲れきった壮年男性の話です。
儒教精神が社会の隅々にまで残る韓国は、地下鉄やバスで白髪頭の私が立っていると、よく席を譲ってくれます。「大丈夫!」といったんは断るのですが、持病の腰痛を慮りつい座ってしまいます。その私が、ワールドカップでは、韓国の赤色熱気に完全に染まり、にわかファンになりました。これまでスポーツ観戦は、親孝行のための父といっしょに1度野球場に行っただけで、テレビで見ることもまったくありませんでした(ずっとテレビがなかったせいもありますが)。その私が、自宅でのテレビ応援、街角での赤い悪魔たちに混じっての応援、日韓合同応援、競技場での応援(韓国最後の勝利!)。ただ、食事をしながらの応援はまだでした。
 友人と、韓国とトルコとの3位決定戦を、テラス・レストランで食事をしながら応援しました。といっても路地裏の食堂で、道端にドラム缶を改造したようなテーブルを出してだけのもの。焼肉とキムチと焼酎での応援です。
 横浜行きを賭けたドイツとの試合で精根尽き果てたのか、応援にも盛り上がりが欠けている感じでした。若者は、光化門・市庁前などに行ってしまっているからかもしれないのですが、私より若い世代にも、「ここまで来たんだ、もう充分だ」という気持ちが濃厚に漂っている感じでした。
 にわかファンの私としては、ワールドカップ最後の韓国応援。店で食事をしている人は50人ぐらい。点を入れられて「アー」とため息をついているだけ。店の娘さん(高校生)にコーラをご馳走し、前で「大〜韓民国」「必勝、コリア」の音頭を取るように頼みました。私からいちばん遠い端の若い女性が少しずつ乗ってきて「大〜韓民国」をいっしょに叫ぶようになりました。
年甲斐もなく我を忘れて、発音も正確でない韓国語で、「今日が最後、もっと元気に応援しよう」と呼びかけ、自ら立って「大〜韓民国」の音頭とり。その途端に、ゴール!声も出さずに食べてた人も、ようやくに応援に参加。端のアガシ(お嬢さん)と声を掛け合って、チア・アズシ(おじさん)を勤めました。今回は、喉が渇けば冷えた焼酎があり、いくら頑張っても大丈夫と大いに張り切りました。残念ながら4位にとどまりましたが、よくやったと思います。このような経験をすることはもうないのではと、寂しさがありますが、新しいことも学べたように思います。少しずつ、整理をしようと思っています。

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66. 韓国のワールドカップこぼれ話 PAL & MIHO's PAPA  2002/06/28 (金) 00:07
 ワールドカップに燃える韓国です。新聞に載らないこぼれ話をご紹介します。

@−酔払い取締りと「大〜韓民国」
 「大〜韓民国」は、一躍世界的に有名になりました。ますます厳しくなる酔払い運転の取締りは韓国も同じ。検問に引っ掛かり風船を吹くように言われた男性は、アルコール濃度を下げるため深呼吸をし、大声で「大〜韓民国」と叫びました。取締りの警察官は、思わず「チャチャチャ」と手を打ち鳴らし、いっしょに「大〜韓民国」と叫んでしまったそうです。すぐに苦笑して、行くように手を振ってしまったとのこと。これは友人に聞いた話。
 因みに車の警笛がうるさいとよく喧嘩になるのですが、このところ「大〜韓民国」のリズムで鳴らす人が増え、腹を立てるどころか気分がよくなるとか。これは、MBCのアナウンサーが自らの体験として話していたものです。

A−赤い悪魔応援団
 韓国チームの応援で大活躍した赤い悪魔のリーダーは、元歯医者さん。仕事を辞めて、この応援に専念しているとのこと。コア・メンバーは30人ぐらいですが、彼らが連携をとりあい、みんなに「ごみは自分たちで片付けよう」「秩序ある行動をとろう」など迷惑をかけないように折につけて集まる若者たちに語りかけてきたとのこと。競技場や街の応援が終わったあと、後片付けをする若者をテレビでご覧なったと思いますが、このような努力の積み重ねがあったわけです。メンバーのすべてがボランティアで、16強入りしてからようやく、企業も入場券や交通費などの援助をはじめたそうです。
 このグループ、国から勲章を授与されるとの話です。公職についていただけでもらえる勲章よりよほど価値があると思います。

B−応援疲れと喉の病気
 このところ、熱烈なる応援で喉の痛みを訴える患者が増えているようで、テレビで特集番組を組んでいます。早く直さないと29日の3位決定戦に間に合わないからと。時折手抜きをしてきた私は平気ですが、絶叫に絶叫を重ねてきた人は、さもありなんと同情しています。
 この熱情を、仕事に生かして欲しいという経済界のコメントも何人かの評論家や事務局長談話の形で発表されています。政界は、あまり熱情を傾けてもらうといろいろ出てくるので、ワールドカップ祝賀大会やこの熱気を輸出しようなどとわけの分からない政策?を発表しています。ワールドカップ終了後の政界の動きが注目されますが、涸れ果てた声ではと心配です。

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65. Re: ふじみ湖について 佐藤修  2002/06/23 (日) 10:31
sayaさん
投稿ありがとうございます。
7月になったら訪問させてもらいます。

皆さんもぜひ、ふじみ湖のことを回りに知らせていってください。
私からもまたご報告します。

ふじみ湖についての投稿を歓迎します。

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64. ふじみ湖について saya [URL]  2002/06/22 (土) 23:01
私はふじみ湖プロジェクトYES・HP管理人のsayaと申します。
「ふじみ湖」とは茨城県笠間市にある、湿地を伴った湧水湖です。
詳しい事は、こちらのHPの「ラウンジ」でも取り上げていただいているので、知っている方もいるかもしれませんが、その湖を埋め、関東圏から産廃が運び込まれる最終処分場(ガス化溶鉱炉)が今年の10月につくられる事になっています。
私たちのHPでは「湖を守る事に賛成」という活動しています。湖とその周りの環境を守るために、皆さんの知恵をお借りできれば嬉しい限りです。
以下の川末さんの書き込みにもあるように、地元の方も湖の事や処分場の事を良く知らないのは、私有地であり採石場跡地の危険地帯として立ち入り禁止されていたという事と、最初から「建設する」という前提のもとでしか処分場建設を住民に知らせていない、というポイントがあります。

webページがありますので参考にしてください。
http://homepage3.nifty.com/hujimiko/
そして処分場建設に反対する地元の方のHPも参考になると思います。こちらも良かったら行ってみて下さい。
http://bird.zero.ad.jp/noriko-komatsuzaki/

いろいろ書きましたが、まずは湖を実際に見ていただきたいのです。
首都圏では類を見ない、透き通ったコバルトブルーの湧水湖です。周辺には豊かな里山環境が広がっています。週末を利用して、是非エコツーリズムはいかがでしょうか?ご連絡いただければガイドもできますよ。では、長文にて失礼しました。

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62. Re: それ知ってます! 佐藤修  2002/06/17 (月) 19:29
川末さん
ありがとうございます。

この情報には何人かの反応がありました。問題を見えるような形にしていくということは大切ですね。
来月になったら、私も現地に行ってみる予定です。

ところで、この川末さんは週間記録で時々登場する美野里出版社の若きエースです。今は大学の関係で埼玉県に在住です。
投稿ありがとうございました。

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61. それ知ってます! 川末 圭太  2002/06/17 (月) 18:58
佐藤さんこんにちは

ホームページ見ました。
その池、知ってます。というか地元です。中学校の近くにあるんですよ。(住んでいるのは池野辺なんですが・・)
中学校は、福田地区、飯田地区、大橋地区、池野辺地区からなっていて昔は大池田地区って総称して言っていたのです。池は福田地区にあるのです。
名前があったとは知らなかったですが、なんか元は採石跡地らしく、水深がかなり深いので、近くの子供たちが釣りなどをして遊んでしまい危ないということで知っていました。

そして、産廃のことも前から問題になっていたんですよ。地域住民とかは反対しているんですよ。
だけど、なんだかあまり効果がないとか・・・・
そしてこのような運動がおきていたとは知りませんでした。情報不足ですいません。

いや、佐藤さんからこんなニュースが聞けるとはびっくりしました。地元の人がもっとちゃんとしなくてはいけませんね。これからのことを考えると大きな問題です。このことについてはこれからも、地元住民としてチェックしていきたいと思います。大変重要なニュースありがとうございました。

           

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60. グレートブックスセミナー 佐藤修  2002/06/09 (日) 21:38
半田さんの投稿のグレートブックスセミナーですが、ご関心のある方はぜひ私か半田さんにご連絡下さい。
私もこのプログラムに大きな関心があります。

ところで私の読みたい本は
「沈黙の春」です。

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59. グレートブックスセミナーの件でありがとうございます 半田智久 [URL]  2002/06/09 (日) 09:28
佐藤さん、東京でこの夏から開催を予定しているNeoALEX高等教育研究院+PLAOSによる「ザ・グレート・ブックス・セミナー」の予告を紹介してくださり、ありがとうございました。
 すでに仙台の地で実施中ですが、その手応えを感じ、東京でも実施することにしました。はじめは導入ということで6回とし、サンテグジュペリ、カント、世阿弥、デカルト、キャロル、フロイトの構成ですが、これは助走です。遠方を身ながらとても大きな体系に仕上げてゆく構想です。小さくじっくりと学びはじめ、時が過ぎゆくとともに深遠な学びのなかを自然に歩んでいるような、そういうあたらしき学びの場をつくりたいと願っています。
 手法は現代的、感性とスタイルはポストモダンで理念はクラシックです。どうぞよろしくお願いします。

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58. スキンシップ PAL & MIHO's PAPA  2002/06/07 (金) 18:02
人間もそうですが、特に犬にはスキンシップが大切です。韓国でも犬の番組が少し出てきました。その時、幼い女の子の指示に従っていろいろな芸をするとても賢い犬が紹介されていました。感心したのは、幼い女の子が犬がうまくやるたびに、何をおいてもまず駆け寄って撫ぜて褒めていたことです。わが娘たちも、撫ぜて欲しく催促します。ご飯を全部食べた、お座りができた、待ってができた、と機会を見つけては大げさに褒め、撫ぜてスキンシップをとるようにしています。パルとミホは、交代で私の布団の横で眠ります(夜中に自発的に交代するようです)

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57. Re: 犬も笑います 佐藤修  2002/06/06 (木) 07:06
犬の「なきごえ」の「なく」は「泣く」ではないですね。
我が家のちび太も、たしかにうれしそうに声を出すことがあります。
笑っているようには思いにくいのですが。
時々、とびついてきます。そのときの越えはたしかにうれしい声です。
表情の研究がふそくしていますね。

今度、笑い顔を写真に撮るように努力してみます。

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56. 犬も笑います PAL & MIHO's PAPA  2002/06/05 (水) 19:44
犬も、面白くてというより、嬉しくて笑います。帰宅した時、特に久しぶりに帰宅した時など、耳を下げ、目を細め、嬉しそうな笑顔で歓迎してくれます。もっとも、そう思っているだけかもしれませんが。
 私も、ある行きつけの飲み屋へしばらく行かなかったことがあり、友人が娘ができたからと言ったらしく、たまたま立ち寄った折、ご馳走がどんどん出てきて、おめでとうの連発。子供のいなかった私についに娘ができたとの喜んでくれたわけです。ついに本当のことを白状しましたが。

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53. Re: 回復しましたか(^^;)? 佐藤修  2002/06/04 (火) 22:49
回復しました。
おかげさまで。
完全ではありませんが。

ご指摘のとおり。オフィスでも毎週開くようにしました。
そこの履歴をのこしておくのがいいです。
ただ最近はADSLで常時接続のため、履歴の中身までなぜか更新されていたという人がいました。
私もそうでしたが。
オフィスはダイヤル接続なので大丈夫です。

ご心配をおかけしました。

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52. 回復しましたか(^^;)? 碇 朋子 [URL]  2002/06/04 (火) 01:50
碇です。こないだ、誤って、HPの活動記録のファイル、
消してしまったとのコトでしたが、その後、
上手く復旧できましたでしょうか(・_・")?

私も、自分のHPを更新する時、かなりヒヤッとすること、
あります(^^;)ので、他人事じゃなかったです・・。

コンピューター、私は素人なので、大した解決策は
わからないのですが、(自宅・オフィスなど、)
常日頃、自分自身も、いろんな複数のマシンで、
自分のHPにアクセスしておくのも、1つのセーフティー・ネットなのかな・・なんて、最近、思ったりしてます(^^)

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51. Re: 息子さん(チャッピーちゃん)、かわいい(^○^) 佐藤修  2002/05/26 (日) 12:21
碇さん
彼がなぜ寂しいそうかというと、スキンシップが不足しているのです。というのも、彼は基本的に抱かせないのです。抱くと突然噛み付いてくるのです、震えながら。それも中途半端な上方ではありません。家族はみんな何針か縫っています。よほど傷ついているのです。
それで心から安心してのスキンシップができないのです。
歯を全部抜いたらどうかという案もありますが、それでもだめなのです。あごの筋力がすごいのだそうです。

スキンシップはとても大切ですね。
地球もきっとそうなのです。
皆さん、土とスキンシップしてますか?

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50. 息子さん(チャッピーちゃん)、かわいい(^○^) 碇 朋子 [URL]  2002/05/26 (日) 03:37
碇@静岡県立大です。
・・・佐藤さん、ちょっとお忙しいようですね(^.^)

ところで、「息子さん」ことチャッピーちゃん、拝見させて
頂きました。カワイイです〜〜〜(^^)
でも、佐藤さんのコメントのように、少し悲しげな目かも?
病気がほんと辛かったんでしょうね。

でも、今、佐藤家の皆さんの愛情に包まれて、それも、
だいぶ癒えてきたのではないかな(^^)

・・・私の笑い広告の研究については、近々、私のHPに、
PDFファイルで、論文を掲載予定です。

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49. イキモノって大変(^^;) 碇 朋子 [URL]  2002/05/19 (日) 19:58
碇@静岡県立大学です。お世話になってまーす(^^)

ところで、オイヌさまの生活費の件、とても参考になりました。
やはり、思ってた以上に、医療費や美容費(?)、かかるのですね。
・・・駆け出しのひよっこの給料では、賄えないかな(^^;)
うちも、うさごの医療費、かなりかかってます。
支払いは、月平均、1万円以上ですね。
ただ、動物医療保険に加入していて、半額はここが負担して
くれているので、コレ位で済んでいます。
現時点では、ウサギ加入可能な保険は数少ないので、とても
助かってます(^^)

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48. 本のお知らせです Kuroiwa  2002/05/18 (土) 09:29
黒岩です。以前もここに書かせていただきましたが、また新刊本のお知らせです。

私が一昨年からずっと関わっている五木寛之氏の『日本人のこころ』(講談社)というシリーズの第5巻が刊行されました。首都圏ではもう店頭に並んでいます。今回は福岡・沖縄編です。

本書は、前半に福岡の戦後の引き揚げの話が収録されています。これは、取材に立ち会っていて、これまでで最もつらく、胸を締めつけられるような内容でした。

博多港に引き揚げてきた女性たちが、あの混乱の最中に現地でどんな悲惨なめに遭ったか、その結果、福岡に知られざる秘密の堕胎病院が作られ、ひそかに処置がされていたということ、しかも、そうした事実はすべて闇に葬られてきたということ……。
ショックでした。

読むと暗い気持ちになるかもしれません。しかし、最近の各地でおきている紛争??ボスニアでもアフガンでも、やはり女性たちがそうした被害を受けていると聞きます。戦争になれば、必ずそうした悲劇が繰り返される。そのことを肝に銘じなければならない、とつくづく感じさせられます。

こうした出来事から目をそむけず、特に女性たちに読んでほしいと願っています。もし、自分があの時代に生まれ合わせてああいうことに直面していたら……と思うと、怒りがこみ上げてきます。

佐藤さんがいつもおっしゃっているように、「国」というものは、まったくあてにはならないのですね。

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47. ダンサーめいこより 清水めいこ  2002/05/13 (月) 23:01
 アクションのコーナーでご紹介をいただきました、フラメンコダンサー(?!)の清水です。修さんからのお褒めの言葉を山形組のメンバーに伝えたところ、とても喜んでいました。ありがとうございます。
 修さんから「身体から言葉が伝わってくるようだ」とのコメントがありましたが、踊っている私自身、自分の心の奥にある思いが踊りに表れるのを感じます。
 「思い」と書きましたが、これは「言葉」にすることすらできない、「感覚」としか言いようがないようなもののような気がします。心の中の「思い」って、すべてを言葉にすることができる訳ではありません。そのできない部分を、でも、本当は人に伝えたい心の中を、ダンサーは「踊り」で放出しているのかもしれません。
 ひとりひとりの心の中にある思いの量に差は無く、もしかしたら言葉にするのが苦手な人ほど、別の形で自分を表現する「術」や「場」を必要としているのではないかと私は思っています。普段はおとなしい人が、時に情熱的な踊りを見せてくれると、私は、なぜか嬉しい気持ちになります。
 
  

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45. 犬の生活費 佐藤修  2002/05/12 (日) 22:09
碇さん
先ほどの情報はかなり不正確でした。
家族に聞いたら、大体その倍はかかるそうです。
我が家の馬鹿息子はヘアケアだけで、そのくらいかかるそうです。
幸いに我が家には器用な娘がいて、ケア関係を彼女がやっているために費用がかからないとのことです。問題は医療費です。
ところで、我が家の犬はウサギの猟犬だそうです。
碇さんのウサギとは相性が悪そうです。
しかし、時にウサギにも見えると気がある白い犬です。
写真は次回更新時に掲載です。


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44. Re: 楽しみ(^^)〜〜! 佐藤修  2002/05/12 (日) 18:20
碇さん
我が家の犬は、ウェストハイランド・テリアです。誕生直後に病気になり、引取りを確認されたのですが、我が家で引き取らなければ「処置」される恐れがありそうだったので、引き取りました。従って正常ではないのです。身体も弱く、毎月1万円以上の医療費がかかります。
しかも私たちも時々噛まれるので、私たちの治療費もかかります。
ですから参考にはなりません。
正常であれば、1000円もかからないと思います。
問題は留守にできないことです。
配偶者の場合は離婚すれば問題は解決しますが、犬の場合は解決策がありません。誰かにごまかして売るつけようと思っていますが、その人をかみ殺す怖れもあるのでそれもできません。
我が家の一番の悩みです。
よくお考えになりますように。

写真は近々ご紹介します。
かわいい犬ですよ。見かけは。

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43. 楽しみ(^^)〜〜! 碇 朋子 [URL]  2002/05/12 (日) 01:39
碇@静岡県立大です。

佐藤さんは、なんと(?)、ワンコ飼いだったのですね(^^)〜〜
顔に似合わず凶暴な(?)、佐藤さんのお宅のワンちゃん、
写真、すごーいい楽しみにしています(^^)!!

是非是非、アップしてくださいね〜〜!

ところで、ワンちやんって、一匹飼うと、維持費は、
一ヶ月あたり、どれくらいかかりますか(・_・?)

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42. Re: 健康には穀物菜食がいい? 佐藤修  2002/05/10 (金) 19:40
鈴木さんにお答えする前にお願いです。植物性栄養学会の報告会を開催してくれませんか。実際の研究会でもいいですし、このホームページへの掲載でもいいです。宇宙人もそれを望んでいます。

宇宙人の件ですが、実は以前、私は宇宙にさらわれたのではないかという噂がありました。自分でももしかしたらそうかなと思えば思えないこともないような気がする思いが(ややこしい)ありました。ちょっと危ない話ですね。
まあ、それは軽く流すとして、鈴木さん、宇宙人にとっては、つまり大きな生命にとっては、動物とか植物とかの区別は無意味です。石も土も同じです。山川草木みな同じ。それを別のものと考えるところに問題があるのです。私は野菜と果物があれば食生活は幸せです。
回答になっていませんね。

この投稿は誤解を招きそうですね。でもまあ、投稿しちゃいましょう。

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41. 健康には穀物菜食がいい? 鈴木 章弘  2002/05/10 (金) 10:59
初めて投稿させていただきます。鈴木です。佐藤さんにはいつも「宇宙からの情報」をもとにご指導いただき感謝しています。

いま興味がある分野のひとつに「食」があります。4月にアメリカ・アリフォルニア州であった「植物性栄養学会」に参加しました。穀物菜食に関する研究発表の場なのですが、そこで見聞したことで「健康のためには菜食が好ましい」と確信を深めました。

しかし日本ではまた菜食は「変わり者の食事」と思われているようです。穀物菜食にもいろいろあり、アメリカの研究者は「日本人はもともと魚を食べるタイプのベジタリアンだった」といっていました。

……とまあ、書き始めるとキリがなくなってしまいます。佐藤さんのアゴに通信機を埋め込んだ宇宙人は食についてなんといっていますか? 教えていただければ幸いです。

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40. Re: イヌ、飼いたいんですが・・・(^^;) 佐藤修  2002/05/09 (木) 07:56
我が家は数年前に息子を養子にもらいました。犬ですが。
ところがその犬が不幸な前歴があって(生後まもなく大病にあったのです)、その後遺症で時々おびえて見境なく噛むのです。その噛みかたがすごく、わが家族は全員、歯型が身体に残っています。
その犬が家族になったおかげで、我が家のライフスタイルは一変しました。
ちなみにその犬は、実にかわいい犬で、散歩に連れて行くとみんな寄ってきますが、噛みのでヒヤヒヤします。犬はなれているから大丈夫だという人がいて、注意したのに、手を出して噛み付かれた配達員の人もいます。

いろいろ相談しましたが、対応策が見えてきません。なにかいい知恵はないでしょうか。

碇さん
犬をかう時は噛む犬には気をつけましょう。
外観にだまされませんように。

いつか我が家の犬をホームページに登場させます。実にかわいいですが、それ以上に憎らしい犬です。

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39. イヌ、飼いたいんですが・・・(^^;) 碇 朋子 [URL]  2002/05/09 (木) 03:20
碇です。楽しかった連休、終わってしまいましたね。
・・・ちょっと、五月病(笑)ぎみで〜〜す(^^;)

ところで、ウサ飼いのHPは、ある程度、わかるのですが、
その他のイキモノのHPは、あまり分からないのです。
・・・お役に立てず、申し訳ありませんm(__)m

しかしながら、近いうちに、是非、オイヌさま、
うちの家族に迎えたいと思っているのです(^^)

・・・狭い室内でもストレス(=イヌ本人の)なく暮せる、
といえば、やはり超小型犬の部類に限られるかな(^^;)??

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37. 碇さん、リンク感謝します 佐藤修  2002/05/01 (水) 08:03
碇さん
リンク感謝します。とても親切な紹介文をつけてくださり、うれしいです。
ところで、間違って投稿した場合は削除ができます。まあ、そんな必要もありませんが。削除しないほうがライブでいいですし。

犬とウサギのほかの動物のホームページもあったら教えてください。

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36. すっ、すみません(ーー;) 碇 朋子 [URL]  2002/05/01 (水) 05:36
ちゃんと、発言を書き込み終了しないまま、
さっき、「投稿」ボタンを押してしまいました(ーー;)
すみません〜〜〜!!!

私のホームページの「リンク」のコーナーに、
佐藤さんの、このサイトを、リンク終了いたしました(^^)
宜しかったら、お時間あるときに、ご確認くださいませ〜〜!

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34. 楽しみにしています Kuroiwa  2002/04/28 (日) 23:12
黒岩です。佐藤さん、22日は楽しいサロンでした。開発・援助ということを、これまで全くわかっていなかったと痛感させられました。お誘いいただいてありがとうございます。
このホームページも毎週楽しみに拝見しています。佐藤さんの活動分野の幅広さには驚かされるというか、呆気に(!)とられるというか……。
まさに、時間はつくるものですね。
例年のことですが、今年の連休もどこへも行かずにずっと仕事です。これを乗り切って、何とか次の本のための取材と調査を進めたいと思っています。
そのうち、その件も機会があればご報告させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

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33. リンク大歓迎 佐藤修  2002/04/28 (日) 22:26
碇さん
リンクは大歓迎です。このホームページは、様々な人がどんどんリンクしてくれて、自己増殖していくことを目指しています。そうやって、根っこの絡み合いのように広がっていく空間ができるといいと思っています。どうぞどんどん広げていってください。このホームページの中に他の人のコーナーも作りたいのです。
碇さんに限らず、どなたでもどんどんリンクしていってください。

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31. リンク、有難うございます(^^)! 碇 朋子 [URL]  2002/04/28 (日) 21:58
碇です。ご無沙汰しております(^^)~~

佐藤さんからのお知らせメールを拝見して、久しぶりに
こちらにお邪魔してみました。・・すごく充実してますね(^^)

私のページへのリンクも、有難うございま〜す!
こちらからも、リンク貼っても構いませんか(^^)?

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30. 失礼しました。 野中邦彦 [URL]  2002/04/11 (木) 02:36
みなさまに
銀行についての情報提供をお願いしていましたが、
企画自体が大幅変更になってしまいました。

ということで、先日の投稿は削除させていただきました。
お騒がせいたしました。

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29. 失礼します イチダイ  2002/04/09 (火) 22:21
山形市の佐藤です。
公務員につきものの人事異動で、高齢福祉課という課に移動いたしました。
このHPでもたびたびご紹介いただいております山形市の共創プロジェクトの担当を離れることになってしまいました。
非常に思い入れのある(というよりも、修さんのご指導の下、すっかりはまっている)プロジェクトですので、少し悲しいのですが、今度は自分の仕事の中で咀嚼して実践したいと思っています。
また時々カキコいたします。よろしくお願いいたします。

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27. 現職の宮崎市長の本 Kuroiwa  2002/04/07 (日) 14:29
佐藤さま
「ブック」のコーナーで『津村重光の本』を紹介してくださってありがとうございました。
本書の前半には、宮崎市の個性的な政策についていろいろ出てきます。地方行政に関心のある方には、参考になるかもしれません。また、後半は、市長の人柄や戦後生まれの団塊世代(現在55歳)としての歩みを、私が客観的にレポートして書いたものです。
よくある堅苦しい本ではなく、平易な文章で読みやすいと思います。ただし、全国の書店には流通しないと思いますので、入手が困難かもしれません。版元は鉱脈社という宮崎の出版社です。

先月、この本の出版記念パーティーが宮崎市で開かれて、行ってきました。会費6000円でお土産に本(1800円)をお持ち帰りいただく、という形でしたが、その話を聞いた人たちから、パーティーに出たいという電話が市長の後援会事務所に相次いで、500人程度に案内を出した後で、追加でかなりの人にも連絡することになったとのこと。当日フタを開けてみたら800人もやって来て、一度に本が800冊も売れてしまった、という驚くべき話でした。

ちなみに、先週の朝日新聞の宮崎版には、朝日新聞調べで、宮崎のベストセラー7位に入っていたそうです。タイトルから見ても、宮崎以外では売る気がないのがわかる本なのですが……。
本作りをお手伝いした立場の私としては、本が売れてくれれば、出した意味もあるので、反論なり何なり反響があるのを期待しているところです。

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26. 岸田さん、ありがとうございます のなか [URL]  2002/03/28 (木) 12:48
岸田さん、PRありがとうございます。
なんだか恥ずかしいです……。

「HEAT」ですが、内容に関しては反省点も多く、
納得のいく仕上りとは言えませんが、
そこらの雑誌とは違う「意気込み」で作っていることは確かです。
書店で見かけましたら、一度手にとってみてください。
そして自由なご意見をいただければ嬉しいです。
厳しいご批判も大歓迎です(覚悟してますので)。
でも小沢一郎のインタビューはなかなか面白いと思いますよ。
私は「意外だな」という感想でした。

掲示板の設置を修さんに先行されてしまいましたが、
早いトコ自分のHPも何とかしなければ……。

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25. 新しい雑誌が創刊されました 岸田能和  2002/03/27 (水) 22:27
ごぶさたしております。漂流者の岸田です。
ことしの春は早いようですが、いかがお過ごしでしょうか?

ところで、佐藤さんのサロンで知り合った編集者の野中邦彦さんが”熱い心”で編集している雑誌「HEAT」が創刊されました。
30〜40代に向けた一般男性誌です。
発行は鞄煌O出版で、とりあえずは月刊自家用車の臨時増刊のカタチで季刊だそうです。売れそうだと、月刊になるらしいです。

巻頭の特集は「清原和博」です。
ほかにもファッションやら、クルマやら、大の大人が気兼ねなくチューできるチュースポ紹介などバラエティに富んでいます。
でも、品の良いビジュアルな雑誌です。

私も「久住昌之のモノづくりのこころ ツノダの自転車は遊び心満載なり」という記事の企画にちょっとだけ参加しました。例の「ツンツンツノダのテーユー号!」のツノダ自転車の訪問記です。何ともオカシナ会社です。

どうぞ、書店の店頭で立ち読みして、できれば、創刊のご祝儀で買ってください。また、ご感想を頂戴できれば、幸いです。

それでは、また。

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24. ご無沙汰しています ほりぐちいつこ  2002/03/09 (土) 18:55
ホリグチです。
ご無沙汰しています。お元気ですか?
HPを覗いていてメールしています。
3月までフル回転で忙しく・・・(あまり東京にもいないし、東京にいても大学にいないし)
4月に事務所に伺います。
食品行政機構の調査でEUに月末いきます。
その・・・・・視点は法律改正などの場合の「住民参加」なんですよ・・・
horiguchi

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23. 本のご案内 Kuroiwa  2002/02/23 (土) 19:47
黒岩比佐子です。
佐藤さん、いつも湯島サロンにお邪魔させていただき、ありがとうございます。
その昨日の湯島サロンでも宣伝させていただきましたが、せっかくですので、もう一度このフォーラムにも書き込ませていただきます。

五木寛之さんの『日本人のこころ4』(講談社)という本が首都圏では2/22(地域によってもう少し遅れる場合もありますが)に発売されました。私は、昨年ずっとこのシリーズ全6巻の本の制作のために、五木さんと日本の各地10カ所を旅をして、アシスタントのようなことをしてきました。昨年6月から今年6月までに全6冊を刊行するという予定で、すでに3冊が出ています。今度の本が4冊目になります。

多分、この4巻がシリーズの中では一番面白い巻になると思います。“幻の漂泊民”と呼ばれている「サンカ」の末裔の人びとを訪ねた前半が、特に興味深いエピソードにあふれています。

後半は、かつて江戸に存在していた弾左衛門の話です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、弾左衛門とは、エタ・非人と呼ばれる被差別民を支配していた“賤民の王”です。「東京には差別はない」と思っていらっしゃる方は、認識を新たにされると思います。

このシリーズは「底辺から見た日本史」というテーマで、為政者から見た歴史や英雄中心の歴史からは隠され、消されてきた出来事や、はみ出した人びとの姿を探っていこうというものです。
決していい加減な軽いエッセイではありませんので、もし歴史に関心がある方がいらっしゃいましたら、ぜひご一読ください。
詳しいことを知りたい場合は、メールで私まで問い合わせていただければ幸いです。hisako@xa2.so-net.ne.jp
以上、取り急ぎ、お知らせまで。

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22. 楽しみです! 大村 哲 [URL]  2002/02/23 (土) 12:00
NeoALEX社会構想研究院の大村です。
遅くなりましたが、ホームページ開設おめでとうございます。
コモンズ型ホームページめざして、更新のほうもがんばってください。
個人リンクの件、よろしければ私も参加させてください。
http://www.interq.or.jp/hot/tetsu/です。
「リンクをたどって他者のさまざまな意見に触れるうちに、自分のホームページに書きたいことが見えてくる」のが、ホームページのおもしろいところだと思います。
今後このホームページがさらに発展していくよう、協力させてください。

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21. 武さんの投稿へのコメントです 佐藤修  2002/02/13 (水) 09:31
武さん
私のホームページのコンテンツのほとんどは、私の周りの人のものです。私の考えは様々な人のコンテンツをつないでいくと面白い世界が生まれるのではないかということです。
まだ具体的なイメージがあるわけではありませんし、そうした展開を感じた人からは「えらいこと」をはじめたね、大丈夫?と心配してもらっています。
一人でホームページをつくるのではなく、みんなでホームページをつくっちゃうというわけです。
武さん、このホームページとリンクしませんか。どうやってリンクすればいいか、まだ妙案はないのですが、何か考えたいと思っています。
まあ、しばらくは単純に個人ホームページとのリンクコーナーを作ってもいいかなと思っています。
アソシエイツのコーナーを今、迷っているのは、こうした理由からです。
実現しないかもしれませんが、個人ホームページをリンクしてもいいという方は私にメールしてください。もちろん未完成のものでもいいです。人生はいつも未完成なのですから。

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20. 祝!HP開設 武 信幸  2002/02/12 (火) 20:35
ミツバの武です。
ホームページ開設おめでとうございます。
佐藤さんには、研究会でお会いして、いろいろと新鮮な視点をいただき、感謝しています。
このフォーラムも活況を呈していて、スゴイですね。私も昨年は、社内フォーラムを開設して、当社の役員・部長にテーマを投げかけ、議論を挑んだのですが、思うような投稿がなく、不調に終わりました。残念ですが、また、やり方を変えて、めげずに挑みたいと思います。
オープンブック・マネジメントは、来期の小生のテーマです。
雑な投稿でゴメンナサイ。
PS.小生も今年中にH/P開設しようと思っています。が、コンテンツ貧で。。。。

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19. 2/14夜のNHKの番組のご案内 Kuroiwa  2002/02/12 (火) 15:48
黒岩です。佐藤さん、この「フォーラム」が活発になってきて、楽しみですね。
何だかお知らせと宣伝ばかりで申し訳ありません。
2月14日(木)の夜9時15分〜9時58分に、NHK総合テレビで「人間ドキュメント」が放送される予定です。
「タイトルは津軽・故郷の光の中へ」。60年ぶりに帰郷を果たした元ハンセン病で詩人の桜井哲夫さん(77歳)のドキュメンタリーです。津軽の光の中で、盲目の目に焼きつけた感動の物語――とのこと。私の友人がディレクターとして制作したものです。
友人自身、人生の記念になる番組になった、と言っていますので、もしお時間があればご覧になってみてください。

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17. 断じて「不況」ではありません 岸田 弘  2002/02/12 (火) 12:12
ホームページ開設おめでとうございます。
佐藤修さんの「メッセージ2/今が不況、などと考えるのは…」に共感です。
卸会社−輸入商社−消費財メーカー−生産者メーカーの営業・マーケティング・経営企画を経験する中でいつも感じていたのは「日本経済の高コスト体質」です。
原材料/生産設備/商品/流通/サービスの各段階にコストが積み上げられ、多くの人がこの中から利益を得ています。どの段階のコストが問題かはここでは言及しませんが、生産性の悪さや横並び意識、利権等がさらにコストアップを押し上げています。
高度成長の中ではこのコストを皆で負担し、皆が中流以上の生活を甘受することができました。でも、この高コスト構造が「高い所得の中で豊かさが得られない/グローバルスタンダードに比較して異常だ」ということに気づき始め、「構造改革」が台頭してきたのではないでしょうか。
でも、この「構造改革」が自分自身の革新を迫る状態になると「不況だ/失業対策を…」と他責の課題に置き換えて「問題解決を先送りしてきた」のではないでしょうか。
「不況が問題ではなく、非効率で高コストの経済・社会構造にこそ原因がある」と感じています。
昨年定年退職し、雇用保険と年金の生活になりましたが、生き方も価格も多くの選択肢がある今、決して不況ではなく、「平和で安全で豊かな国」だと感じます。高度経済成長時の価値観や経済構造そのものの変革こそ必要と考えます。
5000円のめがねチェーンが話題になる以前から、めがねの産地鯖江のメーカーに直接オーダーし、さらに安い価格の老眼鏡を愛用していますが、そのたびに「価格って何だろう…」と疑問を感じています。

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16. Re: グレートブックスセミナー 南山宏之 [URL]  2002/02/12 (火) 11:43
●半田さんへ、

グレートブックセミナー、素晴らしい!
是非、東京でやっていただけないでしょうか?
(なに!そういう私が企画せよ!?
そうですね。都立中央にでもあたってみましょうか?)

図書館でやるのは、いいアイデアだと思います。
知の魂たちが住んでいる空間のような気がします。
税金はちゃんとお支払いしているのに、図書館は何をしているのか。
(今の季節、図書館は受験生の学習室として繁盛していますが。)

プログラムに上げられている著作は、
私も、受験勉強の流れで、著者とタイトルは
ちゃんと書けるかもしれませんが、
その中身を読みこなし、自分で深く味わってみたことはありません。
ましや、他人の感想や考えを聞いたこともない。
だからとてもいい経験の機会だと思います。
探求するという楽しみ。少しづつわかってきたような。
これは、歳なのか、若返りなのか。

セミナー、是非、参加したいです。
詳細また、教えてください。

PS.
構想学会の原稿は、本日、メールを拝見しました。
出来るだけ早く加筆修正を加えお送りします。
昨年11月のミーティングは、素晴らしかったと思います。
あれを年2回や4回というのは、きっと運営がキツイのでしょうね?

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15. Re: お詫びです 太田 裕之  2002/02/12 (火) 00:18
Endeavour Inc.太田です。

> 東さんからご指摘いただいたのですが、この投稿欄にはパスワードが必要なようです。

恐らく投稿者削除用のパスワードだと思います。
怖がらずとも大丈夫でしょう。

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14. HP開設おめでとうございます。 太田 裕之  2002/02/12 (火) 00:16
佐藤先生、ご無沙汰しております。
また、みなさん初めまして。
エンデバーの太田と申します。

佐藤先生とはリクルート時代から大変お世話になっております。
金曜フォーラムにもなんどもお誘いいただいているのですが、都合があわず出席できずにいました。

このようなかたちでフォーラム開いていただくと大変助かります。是非、末席を汚させていただければと存じます。
よろしくお願いいたします。

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13. お詫びです 佐藤修  2002/02/05 (火) 18:51
東さんからご指摘いただいたのですが、この投稿欄にはパスワードが必要なようです。自分で勝手に入れていただいていいようですが、中にはうまく投稿できずにやめてしまった方もいるかもしれません。
実は私も最初、うまきかずにやめた経緯があります。
何しろ技術的にほとんど理解できていませんんで、ご迷惑をおかけしますが、おゆるしください。
なお、ホームページは一月中に完成する予定だったのですが、間に合いませんでした。もう少し待ってください。
改善点が多すぎて、困っています。

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12. はじめまして 東孝次 [URL]  2002/02/05 (火) 11:32
はじめまして。山口県の東孝次(あずまこうじ)と申します。NPO法人まちのよそおいネットワークというグループで循環型地域づくりを目指して活動しています。佐藤さんとは10年以上のお付き合いになります。何の関わりもなかった佐藤さんとお知り合いになったことに人生の面白さを感じています。佐藤さんの優しさと厳しさに戸惑いつつも、ご助言いただけることに感謝しています。
このホームページのことは、NPO法人まちよそのメンバーだけでなく、私のメールアドレスに登録している方々にご案内させていただきました。21世紀がどのような時代になるのかを予感していただきたいと思っています。私もできる限り参加させていただこうと考えていますので、よろしくお願いします。

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11. ありがとうございました かしまゆう  2002/02/02 (土) 13:18
佐藤様
WITHIN THE WAY WITHOUT ボランティアスタッフのかしまです。
サンチャゴ巡礼映画のご紹介ありがとうございました。
佐藤さんにはこの映画への深いご理解をいただきいつも感謝しています。
問合せにつきましては私とは別に担当者がおりますので、
改めてメールにてご連絡いたします。

佐藤さんのますますのご活躍をお祈りいたします。
取り急ぎお礼まで。

10. グレートブックスセミナー 半田智久  2002/01/28 (月) 21:49
はじめまして、特定非営利活動法人NeoALEX高等教育研究院の半田智久と申します。

わたしたちは新しい(継続)高等教育ゾーンを切り開くべく活動している組織ですが、この春からそのひとつとして「グレートブックスセミナー」を開催してゆく予定です。会場は主として大きな図書館を考えており、すでに宮城県図書館で3月から毎月一回の7回シリーズをおこなうことが決定しています。

グレートブックスとは語るまでもないかもしれませんが、長い時代の風雪に耐えていまに生きつづけている名著のことです。アメリカのアスペンセミナーをはじめ、日本では神奈川湘南など各地でおこなわれておりますが、わたしたちはこれを新趣向、つまり関心をもつ人であれば、誰もが気軽にアクセスできるようなかたちで、進めてゆこうと企画しています。

第一シリーズの7回は入門コースとして、「星の王子さま」にはじまり、
カント「啓蒙とは何か」
世阿弥「風姿花伝」
デカルト「方法序説」
キャロル「不思議の国のアリス」
フロム「生きるということ」
フロイト「快楽原則の彼岸」
という構成になっています。毎回2時間半ではじめ1時間、デジタルプレゼンテーションを用いた内容紹介のレクチャーがあり、後半はそこで提示されたいくつかのポイントに即して自由なディスカッションをおこないます。

この企画はいうまでもなくNPOによる生涯学習プログラムとしてまちづくり等のソフトウェアのひとつとしても有機的に機能するはずのものと考えており、これを仙台だけにとどめず、東京をはじめ、わたしたちにできる範囲で各地で進めてゆきたいと考えております。開催にご関心のある方はどうぞ気軽にお問い合わせください。佐藤修さんのネットワークにつながっている方ならば、大歓迎です。

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8. 肩書きを「漂流民」とします 岸田能和  2002/01/26 (土) 14:33
 私の本棚には鎖国をしていた江戸時代の漂流民に関する本が何冊かあります。漂流民と言えばジョン万次郎が有名ですが、彼の他にも嵐や船の故障で流され、アメリカ、メキシコ、ロシアなどに漂着した漁師や船乗りたちがいます。私が漂流民に興味があるのは、自らの意志とは関係なく、言葉も通じない異国にたどり着き、それでも生き抜いた人たちに敬意を感じるからです。(もちろん、多くは、望郷の思いを募らせながら命を落とすなど悲惨な結果も多いのは悲しいことですが)

 先日、鹿児島大の梅田教授(佐藤さんのオープンサロンでもおなじみ)にお会いしたのですが、ひょんなことから、鹿児島から漂流した「ゴンザ」の話になりました。私がゴンザのことを知ったのは、「漂流民・ゴンザ」(かごしま文庫47/田頭 壽雄 著/春苑堂出版)という本です。この本は地方出版社のものですから、地元以外では出回っていません。しかし、私が有楽町を「漂流」していたとき鹿児島の物産館になぜか入ってしまい、そこで見つけました。

 ゴンザは1728年に太平洋で漂流、1729年にカムチャッカ南部に漂着。1734年女帝に拝謁。1736年日本語学校教師になり、露日辞典の編集開始。1738年「新スラブ・日本語辞典」完成。1739年没(21歳?)
 当然、日本は鎖国をしていましたが、ロシア側には日本語学校をあったのです。そこへ、漂流したゴンザ(本名はゴンザエモン?)が赴任し、初めての露日辞典の編集に携わるのです。その辞典は現在の露日辞典の基礎になり、しかも、当時の鹿児島弁の発音が分かるという民俗学的、言語学的な価値もある辞典です。

 そんなふうに漂流民のお話をした後、梅田さんからのメールに「もともと(岸田は)漂流志向だね」とありました。そうなんです。私は積極的に海へ漕ぎ出す勇気はありませんが、流されるのなら、それもオモシロイと考えるほうです。現に、いくつかの会社を漂ってきた「漂流サラリーマン」なのです。したがって、これからは、肩書きを「コンセプトデザイナー」から「漂流者」としようかと思っています。

ちなみに、拙宅にある本は
「私のジョン万次郎」中浜博著(四代目)
「新世界へ」佐野芳和著
「世界をみてしまった男たち」春名徹著
「最初にアメリカ人を見た日本人」キャサリン・プラマー著 酒井正子訳
すこし、ずれますが
「黒船前夜の出会い」平尾信子著、「ペリーはなぜ日本に来たか」曽村保信などです。

7. 本の話 Kuroiwa  2002/01/25 (金) 21:51
初めて書き込みます。黒岩比佐子です。
このホームページの「ブック(本の紹介)」コーナーで、拙著2冊の紹介を載せていただいています。
昨年は五木寛之氏のアシスタントのような形で、毎月2〜3日かけて一緒に日本の各地を旅して、いろいろな人に会って取材をしました。いい経験になりました。
それを今、講談社から『日本人のこころ』シリーズとして順次刊行しています。実質的にその本の構成・編集を任されていたので、昨年は重圧と締切に追われて気が狂いそうでした。結局、まともに休めたのは年に2日だけで、今も作業の追い込みの真っ最中です。
全6巻の予定で、1巻から3巻まではすでに刊行されています。この2月中旬には4巻が書店に並びます。4巻は一般の方々にとってはかなり驚くべき内容が盛り込まれているので、お薦めします。
山の漂泊民といわれる「サンカ」の末裔の人たちと会ったこと、マスコミがあまり取り上げない東京の被差別民の話など、今の日本列島で隠されていて見えない部分、見えない日本人の「こころ」というものを探っていく内容です。
結局、最後まで本の宣伝メールで終わってしまいましたが、お許しください。本の発売日が決定したら、また書き込みます。

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6. 山形市の共創プロジェクト2 イチダイ  2002/01/23 (水) 01:23
またぞろ失礼します。佐藤一大です。
今日は職員の意識改革プログラムに触れます。
昨年度から,山形政策塾という活動を始めました。
月一回,講師をお招きしたり,自分たちで話し合いをしたりして,何かを得ていこうというものです。
当初からそういった定期的なプログラム以外に,自主的に活動をしてみようという呼びかけをしていました。
そうしたところ,今年度からグループが一つできて活動を始めました。
その活動は「まちづくラー」まちづくり+erの造語。
共創まちづくりに興味のある方は,どんな方でも参加してくださいというものです。
今は毎月第一水曜日の夜に,山形市まちづくり情報センターでミーティングをしています。
興味のある方はぜひぜひおいでください。山形駅西口の,霞城セントラルというビル,23階でやってます。
質問があれば,私のメールにどうぞ。職場でも結構です。
ちなみに職場は次のとおりです。
kikaku@city.yamagata.yamagata.jp

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5. 山形市の共創プロジェクト イチダイ  2002/01/17 (木) 12:23
たびたび失礼します。山形市の佐藤一大です。
ハンドル,イチダイにしますのでよろしくお願いいたします。
山形市の共創プロジェクト,住民,企業,行政が共に知恵を出し,汗をかきながらまちをつくっていこうという想いでとりくんでいます。
今は市役所職員の意識改革と,住民のみなさんの自主的・自律的なまちづくり支援という2本だてで進めています。
投稿第一弾でもカキコしましたとおり,なかなか進まないのが現状ですが。
ただ,ここしばらく,新たな動きが出てきています。
これまでは市役所職員の意識改革プログラムと住民活動の接点をうまくつなげていくことができなかったのですが,少しずつ市役所職員が外に飛び出して,いろんな人達といっしょに考えて,いっしょに動いてみようという動きが出てきました。
長文になりそうですのでとりあえずここまでにします。
またそのうち,レポートさせていただきます。

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4. 開設おめでとうございます ゆう [URL]  2002/01/16 (水) 01:59
開設おめでとうございます。
ハンドルネームでも良いのでしょうか???ネット上では、すべてこれで通しているので。。。。。

みなさん、はじめまして寺沢祐一と申します。「ふぁっとえばー」を手伝っています。障害者の方の就労、納税できる環境となかなかハードルが高く、皆様のご意見などお聞きしたいと思います。

事務用品などのご相談に乗りますのでお気軽に(^O^)/

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チャレンジドの能力―その可能性を求めて
「ふぁっとえばー」Producer 寺沢 祐一
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2. 第1号にはコーヒーのご馳走です 佐藤修  2002/01/15 (火) 22:00
ホームページのホストなのに、この投稿がうまくできません。
一度、一大さんの投稿にコメントしたのですが、どうもうまく書き込めません。また書きます。ダブって掲載されるかもしれません。その節はお許し下さい。

一大さん
第1号おめでとうございました。
本来なら新車贈呈とかハワイ旅行を景品にしたいのですが、この不況のご時世にふさわしくないので、今回の商品はなんとコーヒー一杯です。
今度お会いした時に一緒に飲みましょう。

さて、書き込みついでに、このHPで紹介していこうという山形市の共創プロジェクトの動きも報告していってくれませんか。
まだ技術的には対応できていませんが、将来はどこでも書き込めるようにしていきたいのです。そういうほう穂をご存知の方、おしえてくれませんか。
お礼はコーヒー一杯ですが。

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1. もしかして第一号? 佐藤 一大  2002/01/15 (火) 18:24
ホームページ開設,おめでとうございます。
はじめまして。山形市役所の佐藤一大と申します。
本名は「かずひろ」なのですが,「いちだい」と呼んでいただいています。
「活動紹介」のところでも紹介いただいております,山形市役所の共創プロジェクトの担当をいたしております。
平成8年度からとりくんではおりますが,思うほど進まないのが現状でして・・・
それはさることながら,今ホームページを拝見したら,書き込みができるページを発見してしまいました。もしかして第一号かと思い,あわてて書き込んでおります。
時々カキコさせていただきますので,よろしくお願いいたします。