自治体職員と住民との学びあいが地域を豊かにしていく

  自分たちの地域を知ることこそ最高の生涯学習

 

「ケースで学ぶ出前講座全12講」(全日本社会教育連合会 1998年7月)から転載

 

●住民主役のまちづくり

 茨城県美野里町。人口二万四千人の静かな町である。そこで文化ホールを建設するとい

うことになった。これまでのやり方では、行政が住民の意見を聞きながら基本構想をたて

るということになるのだが、今回は違っていた。全くの白紙から住民主役で構想を描いて

いこうということになり、町民と町役場の職員に対してプランナーになりませんかという

呼びかけが行われたのである。そして委員会が発足した。応募して委員になったのは町民

10名と若手職員5名である。全員、完全な自発的応募である。

 しかし取り組んでいるうちにこれは大変なことだと町民委員は気がついてくる。基本的

には町の職員が考えてくれて、それに希望や意見を述べればいいだろうと考えていた委員

も少なくなかった。それまでの委員会はほとんどがそうだったからである。だが今度は違

っていた。町は本気で住民主役の活動を考えていたのである。

 戸惑いながらも委員は意識を変えていく。自分たちで勉強を始めるのである。ある町民

委員は近隣の文化施設を自発的にまわったり、県庁にまで意見を聞きにいったりした。委

員会の運営も次第に町役場から委員の手へと移りだす。

 委員の意見も変わっていく。音楽関係のサークルに参加していたある委員は、是非とも

音響効果の優れた立派なコンサートホールがほしいという動機で委員に募集したのだが、

議論しているうちに果してコンサートホールを建設することがいいことなのかどうか悩み

だす。文化ホールを建設し運営していくための費用を考えたら、もっとやることがあるの

ではないか。いやそれ以上にもっと地域のことを知り、町の文化そのものを、つまり町で

の生活のあり方そのものを考え直すことが大切ではないかと考えだすのである。別の委員

は文化ホールをつくることはまちづくりであり、人をつくることだと考えるようになる。

町の財政を気にする委員も出てくる。そして全員がもっと自分たちのまちのことを知らな

ければならないことに気づくのである。

 町の職員も住民の意識変化に大いに触発されたことは言うまでもない。それまでやや相

互不信感があった住民と行政とのミゾは埋められ、行政と住民とのパートナーシップによ

るまちづくりが始まったのである。

 

●住民と行政との対話の仕組みづくり

 当然のことながら行政だけでまちがつくれるはずがない。だがこれまでの行政は必ずし

も住民と十分な対話があったわけではない。住民もまた行政には依存と批判で対応してい

たきらいがある。そのため様々な問題が発生し、行政と住民との関係が見直され始めてい

る。その出発点は接点を増やすことだ。美野里町では思い切った形で住民主役に取り組ん

だが、まず対話から始めたところも多い。

 北九州市がCIに取り組んだのは昭和63年である。市役所のCI(コーポレート・アイ

デンティティ)と地域のCI(コミュニティ・アイデンティティ)の双方を意識した本格

的なCIへの取り組みだった。その過程で取り組まれたのが、もっと職員と住民との接点

を増やし、住民に市政の方向をしっかりと理解してもらおうという活動だった。

  まず行われたのが、住民の様々な集まりに職員が出かけていって総合計画について出張

講演をするということだった。それも単なる講演ではなく、井戸端会議風に対話しようと

いう試みで、住民は市政への関心を高め、職員も講演するために総合計画をしっかりと勉

強し、さらに行政と住民との相互理解が進むという、一石三鳥を狙ったものである。

 平成5年にはごみ収集方法の変更という具体的施策に合わせて課長が町内会単位に出前

トークに出かけるという試みが行われた。議論はごみ問題だけにとどまるはずもなく、ま

ちづくりについて住民と職員との対話が行われたのである。それはさらに住民が希望する

テーマについて職員が出かけていくという出前講演へと発展する。こうした活動を通して

、住民は市政の実情と方向を、職員は住民の実態と意見を学びあうことになる。それが地

域を豊かにしていくことは間違いない。

 山形市もまた、住民と行政との関係に新しいスタイルを創りだそうとしている。住民一

人ひとりがまちづくりを自分の問題として考え、仲間と議論し知恵を出し合う自主的自律

的な場として、「まちづくり市民会議」という仕組みがそれである。住民であれば誰でも

が一定の条件のもとで自分たちの市民会議を組織でき、行政との共創の場をつくれる。

 北九州市のケースが行政からの対話の働きかけであるとすれば、山形市の場合は住民か

ら行政への対話の動きを広げていこうというものである。最近、ある自治体で市民意識と

職員意識を同時に調査したのだが、いずれもが相手がもっと話しかけてきてほしいと思っ

ていることが判明した。大切なのは双方をつなぐ対話の仕組みである。どちらから対話を

始めるとしても、その仕掛けを用意するのは行政の役割である。

 

●地域を知ることがまちづくりの出発点

 三つのケースを紹介したが、そこに参加した人たちが一様に気づくのは相互理解の不足

だけではない。自分が住んでいる地域のことをいかに知らないかということに気づかされ

ることが多いように思われる。

 まちづくりや行政の出発点は「地域をよく知る」ことである。地域をよくしたいのであ

れば、まず地域のことを知らなければならない。それを怠っている限り、どんなに難しい

議論を重ねても地域はよくならない。

  どこの地域にもたくさんの財産がある。それにもっとも気づいていないのはそこに住む

住民かもしれない。よその地域の財産はよく見えるが、自分の住んでいる地域については

悪いことしか見えていない住民も少なくないし、逆に地域を絶対視しすぎている人もいる

。それでは地域はよくならない。

 自治体職員も意外と地域を知らないことが多いし、積極的に知ろうという姿勢も決して

強くない。東京の杉並区が住民にもっと自分たちの地域のことを知ってもらおうと「知る

区ロード」(シルクロードと区を知ろうということとをかけている)という活動をはじめ

、地域内の探検コースを設定し住民にその探索を呼びかけたことがある。住民は大いに参

加したのだが、職員の参加はなかなか進まなかった。これは杉並区だけのことではなく、

多くの自治体の実態だろう。職員はもっと地域に出かけていって、住民と交流したほうが

いい。そうでなければ、これからのまちづくりは進まないし、住民も変わってこない。

 住民と自治体職員が一緒になって地域のことを学び、考える仕組みもいろいろと出来て

いる。代表的なものに長崎伝習所をはじめとした各地のふるさと塾や交流会がある。そこ

では職員と住民が楽しみながら、相互に学びあいながら、地域とのきずなを深めている。

 

●出前講座で新しい地域情報を創出する

 生涯学習とは「より良く生きること」と同義語だと私は考えている。学ぶことの楽しさ

を日本の社会は忘れてきているように思うが、人生とはたえざる発見の旅であり、発見す

るということは学ぶことにほかならない。生涯学習への関心が高まっていることは、生き

方への関心の高まりと考えていいだろう。

 生きるためには地域がなければならない。土から離れた生き方もあるだろうが、それは

一時的なものである。人は土から離れては生きられない。地域を知ることはまちづくりの

出発点であると同時に、生き方を考えることでもある。生涯学習への関心は必然的に地域

への関心へとつながっていく。

 地域学が各地で盛んである。古くは長崎学とか沖縄学という専門的なものもあるが、近

年の地域学はもっと生活につながったものが多い。住民に開放されたものも多く、まちづ

くり活動や生涯学習活動として位置づけられているものもある。対象は歴史から生活に至

るまで多様だが、いずれも自分たちの地域をもっと知りたいという思いが起点にある。

 これからの生涯学習を考えた場合、広い意味での地域学こそ恰好のテーマではないかと

私は考えている。地域ごとにテーマは多様であり各人が独自の分野を見つけられるばかり

でなく、自分の生活基盤(まちづくり)とも関わる手応えのあるテーマが選べるからであ

る。また行政にとっても、地域学という切り口は非常に入りやすいし、新しい行政のあり

方にもつながっていくという利点がある。

 先に紹介した三つのケースも地域学とつながっている。いずれも自分達の地域の価値を

高めようという活動であり、そのためにはまず地域のことを知ることが必要になるからで

ある。最近広がっている生涯学習まちづくり出前講座も、まさにそうした契機を創りだす

仕組みとして注目される。

 自治体職員と住民とが学びあう出前講座は、生涯学習にとってもまちづくりにとっても

非常に有効な仕組みである。だが、いくつかの点でさらに進化させることが望ましい。

 たとえば「職員の出前講座」と同時に「住民の出前講座」もあっていいだろう。自治体

職員を対象とした講座でもいいし、住民相互の交流でもいい。講師になることが最大の学

びの機会であることは言うまでもない。

 大切なのは行政からの一方向的な情報提供ではなく、相互の学びあいである。出前講座

は「情報発見」「情報創造」の場でもある。情報公開の議論が盛んだが、それと合わせて

行政と住民とが一緒になって地域情報を発見し創りだしていくことが必要な時代になって

きているのではないだろうか。                       

 

1996年10月/佐藤修

「ケースで学ぶ出前講座全12講」(全日本社会教育連合会 1998年7月)から転載