〔コムケア活動報告書2005年度からの抜粋〕
■自殺企図者を対象とした意識調査事業

特定非営利活動法人心に響く文集・編集局

団体名 特定非営利活動法人心に響く文集・編集局
代 表 茂 幸雄
設 立 2004年5月12日
目 的 自殺の名所といわれる福井県東尋坊で自殺防止活動に取り組み、人生再出発のための各種支援活動を行なっている。
所 在 福井県福井市
ホームページ http://kokoronihibike.kt.fc2.com/


○プロジェクトの目的と概要
 年間100万人近い観光客が訪れる福井の東尋坊は、自殺の名所とも呼ばれ、毎年20〜30人の自殺者が出るところでもある。警察に勤めていた茂幸雄さんが、東尋坊を管轄する三国警察署(現坂井西警察署)の副署長に赴任してきたのは定年退職の1年前。それが茂さんの人生を変えてしまった。
定年までの1年間、茂さんは自殺予防に向けて様々な活動に取り組んだが、行政だけでは限界があることを実感した。そこで、定年退職後、自殺を思い立った人を思いとどまらせる「命の灯台」の役割を果たしたいとNPOを立ち上げた。それが「心に響く文集・編集局」である。
そして、退職金の一部を投入して東尋坊入り口の空き店舗に相談所を開設し、パトロール活動を開始した。以来、100人近い自殺企図者に遭遇し、自殺を思いとどまらせることに成功しているが、そうした活動を通して生々しい情報がたくさん蓄積されてきた。
日本では毎年3万人を超す自殺者がでているのに、効果的な自殺予防対策が進んでいない。その一因は、自殺企図者の実態が把握できていない点にある。確かに自殺企図者の意識調査は難しい。しかし茂さんたちならば、本音での意識聴取も可能である。すでにこれまでの活動を通してたくさんの情報も蓄積されている。それらを整理分析して、効果的な自殺防止対策への一助にしていこう。これが今回のプロジェクトである。

○活動内容と成果
意識調査といってもアンケート調査で情報が得られるわけではない。相談と巡回を通して遭遇した自殺企図者との心を通わせた会話から情報を得ていくことになる。
相談所は、観光客が去り、土産物店も閉まった午後8時ごろまで開いているが、茂さんの活動拠点は相談所だけではない。相談所とは別に、東尋坊タワーの下に「心に響くおろし餅」のお店も開いている。
福井には年の瀬などに家族みんなで餅をつき、最後に大根おろしに浸した餅を食べる風習がある。「おろし餅には、家族のことを思い出し、自殺を思い止まらせる力がある」と茂さんは考えて、自殺企図者をこのお店に連れてきてお餅を出してやるのだ。このおろし餅が悩みを抱えている人たちに温もりを与え、故郷や家族を想い起こさせ、多くの人の命を救ってきたのである。
今回、これまで蓄積してきた情報を整理して、これからの自殺予防活動に参考になるヒントがいくつか得られた。一つだけ紹介してみよう。
東尋坊は自家用車による観光客が多いが、自殺企図者のほとんどは公共交通でやってくる。自動車を残すことで身元が早く判明したり、車の引き上げなどで関係者に迷惑がかかったりすることを避けたいという思いが感じられるという。金・土・日に集中しているが、これも周辺関係者に仕事を休ませて対処させることになってはいけないという配慮ではないかと茂さんはいう。自殺企図者の多くは、社会への迷惑を考えているようだ。これは大きなヒントだろう。

○これからの展開
 整理された情報は小冊子にまとめられ、関係機関に配布された。当事者情報に基づくものなので、貴重な情報である。もし本気で自殺予防に取り組むのであれば、こうした事実をしっかりと把握し、具体的な予防策へとつなげていかねばならない。
 「心に響く文集・編集局」の活動は会員の負担で展開されている。現在、50人近い会員が無償で参加しているが、運営には場所の賃借料や交通費のほか、保護した人の当面の食費や宿泊費などもかかる。茂さんたちの個人負担はすでにかなりの額になっている。
茂さんは「行政による防止体制が整うまで『つなぎ』の役目を果たそうと始めたが、もう限界に近い」と訴えている。行政や産業界が、こうした活動にもっと目を向け、経済的支援をしていくことが望まれる。いや、むしろ産業界と行政とでしっかりしたプロジェクトを組んで、「心に響く文集・編集局」に業務受託をしていくべきだろう。
そうなるまで、茂さんたちにはもう少し健闘していただきたいと思っている。