アフガン難民対策薬剤師団第一次派遣隊調査
最終報告書
2002年2月15日
アフガン難民対策薬剤師団第一次派遣隊
社団法人 日本薬剤師会会員
提 言
1.
パキスタン国内難民キャンプの飲料用井戸水ならびに仮設緊急給水タンクtactic tank内の系統的水質検査と水質改善は急務である。
2.
難民への医薬品供与は、小児用、女性用、高齢者用医薬品に絞り込む必要がある。また難民キャンプ医療ユニットの調剤設備dispensary equipmentに機能、衛生面で不備が見られた。
我々は現地で即座に調剤設備改善策を考えた。ぜひこの難民キャンプ仕様の簡易調剤ユニット(要望があれば開示する)を検討するよう提案する。
3.
難民キャンプ内および医療ユニットテント内の衛生環境整備ならびに職員の衛生教育の必要あり。
4.
難民支援スタッフ、特に保健衛生関連業務に携わるスタッフ自身の健康チェックと衛生習慣改善の必要あり。
5.
難民キャンプで使用するエッセンシャルドラッグthe Essential Drugsのラインナップに日本製のジェネリック製品が加わる意義は大きい。LabelingとInstructionの英語表記とあわせ、至急検討を開始すべきである。
6.
日本製の栄養調整食品(固形タイプ)は半調理が可能で、成分等もイタリア製のCRICHと同等である。難民用非常食として世界食料計画WFPの品目リストに採用されるよう働きかけを検討すべきである。
7.
上記項目が実施された後も、現地の状態が科学的に外部評価され、難民生活の向上に結びつくよう継続的なモニタリングが必要である。
上記の職務を担う人材として日本の薬剤師が貢献できる可能性は高く、本格的検討を開始すべきである。その際、国際薬剤師連合FIP加盟の各国薬剤師会にも参画を呼びかけるよう提案する。
考察(なぜ我々はこの提言をまとめるに至ったか)
考察1
各難民キャンプにおいてランダム抽出により簡易水質検査を行ったが、検査結果がUNHCR緊急対応ハンドブック(日本語版pp240〜241)の基準に照らして飲料に適さない井戸が散見された。
しかも定期不定期の水質検査ならびに水質確保を担当している職員がいないようである。
細菌に汚染された飲料水が原因で伝染する危険性が大きい下痢、赤痢、A型肝炎などの発症を予防するためにも井戸等の飲料水の水質確保は最優先されるべき重要課題と結論づけた。・・・・・・・提言1
(詳細なデータは別添「アフガン難民キャンプにおける試験的水質調査報告書」参照)
考察2
難民キャンプで基本診療を受けている住民層はこども、女性、高齢者(平均寿命がアフガニスタンでは現在女性が47歳で男性が43歳)がほとんどを占めている。医薬品の量的不足は否めず、特に新しい難民が送致されてきたキャンプにおいては深刻であった。
ユニセフが現場医療スタッフに医薬品を現物供与している例も見られたが、小児用で必要なシロップ剤の供給量が不足しているなど需要と供給のミスマッチも存在する。
したがって需要に見合ったエッセンシャルドラッグを安定供給するための対策が必要であるという提言に至った。
また、テント内での調剤はテーブルとイスが1つだけの場所で、砂塵等が吹き込む環境の中、ピルカウンティングを行って調剤を実施しているのが現状であり、@調剤薬の汚染防止A効率的な調剤 B盗難等の防止 C医薬品の有効期限等のチェック D医薬品の品質管理 E薬剤師が得た患者情報の管理について根本的な改善策が必要であるという結論を得た。
・・・・・・・提言2
考察3
難民キャンプの医療テントは、雨水等の流れ込み防止のために床(実際は土間)を底上げして設置されてはいない。また受診者および医療スタッフ自身が手洗い等の消毒習慣がないのが現状であった。しかも消毒設備すら乏しい。
難民キャンプにおける罹患疾病を分類すると一番多いのが感染症、特に呼吸器感染症(例えば肺炎)、次に胃腸消化器疾患(例えば下痢)という現状なので、なおさら医療ユニットの消毒設備の充実と、スタッフならびに難民の衛生観念の教育が欠かせない。
・・・・・・提言3及び4
考察4
医療テント内で使用されていた医薬品はIDA名(オランダ)の入ったジェネリック薬であった。唯一日本のAMDAが持ち込んだ医薬品のみが日本製品であった。しかし英語instructionを添付した製品ではなくエッセンシャルドラッグ外の製品も選ばれていた。
日本製品の品質は良質であるにも関わらず、ジェネリック品の利用が低いのは日本の薬事制度の課題である。もし難民支援で国際供給体制に参画できれば日本の評価が高まるだけでなく、国内ジェネリック品製造企業の育成にも大きく結びつくことであろう。
・・・・提言5
考察5
栄養調整食品を日本から持参し、UNHCR、WFPの現地関係者に提示したところ大きな関心が示された。現在、非常食として採用されているのがイタリア製のCRICHというクラッカー風のビスケット(100gで450kcal。タンパク質12g、炭水化物65g、脂質15g)である。
日本製品は食味、調理の可能性などで優るとも劣らない品質を持っているので、UNHCRならびにWFPへの働きかけを行うべしとの提言に至った。・・・・・・・提言6
● 参考:日本の某メーカーの栄養調整食品は100g換算で450kcal、タンパク質10.75g、炭水化物61.25g、脂質28gである。現地パキスタンならびにアフガニスタンでは料理に油をふんだんに使うため(難民へのvegetable oil配給は1家族1週間分で5リットル)、脂質を減量した製品がリーズナブルかもしれない。
考察6
難民生活の改善と向上は、思いつきや一度限りの支援では達成できないことは明らかである。したがって継続的な支援、監視、責任者への勧告を行うことが欠かせない。
・・・・・・・提言7
結語
2002年。いわゆる医薬分業率が5割近くになり、日本の薬剤師はその存在意義が国民から問われている。厳しい批判の目は日ごとに強まってきた。
過去の実績を守ることに心を奪われ、自己防衛的な態度のみに終始するならば日本の薬剤師の将来は暗澹たるものとなるであろう。またそのような薬剤師しか持てなかった日本の薬事供給体制は先進国としては不安定かつ不適切な状態に陥ることを大いに懸念するものである。
今般、難民支援という視点からパキスタン国内に点在するアフガン難民キャンプ等を調査することにより、日本の薬剤師が貢献できると思われるさまざまな提言が視界に入ってきた。しかもそれは世界の薬剤師との共同作業という意義も併せ持つ。
国際貢献という視点から述べてはいるが、実はここで提言した内容は日本の薬事制度にとっても大きな変革を求めるものであり、21世紀における薬剤師の新たな役割を広く国民に周知するものとなろう。
上記提言と考察を、日本の薬剤師はもちろんのこと、広く医療関係者、行政担当者が関心を示し、建設的な議論に発展するならば、今回の先遣隊の目的は十分果たされたと思う。
さらに今回の提言をもとに何らかのアクションプログラムが成立することこそ、危険を覚悟で調査にあたったわれわれが大いに望むところである。
過去に目を閉ざす者は、結局現在にも盲目になる .....ワイツゼッカー元独大統領
この報告書を読まれる方々にぜひご紹介したいことがある。
それは、国連難民高等弁務官事務所UNHCRの方々が私たちの調査に対して全面的な支援をしてくださったことである。
私たちアフガン難民対策薬剤師団第一次派遣隊の全隊員が無事に調査を行うことができたのは、疑いなくUNHCRの誠実で献身的な支援があったればこそである。
また、私たちの提言や調査報告がなんらかの形で実を結んだとしたら、それもまたまちがいなく羽生勇作氏をはじめとしたUNHCR現地職員の方々のおかげである。
また、パキスタンへの入国や現地大使館との接触には、日本薬剤師会の佐谷会長から頂戴した証明書がたいへん役に立った。あらためてお礼申し上げる。
この報告書で私たちは、難民キャンプの衛生環境等について薬剤師の立場からかなり辛辣な意見を述べている。しかしそれはUNHCRや各国NGO、政府関係者の対応を批判するためではない。アフガン難民、ひいてはアフガニスタン国民の居住環境が改善し、より健康的な生活をおくってほしいという私たちの願いからである。
そしてそのような結果を導くことが実はUNHCRも望んでいるはずであるという私たちの信念にもとづいて、包み隠さず述べたものだ。
提言を述べるからには、自分たちも日本の薬剤師の立場で行動を起こさなければならない。
そしてチャンスは巡ってきた。
私たち人間は、過去から何かを学び、未来に生かす宿命を帯びた生き物だ。目的のためにはおうおうにして何かを犠牲にしてきたことがあるのも事実だ。
しかし国連憲章で述べられたように「一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進する」ために努力しつづけることが今ほど必要な時代はない。
アフガン難民キャンプ調査に協力してくださった多くの方々にあらためて感謝し、「よりよき明日」のために行動を共にすることをお約束したい。
アフガン難民対策薬剤師団第一次派遣隊
代表 町田容造
■ 調査目的
今回の渡航目的は、パキスタン国内に点在する『アフガン難民キャンプ』に対して、日本国薬剤師が「どの程度貢献出来得るか」につき下記の項目を調査することと若干の救援(支援)活動を行うことである。
1.諸外国より、複雑なる経路・手順を経て入り込んだOTC薬及び医療用医薬品(あるいは模造品ないし偽造品)流通の現状(主にバザール)
(ア) 上記医薬品の効能表示。虚偽広告。医薬品の劣化状況。入手経路など。
(イ) 販売者・販売施設設備の現状
2.井戸水及び市民に出回っている所の、いわゆる飲料水の水質。
3.排泄物処理その他、保健衛生上諸問題。
4.巷間騒がれている所の難民の栄養失調。
5.混在する部族の特徴。
6.WHO、FIPとの連携について、その接点の模索。
■ 参加隊員
○町田容造・武政文彦・坂本賢・鹿内豊一(日薬非会員) (○印:代表者)
■ 調査期間
2002年1月18日〜31日
■ 協力
社団法人日本薬剤師会
国連難民高等弁務官事務所UNHCR
羽生勇作氏(UNHCRアフガン代表部イスラマバード連絡所長)
森山毅氏(UNHCR Senior Program
Officer)
久保田弘信氏(フリーカメラマン)
■ 調査地域
パキスタン・イスラム共和国
○ パンジャブ州イスラマバード
○ 北西辺境州ペシャワール(コトカイ難民キャンプ・ニュージャロザイ難民キャンプ・ナッサルバールプレイス)
○ バローチスターン州クエッタ(チャマン難民キャンプ・ロガーニ難民キャンプ・モハメドキール難民キャンプ・ラティファバード難民キャンプ・サマリプレイス・ゴサバード及びパンチフティDistribution point)
※ ここで「プレイスplace」というのUNHCRが難民キャンプと認めているわけではないエリアのことで難民と定住者とネイティブが混在している地域を指す)