エジプトからの手紙
中野眞由美さんからのお便り

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エジプトからメールが届きました。イラクの日本人拘束事件に関するものです。送ってくださったのは、エジプト在住の中野眞由美さんです。みなさんにも読んでもらいたくて、ご本人の了解を得て、掲載させてもらいます。
イラクの近くで生活されている人の思いはとても参考になると思ったかたらです。
これを機に、中野夫妻に新たにエジプト通信を寄稿してもらうことを検討してもらっています。中野夫妻のことは、別項で少し紹介させてもらいました。


〔臨時便〕ラマラ・コンサートのDVDのご紹介(2006年7月27日)
エジプトの中野正道さんから次のようなDVDのご紹介がありました。
ぜひみなさんにも知っていただきたく、中野さんの了解を得て、メールを掲載させてもらいました。

皆さんの中には知られてもいないDVDをいきなり勝手に薦められてもただお困りになる方もいらっしゃるのでは、と思いながらも最近のイスラエルのレバノン攻撃を目の当たりにするにつけ、やはりご紹介したいと考え直し、配信することにいたしました。

ウエスト=イースト・ディバンとは、ゲーテが晩年にイスラム世界に魅了され喚起されて詩作した「西東詩集」のことで、パレスチナ系アメリカ人の思想家・音楽家・評論家、故エドワード・サイードとイスラエルのユダヤ人でシカゴ交響楽団やベルリン国立歌劇場などで活躍してきたダニエル・バレンボイムが中心となって1999年にこの名が冠されたオーケストラが設立されました。
楽団員は、中東諸国(レバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ、エジプト)とイスラエル人およびスペイン人から編成された10代から25歳くらいまでの若手演奏家達で、1999年のワイマール(ゲーテの生まれ故郷)にてワークショップが開始され、以来毎夏に演奏活動を行っています。

このドキュメンタリーは、設立時の1999年から昨年8月にラマラ(パレスチナの議長府がある)で演奏会が実現するまでを描いたものです。
設立時には、ある時、たまたま楽団員の間で「アラブ音楽を演奏できるのはアラブ人だけだ」という議論が起きたときイスラエルのチェロ奏者は、「ここに来たのは音楽を演奏するためであり他のことは僕にはいっさい興味はない。あなたたちが文化について議論を押し付けようとするよけいなものごとにはとても居心地の悪い思いをしている。だって僕はレバノンに送られて彼らと戦うことになるかもしれないのですよ」というような極度の緊張をはらんだ時間も少なからずありました。(「音楽と社会」サイード=バレンボイム対談集)
彼は、チェロ奏者ですが、同時にイスラエル兵士でもあったのです。
また隣の奏者と互いに父親の話をすれば「同じ戦場で敵同士で戦っていた」ということも起こるわけです。そのようなともすれば不能な状態に陥入りかねない若き楽団員を、エドワード・サイードの知的な励ましとバレンボイムの卓越した指導力という両者の不撓の意思で団員を盛りたてながら音楽への燃焼へと導き、5年におよぶ継続的な欧米各地での演奏会の後に、昨年のラマラでの演奏会実現となって行きます。

バレンボイムは、ラマラ・コンサートに先立つ3年前に単身ラマラへ赴き、パレスチナの少年少女達の前でピアノ演奏をしたり、少年少女達の急遽編成されたオーケストラを指揮して現地と折衝を重ねたり、イスラエルへ戻れば記者団を前にして自身のラマラへの意思を表明していきます。
DVDドキュメントのクライマックスとなるのは2004年のイスラエル国会(クネセット)でのシーンです。国会にてバレンボイムは、彼のシカゴやベルリンでの業績をたたえられヴォルフ賞を授与されるのですが、そのスピーチで、バレンボイムは、以下のように発言します。ちょっと長いのですが引用してみます。

「イスラエルが独立を成し遂げて4年が過ぎた1952年に当時10歳の私は両親とともにここにやって移住しました。
独立宣言は、イスラエルのユダヤ人にとって理想を追求する上での規範となっています。
この宣言には私達が果たすべき義務が記されています。
『イスラエルは、国および国民の利益の追求に努める。その活動は、自由と正義、そして公共の福祉に基づくものである。信仰、人種、性別の違いによらずすべての国民に平等に社会的権利および政治的権利を保障する。
全国民を代表してこの独立宣言の署名者は、次のことを制約する。
周辺国家とその国民との平和で友好的な隣国関係を築く・・』

この引用とともに苦しみを持って私は、問いたい。
「他国の占領」は宣言されていません。
他国の基本的権利を侵すのを容認することはイスラエル国民として正当な行為であると言えるのでしょうか。
私達ユダヤ人は、長い間迫害され苦しみとともに生きてきた歴史があります。
その基盤を知りながら隣国の権利の侵害に無関心で居られるでしょうか。
イスラエルは、隣国との争いつまりイデオロギーに固執した非生産的な争いを繰り返すか、あるいは社会正義に基づいて現実的に人道的な解決を模索していくのでしょうか。
道徳的な見地に立っても戦略的な立場から考えても争いを軍事的手段で解決することは出来ません。
そう信じている私は、こう自問しました。
『お前は、解決するまでただ待っているのか』

そこで私は、亡き友人エドワード・サイード(2003年9月死去)とともに中東の若手音楽家のためのワークショップを開催しました。
音楽は、イスラエルとパレスチナの創造する力を育んでくれました。
この認識にもとづき賞に対して贈られる賞金をイスラエルとラマラの音楽教育に寄付します。ご清聴に感謝いたします。」

これに対しリモール・リブナット教育・文化・スポーツ大臣は、反論します。
「ヴォルフ財団の会長の立場から私は驚きを隠せません。バレンボイム氏が、イスラエルを批判する発言をしたからです。
ここで、ひとつ指摘しておきたいことがあります。
(議員からの激しい野次に)静粛に願います。私に意見のある方も含めて静粛にしてください。理性的な行動を求めます。
バレンボイム氏にヴォルフ賞を贈ること、また国会に招待し表彰することに対して決定は難航しました。
現に国会の議長は、式典を欠席しています。
しかし私は、審査委員の決定を尊重し式典の成功を信じました。
会場の皆様も私と同じ思いだったと信じます。バレンボイム氏の言動は、残念でした。」

バレンボイムは、再び立ち上がり、
「言いたいことがあります。私にも発言させてください。
この国では自由が保障されている。だから私にもこの場で発言する機会が与えられました。教育大臣閣下も認識されていることと思います。
私はイスラエルを批判したわけではありません。
この国の独立宣言の一部を引用して問題を提起したのです。
このことを大臣閣下にも考えていただきたい・・。」

バレンボイムは、ラマラでもパレスチナ人を前に極めて印象的なスピーチをするのですが、これは本編に譲りたいと思います。
演奏は掛け値なしに素晴らしく、またカイロ交響楽団で現在活躍する若手の姿も数名見えて誠に嬉しいものがあります。
彼らのカイロ交響楽団演奏時のプロフィールには「西東・・」とバレンボイムと仕事,と書かれています。
エジプト人でイスラエルのユダヤ人の名前が公然とパンフレットに記載されているのは彼らの矜持によるものでしょう。
ただバレンボイムは、次のようにも述べています。

「ワイマールのワークショップは、イスラエルとアラブ諸国の音楽家たちが一緒に活動し、それまで不可能だと思われていた両者の関係改善や友情も音楽を通じて達成できる可能性があることを示してくれた。だが、そうだからといって音楽が中東問題を解決するというのではない。音楽は人生にとっての最良の学校ともなりえるし、同時に人生から逃避するもっとも有効な手段にもなりうるのである。」
(バレンボイム自伝より)と「西東詩集管弦楽団」が安易な平和使節と理解されることをあらかじめ戒めています。
また同DVDについては江川詔子さんの「ジャーナル」にも描かれています。
合わせてご覧いただければ、と思います。
www.egawashoko.com/c006/000161.html

また(2)のDVDは、2004年のジュネーブでの演奏会とサイード=バレンボイム対談が中心です。
ジュネーブに先立って行われたロンドンでの同公演を聴いていた音楽評論家の秋島百合子氏は「演奏会では数あるなかでバレンボイムが同数のアラブ人とイスラエル人を集めて編成したウェスト=イースト・ディヴァン管弦楽団がその存在理由とレベルの高さの両方で社会全体に大きな衝撃を与えた」という記述を残しています。(音楽の友2005年2月号より。イギリスのコンサート・ベストテンに寄せて)演奏の熱さが、極めて印象的です。

今年のウェスト=イースト・ディヴァン・オーケストラは、スペインのセビリアで、まもなく幕を開けることになっています。
バレンボイムの体調不良が伝えられますし、何より楽団員がこのような情勢で構成出来るのか気掛かりです。
このような状況だからこそぜひ公演の実現を願わずにはいられません。

ラマラコンサートのDVD

〔第2信〕イラクでの日本人拘束事件で感じたこと(2004年4月20日)

坂谷さん、拙文を読んでいただいてありがとうございます。
(*坂谷さんは第1信を読んで、すぐにこのホームページのフォーラムに投稿してくださいました)

まさに坂谷さんのおっしゃるとおり、現在の事象は今急に現れたのではなく、
歴史の流れの中の一通過点に過ぎません。過去の結果としての今ですね。
その過去に反省点があるとして、今から方向転換の舵を切るのは
とてつもなく難しい事でしょう。でもわずか1度か2度でも方向を変えれば
将来通過する地点は数度違って来るはずです。

とても短絡的ですが、まずはなんとかアメリカ一辺倒をやめていただきたい。
日本はもっとしたたかになっていいのではないか、と思うのです。
素直にアメリカ方式を受け入れ成長(ある種アメリカ化)した日本の姿が、
ひょっとしたらその後の戦争で押さえ込むやり方の下敷き、という罪作りな
ことになってはいないでしょうか。
アラブに民主主義を打ちたてる、というスローガンを聞くとそんな思いがよぎります。
アジア、ECなど他の世界各国とのさらなる連携を強化したり、何より
アメリカ頼みの「経済大国」という名前は返上したいと思います。
日本のヴィジョンについてはいろいろな事が複雑に絡んでいるので
これだけではあまりにも稚拙ですが、まずはベースとしての私の思いです。

毎年、夫の仕事の関係で1ヶ月は日本に滞在します。
日本の政治に今の私達が意思表示できるのは、この滞在中に選挙が重なった時だけです。
せっかく在外邦人に選挙の機会があたえられたものの、私達のように住民票を
日本国内においてある場合は在外投票の権利がありません。
(諸般の事情で今はこのかたちしか取れないので)
唯一の機会であるのに、いつも歯がゆい思いで選挙報道を見ています。

私が受けた学校教育(1960年代〜70年代)では、20世紀の歴史を
「あとは自分で教科書を読んでおくように」の一言で終りました。
私自身それを不思議とも思わず、もっと悪い事に無関心でした。
自分自身が社会人となり生活が安定すると、こんどはこの安定に
なんの疑問も持たず、さらに安定を継続させるために心砕くようになりました。
ある意味では優秀な社員です。
16年弱勤めた会社を退職し、結婚と同時にエジプト暮らしを始めて15年目。
日本にいた頃は仕事の事しか考えていなかったのに、いまは随分と
いろいろな事を考えるようになりました。
エジプト暮らしの中から日本と比較して、全く異なっている点、同じようなこと
それも良い事、悪い事それぞれを見聞きさせてもらって、日本にいた頃より
感性を研く機会に恵まれたと思っています。

日本に住む多くの無関心層も、かつての私と似たり寄ったりだと思います。
時間もないし、メディアの論調を表面だけみて受けとめているのでしょう。
とくに考えなくても暮らしていけるし...(実はこれが落とし穴と思います)
自分を棚に上げておいてナンですが、個々人の想像力の乏しさには唖然とします。
そしてメディアの問題の掘り下げ方の浅さも感じます。
あるいは日本の教育のあり方が、問題なのかもしれません。
「物事を考えなくさせる教育」になっているような気がします。
教育問題はいずれまたエジプトと比べてお話したいと思います。

お伝えしたい事はたくさんあるのに、いまだごった煮のような状態ですので
少しずつ整理してあらためて記したいと思います。
それにつけても危機感ばかりがつのり、具体策も、アプローチの方策も持たない
自分がもどかしいです。

最後に。
人質事件に関する書き込みを読ませていただきました。
私達は「unbelievable...」を連発しながら読み進めました。
佐藤さんの無力感も身にしみます。
でも書き込みの中の信じ難い意見でも言下に退けてはいけないのですよね。
価値観の相違は、イスラエル・パレスチナ、アメリカ・イラクでも同じ問題です。
もっともあちらは「神」も絡んでいますのでなおさら複雑ですが。
違う意見を全く認めなくなったら、シャロンのように相手を抹殺するしかなくなります。
ほんとうに人間の知恵が試されているのだなぁ、と感じます。


〔第1信〕イラクでの日本人拘束事件で感じたこと
(2004年4月17日)

この数日間日本の話題の中心になっているであろう事件について、自分なりの思いをまとめてみました。
はじめの3人の解放を受けて直ぐ作成したものです。
私の近しくしている友人数人に当初送ったものを中野(眞由美さんのパートナーです)が読んで
佐藤さんにもお送りしたらどうか、といわれ、こんな長文のメールをお送りする次第です。
内容を吟味し尽くしたわけでもなく、拙文に重ねて日が経過し鮮度も落ちています。
たいへん気恥ずかしいというのが正直な所ですが、お暇な折りに読んでいただけたら幸いです。

余談ながら、ちょうど日本の報道特集番組から依頼を受けて
エジプト人日本語ガイドをこの件の取材の通訳の為に
3日前にアンマンへ送ったところでした。

今回のケースでは日本の方々も今までより以上に
今の国際情勢の混沌を真実味を持って感じた事でしょう。
私達もどうなる事かと、固唾を飲んでみていましたが、
とりあえずは良い方向に解決したのでほっとしました。
3人の行動、家族のリアクション、政府の応対、メディアの捉え方、
それぞれの意見・行動に賛否両論あると思います。
そのような中、縁あってこの地で暮らしている者としての私なりの意見です。

まず3人について。

どのような事が起こるにしろ、自己責任において行動していた
と、信じたいです。(まだ本人の声の報道を確認していませんので)
友人付き合いをしている駐在メディアの方達から、すでに昨年より
イラクの治安悪化を直接聞いています。
3人においても当然事前の情報収集はしていたであろうし
イラク入りもその中での決断であったはずです。
それでもなおかつ行くべき意味が本人の中にあったのならば、
危険を承知で出かけた事に正直、敬意を表します。
ただし、家族・友人・知人の人達に、何かあった時のための
対処を伝えていなかったとしたら、それは手落ちだったかもしれません。

家族について。
身内の者が危険にさらされている時、
なんとか救出したいと思うのは当然の心理だと思います。
出来うる限りのことをするのも家族ならではの事でしょう。
しかし、政府に自衛隊の撤退を懇願するのは賛成できません。
外務省はかの地が危険であることを情報として流しているし
渡航自粛もアナウンスしています。
にもかかわらず出かけた個々人の行動を盾に、
命がかかっているからと、政策転換を迫るのはお門違いかと思うのです。
たまさか今回は拉致でしたが、仮に流れ弾に当たって死んだとして、
その時には自衛隊撤退、なんていうことは言い出さないでしょう。
もっと違うチャンネルを最大限に活用する方が納得できます。
アルジャジーラなどのメディアに出演し、3人が日本政府とは関係のない
位置に居ること、イラク復興に協力している事などを、犯人を含む
アラブ世界にアピールしたのは評価したいと思います。

政府について。
私は基本的に今の小泉政策に大反対です。特に中東問題は。
当然自衛隊の派遣にも反対。(これに付いては後ほど述べます。)
だとしても、この事件を受けて自衛隊撤退、となればそれはもっと問題だと思います。
まずはサマワでいろいろ労を取っている聖職者や長老の問題があります。
復興支援が中途半端で終ってしまっては、
必死になって過激勢力を諭している彼らの顔を潰してしまいます。
その後何かをしようとしても有力な協力者を探し出すのは難しいでしょう。
イラク復興は長期戦だと思うのです。
始めたばかりで躓いて撤退するくらいなら、
いっそ何もしなかったほうが後の選択肢は広がります。
ましてや脅しに屈しての撤退であるなら、
その後も理不尽な脅しはまかり通るでしょう。
今回政府も裏ではいろいろ動いただろうと思います。
具体的な動きが何であったかは知りませんが、
何らかの対策は多少なりとも取ったと思います。
その中で今現在の自衛隊の撤退はありえない、という方針は私なりに理解できますが、
今回の一件を今後の政策にどう生かしていくかは見極めたいと思います。
防御対策は採っているにしても、自衛隊員が標的になったときはどうするのか、
日本の国内でテロが起きたらどうするのか、アメリカ追随が包括的に見て有効なのか... 
ことイラク問題に関しては90年の湾岸戦争から振り返って、
果してアメリカの方針で問題ないのか、
アメリカ追随だとしてもそうせざるを得ない状況についての、
国民の理解を得るための最低限の政府説明がまったくもって抜け落ちていると思います。
こんなんじゃあ日本も転覆間近かなぁ、なんてふと思いがよぎります。
まあ政府がなにか言ってみた所で、国民も白けている人が多いのでしょうけど...
だからといって政府は何も言わなくて良いわけではなく、
国民だってなにかあった時ばかり政府に泣きつく、というのもどうもねぇ...

メディアについて。
知り合いのメディア駐在の方々もイラク入りしています。
仕事とはいえ、行く場所柄、毎回無事に戻って来てくださいね、と直接間接にお伝えしています。
みなさんそれなりに真摯に仕事をなさっています。
それらを踏まえても報道のあり方はとても難しいと感じています。
どの記事もどの映像もそれぞれに真実だという事はよくわかります。
ただしニュースはあくまでも切り取られた「部分」です。
しかも切り取り方には個性があるし、知らず知らずに主観も入ってきます。
その事を受けとめる側が認識して向き合わなければいけないと思っています。
今回は活字ニュースでのみ事件を見ていましたので、 何とも判断つきかねますが、

事件を受けて、多くの方の意見を取り上げていたのは評価したいと思います。

その他。
人質になった方達の友人知人の動きが新聞に出ていました。
高遠さんが世話をしていたストリート・チルドレンを探し出して、
人質になった人の活動の姿勢をイラク社会に伝えたり、などです。
どれほど解放に役だったかはともかくとして、何とかしてあげたい、
という思いは伝わってきました。
こういった動きの出来る人、そういう人を友人に持てた事、
またこの人のためならと思ってもらえるということは、なんという幸いでしょう。
おそらくこのような小さな事も積み重なって解放へと繋がったのだと思います。
まさに、情けは人のためならず、ですね。

自衛隊派遣について。(人質事件とは切り離した私の主観)
復興支援は大賛成です。でもなぜ自衛隊なのでしょう。
どう考えても始めに自衛隊の派遣有りき、という構図に見えます。
彼らが持っている具体的な技術・技能を私は知りませんが、迷彩服の人間が
インフラ整備に従事する、という図は素人目には生産性が低いように感じます。
それよりも、その道のプロを投入した方がよほど生産性が高いでしょう。
その中で治安の問題があるのなら、警備・警護として派遣すれば良いのでは
ないでしょうか。
警察や警備会社ではないのだから法律として警察的な派遣は出来ない、
という反論を以前受けましたが、では土木会社でもないわけですよね。
派遣された1000人ほどの全てがレスキュー隊でもないわけです。
小泉首相はかなり法律を拡大解釈して物事を押し進めていますが
ここまで出来るのなら、自衛隊員を警察や警備機関に出向する手続を取って
そこからの派遣ということで民間人にマンツーマン警護で従事する、という
方法もあり得ると思うのです。
また、1000人の観光客が訪れたらもっと喜ばれる、という記事を何かで
読みましたが、たしかに人質になった3人のように個人の支援として
イラクに行きたい、という人も案外多いのではないでしょうか。
「観光」という文字面では不謹慎ととられるかもしれませんが、戦禍に
まみれたイラクを見るだけでも、その時に役に立つ物資を携えていけば
なおさら有効だと思います。薬品や食料などなんでも役立つでしょう。
あるいは金銭的なものが必要ならば、ささやかでも滞在費を費やす事は
目的にかなうはずです。
ホテルが無ければ民家に世話になる、料理人やドライバーを雇う...
観光って、実はかなり多くの現地の人々との関わりが必要なのです。
(実現は難しいですが実際イラクは観光地としても魅力的なところです。)
もちろん参加者は自己責任において参加し、不測の事態も個人の責任。
そしてそういうことが起きるとしても自衛隊員が私服で同行し、マンツーマンで
警護をする。出来なくはないと思うのですが、どうでしょう。

アメリカの政策について。
人質事件とは別問題ですが、
中野が一言入れておいて欲しい、と云うものですからお付き合い下さい。
中東問題はイスラエル・パレスチナ問題とも深く関わっています。
この事について語り始めたら長くなりすぎるので今は保留しますが
イスラエルのシャロンがパレスチナに対して取っている行動について、
なぜ先進国社会が黙認しているのか理解できません。
どう見ても今はイスラエル側に多く非があるのではないでしょうか。
そしてアメリカのブッシュがイラクに対して行なっている事も、本質は
シャロンと何ら変わらない、という点が中野の趣旨です。
さらにそのアメリカ政策に追随している小泉はナンなんだ!?
アメリカばかりではなく全方向に世界を見る眼は無いのでしょうか。
日本の将来を愁いています。

最後に。
97年のルクソール・テロの当事者の一人として、日本人の動向には
その後も注意を向けていますが、
自己責任というのを解っていない方が多いような気がします。
日本国内は相互扶助の精神がたくさん根付いていて、
それはそれで良い事だと思います。
でも無意識に「待ち」の姿勢になってはいないでしょうか。
臭い物には蓋を、長いものには巻かれろ、
あげくのはては、言ってくれないから知らなかった、だからこうなった、というのがどうも日本人の
意識の底流にあるように見うけます。
言ってくれたら... というのはあくまで受身ですよね。
何かをする時はやはり自分で納得して動き出す。
そして責任転嫁はしない。
せめて外国に出たら基本は自己責任だと思うのです。
これも外国暮らしのおかげで多少なりとも身をもって学べた事の一つですが。

のっぴきならなくなってから今の政府に責任転嫁をしないためにも、
私達自身もっと物申した方がいいのではないかと、これまた考えています。
(でも具体的に物申す方策を知らなさ過ぎるので、それの開拓が課題です)